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※ 原子力船「むつ」は民間船だが,便宜上こちらに収録.


(画像掲示板より引用)


 【link】

『開発記録 原子力船「むつ」』(井上啓次郎著,ラテイス,1986.3.15)


 【質問】
 「むつ」って何?

 【回答】
 「むつ」は日本がこれまでに建造した唯一の原子力船(2010年現在).
 熱出力約36MWの加圧水型軽水炉(PWR)を,主機関として搭載し,衝突、座礁などの影響から原子炉を防護するため、一般の船舶より強固な船体設計となっていた.
 船舶がその運航寿命中に遭遇するであろう、気象・海象条件(静穏海域、通常海域、荒海海域および高温海域)および操船・操機条件(ジグザグ走航、定常旋回、八角航走、主機タ−ビン応答測定など)と,原子炉系との相互関係を究明するための洋上測定実験を行なった後,2001年に解役が決定した.

 丁寧に言うと「おむつ」.

 【参考ページ】
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=07-04-01-02
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=07-04-03-01
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=07-04-02-02

atm101123mt.gif
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=07-04-01-02より引用

【ぐんじさんぎょう】,2010/11/28 20:40
を加筆改修


 【質問】
 なぜ「むつ」が建造されることになったのか?

 【回答】
 簡単に言えば,当時,原子力船の建造ブームが起きており,それに触発されて,ということだった模様.
 原子力船懇談会が設置された昭和33年(1958)の前後は,原子力を船舶の推進機関として利用すれば,
航続距離の飛躍的増大
大出力による高速化・搭載貨物量増大
潜水船実現
が可能になるだろうと考えられていた.
 そして,まず原子力砕氷船「レーニン」が,1959年にソ連で完成,アメリカの原子力貨物船「サバンナ」も,1956年に着工されて1962年に完成,同じく1962年に西ドイツで「オットー・ハーン」が着工,さらに英仏伊でも原子力船開発が進められていた.

 【参考ページ】
『原子力船「むつ」』(安藤良夫著,ERC出版,1996.8.2),p.20-22

【ぐんじさんぎょう】,2011/02/03 21:20
を加筆改修


 【質問】
 「むつ」の当初の建造方針は?

 【回答】
 原子力委員会原子力船専門部会が,1962年7月に出した最終答申によれば,
「所要資金も比較的少なくて済み,周囲の受け入れ態勢によってその活動を制限されることの少ない,非商業目的の実用船という観点から,総トン数6350t,主機出力10,000馬力,最大速力17.75ノットの,海洋観測および乗組員養成訓練の設備を備えるほか,若干の載貨能力と耐氷構造を有する原子力実験船」
 つまり,海洋観測船として建造されるはずだった.
 バウスラスタやヘリポート,減揺装置も設けられる予定だったという.
 しかし,ぶっちゃけ予算不足のため,5年後に基本計画が改定され,
「総トン数8000t,主機出力10,000馬力,最大速力16ノットとし,特殊貨物の輸送および乗組員の養成に活用できるもの」
と,方針が変更された.

>周囲の受け入れ態勢によってその活動を制限される
あたりが,仮に日本が原潜を建造した場合の,大きなネックとなりそう.
(たとえ原子力協定関連の制約を度外視したとしても)

 【参考ページ】
『原子力船「むつ」』(安藤良夫著,ERC出版,1996.8.2),p.24 & 58-60

【ぐんじさんぎょう】,2011/02/05 21:20
を加筆改修

▼ また,『開発記録 原子力船「むつ」』(井上啓次郎著,ラテイス,1986.3.15),p.3によれば,計画の推移は以下の通り.

