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◆◆◆ハンガリー陸軍 Magyar Honvédség a második világháborúban
<◆◆陸戦 目次 Földi Csata Index
<◆大西洋・地中海方面 目次
<第二次大戦FAQ


こちらより引用)

 【link】


 【質問】
 第二次大戦勃発当時のハンガリー陸軍の状況は?

 【回答】
 ハンガリーは第一次世界大戦後,敗戦国として厳しい軍備制限を受け,独ソ戦開始時でも機械化が遅れていた.
 1938年,ハンガリーは再軍備を宣言し,1939年にはたった9個の軽師団または旅団だったものが,1941年には27個軽師団または旅団に増強されたが,一部の快速軍団を別にすればほとんどの部隊は徒歩の歩兵だった.
 戦車兵力は,イタリア製のCVタンケッティ150両と純国産のトルディ軽戦車190両が主力であり,それらで3個旅団から成る快速軍団を編成し,独ソ戦においては南方軍集団に参加したが,それら戦車はT-34はおろか,旧式戦車T-26やBT戦車にすら歯が立たないしろものであった.

 【参考ページ】
http://royallibrary.sakura.ne.jp/ww2/country/hungary.html
http://warandgame.wordpress.com/2008/12/23/the-hungarian-army-wwii/
http://en.wikipedia.org/wiki/First_Army_(Hungary)
http://en.wikipedia.org/wiki/Second_Army_(Hungary)
http://en.wikipedia.org/wiki/Third_Army_(Hungary)

【ぐんじさんぎょう】,2009/2/27 21:00


 【質問】
 WW2のハンガリー第1軍について教えてください.

 【回答】
 1940/4/1,ホルティは来るべきソ連との戦いに備え,3個野戦軍を編成しましたが,大戦勃発時には第1軍は,これといった戦闘には投入されませんでした.
 同年8/30,ヴィルモシュ・ナジ Vilmos Nagy 中将指揮下の第1軍は,当時ルーマニア領にされていたトランシルバニアを占領して,ハンガリーに併合した以外,1944年半ばまで,殆ど戦闘に投入されませんでしたが,1944/4/30,南ウクライナの枢軸軍集団を支えるために派遣されました.
 1944/12/28,ミクローシュ政権が対ドイツ宣戦布告すると,ハンガリー第1軍は,親ドイツ側と親ソ側とに分かれて戦うことになり,さらに1945/1/1~2/16までにハンガリー第1軍の主力は,ブダペシュト北方200kmのところでソ連第40軍に蹂躙されて壊滅しました.

 【参考ページ】
http://en.wikipedia.org/wiki/First_Army_(Hungary)

【ぐんじさんぎょう】,2009/4/14 21:40


◆◆◆◆装備


◆◆◆◆◆車輌

 【質問】
 「トルディ I」軽戦車について3行で教えてください.

 【回答】
 38Mトルディ I 軽戦車 38M Toldi I könnyű harckocsi は第二次大戦後,ハンガリー王国が初めて生産した戦車で,スウェーデンのランズベルク社 Landsverk ABから輸入したL-60軽戦車のライセンス生産版.
 武装を,スイスのゾーロトゥルン社からライセンス生産権を得た20mm対戦車銃36Mと,国産の8mm機関銃34/37Mに変更した上で,マーヴァグ MÁVAG,ガンズ GANZ 両社において,1940年4月から翌年5月までに80両が完成.
 ハンガリー陸軍「快速軍団」に配備されたが,相手がT-34だったので,とうてい太刀打ちできるはずもなく…

 【参考ページ】
http://combat1.sakura.ne.jp/38M.htm
http://www.militaryfactory.com/armor/detail.asp?armor_id=543
http://www.army-guide.com/eng/museum_product449.html

「トルディI」側面図
同じく三面図
こちらより引用)

写真集ページ
http://imgur.com/gallery/3w2v4

【ぐんじさんぎょう】,2016/04/03 20:00
を加筆改修

 これ以前のハンガリー軍保有戦車がCV35豆戦車と,フィアット3000とかいうルノーFTの親戚(どちらもイタリアから輸入車)ですから,長足の進歩だったんですが,なんせ相手が悪すぎました・・

ギシュクラ in mixi,2016年04月03日 17:51


 【質問】
 「トルディII」って何?

