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◆パレスチナ
中近東FAQ目次

イスラエルとパレスティナの違い(というプロパガンダ画像)



 【link】

Quick Jump

アラファト

書籍

「an Arms Watcher」◆(2010/07/06)ロシア,パレスチナに再びAPC供与

「BBC」◆(2013/04/09) UN reopening its food distribution centres in Gaza Strip

「Blogs of War」◆(2013/07/02) Palestinian dies in West Bank clash

「CNN」◆(2011/05/14)Palestinian teen fatally shot in protests

「CS Monitor」◆(2012/10/09) Former #Palestinian fighter now battles for pragmatism and peace

「CS Monitor」◆(2013/05/28) John Kerry says economic development is path to #Israeli #Palestinian peace. But Palestinians remain leery

Gigazine」■田中龍作ジャーナル: パレスチナ人に水が行き渡らない3つの理由
>(国際,政治汚職で資金が回らないうえに,水場は格好の攻撃の的になる)

Japan and Gaza/戦場ジャーナリスト’09

「Jerusalem_Post」◆(2010/12/27)Ashkenazi: We will not accept rocket fire from Gaza

「Jerusalem_Post」◆(2010/12/27)Israel tracking aid ship headed from Asia to Gaza

「Jerusalem_Post」◆(2011/01/11)IDF strikes back in the YouTube battle over Bil'in

「Jerusalem Post」◆(2011/01/20)IDF kills Palestinian that shot at soldiers

「Jerusalem Post」◆(2011/01/20)Soldier involved in shooting of Palestinian dismissed

「Military Photos」:Palestinian weapons captured by IDF troops
 イスラエル軍が捕獲した兵器の数々

「militaryphotos」:This Weekends PIX!! 9/10 February, 2008

 パレスチナ解放運動に参加し続けてるオッサンの写真が載っています.
 イスラエル兵に対して喧嘩を売り続けてる人らしい,よく射殺されないなぁ.
―――CRS

「NY Times」◆(2010/06/08)Four Militants Killed Near Gaza Coast by Israeli Navy

「Russia Now」◆(2010/12/26)Two Palestinian militants killed by Israeli troops in Gaza

「Russia Now」◆(2011/10/16)Israel names Palestinian prisoners to swap for Gilad Shalit

「Strategy Page」◆(2013/04/18) ISRAEL: Palestinians Lose Enthusiasm For Rocket Attacks

「Strategy Page」◆(2013/05/15) INFORMATION WARFARE: All Hate All The Time
 互いの子供に,互いへの憎悪を教育する,パレスチナとイスラエル

「VOR」◆(2012/02/05)パレスチナ自治政府とハマス カタールで協議

「VOR」◆(2012/03/05)ファタハとハマス イスラエルとの停戦状態維持で合意

「VOR」◆(2012/03/17)国連職員 ツイッターへの書き込みで解雇の可能性(3/16)
> イスラエルのプロゾル国連大使が,国連人道問題調整事務所の職員の解雇を要求.
> この職員はツイッターに,血を流した娘を抱いたパレスチナ人の写真を掲載し,女の子の死をイスラエルの責任とするコメントを投稿.
> この写真については2006年に撮影された物で,イスラエルはこの女の子の死とは何の関係も無かったとされている.

「VOR」◆(2012/03/19)イスラエル パレスチナのテロリスト支持でイランを非難

「VOR」◆(2012/03/20)EU パレスチナへの2件の援助合意に調印

「VOR」◆(2012/07/01)パレスチナ;レバノンからガザ地区への武器密輸を憂慮

「VOR」◆(2012/11/26)ハマス パレスチナの国連申請を支持

「VOR」◆(2012/11/30)パレスチナ 国連のオブザーバー国家に

「VOR」◆(2012/11/30)米国とイスラエル パレスチナの国連承認は中東情勢を複雑化させるだけ

「VOR」◆(2012/12/02)イスラエル パレスチナの国連での地位向上への報復で 資金凍結

「VOR」◆(2012/12/02)パレスチナに国連総会オブザーバー国の地位付与,イスラエルは拒否

「VOR」◆(2012/12/18)露外務省 パレスチナ国家形成への積極的支援を確認

「VOR」◆(2013/04/17) パレスチナ,イスラエルへミサイル攻撃

「VOR」◆(2013/06/21) イスラエル軍及び警察 パレスチナの子供達に暴行・拷問

「WP」◆(2010/12/21)Aid groups say they, not Hamas, are thwarted by Israeli restrictions on Gaza

「オモロイド」:パレスチナ人を助けたために,独房に入れられた猫 (2009/11/21)

「海洋戦略研究」:パレスチナ和平交渉障害

「孤帆の遠影碧空に尽き」◆(2012/04/10)パレスチナ  「アラブの春」による情勢変化で統一政府樹立は暗礁に アッバス議長“板挟み”

「孤帆の遠影碧空に尽き」◆(2012/08/27)パレスチナ  難航する統一政府樹立 「アラブの春」後のイスラム主義台頭で存在感を強めるハマス

「孤帆の遠影碧空に尽き」◆(2012/10/20)パレスチナ  7年ぶりの地方選挙,ハマスはボイコット 止まらないイスラエルの入植地建設

「孤帆の遠影碧空に尽き」◆(2012/11/28)パレスチナ自治政府  「オブザーバー国家」に格上げする決議案,29日に国連総会で採択される見通し

「孤帆の遠影碧空に尽き」◆(2012/12/04) パレスチナの「オブザーバー国家」格上げに対し,イスラエルは報復措置 困難な和平交渉再開

「孤帆の遠影碧空に尽き」◆(2013/02/23) パレスチナ  ハマス,穏健化路線模索? エジプト・モルシ政権を軸に進む関係調整

「孤帆の遠影碧空に尽き」◆(2013/04/05) パレスチナ 和平交渉再開への糸口は?

「孤帆の遠影碧空に尽き」◆(2013/04/04) パレスチナ 和平交渉再開への糸口は?

「孤帆の遠影碧空に尽き」◆(2013/04/30) パレスチナ  進まぬ関係改善 イスラエルのガザ空爆で停戦崩壊の危険も

「人民網」◇(2013/04/24) 中国の中東問題特別代表がパレスチナとイスラエルを訪問へ

「中東TODAY」:パレスチナ子供向けテレビ番組に問題

「中東の窓」◆(2012/10/18)イスラエル兵士誘拐宣言

「中東の窓」◆(2013/03/27) トルコのパレスチナ外交

「中東の窓」◆(2013/04/14) ファイヤド首相の辞任(パレスチナ)

「中東の窓」◆(2013/04/25) パレスチナ和平(米国の新イニシアティブ)

「中東の窓」◆(2013/10/10) ガザの財政危機

「中東の窓」◆(2013/10/14) ガザからイスラエルへのトンネル

「日刊 アジアのエネルギー最前線」(2013/10/13) ◆ガザからイスラエルに抜ける地下トンネルを発見 - TBS News

新「六課」◆(2012/11/23) ロシア黒海艦隊戦闘艦船支隊,ガザ地区沖へ派遣?

新「六課」◆(2012/11/25) ロシア黒海艦隊艦船支隊はガザ地区からのロシア人避難を準備する

「ワールド&インテリジェンス」◆(2012/11/01) シリアとパレスチナ

「ワールド&インテリジェンス」◆(2012/11/05) パレスチナ・ゲリラ組織の一断面

「ワレYouTube発見セリ」:Al-Aqsa Martyrs Brigades

●アラファト

「VOR」◆(2012/07/04)アラファト議長は毒殺された?

「VOR」◆(2012/07/13)ヤシル・アラファト 死の原因が解明
>パレスチナ自治政府の議長だった故アラファト氏の病気の資料と推定される死因についての情報が公開され,この中で仏の医師らは播種性血管内凝固症候群だったとしている.

