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「ワレYouTube発見セリ」:Lockheed Martin F-117A Nighthawkその2
「ワレYouTube発見セリ」;XB-70 Valkyrie
【質問】
爆撃機って何?
【回答】
爆弾やミサイルなどを積んで,敵の地上や海上の目標を攻撃するために使用される飛行機.
戦略目標を破壊するためのものが戦略爆撃機で,戦術目標を破壊するためのものが戦術爆撃機.
第2次大戦の頃には急降下爆撃機というものもあったが,最近では命中率を上げる目的で急降下爆撃をしなくても,精密誘導爆弾や誘導ミサイルといったものがあるため,絶滅.
目的を果たすため,大型機であり,長い時間飛べることが普通.
反面,高速性能や運動性能は低く,対空武装は自衛程度.
そんな機能をつけるくらいなら,余計に爆弾を積んだほうがいいからね.
B-17爆撃機

【質問】
初めて地上攻撃機が戦車を破壊したのは?
【回答】
記録上で確認されているのはコンドルCondor
軍団のものです。
1936年7月に始まったスペイン内乱で,ナチス・ドイツはコンドル軍団と称された空軍義勇兵部隊を送り込みましたが、この部隊J/88(第88戦闘飛行隊)にはハインケルHe51が配属されていました。
1938年1月20日、第4中隊に所属するエッケハルト・ブリーベ少尉はこの機体で、テルエルの町から逃走を図ったロシア製T-26軽戦車に対し10kg爆弾6発を投下し、これを破壊しています。
おそらくこれが、記録上,地上攻撃機で戦車を破壊した最初の事例になると思います。
(名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE)
ちなみに,攻撃機でないので範疇に入らないと思いますけど,坂田沿齟「独逸航空人傳」(十一組出版(東京市京橋区銀座西8−4小澤ビル:当時),昭和十七年一月十五日発行)という戦時中の本に機銃掃射(近接射撃)でイギリス戦車を撃破(後に地上部隊が捕獲)した方の話が出ています.
同書の第3章「空軍の建設者」の174ページから178ページに,空軍大将ロベルト・グライムの紹介が書かれており,そのなかで
「1918年3月ソンム方面におけることで,2機で行動中会敵せず,帰投しようとしたところ,2台を発見500メートルより急降下し射撃しても効果無く,帰って反撃を受けたが,衝突寸前まで近づき射撃することで,2台とも撃破した」
ということが紹介されています.
1918年10月に28機撃墜と戦車撃破でプール・ル・メリットを受けたと有ります.
出版年から宣伝の可能性も指摘されるかもしれませんが紹介いたします.
(なお,大戦間の混乱期にヒトラーが政府の監視の目を逃れてベルリンに飛行機で乗り込んだときの飛行士(ヒトラーの最初の飛行機搭乗の飛行士:当時郵便機の飛行士だった)と紹介されています)
機種の範疇外と思いますが,参考までに.
なお,ロベルト・グライム Robert Greimの経歴は以下の通り.
Greimは戦前からの職業軍人.
1915/10/10,self-taught observer〔訳語不明〕として独習中に最初の撃墜をした.
彼はScheliessheimで飛行を学び,1917年4月,第34航空戦闘団に入った.
1917年後期から1918年にかけ,彼は第10臨時航空戦闘グループを指揮した.その部隊は後にグライム戦闘機隊として知られるようになった.
〔略〕
1918/10/8,彼はプール・ル・メーリト Pour le Mérite 勲章を受け,28機撃墜を記録して大戦を生き延びた.
彼はまた,英軍戦車1台撃破という公認記録を持っている.
1920/11/8,彼はマックス・ヨゼフ Max Joseph 勲章の栄誉に輝いて Ritter(騎士) von Greimとなり,また,航空界に残った.
1935年,彼は新生ドイツ空軍に加わり,最後は元帥 Generalfeld-Marschall に昇進した.
ドイツ敗北により彼は逮捕され,その僅か後に自殺した.
Alex Imrie著「German Air Aces of World War
One」
(Arms and Aomour Press,1987),p.28
翻訳:消印所沢
比較のため,上述の「独逸航空人傳」からも,グライムの部分を抜粋要約.
ロベルト・グライムは,1892年6月22日に,南独逸バイエルン州の都市バイロイトに生まれた.
父はリッテル(騎士)の家系を有する憲兵の大尉だった.
士官学校を出て,バイエルン鉄道大隊の見習士官になり,世界大戦の前年に少尉に任官した.
その頃から飛行将校に憧れて居たが,開戦と同時に連隊の副官として,西部戦線に出征した.
ロートリンゲンの激戦に参加し,勇敢に戦ったが,飛行士の活躍に刺戟されて飛行隊への熱望が再燃した. 間もなく偵察飛行士に採用された.
第3野戦飛行隊に属し,写真偵察,遠距離偵察,砲兵の着弾観測等に従っていたが,1916年11月にシユライスハイムの飛行学校に入校を命じられ,飛行機の操縦術を学んで,駆逐飛行士となった.
彼はドストレル中尉の指揮する駆逐第34中隊に属して,仏軍の死守するヴェルダン要塞の攻撃に参加し,めざましい空中戦をやった.
そしてドストレル中尉が本国へ帰還した後,その後を襲って中隊長となり,西部戦線の各地に転戦した.
1918年3月にソンム方面で独逸軍の大攻勢が企圖された時,彼の部隊もソンム河畔へ集結した.
敵の砲弾は,晝<昼>夜間断なく独逸軍の頭上へそヽがれた. グライムは部下の1機を従えて,灰色の霧の霽れ間を,ソンムの低地の基地から飛び立った.
敵機を覓めて,空しく帰る途中,敵の戦車2臺が独逸軍の陣地の方へ進んで来るのを発見した.500メートル上空から急降下して,機銃の猛射を浴びせる.
戦車はびくともせず,砲火を開いて応酬する.
この空地の戦闘は容易に決せず,引き分かれるかと見えたが,意を決したグライムは戦車にぶつかるやうに猛烈に突っ込んだ.
あはや衝突といふ所で,機銃を放って,上昇した.戦車は停止した.
この手を用ひて,もう1臺の戦車を仕止めた.
基地に還った時,戦線からの通知で,その戦車が抵抗力を失ったまヽ独逸軍の鹵獲に帰した事が分かった.
この時以来グライムは,「戦車撃碎者」の綽名を取った.
その後,駆逐第9大隊の指揮官となった.この部隊は「グライム駆逐大隊」の名で知られた.
28機撃墜と戦車の撃砕により,1918年10月にプール・ル・メリット勲章を授けられた.
独逸軍の前線が崩壊した同年11月迄に,彼は敵機30機を撃墜して居た.
革命と敗戦のため祖国が死に瀕した時,彼は生活の方途を飛行士に見出し,ウーデットと共に曲技飛行をやって廻った.
次いで郵便飛行士となり,ミユンヘンとニユンベルグ両市間の急を要する郵便物の輸送に従った.
この頃の事であるが,ヒツトラーが時の政府の厳重な警戒の目をのがれて伯林へ乗り込んだ時,被蓋のない舊<旧>式な飛行機に乗せて,警戒網を突破させたのは,このグライムであった.
これは決死的な冒険飛行であったが,ヒツトラーはそれ迄一度も飛行機に乗ったことがなかつたので,「ヒツトラーの搭乗機の最初の操縦士」となったわけである.
その後職を失ひ,1924年に支那へ渡り,広東の陸軍飛行学校の教官となった.
在支三年にして帰国し,独逸航空スポーツ聯盟の経営するヴユルツブルグ飛行学校の指導教官となり,空軍再建後一躍して駆逐飛行兵監に抜擢され,空軍少将となり,航空省の空軍人事局長をも勤めた.
1939年2月の空軍新編成に当たり,中将に進んで,ミユンヘンにある第五飛行師団長に補せられ,1940年7月に戦功によつて空軍大将に昇進した.<以下省略>
【質問】
湾岸戦争の頃あたりから,「空爆」という言葉をニュースなどで頻繁に見かけるようになりました.「航空爆撃」の略だと思うんですが,これはマスコミが作り出した流行語のようなものなんでしょうか?