 【回答】
 「トルディI」と並行して生産された,ハンガリーの軽戦車.
 トルディIとの違いは,トルディIIが全コンポーネントを国産としている点で,トルディIがドイツのビューシンクNAG社製のL8V/36TR V型8気筒液冷ガソリン・エンジンを搭載していたのに対し,トルディIIはL8V/36TRエンジンをガンズ社でライセンス生産したVGT107 V型8気筒液冷ガソリン・エンジンを搭載.
 また,変速・操向機と転輪も,トルディIIでは国産のものが用いられていた.
 なので,トルディIとIIの外見上の違いは無いに等しく,生産後期のトルディIIが「輪っかアンテナ」でなく棒アンテナになっていることくらい.
 しかもこれも絶対的ではなく,実態としては車体前後の登録番号で見分けるしかない模様.
 登録番号は,
トルディI:H301~H380
トルディII:H381~H490
とされているが,サイトによっては,H385までがトルディIとされているところもある.

 生産数はトルディIが80両であるのに対し,トルディIIが110両.
 そのうちMÁVAG社製が42輌(H381~H422),GANZ社製が68輌(H423~H490輌)

 武装に差異はないので,トルディI同様,トルディIIもソ連軍の戦車には到底歯が立たず,生き残ったトルディI&IIの80輌は1943年から44年にかけ,主砲を51口径40mm42M戦車砲に換装された.
 これは「トルディIIa(別名トルディB40)」と呼ばれているが,40mm砲では焼け石に水で…

 【参考ページ】
http://combat1.sakura.ne.jp/38M.htm
http://kabanos.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/hobbyboss-135-3.html
http://groggywoker.blog114.fc2.com/blog-date-201203.html
http://ftr.wot-news.com/2013/11/16/hungarian-armor-part-4-toldi-ii-toldi-iia-toldi-iii/

【ぐんじさんぎょう】,2016/04/06 20:00
を加筆改修


 【質問】
 「トルディIII」って何?

 【回答】
 戦地から回収した中古のトルディ軽戦車は武装を更新しているのに,新規生産するトルディには古い装備をつけたままとはいかないよね?ということで,最初から40mm砲を搭載するために,砲塔を新しくしたのが,このトルディIII.
 またの名を43Mトルディ.
 1943年制式(Mod)のトルディという意味だ.
 兵装だけでなく,装甲も若干強化されていた.
 けれど既にハンガリー国内では,より強力な中戦車「トゥラン」の生産が始まっており,トルディIIIは1944年までに12両が完成したのみ.
 生産された車輌の活動については,何も記録が残っていない.
 いや,それどころか「軍に引き渡された車輌は無い」という話も…

 【参考ページ】
http://combat1.sakura.ne.jp/38M.htm
http://kleinpanzer.jimdo.com/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84-contents/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%BC%E8%BB%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7-hungaryan-afv/
http://ftr.wot-news.com/2013/11/16/hungarian-armor-part-4-toldi-ii-toldi-iia-toldi-iii/
http://thearmoredpatrol.com/2015/12/30/hungarian-half-blood-43m-toldi-iii/

トルディIII三面図
こちらより引用)

【ぐんじさんぎょう】,2016/04/07 20:00
を加筆改修


 【質問】
 「トルディ」対戦車自走砲について,3行以上で教えてください.

 【回答】
 「トルディ」軽戦車一族の最終形態が,この「トルディ」対戦車自走砲 Toldi páncélvadász.
 ドイツの対戦車自走砲「マルダー」の成功に触発され,もはや第一線では通用しなくなったトルディの車体に,ドイツ製75mm対戦車砲Pak40を搭載した.
 砲塔は撤去され,代わりに砲は5~13mmの装甲板から成る砲廓で保護.
 他に,護身用の機関銃を搭載している.
 車体,エンジン,通信機器などは軽戦車型とほぼ同一.

 1944年春に試作されたが,他の戦車の生産が優先されたため,この対戦車自走砲型が量産されることはないまま,トルディ一族は終焉を迎えたのである.

 【参考ページ】
http://www.geocities.jp/grypf276/unit/tank21.html
http://forum.valka.cz/topic/view/32821/Harckocsi-Vadasz-Toldi

トルディ対戦車自走砲側面図および写真
faq160405hv.jpg
faq160405hv2.jpg
faq160405hv3.jpg
faq160405hv4.jpg
こちらより引用)

トルディ対戦車自走砲模型
こちらより引用)

【ぐんじさんぎょう】,2016/04/08 20:00
を加筆改修


 【質問】
 「トゥラーン」I中戦車について3行以上で教えてください.