「VOR」◆(2012/11/27)今日 アラファト氏の遺体掘り起し

「VOR」◆(2012/11/28)アラファト氏の遺体から皮膚のサンプルを採取

「VOR」◆(2013/11/08) ロシアとスイスの報告書 アラファト議長の体内に大量のポロニウム

「孤帆の遠影碧空に尽き」◆(2012/07/11)イスラエル前首相の汚職疑惑裁判とパレスチナ・アラファト前議長のポロニウム暗殺疑惑

「中東の窓」◆(2012/07/04)アラファトの毒殺? 2

「中東の窓」◆(2013/11/07) アラファトの死はポロニュームによる毒殺?

「ワールド&インテリジェンス」◆(2012/07/04) アラファトに放射性物質毒殺説?

「ワールド&インテリジェンス」◆(2012/11/28) アラファト遺体発掘

●書籍

『イスラエル・パレスチナ和平交渉の政治過程 オスロ・プロセスの展開と挫折』(江崎智絵著,ミネルヴァ書房,2013/08)

『世界史の中のパレスチナ問題』(臼杵陽著,講談社現代新書,2013/1/18)


 【質問】
 パレスチナの語源は?

 【回答】
 「パレスチナ(Palestine)」という名称は「フィリスティア(Philistia)」という言葉に由来し,これは聖書に登場するペリシテ人あるいは“海の民”と呼ばれる人々で,彼らは南海岸一帯を占拠していたのである.

 この地域の人類学的調査に基づいて学者たちは,パレスチナ人たちは,ユダヤ人の先祖たちがパレスナチに定住する以前の時代に,様々な人種が混ざりあって形成されたグループであることを発見している.
 紀元前4000年から900年までの間,この地で優勢だった人種グループはカナン人である.
 エリコ,メギド,ベト・シヤンといった町は,青銅器時代初期のパレスチナ文明のセンターであったが,この時代の中期に,パレスチナ人とフェニキア人との間の結び付きが発展したのである.

 皮肉なことに,『旧約聖書』の「ヨシュア記」には,モーセの後継者たちが,いかに古代パレスチナ人を虐殺してカナンの地を奪い取ったかが記されているのだが,既にこの当時から,パレスチナ問題の“原型”が存在していたことが伺えるのである.

軍事板


 【質問】
 パレスチナ問題で,英国の腰がふらついていたのは何故か?

 【回答】
 アラブ世界におけるイギリスの立場を維持するという決意と,もう一方でアメリカへの依存の間のバランスをとろうとしたためだという.
 以下引用.

イギリスは1917年に様々な理由から,パレスチナにおけるユダヤ人(当初殆どはヨーロッパ出身だった)の民族領土の開発を促し,保護すると決定した.
 しかしイギリスは,その後の20年間に,そのプロジェクトがアラブ世界でのイギリスの目標に損害を与えているのを目の当たりにして,怖気づいてしまった.イギリスは,アラブの中東はイギリスのグローバルな地政学的利益にとって極めて重要であると認識し,それまでの態度を大幅に変えようとした.

 1945年から47年までのパレスチナにおけるイギリスの立場は,一方でアラブ世界におけるイギリスの立場を維持するという決意と,もう一方でアメリカ――大統領はユダヤ人の大義を強く支持した――への依存の間のバランスをとる必要性から,極めて妥協的性格が強かった.
 帝国の警官という役割を続けるには心許ない資源しかなかった上,ヨーロッパのユダヤ人に降りかかった悲劇に対する良心の呵責も加わり,イギリスのジレンマはなおさら深まった.
 その結果もたらされたのは,1948年のイギリス委任統治領の放棄であり,その直後に発生したイスラエルとアラブ諸国の戦争,地域全体の深刻で永続的な不安定化であった.

Dominic Lieven著「帝国の興亡」(日本経済新聞社,2002/12/16)下巻,p.249-250


 【質問】
 パレスチナ人は周辺国では嫌われてたり厄介者扱いされてるって本当?

 【回答】
 パレスチナ人ってのは働き手としては基本的に優秀です.
 それゆえ欧米や他のアラブ諸国からも出稼ぎ労働者として重宝されていました.
 イスラエル建国前のユダヤ人(今もか)と同じで,略奪にあっても決して盗られないもの,身一つで持って逃げられる財産=即ち教育にも熱心でしたし.

 ただ,パレスチナ人はいかんせん政治的にすぎました.
 出稼ぎ先での有形無形の差別に耐えかねた彼らは,ヨルダンやレバノンといった移住先で国家内国家を作ろうとして失敗し,さらにはGulf Warの際,うっかりフセインの口車に乗ってイラク支持を叫び,占領下のクウェートではイラク軍の尻馬に乗って乱暴狼藉を働いたため,それがたたって戦後は湾岸諸国から危険分子として一斉に追放されてしまいました.
 湾岸諸国とパレスチナの関係が修復した後も,これらの国々は政策として同じアラブ人を雇うのを止め,出稼ぎ元はインドやフィリピン等に頼っています.

イスラエル国防相@出先 in 軍事板


 【質問】
 ガザ地区,西岸地区とは何か?

 【回答】
 イスラエルは,一九六七年の中東戦争によって,デラウェア州よりも少し小さな西岸地区をヨルダンに割譲させた.
 現在,西岸地区には二十三万のイスラエル人が入植している.
 同地区のパレスチナ人の人口は二百二十万人に達する.

 一方,ガザ地区は,横七マイル縦二十五マイルの細長い土地で,地中海に接するイスラエル南西部に位置する.
 一九六七年の戦争でエジプトから獲得.
 ここには七千五百人のイスラエル人入植者,百二十万を超えるパレスチナ人が暮らしている.

(Foreign Affairs)


 【質問】
 ガザ地区にイスラエル軍は何度侵攻と撤退繰り返したらいいんでしょう?
 あそこからロケット飛んでくるの分かってるなら,永久に占領しちゃえばいいのに.

 【回答】
 住民をどこかに動かさないといけない.素直に動くはずがない.
 では全員殺すか.強制移動でこれまたその最中にたくさん反乱分子を殺すか.
 それだけの兵力,予算をどこから絞り出すのか.

 いずれにしてもそのお返しに周りの国からいろいろちょっかい出される上,世界中が白い目で見る.
 最悪,アメリカが援助しにくくなったら,イスラエルという国自体が存続できなくなる.

 日本とは違う意味で,イスラエルも独力では存在できない国家.

軍事板


 【質問】
 パレスチナ暫定自治区って何?

 【回答】
 まず別項にあるように,自治区となっている西岸地区やガザ地区は,中東戦争の結果,ヨルダンやエジプトからイスラエルが勝ち取った土地です.

 パレスチナ暫定自治区とはこの両地域において,イスラエルに住んでいるパレスチナ人が,独立をして自分達の国家を作りたいという考えに基づいて,とりあえず作ることができた国家内の国家です.
 1993年9月13日にPLOとイスラエルの間で,オスロ合意にもとづいた「パレスチナ暫定自治宣言」の調印式が行われ,この暫定自治区を治める,パレスチナ人の政府が正式にスタートしました.

 【参考ページ】
http://homepage2.nifty.com/cns/middleeast/israel.htm
http://www.geocities.com/inazuma_jp/palestineauthority.html
http://www.nhk.or.jp/kdns/hatena/02/0413.html
http://www32.ocn.ne.jp/~ccp/know/know.html#westbank
http://ameblo.jp/yume10ya/entry-10186912690.html

【ぐんじさんぎょう】,2009/2/4 20:47
に加筆


 【質問】
 パレスチナ自治区についてですが,軍隊はあるのでしょうか?
 また,その軍隊はどういう位置づけに置かれえるのでしょうか?
 最後にパレスチナ軍?は,どういった活動をしてるのでしょうか?