もしそうなら,「爆撃」または「空撃」という表記をした方がいいんでしょうか?
【回答】
「空爆」は,英語のair bombardmentに対応する「空中爆撃」の略で,戦前からある用語です.
空爆という言葉自体は明治中期のジュール・ベルヌの小説の翻案に由来します.
ただしこれは,空中戦闘のシーンで出てくるもので,地上に爆弾を投げつける,という意味では使われておりません.
その後,例えば「空戦に関する規則」(1922年12月11日署名)には,「空中爆撃」という文字がありますし,昭和12年『読売新聞』の広告(右写真)にも見られます。
日中戦争の頃にはそれなり流布していたのかもしれません。
ただし,砲兵のbombardmentに対する,Aerial
bombardmentを訳したあたりが起源とする説もあります.
戦後も、「ミサイル空爆戦隊」(1963年の作品)や「グロイザーX」というアニメなどに見られます。
一方,爆撃という語の初出は第1次大戦時ごろ,空襲は第2次大戦中のようです.
しかし,最近のメディアで”爆撃”と言うところを”空爆”と言っているのは,マスコミがいい加減な翻訳を(例によって)したために作られた言葉だと思います.
すなわち,aerial bombing ないし air strike
を,それに相当する日本語である爆撃と翻訳することなく,字面のままに空爆と訳してしまったものと思われます.
英語では,迫撃砲による砲撃から,自爆テロ,時限爆弾まですべてbombingと呼びますから,爆撃をaerial
bombingとして限定する必要があるのですが,日本語の「爆撃」にはaerial
bombingの意味しかありませんから,本来「空爆」という新語を造る必要はなかったのです.
bombingという単語の意味も分からなければ,爆撃という単語の意味も分からない愚か者が作った破廉恥な新語が「空爆」というわけです.
これじゃまずかろうと思ったのか,この「空爆」は一応,現在では「air
strike」だけに対応するマスコミ用語とされています.
これは湾岸戦争開始直前のマスコミ各社用語委員会での用語統一として決定されております(ソースは共同通信社編集局報).
用語委員会の決定には文部省も一枚噛んでいるので,当時の官報にも記載されているはずです.
爆撃は第2次大戦中のような空軍単独の作戦であるのに対し,このAir Strikはエアランドバトル構想に基づき,陸上部隊の作戦支援の一環として行われるものなので,ヘリのロケット弾攻撃も,B‐52による後方基地爆撃も空爆となります.
しかし報道現場等では,そんなの知ったことじゃない,というのが現実のようです.
( "System" 他)
道浦俊彦/とっておきの話◆ことばの話1469「空爆と空襲2」
NHK放送文化研究所が出している『放送研究と調査』という専門誌の1999年6月号。
これの「ことば・言葉・コトバ」というコラムの中に,「現代語としての『空襲』」という見出しがあり,
「90年代最後の年となる今年前半も、国際紛争は続き、空爆に関する報道が連日繰り返された。
この『空爆』という語は昔はあまり使われていなかったように思い、NHK放送データベースで調べてみた。」
という書き出しで、重野康人さんが記してらっしゃいます。
重野さんとは以前、新聞協会の用語懇談会放送分科会で、2年ほどご一緒させていただいたことがあります。
このコラムも読んでいたはずなのに、失念していました。
それで、調べた結果は、「空爆」という語を含む記事は、1991年1月の湾岸戦争を境にして、それ以前(1985〜91年1月)は24件、それ以後(〜1999年3月)は、937件と大幅に増えていたそうです。
重野さんによると、
「従来『爆撃』『攻撃』『空襲』などの語が用いられてきた場面で、一部これらに代わって『空爆』が使われてきており、これも『空爆』急増の要因になっている」
のだそうです。
そして、ハイテク兵器による「空からの武力行使」といったやや広い概念を含む語が必要になったことも、「空爆」がよく使われるようになった原因としています」
+
【質問】
民家・民間人を攻撃目標とした「都市爆撃」は,「戦略爆撃」ですか? 「無差別爆撃」ですか?
【回答】
どのような資料を読まれているか存じませんが.戦略爆撃は戦術爆撃と対になる言葉です.
戦術目標(前線の兵力や兵站)の破壊を目的にした戦術爆撃に対し,戦略爆撃は戦略目標(後方の工場等)の破壊を目的としています.
無差別爆撃ですが,これは乱暴に言えば,戦略/戦術爆撃の下位に位置し,精密爆撃と対をなします.
通常,攻撃目標を選定し破壊する精密爆撃が良いのですが,WW2当時の爆撃技術では困難で,攻撃目標を大きな範囲で破壊する無差別爆撃が行なわれました.
軍事関係の資料を見ると分かるのですが,重慶爆撃は精密爆撃を終始目指しています,が,目標を外れ,周辺に被害が出ています.
米軍による日本本土空襲も当初は精密爆撃を目指していましたが,後期は無差別爆撃を行なっています.
【質問】
戦略爆撃はあまり意味がない,効果がないっていう議論があったけど(ガルブレイスとか),本当なの?
日本の焼け野原とか見たら,効果ありそうだけど.
【回答】
それは要するに論議の力点の違いの問題なんです.
戦略学上,
「戦略爆撃は戦争終結に役立ったか?否か?」
と論じる場合,太平洋戦争は補助的にしか役に立たなかった,とする見解も
あるわけです.
詳しくはCornellUniversityPress(コーネル大学出版局)から出版されている
「BombingtoWin」(RobertA.Pape著)
の第1章を参照してください.
一方,米陸軍戦略爆撃航空団の報告にもあるように,戦略爆撃が日本に大損害を与えたのは明らかであり,作戦遂行上,米軍の負担を軽くしたのは間違いありません.
そういった戦術的視点から見れば,「戦略爆撃は大変有効だった」ということを否定する人は,まずいないと愚考いたします.
消印所沢 ◆z3kTlzXTZk
なお,米国戦略爆撃調査団が,日本国民に対して戦後行ったアンケート調査によれば,
「日本が戦争に勝つことが出来ないと確信した理由を教えてください」
と言う設問に対し,東京都民では三分の一の人が,
「最後まで勝利を疑わなかった」
と回答しています.
一方で,大規模な空襲によって高度に破壊された大都市住民に聞くと,同じ設問で,「空襲要素のため」と回答した人が四割を占めています.
大規模な空襲で高度に破壊された中小都市住民でもこの傾向は変わらず,大規模な爆撃で軽度に破壊された中小都市,小規模爆撃を受けた,または空襲を受けなかった都市住民は,「空襲による」と「最後まで勝利を疑わなかった」というのが拮抗します.
一方で,田園共同体,つまり田舎の人については,意外なことに,三分の一が「空襲のため」と言う回答を返しており,「最後まで…」の人は,四分の一しかいませんでした.
当然,都市疎開者の場合は,「空襲のため」と回答した人が多いわけですが….
東京の回答に継戦意欲が高かったのは,東京という都市の疎開政策が,他の都会に先立って大規模に行われており,戦意の低い人々がいち早く東京を離れ,戦意の高い人々が残ったこと,東京の被験者の五人に一人が政府関係者であったこと,更に,回答者には高等教育を受け,聖戦意識が強く,政府の宣伝に近い立場にあって,一層完全に教化されていたと言う分析が為されています.
眠い人 ◆gQikaJHtf2
【質問】
じゅうたん爆撃に土と木だけで作った防空壕は有効なのでしょうか?
直撃弾を受けなければ,簡単な防空壕でも結構耐えれる,と,お年寄りの方が言っていましたがどうなんでしょうか?
【回答】
アフガニスタンでは米特殊部隊による敵発見,次いでB-52などによる通常爆弾,クラスター爆弾による絨毯爆撃,精密爆撃が行われましたが,敵が遮蔽を取る技術を身につけるにつれ,有効性が落ちていったそうです.
このため,後半では事前爆撃をとことん行っても敵が十分生き残っており,進撃した地上軍が反撃を食うどころか撃退されてしまうことも珍しくなかったそうです.