船種・船型 搭載原子炉 計画の概要 計画終了後の
措置等
定係港
昭和38.10.11
括弧内は設計値
(全長125m,幅19m,深さ10m)

総トン数 約6000t
(6900t)

主機出力 約10,000馬力

(航海速力 約17.2ノット)

海洋観測および
乗員養成訓練に
利用できるもの.
加圧軽水冷却型
(熱出力36MW)
38年度開発開始

慣熟訓練約2年,
実験航海約2年を実施し,
46年度末までに終了.
実験航海終了後,
原子力第1船は
適当な機関に譲渡し,
事業団は解散する.
大湊港
昭和42.3.31
括弧内は設計値
(全長130m,幅19m,深さ13.2m)

総トン数 約8000t
(8350t)

主機出力 約10,000馬力

航海速力 約16ノット
(16.5ノット)

特殊貨物輸送および
乗員養成訓練に
利用できるもの.
同上 42年度開発開始

慣熟訓練約2年,
実験航海約2年.

陸上附帯施設建設に着手
実験航海終了後の
運航主体等
慎重に検討,
別途具体的に措置.
大湊港
昭和46.7.2 同上 同上 建造等は
47年末までに完成.

2年間の実験航海.

陸上附帯施設
整備を行う.
実験航海終了後,
点検・機械補修等
整備の実施,
運転手対等,
慎重に検討,
別途具体的に措置.
大湊港
昭和53.4.4 同上 同上 遮蔽改修・安全性
総点検を行い,
建造をできるだけ
早期に完了する.

陸上附帯施設
整備を行う.
同上 昭和49年10月の
4者協定により,
大湊港撤去を約束
昭和56.2.4 同上 同上 同上 実験航海終了後,
原子力第1船,
陸上附帯施設等の
取扱については,
別途具体的な
措置を検討.
関根浜新定係港の
立地調査から建設へ
昭和60.3.31 同上 同上 関根浜回航後,
所要の試験・点検を実施.

出力上昇試験
および海上運転試験による
性能確認後,
概ね1年を目途とする
実験航海を実施.
実験航海終了後,
直ちに関根浜新定係港に
おいて解役.
関根浜に原子力船
「むつ」の新定係港を
早急に建設.


 【質問】
 「むつ」に搭載された原子炉は,どのようなものか?

 【回答】
 原子炉格納容器は内径約10.0m,高さ約10.6の略球形に近い狭い円柱型の中に,炉容器(高さ5.485m,内径1.752m,最大厚さ9.8cm),蒸気発生器(高さ5.336,内径1.364m)2基,加圧器(高さ3.27m,内径1.092m),一次冷却材ポンプ2基,一次遮蔽体等をコンパクトに配置.
 また,船体沈没時において海水との置換による反応度事故を防止するため,制御棒のみで原子炉の反応度制御を行う(発電炉PWRのようにボロン水を用いるケミカル・シム反応度制御は用いてない)ようになっていました.
 二次冷却(蒸気タービン)設備では,蒸気発生器二次側で発生した蒸気(250℃,40kg/cm**2)あるいは補助ボイラーで発生した蒸気を主機(推進用)タービン,主発電気タービン,主給水タービン等に配送し働いたのち,復水器(主機タービン/主復水器,主発電機タービン/補助復水器)で液体に戻され,デアレーターを経て主給水ポンプで送水され,高圧給水加熱器で暖められて(150℃)蒸気発生器へ戻されるようになっていました.

 【参考ページ】
http://www.rist.or.jp/atomica/07/07040102_1.html(原子炉容器図も)
http://www.jaea.go.jp/04/aomori/nuclear-power-ship/index.html(むつ配置図も)
http://homepage2.nifty.com/EdenRainier/memo/hansen1/09.htm
http://www.jaea.go.jp/04/aomori/nuclear-power-ship/technical.html
http://1207aoimori.blog7.fc2.com/blog-entry-475.html

atm11.jpg
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atm11b.gif


 【質問】
 「むつ」の原子炉として軽水炉が選択されたのは何故か?

 【回答】
 海難事故の際の安全性を考えると,液体ナトリウム冷却は不適切とされた.
 また,炭酸ガスやヘリウム・ガスでは原子炉容積が大きくなるため,選択肢から外された.
 さらに,重水は軽水に比べて高価であるため,軽水炉が選ばれた.