 【回答】
 「40M トゥラーン」中戦車 40M Turán közepes harckocsi は,第二次大戦緒戦の経過を鑑みて,トルディ軽戦車に代わる,より本格的な機甲戦力を手に入れたくて,チェコ・シュコダ社製のT-21中戦車をライセンス生産したもの.
 イタリアのM11/39中戦車やドイツのIV号中戦車の輸入等も検討されたが,ハンガリー陸軍技術研究所は1940年初めに,「チェコのシュコダ社製中戦車が現在最良のもの」と提言.
 これを受けてハンガリー陸軍は当時チェコを保護領としていた友好国ドイツに対して,S-IIa軽戦車(LTvz.35,ドイツ軍名称35(t)戦車)の生産供給を要請した.

 しかし当時シュコダ社はドイツ軍向けの生産で手一杯でハンガリー向けまではおぼつかなかったため,ドイツ側は適当な試作中戦車の提供と自国でのライセンス生産を提案した.
 それがT-21で,これはLT-35,いわゆる35(t)戦車の拡大・発展型として試作されたもの.
 リベット接合の車体・砲塔を持ち,LT-35譲りのボギー式リーフスプリングのサスペンション,空気圧式変速機を備えていた.

 ハンガリー陸軍はこの試作戦車をテストした後,制式採用.
 1940年9月,最初の230両の生産発注が行われた.
 ライセンス生産に当たっては,原型のT-21のシュコダA9・47mm砲は国産の51口径41M 40mm砲に改められ,砲塔形状も改変,エンジンも国産のヴァイス・マンフレード製のものになるなどの点が変更.
 生産に当たっては,ハンガリー各地の工場でパーツを生産し,それらをガンズ社,マーヴァグ社,ヴァイス・マンフレード社,MWG社に集めて主生産を行う方式をとった.

 しかし,開発と生産には時間を要し,国産トゥラーンの試作車の完成は1941年6月,生産車の部隊配備は1942年5月までずれ込んだ.
 1両で6,000km,2両合わせて1万kmにも達した走行試験等各種試験で様々な不具合箇所が指摘され,改善作業に追われたためである.
 そのため,対ソ戦ではドン川,ヴォルガ川を目指す大攻勢が開始されつつあるというのに,ハンガリー陸軍は戦車不足に直面.
 仕方なく1942年6月にはドイツから緊急にシュコダ社製の38(t)軽戦車102両とIV号中戦車若干の供給を受け,ハンガリー陸軍第1機甲師団に配備している.

 独ソ戦の戦訓により,75mm砲装備のトゥラーンIIが開発されることとなったが,その生産が始まって以降も,75mm砲生産の遅れのため,トゥラーン I も引き続き生産されている.
 総生産数,285両.
 ハンガリー陸軍第1機甲師団の他,第2機甲師団,第1騎兵師団へ配備されるも,初期故障が充分克服されておらず,一旦生産された車両も,変速・操向機を始め多くの改修が必要であった.
 隊員の訓練不足,維持管理体制の不備もあり,初期の40Mトゥラーン中戦車の運用成績は相当悪かったようである.

 【参考ページ】
http://combat1.sakura.ne.jp/40M.htm
http://kleinpanzer.jimdo.com/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84-contents/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%BC%E8%BB%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7-hungaryan-afv/
http://blogs.yahoo.co.jp/kkpanzer/1797745.html

「トゥラーン」模型
http://blogs.yahoo.co.jp/kkpanzer/1797745.html

【ぐんじさんぎょう】,2016/04/10 20:00
を加筆改修

http://www.fortepan.hu/_photo/display/72132.jpg

http://static.keptelenseg.hu/p/545b230a9012fd0092f6890c90fce013.jpg

 T21らしいです
http://files.brannamoc1938garda.webnode.cz/200004025-91dbc92d57/ST%20vz.%2039%20g.JPG

 T21
http://files.brannamoc1938garda.webnode.cz/200004023-249cb2576c/ST%20vz.%2039%20d.JPG

http://files.brannamoc1938garda.webnode.cz/200004021-1186312809/ST%20vz.%2039%20b.JPG

ギシュクラ in mixi,2016年04月11日
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 「トゥラーン」II重戦車について3行以上で教えてください.

 【回答】
 41M「トゥラーン」IIは「トゥラーン」I中戦車の主砲を75mm砲に替えただけの,ハンガリー陸軍自称「重戦車」.