十分に設計された防空壕は,アンラッキーな直撃を受けない限り,それなりに有効ということでしょう.
【質問】
デイル・ブラウンの本を読んでたんですけど,戦略爆撃機に対空ミサイルやHARMを搭載するのは非現実的ですか? 無論,対空誘導レーダーなどは追加しなければなりませんが.
大量に対空・対地ミサイルを搭載できれば,まさに空中戦艦といえます.
現実でもB-2やF-117でサイドワインダーを搭載したり,バックファイアに対空ミサイルを搭載したりするなど,あながち非現実的に思えないんですけどね.
【回答】
物理的に搭載可能か否かと言えば可能.
初期型サイドワインダーなんかはランチャーと簡単な配線さえ何とかすれば,搭載して発射する事は可能だったらしい.
また,フォークランド紛争直後の「エアワールド」には,英軍の輸送機にエアロ3Bランチャーを取り付けた写真が掲載されている.
しかし,「空中戦艦」という妄想は誰しも一度は取り付かれるハシカみたいなものですが,はっきり言って「技術的には可能かもしれないが,まったく実用的ではない」
かつての大艦巨砲主義時代のアウトレンジ戦法と同じく机上の空論でしかありません.
現代の空戦においてミサイルは,一撃必殺を補償できるほど万能ではなく,機体そのものの機動性が必要とされる近接戦闘にもつれ込む可能性は非常に高いですし,遠距離からの初撃を外した場合,もう二撃目を放つ余裕はありません.
更に,「大量に」と簡単に言いますが,ミサイル一発がどの程度の重量で,その周辺機器が(レーダーを含めて)どの程度ペイロードを圧迫するか考えましたか?
まあ,「空中戦艦」は無理でも,「空中艦隊」にある意味近いシステムは存在してて,日本にも既に配備されてる訳ですが.
軍事板
なお,スタンドオフ・ジャマー.基本的には敵戦闘機の中距離AAM射程外の後方に滞空しての運用が考えられたEB-52というものがありましたが,軍事研究の2006年4月号の「転換した米核兵器開発計画と新三本柱」の江畑謙介氏によると,EB-52は白紙還元されたとのこと.技術的問題と巨費を要することが判明したためです.
以下引用.
これに伴って,同じ日に議会に送付された2007年国防予算要求では,B−52Hの一定数をスタンドオフ・ジャマー(電子妨害機:EB−52H)に改造する案は白紙還元とされた.
B−52Hの,実際には殆ど使われてない翼端増加タンクを利用して,強力な電波妨害装置を出す装置を搭載しようとする計画であった.
もっとも,このEB−52Hの配備数を削減する構想とは直接の関係はなく,技術的問題と巨費を要することが分かったためだという.
技術的問題とは,強力な妨害電波を発信すると同時に,高感度の受信機(電波警戒装置)も搭載せねばならず,この受信機が妨害電波の影響を受けないようにするのが技術的に難問とされている.
【質問】
ベトナム戦争前〜F/A-18が空母に配備されるくらいまでの時代について質問します.
F/A-18が空母に配備されるくらいまでは,空母には多種類な航空機が配備されていました.
攻撃機も数種類配備されていた訳ですが,同じ用途・攻撃なら攻撃用の航空機を,当時は複数配備していたのは何故なんでしょうか?
A-4やA-6,A-7といった攻撃機を混在させないでA-6一機種にした方が,整備だったりでメリットがあるような気がします これをせずに混在させた理由があると思うのですが,この理由を教えてください.
【回答】
まず前提として,現代の様に
「何でもF/A-18(空軍の場合F-16)で対応できる」
という常識自体が,当時から積み上げられてきた技術の成果であるという点を認識しておいて欲しい.
で,A-4やA-7とA-6とでは用途が異なる.
まず前者2機種は主に軽防御目標に対する近接攻撃を行なう機体.
こういった任務には,A-6の様な重装備の機体よりは,比較的軽装で小回りの利く機種を当てる方が当時としては合理的だった.
特にA-4は電子装備その他でかなり思い切った簡略化がされている機材で,夜間攻撃などはある程度度外視している.
対してA-6は夜間の低高度侵入や長距離作戦が可能な言わば重攻撃機.
背景の状況としては,現代の様に全ての戦術機に電子的な防御手段が必要(かつそれが必要)な時代では無かったと言う事.
当時の地上部隊の対空火力は火砲を主体としたものが大半で,SAMの脅威が顕在化したのがベトナム前後だった事に留意されたい.
特に,現代では常識化しつつある携行SAMの類は,影も形もないと言ってもいい位.
結果的に,あなたが考えた通り「予算と合理性」の問題.当時としては機種を統一して整備や運用の合理化を図るよりは,用途に合わせて多数機を用意するほうが合理的かつ安上がりだったという事.
それが限界に達したからこそのF/A-18への統一化がある.
で,A-4は昼間軽攻撃(E型になっても全天候性能はA-1に劣った),A-6は全天候の重爆撃機だ.
同じ「攻撃機」という名でも中身が全然違う
またF-4はカタログ上のペイロードは立派だが,テールヘビーという宿婀があって,実際の搭載量はA-4並みでしかない爆撃機としては余りに力不足な存在だった.
【質問】
爆撃機のパイロットは,防弾チョッキを装着しないんでしょうか?
【回答】
米では第二次大戦のころから用意はされていた.
ヘルメットの他に「フラックジャケット」と通称される防弾衣があり,フルに着込めば中世の全身鎧のごとくだった.
でも20mmだの30mmだのといった大口径機関砲で撃たれるのでは,何の意味もないし,88mm果ては128mmといった高射砲の至近爆発で撒き散らされる弾片には,やっぱり大した防御力がなかった.
「それでもないよりマシ」
というのが大方の感想ではあったそうだが,人間が着込んで動けるのの限界に近い重量があったため,大半の搭乗員は規定を無視して着ていなかった.
着用している者も,「ヘルメットだけ」「ベストだけ」「ヘルメットとベストだけ」という形にして,フルには着込まず,ほとんどの搭乗員は通常のフライトジャケットとフライトジャンパーだけで活動していた.
現代では薄く軽いのがあって,スーツの一部でもあるので,たいていのパイロットは着てるだろう.
他の国については知らない.
軍事板
青文字:加筆改修部分
【質問】
アメリカの ダグラス スカイレイダーや,実戦には使われなかったマーチン モーラー といった戦争後期の艦上攻撃機や艦上爆撃機は一人乗りみたいですが,どうして急に一人乗りになったのでしょうか?
それまでの機体は2〜3人乗りが普通ですよね?
というか,それまで複数人数で動かしていた機体を,どうやって一人で動かしたのですか?
技術の進歩だとすれば,何が進歩した結果なのでしょうか?
【回答】
艦爆も艦攻も実は,操縦士さえいれば問題なく飛べるし戦闘できる.
急降下爆撃も雷撃も照準して投下スイッチ押すのは操縦士だからね.
艦爆は 操縦士兼爆撃手+通信士兼後方機銃手
艦攻は 操縦士兼雷撃手+航法士兼水平爆撃照準手+無線士兼後方機銃手
ってのが標準的な配置だが,アメリカ軍は
「艦攻で水平精密爆撃なんかしねーYo!」
ってことにしたので,爆撃照準手は要らなくなったし,無線機が馬鹿デカくて扱いが面倒というものではなくなったので,専業の無線手も要らなくなった.
航法機器も自律型のものが進歩したので,航法士も要らなくなり,エンジンパワーが増大して機体の機動性が増したので,戦闘機に後ろに着かれても機動でかわせばよく(スカイレイダーやモーラーは爆装や雷装しても急旋回とかできる),後方機銃も要らない.
ということで操縦士一人でよくなった訳.
【珍説】
A-10攻撃機は速度に限界があり,被弾し易いのが欠点」という,ホーナー多国籍軍空軍司令官の指摘は妥当性を欠いている.
