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第二次大戦中の中小国の軍隊,兵器を語るスレ

青文字:加筆改修部分
 ただし,「である」「です」調の統一のため等の補正を除く.

※既に分類され,移動された項目を除く.

※レス回収基準は「v.e.r. = 5」

※既出Q&Aの関連記述は,「追記」で処理.

※編集に手間取りそうなもの,または,調査が必要なもの等は,<保留>として後日回し.

目次


** 【質問】
 【回答】

12 : 名無し三等兵[age] 投稿日:2008/01/13(日) 05:19:47 ID:???
>>4 >>7
眠い人による中南米諸国の旗色.

一応の参戦国
ブラジル(北アフリカ,イタリア戦線),メキシコ(1945対日戦に一応部隊派遣)

早期に形式参戦
キューバ,ペルー,グアテマラ,ホンジュラス,サルバドル,ニカラグア,コスタリカ,パナマ,ボリビア

末期に形式参戦.基本は中立.
アルゼンチン,チリ,エクアドル,パラグアイ,コロンビア,ヴェネズエラ,ウルグアイ
ただし,エクアドルはペルーへ侵攻w

>>1に追加.微妙に関連.
【近代兵器の】スペイン内戦を語ろう!【実験場】
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/army/1153752968/

16 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/01/13(日) 14:59:27 ID:???
>>12
エクアドルカコイイ

17 : ウーゴ ◆eaYqa3SeLE : 投稿日:2008/01/13(日) 18:00:27 ID:???
>>12>>16
エクアドルがペルーに,というよりは,戦争の経過からすると
ペルーがエクアドルに侵攻したっていった方がより正確です.
まあ当事国側はどっちも相手が先に侵略したから反撃しただけだって言ってますが,
戦場となったのはほとんどエクアドルで,ペルーとしては前から欲しかった部分をWW2でアメリカが大西洋を
向いてる内に掠め取ってやれぐらいの考えがあり,
事実,西の海岸部やアンデス南部が占領されてどうにもならなくなったエクアドルは降伏し,
ペルーはエクアドル領だとみなされていたアマゾン流域(オリエンテ)の25万平方kmを併合しました.

軍事的には空軍も海軍もないようなエクアドルに対して
ペルー海軍(巡洋艦,潜水艦,駆逐艦)が出撃し,ペルー空軍の作戦機も25機程出撃してます.
この戦争でペルーが西半球最初のエアボーン作戦をやったとかって話もあります.

ペルーは似たようなやり方でコ1932年にもコロンビアの最南部の町レティシアへも侵攻してますが,
こちらはコロンビア軍の反撃と大統領サンチェス・セロがアプラ党員に暗殺されたことにより失敗しました.

軍事板,2008/01/13(日)
青文字:加筆改修部分


** 【質問】
 【回答】

24 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/01/19(土) 23:40:26 ID:???
マイナーどころでWWT後,独立した西ウクライナ人民共和国(ZUNR)[首都リウ゛ィウ]の軍
ウクライナ・カ゛リツィア軍(Ukrainska Halytska Armiia=UHA)の編成
●第1軍団(第5<Sokal>旅団、第6<Rava-Ruska>旅団、第9<Uhniv→Belz>旅団、第10<Y
aniv>旅団)
●第2軍団(第1ウクライナ狙撃兵旅団、第2<Kolomyia>旅団、第3<Berezhany>旅団、第4<Z
olochiv>旅団)
●第3軍団(第7<Lviv>旅団、第8<Sambir>旅団、第11<Stryi>旅団、第12旅団、第1山岳
旅団)

○旅団の編成
・2〜5個[歩兵]大隊(4個小銃中隊、1個機関銃中隊)
・1個砲兵連隊<実質大隊>(3〜5個大隊<実質中隊>、各大隊火砲4〜6門)
・1個騎兵分遣隊(40〜50名)、1個工兵隊、1個後方支援隊
○火砲装備
旧オーストリア・ハンカ゛リー帝国軍装備品を主に流用
・野砲-75mm,78mm,105mm
・榴弾砲-100mm,122mm
・重砲-155mm→重砲大隊(2門)装備
○UHAはカ゛リツィア、ウ゛ォルイニで侵略してきた新生ホ°ーラント゛軍と死闘を展開するが、同盟
していたテ゛ニキン将軍の白軍の衰退、発疹チフスの流行、フランス軍の積極的ホ°ーラント゛支援に
より瓦解する

26 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/01/20(日) 00:24:05 ID:???
ホ°ーラント゛による過酷な対少数民族政策に反発したウクライナ人やZUNRの生き残りやZUN
Rの東、キエフ中心に短期間独立していた反ソヒ゛エトの独立政権Ukrainska Tsentralna
Rada(ウクライナ中央ラータ゛)の生き残りがト゛イツに亡命政権を樹立した→Organization o
f Ukrainian Nationalists (OUN)
やがてト゛イツにナチス政権が樹立され対ソ戦が開始されるとト゛イツに組織された各種ウク
ライナ人部隊とは別にナチスの認可を得ずOUNのステファン・ハ゛ンテ゛ラ(後にナチスが戦争末期まで
拘束)が独自の軍事組織Sich-Ukrainska Povstanska Armiya(UPA)を組織し、フ°リヒ°
ャチ沼沢地でソヒ゛エト・ハ°ルチサ゛ンとの戦いを開始した
やがてナチスのカ゛ウスライター、コッホの抑圧的民政が開始されるとト゛イツにも銃を向け、仇敵
ホ°ーラント゛のAK(国内軍)とも戦った
○当初のUPAの編成
“北部”部隊(キエフ)、“中部”部隊(ハリコフ)、“南部”部隊(オテ゛ッサ)、総兵力は4000名○戦争後期のUPA
ト゛イツ軍の将軍の中にはUPAに同情的な者も少なくなく、暗黙の支援を行った
やがて第14SS師団残部やウクライナ人シューマ(警察補助部隊)を収容し総兵力は20000〜3
0000に増強された
“北部”地区(ウ゛ォルイニ、シ゛トミール、キエフ)、“中部”地区(カ゛リツィア)、“南部”地区(ウ゛ィニツィ
ア、クレメンチューク)
行動は最大で大隊規模、通常は中隊毎に行動した

