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諜報FAQ目次


(画像掲示板より引用)


 【link】

「Slashdot Japan」◆(2010/10/28)連合国はどうやってドイツの戦車生産数を割り出したのか

「VOR」◆(2013/05/23) 英国でMI6の秘密書類公開,「ヒットラーは役に立つ」

「いろいろクドい話」◆砲兵の仕事 27 (クルスクの情報戦 1)

「いろいろクドい話」◆砲兵の仕事 28 (クルスクの情報戦 2)

エニグマ(エニグマで暗号文が作製できるページ)

「エルエル」◆エニグマを破った暗号解読器「Bombe」の復元機

●書籍

『エニグマ・コード 史上最大の暗号戦』(ヒュー・シーバッグ=モンティフィオーリ著,中央公論新社,2007/12)

『エニグマ・コードを解読せよ』(マイケル・パターソン著,原書房,2009.1)

『写真諜報』(コンスタンス・B・スミス著,みすず書房,1962)

 WW2における,英国空軍の航空写真偵察と判読についての記述本.
 判読部隊に所属していた著者の体験と,任務に携わった人々のエピソードが散りばめられている.
 Uボートの建造状況から進水予定月を推測したり,爆撃後の石油精製工場の復旧具合を判定して,攻撃計画を立てたり,等々.
 ツェルベルス作戦での探知失敗について,さらりと流しているのは英国人らしい.
 昭和.37年の本なので,若干記述が旧い箇所も有るが,なかなか面白かった.

------------軍事板,2012/05/19(土)

『スエズ運河を消せ』(デヴィッド・フィッシャー著,柏書房,2011/10)

 読了.
 見事な起承転結で,読むものを飽きさせない筆致.
 トイレの中でちまちま読んでいましたが,本当なら一気に読んでも良い本ですた.
 逆に面白すぎて,一気に読むのが勿体ないって感じ.
 一応,史実には沿っていますが,どちらかと言えば吉村昭テイストかな.

 舞台は1941年初頭から1942年にかけての北アフリカ戦線で,ジャスパーという魔術師と,様々な場所から集められたはみ出しモノが,マジックギャングというチームを作って行った,数々の戦場に於けるイリュージョンを描いた作品です.
 もう1つの側面は,1人の中堅将校の目から見た北アフリカ戦線と言う感じで,その当時の上層部の考え方とかが伺えて,非常に興味深いものがあります.

 訳については,前半部はそんなに首を傾げるものはなかったのですが,後半から最後にかけての部分では,端々に「ん?」と思える訳語があったりしました.
 まぁ,そんなに目くじらを立てる程のものではありませんが….

 しかし,出来ればその後のジャスパー達,「マジックギャング」の足跡も追ってみたいなぁ,と.
 特に戦後,ジャスパーがケニアに移住した後,マウマウ団の首領だったケニヤッタの顔を,イリュージョンで山に映し出したなんて記述を見ると,その辺りの事情を知りたいな,と思ってしまいました.

 因みに,この本の映画化権は.トム・クルーズが持っているらしいです.
 確かに,映画にしたら結構面白くなるなぁと言うものでした.

------------眠い人 ◆gQikaJHtf2 :軍事板,2012/01/08(日)
青文字:加筆改修部分

『ナチが愛した二重スパイ』(ベン・マッキンタイアー著,白水社,2009.2)

『ナチを欺いた死体 英国の奇策・ミンスミート作戦の真実』(ベン・マッキンタイアー著,中央公論新社,2011.10)

 『ナチが愛した二重スパイ』の著者が書いたもので,『実在しなかった男』を書いたユーエン・モンタギューが手がけた,シチリア上陸に関する欺瞞作戦を,彼の死後,彼が保管していた極秘文書を用いて再構成したもの.
 ミンスミート作戦の全貌が,新たな資料を得て生々しく描かれている.

-----------------眠い人 ◆gQikaJHtf2 : 軍事板,2011/10/21(金)

『ヒトラーのスパイたち』(クリステル・ヨルゲンセン著,原書房,2009.3)

『米海軍から見た太平洋戦争情報戦』(谷光太郎著,芙蓉書房出版,2016/9/211)

 国家が総力を挙げて取り組むのが戦争で,そのとき情報はすべてをつなぐ緊要点になります.
 国が持つ情報能力は,戦争という事態に接したとき,最大限に発揮されます.

 ですから戦時の情報史については,あらゆる角度から眺める必要がありますし,味わう意味があります.

 眺める角度の一つに,
「当時の敵国の視点」
があります.
 この本は,大東亜戦争太平洋戦線(いわゆる太平洋戦争)における主敵「米海軍」の情報戦についてまとめた本です.
 我の視点から見た情報戦と,敵の視点から見た情報戦を,突き合わせることではじめて情報戦の全貌が浮かび上がってきますし,教訓を得ることができるのではないでしょうか?

 大東亜戦争太平洋戦線(いわゆる太平洋戦争)でがっぷり四つで戦った日米両国.
 太平洋戦線の主役は海軍でしたが,想像以上にあっさりと米海軍に軍配が上がりました.
 その理由についてこれまで種々言われてますが,比較されてきたのは目に見える作戦用兵の話ばかりで,目に見えない「情報」面の比較が十分研究されているとは言えない気がします.
 われわれ国民が,大東亜戦争太平洋戦線敗戦の歴史から何を学ばなければいけないか?
 それは作戦用兵の分野より情報分野の方が大きいのではないでしょうか?
・敵と我の情報取り扱いのどこがどう違ったのか?
・当時のわが国には何が足りなかったのか?
に真摯に取り組み,情報への関心を高めて今に活かす必要があるのではないでしょうか?
 本著は,そのきっかけとなるとても良い本です.

 ひとつひとつの出来事が興味深く,つい読みふけってしまいますが,この種の情報に接するときに脊髄反射で出てくる「だから日本は・・・」という感覚を捨て,全体を俯瞰する視座を失わないよう意識して読むと,今に活かせるダイヤモンドがあちこちから顔をのぞかせてくるでしょう.

 著者はいいます.
 わが国の歴史で情報が重視された時代は,戦国時代と幕末明治初期のみであり,いずれも例外的な時代だった.
 国家存亡の危機から遠のくと,先祖返りが始まる,と.
 大東亜戦争太平洋戦線で戦った帝国海軍の情報軽視の姿勢は,まさにその構図に当てはまります.
 ただ,より正確に言うと,国全体がそうなったから軍に反映された,という見方のほうが妥当では?と思います.