 【回答】
 軍隊はありませんが,パレスチナ自治警察があります.
 その内実は,オスロ合意後,それまで迷彩服を着ていたパレスチナゲリラが,警察官の制服に着替えたものと思ってください.
 和平の刻が来たとはいえ,ろくに職がないパレスチナにおいては,ゲリラの転職先としては,それぐらいしか選択肢がなかったのです.
(だから住民の人口に対する警察官の数がやたらと多かった)

 元が雑多な組織のゲリラですから,警察官としての質は低く,上(自治政府)の言うことを聞かないこともしばしばでした.
 また,イスラエルからは潜在的な敵と見なされてましたから,武装は小火器程度しか認められていません.

(イスラエル国防相 ◆3RWR.afkME)


 【質問】
 パレスチナはヨルダンやエジプトと国境線を接している割りには,兵器やゲリラの流入が全然無い気がします.
 両国ともそこまで厳重に国境を封鎖して警戒しているのでしょうか?
 それともIDFが展開して国境を封鎖しているのですか?

 【回答】
 いえいえ,エジプトからガザ自治区への兵器爆薬弾薬その他の物資密輸は行われていて,IDFはたびたび密輸トンネルの撲滅作戦を行っています.

 IDFのサイトをみると出てきますよ.
 画像はこの通り.

 で,イスラエルはエジプト国境とガザ自治区との間に警備通行帯を設けています.
 google mapで見ると,なんとなく分かると思うんですが.

軍事板,2007/06/06(水)
青文字:加筆改修部分

 他にも,ベドウィンに託すとか方法はいろいろあるんですけどね.
 さすがにガチな兵器となるとそれも難しいので,カッサム・ロケットなどはdテンカンと自作してるわけです.

 なぜならウエストバンクにはヨルダン河という天然の障壁がありますし,ガザ地区はIDFとエジプト軍が周囲をガッチリ固めてますから.
 またエジプト,ヨルダンともに,自国の不安定化に繋がりかねないので,過激派に対しては冷たい態度をとっています.

イスラエル交通相 in 軍事板,2007/06/06(水)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 パレスチナ・ムスリム同胞団はどんなものか? 

 【回答】
 第2次大戦前から反英闘争に参加しており,ハマスの実態はムスリム同胞団のパレスチナ版と言われ,ハマス・メンバーもこれを認めているが,その性格は本家エジプトの同胞団と比べ,テロを含めた,より具体的な過激行為に出るところが特徴的だ.

 ムスリム同胞団のパレスチナ地域での活動の歴史は,第2次大戦前まで遡る.
 エジプトの同胞団発足(1928年)から8年後の1936年,当時英国の委任統治領だったパレスチナで反英闘争が拡大した.
 このとき,エッズディーン・アル・カッサームというという指揮官を中心にした武装蜂起に,エジプトから同胞団の戦闘部隊も秘密裏に境界線を越えて駆けつけた.

 当時,パレスチナのイスラーム指導者らは,まだ本格的な政治組織や武闘組織を持たなかったが,エジプトの同胞団との意思の疎通を手紙のやり取りなどを通じて深め,43年に「エルサレム・マカレム・ソサエティ」という組織を結成,これがパレスチナ・ムスリム同胞団の原型となった.

 46年までに同胞団メンバー達は,パレスチナ各地に支部を構えるようになり,48年に起きた第1次中東戦争では,パレスチナ反英,反ユダヤ闘争の基盤だったアラブ最高委員会から資金供給を受けながら武器を入手,イスラエルとの戦闘に参加した.
 同委はエルサレムのムフティ(イスラーム法裁判官の最高位)で有力ファミリー,フセイニー家出身のアミンアル・フセイニーというパレスチナ・イスラーム界の大御所が議長を務め,イスラーム色が強かった.

 詳しくは,「だれでもわかるイスラーム」(河出書房新社,2001/12/31), P.71-72(中西俊裕=日経新聞国際部記者)を参照されたし.


 【質問】
 「イスラーム聖戦」とは?

 【回答】
 1979年のイラン革命に触発され,穏健路線のムスリム同胞団パレスチナ支部から分派,80年にガザで創設された組織.
 81年10月,サダト暗殺後,カイロのパレスチナ人学生を大量にエジプト政府がガザに追放したことから,勢力拡大.
 ガザを本拠に地下組織として活動しながら,エジプト,ヨルダン,シリアにも拠点確立.
 PLOが和平路線に傾き出すと,全面的にシリアの庇護を受けるようになった.
 87年12月にスタートしたインティファーダについては,当初静観していたが,89年秋より本格参入.
 特に海外活動に力を入れ,90年2月にはエジプトで観光バスを襲撃し,イスラエル人9人を含む11人を殺害.
 91年9月には,テロ目的で入国しようとしたメンバーが,エジプト当局に逮捕さる.
 また,イスエラエル当局の追撃により,91年中には本部をガザからシリアのダマスカスに移動.
 その後,ヨルダンのアンマンを拠点とする穏健派と,ダマスカスを拠点とする過激派とに分裂,テロ活動は過激派であるシャカキ派が行うことになる.

 参考文献:
黒井文太郎〔『軍事研究』誌アナリスト〕著 「イスラムのテロリスト」,講談社,2001/10/20,p.161-162

 2004/11/2には,エルサレムのフレンチヒルなどで大規模なテロを計画していたベツレヘムのテロ細胞組織を国防軍が摘発.ファタハとイスラム聖戦のメン バー16人が逮捕された.

(新聞報道)

 2005年5月2日,トルカレムのイスラム聖戦軍事部門の一幹部が殺害され,イスラム聖戦メンバー達がカッサムロケット3発をスデロッドに撃ちこんだ※69.
 数日後の5月6日,この組織のメンバー達が更に3発スデロッドに撃ちこんだ※70.

※「69」Al-Ayyam (PA), May 3 ,2005.
※「70」Al-Hayat Al-Jadida(PA),May 7,2005.

(C・ジェイコブ=MEMRI研究員,MEMRI, 2005/5/24)

  2005/6には,イスラム聖戦のテロリスト,アルガニをイスラエル国防軍がツルカーム周辺で殺害.銃撃戦で国防軍兵士1人も死亡した.
 アルガニは自爆テロの首謀者として自治警察に逮捕されたが,すぐ逃亡していた.

(新聞報道)

 2005/6/21には,西岸地区では自動車を運転中の入植者が銃撃テロで死亡.イスラム聖 戦が「コーラン冒涜に対する復讐」との犯行声明を出した.(エルサレム・ポスト&ハアレツ)
 その,監獄でコーランが冒涜されたとする事件だが,服役者がコーランを破い ていたことが判明.
 また,別の刑務所でも女性服役者がコーランを破 いてトイレに流す事件があり,看守が事情を聞いている.(同)


 【質問】
  アルアクサ殉教者団とは?

 【回答】
 パレスチナ解放機構(PLO)内の最大組織であるファタハの武装組織.
 2000年9月のパレスチナ騒乱発生後に創設.
 西岸・ガザ地区,エルサレムからイスラエル軍とイスラエル人入植者を追い出し,パレスチナ国家を樹立したいと考えている.
 当初は,西岸・ガザ地区のイスラエル軍と入植者だけを標的にしていたが,2002年初頭以降,イスラエル都市部で民間人を標的としたテロに血道を上げている.

 2001年5月29日,ヨルダン川西岸で,テロリストが通行中の車に向けて発砲し,米国人サラ・ブロースタインら2人が死亡,米国人2人が負傷.アルアクサ殉教団が犯行声明を出した.

 2002年1月18日には民間人への銃乱射事件が起こり,イスラエルのハデラでの成人祝賀式においてひとりの男が6人を銃殺し33人に傷を負わせた. アルアクサ殉教団が名乗りをあげている.

 2003/1/5,イスラエル・テルアビブ中心部で,2件の自爆テロがほぼ同時に発生し,実行犯2人を含む20人以上が死亡,約130人が負傷.「アルアクサ殉教者旅団」とパレスチナ過激派「パレスチナ・イスラム聖戦」(PIJ)が犯行声明を発表

 2003/6/23〜26,イスラエル軍が武装勢力掃討のためと称し,ヨルダン川西岸パレスティナ自治区ナブルスに侵攻,アルアクサ殉教旅団の地区司令官を含む武装パレスティナ人11人を殺害.