 【参考ページ】
『原子力船「むつ」』(安藤良夫著,ERC出版,1996.8.2),p.29

【ぐんじさんぎょう】,2011/02/06 21:20
を加筆改修


 【質問】
 「むつ」の原子炉に沸騰水型ではなく,加圧水型が選ばれた理由は?

 【回答】
 沸騰水型に比べ,(1)小型であること,(2)軽量であること,(3)動揺などに対して優れた性能を持つため,「サバンナ」「オットー・ハーン」「レーニン」同様,加圧水型が選ばれた.
 沸騰水型では,炉心で沸騰が起こるため,燃料集合体上部のほうは,水に比べて熱除去の能力に劣る蒸気で冷却することになる.
 船舶では動揺により,水で冷却される部分と,蒸気で冷却される部分とが,常に変動することになるため,原子炉出力制御が困難になると共に,燃料の設計にも留意する必要が出てくるという.

 ただし,どのように燃料設計を留意したかの具体は,下記参考文献では述べられてはいない.

 【参考ページ】
『原子力船「むつ」』(安藤良夫著,ERC出版,1996.8.2),p.28-29

【ぐんじさんぎょう】,2011/02/08 21:10
を加筆改修

> 原子炉出力制御が困難になると共に,燃料の設計にも留意する必要が出てくる

 舶用炉の場合,動揺程度で原子炉出力制御が困難となるようなヤワなレベルでは,まともな運行など出来ずないわけで.当然のことながら,それに対する対処は「余裕」という形で確保しています.
 まあ,原潜の場合は,傾斜角が更にきつくなるために難しい,というのはある意味真実ですが,海上での絶え間ない動揺と,海中での安定した傾斜とどちらが厳しいかは,ケースバイケースということで.

 なお,舶用PWRの場合,
「水で冷却される部分と,蒸気で冷却される部分とが,常に変動することになる」
と言う点は,原子炉外の蒸気発生器周りで問題となります.
 まあ,直接お釜(原子炉容器・原子炉圧力容器)の中で起こるよりはマシだ,という考え方も否定しません.
 しかし,蒸気発生器を通じた熱輸送によって冷却される一次冷却材の温度が,動揺により変動するような場合,それは原子炉出力(正確には原子炉内での核分裂反応)にもろに影響するため,PWRであっても船舶の動揺による原子炉出力の変動は起こりうる物
(実際にはそれでも安定運行が可能であることが必須であり,「むつ」でもそれを実証するために,わざわざ大荒れの海面を選んで航海試験を実施しています.)
として考慮する必要があります.

 よって,実際的には

1.そもそも燃料集合体を動揺に強い頑丈な物にする.
2.燃料集合体を原子炉内で固定する部分を強くする等して,がちゃがちゃ揺れないようにする.
(バネで押さえつけているようなイメージです)

という機械的な面の他に

3.元々舶用PWRでは,煩雑な原子炉出力の変動要求に耐えうる『頑丈』な設計が求められるが,これには船体の動揺による,原子炉出力への影響も含める必要がある.

という,原子力(原子炉周り)特有の面があります.
 そのため,むつでの燃料設計でもそれらが考慮されています.
 特徴的な面で言えば,当時,既に燃料被覆管の新材料としてジルカロイ合金が実用化されていたにもかかわらず,中性子の損失などのデメリットを承知の上で,強度その他の面で当時,保守的な判断と言えたステンレス系材料を燃料被覆管に用いるなどの配慮が為されています.

(ただし,燃料被覆管にステンレス系材料を用いるのが,現在の技術水準でも適切なのかどうかは,一長一短があり複雑に過ぎるため,とりあえずコメントを控えたいと考えます.)

 以上,ご参考まで.

へぼ担当 in mixi,2011年01月29日 02:22


 【質問】
 「むつ」運航で得られたデータは,どのようなものなのか?

