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◆古代ギリシア A poliszok kora
<戦史FAQ目次
「Togetter」◆(2010/08/22) テルモピュライに見る平地での防御戦闘
『アナバシス 敵中横断6000キロ』(クセノフォン著,岩波文庫,1993.6)
某教授に勧められて買いました.
とにかく,ギリシャ人重装歩兵の強いことと,クセノポンの知恵は,身びいきながら楽しめます.
ちなみに,「エイジ・オブ・エンパイア」のシナリオにも出てきます.
------------プライベート・1st:軍事板,2001/10/24
同じ岩波文庫の『ガリア戦記』とは訳者が違うんで,岩波でもこっちはまともに読める.
とんでもなく面白い.
一生に一回は読むべき.
――――――軍事板,2011/03/22(火)
『黒海沿岸の古代ギリシア植民市』(篠崎三男著,東海大学出版会,2013/07)
『古代ギリシャ人の戦争 会戦事典800BC‐200BC』( 市川定春著, 新紀元社,2003)
メッサニア戦争とペロポネソス同盟からアレクサンドロス大王東征までの会戦の勝敗を分析.
勝者・敗者に対する分析が鋭い.
あと,当時の戦術の分析もあり,面白い.
-------------軍事板,2003/03/10
『図説 古代ギリシアの戦い』(ヴィクター・デイヴィス・ハンセン著)
ミュケナイ時代からローマとの戦いまでの,ギリシア人の戦闘方法や戦争感をよくまとめた良著.
特に後継者戦争以降のヘレニズム時代の戦争が,何故それ以前に比べて動員兵力が大きくなったのかという説明には,個人的には目の鱗が落ちた気分.
ただ,気になる点が二つ.
ペルシア戦争の記述が,ちょいと浅いかなという点.
コレはまぁ重箱の隅.
もう一点が,アレクサンドロス大王の記述が非常に感情的としかいいようが無い.
無論,作者が所謂「東西世界の融和を目指した英雄」としてのアレクサンドロス像を否定したいのはわからなくも無いし,確かに暴君的側面を垣間見せるエピソードはいくつかあるけど,それにしてはちょいと記述の仕方がいただけないかな.
納得できる記述も幾つか見受けられるのに,そこが残念.
ペルシア戦争の記述に関しては
『世界の戦史2 ダリウスとアレクサンダー』(人物往来社,1966)
が,古いけど,テルモピュライの戦いの説が面白い.
アレクサンドロス大王の東征に関しては,
『アレクサンドロス大王』(森谷公俊著,講談社選書メチエ,2000.10)
が,特に緒戦の三つの会戦に重点を置いていて,記述もわかりやすいし,別の切り口なら
『アレクサンドロス大王』(ピエール・ブリアン著,文庫クセジュ,2003.2)
などがお勧め.
――――――軍事板,2010/02/24(水)
『戦史』(トゥキディデス著,岩波文庫,1978)
まだ上巻読んだばかりだけど,実に面白い.
『国際紛争』や『戦略の形成』で興味をもたれた方は,小難しそうな古典と思って躊躇せず,是非一読をお勧めする
(できれば古代ギリシア史の概説書を一,二冊読んでいたほうが,より世界感に浸れるかも)
ヘロドトスのような回りくどさもなく,著者の創作と指摘されている各演説文は,ついつい口にだして読み出してしまうほどの臨場感をかもし出してくれる.
こんな本が二千年以上前に書かれていたというのは,いろんな意味で感慨深いなぁ.
副読書として
『戦争の起源』
『戦闘技術の歴史 古代編』
『図説 古代ギリシアの戦い』
『古代ギリシア人の戦争』
とかが手元にあれば,なおの事面白い.
副読書のほうが値段が高いとか,入手困難だとかいう突っ込みは,無しの方向で.
――――――軍事板,2010/02/19(金)
『歴史群像アーカイブ VOLUME4 Special Issue 西洋戦史 ギリシア・ローマ編』(学研,2008.9)
【質問】
ローマ・ギリシャ学びたい人に,おすすめな本教えて.
とりあえずギボンは鉄板?