 国家国民が,軍事や情報への意識・対処を怠ると,歴史は繰り返されることになる.
 その意味で,今のわが国をとらえなおす本でもありましょう.

 軍事・国防・安保・情報関係者,研究者はもちろん,戦史・情報史ファンや情報オタクにも手に取っていただきたい本です.

------------おきらく軍事研究会(代表・エンリケ航海王子)
2017.2.2

 【質問】
http://www6.atwiki.jp/army2ch/pages/34.html#id_ec846848

>WW2ソ連軍の電波探知機ってどんなものがありましたか.
>ないはず.ドイツ軍に航空攻撃を,掛けようとしていつも,
>待ち伏せされるので味方の中にスパイがいると本気で考えたことがある.
>簡単なラジオを積んだバスを市内に巡回させて,計画的に停電させてその時電波をひろうと
>そこから電波が出てるとゆう至極カンタンな方法(すこしずつ,探索範囲を狭くする)があります.
>ドイツ人がWW1のときに考えたんだけどね.
>いまでも世界中(モチロン日本でも)の秘密警察が用いております.

 これは本当ですか?

 【回答】
 この回答主はARDF競技やDEURASシステム,ひいては指向性アンテナというものを知らんと見える.
 無線通信は適切な装備を持ってすれば,20分以内で大体の発信場所を家単位で特定できてしまうのだよ.

 レシピは以下の通り:
(1) 地図判読に用いる道具類(地図,地図カバー,グリースペン,コンパス,双眼鏡など)
(2) 受信機
(3) (あらかじめ感度の良い方向が分かっている)指向性を持つアンテナ

 かんたんに試してみたいなら(2)(3)は,(感度の良い方向が分かっている)アンテナ内蔵AMラジオで代用できる.

 調理法は以下の通り:必ず屋外で実施すること

(1) 自らの居場所を特定する
(2) 無線局を受信できる周波数にダイヤルを合わせ,アンテナの向きを変えることで信号強度が変わることを確認する
(3) 自らの居場所から信号の一番強い方向にある目印に向けて直線を引く
(なお,アンテナは前後に指向性を持っていることが多いので気にしないこと)
(4) 移動する.
 できれば元の居場所を起点として,引いた線に対し垂直になる方角に.
 移動距離が長いほど誤差を抑えられるが,面倒なのでほどほどにしておく.
(5) 再度位置を特定し,(2),(3)を繰り返す.
(6) 引いた線の交差したところが大体の発信源だ.カチコミをかけろ!

(注意:VHF帯以上の場合は,建築物からの電波の反射などで思うように方向を探知できないことがあるので,八木アンテナ等単一指向性のあるアンテナを用い,ある程度の高さを確保できる場所から行うことを推奨する)

 なお,八木アンテナだけが指向性アンテナではない.
 短波帯でも非同調式磁界アンテナなら持ち運びできる大きさに収まる.
 多分,WW2時代の資材でもこれくらい不可能ではないだろう.

クローム・ツァハル in mixi,2009年06月17日21:57
青文字:加筆改修部分



 【質問】
 あの時代に磁界アンテナなんてご大層なものがあんの?

 【回答】
http://www.geocities.jp/wepon_bafu/loop_antenna.html
 こんなものでも2方向から測定すれば,無線局の方向を割り出すことが出来る.
 非常に原始的なメカニズムだが,これも立派な電波探知機になる.

クローム・ツァハル in mixi,2009年06月17日21:57


 【質問】
 ゲシュタポって何?

 【回答】
 ゲシュタポ Gestapo とは,ナチスを裏から支えていた秘密国家警察のことで,「ゲハイメ・シュターツ・ポリツァイ Geheime Staatspolizei」,国家保安本部第4局が正式名称です.
 このうち,第4局E課が防諜を担当していました.
 そのほか,ドイツおよびヨーロッパ占領地におけるレジスタンスの弾圧,ユダヤ人狩り,反ヒトラー陰謀の捜査を担当していました.

【ぐんじさんぎょう】,2008/6/25 20:30

▼ ついさっきサイモン・シンの「宇宙創成」って本を読んでいたら,フリッツ・ハウターマンスという物理学者が出てきました.
 戦間期に理論物理学を研究していた人で,NKVDとゲシュタポ両方の尋問受けるという,得難い経験をしています.
 この人,ドイツ人なんですが共産党員だったので,イギリスに逃亡しのちにソ連に移住.
 ところがスパイ容疑でNKVDに逮捕.
 ようやく釈放されたら今度はドイツに引き渡されて,ゲシュタポに逮捕という目にあいました.
 ハウターマンスによると,NKVDとゲシュタポではNKVDの方がレベルが上とのことで,理由は
「ゲシュタポは尋問官が,私のことを記したファイルを目の前で広げたので,逆さから読むことができた.
 NKVDにそんな間抜けはいない」
だそうです.

とのり in 「軍事板常見問題 mixi支隊」

こんなの実際にはいません


 【質問】
 ヘッツルとは何者か?

 【回答】
 ウィルヘルム・ヘッツル Wilhelm Höttlは,ヒムラー配下の親衛隊将校.
 国家保安本部第6局〔国外情報〕のバルカン課長(少佐)として,ヒムラーが独自にバルカン諸国に張り巡らせた情報網を担当した.
 過激なナチ・シンパを支援することに極めて熱心であり,ハンガリーにおいて彼は,サーラシと対立する親ナチ派――パールフィ率いる親ナチ党やその活動家集団,イムレーディが1939年に再編した与党,生活党内のナチ・シンパ――を支持し続けた.
 1944.3.19の,ドイツ軍によるハンガリー占領,およびストーヤイ親独政権樹立に貢献.
 同時に,アイヒマンによるハンガリー・ユダヤ人狩りを支援した.
 ハンガリー・ユダヤ人から略奪した財物を満載した「黄金列車」のハンガリー脱出にも,深く関与した模様.
 1944年10〜11月,サーラシ内閣がブダペシュトから移転すると,ヘッツルもショプロンヘ移った.
 1945年2〜4月には,米OSSベルン支局と連絡を取り,ソ連軍より前に英米軍がオーストリアを占領することを促すため,アレン・ダレスに対して情報を提供.
 戦後,西側の各情報機関に対し,ハンガリーやルーマニアに情報源を持つ反共産主義情報の専門家として自分を売り込もうと図る.
 1952年,共産党のスパイの容疑で逮捕されるが,すぐに釈放される.
 他方で彼は,OSSやその後継のCIAが彼に与える収入を遥かに超える生活をしていたことから,カルテンブルンナーの隠し財産を私物化していた疑い濃厚.
 晩年は,驚くほど偏見に満ちた回想録を出版する一方,アルトアウスゼーの男子寄宿学校の,尊敬される校長になり,1999年,快適で裕福な後半生を閉じた.