 【回答】
 たとえば,
・主機出力を変化させたときの原子炉の挙動
・操舵時の原子炉の挙動
・海水温度が高いときの原子炉プラントへの影響
・波浪による揺れ,傾斜,負荷変動による影響
などが測定されました.
 その実験概要については,
http://www.jaea.go.jp/04/aomori/nuclear-power-ship/operation.html
の図のなかの一つに纏められています.

【ぐんじさんぎょう】,2009/4/1 22:00
に加筆


 【質問】
 原子力船「むつ」の経験は現在,どのように生かされているのか?

 【回答】
http://www.jaea.go.jp/04/aomori/nuclear-power-ship/result.html
によれば,
・衝突,座礁等から原子炉を保護する船体構造等の船体設計技術
・舶用炉設計・建造・運転技術
・原子力船建造・運航技術
に生かされているとのこと.
 詳しくは同ページを参照されたし.

【ぐんじさんぎょう】,2009/4/2 23:00
に加筆

他に,原子力アレルギーによるマスヒステリーに対応するノウハウも,身につけたと思われる
(反対派漁民に海上包囲される「むつ」)


 【質問】
 「むつ」の定係港の移り変わりを教えてください.

 【回答】
 米国の「サバンナ」(ガルベストン港),西ドイツの「オットー・ハーン」(ハンブルク港)などの場合と異なり,「むつ」の場合は,その定係港建設に際し,地元との合意形成に多くの時間を費やすことになった.
 当初,横浜港が構想されていたが,横浜市長はこれを辞退.
 次いで大湊港が選ばれて,付帯陸上施設が1972.9.2に完成.
 ところが「むつ」が放射線漏れを起こしたことで,地元の拒否反応が高まり,1974.10.14,「2年半以内の母港撤去」が決定.
 新定係港選定は難航し,候補とされた長崎県美津島町は1975年,長崎県知事がこれを拒否.
 大湊港には再母港化の要請も行われたが,1981年,地元はこれを拒否.
 ようやく1983.6.12,漁業組合との話し合いがまとまって,むつ市関根浜港の建設計画が着手.
 1988.1.27,「むつ」は同港に入港した.

 【参考ページ】
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=07-04-01-01
むつ (原子力船) - Wikipedia
『開発記録 原子力船「むつ」』(井上啓次郎著,ラテイス,1986.3.15),p.6-7

【ぐんじさんぎょう】,2011/06/14 20:30
を加筆改修


 【質問】
 原子力船「むつ」の事故原因は?

 【回答】
 柴田俊一等によれば,以下の4つ.

1) 外国の経験者から,放射線漏れの可能性の指摘があったが,それを無視した.
 米国ウエスチングハウス社に確認してもらい,「ストリーミング」の可能性を指摘されていたが,なんら反映されなかった.

2) 原子力を用いての放射線漏れの「遮蔽」実験をしたが,その結果を無視した.
2) 原子炉を用いての放射線漏れの「遮蔽」実験をしたが,その結果を無視した.
 因みに,主にこの実験に用いるために建造されたのが,現JAEAのJRR-4(茨城県東海村)である.

3) 警報発生の前の低出力運転時に,明らかな放射線漏れの兆候が記録計に出たが,これを無視して出力を上げ,警報発生となった.
 具体的には,青森県尻屋岬東方800kmの試験海域での出力実験で,原子炉の出力を約1.4%まで上げた時,主として高速中性子が遮蔽体の間隙を伝わって漏れ出る「ストリーミング」と呼ばれる現象によって,放射線漏れとなった.

4) そういう場合は悪びれないで(大抵の炉で起こるのだ)補修をするのが定石なのに,経験と実力の不足により,うろたえて大騒ぎにした.
 当時,日本には遮蔽設計の実例が少なく,経験が重要なこの分野における,本来の遮蔽設計専門家がほとんど育っていなかった.
 設計にあたって,計算にのり難い,複雑な形状の遮蔽材の遮蔽能力についての判断力が足りなかった.

 加えて,
http://shippai.jst.go.jp/fkd/Detail?fn=0&id=CA0000615
によれば,
5) 船体と原子炉が分割発注されたことで,遮蔽設計への取り組みが甘く,総合的な遮蔽効果確認がおろそかになっていた可能性が考えられる.
という.