【回答】
初心者っぽい答えでよろしいかな?
全部!
…軍板の人間の答えじゃないな.
初心者には,まずムック,というのは定石だと思う.
古代ギリシャ・ローマでも,良いムックは多いよ.
というか,多すぎるくらい.
ただしムックは,古いのは手に入りにくいという問題が…
軍事板,2012/03/13(火)
青文字:加筆改修部分
広く浅く…塩婆,マンガ ローマ帝国の歴史シリーズ.
軍事…戦闘技術の歴史古代編,古代ローマの戦い,古代ローマ軍団大百科,古代の武器・防具・戦術百科等.
戦記…ガリア戦記,ユダヤ戦記,ゲルマニア等.
哲学・文学等…小セネカ,キケロ,カエサル,タキトゥス,ウェルギリウス
,ティトゥス・リウィウス,ペトロニウス等.
図説 古代ローマの戦いだが,全体を満遍なくやってるが,浅い.
しかし,古代ローマ軍団大百科の補完本としては良い.
お値段としては,少し高いかな?
オスプレイの,ガリアとブリテンのケルト戦士:
大雑把なケルト人の生活や農業等も載っていて本来の値段と薄さにしてはお買い得.
しかし,絶版なので値段が高くなりつつあることを踏まえると,ケルト人の生活や農業等を知りたいならば,ケルト文化の本の方がオススメ.
図説ケルト.
ハルシュタット文化~ガロ=ローマ時代のガリア・ドイツ南部・ボヘミア・ブリテン島・アイルランド島におけるケルト人の生活,宗教,農業,文化をメインにサラッと軍事もやってある.
ローマ史やローマ軍事史を補完出来る資料だ.
逆にローマ史やローマ軍事史も,ケルト人の歴史や軍事史を補完出来る.
突撃兵 ◆hpJg4qOM9M :軍事板,2012/03/13(火)~04/01(日)
青文字:加筆改修部分
これも加えてくだされ;
歴史群像「図説 激闘ローマ戦記」
歴群アーカイブ(4)「西洋戦史 ギリシャ・ローマ編」
Lans ◆xHvvunznRc :軍事板,2012/03/14(水)
青文字:加筆改修部分
これも・・・
河出書房新社
『戦争の起源―石器時代からアレクサンドロスにいたる戦争の古代史』
カラーイラスト世界の生活史
『ギリシア軍の歴史』
『ローマ軍の歴史』
軍事板,2012/03/14(水)
青文字:加筆改修部分
立ち読みネタで.
『コンバットマガジン』5月号にローマ軍団兵の記事が載ってましたね.
歩兵装備の歴史みたいなコラム記事で,1ページにロリカセグメンテータを着たローマ軍団兵のイラスト,行軍時と戦闘時が各1枚,装備品や持ち物を纏めて描いたのが1枚,
計3枚と簡単な説明しかないけど,珍しいと言う事で.
軍事板,2012/04/10(火)
青文字:加筆改修部分
【質問】
なぜ古代ギリシャは古代ローマ帝国のような,一つの強力な国家とはならなかったのですか?
【回答】
古代ギリシャでは武装は自弁だったので,まず何よりも自分の命が大事だった.
アジアと違い人口が密集せず,強大な王権が成り立たなかった.
ために片っ端から徴兵することが出来なかったし,動員兵力も大違い.
王の命令で何千何万もの大軍を突撃させるって戦争が出来なかった.
あとは伝統でそのまんまローマ時代をすごすことに.
軍事板
【質問】
映画「トロイ」を見ているのですが,どうしてあんなに短い槍を持ってるのか疑問です.
盾なんて持たずに,両手で5~10mぐらいの槍を持った方がいいと思うんですが,現実の戦争でもあのような短い槍が使われたのでしょうか?
【回答】
貴方は8mの長い槍を持って立っています.
敵は横へ回り込もうとしてきます.
貴方は長い槍を振り回しますが,重たい槍をぶんまわしているうちに,敵は6mくらいの距離に近づいてしまいました.
ぺしっ.
槍の柄が当たるがダメージはありません.
残念,キミは剣で斬られて殺されてしまった!