 詳しくは
『ホロコーストと国家の略奪 ブダペスト発「黄金列車」のゆくえ』(ロナルド・W・ツヴァイグ著,昭和堂,2008.10.30),p.28, 44-49,79-80,106-110,228-229
を参照されたし.


 【質問】
 メヘレン事件とは?

 【回答】
 1940年,西部戦線での攻撃計画について記された計画書を持った独軍将校の乗った飛行機がベルギー領内に不時着.
 書類がベルギー軍の手に渡った事件.
 『西部戦線全史』(山崎雅弘著,学研M文庫,2008.3),P.169の図解を纏めると,経緯は以下の通り.
 空挺部隊のラインベルガー少佐が機密書類をミュンスターからケルンへ輸送する為に乗る列車をミュンスター飛行場の飛行クラブで偶然再会した旧友のヘンスマン予備少佐と酒を飲みながら待っていたが,気がついたら列車は既に出発した後.
 ヘンスマン予備少佐が翌朝飛行機でケルンへ運ぶという提案に,ラインベルガー少佐は(軍の機密書類を飛行機で運んではならない,という軍の規則を無視し)その提案に同意.
 そして翌朝,酒気帯び状態のヘンスマン予備少佐の操縦で離陸したものの,酷い悪天候のためライン河を視認できずオランダ領空へ侵入.
 しかもエンジン不調で不時着した所がベルギーのメヘレン付近.
…という感じ.

 確か独ソ戦のブラウ作戦でも,似た様な事をしてなかったか?

グンジ in mixi,2008年05月04日16:55


 【質問】
 「ステッラ」作戦とは?

 【回答】
 「ステッラ」作戦 Iniziava l’Operazione Stella はトルコにおける,イタリア海軍特殊部隊による潜水破壊工作.
 イタリア外交官が鞄に詰めて密かに持ち込んだ吸着式時限爆雷を用い,デチマ・マスのルイージ・フェッラーロ Luigi Ferraro 中尉も外交官身分で領事館に赴任.
 新人外交官を装いながら,他の館員には「遊泳が趣味」と偽って――戦後,フェッラーロは潜水関係の発明家に転身しているから,本当に趣味でもあるんだろうが――港に出かけ,身一つの潜水遊泳で,船舶への攻撃を行った.
 1943年7〜8月にかけ,輸送船3隻(計2万4千t)を撃沈撃破.
 しかし1943/9/8にイタリアが休戦したため,フェッラーロは任務を終了して帰国した.
 不発爆雷による情報漏れがあって,英軍から警戒され始めていたことを考えると,良いタイミングで終了したと言えよう.

7/1
 アレクサンドレッタ Alessandretta 港に停泊していたギリシャ船「オリオン Orion」(7,000t)を撃沈.
 同船は重要戦略物資であるクロム鉱石を積載していた.
 6/30に仕掛けた爆雷によるもの.
 爆雷は航行マイル数をカウントする方式だったようで,公海に出てから爆発したため,潜水艦からの攻撃または機雷による沈没と報告された.

7/9
 Mersina港沖の英国船 Kaituna (10,000t)を撃破.
 同船は大破したが,岸から300mのところに停泊していたため,わざと座礁させることで沈没だけは免れた.

7/30
 英国船「シシリアン・プリンス Sicilian Prince 」(5,000t)に爆雷を仕掛けたが,船体検査をした英軍ダイバーによって撤去され,攻撃失敗.
 先のKaituna攻撃では爆雷2つが不発であり,それが英軍に情報を与え,英軍では船体検査を行っていた.

8/1
 アレクサンドレッタ Alessandretta 港に停泊していたノルウェイ船 Fernplant (7,000t)を撃沈.
 同船もクロム鉱石を積載していたが,シリア沖で沈没した.

 【参考ページ】
『イタリア軍入門』(吉川和篤他著,イカロス出版,2006/2),p.92
http://www.luigiferraro.it/it/inventore-imprenditore
http://www.aereimilitari.org/forum/index.php?showtopic=9166&view=getlastpost
http://www.anaim.it/op_stella.htm(図も)

爆薬の仕掛け方図解


 なお,google翻訳に頼って記述しているため,翻訳の正確さは保証の限りではない(^^;
 また,やみくもに船を攻撃したのではなく,クロム鉱石を積んだ船に的を絞り(?),情報員からの通報を元に(?)攻撃を仕掛けたらしいが,極めて不正確にしか読み取れず(泣

【ぐんじさんぎょう】,2009/4/25 22:30
に加筆

 今月号の「ミタリークラシックス」誌連載『Viva!知られざるイタリア軍』記事でも,このフェッラーロ中尉の活躍を含めた,イタリア海軍フロッグメンの知られざる奮闘を書いたので,皆さんご覧下さい〜(^^;

よしぞうmaro' in mixi,2009年04月24日 20:45


 【質問】
 コミンテルンって何?

 【回答】
 コミンテルン (Коминтерн,Comintern) は、1919年に作られた共産主義の国際組織で,コムニスチーチェスキイ・インテルナツィオナール(共産主義のインターナショナル,Коммунистический Интернационал)の略称です.
 第3インターとも俗称されます.
 当初はボリシェヴィキが各国の革命運動を支援するための組織でしたが,スターリンが一国社会主義論を打ち出した後は,各国の共産党
がソ連の外交政策を擁護するための組織となりました.
 1943年,英米が早期に第二戦線を開くことへの見返りとして、スターリンが国際共産主義運動を低下させたため,解散となりましたとさ.

 【参考ページ】
http://note.masm.jp/%A5%B3%A5%DF%A5%F3%A5%C6%A5%EB%A5%F3/
http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/Comintern.htm
http://www.wul.waseda.ac.jp/PUBS/fumi/57/57-12.html
http://www.eva.hi-ho.ne.jp/nishikawasan/an1/com.htm
http://www.fben.jp/bookcolumn/archives/2003/12/post_169.html

【ぐんじさんぎょう】コミンテルン 2008/11/6 22:10
※CCCP1917 in mixi,2008年11月05日 22:51
によって訂正補足された

 この分野の入門として「アイマスで分かるソ連権力闘争」を一押ししておきます.

bernoulli in mixi,2008年11月06日 05:29


 【質問】
 軍オタの人に聞きたいんですが,コミンテルンの工作というのはあったの?
 あったのならその工作はどの程度影響力があったの?