 なお,この事故をマスコミが「放射能漏れ」と報道したため,ホタテ貝への汚染の影響など「放射能漏れを引き起こした原子力船」のイメージを植え付けてしまい,住民の反対運動も激しくなり,新定係港の決定の遅れなどで,開発プロジェクトが大幅に遅れてしまったという.

 【参考ページ】
『原子炉お節介学入門』下巻(柴田俊一著,一宮事務所,2000.11.30),p.169
http://shippai.jst.go.jp/fkd/Detail?fn=0&id=CA0000615
http://showa.mainichi.jp/comeback/2009/06/post-6cd0.html
http://speech.comet.mepage.jp/news01/mint_245.htm

※ なお,上掲書ではこの事故に関し,「放射能漏れ」と記述されているが,引用に当たって「放射線漏れ」と修正した.

【ぐんじさんぎょう】,2010/10/18 21:20
を加筆改修

 内容確認しました.コメント以下2点です.

1.「2) 原子力を用いての放射線漏れの「遮蔽」実験をしたが」
 ×「原子力」→○「原子炉」への修正が必要.
 因みに,主にこの実験に用いるために建造されたのが,現JAEAのJRR-4(茨城県東海村)である.

2.「5) 船体と原子炉が分割発注されたことで,遮蔽設計への取り組みが甘く,総合的な遮蔽効果確認がおろそかになっていた可能性が考えられる.」
と指摘されているが,これには原子力関係者としてはかなりの違和感がある.
 なお,私個人はこれには賛同できず,以下の第三者意見を付記すべきと考える.

 「むつ」については船体を石川島播磨工業(株),原子炉を三菱原子力工業(株)に分割発注とされているのは公知の事実であるが,原子炉遮蔽設備の設計は,通常では主に原子炉メーカーの責任範疇である.

 実際,「むつ」の場合ではどうなっていたのか,二次文献を併せて精査する必要があるが,
「この設計を米国ウエスチングハウス社に確認してもらい」
とあるように,状況的には当時ウエスチングハウス社からの技術導入を図っていた,三菱(三菱重工及び三菱原子力工業)側の責任分担であることはほぼ確実と言えよう.
 なお,石川島播磨工業(現IHI)は確かに原子炉格納容器を作成しているが,これは東芝受注のBWR向けであり,PWRについては近年のWH東芝買収により,AP1000向けの製作が初めてのはずである.
(要文献調査だが,「PWR向けについては実績皆無」のはず)

 なお,先に挙げられた,
JST失敗知識データベース > 失敗事例 > 原子力船むつ放射線漏れ
http://shippai.jst.go.jp/fkd/Detail?fn=0&id=CA0000615
では,以下の記載がある.

----
  原子炉遮蔽設備の改修内容は以下のとおり(図2).
1.上部1次遮蔽体を中性子の吸収の良い蛇紋岩コンクリートに変更する.
2.二次遮蔽体の鉛とポリエチレンを重コンクリートに変更する.
3.圧力容器フランジ部に中性子吸収の良いクリソタイル保温材を設ける.
4.圧力容器蓋部に中性子の吸収の良い水素化ジルコニウムを設ける.
5.格納容器外の二重底上下部にポリエチレンの遮蔽体を新設する.
6.格納容器下部に蛇紋コンクリートとシリコンを用いた遮蔽体を新設する.
----

 上記,3,4は原子炉容器(PWR名称・原子炉圧力容器はBWR向けの用語である)そのものへの対策であり,これについては原子炉本体メーカーの三菱側管轄であることは,疑問の余地がない.

 また,1,2.で触れられている「遮蔽体」についても,通常は原子炉メーカーの設計によることが多く,船体側の事情ではまずあり得ない.
 ただし陸上用のものについては,「コンクリート」を扱うことから,建設会社(ゼネコン)施工(設計含むこともあり得る)の可能性を指摘すべきである.
<プライムが原子炉メーカー,施工がゼネコンとのパターンが最も高い.