 同7月25日,イスラエル軍がヨルダン川西岸パレスティナ自治区トルカレムにおいてパレスティナ武装集団を急襲し,アルアクサ殉教旅団幹部等6人を殺害.

 同9月13日,イスラエル軍がヨルダン川西岸パレスチナ自治区ジェニンにおいて攻撃ヘリからアルアクサ殉教旅団幹部の乗った自動車にミサイル攻撃を加え,アルアクサ殉教旅団ジェニン地区副司令官アブー・ハリファとその副官2人の計3人を殺害.

 同9月15日,イスラエル軍がヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ナブルス,ジェニンに侵攻し,アルアクサ殉教旅団と交戦して11歳少女を含むパレスティナ人10人を殺害.

 同10月5日,イスラエル軍がガザ地区北部のジャバリヤ難民キャンプに攻撃ヘリからミサイルを発射してアルアクサ殉教者旅団の構成員2人を殺害.

 2004/1/29,イスラエル政府ヒズボラに拘束されていたイスラエル人一人とイスラエル兵3人の遺体を,イスラエルで拘束されていた430人のパレスチナ人テロリスト,レバノン人59人の遺体と交換.
 この捕虜交換当日の朝8時55分,エルサレムの路線バスNo.19(ハダッサ病院から町の中心へ向かうバス)で自爆テロが発生,11人死亡,13人重傷.
 アルアクサ殉教団が犯行声明を出した.
 犯人はベツレヘム在住で24歳のパレスチナ自治政府警察官.

 2004/8/11,エルサレム近郊のセキュリティ・チェック・ポイントで道路わきに置いた遠隔操作爆弾により,18名が負傷,パレスチナ人2名が死亡.
 アルアクサ殉教者旅団のザカリア・ズベイディが電話で,AFPに犯行を認める発言を行っている.

 2004/12/26には,アルアクサ殉教団の逃亡テロリスト,カマルを国防軍がジェニン難民キャンプで殺害.逮捕に行ったところ銃撃戦となったため.

 2005/1/13,パレスチナ自治区ガザ北部の検問所で13日,トラックを使った自爆テロが起き,イスラエル港湾当局の職員5人が死亡,5人負傷.これに続く銃撃戦で,パレスチナ人少なくとも2人が死亡.
 イスラエル軍によると,攻撃を受けたのはガザ市の東側,イスラエルとの境界に設けられたカルニ検問所.自爆犯は2人とみられる.
 イスラム原理主義組織「ハマス」と,パレスチナ解放機構(PLO)主流派ファタハの武装組織「アルアクサ殉教者旅団」,ガザ地区の武装組織「パレスチナ民衆抵抗委員会(PRC)」が,共同で犯行声明を出した.
 イスラエル軍の情報筋によると,同軍はこの直後,ガザ地区にある難民キャンプの建物を爆撃した.

(CNN,Foreign Affairs, エルサレム・ポスト,ハアレツ,
イスラエルインサイダー,公安調査庁他)

 2005年3月23日,アル・アクサ殉教旅団は爆弾を仕掛け,これがイスラエルの軍用衛生車両を1両破壊した.
 殉教旅団のスポークスマンは,
「抵抗運動は占領軍がナブルスに入るなら躊躇することなく対決する」
と言った※62.

※「62」Al-Hayat Al-Jadida(PA),March 24 ,2005.

(C・ジェイコブ=MEMRI研究員,MEMRI, 2005/5/24)

 2005/6/21には,エレズ検問所で,自爆テロのため足に10キロの爆弾を巻いた21歳の女性が逮捕された.アルアクサ殉教団の犯行.
 女性は人道支援の治療 プログラムでイスラエルの病院に通っていた.

(イスラエル各紙)

 2005/9/22には,ナブラスで自治政府の元内相のハッサン氏に対する暗殺未遂事件が発生.
 フ ァタハ傘下のアルアクサ殉教団は以前から,ハッサン氏に対する脅迫を 繰り返し,ナブラスに来れば攻撃すると予告していた.

(イェルサレム・ポスト)

 アクサ保険とは無関係らしい.


+

 【質問】
 アッバス首相がテロ集団を弾圧することについて,パレスチナ内での支持はあるのか?

 【回答】
 判断は難しい.
 ラマラのビルゼイト大学が最近行った世論調査によれば,72%のパレスチナ人が,アッバスの手腕をみきわめるために時間を与えて様子を見るべきだと答えている.
 しかし同時に,西岸やガザ地区のパレスチナ民衆の三分の一は,テロ集団を支持しているとみられる.

  アッバスについては,アメリカとイスラエルの圧力を受けて,アラファトが二〇〇三年三月に首相に任命したという経緯がある.
 パレスチナ人から,すでに外国勢力に依存しすぎだとみなされているアッバスが,「ここでイスラエルへの妥協を示せば,反動を呼び込むかもしれない」と考えている可能性もある.

  パレスチナの対イスラエル・イメージは悪い.六月四日に公表されたPEW世論調査センターの調査によれば,パレスチナ人の80%が「イスラエル国家がそこにある限り,パレスチナ人の権利と必要性が満たされることはない」と考えている.

 しかし一方,2004/12/27には,パレスチナの文化人ら600人が共同で新聞広告を出し,軍事的抵抗の終結を呼びかけ,非軍事的な抵抗運動を提唱している.

(Foreign Affiars,エルサレム・ポスト,ハアレツ)


 【質問】
 パレスチナ自治政府による治安対策は,上手くいっているか?

 【回答】
 とてもそうは言い難い.
 自治政府は,非鑑札武器の携行禁止を決めたが,全然守られていないという.
 以下,引用.

 選挙に続いてPA政府は,非鑑札武器の携行禁止を決め,その指令書をだした.
 しかしながら,武器を手にしたガンマン達が何度もデモをやり,暴力事件も沢山発生している.アブ・マゼン〔PA議長〕のオフイスに銃が撃ちこまれたり,内務相ユーセフ(Nasser Yousef)がジェニンへ行く途中,その車列が銃撃をうけ,或いはファタハのガンマン連中とPA警察が銃撃戦を演じ,つい最近ではファタハの大会が銃撃で混乱するなど,このPA指令が全然守られていない※2.

 PAのクレイ(Ahmad Qurei 別称アブ・アラ)首相は,ユーセフ内相の車列に対する銃撃事件の後,
「状況は混沌としている.まず何が何でも真先にこのような状態に終止符をうたなければならない.
 事件は内相が扱った.内相は,我々の支援を背に,組織のリーダー何名かに年金を与えて退職させるか,或いは担当地区からはずして中央地区へ移すかを決める.担当地区というのは事件がそこで起きたからだ」
と言った※3.
 ユーセフ内相が,一連の関係者と会った.
 ウェストバンク治安担当の最高責任者ジャベル(Haj Isma`il Jaber),ジェニン知事のムーサ(Qaddura Musa)やファタハとエルアクサ殉教旅団の各代表と話合った後,殉教旅団ジェニン地区司令アル・ズベイダ(Zakaria Al-Zbeida)は,
「自分はユーセフに,内相としてのユーセフを狙った事件ではなく,反PA攻撃でもないが,ジェニンの治安担当幹部が(アル・ズベイダと)難民キャンプ訪問の事前調整をしなかったことに対する抗議,と言った」
と述べた※4.

 全体的にいって,ガンマン達が治安機関を攻撃したり自治政府幹部を襲ったりしても,誰もとめない.
 例えば,前大臣のアル・タリフィ(Jamil Al-Tarifi)は自宅が銃撃され※5,北ガザの知事ブシソ(Sakhr Bsiso)の自宅は2回も銃撃されている※6.
 更にガザの軍事情報幹部1名を射殺したのも,ガンマン達である※7.
 エリコでは住民が軍事情報車両に発砲し,パレスチナ人警官1名が殺された※8.
 ラマラの騒動で情報局のメンバーが民間防衛隊に射殺された※9.
 治安機関運用のガザ拘置所をガンマン達が襲撃して,囚人2名を射殺し,1名を誘拐した.この1名は死体で発見された※10.