なぜなら湾岸戦争中,8624回の出撃(空軍全体の出撃数の1/3)で失われたA-10は6機(内,2機は着陸事故)に留まり,他に中破の4機は修理されて戦闘に復帰している
(木村譲二「KF Eye Shot」 from「航空ファン」 Sep. '94)
【事実】
湾岸戦争で米空軍機の損失は14機.うちA-10が4機,OA-10が2機.米空軍で一番損失が多かったことは確かだ.
また,A-10,OA-10の損失は全て赤外線ミサイルによるものだが,米空軍で,赤外線ミサイルに撃墜されたのは,他にはAC-130が1機だけだ.また,A-10は被弾は多くても修理が楽なのが特徴ですから,墜落・大破・中破といた数字には現れていなくても,被弾した機体はかなり多かったのでは,と推測される.
損失率で考えても,キルボックスAF7に対する3000回近い攻撃の中で,700回以上出撃したF-111Fは,一機も失っていないのに対し,A-10は初めに2機を失い,以後出撃していない.
つまり,A-10はAAAに対する耐久力は非常に強い.だから,二線級の敵相手には大戦果を誇った.
だがSAMほ装備してる部隊には役者不足だった.それは低速だからだ.
むしろホーナー司令官の処置は迅速だった.その二機を失うと,即刻A-10による警護隊攻撃を中止させ,もっぱら歩兵や補給線攻撃に振り向け,大統領警護隊への攻撃にはF-16が代わりを担った.
ホーナー司令官の愚痴も妥当と言えよう.
米国防総省の議会最終報告書も,ホーナー司令官と同様の記述がある.
The A-10 is susceptible to threats due to
the longer exposure time caused by insufficient
engine thrust which limits rate-of-climb,
acceleration and maneuver, and cruising speed.
http://www.fas.org/man/dod-101/ops/docs/cpgw.pdf
(FFH331 ◆3.CSSBl9VA他)
【質問】
A-10を,なんで日本は導入しないんすかね?
【回答】
事実上,単用途機だから.
日本の場合,FS部隊(対艦,対地支援部隊)でも,対領空侵犯措置任務(アラート待機)が有るから,ある程度対空能力が必要.
それに,支援任務でも,求められる能力は,対艦>>>>対地なので,レーダーが載ってなくて,低速なA-10は生存性が低,く対艦攻撃には事実上使えない(使い辛い).
A-10は米軍のように,圧倒的な航空優勢がいつでも確保できる国には有効な戦力だけど,他の国には使い辛い機体.
だから,いくら安くても他の国が触手を伸ばさなかったのだね.
日本が近接支援対地攻撃を必要とされる時と言うのは,本土上陸後の,かなり押し込まれている状況だし,航空優勢は相手方に有る訳で,A-10なんてフラフラ飛んでられないし.
それに,日本は中防なんかで所有機数の上限を定められているから,FIやFSの機数を削ってまで,A-10の枠は取れないでしょう.
それなら,T-4に近接支援対地攻撃の装備をする為の研究をした方がいいし,有用.
新所沢の三等兵◆Uk
訂正.
×だから,いくら安くても他の国が触手を伸ばさなかったのだね
○だから,いくら安くても他の国が食指を伸ばさなかったのだね
国家が伸ばす触手って,なんやねん?(エロアニメかっつうの)
新所沢の三等兵◆Uk in mixi 支隊
ためしに「触手」でグーグルイメージ検索してみたら大変なことに…….
唯野 in mixi 支隊
>グーグルイメージ検索
どう見ても,葛飾北斎から続く伝統文化です,本当にありがとうございました.
MHK in mixi 支隊

【質問】
A-10C改修の中身は?
【回答】
HOTAS(ハンズオン・スロットル&スティック)やターゲティングポッド,JDAMWCMD(風偏差修正ミュニッション・デスペンサー),SDB(小径爆弾)などの運用能力付加.
機体そのものへの大きな改造はない.
詳しくは「航空ファン」 2006年4月号,p.126を参照されたし.
【質問】
「原子力爆撃機」Miyasishchev Bounderについての詳細を教えてください
【回答】
ミヤシチェフM-50/52バウンダー
50年代にソビエトで M-4バイソンの後継を目指して開発された長距離超音速爆撃機。
ツシノ航空ショーで目撃された際 その巨大なエンジンポッドから原子力動力を噂された。
アメリカでもX-6が計画された様に、長距離爆撃機にとって当時,原子力は魅力的な動力に思われていた。
実際はアフターバーナー付きターボジェットであり、機体も期待された能力に達せず、ツシノ航空ショーで西側観測筋に恐怖と核動力の夢を与えただけに終わった。
【質問】
戦闘攻撃機と戦闘爆撃機の違いは?
【回答】
どちらかというと、言葉が使われ始めた経緯が違うというくらいの差です。
第二次大戦で戦闘機の急激な大馬力化が進むと、戦闘機にも十分なペイロードが搭載可能となり、
爆弾を搭載して地上攻撃に用いられる様になり、これらは戦闘爆撃機(Faighter-Bomber)呼ばれました。
敵戦闘機に遭遇すれば駆逐される存在であった攻撃機・軽爆と違い、爆弾を捨てれば戦闘機としての運動性・速度を持つこれらの機体は、次第に攻撃機・軽爆を駆逐していきます。
ジェットの時代に入ってもこの傾向は続き、60年代には純粋な制空戦闘機・迎撃機の方が少数派で、戦術戦闘機≒戦闘爆撃機な状態となりました。
F-105やF-111などがその極みで、もう制空戦闘が行える機体とは言えません、
という事は反面、高度な航法・夜間/低空侵攻・大ペイロードと言った点で専用の機体にメリットが有ったという事です。
(ベトナム戦争時には、B-66がF-100やF-105を先導するパスファインダーといった役割を果たしたりしてます。)
80年代に入ると、アヴィオニクスの小型・高度化により、これらの機能も小型の機体でも一般化します。
そうして戦闘機型(F-18)と攻撃機型(A-18)が別々に作られる筈だったホーネットが、F/A-18として完成し、戦闘攻撃機と呼ばれました。
今日では多くの戦闘機はマルチロール化され戦闘攻撃機と呼ばれます。(そしてそれを戦闘爆撃機と呼んでも間違いでないだろう)
機体がマルチロール化出来てもパイロットをマルチロール化するのはまた別で大変です。
かつて米空軍においては、同じF-4を装備しても制空部隊と攻撃部隊でわりとはっきり分かれてました。
今日JAS-39やF/A-18など、パイロットのワークロードを減らし複数の任務を効率よくこなせる(訓練できる)よう留意されています。)
【質問】
今までに輸送機を爆撃機として使ったことはありますか?
【回答】
ちょっと搦め手的ではありますが,スペイン内戦では,コンドル軍団はJu-52/3mを爆撃機として使っていますし,エチオピア戦争では,イタリア軍が,S.M.82やC.101を用いて爆撃に用いています.
英国でも,中東とか東アフリカ,インドなどの二線級の戦線用には,爆撃輸送機というのを使っていました.
フランスも同様に,輸送機を爆撃機兼用に用いています.
眠い人 ◆gQikaJHtf2 in 軍事板
ベトナムでC-130を橋梁攻撃(上流に機雷投下)やヘリポート構築用の爆弾投下に使用した事が有ります.
1939年にソ連がフィンランドに侵攻した冬戦争では,スウェーデン貴族のカール・グスタフ・フォン・ローゼン伯爵が自ら持ち込んだDC-2「ハンシン・ユッカ号」でソ連軍を爆撃している.
その後も彼は,ビアフラ戦争でビアフラ側につき,再び輸送機から手製爆弾でナイジェリア政府軍を爆撃したり,サーブ社の民間プロペラ機部隊で敵の空軍基地を攻撃して戦果を挙げている.
ちなみにこの人の父親のエリック・フォン・ローゼン伯がフィンランド空軍の生みの親ってのは有名な話.
軍事板
▼ ちなみに「エアアメリカ」の中に,“有名な親会社”の現地駐在員(書中と表現は違います)に個人的に頼まれて,エアアメリカ等の子会社の末端社員が,自社の営業機で自家製ナパームなど時々撒いていたと言う記述が有ったかと.