 【回答】
 不明.
 以上.

 ただ,この田母神論文の件に関するコミンテルン陰謀論は,ただのトンデモって言っていいくらい根拠が薄いよ
(他の陰謀論の多くと同様,無かったことの証明も難しいが)

軍事板
青文字:加筆改修部分

▼ 中共とコミンテルン(&その背後のソ連共産党)の関係が良好だったのは,歴史上中共政権成立直後から'50年代前半と,'80年代のゴルビー訪中後の僅かな期間だけで,それ以外は疎遠もしくは敵対してる期間の方が圧倒的に長いってのは,20世紀以降の中国現代史かじればすぐに解る事なんだが.

 従って,仮に日中戦争の原因を中共の工作活動と推定できる可能性があったとして,その背後でコミンテルンが関与していた等と言う言説は,上述の中ソ両国共産党の関係史についての無知を露呈してる様なもんだし,「どうせどっちも共産党だから同じ穴のムジナ」位の予断に基づいているのなら,アカデミズムの範疇で歴史として語るに値しない.

 まぁ,およそ陰謀論なんてのは、多かれ少なかれ無知と予断の産物以外の何物でもないがな(笑)

軍事板

▼ コミンテルン陰謀論に限らず,陰謀論の一番恐ろしいのは,どんなに理性的で合理的な反論をしても,その陰謀論を信じている人にとっては,疑念を深めるきっかけにしかならないところにあるんですよね.
 今ごろ田母神将軍も,自分がクビになったのはそれだけGHQによる洗脳がいまだに強固である証拠だ,としか思ってないでしょう.

 言論の自由のある国では,誰もが田母神将軍みたいに自分の思ったことを自分の良心に従って好き勝手に言ってるだけ,というのがどうしても理解できないみたいです.

 自衛隊は活躍の場が限られていて,しんどい仕事の割には感謝されることもなく,日陰者だったので不満がたまるのはよく分かります.
 ただ,それも少しずつ改善してきた矢先の出来事でしたからね.
 大半の国民には,こんな人物がトップを務める空軍を外国に出しても大丈夫か,と思われるでしょうね.
 インド洋給油も野党に反対のネタにされちゃうでしょうし.田母神将軍のしたことは彼の願望とは裏腹に,まったく逆向きにしか作用しないでしょう.
 不満の矛先が間違ってる(笑)

 また,こんな記事も.
 英語ですけど,初めからQ&Aになっている.

――――――
Q&A
Tamogami ? history again retold

What are some of the factual errors in Tamogami's argument?

Ikuhiko Hata, a professor emeritus at Nihon University in Tokyo and a noted expert of modern Japanese history, said the essay "is of extremely low quality" and "even a high school student" can easily point out its mistakes.
(現代日本史の専門家である秦郁彦日本大学名誉教授によると,田母神エッセイは高校生でさえ間違いが指摘できるほどのきわめてひどい出来.)
――――――

バグってハニー in 「軍事板常見問題 mixi支隊」

 コミンテルンの陰謀ってなんか聞いたことあったなーって考えていて,ひとつ思い出しました.
 「ジノヴィエフ書簡」です.

 これは1924年10月に,当時コミンテルンの執行議長だったグレゴリー・ジノヴィエフが,イギリスの組織に「革命のため蜂起せよ」と命じた書簡が発見された,というものです.
 なんとこれが総選挙4日前のデイリー・メイル紙に載ったため大騒ぎになり,ソ連を承認しようとしていた労働党に大打撃を与えます.
 労働党は選挙で大敗.
 政権を保守党に明け渡す羽目になってしまいました.

 で,このジノヴィエフ書簡,実は偽書だったというオチ.
 いみじくもコミンテルンの陰謀をでっちあげるなら,このように政党一つを半壊させるくらいのことをしないとねえ.

とのり in 「軍事板常見問題 mixi支隊」


 【質問】
http://www.tobunken.com/news/news20101219161037.html
>ちなみに,奥さんの談話によると,アンダーソンは第二次大戦中は海軍でスパイをやっていたそうである.
http://d.hatena.ne.jp/sfx76077/20101220/1281424428より孫引き)
というのは本当なのでしょうか?
 英版ウィキペディアや,そこにリンクされていた,ワシントンポスト紙記事には,そのような記述は無.

2010年12月23日 13:51,消印所沢

 【回答】
 ソースはこれっすね↓

――――――
Unsung Creator of Rocky and Bullwinkle Dies
By Richard Corliss Saturday, Oct. 23, 2010


During World War II, Ward got a master's degree from the Harvard Business School, while Anderson, his wife Pamela told the Kansas City Star, served in the Navy as a spy. For most of his career in advertising and animation, he would remain undercover as well.
―――

 カンザス・シティ・スターの元記事までは辿れなかったですけど,いちおう今回はソースありということで.
 というか,要約としては的確.

2010年12月24日 05:11,バグってハニー

以上,「軍事板常見問題 mixi別館」より


 【質問】
 ジョージ・コバルとは?

 【回答】
 「マンハッタン計画」の研究所から核機密を盗み出したソ連スパイ.
 1913年,アイオワ州のユダヤ人地域生まれ.
 1932年,世界恐慌のあおりを受け,家族でシベリアに移住.
 間もなくモスクワに移り,ソ連軍参謀本部情報総局(GRU)の訓練を受け,1940年前後にスパイとして米国に派遣された.
 コードネームは「デルマー」.
 彼のスパイ活動により,ソ連の原爆開発期間は大幅に短縮したとされる.
 2006年,死去.
 1007年,プーチン大統領によって「同国最高の勲章」を授与される.

 【参考ページ】
http://www.usfl.com/Daily/News/07/11/1114_021.asp

▼>1007年,プーチン大統領によって

 プーチン閣下が超時空1000年皇帝になってます(笑)

ゆきかぜまる in 「軍事板常見問題 mixi支隊」


 【質問】
 パウル・カレルの「焦土作戦」の中に,「ヴェルテル」なるコードを持つスパイの名が出てくるのですが,ヴェルテルが誰なのかは今では判明しているのでしょうか? それともまだ不明のままですか?

 【回答】
 ずばり言えば,ヴェルテルなる人物は存在しません.
 ヴェルテルとは,実はドイツ軍の「エニグマ」暗号機の解読によって得られた極秘情報のことだったのです.