当時の槍は投げたりするし,都市攻略には長い槍は使い勝手が悪い.
野戦でも,槍の使い方は壮絶な叩き合い.
盾は現代のファランクスたる機動隊の使い方と大体同じ.
前ばかりを防御するんではなく,後列の者は頭上に掲げてる.
ちなみに,ファランクスの端っこは特等席(笑)
3m以上あるような槍は槍ぶすま作って敵が突撃してこないように
するか,突くのではなく振り下ろして殴る(穂先がうまく当たれば斬れる)ものだが,逆説的に接近戦が出来なくなってしまう.
陣形を組んだ歩兵に対して,散兵って面倒な敵なのよ.
ここで言う散兵ってのは,個人~小部隊でヒットアンドアウェイを繰り返す,投射武器装備の軽装歩兵の総称ね.
防御してないとダメージ受けるし,がっちり防御してると,今度は敵主力部隊がその間にすき放題に動くし,追いかければ陣形が崩れるし.
ペルシャ戦争の時代から,アメリカ独立戦争の英軍まで,陣形組んだ歩兵が散兵に泣かされましたって話はいくらでも.
なので,歩兵同士が近接戦をすることを想定しているのならば,短い槍と盾という装備がベスト.
短い槍は投げられるし.
【質問】
古代ギリシアのアテネにおいて,貨幣の流入と平民が重装歩兵として参戦するようになった事の因果関係についての説明をお願いしますm(_
_)m
【回答】
古代ギリシャでは,戦いに出ることは非常に名誉なこととされた.
古代ギリシャでは,参政とおなじく参戦は「権利」だった.
武装して戦争に出るというのは,義務ではなく権利だった.
でも馬や槍などの装備は自前なので,裕福な貴族しか整えられない.
(そもそも共通規格の発想がないので,全部オーダーメイド)
そのため,戦場に出るのは貴族のみだった.
ところが紀元前8世紀頃に貨幣経済が発達し,ギリシャは海洋貿易によって平民にも富の蓄積が可能になり,装備を買える様になった.
そのため,参政権もよこせ,武装権・参戦権もよこせ,貧弱な武装でもちゃんと役に立つだろ,正規兵の扱いをしろ,ってことになった.
「参戦=理由・根拠,参政=目的」
ではくて,並立して,
「参政権もくれ,参戦権・武装権もくれ」
だったので念のため.
世界史板
青文字:加筆改修部分
【質問】
本場モンの「スパルタ式」は,どんな感じ?
【回答】
超絶軍事国家,スパルタの事実!
・合言葉は「盾を持って帰るか(勝利) 盾に乗って帰るか(負傷
or 戦死)」
・墓石に名が刻まれるのは戦死した男と,出産で死んだ女のみ!
・赤子は一定期間「神聖の丘」に放置して生き残ったもののみ育てる.
・虚弱であると判断された赤子は,山奥の洞穴へポイ!
・男は7歳で共同生活を開始.
・共同生活で厳しい軍事訓練を受ける.
・忍耐力をつける訓練の一環として,鞭打ちがある.
・12歳になると全裸で訓練. 沐浴も禁止.
・18歳前後になると卒業試験として,一人で農奴を襲い,殺す.
・質実剛健なんで,貴金属の宝飾品は禁止.
・戦場で卑怯な態度をとると髭を半分剃られ,家族を含め社会から排除.
・スパルタでは祭祀行事が重要視され,祭祀日には戦争を止めた.
・スパルタが戦争を止めると,他国の軍隊っも喜んで戦争を止めた.
・60歳になると,退役.
云ってしまうと,この時期のギリシャ圏の軍隊の兵士ってば,普段は商売やら職人をやってる人たちだから,こんなガチの職業軍人どもと戦って勝てませんわなぁ~
そら~300人で100万のペルシア軍を向え撃ちますわ (w`;
ベタ藤原 in mixi,2007年06月09日07:39
なお,ソースは『ヒストリー・チャンネル』からです.
ベタ藤原 by mail
【質問】
スパルタは何故,軍事偏重の国家を維持できたのか?
【回答】
奴隷制度のおかげ.