 ジャーナリストも暴力をまぬがれない.
 ガンマン達は,なかには治安機関に所属する者もいるが,ガザで3人のジャーナリストを捕まえ,殴る蹴るの乱暴を働いた.3人は入院加療の憂目にあったのである※11.

 ファタハのなかですらも,暴力が横行している.
 ファタハの募集・組織局のメンバー達が,組織から離れてしまった.改革,選挙,アル・ハサン(Hani Al-Hassan)局長更迭問題等をめぐって,若い世代の者が激しく突き上げ,攻撃してくるからである.
 その後,ファタハはラマラで対策会議を開いたが,ガンマン達が銃を乱射しながら会場のある建物に乱入し,会議は流れてしまった.
 この事件にかかわったアル・アクサ殉教旅団のアル・アクラ司令官(Minwar Al-Aqra`)は,
「改革は,腐敗にまみれていない指導者によってもたらされるものだ.
 それに,ここで会議をした連中が極く小さな派であるのに対し,我々はファタハ戦士数千人を代表している」
と断言した※12.
 ファタハの指導者アル・シェイク(Hussein Al-Sheikh)は,このガンマン達を送りこんだとしてファタハ中央委員会を非難し,
「連中が煽動し,会議の妨害工作をやったのだ.指導部を独占し,ファタハを力で支配したいので,あんなことをやる」
と弾劾した※13.
 これに対して,アル・アクサ殉教旅団は声明をだして,事件とのかかわりを否定した.殉教旅団は,ロンドンで発行されているアル・シャルク アル・アウサット紙へ書簡を送り,次のように主張した.
「私欲に走り,ファタハ運動の戦士達を傷つけるために事件が工作された.
 我々はこの野蛮な事件とは何の関係もない……
 アル・アクサ殉教旅団は,運動内部と指導部内に根をはる腐敗と偏向者を相手に戦っていく.
 この連中が,ファタハ運動とPAのトップ層へくいこんでしまったのである…
 我々は,中央委員会に居すわる腐敗分子を一掃するよう,同志アブ・マゼンに要求する.この連中こそ,己の私利私欲のため殉教旅団の名のもとによからぬことをやっているのだ」※14.

 PA高官筋によると,PAの上層部も安全ではない.
 最近の例では副首相兼情報相シャース(Nabil Sha’ath)と財務相ファイヤッド(Salam Fayyad)が対立した.シャースが装甲車1両を要求し,ファイヤッドがこれをはねつけたので,あわやという状態になったのである※15.
 パレスチナ筋は火器携行問題も指摘する.
 PAの閣議決定による無鑑札火器の携行禁止令が実施されていないので,ユーセフ内務相はガンマンの行動制限に苦慮しており,個々人に誓約書を書かせる挙にでた※16.
 ところがその翌日,釈放された囚人達十名が,ナブルスで白昼堂々銃を手にデモやったのである.
「PAは釈放後,自分達を無視している.就職口もみつけてくれない.どうしてくれる」
と威嚇した※17.
 更にそれより1週間ほどして,複数のガンマンがアブ・マゼンのオフィスに銃を乱射して押入った.
 アブ・マゼンは,アラファト時代からラマラのアラファト居住区(Mukataa)にかくまわれていたお尋ね者達を追い出す意向で,それを知って,殴りこみをかけたのである.
 ガンマン達はラマラの通りでも暴れまわり,銃を乱射して客を追いだした後,レストランやカフェをこわしてしまった※18.
 これに対してラマラの顔役や団体がコミュニケをだして,PAの治安機関を厳しく批判し,この混乱をひき起こした責任は自治政府と治安機関にあると非難した※19.

 この事件の後アブ・マゼンはウェストバンク司令官ジャベル(Haj Ismail Jaber)を更迭し,治安維持を目的に治安部隊の展開を命じた.
 情報機関の長アル・ティラウィ(Tawfiq Al-Tirawi)は辞任を表明した.
 彼の側近達はアブ・マゼンに
「治安組織のなかには職務怠慢でアブ・マゼンに事実を隠して報告せず…このようなことから混乱を生じた」
ので辞任するのだ,と説明した※20.
 アブ・マゼンは更に議長命令で二つの委員会をつくることにした.アラファト居住区だったところには,例のお尋ね者達がまだ盤居しているので,その連中を武装解除のうえ治安機関へ編入するというのだ.
 アブ・マゼンは委員会にその権限を与えた※21.
 新聞インタビューで彼は
「1000名に年金をやってしりぞかせた…
 私は治安と改革に引続き努力する.絶望はしない.
 (しかし)希望なしと認めれば,現職にとどまらない」
と言った※22.

 自治区内のコラムニスト達は珍しくPAと治安機関に批判的で,2005年4月3日付アル・アッヤム(Al-Ayyam)でアッワド(Abdallah Awwad)は,次のように書いた.
「治安機関はPA予算の4分の1を貰いながら,基本的な安全すら保証し得ない.
 治安機関は病んでおり,利得めあての仲介人で汚染されている…
彼等は実際の仕事よりも予算や権力,見ばえの方に関心があるのである」※23.
 アブ・マゼンは,議長就任100日目の記念記者会見で,ハマスの武器所持について質問され,
「機関や運動或いは民兵組織が政党になれば,最早武器を必要としない.
 政府はひとつ.法もひとつ,そして武力も合法的なのがひとつ,
 だが政治主張はさまざまな多元主義」
と答えた※25.

※「2」Al-Hayat Al-Jadida(PA),February 1,2005.
※「3」Al-Quds (Jerusalem),March 4,2005.
※「4」Al-Quds (Jerusalem),March 2,2005.
※「5」Al-Quds (Jerusalem),March 5,2005.
※「6」Al-Hayat Al-Jadida(PA),February 19,2005.
※「7」Al-Hayat Al-Jadida(PA),February 23 ,2005.
※「8」Al-Ayyam(PA),March 8,2005.
※「9」Al-Quds (Jerusalem),March 7,2005.
※「10」Al-Hayat Al-Jadida(PA),February 15 ,2005.
※「11」Al-Quds (Jerusalem), February 15 ,2005.
※「12」Al-Hayat Al-Jadida(PA),March 11 ,2005.
※「13」Al-Hayat Al-Jadida(PA),March 11,2005.
※「14」Al-Sharq Al- Awsat(London),March 12 ,2005.
※「15」Kul Al-Arab(Nazareth),March 11,2005.
※「16」Al-Quds al Arabi (London), March 22 ,2005.
※「17」Al-Ayyam (PA),March 24,2005.
※「18」Al-Ayyam (PA),March 31,2005.
※「19」Al-Hayat Al-Jadida(PA),April 1,2005.
※「20」Al-Quds Al- Arabi (London), March 4 ,2005.
※「21」Al-Hayat Al-Jadida(PA),April 4,2005.
※「22」Al-Hayat Al-Jadida(PA),April 5,2005.
※「23」Al-Ayyam (PA),April 3,2005.
※「24」Al-Ayyam (PA),April 3,2005.
※「25」Al-Quds (Jerusalem), April 26 ,2005.

(C・ジェイコブ=MEMRI研究員,MEMRI, 2005/5/24)

ファタハの旗(早口言葉)
(画像掲示板より引用)


 【質問】
 パレスチナ武装勢力のイスラエル攻撃を,自治政府は抑えることができているか?

 【回答】
 以下の文章から判断するに,できていないと思われる.

 PAは事態の鎮静化(tahdiah)に向けて努力した.アブ・マゼンは,イスラエル社会への攻撃防止のため,治安部隊の展開を命じた.この命令はパレスチナ人住民によって歓迎された※26.
 しかし,そうは問屋がおろさない.間もなくして迫撃砲数十発がイスラエル社会へうちこまれる事態になった.
 アブ・マゼンはすぐにトップの責任者を解任した※27.
 以来,鎮静はいまにも破れそうな状態で推移している(後述項目参照).