 英国では,英国政府暗号学校と言う機関で「エニグマ」暗号の解読を行っていました.
 ここで得られた解読情報が「ウルトラ」と呼ばれていたのは知られた話です.
 「エニグマ」暗号の解読は1940年4月にはほぼ成し遂げられましたが,(完全解読は1943年になってから)イギリスはこの情報をソ連にも流していました.

 スターリンは当初はこの情報を信じてはいませんでしたが,1941年6月のドイツのソ連侵攻以降は,この情報を重視するようになりました.
 クルスク戦の際にも,「ウルトラ」情報はソ連首脳部に流されましたが,この情報が「エニグマ」暗号の解読結果によるものと知られないように,「ヴェルテル」なる人物の情報であるとして伝えられたわけです.

 カレルが「焦土作戦」を執筆したのは1966年です.
 事実がわかってきたのはそれからさらに10年位後です.これは米英が対日独の情報作戦に関する資料を解禁したからです.
 カレルとしては,怪しげな噂を継ぎ合わせて推測するしかなく,そこで,
「ある騎兵大尉が怪しい」
という推測に到達したわけです.

 もっとも,その某騎兵大尉が本当にスパイでなかったかは,今となっては分からないでしょう.

名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE

faq007d.jpg


 【珍説】
クライン孝子の日記から

■2010/03/09 (火) 大事なスパイか,コベントリーの住民か(1)

奥中正之氏より

<<「英国の謀略」を読んで,
私は「コベントリーの悲劇」を思いだしている;

第2次世界大戦中に,「コベントリーの悲劇」という出来事が
あった.
大戦末期,ドイツはイギリスのコベントリーという町に
V2ロケットの照準を合わせた.
そして,その情報をナチス内部に潜入していたイギリスの
スパイがキャッチした.
そのスパイからの通信を受け取ったイギリス情報部の長官は,
真夜中に時のイギリス首相であったウィンストン・チャーチルに
連絡を取る.
無論,チャーチルは町の人々を避難させようとした.
しかし,情報部の長官は彼にこう言った.
「あなたはコベントリーの町の何千人かの人々を助けるかもしれない.
しかし,我々の重要なスパイは発見され,処刑されるでしょう.」
事前に町の人々が避難すれば,ナチス内部のスパイの存在がドイツ軍の
知るところとなり,彼は処刑される.
そしてその結果,将来数万,数十万の生命が失われ,ナチズムを壊滅さ
せるチャンスを失う事になる.

…大事なスパイか,コベントリーの住民か…

チャーチルは一晩中考え抜き,ついに泣きながらコベントリーの町を
見放した.そして,3000人の人間が死んだ.

だが,生き残ったスパイの存在によってノルマンディー上陸作戦は
成功し,ナチズムを崩壊させる事に成功したのである.

(以下真珠湾謀略論に続く)

2010年03月09日 11:43,ぴぴ

 【事実】
 スパイを守るためじゃなく,エニグマを解読済みであるとドイツに察知されないようにとの配慮からだったかと.

2010年03月09日 20:12,消印所沢

 うはは,半可通な知識を妄想で補って,やっつけ仕事の作文ですか.
 酷使様脳全開ですなあ.
 ソースを確認もせずたらいまわしにする,「想像力」の豊かな人たちも困ったもんです.

>>大戦末期,ドイツはイギリスのコベントリーという町にV2ロケットの照準を合わせた.

 コベントリーが爆撃されたのは,大戦初期で通常の空襲ですよ.
 当時,まだV-2はコベントリーには落ちてない.

>>チャーチルは一晩中考え抜き,ついに泣きながらコベントリーの町を見放した.そして,3000人の人間が死んだ.

 そんなに死んでないだろ.
 爆撃は数次にわたり一日だけの出来事でもなし.

>>だが,生き残ったスパイの存在によってノルマンディー上陸作戦は成功し,ナチズムを崩壊させる事に成功したのである.

 V-1もV-2も,実戦で使用されたのはD-Dayの後でんがな.
 時間を捻じ曲げるな.

 これ,下敷きになっているのは,英空軍で諜報を担当していたF. W. Winterbotham大佐が書いた,1974年の『The Ultra Secret』という本にある記述ですね.
 所沢さんが指摘している通り,チャーチルが守ろうとしたのはスパイではなくてドイツの暗号機Enigmaが解読可能という事実ですね.
 ただ,この説を否定している別の諜報関係者や歴史家もいます.

2010年03月10日 00:12,バグってハニ

 いやもうご指摘の通りで,V2とかスパイとかノルマンディーとかだけで,おなかいっぱいです.
 エニグマもKORNも知らずになにがコベントリーの悲劇でしょうか.

 で,ぐぐったら奥中さんとクリソツの文章が!
http://debate.100man.info/keijiban/html/main3/3_59_1.htm

 80歳近くになって,わけの分からんとこからコピペしてんじゃねえ.

 この手の人たちはコベントリーを引き合いに
「ルーズベルト!」
「真珠湾!」
「アングロサクソン!」
と逝っちゃうから嫌なんです.

2010年03月09日 22:21,ぴぴ

 陰謀とやらの真偽はさておき.
 陰謀論者は,コベントリーの町と真珠湾の主力艦全部の価値が同じようなものだと思ってるのだろうか・・.

 住民には悪いが,小さな町一つを生贄にすれば,その後,有利に戦えるなら,やむをえないという面もある.
 だが,真珠湾の主力艦全部を生贄にしては,その後の作戦に支障が出まくるわけで,それこそ元も子もなくなる恐れがある.
 とても同一視できる問題ではないのだが.

2010年03月09日 23:03,季節労働者@EMOBILE

 私それよりも真珠湾奇襲の陰謀のほうがばかばかしくて好き.

>大統領が真珠湾攻撃を事前に知っていたのが事実とすれば,
>米人神父の長い長いスピーチも米側の謀略だった可能性は否定できない.

 真珠湾奇襲は神父の陰謀!!!
(でもまあ実際,牧師・神父の説教は意味もなく長いよねえ.)

 というか,それいうんだったら,大事な仕事そっちのけで神父の説教をだらだら聴いていた野村吉三郎大使の陰謀!!!

 というか,だいたいにして大事な作戦の前に急死して,葬儀せざるを得なくさせた新庄健吉武官の陰謀!!!