スパルタは前9世紀から前8世紀にかけ,周辺諸民族を支配下に置き,その多くを奴隷(ヘロット)にしていた.
スパルタ人は奴隷の反乱を非常に恐れ,敵よりも,奴隷に武器を奪われるほうを警戒していた.
詳しくは『ギリシア軍の歴史』(ピーター・コノリー他著,東京書籍,1989.6.30),p.26
& 53を参照されたし.
だから,どうもスパルタを称える気にはなれないんだよね.
【質問】
スパルタ軍の編制は?
【回答】
36人で1エノモタイア(縦隊)を編成.
2縦隊で「ペンタコスト」(72人)を編成.
2ペンタコストで1ロコスを編成.
4ロコスで1モーラ(師団)を編成.
この師団をポレマルク(軍司令官)が指揮.
スパルタには,この師団が6個あった.
なお,初期にはペンタコストは2つの50人隊から成っていたが,スパルタの人口は減少を続けたので,部隊規模を縮小させざるをえなくなって2エノモタイアになったとか.
そりゃあ,あんな育児制度じゃ人口減るよなあ…….
詳しくは『ギリシア軍の歴史』(ピーター・コノリー他著,東京書籍,1989.6.30),p.27を参照されたし.
【質問】
スパルタ軍の装備は?
【回答】
コリント式兜に布製胴鎧.膝上までの脛当て.青銅製の円形盾.
2~3mの長槍.
60cmの短剣.
詳しくは『ギリシア軍の歴史』(ピーター・コノリー他著,東京書籍,1989.6.30)を参照されたし.
【質問】
なにゆえ古代の連中は戦争になると裸で出撃するんですか?
常に裸体ですごしてるならともかく,普段より露出を増やす意味が分からない.
重装歩兵っていうから凄い装甲板つけてるのかと思ったら肌見せてるし,それ以前なんか本当に素っ裸か褌で武器持って突撃とか,毛皮着てた原始人より退化してるよ.
それに裸で死ぬのっていやじゃないか? かっこ悪いし.
古代人(ローマ帝国ぐらいまで)は羞恥心がなかったんですか?
そういえば神話の人や神も,ほとんどよくて布巻いてるだけの裸だし・・・
【回答】
▼質問者の「古代の連中」がギリシャ・ローマを指しているのなら,前提自体が間違っています.
「重装歩兵が裸」と言うのは,正直に言って映画『300』を鵜呑みにしたのかと思ってしまいます.
古典期のギリシャの重装歩兵は,青銅製もしくはリネン製の鎧,兜,脛当と青銅で覆われた木製の盾を装備しており,全く「裸」ではありません.
それどころか彼らは恐らく当時の世界で最も重装備の戦士でした.
http://www.mlahanas.de/Greeks/images/Hoplite4thcentury.jpg
http://www.sgibson.k12.in.us/gshs_new/ms_socstud/marathon_dwmpnl/hoplite%2065.jpg
ローマに関しても同じで,共和制中期~後期のローマ兵は青銅の兜,脛当,青銅製・鉄製の胸当てか,鎖帷子と大盾を装備.
http://www.qsl.net/iz0ehi/Hastati.jpg
帝政期のローマ兵は青銅か鉄の兜,鉄製の板金鎧か鎖帷子と大盾を装備しており,これもどう見ても裸ではありません.
http://img158.imageshack.us/img158/9039/replegionaii5.jpg
よって
「戦争も,裸」
と言うのは間違いです.
現代の価値観で過去を見るのはよくないよ.
神が裸なのは当たり前.
なぜなら神は無垢で完全,完璧な存在だから.
薄い布を纏ってるのは,人間が勝手に纏わせてるだけ.
あの薄い布は仏教で言うところの後光を表してる.
戦士が裸に近いのは,蒸れ防止と戦闘の際に掴まれない為.
短髪やスキンヘッドにしてる連中も理由は同じ.
また,古代ギリシャは裸が正装.
民会の演説も,神事も,都市対抗運動会の競技者も,戦争も,裸.
さらに,布も皮革もとてつもなく高価で入手困難.