 パレスチナ人の治安機関は,イスラエル国内に対する攻撃を阻止し得ないでいる※28.
 アブ・マゼンは,テルアヴィヴのステージクラブ攻撃(2005年2月25日)を強く非難したが,
「この攻撃は個人がやったもので,パレスチナ各派はすべて関与を否定している」
とつけ加えた.
 アッバスは,
「この事件の責任はイスラエルにある.何故ならその管理地から来ているからだ」と主張し,「この破壊的攻撃は,非難しなければならない.和平プロセスを妨害し我が人民の信用を傷つけるのが目的である.我々は(犯人達を)追跡し,捕まえて裁判にかけ,然るべく処罰する」
とも述べた※29.

 3月1日ロンドンでパレスチナ改革会議が開催された.
 その前夜,アブ・マゼンは,
「私は反イスラエル武力攻撃の中止に向け100%努力する.私は,テルアヴィヴで起きたような攻撃を許さない.
 (しかしながら)イスラエル軍がパレスチナ人を毎日殺している限り,完全な暴力の中止はあり得ない」と宣言した※30.

 ステージクラブ攻撃に続くPAの行動に関しては,当初はパレスチナ側の治安機関がトルカルムでイスラム聖戦メンバー数名を逮捕,と報じられた※31.
 しかし後になると,さまざまなパレスチナ筋が,一件落着の形で棚上げされてしまった,と述べるようになった.
 ファタハ中央委員のハバシ(Sakhr Habash)は,
「PAとイスラム聖戦機構は,(聖戦)機構による部内調査と責任者処罰を条件に,(テルアヴィヴ)事件の幕引きで合意した」
と語った.
 聖戦機構の指導者アッザム(Nafej Ajjam)は,テルアヴィヴ事件には全く関係がないと前置きして,次のように語った.
「事件の幕引きは二つの事柄に結びついた.
 第一は,アッバス議長と合意した了解事項をベースとした事態鎮静化に努力すること.これは機構の約束だ…
 第二は部内の対話促進である」※32.
 テルアヴィヴ事件から一週間ほどたって,PAの民事相ダーラン(Muhammad Dahlan)は,
「PAは対イスラエル軍事作戦の防止につとめ,責任者に対しては法的手段をとる…
イスラエルが公約破棄の口実にしないように,パレスチナ人による違反行為があってはならない」
と語った※33.

〔略〕

 この攻撃がありはしたが,インティファダの軍事的先鋭化に歯止めをかけようとして,前向きの対策がいくらかとられている.
 治安機関の対テロ活動によって,ヘブロンのドゥラ村で武器が摘発された.
 PA治安機関幹部のアムル(Jihad Abu `Amr)は,
「PA警察がウェストバンクで…アッバスとユーセフ内務相の命じた摘発作戦期間中,手榴弾と火器を捕獲した.こんなことはこの4年間で初めて」
と語った※37.

 IDF(イスラエル国防軍)がエリコ及びトルカルムから撤収した後,ロンドン発行紙アル・クゥドスアル・アラビ(Al-Quds Al-`Arabi)が2005年5月11日付で
「200人のパレスチナ人お尋ね者が銃を引渡して,エリコとトルカルムの治安機関に加わった」
と報じた.
 お尋ね者及び追放パレスチナ人問題処理委員長のハマイル(Abd Al-Fattah Hamail)は,
「PAは,イスラエルが撤収したほかの都市でも,同じことをやる」
と述べた※38.
 イスラエルは,お尋ね者からの火器回収をPAに要求している.
 それが実行されているかどうかについては,矛盾する報道がいろいろある.
 PAが連中を治安機関に組みこもうとしていることは確かなようで,これを以てイスラエルの要求を果す動き,と解釈しているようだ.
 PAのユーセフ内務相は,
「合法的な武器はひとつだけ,即ち(PA)警察の武器だけになる.
 この方針にもとづき,内乱を防ぐ形で諸運動,諸派及び武装部門に働きかけをおこなう」
と言った※39.
 トルカレムの知事アル・シャリフ(Izz Al-Sharif)は,
「アル・アクサ殉教旅団の活動家全員が治安機関に吸収されており,火器に関するとりきめと段取りはお尋ね者と治安機関の間で話合われる」
と述べた.
 更に殉教旅団トルカレム地区司令のフィラス(Abu Firas)は
「トルカレムの殉教旅団指揮官及び活動家は,それぞれ自分の決心に従って火器をPAに引渡し,治安機関に参加した」
と言っている.
 前出のハミルは,
「トルカレム及びエリコのお尋ね者110名が今後対イスラエル武装攻撃をしないという誓約書にサインした後,PAが彼等の武器を回収した」と述べ「そのお尋ね者達は治安機関に編入された.服務規準はほかの者と同じ」
とつけ加えた※40.

※「26」Al-Quds (Jerusalem), January 25 ,2005.
※「27」Al-Quds (Jerusalem), February 11,2005.
※「28」2005年3月11日のイスラエルテレビ(第1チャンネル)のインタビューで,アブ・マゼンは,PAが4ないし5回の攻撃を阻止したと語った.
※「29」Al-Hayat Al-Jadida(PA),February 27,2005.
※「30」Al-Hayat Al-Jadida(PA),March 1,2005.
※「31」Al-Risala (Gaza),March 3,2005.
※「32」Al-Hayat (London),March 4,2005.
※「33」Al-Hayat Al-Jadida(PA),March 7,2005.
※「34」Al-Hayat Al-Jadida(PA),February 28,2005.
※「35」Al-Ayyam (PA),February 28,2005.
※「36」Al-Hayat Al-Jadida(PA),February 27,2005.
※「37」Al-Ayyam (PA),March 6,2005.
※「38」Al-Quds Al- `Arabi (London), May 11 ,2005.
※「39」Al-Quds Al- `Arabi (London), May 11,2005.
※「40」Al-Ayyam (PA),May 14,2005.

(C・ジェイコブ=MEMRI研究員,MEMRI, 2005/5/24)


 【質問】
 パレスチナ自治政府・情報本部爆弾テロ事件とは?

 【回答】
 2006年5月に起きた爆弾テロ事件.
 情報部門の責任者アブ・ラジャブが重傷を負ったほか,護衛1人が死亡,5人負傷.
 「パレスチナ国家のアルカイダ組織」と名乗る未知の組織が犯行声明を出したが,ハマスの偽装だとする見方もある.
 以下引用.

パレスチナのアッバス議長暗殺も示唆 アルカイダ系名乗る組織

 【アルジャジーラ特約21日】
 「パレスチナ国家のアルカイダ組織」と名乗る組織が21日,インターネットを通じて,ガザ地区のパレスチナ自治政府・情報本部内で起きた爆弾テロ事件の犯行を認める声明を出すとともに,同自治政府のアッバス議長ら幹部も標的にすると警告した.
 「パレスチナ国家のアルカイダ組織」はこれまでに登場したことのない正体不明の組織.
 声明の中で同組織は「組織の同胞たちは情報部門の責任者アブ・ラジャブの職場にも入り込めた.組織はアッバス議長やダハラン前民政相ら自治政府幹部たちも標的にする」と述べた.

 さらに声明は,「イスラム戦士は同本部内のエレベーターに爆弾を仕掛けることができた.エレベーターのドアが閉まる前に爆発したためラジャブは命が助かった」と指摘した.

 この爆弾テロ事件ではラジャブ氏が重傷を負ったほか,護衛1人が死亡,他に5人も負傷した.

 一方,ヨルダンで働くヤシル・ザートラ記者は同日,アルジャジーラの取材に対し,
「今回の声明にはハマスがよく使う言葉に加え,アルカイダの用語も含んでいる.声明の信用性は高くはない.同組織がパレスチナ占領地内で活動しているとは思えない」と分析するとともに,「アルカイダはその下に系列の組織を置くことはない」
と言明した.