2010年03月10日 00:21,バグってハニー

> 牧師・神父の説教は意味もなく長いよねえ

 坊さんの場合もそうですが,むしろたいして内容がない話を,長くしゃべること自体に意味があるような気が.
 その点,蝉丸Pはやはり異端かも(笑)

2010年03月10日 00:54,HASU

>真珠湾奇襲は神父の陰謀!!!

 その神父はナイ神父だったはず(クトゥルフ脳

>大事な仕事そっちのけで神父の説教をだらだら聴いていた野村吉三郎大使の陰謀!!!

 野村大使は,山本五十六と同じフリーメイソンリーに違いないッ(秘密結社脳

2010年03月10日 01:44,寄星蟲

 つうか,そんな重大期に送別会を二つやったりブリッジしたり教会いったりする日本大使館関係者は,きっとコミンテルンの陰謀に・・・

 あれ?こんな夜更けに誰だろう?

2010年03月10日 00:41,島の人

 ああ,それって日本人大使館で二つの派閥があって,送別会も二重になって,送られる人が仕方なく両方順番に出たってやつでしょ.
 日本人の性って全然変わってないような.

2010年03月10日 00:50,バグってハニー

以上,「軍事板常見問題 mixi別館」より
青文字:加筆改修部分

 なお,奥菜秀次著『陰謀論の罠』(光文社,2007.4.30)では,911陰謀論だけでなく,この件に関しても検証が行われている.
 それによれば,コヴェントリー攻撃に関する事実は,以下の通りだという.
(1) エニグマ暗号やクニッケバイン夜間航空補助システムの解読,更にはドイツ軍パイロット捕虜収容所に送り込んだスパイの情報から,1940.11.15頃に爆撃があると英軍は推察した.
(2) しかし,爆撃目標を掴んだのは,ドイツ空軍の誘導電波をキャッチした14日午前3時頃,エニグマ解読によって目標地点まで掴めたのは16日になってからだった.
(3) 英空軍は偽の誘導電波を出し,ドイツ空軍爆撃機編隊を目標からそらそうと試みたが,失敗に終わった.
(4) 上記がない交ぜになって,「チャーチルは知っていたが〜〜」という神話が作られ,『ウルトラ・シークレット』『謀略』『暗号名イントレピッド』とリレー方式で,神話は誇張されていった.
(5) そして,小林よしのりの『新ゴーマニズム宣言special 沖縄論』などにより,日本でも神話の再生産が続けられている――

 また,小林よしのりか…….


 【質問】
 「雀作戦」とは?

 【回答】
 1943年より計画された,英国特殊作戦執行部・米国OSS共同の,ハンガリーに対する枢軸陣営離脱工作.
 落下傘部隊を使って,ハンガリーの国家元首である摂政ホルティと接触しようというもの.
 当時,ハンガリーでは戦局悪化と共に,ドイツ離れが進んでおり,ほとんど中立国のようになっていたことから,これが考案された.
 1944.3.15-16夜半,OSSの3名が落下傘でハンガリー入りし,ハンガリー軍事情報機関の高官たちと,秘密裏に交渉を進めた.
 だが,1943年から既にドイツ側はこの動きを察知しており,1944.3.19未明にはドイツ軍がハンガリーに侵入して,その全土を占領.
 占領後24時間以内に,その3人も全て逮捕された.

 【参考ページ】
『ホロコーストと国家の略奪 ブダペスト発「黄金列車」のゆくえ』(ロナルド・W・ツヴァイグ著,昭和堂,2008.10.30),p.43-44


 【質問】
 第二次大戦中に行われた,死体を使った欺瞞工作について教えてください.

 【回答】
 「ミンスミート作戦」.
 連合軍がシチリア上陸を隠すため,英海兵隊のウィリアム・マーティン少佐という人物を作り上げ,飛行機事故を装って死体に書類カバンを持たせてスペイン近海の海に流した.
 スペインは中立国であったがドイツ寄りで,カバンの中身がドイツに渡ることを見越しての作戦.
 書類の内容はサルディニア島とバルカンへの上陸作戦を示唆する偽物だった.
 シチリア上陸後もドイツ軍は両地域の兵力を動かさなかったので,この作戦は一定の成果を挙げたと評価されている.
 ちなみに「マーティン少佐」の遺体は後日,スペインからイギリスに返還され,婚約者(英海軍の女性隊員がその役を務めた)臨席で埋葬された.

 なお,「マーティン少佐」の正体は長らく秘密だったが,1996年になって,ウェールズ人の浮浪者だったことが明らかになった.
 マーティン少佐の身元等は作戦前に調べられていた.
 しかし戦後になっても軍の機密書類の中に埋もれ,分からなくなってしまっていた.
 それが1996年にある歴史家によって,殺鼠剤で死んだウェールズのアル中の浮浪者Glyndwr Michaelだったと分かった.
 殺鼠剤で死ぬと肺炎と似た炎症が残ることからも間違いは無い.
 この結果を受け,墓には本名が追記された.

軍事板
青文字:加筆改修部分

▼ ”マーティン少佐”の身元については異説も出ているようです.
 Wikiですが出典はっきりしてますので.
 当方,どちらといえる材料をもちませんので,判断についてはお任せします.

名無しT72神信者 in FAQ BBS,2010/5/7(金) 1:44
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 二次大戦中にイギリスは死体をイギリス将校の死体に偽装して潜水艦から流し,ドイツに偽の情報を流すという作戦を行いました.
 潜水艦の乗組員にすら,直前まで気象観測用の器材だと教えていました.

 そこで質問なんですけど,あの死体の遺族には何と説明していたのですか?
 偽のラブレターを持たせ,それを数日間若い兵士に持たせたりもしていましたよね?
 あのラブレターを書いた人や,ラブレターを持たせた兵士には何と説明していたのですか?
 また,死体を持ち出す以上,警察とかにも許可を取ったりしたのでしょうか?

 【回答】
 その作戦(Operation Mincemeat)で使われた死体の身元は長く明らかにされなかったが,Glyndwr Michaelというウェールズ人であったことが明らかになったようだ.
 この人物はアルコール中毒の浮浪者だったが,親族の了解を得たかどうかまではわからない.
(家族がいなかったことも理由だったのでは?)
 ラブレターは作戦に関わったMI5の女性職員が書き,死体が持っていた写真もこの女性のものを使用したようだ.
 ラブレターを持った兵士云々についてはわからない.

 作戦名でぐぐるとこの辺とか出てくるんで,もっと知りたければ読んでみて.

unknown

▼ ”マーティン少佐”の身元については異説も出ているようです.
 Wikiですが出典はっきりしてますので.
 当方,どちらといえる材料をもちませんので,判断についてはお任せします.