なので防御に必要な最小限にする.
それから現代のように伸縮する布ではないので,そんなのは付けないほうが動きやすい.
「真に近代人であろうと思ったら,魂があってはいけない.
真に中世人であろうと思ったら,肉体があってはいけない.
真にギリシア人であろうと思ったら,服があってはいけない」
by
オスカー・ワイルド
世界史板
青文字:加筆改修部分
「布も皮革もとてつもなく高価で入手困難」
と言うのも訳がわかりません.
服を着た人間が描かれている壺や絵は,幾らでもあります.
キトンの様な単純な服がどうやったら,「とてつもなく高価で入手困難」になるのかさっぱりです.
http://www.msnbc.msn.com/id/16948773/
で,古代ギリシャ社会においてどれだけ裸が受け入れられていたのか,簡単に解説されています.
▲
【質問】
ギリシャ戦争での前480年のテルモピレー Thermopulae の戦いで,レオニダス Leonidas 率いるスパルタ軍300人がテルモピレーで数日間ペルシャ大軍を足止めしたというのは有名だけど,具体的にどうやって足止めしたんです?
【回答】
戦ったんだ.一生懸命に.
一本の道しかないテルモピレーに陣取ったんだ.
一応ギリシアの陸上兵力1万ほどが集結し,狭隘に砦を築き(以前から砦はあったらしい),ペルシアが攻め寄せてきたら必要な人数だけ討って出て潰し,疲れたら残りの人員と交代したんだ.
また,どうもペルシア軍よりも,ギリシア連合軍(スパルタ軍だけじゃないよ)の槍のほうが少し長かったらしい.
そうすると迂回できないペルシャ軍はどうにも抜けなかったらしい.2日間も.
ちなみに海上では,ギリシア艦隊がペルシャ艦隊を翻弄して,海上による迂回を許さなかった.
結局,ギリシア側に裏切り者が出て,テルモピレーの後方に迂回する山抜けの小道を教えたんだ.
3日目の朝,包囲されかかったことに気付いた,ギリシア軍の司令官 スパルタ王レオニダスは,スパルタ300人,テスピアイ700人,テーバイ400人を残して,残りのギリシア軍を急遽後退させたんだ.
そして,そのしんがりは,伝令に出した一人を除いて全員戦死したんだ.
壮烈
(名無史さん&例の170 ◆vBOFA0jTOg(一部補足) in 世界史板)
【質問】
テルモピュライの戦いにおいて,なぜペルシャ軍は少数の敵に苦戦したのか?
【回答】
スパルタ兵は重装歩兵だったが,ペルシャ軍は広大な領土の各地を機動できるようにするため,軽装だった.
また,狭い道だったので,大軍で攻めても,正面に出せる兵力は限られた.
それにそもそも,当時のあのへんで,職業軍人と言えるのはスパルタ人ぐらいだったので,練度が格段に違っていた.
【質問】
古代ギリシア諸都市連合軍は,ペルシアのたかだか一方面軍を相手に少々劣勢,よくてせいぜい互角に渡り合っただけにすぎないのに,何故勝利した戦いだけを抽出して高らかに喧伝し,勝利と同数以上の敗戦を語らずに,共和制が専制をコテンパンにやっつけたなどという法螺を吹くに至ったのでしょうか?
【回答】
ギリシア側が戦略的勝利(征服されないこと)したからだろ.
ペルシャ戦争の戦争目的は,
ペルシャ側 -> 迷信に捉われた愚かなギリシャ人を臣民化し正しい宗教に導く
ギリシャ側 -> ペルシャの侵略を排除し独立を維持する
だった.
戦争の勝敗は戦争目的を達成できたかどうかで判断する.
ゆえに,どちらが戦争の勝者であるかは明らかでしょ.
戦闘と戦争をごっちゃにするなよ.
それに劣勢の間,ちょっとした戦勝を誇張するのは,どこの時代のどの国でもやっていること.
中共や,北ベトナムや,ナポレオン戦争時の英露と同じ.
世界史板
青文字:加筆改修部分
【質問】
アテネがスパルタに負けたあとすぐに復活したのは何故ですか?