 ハンガリー陸軍では1941年5月から「トゥラーン」Iに75mm戦車砲を搭載することを企図.
 1942年1月,トゥラーン中戦車の試験車体としての役目を終えていたT-21中戦車の内の1両に,MÁVAG社が開発した25口径75mm戦車砲41Mを搭載した試作車を完成させた.
 主砲の換装にあたっては砲基部が変更された他,砲塔は若干大型化され,特に俯角をかけた時の砲尾のクリアランスのため,砲塔上面に車長用張り出しを前方に延長するような大きな張り出しが設けられた.
 副武装や装甲厚等は「トゥラーン」Iと同じ.
 エンジンも同じだったため,「トゥラーン」IIでは戦闘重量が19.2tに増えた分,路上最大速度は43km/hと低下した.
 1942年5月までに実用試験を経て制式採用.

 量産は1943年春に開始され,最初の4両が軍に引き渡されたのが同年の5月.
 1944年6月までトゥラーンI中戦車と並行して生産され,合計139両が完成したという.
 中期以降の生産車では,ドイツ軍戦車と同様のシュルツェン(5mm厚程度の着脱鋼板による中空装甲)を車体と砲塔の側面に取り付ける改良が施されている.
 戦場に遺棄されたトゥラーンIIの写真を見ると,装甲板に細かい穴を多数開けた網状のシュルツェンとなっている.

 トゥラーンIIの武装を撤去して,砲塔内に3種類の無線機を搭載した,指揮戦車型の43Mトゥラーン無線戦車(ベゼルトゥラーン)も製作された.
 このベゼルトゥラーンの砲塔前面には指揮戦車であることが分からないように,ダミー砲が取り付けられていた.

 ハンガリー陸軍第1,第2機甲師団や第1騎兵師団などに配備された他,突撃砲の代わりに突撃砲大隊にも配備された.
 ブダペシュト攻防戦では,包囲されたブダペシュト市内に取り残されたハンガリー第2戦車師団のトゥラーンIIが多数,ソ連軍に破壊・鹵獲されている.

 【参考ページ】
Tanks!>Hungary(アーカイブ)
http://combat1.sakura.ne.jp/40M.htm
http://military.sakura.ne.jp/army/hu_turan.htm
『バラトン湖の戦い』(大日本絵画,2000.4)

「トゥラーン」IIの有名な写真
こちらより引用)

【ぐんじさんぎょう】,2016/04/11 20:00
を加筆改修

https://s-media-cache-ak0.pinimg.com/736x/8c/70/12/8c70123774501217ed3824c0cc6b03e3.jpg

ギシュクラ in mixi,2016年04月11日
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 「トゥラーン」III重戦車について3行以上で教えてください.

 【回答】
 「トゥラーン」III(43Mトゥラーン)重戦車は,対戦車能力向上のため,長砲身の43M.L/55 75mm砲を搭載した型.
 砲塔は後部がさらにかさ上げされ,最大装甲厚も90mmもしくは95mmに強化された.
 この装甲厚増加は,従来の車体に追加装甲板をボルト留め.
 シュルツェンも標準装備され,可能であればエンジン性能も向上させる予定であった.

 1943年8月にトゥラーンIの車体を改造してモックアップ砲を搭載した試作車が,マンフレード・ヴァイス社で製作された.
 同年12月には搭載砲の実物が組み込まれることが予定されたが,結局1944年6月に至っても試作車は完成しなかった.
 時間と資源の不足.
 …まあ,大戦末期のハンガリーは,サーラシ傀儡政権の下,ドイツに資源を差し出すための道具でしかなかったので.

 結局,43MトゥラーンIII重戦車は量産には至らず(ガンズ社で6両が生産されたという説もあるが…),実戦には間に合わなかったが,44M「タス」重戦車開発への道を開くこととなった.

 【参考ページ】
http://www.geocities.jp/grypf276/unit/tank5.html
http://combat1.sakura.ne.jp/40M.htm
http://kleinpanzer.jimdo.com/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84-contents/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%BC%E8%BB%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7-hungaryan-afv/
http://ftr.wot-news.com/2014/06/04/hungarian-armor-part-7-turan-iii/

三面図
こちらより引用)

側面写真
(こちらより引用)

【ぐんじさんぎょう】,2016/04/12 20:00
を加筆改修

http://3.bp.blogspot.com/-Nst2zq3BbEc/VbtQQDTmJYI/AAAAAAAABCA/CsroA-BRRKQ/s1600/13468874785_eb9b4376e5_z.jpg

http://i.imgur.com/OblnUzp.jpg

https://pp.vk.me/c629325/v629325486/a72d/8owMRO9UdF4.jpg

ギシュクラ in mixi,2016年04月11日
青文字:加筆改修部分


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