(そのうち中止命令がでたそうです)
▲
【質問】
空爆の際,自宅の防火対策は,どのようにすべきか?
【回答】
スイス政府編「民間防衛」(原書房,1995/3/12)によれば,以下の通り.
屋根裏部屋のガラクタを片付け,床の上に砂を撒く.
砂の厚さは5cmくらい.
各階および地下室には,20u当たり5kgの砂を用意すると共に,できるだけ多量の水(少なくとも1u当たり1リットル)を,風呂桶・樽などに入れておく.
バケツ・鍋・工具・救急用品・非常用食糧などは,避難所に用意する.
●消火の補助手段
布を箒(ほうき)に巻きつけた火叩きは,小さな火災を消し止めるのに役立つ.
鳶口は,燃えているカーテンを引き裂いたり,燃え易いものを火から遠ざけるのに使う.
水に浸した布や毛布は,消火作業に当たっているものを防護したり,衣服に火がついた人を助けるのに役立つ.
(P.118-119)
【質問】
爆撃機・攻撃機編隊が敵地に侵攻する際,対空ミサイルや敵迎撃機を回避するのにどのような対処法をとっていますか?
【回答】
規模による.
基本的にはレーダーに捕まらない様に超低空侵入する.
見つからなければSAMにも迎撃機にも撃たれずにすむから.
ただ,いつも上手くいくとは限らないので,電子戦機でジャミングをかけたり,前もって対空ミサイルを破壊したり,あらかじめ近くの敵飛行場を攻撃したり,と,ありとあらゆる手段を使う.
202保守中隊 ◆tsQRBnY96M
正面攻撃で,こちらにゆとりがあれば事前に偵察,挑発で敵のSAMサイトを確認し,敵の飛行場を特定して第一撃の巡航ミサイル,ステルス爆撃機による攻撃,状況によっては弾道ミサイルでそれらを無力化します.
同時に敵の対空攻撃の中枢,通信路を破壊します.湾岸戦争のイメージですね.
ついで,AWACSの指揮下に敵の迎撃機を監視しつつ,SEAD部隊が侵入します.
これで敵の残存対空部隊をあぶり出し,カウンター攻撃で殲滅,あるいは沈黙させます.
その間に上がってくる敵の迎撃があれば,随伴する制空戦闘機がこれを処理し,同時に出撃基地を特定して臨機優先目標に加えます.
もちろん電子戦機はジャミングを加え,攻撃機はデコイを牽引するでしょう.
各機は自己防衛電子戦装備とステルス性を鎧とします.
簡単に言えば,できることは全部しながら対処します.
【質問】
近接支援において,地上車輌や歩兵が,数百メートルの距離からレーザー・デシグネーターで目標指示をする場合に,歩兵の安全は確保されているのでしょうか?
歩兵が霧中でレーザー・デシグネーターを照射したら,レーザーは散乱するでしょう.
その場合,歩兵が意図したターゲットの反射光との強弱の差は確実とまでは言えないのではないかと.
【回答】
おっしゃるとおりです.ただ霧による散乱光は目標からの反射光より遥かに弱いので,センサー側のフィルタリングで排除されます.逆に目標からの反射光と比べるぐらい霧による散乱光が多い状況であれば,そもそもレーザー照準自体が役に立ちません.
また霧による散乱光は一点から反射するわけではなく,棒状の光源になりますから,センサーによる誤ロックオンを防ぐことになるでしょう.
なぜかデシグネーターの直近のみ濃い霧がごく狭い範囲に立ち込め,しかも照準手が目標の不適当な箇所にレーザーを照射してしまったような(窓とか)例外的な場合には,誤誘導が起きるかもしれません.
これもGPSとのデュアル誘導兵器では,発射前にセーフティゾーンを設定し,その地域内にはロックオンしないよう設定できる,だかそのように開発中だかしてます.
【質問】
ガンスモークはもう開かれないの?
【回答】
ガンスモークは,対地攻撃がパイロットによる差のほとんど無い精密誘導兵器中心となったために1995年をもって終了しました.
以後は空対地の競技会は開かれていないようです.
なお,1995年のガンスモークにおいてはB−52やB−1が一発の爆弾を投下して,その命中精度を競うなどといった恐ろしい競技が行われていました.
【質問】
アメリカの爆撃機にB29,B36,B52などがありますが,これは有名でないだけで,この間の番号の爆撃機も存在するという事なのですか?
【回答】
存在します.
複数のメーカーが競争した場合,それぞれにナンバーが振られるので採用されなかった場合,番号が飛びます.
この他にも,開発途中で中止になるなどの理由で採用されない機種が出たために番号が飛ぶ場合もあるります.
これは,戦闘機その他でも同様です.
例えば,B-29の採用の影には,保険として,ConsolidatedがB-32を製作しています.
この間のB-30はLockheedの,B-31はDouglasからの提案でしたが,モックアップ段階や基本設計で終わっています.
B-36についても,NorthropのB-35が競争試作として製作されていました.
B-47の競争相手は,Convair(コンソリデーテッド+ヴァルティ)のB-46,MartinのB-48,NorthropのB-49.
B-52の競争相手は,ConvairのB-60です.
なお,B-66,B-69,B-70以外のB-61〜87はミサイルに付けられており,これらは1962年にミサイル呼称に変更されました.
ちなみに,
B-65はAtlas ICBM,
B-68はTitan ICBM,
B-78はJupiter IRBM,
B-80はMinuteman ICBM,
B-83はBullpup AGM
です.
米空軍博物館のサイトにいけば,その大半を見ることができます.
(眠い人 ◆gQikaJHtf2他)

【質問】
B-52,B-1,B-2の退役時期は,ほぼ同じようですが,なぜでしょうか?
普通に考えたら,製造時期と同じ間隔で順々に退役すると思うのですが.
それほどB-52が使いやすいなら,B-1,B-2など造らずにB-52を製造し続けても良かったのでは?
http://www.globalsecurity.org/military/systems/aircraft/images/b-3-1.gif
【回答】
本来B-52は,(X)B-70 ヴァルキリーに早々にとって換わられる予定だった.
基本的には第2次大戦時の戦術思想で開発されたB-52は,超音速も出せず,低空高速飛行もできないので,来たるべき核戦争時には生存性がとても低くて役に立たないと思われていたので.
実際には大陸間弾道弾の発達が「戦略核攻撃爆撃機」というジャンルそのものをXB-70ごと葬り去ってしまい,逆に
「超音速も出せないし,低空高速飛行もできないが,爆弾を山ほど抱えて広い範囲を大量の通常爆弾で焼き払える」
というB-52の方がヴェトナムで活躍し,延命した.
とはいえ大陸間弾道弾のバックアップ戦力としての戦略爆撃機は必要で,B-52後継計画が立てられてB-1が,継いでB-2が開発,配備されたが,今度は冷戦の終結で戦略攻撃戦力そのものが削減され,ふたたび戦略爆撃機は用無しになった.
その為,調達数の減らされたB-2の価格は天文学的数字に.
それを横目に,「戦略爆撃機としては時代遅れだが,爆弾を山ほど抱えて広い範囲を大量の通常爆弾で焼き払える」B-52は,湾岸戦争とタリバン戦争,イラク戦争で活躍する.戦略核爆撃機としてではなく,戦術支援機として・・・.
将来的には米空軍は長距離爆撃機は無人化する予定で,今使われているB-52,
B-1,B-2は機体寿命が尽き次第順次お払い箱に.
要するに,冷戦下で「核戦争」というものが起きなかった以上,戦略爆撃機であるB-1とB-2には使われようがなかった.
B-52だけが重用されたのは,本来の任務から引退させても転用先があった,というだけの話.
ちなみに,現存するB-52は何度も近代化改装とフルオーバーホールされて,事実上1980年代に新造したのと同じ.
「リベット一本に至るまで新造時の部品は残ってない」
なんて言われるほど.
逆にB-1BとB-2は基本的に新造時のままで,今後もフルオーバーホールや近代化改装の計画がなく,機体寿命が来たら引退させられる.
なので,50年前に作られた機体と20/10年前に作られた機体の引退時期がほぼ同じ,という事態に.