ギリシア世界では戦争で負けたら滅ぼされるイメージがあるのですが.
【回答】
ギリシア世界では総戦闘員のうち一割程度の被害が出れば勝敗は決していた,との試算がある.
加えて,おおよその国境間での領土争いや収穫物略奪がメインだから,後追いも殆どしない.
また,ポリスがポリスを呑み込む場合は,執政官を派遣するなど政治的手段が主にとられた.アテナイのヘレノタミアイやアンフィクテュオネス派遣なんかはいい例.
結果として一度の戦争で壊滅的被害を被ることはないし,都市域に専門職としての戦闘員の数倍も奴隷が居住するようなポリスを無理して完全に叩き潰すことも意味がないから,まずしない.
【質問】
ペロポネソス戦争時(BC431-404)の三段漕船って,互いのオールぶつからなかったのですか?
【回答】
その「お互い」が「同じ船のオール同士がぶつからなかったかどーか」ってのと,「別々の船が戦ってるときにぶつからなかったのか」ってので意味は違ってくるが,両方ともぶつかってたよ.
前者を防ぐためには,漕ぎ手が普段から訓練を積んで,一糸乱れぬ動きを出来るようにすればいい.
後者の場合は,乱戦時にはお互いのオールが噛み合っちまって動けなくなるとかはよくあったし,逆に敵船に乗り込むときにはわざとかみ合わせたりしてた.
ちなみに衝角での突撃の際は,漕ぎ手も含めた乗組員全体が普段から訓練を積んで,一糸乱れぬ動きをしないと,敵船を撃沈したはいいが,こっちもオールが半分がたすっとんで航行不能,みたいな状況になる.
アテネの船が恐れられていたのは,乗組員の錬度が高く,突撃時には・・・うーんAAで説明すると,
||||||
□□> ||||||
|||||| <□□
||||||
下手糞でスマンが,上の船をアテネのだと考えて欲しい.
||||||
□□>|||
<□□
||||||
突撃前になると,敵船側のオールを水から上げたり引っ込めたりする.
それで敵の船の脇を通り抜けてオールを破壊する.
□≡
□≡
▽
<□□
||||||
もっと上手い船だと,途中で反対側のオールを漕いで,そのまま衝角攻撃をする.
世界史板
青文字:加筆改修部分
【質問】
スパルタの不敗神話はいつまで続いたのか?
【回答】
BC390年,アテナイのイフィクラテス将軍が,スパルタ軍の1個師団を壊滅させるまで.
イフィクラテスはこのとき,よく訓練され,統率されたベルタ歩兵と呼ばれる軽装歩兵部隊を率いた.
この部隊は鎧も兜も身につけず,武器は投槍だった.
イフィクラテスの勝利は,ファランクス戦法が唯一絶対の戦術ではないことを知らしめた.
詳しくは『ギリシア軍の歴史』(ピーター・コノリー他著,東京書籍,1989.6.30),p.50を参照されたし.
【珍説】
△▼△▼△▼△▼△▼△▼引用ここから▼△▼△▼△▼△▼△▼△
結局,軍事上の必要性の論理だけで,考えている.
昔は,なんで国家なくして,国民があるものかと考えていたが,そうであったとしても国民を大事にしない国家があってよいわけではない.
犠牲を強いることを当然としていると,軍事国家になってしまう.
軍事国家スパルタは文化国家アテネより存続しえたであろうか.
後世に文化を残しえたであろうか.
△▼△▼△▼△▼△▼△▼引用ここまで▼△▼△▼△▼△▼△▼△
【事実】
ニュース伝いで,ある人の日記に行ったら,上記のような文章があったんで,
>軍事国家スパルタは~
紀元前480年に軍事国家のスパルタ軍が,テルモピレーで玉砕してペルシャ軍を押しとどめたお陰で,アテネが海軍を整える時間を生み出し,その結果,サラミスの海戦で勝利を得ることができ,んで,アテネの絶頂期を迎えるんですが……
軍事国家スパルタが居なければ,文化国家アテネなど生まれなかったワケでして……
文化国家…… いや,実情的には,デロス同盟の資金を自分の為に流用した汚職国家かもしれませんが.