名無しT72神信者 in FAQ BBS,2010/5/7(金) 1:44
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 D-Day開始前,敵側の混乱を狙って偽の情報をリークしたり,デマを流して陽動をかけたりしたのですか?

 【回答】
 欺瞞作戦はボディガード作戦と呼ばれた.
・寝返らせたドイツのスパイに偽情報を送らせる.
・架空の「合衆国第一軍集団」を作り上げ,その司令官にシチリアでの兵士殴打事件で更迭されていたパットンを据える.
・ドイツに解読されているとわかっている暗号やラジオ放送などを駆使して,上記の部隊の偽の移動情報などを流す.
など様々な手段を駆使して,連合軍の上陸目標がノルマンディではなくカレーであると思わせた.

 これは非常に効を奏し,ドイツ軍はDデイ以降もしばらくノルマンディは陽動で本命はカレーと思い込み,手遅れになるまでカレー周辺の部隊を動かさなかった.

軍事板


 【質問】
 すいません.軍事板の質問スレッドでも聞いたのですが,誰からも答えがいただけなかったので,ここで質問させていただきます.

 ある作家が,ナチスを題材にした政治小説を書いたところ,その小説にナチスの幹部しか知らないような人事の機密が書いてあったため,ナチスに拉致をされてしまった.
 ところが尋問してみると,その作家はただの一般人で,機密と思われた部分は,新聞記事や一般の刊行物を元に想像したフィクションのつもりだったことが判明した……という事件があったという話をどこかで聞いたことがあるのですが,これは本当でしょうか?
 もし本当なら,作家の名前など詳細を教えていただけませんか?

 【回答】
 ナチス側ではなく,連合国側であったという話なら,私も何かで読んだことがある.
 ノルマンディー上陸作戦に絡んだ,イギリスの新聞に載ったクロスワードパズルの話.
 オマハ(上陸する海岸の一つ)など作戦に関係した地名が作品中に出てきたため,スパイが上陸作戦の情報をドイツに伝えるために書いたのだと疑われ,パズル作者が取り調べを受けたが,偶然と判明したということだったはず.

――――――
 1944年6月,連合軍のヨーロッパ進攻計画の機密保持を担当するイギリス軍情報局MI-5の将校たちが,『デイリー・テレグラフ』紙のクロスワード・パズルを前に頭を痛めていた.
 史上最大の規模の作戦につけられた暗号名を,パズルのヒントが暴露しているのではないかと,青くなっていたのである.
 たとえば,「アメリカ合衆国の州」というヒントに対する答えは「ユタ」と「オマハ」.
 これは米軍の上陸予定地だった.
 中でもとりわけ怪しいのは「ある大物」というヒントで,それに応ずる答えは「オーバーロード」だったが,この言葉は作戦全体を指す暗号だったのである.

 MI-5は慌てた.
 ドイツ軍に密告するために,テレグラフ紙のクロスワード・パズルが利用されたのだろうか.
 究明のために,ロンドン南部のサリーにあるレザーヘッドへ将校2名が派遣された.
 彼らはそこで,パズルを作った教師レナード・ドーと会見した.
 なぜ答えにあの5つを選んだのか,と将校たちはたずねた.なぜあの言葉じゃいけないんですか,とドー氏は訊き返した.
 彼がとぼけているのではないことを,MI-5も結局認めざるをえなかった.
 ドー氏は,これから行われる進攻について何も知らなかったのである.
 彼のクロスワード・パズルの答えは,時折起きる偶然の一例なのだ.
――――――

世界史板,2010/02/18(木)
青文字:加筆改修部分

▼ でも,調べてみたら後日談があって,やはり偶然ではなかったようです.
 問題のクロスワード・パズルが掲載されたデイリー・テレグラフ紙の,比較的最近の記事
D-Day crosswords are still a few clues short of a solution
によると,問題のパズルを作ったレナード・ドーは,ロンドンの私立学校の校長先生をしてたのですが,疎開先で生徒であったロナルド・フレンチが,1984年になって,パズルに問題の言葉を入れたのは自分だと告白したそうです.
 フレンチによると,ドーは生徒たちにパズル作成の手伝いをさせていてそうなのですが,学校近くにD-Dayを控えて駐屯してたカナダ軍やアメリカ軍の兵士と仲良くなって,彼らから聞き出した言葉(ジュノー,ゴールド,ソード,ユタ,オマハ,オーバーロード,マルベリー,ネプチューン)をノートに書き留めて,パズルの枠にはめ込むのに使ったそうです.
 駐屯地周辺の子ども達は,コードネームをみんな知っていたとのこと
(これらは架空の地名であって,実際どこでいつ上陸作戦が決行されるかについての機密は,最後まで保たれた).

 MI5の尋問の後に,ドーはフレンチを呼び出し,事情を聞きだすと,ノートを焼き捨てるように,またそのことを二度と口外しないようきつく命じたそうです.

 1980年と1995年にも,このフレンチの証言を裏付ける証言をする人が出たようです.

バグってハニー in 「軍事板常見問題 mixi別館」,2010年05月01日 06:23

▼ 機密漏洩を疑われた小説というのは,これもやはりナチスの話ではなく,マンハッタン計画の方.

 1944年3月,アスタウンディング誌(アスタウンディング サイエンス フィクション編集長 ジョン W キャンベル)に掲載のクリーブ・カートミル作「期限」.
 原爆開発を思わせる研究に従事する科学者たちが描かれている話で,その政府秘密プロジェクトの暗号名は「ハドソン川計画」だったという.

出典 ジョン・マーロン著「当たった予言,外れた予言」文春文庫,1999年1月10日第1刷205〜207ページ

bugaisha in FAQ BBS,2010/5/29(土)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 「フォックスレイ作戦」について教えてください.

 【回答】
 イギリス情報部によるヒトラー暗殺計画です.
 コードネームは「フォックスレイ作戦」.

 様々な条件を考慮した結果,もっとも暗殺成功率が高いのが,ヒトラーの別荘であるバイエルン州南部ベルヒステスガーデン近郊の,ベルクホークにての作戦活動.

 3つ選択肢が考えられていました.

1 山岳猟兵に偽装した1・2名が,ヒトラーが建物から朝食を採るティーハウスへ向かう途中に,遠距離からの狙撃で仕留める.
 狙撃失敗の場合,バックアップ班が PIATかバズーカによる攻撃で,ティーハウスごとヒトラーを木っ端微塵に.