B1爆撃機

【質問】
B-2爆撃機って何?
【回答】
B-2は米空軍のステルス戦略爆撃機.
「ソ連の防空能力が高くなってきたから,もうB-1戦略爆撃機の超低空亜音速侵攻能力でも突破できそうにない」
と見て,B-1開発計画が中止になったことから,その後継として,1978年から機密扱いで開発開始.
開発当初は高高度長距離侵攻爆撃機のはずだったが,
「計算してみたら,開発間近のALCM(空中発射巡航ミサイル)をB-52に搭載して攻撃させたほうが安上がりじゃん」
と米空軍は気づいて,計画変更.
1983年からは,ソ連の防空網をかいくぐってICBM発射基地や移動式ICBM発射台を核攻撃することを目的とする爆撃機として開発されることに.
しかも部隊配備された頃には冷戦は終わっていて,戦略爆撃任務ではなく精密誘導爆弾を抱え,実戦ではアフ【ガ】ーニスタンで近接航空支援,要するに地上の部隊の手助けをする任務に就く事に.
まあ良くある話.
開発担当メーカーは,ボーイング(コックピット,本体中央部)とノースロップ=グラマン(それ以外)
1989年,初飛行.
水平尾翼も垂直尾翼もない,全翼機という姿が特徴.
普通,飛行機は垂直尾翼がないとダッチロールのような不安定な状態になるが,B-2では機体が傾くと,そのつどコンピュータ制御でこまめに補正しているので飛び続けていられるのだという.
それまで全翼機の開発に執念を燃やしてきたノースロップならではの形状とも言えるが,1機20億ドル以上と,「同質量の金と同価値」と揶揄されたほど価格が高騰したため,合計21機(試験機6機+量産機15機)が生産されたのみで調達打ち切りという羽目に.
計画では133機生産のはずだったのに.
なので,ノースロップの夢がかなったといえるかどうかは,微妙なところ.
他にもCFD(Computational Fluid Dynamics)とCAD/CAM(Computer
Aided Design & Manufacturing)の全面採用で3次元デザインという点でも画期的な機体だったという.
要目は以下の通り.
全長:21..03m
全幅:52.43m
全高:5.18m
最高速度:約1000km/h
巡航速度:M0.8
空虚重量:約54t
最大離陸重量:約170t
ペイロード:約18t
航続距離:約12.000m
乗員:2名
【参考画像】
B-2図解
【質問】
F-111の評価は?
【回答】
F-111は,戦術機としては足はもっとも長いクラスです.
国防総省の湾岸戦争への議会報告書では
In addition, the F-111s' heavy bombload and
relatively long range let them concentrate
many precision bombs on target in a short
period of time, deep in enemy territory,
while exposing a limited number of aircraft
to the threat.
と評価されてます.
一方,戦略爆撃機バージョンであるFB-111は,その運用性の悪さと,戦略爆撃機としては明らかな足の短さとで
「FB-111は申し分の無い戦闘爆撃機だ.
ただし,合衆国がカナダと戦争をすることになった場合においてのみ」
との評価を受けていた.
軍事板
&BMP in FAQ BBS(青文字部分)
【質問】
超音速爆撃機「Falcon」について教えられたし.
【回答】
「アメリカ軍が開発を進める超音速爆撃機」
という記事をソースにして,
ブログ「エルエル」,2007/11/21付
が述べるところによれば,アメリカ軍がならず者国家や中国の衛星破壊ミサイルなどに対抗するために開発を進めている爆撃機.
2007年に米議会は,開発予算4690億ドル(約50兆円)を承認した.
来年の春にも最初の飛行試験が予定されている.
同ブログによれば,「Falcon」は,時間に対して鋭敏に行動を起こさなくてはならないようなポイントをターゲットとしており,音速の6倍で飛行し,世界中のどこでも数分内に爆撃できるという.
爆弾搭載能力は12000ポンド(約5t),爆弾は音速の25倍ものスピードでターゲットに命中するため,威力が増すという.
B-2爆撃機の顛末を考えると,たとえ生産が開始されたとしても,少数生産で終わりそうな悪寒…….
written by ホルテン兄(うそ)
【質問】
試作機で終わったXB-70ヴァルキリーですが,計画ではマッハ3でどうやって爆弾を投下するつもりだったのですか?
【回答】
XB-70は2基の爆弾倉を持つ.
爆弾倉扉は後方に開くスライド式で,超音速飛行中に開放しても扉は外部に出ず,気流の乱れを起こさないようになっている.
爆弾倉の直前には可変式のショックコーンがあり,これで気流と衝撃波を整え,投下した爆弾を自機の衝撃波から守り,乱流に巻き込まれるのを防ぐ.
尚,XB-70は全長57m,全幅32mの巨大飛行機だが,兵装は2基の爆弾倉に10000ld(4540kg)ないし11400kgの核爆弾が,それぞれ一つ積めるだけ.
通常爆弾は積めない(最初から積む事を考えてない)核攻撃専用機なのだ.
【質問】
トーネードIDSが装備する小弾頭ディスペンサーの利点とは何なのでしょうか?
素人考えでは,小爆弾散布の間は敵陣上空を水平飛行することになるので,かなり危険だと思うのですが.
【回答】
JP233とかMW-1が開発された理由は,滑走路のような目標を破壊するためには,通常爆弾で点で攻撃するより,多弾頭で線状に破壊したほうが,滑走路のどこかを使用不可にできる可能性が高いと当時考えられたから.
問題は進入路の推測がしやすく,対空防御されやすいことや,弾頭が小さく,破口が小さいので復旧もされやすいことなど.
トーネードが湾岸戦争でバタバタ(といっても大した機数じゃないけどね)撃墜されたのも,主に飛行場の滑走路攻撃中,
「この飛行場を使用不可にするには,こことここに爆弾落とせばいい」
というのは落とされる側にもよく解っているので,待ち伏せ的に対空砲火の弾幕を張られた.
とりあえず使われたのはほとんどが通常爆弾だったと思うが詳しくはちょっと.
結果,イギリス軍も攻撃方法を高高度からの誘導爆弾投下に切り替える.
トーネードが湾岸で使用したディスペンサーは,イギリスのJP233.
これは胴体下に取り付けられる対滑走路用のもので,ディスペンサーから真下に打ち出す小型弾頭で,滑走路に穴を開け,ついでに復旧作業妨害用の地雷も捲くというもの.
これや通常爆弾も使ったが,いずれにせよ低空進入で滑走路を破壊するには,低空で滑走路の真上を通らないといけないので,攻撃進入路の推測がし易く,弾幕を張られて損害が増えた.
でもってSAMの脅威がほとんどなくなってからは,中高高度からのレーザー誘導爆弾による攻撃に切り替えざるを得なかった.
もっとも,トーネードにレーザー照射ポッドの運用能力は無かったから,バッカニアを駆り出さざるを得なかった.
ドイツも両側方に打ち出すMW-1ディスペンサーを持っていたが,湾岸戦争でのJP233の実績から,現在では使われなくなっている.
つまり,誘導爆弾が普及してしまったら,滑走路攻撃用ディスペンサーはほとんど存在価値はなくなった.
【質問】
どんな改造がどれほど航空機としての違いを生むかさえわかりませんが,トーネードの迎撃型と阻止攻撃型はどれくらいちがうのでしょうか?
少し調べたらレーダーや装備(←武装ですか?コンピュータでしょうか?)が違うようです.
何が違っているのか?,どう変わるのか?を教えてください.
【回答】
ADVはMarconi製要撃用レーダーを搭載しています.
対空ミサイルとして,Skyflashを4発,胴体下面に半埋込式に搭載でき,滞空哨戒時間を延長するために,胴体は78cmストレッチされ,タンク容量を685kg増加し,空中給油用の引込式Probeを左舷に設けています.
このため,機関砲は右舷の機関砲1門のみの搭載となっています.
眠い人 ◆gQikaJHtf2
◆◆◆B-52関連
【質問】
米軍の爆撃機B-52はbomberでなくshooterだそうですが,本当ですか?