 ザートラ記者はさらに,
「聖戦や殉教はハマスやイスラム聖戦がよく使う手段である.こうした戦術が続く限り,パレスチナの地にアルカイダが実在する可能性はない」
と指摘した.

 また,ガザ地区で活動していたアルカイダの構成員たちは昨年,同地区から撤退したとされる.これに対しイスラエル側は,アルカイダ構成員たちが依然,ガザ地区で活動していると警告してきた.(翻訳・ベリタ通信=志岐隆司)

アルジャジーラ,2006年05月22日11時44分


 【質問】
 パレスチナ自治政府による,防衛部門の機構改革はどんなものか?

 【回答】
 MEMRI,によれば,2005年4月中旬,アブ・マゼンが発表した決定内容は次の通り.

(1) 民族保安部(NS)は,次の下部機関で構成される.
  民族保安部々隊
  軍事情報部
  海上警察
  議長府警護隊(フォース17)
  特殊部隊

  内務省治安機関は次の下部機関で構成される.
  PA警察
  予防治安機関
  民兵隊
※総合情報局(GI)は含まれない.

(2) NSとGIの機関は,メンバーの人数と各メンバーの名前を含む詳しい名簿の提出を 求められる.

(3) 外国の機関員との接触は規制する.内務省とNSだけを通すものとする.各機関の長及びメンバーは,如何なる理由,目的であっても海外機関員との勝手な接触は許さない.

(4) 議長府警護隊(フォース17)の任務,行動内容は議長によって規定され,変わることはない.例外は,ガザのNS部隊に派遣されている分遣隊である※42.

 治安機関の新しい責任者は以下の通り.
NS  ヒルレス(Suleiman Khilles)
警察  ラバイア(HusniRabay`a,別称 `Alaa Husni)
GI   ラジャブ(Tareq Abu Rajab)

 更に60歳過ぎの部員1000名以上が,退職させられた.NSの長であったアラファト(Musa Arafat),GIの長であったアル・ヒンディ(Amin Al-Hindi)といった幹部も含まれる.
 ちなみにこの2人は,アブ・マゼンの顧問に任命されている※43.

※「43」Al-Sharq Al- Awsat (London), April 25,2005.

 【質問】
 パレスチナ警察の治安部隊などは,イスラエル軍にまったく応戦しないのでしょうか?
 また,過去にイスラエル軍とパレスチナ警察の銃撃戦などはありましたか?
 パレスチナは独自の軍を持っていない代わりに,ハマスやファタハなどの軍事部門などがイスラエル軍に抵抗するのみなのでしょうか?

 【回答】
 怒り心頭な警察官が「個人的に」パパパンとやるケースはあるでしょうが,組織としては黙って見てるしかありません.
 まかり間違っても中東最強の軍隊にゃ勝てませんし,装備もありません.

 そもそもIDFは
「おまえらがまともに過激派を取り締まりやんねーんなら,俺ら自身でやるぜ.嫌とは言わせねえぜ!」
という名目で侵攻してるわけです.
 これに銃を向けることは,警察がテロリストに与することになります.まずいです.ということで見て見ぬふりです.
 各派軍事部門にしても自分が襲われる時以外はスルーです.勝てませんし.

 ついでにいうと,今のイスラエル政府の方針は「パレスチナの完全隔離」であって,アラブ人のいっぱいいる自治区は放棄する予定です.
 ゆえに自治政府を潰そうなんて気はありません.支えようとも思ってませんが.

イスラエル交通相

 パレスチナ自治警察はあくまで「警察」なので装甲車程度の装備しかしていない.
 自治政府が「軍隊」を持つことはイスラエルが認めなかった.

 パレスチナ自治警察の隊員だが実はハマスやファタハのメンバー,って人はたくさんいるし,武器の横流しや情報の流しなどは当たり前のように行なわれており,これはイスラエルがパレスチナ自治政府の自治権を無視する理由に挙げられている.

 今のイスラエル政府にしてみればパレスチナ自治政府はいやいやながら認めた存在に過ぎないので,何とか理由をつけて潰したいところ.
 それがわかってるからパレスチナ自治政府は抵抗できない.

 今はとにかく耐え忍んで細々とでも自治権を未来に繋げる,というのがパレスチナ自治政府の方針.

軍事板

 もっとも,以下のような例があるにはあります.

パレスチナ内相,抗戦呼び掛け=イスラエル侵攻で約20人死亡−ガザ地区

 【エルサレム7日時事】パレスチナ自治政府を率いるイスラム原理主義組織ハマスのシアム内相は6日,イスラエル軍の侵攻でパレスチナ住民に多数の死傷者が出ている事態を受け,治安部隊に徹底抗戦を呼び掛けた.内務省スポークスマンが記者会見し,明らかにした.
 〔略〕

時事通信,2006年7月7日9時0分

ハマス主導のパレスチナ自治政府,治安部隊に反撃を指示
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200607070012.html

 ただ,これ,内相の独断のようです.
 かけ声だけに終わりそうですね.

イスラエル交通相 in mixi支隊


 【質問】
 2002年包括中東和平案(仮称)とは?

 【回答】
 2008年10月20日付,「中東TODAY」によれば,これはサウジアラビアが2002年に提案したもので,1967年戦争以前の状態に戻すことによって,アラブとイスラエルが,最終的な和平を結ぶというもの.
 すなわち,ヨルダン川西岸地区ガザ地区および東エルサレムをパレスチナ側に引き渡し,難民の帰還権も認め,イスラエルが占領し続けているゴラン高原も,シリアに返還するというもの.

 しかし,パレスチナ難民の帰還権を認めるということは,大量のレスチナ難民がイスラエル国内に入ってくることを意味するため,イスラエル国内においてアラブ人人口がユダヤ人人口を上回る,人口の逆転現象を恐れるイスラエルは,これを拒否した.

 だが同ブログによれば,2008年になってイスラエルでこの和平案への関心が高まってきたという.

 詳しくは同ブログを参照されたし.


◆◆◆PLO


 【質問】
 PLO内部におけるムスリム同胞団の影響力は?

 【回答】
 パレスチナのイスラーム運動は本来,ムスリム同胞団パレスチナ支部が担ってきた.
 ヤセル・アラファトも青年期にはエジプトでムスリム同胞団に参加していた事があるように,初期のPLO幹部にはムスリム同胞団出身者が多い.

 だが,ゲリラ各派が実際に戦闘し,成長していく中で,主翼は左翼系・民族系が占める.
 60〜70年代,テロ路線で反イスラエル闘争をリードしたのは,ファタハやPFLP(パレスチナ解放人民戦線)であり,反共を優先するムスリム同胞団は,左翼職の強いPLOを牽制し,政治的にはむしろ保守路線を採った.

 そのため,エジプトのムスリム同胞団本部やサウディアラビアの財団からの援助は,専らモスク建設や慈善活動に使われ,その「安全」のために,時にはイスラエル当局と部分的協力も行っていたと言われている.

 同胞団のそうした姿勢には,反発する者も当然出てくることになる.
 その中から,79年のイラン革命に触発されてムスリム同胞団から分派したのが,80年にガザで創設された「イスラーム聖戦」だった.

(黒井文太郎〔『軍事研究』誌アナリスト〕 「イスラムのテロリスト」,
講談社,2001/10/20,p.160-161,抜粋要約)


 【質問】
 アブ・マゼン首相(PLO事務局長)の閣僚名簿をアラファトが承認しようとしなかったのは何故か?

 【回答】
 40歳代のダハラーンらが権力を握り,世代交代が起きることをアラファトが恐れたため.

 イスラエル側の信頼も得ているアブ・マゼンの用意していた閣僚名簿には,IMFパレスチナ事務所代表を務めたサラームファイヤード(財務長官)や,ヘブライ後に堪能で,イスラエル側に対するPLOスポークスマンを務めてきた,パレスチナ警察治安予防局長ムハンマド・ダハラーン(治安担当)等,実務能力を備えた人物が多く名を連ねていた.
 権力への際限なき執着を見せるアラファトは,こうした面々を最近でも政権中枢から遠ざけてきた.