 なお,意外かも知れないが,放射線の遮蔽技術については,ゼネコンの技術蓄積もかなり高いレベルにある.
 これは先にも挙げたとおり,遮蔽体は殆どの場合コンクリート構造物であると同時に,陸上用原子炉においては建物の構造材を兼ねることが極めて多いため,当然の技術発展と言える.

 残るは5,6であるが,これは本来,原子炉格納容器内部にて対応すべきところを,合理的に行うだけの余裕がないために,原子炉格納容器外でも行ったわけであり,本質的には原子炉格納容器の設計・製作会社の責任と言える.
 これは上記の通り,三菱側の責任範疇である可能性の方が遙かに高いだろう.

 以上より,上記データベースの指摘である
「5) 船体と原子炉が分割発注されたことで,遮蔽設計への取り組みが甘く,総合的な遮蔽効果確認がおろそかになっていた可能性」
は,その可能性を完全に否定するものではないが,かなりの確率で失当の可能性の方が高い.

 もちろん,ベターメントとしては,現IHIの関与・協力が有れば,失敗を防ぐためのバリアが一つ増えることにより,その失敗を未然に防ぐことが出来た可能性までは否定しない.
 しかし当時のIHIの能力では,遮蔽技術まで求めるのは酷であり,現段階においてもIHIがそれを主体的に発揮するのを求めるのは,技術的能力ではなく,作業分担範囲としても現実的ではない
(基本的には東芝・WHの能力の問題であり,IHIはそれで求められる仕様に基づき,確実な原子炉格納容器を建造することが求められる.)
と,私個人は愚考するところである.

 以上,意見付与した上で,それ以外については特に異存有りません.
 よろしくご査収の程,お願いします.

へぼ担当 in mixi,2010年10月13日 20:18

▼ ちなみに事故後の対応に対し,柴田は以下のように述べている.

――――――
 原子力船「むつ」の放射線漏れのときだけは,報告書の起草委員長を務めたので,内容に立ち入ることができた.

 そのときの報道関係,評論家の人たちの意見は,
「責任体制が明確でない」
という点に重点があった.
 筆者は強硬にこれに反対した.
 責任を負える資格のある者に責任をとらせるのは効果があるが,我が国の現状は,そういう資格のある人は少ない.
 勉強はできても実際の経験がない.
 安全審査はその意味で,責任をとらせることはできない.

 これから当分は審査でなく,協議,相談,助言という形で,設置者側と,情報の集まりやすい政府側とが計画,設計を纏めていくようにすべきである,と強く主張した.
 報道関係を含めて,この考えに賛成の空気になりかけたが,政府側の出席者から
「それでは今までの安全審査は間違いであった,ということになるのでカンベンしてほしい」
と発言があった.
 結局,報告書にはこの考えは入らないことになった.

 ところが政府側で懇談会,検討会的なものが設けられ,事情を知らない人たちに受けやすい責任論が,頭をもたげてきて,
「本当に責任をとってもらうようにすればいいでしょう」
と説得された.
 そうして安全委員会,安全局が誕生したはずだが,責任はどこへ行ったか.

――――――『新原子炉お節介学入門』(柴田俊一著,一宮事務所,2005.3.25),p.179

 非常に気になる話である.▲

▼ うーん.
 法律論になってしまいますが,現在の法律上では「むつ」のような原子力船に対する設置許可を出すのは国土交通大臣が,発電用原子炉(所謂商用炉)では経済産業大臣が出すことになっています.
 そのため,設置許可を出した人間.すなわち最終責任者は各々の行政省の大臣となるわけであり,原理的には大臣の(政治)責任というわけです.
 一方で
「安全審査にあたった人間の責任を取らせて何になるのだ?」
というのが個人的な印象.
 政治的な意味合いで,原子力安全委員会や原子力委員会の委員長,原子力安全・保安院のトップが責任を取るのはありなのでしょう.
 しかし,航空機事故(特に管制ミスなど)で良く言われるように,
「当該事象の形式上の責任ばかり追及して,その結果,何故そうなったのか,今後再発を防ぐためにはどうしたらよいのか,刑事裁判等を理由に究明できなくなることが,果たして良いことなのだろうか?」
という考え方も成立するわけで.
 私個人は任命されていませんが,事業者側の責任者となる社長や所長などの経営層の他に,保安の監督を行うために選任される原子炉主任技術者の資格を持っています.
 まあ,過去のJCO裁判などでも,当然のように刑事責任を問われるのでしょうし,その覚悟は既に済ませていますが,そのような不幸な事故がないのが一番なのは言うまでもないかと.