【回答】
<説1>
B-52がshooterという話は,現代ではbomber(戦略爆撃機)は時代遅れであり,維持,機能向上に値しない,という意見に対する反論です.
sensor to shooter という句が一時,今でもか,流行になって予算獲得につながると思われた時期があります.
この時期,shooterはF-15Eだったり,F-16だったりF-18だったりしたわけですが,そうではなく,搭載量が多く,滞空時間が長い戦略爆撃機も時代にあった使い方ができる,むしろふさわしい,という意味で,bomberではなくshooterという言葉が流れたものと思います.
実際,その後の展開を見ると滞空時間の長い無人偵察機と,滞空時間が長くたくさん積める爆撃機,というコンビは,敏速な航空機よりもむしろ迅速に目標に対して破壊力を発揮できるという意味で優位にあります.
もっとも,次の段階はUCAV-52になるでしょうから,B-52ファンにとっては「うれしうて,やがて悲しき優位かな」
2003年の「イラクの自由作戦」でも,B52はshooter的運用をされています.
http://www.jfss.gr.jp/jp/new-iraku-boueikiki-soubi-1-j.html
翼に1000ポンドの衛星誘導爆弾JDAMを,胴体に500ポンドレーザー爆弾GBUと対戦車誘導クラスター爆弾GCBUを搭載したB52爆撃機や,JDAMを搭載したB2爆撃機が飛来して,25,000フィートを超える高度からこれらの目標を次々と攻撃した.
(軍事板)
<説2>
カクテルのジョークだよ.B52という名前の,シューター・スタイルのカクテルがあるの.
shooterはアメリカで生まれた,いわゆる一気飲みをするスタイルのカクテルで,小ぶりのシューター・グラスを使い,サッカーのシュートのように一気に飲むもの.
ウオツカやテキーラ,口当たりのいい新しいリキュールをメインに使う.
B52はプース・カフェ・スタイル(酒の比重の違いで層ができる綺麗なカクテル)で,口の中で初めて混ざってカクテルになる.かなり甘口のカクテル.
【質問】
B52がベトナム北爆をした際の,搭載例を知りたくお願いします.一機あたり通常爆弾を何トンくらい落としたの把握です.
(最大ペイロードとかは,すぐに見つかったのですが,実際の作戦例を知りたく投稿した次第です).
【回答】
たとえば,オペレーション・ラインバッカーUで出撃した,ビッグ・ベリー改修を受けたB-52Dの搭載のパターンとして,胴体内の爆弾倉に750ポンドのMk-117爆弾42発,さらに外部パイロンに500ポンドのMk-82爆弾24発と言う組み合わせがありました.
500ポンド爆弾だけだと実に108発が搭載可能でした.
あとは1000ポンド爆弾を機外に24発,爆弾倉に27発というパターンもあります.
ヴェトナムにおけるB-52は,南爆・北爆合わせて124,532ソーティーをこなして2,674,745tの爆弾を投下しています.
つまり,一機あたりの平均投下量は21.5tにも及びます.
(名無し軍曹◆Sgt/Z4fqbE)
【質問】
軍事板で
「 ベトコンが低空飛行中のB52にAK47を撃ったらコックピットの窓に命中し
パイロットが死んでそのまま墜落した」
という話を見ましたが,本当でしょうか?
【回答】
神話の可能性が高いです.
B-52はヴェトナム戦争が始まってからローリングサンダー作戦やアークライト作戦といった
作戦に参加していますが,これらの作戦で損失を記録したことはありません.
B-52の初の損失は1972年11月22日のビン周辺への爆撃任務で,一機がSA-2対空ミサイル
によって撃墜されました.
そのすぐ後に開始されたラインバッカーU作戦で,B-52は15機が撃墜されています.
これらの損失もすべてSA-2によるものでした.
名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE
【質問】
B-52最後尾に機銃がついてますが,これの操作方法を教えてください
B-17のような直接狙う感じなのでしょうか?
それともカメラ越しなのか直接操作ではないものの,別の場所から肉眼で見てそれを操作なのでしょうか?
あとこの機銃の大体の射程を教えてください.
【回答】
B-52はF型までが12.7mm4連装機銃を搭載し,尾部に専任の銃主席を持つ.
機銃手は照準レーダーを併用して全天候で操作が可能.
G型からは銃手席は廃止され,操縦室からTVカメラの画像とレーダーを用いて照準するリモコン操作式になった.
現行のH型はさらに機銃を20mmガトリング砲(通称バルカン砲)に換装している.
照準用レーダー併用.といってもCIWSのように火器管制装置が自動で索敵,照準してくれるようなものではなく,距離を正確に計ったり夜間に目標を捉えるためのあくまで補助的なもの.
第二次世界大戦の夜間戦闘機の装備してるレーダーを想像すると解りやすいと思う.
ベトナム戦争では迎撃してきたミグを,B-52の尾部銃座で撃墜した猛者がいたが,基本的に索敵は目視,目標を発見したら目測で機関砲をそちらに向けて・・・ってな感じで,あくまでレーダーは補助だったようだ.
ついでにB-52の初期型の尾部銃座の画像が見つかったので貼っておく.
http://www.aviation-fr.info/guide/images/b52/gun.jpg
最上段の小さな透明の奴が光学照準機,
その下が索敵レーダ,
中段は索敵レーダーというか後方警戒装置としての意味合いがある.
ベトナムに実戦投入されてたころは
http://www.cris.com/~rsimon/info/turret.jpg
こんな風になってて,角が生えている.
これはECM装置のアンテナだ.
あとB-52の尾部銃手席はこれだけ独立した区画にあって,離陸前に乗り込んだら着陸するまで他のクルーとは直接顔を合わすことはない.
ベトナム戦争の時にはこの配置は「孤独を愛する男の特等席」と呼ばれた.
一応飲料水や食料は備えられてるし,トイレもある(簡易式だけどね)
それと尾部銃手が脱出するときは,この銃座部そのものを切り離してから,銃手が脱出・・・というか空中放出される.
【質問】
B-52が北爆した際「一機あたりの平均投下量は21.5tにも及びます」とありますが,それだけの爆弾を積み込むのにどのくらい時間が掛かったのでしょうか?
【回答】
B-52 weapons "loading time"でぐぐると幾つか数値が出てきます.
爆弾倉の扉を開閉するのに20-30分
機能チェックに10-15分
積み込みと爆弾等のチェックに20-30分
ですが,これは通常の任務での話でドンだけ爆弾を積んでいる状態なのかは不明.
別の資料では45発から51発のS00ポンド爆弾の搭載に1-2時間と書かれています(S00は原文ママ).
以上を踏まえて妄想するに,大体2時間前後で終わるようです.
ところで二つめの資料にはB-1Bに84発500ポンド爆弾積むのに作戦テストでほぼ40時間掛かったと書かれているんですね.
これがちょっと引っ掛かります.
【質問】
B-52で高空爆撃を行うときは,事前に(前日か数日前に)敵の対空火器や迎撃機を完全に戦闘機や攻撃機で排除してから,AWACSで慎重に周囲を監視して行うのでしょうか?
【回答】
対空火器と迎撃機の事前の完全排除は無理(ジャングル等に潜んでて見えない対空火器は殺しようがない)なので,基本的には同時進行 護衛機が接近する気配のある物を迎撃しながら,動きのあった対空火器のレーダー波を発見して,根元に対レーダー・ミサイル叩き込んだり,その周辺に爆弾ばら撒いてみたりしながら,B-52が進む
これの監視をAWACSの前身(名前忘れた)がやってた.
ナム戦の時はこんな感じ.
B-52に限らず,こんな感じでナム戦の時は攻撃部隊の編成をしてた.
湾岸戦争以降は,制空権の取れた所で,遠距離が飛べて大量の爆弾を搭載できる近接支援機みたいな使い方がされてる.
爆弾の搭載量は普通の戦闘機と比べ物にならないくらい多いし,航続距離も長い=滞在時間もながい みたいな感じで重宝されとる.
【質問】
B-52は,あと何年くらい使われる見込みですか?