とコメントしたら,即効で消されちゃいました (w`;
∧_∧ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
(・(・・)・) < 器量が狭いなぁ~
/JベタJ \__________
ベタ藤原 in mixi,2007年04月16日21:35
青文字:加筆改修部分
【質問】
前338年カイロネイアの戦いで,マケドニアはテーベとアテネの連合軍を破った.
…テーベとアテネが連合?
なぜ?
だって前431年に,テーベ軍はスパルタ側としてアテネ側のプラタイアに侵入して,それがペロポネソス戦争の発端になっているのに.いつの間に協力関係に?
【回答】
100年も前のことで「いつの間に?」と言われてもなあ.
その100年の間にマケドニアが実力をつけ
(その間はマケドニアはギリシャのポリス間の戦争等には,距離をおいてひたすら国力充実に努めていたということ)
た結果,もうポリス間で争っている時代は終わったというこっちゃ.
アテネとテーベとが手を結んだのは遺恨はあるが,今はそんな事言ってる場合ではなく,共通の敵を迎え撃つ為に,ここは手を結ぶのが得策との考え方から.
(所謂,敵の敵は味方理論)
この場合に限らず比較的よく行われる行為だよ.
世界史板
青文字:加筆改修部分
【質問】
なんでコリント同盟ってスパルタだけ含まれないんですか?
【回答】
マケドニア王フィリッポス2世はカイロネイアの戦いで勝利し,マケドニア王のギリシアに対する覇権が確立した際も,スパルタだけは承認しませんでした.
マケドニア王フィリッポス2世は,これに対し,一時ラコニアに侵入しただけでこれを相手にはしませんでした.
そしてコリント同盟(ヘラス同盟)を結成.
コリント同盟結成後の第1回会議で,フィリッポス2世はギリシアをあげてのペルシア討伐を提案.
ギリシアをあげてのペルシア討伐を実行する場合,ペロポネソス戦争におけるペルシアとスパルタの同盟関係,その後のスパルタをペルシアの離反,及びスパルタの他のギリシア世界ポリスとの対立関係を考えると,スパルタが外れている方が,却ってスムーズにいくと思われるので,
敢えてマケドニアの方も,勢力を弱めつつあるスパルタについて,かえって入れない方が上手くいく位に考えて,コリント同盟の一員にすることを考慮しなかったのではないでしょうか.
世界史板
青文字:加筆改修部分
【質問】
エパメイノンダスは斜線陣を用いてスパルタ軍を破り(BC371),戦術の父と称せられているそうですが,このとき用いた斜線陣というのは,左翼を厚く配置し,右翼は進行速度を遅らせるなどして,避戦防御に専念しつつ強力な左翼で敵陣を打ち破り,敵陣を崩壊させるという認識でいいのでしょうか?
【回答】
その認識でOKです.
左翼の神聖部隊+テーバイ兵中心の強力で,数も揃った「ハンマー」で,スパルタ軍右翼を崩壊させ,しかる後,自軍右翼のこれまで避戦防御に徹していた同盟軍部隊を「鉄床」として,残余のスパルタ軍を挟撃,殲滅する.
これがエパミノンダスの用いた斜線陣の意図するところであり,それを完璧にやってのけたというわけですね.
軍事板
青文字:加筆改修部分
【質問】
古代に同性愛者だけで編成した部隊があったって本当?
【回答】
テーバイの「神聖隊」.
とても強かったらしい.
エパミノンダス麾下のテーバイ軍の主力で,スパルタ軍をレウクトラの会戦で破った.
後年,アレクサンドロス大王の父,フィリッポス王のマケドニア軍と戦って全滅したが,フィリッポス王は「戦死者はちゃんと恋人同士ペアにして埋葬するように」と命令したそうな.
ちなみに古代ギリシャでは,少年愛は普通のことで,「少年愛はやらない」と公言する方がよっぽどアブノーマルなこと.
「両方愛せた方がいいだろうに,なぜ女しか愛さないのか?」
と不審がられる.
軍事板,2010/02/10(水)
青文字:加筆改修部分
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