へぼ担当 in mixi,2010年12月27日 01:05

▼ なお,
『原子力と報道』(中村政雄著,中央公論新社,2004.11),p.77-78
によれば,もれた放射線量は極めて微量だったにも関わらず,マスメディアの誇大報道によって大騒ぎになったという.
 以下引用.

---------------------------------
 漏れた放射線量は,腕時計の文字盤に塗った夜光塗料から出る放射線くらいの微弱なものだった.
 炉はすぐに止めたから,乗船していた人にも周辺海域にも,全く害はない.

 それが大ニュースになったのは,この放射線を遮蔽して,硼素入りのおむすびを炉壁に貼り付けたからである.
 硼素は中性子を吸収する.
 おむすびに含まれる水分もそうだ.
 着想としてはいいが,当時最先端のハイテク・原子炉とおむすびの取り合わせが傑作だったので,乗船していた新聞記者の好餌となった.

 初めての実験だから,放射線が漏れることがありえると,あらかじめ記者たちに説明しておけばいいのに,しなかった.
 漏れる事を予想しなかったのだろう.
---------------------------------p.78
---------------------------------
 9月3日付・朝日新聞朝刊は,「『むつ』阻止へ結束拍車」の凸版横見出しで,トップニュースだ.
「一番の心配事が…/ホタテ暴落へ強い不安/安全への疑念裏書き/野党いっせいに政府責任追及」などの見出しが並んでいる.
---------------------------------p.77-78
---------------------------------
 原子力船「むつ」が母港に回航された時,漁民は賛成だったが,母港で艤装が終わって原子力船が完成した頃は,陸奥湾でのホタテ養殖が軌道に乗り,漁民は反対に変わっていた.
 万一事故でもあれば,ホタテが売れなくなることを恐れたのである.
 陸奥湾で働く大小の漁船3百数十隻が,洋上にピケを張り,「むつ」の出港を阻止していた.
 その反対を押し切って,青森県知事が漁民を説得するから出港を1週間待って欲しいという提案も無視して,森山欽司・科学技術庁長官が強行出港させたという背景があった.

 こうして,ささいなことが大ニュースになった.
---------------------------------p.78-79

 これが本当だとするなら,これは「事故」と呼んでいいのかも疑問に思えてくる.

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 【質問】
 原子力船「むつ」廃船論には,どんなものがあったのか?

 【回答】
 廃船論は主に,昭和57年に「むつ」が修理を終えた頃から出てきたもので,以下が主な論点だった.
a) 原子力商船には,実用化の見込みがない.
b) 「むつ」開発経費が膨大である.
c) 「むつ」の原子炉は旧式で老朽化している.
d) 原子力船技術は,必要なときに外国から導入すればいい.
f) 「むつ」の運航データなど,陸上の動揺台で取得すれば済む.
g) 「むつ」は今まで多額の地元対策費を払っており,これは悪弊となっている.
h) 「むつ」の原子炉は小出力で動かしただけであり,今なら炉内の放射能も僅かであるので,直ちに廃船するほうが有利である

 こうした論点の多くは,原発廃止論でもたびたび繰り返されるところ.

 【参考ページ】
『開発記録 原子力船「むつ」』(井上啓次郎著,ラテイス,1986.3.15),p.8-10

【ぐんじさんぎょう】,2011/06/17 20:50
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