2 ベルクホークを発ったヒトラーを襲撃,乗っている車ごと,PIATかバズーカによる攻撃で吹き飛ばす

3 空襲を装い,パラシュート降下した特殊部隊による襲撃

 ・・・あえてPIATを使おうとするブリテンの意地が見えました.
 素直にバズーカにしておけよ.

CRS@空挺軍 in mixi,2010年02月15日23:34


 【質問】
 今日日曜洋画劇場で「U-571」がありますが,史実では実際にUボートに潜入したのは,米軍ではなく英軍だったというのは本当でしょうか?
 あと,この話(Uボート潜入)について参考となる文献はあるでしょうか?

 【回答】
 英軍の戦果.実際には潜入ではなく捕獲.

 Uボート捕獲作戦を含む,連合軍のドイツ暗号解読作戦については
「エニグマ暗号戦」広田厚司・光人社
「暗号攻防史」R・キッペルハーン,赤根洋子・文藝春秋
あたりが参考になるかと.

U-571
(画像引用元:「Scale Claft」


 【質問】
 「エニグマ」の運用は厳格だったの?

 【回答】
 かなりいいかげん.
 エニグマはその日の暗号化コードを3文字のアルファベットを2回繰り返して入れて伝えることになっているのだが,
「ランダムなアルファベットを選ぶこと」
とマニュアルには明記されているのに,実際の現場ではAAAやXYZ,自分のイニシャルなどを,それも毎日繰り返して使う通信兵がほとんどだったとか.

 エニグマって単なる会社名で,当初は業務用の秘密事項をやりとりするのに便利! と普通に売ってた.
 それを採用した陸軍がガッ,外務省もガッ.

 ワルシャワのドイツ大使館に外交行李で送ったら,鉄道のミスでいったん紛失.
 ドイツ側があんまりうるさくどこに行ったか尋ねてくるので,不審に思ったポーランド軍情報部が,みつかった行李をあけて,
「エニグマ,ハケーン!」
 おそらく暗号機だと思ったポーランド側はあらゆる角度から写真を撮って,その後ドイツ側にみつけたよん,と返還.

 ちなみに初期は機械式計算機のおばけみたいなもので「エニグマ」解読を試みた.
 ドイツに負けてからロンドン亡命政府に参加した者が,イギリス側に基本を伝授.
 それでも解読は難航して,とうとうイギリス人は世界初の電気計算機コロッサスまで作った(いまだに秘密で写真もほとんど公開されていない).

 ここでエニグマ使えて遊べるよ.
http://homepages.tesco.net/~andycarlson/enigma/enigma_j.html

軍事板


 【質問】
 映画『エニグマ奪還』では,
「エニグマは解読された後も敵に解読した事を悟られないように奪還作戦を続けた」
って言っていましたが,これは本当?

 【回答】
 商用暗号機として開発されその後ドイツ軍が採用したエニグマの暗号システムは,戦前にはポーランドにより基本理論が解明され,英国に情報が提供されていた.
 しかし,開戦直前からシステムが複雑化されたため,解読が不可能になった.

 そのため,ブレッチリーパークに設置されたGC&CS(政府暗号解読学校 )で解読作業が進められ,最終的にアラン・チューリングがこれに成功した.
(この解読作業を機械化するために開発されたのが,現在のコンピュータの原型の一つである通称「ボンベ」)
 しかし,暗号化の手順や解読キーは頻繁に変更されたので,その情報を得るために艦船の捕獲や暗号機の奪取が試みられている.

 また,エニグマ暗号が解読されていることを枢軸国側に知られないため,さまざまな欺瞞工作が行われた.

 さらに,敵の暗号はいつでも変更される可能性のあるもの.
 そのため情報部としては,暗号システムは常に敵の最新のものが欲しい.

 さらにまた,敵が発信した電文と傍受した暗号文解読結果とのチェックによる,解読精度の向上等のメリットもある.
 単にエニグマの機械を狙ったのではなく,敵の暗号システムに関する情報を常に高精度に保つため,暗号機を含めた暗号システムの収集努力として,奪取作戦はエニグマ暗号解読後も必要だった.

 まあこの辺は,暗号の歴史では有名なところなので,もっと知りたければ長門有希も読んでるサイモン・シンの「暗号解読」(新潮文庫,2007.7)あたりを読んでくれ.

 なおGC&CSは戦後,GCHQ(政府通信本部)となり,現在も存在している.

青文字:加筆改修部分


 【質問】
 第二次世界大戦中バハマ総督だったウィンザー公(エドワード8世)が,ドイツに連合軍の情報をリークしてたとか聴くけれど,連合軍のどういう情報をリークしていたんでしょうか?

 【回答】
 FBIの資料があるようで.
 バハマからアメリカに出かけていたときも,FBI はずっと監視していたようだよ.

Roosevelt ordered surveillance of Windsors

Wallis Simpson, the Nazi minister, the telltale monk and an FBI plot


 たとえば
「ドイツ勝利後,ゲーリングは軍を掌握してヒットラーを追放し,ウィンザー公はイギリス国王への返り咲くとの密約が,ウィンザー公とゲーリングの間で結ばれた,とフーバーFBI長官に報告されている」
と上記の記事にはでている.
 これが真実かガセかは,今後研究が進むと明らかになるのかもね.

 エリザベス女王の母エリザベス皇太后の生前は配慮のため,ウィンザー公関係の機密文書は発表されなかったものが多いんだけれども,ウィンザー公が性的不能説,シンプソン夫人は二股(三股)かけていたなどなど ,最近になってワラワラといろんな事が分かって来てますな.

(◆S9rdhph7bE in 世界史板)


 【質問】
 「鉄十字作戦」とは?

 【回答】
 1945年3月よりOSSによって計画された,オーストリア・アルプス山中へ疎開するだろうと思われたヒトラーを,その山岳地帯で身柄拘束しようという作戦.
 アルプス山中にはレジスタンスの組織的抵抗運動などなかったため,アーロン・バンク大尉は170名のドイツ人脱走兵に,10週間の特殊訓練を施した.
 しかし準備は完了したものの,アルプス上空の天候不順によって,先遣隊5名が降下できないでいるうちに,米第7軍がオーストリアのイン川渓谷に侵入したため,作戦は中止された.

 詳しくは,
『暗闇の戦士たち』(マーティン・C・アロステギ著,朝日文庫,2001.9.1),p.10-12,28-30
を参照されたし.

【ぐんじさんぎょう】,2010/07/28 21:00
を加筆改修


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