 新しい思考が要求されるポスト冷戦時代に,アラファトのような,冷戦時代から指導的役割を果たしてきた人間が,なおも君臨している.
 そのことがいっそう,パレスチナ問題を解決困難にしている.

(山内昌之〔東大教授,歴史学者〕 from 「諸君!」,
2003/6号,P.56,抜粋要約)


 【質問】
 アラファト議長死去後,中東の混乱は更に酷くなるでしょうか?
(過激派の台頭・諸派の抗争/分裂・イスラエル側の行動)

 【回答】
 時間ねえんでザックリと解説しますが,ぶっちゃけアラファト氏の存在は,中東和平にとって邪魔な部分の方がでかかったので,あるいは一時的にせよ,対話ムードが戻ってくるかと思います.

 今は頓挫しちゃってるロードマップにせよ,当初はシャロン政権もイヤイヤながらも,対話を進める姿勢は見せておりました.
 で,実際に双方の暴力が収まった期間もあったんです.
 ハマスやイスラム聖戦といった非ファタハ系の過激派も,和平の空気を読んで,政治闘争への転換を主張し始めたんですが…

イスラエル「とりあえずファタハ傘下の過激派組織(アルアクサー殉教団など)は,なんとかせいやー」
PAアッバス首相「あいよー.……ということで解体します」
アラファト「あれはボクの私兵だからダメ」
アルアクサー「そんなことさせてたまるか食らえー」(ドカーン! 以下テロ頻発)
イスラエル「なんとかしろって言ってんだろハゲ!」
アッバス「ということで治安対策させてください」
アラファト「ボクの権限を削るようなことはダメ」
アッバス「もうやってらんないんで辞めます」
アラファト「じゃあ次はクレイ,君が首相ね」

 で,引き継いだクレイ現首相も苦労し倒してますが,アラファト氏ってのは,その人生で散々に艱難辛苦を嘗めてきたせいか,持っているものを手放すことに,もの凄く抵抗感を持ってるんですよ.特に権限関係は.その為に例え和平交渉が巧くいかなくなってもね.
 イスラエルが暗殺という最終手段を挙げてまで,氏への嫌悪感を隠さない所以です.

 で,氏亡き後のファタハは集団指導体制を採りそうですが,当然にアッバス,クレイあたりが主導権を持つでしょう.
 オスロ合意の立役者でもある彼らの意志が前面に出れば,イスラエルも真摯に和平交渉のテーブルに付く必要があるでしょうし,“カルテット”もロードマップの再開に動く筈.
 ただ,いかんせん彼らには一般大衆への支持がないので…
 過激派を抑えきれるかという問題も含め,そのへんは不透明ですね.

イスラエル国防相 ◆3RWR.afkME :軍事板,2004/11/08
青文字:加筆改修部分

 また,アメリカ在住のヨルダン人進歩派知識人アル・ナブルシ(Dr.Shaker Al-Nabulsi)は,2005年1月4日付カタール紙Al-Rayaに寄稿した文章の中で,ヤセル・アラファトを「パレスチナの大義にささった骨」と呼び,アラファトが和平の阻害要因となっていた主な理由について,次のように述べている.
 MEMRIはイスラエル寄りとも言われるだけあり,その内容はかなり手厳しい.

 ※ アラファトのパーソナリティはギャング戦争時代のままで,複雑に入りくんだ歴史をもつ民族の政治指導者になれなかった.
 即ちアラファトは次の段階へ移れなかった.

 ※ アラファトは虚言症で,衝動的に嘘をついた.
 ヒステリー現象のひとつで,呼吸をするように無意識に嘘をつくのである.

 ※ アラファトは第三世界の指導者のひとりで,この地域のみならず世界の為政者をよく驚かせた.ファタハのアル・アクサ殉教旅団の編成などそのひとつである.
 それによってインティファダは軍事的先鋭化に走り,パレスチナ人間題の平和的解決を遠ざけたのである….

 ※ アラファトはポピューリスト(大衆迎合)で合理性のない指導者であった.第三世界の指導者タイプである.
 自分をまつりあげた人民の意志に屈し,公のための現在及び将来のニーズを果そうとしなかった.
 彼の主たる関心事は大衆を喜ばせることだけだった.
 その大衆も彼の衝動のままに右し左し,そのナルキスト的宗教的傷痕に苦しんだ.

 ※ アラファト,ダルウィシュ(Mahmoud Darwish)に代表されるパレスチナ人詩人グループ,20年間彼のために働いてきた文化アドバイザーとスピーチライターたるアル・カッセム(Samih Al-Qassem),ラシッド(Haroun Hashem Rashid),アル・マナスラー(Izz Al-Din Al-Manasrah)等々は,1948年以来純然たる政治問題を仮想の叙情的問題に仕上てあげ,それによって自分達を如何にも詩的なスーパースターにおしあげたのである.
 彼は提案のあった政治解決をすべて拒否した.
 彼は,詩人ダルウィシュという双眼鏡を通して提案を見たのだ.
 現実的な政治家の目で見なかったのは,不幸なことだった….
 彼が,ネルソン・マンデラのような人物であったなら―そうなりたかっただろうが―2000年にキャンプ・デービッドで和平合意に調印していたであろう.
 しかし彼はそうしなかった.彼はアラファトでありマンデラではなかったからである.
 確かにアラファトは,パレスチナ人問題を世界地図にのせた人物である.
 しかし,その一方で彼はこの問題を地域の問題として解決しなかった.パレスチナ人自治政府(PA)の制度,機構を構築せず,法体制を整備しなかった.彼は腐敗をまきちらし,この地を無政府状態にしてしまった.
 そのおかげで彼は自分の地位を保つことができたが,パレスチナ人に潰滅的打撃を与えた….

 ※ アラファトは精神分裂病的指導者だった.
 国連などの国際舞台ではオリーブの枝をふりかざしながら,アンマン,ベイルート,ガザ,ラマラでは銃をふりまわした.
 国際社会は,彼を平和のキャンプ,戦争のキャンプいずれにも入れることができなかった.
 目的なきふらふら者は,パレスチナ人問題を奇怪至極な,魑魅魍魎の世界へつき落としたのだ.
 パレスチナ人問題が,立憲体制ではなく,指導者個人の気質,衝動に左右された結果である.

(MEMRI)

 なお,2004年11月15日には,アッバス氏とダーラン氏の一行をアルアクサ殉教団がガザで襲撃.「米国の手先!!」と叫び,銃を乱射して,警備の警察官2名を殺害.

 2005/6/5には,ファタハ幹部のファラジ氏がナブラス近郊で暗殺された.エルサレム・ポスト等によれば,最近激化するファタハ内部抗争の結果と見られているという.


 【質問】
 第6回ファタハ総会では,どのようなことが確認されたのか?

 【回答】
 2009年8月13日に閉幕した同総会では,修正政治計画が批准された.
 同計画は,平和をひとつの戦略的選択としているが,同時に,占領に対する武力闘争の継続は正当な権利である,と述べている.
 また, 武力占領に対するパレスチナ人民の武力闘争権は,国際法で保障された不可譲の権利として存続する,とされている.
 さらに,イスラエルのボイコット,イスラエルの製品やイスラエルの諸機関をボイコットするのみならず,イスラエルをボイコットする国際キャンペーンをエスカレートする,としている.
 イスラエルとの交渉については,国連の主要決議(181,194,242及び338)をベースにしなければならない,と述べている.

 なお,同総会ではファタハ憲章は討議されず,したがって依然として,次の条項が存在し続けていると指摘されている.

>第17条 人民武力革命は至上命令であり,パレスチナ解放の唯一の方法である.

>第19条 〔略〕この闘争は,シオニスト存在体が抹殺され,パレスチナが解放される迄,終ることはない

詳しくは
「MEMRI」,Aug/23/2009付
を参照されたし.


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