【回答】
現存機のほとんどは1961〜1962年に作られたはず.つまり平均45年程度使用されている.
機体寿命からは(適切な補修を行えば)これまでと同程度の飛行時間使用できるはずで,理屈の上では2040年を過ぎても使用可能.
ただしエンジンの換装が必要となり,それさえ行えば,大規模な補修なしでも2025年までは十分使えるといわれている.
このエンジン換装案は何度も出たり消えたりしている.
詳しくは,
http://www.globalsecurity.org/wmd/systems/b-52-life.htm
http://www.globalsecurity.org/wmd/systems/b-52g.htm
http://www.globalsecurity.org/wmd/systems/b-52h.htm
【質問】
B-52関連の記事でよく見る「おとりミサイル」って,なんのことでしょうか?
【回答】
McDonnell GAM-72 Quail囮ミサイルですね.
敵防空網に突入するときに戦略爆撃機から空中発射され,身代わりになってくれるデコイ・ミサイル,つーか無人機です.
B-52に搭載されて,B-52と同じ動きと反射波を返すものでした.
“爆撃機になりすます”んですね.
http://www.fas.org/nuke/guide/usa/bomber/adm-20.htm
>The Quail simulated the bomber in a number
of ways.
当時の戦法では,脅威の大きい地域じゃクエイル(囮)を飛ばし,レーダー・サイトや飛行場の様な固定的な脅威はSRAM(核攻撃)で潰しながら進む.
最後に戦略拠点にメガトン級の核兵器投下,と実に豪快さん.
1958年に生産契約が結ばれ,1961年に実戦化されてます.
エンジンはF-5と同じJ85.
1978年に退役してます.
また,武装クエイルとして開発が始まったのが,空軍のALCMに発展します.
詳しいことは,B52,クエイルでぐぐれば出てくると思いますよ.
眠い人 ◆gQikaJHtf2in 「軍事板常見問題 mixi支隊」(青文字),
BMP in FAQ BBS(緑文字),
えればす by mailform(紫文字),
G_Tomo in 軍事板(黄文字),
&軍事板
ただしカタカナではなく,「Quail」でぐぐること.
カタカナでぐぐっても,軍事板のスレッドしか出て来ない.



◆◆◆対空砲関連
【質問】
現在のジェット機に対し,無誘導対空砲弾による攻撃は意味はあるんでしょうか?
【回答】
ないことはないです。
たとえほとんど当たらないと分かっていても、自分のまわりでドッカンドッカン高射砲弾が炸裂しているのは、パイロットに心理的負担を与え、任務を途中で放棄させたり失敗させたりする効果があります。
ヘリの場合はさらに直接的な脅威です。イラク戦争では準備不足のアパッチ部隊30機がイラク軍の巧妙な防空コンプレックスに突っ込み、撃退された事例が有名です。
アパッチの防弾性能が優れていたために撃墜こそ1機でしたが、多くの機体が穴だらけで修理のために戦線復帰できませんでした.
ヘリでなくとも、第一次湾岸戦争の時、英軍機が真っ正直に低空飛行で飛行場爆撃に突入し、AAAで大きな被害を受けています。
対空砲はなまじ誘導を使用しないため、妨害も受けにくいので,攻撃側が「読まれた」状態でAAAの射程高度で侵入すれば、手痛い被害を受けることになります。
ユーゴ紛争の時、米軍のF-117を撃墜したのは,あらかじめ待ち構えていた対空砲だったという説もあります。
このためAAAを逃れて高空から攻撃することになり、これはこれでレーダーで探知されやすく、SAMの攻撃を受けることになります。
というわけで、AAAは実際の攻撃上も、敵に対する制約の上からも、いまでも大いに存在価値があります。
とはいえ、SAMに対する電子戦能力の向上や、SAMの射程外からのスタンドオフ精密攻撃能力の向上、攻撃機のステルス化などによって,相対的に高々度、あるいは遠距離からの攻撃が安全、有効になっており、AAAの価値はある程度限定されてはいます。
【質問】
飛行機に対空砲が当たるっていうのはよくあることなんでしょうか?
【回答】
高射砲の弾は滅多に直撃しない.
あれは当てるもんじゃなくて,敵機の近所で爆発させ,敵機を爆発に巻き込む兵器.
つまり対空砲弾は,時限信管などであらかじめ設定された高度に達すると,爆発して周囲に破片を撒き散らす.
(戦争後半に米軍が開発したVT信管は一種のレーダーで,敵機に近づくと爆発するが)
その破片でエンジンなどの機器や乗員を破壊・殺傷するのが目的.
記録フィルムなんかだと,近い距離で爆発されると飛行機は穴だらけになっている.
ちなみに米軍がベトナム戦争あたりから歩兵に着せるようになった防弾ジャケットは,大戦中に爆撃機乗員をこの破片から守るために開発された.
そのためドイツ語の対空砲(FLAK)の名をとって,フラック・ジャケットと呼ばれている.
あと,空中で爆発した砲弾の破片は当然地上に落ちてくるわけで,これに当たって死傷者がでるくらい危険だった.
【質問】
高射砲撃った後の流れ弾ってどうなりますか? まさか鉄の雨が降るのですか?
【回答】
鉄の雨が降ります。死傷者も出ます。
防空ずきんの重要な役割のひとつは高射砲弾片から身を守ることです。
ただし,今の近接信管付のものは自爆します。
ま,だからといって,砲弾の破片まで消えるわけではありませんが.
▼ 以下,実例.
[quote]
〔1944年9月,〕丁度墓地〔ガソリンのドラム缶置き場にしていた西洋人墓地〕内にカロカン飛行場〔マニラ〕に空襲があり,友軍の対空機関砲弾が墓地内のドラム缶に当たって大火災となり,黒煙をもくもくと揚げ,敵に発見されないようにと消火に努めたがなかなか消えない.
やっと湿った墓土をかけ,ガソリンの噴出口をふさいで火を消し止めて事無きをえたこともある.
[/quote]
―――森谷高志 in 『比島に散った野戦自動車廠の記録』(比島派遣野戦自動車廠戦友会,開発社,1989/8/15),p.145▲
【質問】
レーダー照準の対空砲は,ECM等でレーダーが無力化されたら,全くの役立たずになるのだから,レーダー照準のものなんかやめて,光学照準の対空砲を多数配備したほうがいいんじゃないの?
【回答】
「レーダー照準の対空砲は無力化できるが,光学照準の対空砲は健在で,航空機を落としまくってる」
って発想が間違い.
・レーダー照準の対空砲=自動,無人
・目視照準の対空砲=職人芸
という風に漠然と考えてるんじゃなかろうか.
実際はレーダー照準の対空砲も,ECM等でレーダーが無力化されたら目視で射撃する.その場合は「光学照準の対空砲」と何等変わりはない.
で,レーダーによる見越し角計算その他の支援を失った対空砲座がどの程度の脅威かは,湾岸その他の紛争で見られたとおり.
大体,対空砲がレーダー照準化されたのは,目視では航空機に対応できないからなんですが.
【質問】
中国が人工降雨弾を高射砲でバカスカ撃っていたということを聞いたんですが,成分はちゃんと無害なものを使ってるんでしょうか?
自分たちに文字通り降ってくるものだから,さすがに安全性は考慮されてると思いますが,あの国だけに心配です.
【回答】
日本でも使っていた材料だから心配ないでしょう.
其の昔,我が国でも,とある会社が同じように人工降雨をやってました.
で,雨が降ったのに頼んだ方は金を支払わず,怒った会社は,次回依頼されると,降雨を促すための沃化銀と赤い染料を混ぜたものを空中に散布し,赤い雨が降った地域からは容赦なく,代金を取り立てたそうです.
眠い人◆gQikaJHtf2
中国,というか日米ソ含め世界的にヨウ化銀を使った人工降雪は行われています.
ヨウ化銀には軽い毒性(アレルギー様の反応が起きます)がありますが,人工降雨では濃度の関係で目だった問題は無いとする考えが一般的です.
効果は↓
http://www.peopledaily.co.jp/j/2000/01/12/newfiles/a1420.html