27 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/01/20(日) 00:58:58 ID:???
UPA最大の戦果はソヒ゛エト軍の方面軍司令官ウ゛ァツーチン将軍を狙撃、重傷を負わせた(搬
送直後死亡)[後任はト゛イツ軍にとってはあまり好ましくないシ゛ューコフ将軍だが]
UPAは戦争終了後も抵抗を継続,ウクライナだけでなく、ハ゛ルト沿岸諸国も英情報部SIS、
スウェーテ゛ン情報部、ケ゛ーレン機関(後の独情報部BND)の支援を受け、抵抗継続
ラトヒ゛アに15000、エストニアに10000のケ゛リラが旧武装SS隊員を中心に存在したが、ソ連軍の
反撃は凄まじく両国の抵抗は1949年ごろ潰えた
リトアニア、ウクライナの抵抗は継続されたが、CIAがUPAにナチス(武装SS)が支援していたこ
ともあり支援に本腰を入れなかった
やがて1947〜48年シ゛ューコフ元帥自ら指揮を取ったソ連、ホ°ーラント゛両軍による大規模な
掃討作戦を展開、一時活動は下火になるが、やがて復活
しかし両国の抵抗運動に致命的打撃を与える事件が起きる
英情報部のソ連側逆スハ°イ、キム・フィルヒ゛ーが両国抵抗運動の詳細をソ連側に流したため
根こそぎ掃討され、最終的抵抗はフェルト゛チューク将軍指揮下のMVD(内務省)治安部隊
に1954年に鎮圧された(フェルト゛チューク将軍は後アント゛ホ°フ政権時内相)
OUN・UPAの指導者ステファン・ハ゛ンテ゛ラは西独亡命後、KGBにより青酸入りカフ°セルの特殊銃
で暗殺された

31 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/01/20(日) 13:11:15 ID:???
ちなみにウクライナのペトリュラ亡命政権は指導者ペトリュラの死後,
バンデラ派とメルニク派に分裂しての内紛にも余念がなかった.

32 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/01/20(日) 13:11:46 ID:???
ステパン・バンデーラは捕獲したT35重戦車に乗って
あちこち回っていたそうな.
モデルグラフィックス誌に出ていたね.

軍事板,2008/01/19(土)
青文字:加筆改修部分


** 【質問】
 【回答】

37 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/01/21(月) 06:32:44 ID:???
古いのは英国製が多くて,新型兵器は日本製が多い.
前者は防護巡洋艦とか,ビッカースの6トン戦車.
後者は装甲海防艦トンブリやら,装甲が割れたという九五式軽戦車,九七戦とか九七軽爆など.
それ以外では水雷艇はイタリア製で,戦闘機は中小国空軍御用達の米カーチス・ホークを買っておるの.

41 : 名無し三等兵[] 投稿日:2008/01/21(月) 23:29:35 ID:TXjIv536 [1/1回]
>>37
英製防護巡の情報もうちょっとある?
どれ位のか知りたい.

45 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/01/22(火) 00:39:57 ID:???
>>41
37じゃないがこれのことだと思う
マハ・チャクルクリ排水量2500t,12p砲4門,5.7cm砲16門,機銃6門
速力15ノット1902年進水,1917年ごろ廃艦,二檣二本煙突で帆走も可

46 : 名無し三等兵[] 投稿日:2008/01/22(火) 00:49:34 ID:hAOyzxFO [1/1回]
>>41
ラトナコシント゛ラとスコタ゛ヤの事言ってるのか?


47 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/01/22(火) 00:52:00 ID:???
>>41
防護巡洋艦「マハ・チャルクリMaha Chakrkri」(1893〜1917)
排水量2500トン,15ノット,武装4.7インチ砲×4,6ポンド砲×10
http://www.hazegray.org/mysteries/oldmyst/pic106.jpg
一応甲板装甲2インチの防護巡洋艦だけど,実質は王室ヨットみたいなもの.
ローマ字表記はちょっと違和感があるけど,多くの英語資料にはこの綴りで出てくる.
本当は「マハ・チャクリMaha Chakri」と命名したかったのを,
建造時か資料化したときかどっちかで,英国人が間違えたんじゃないか?
その証拠に,解体後に搭載機関流用した純粋な王室ヨット「マハ・チャクリ」が建造されてる.
タイ語の資料で確認すればいいんだろうけど,私は読めない.
なお,一部資料で,この同名ヨットの存在を誤解して長く健在みたいに書いてるので注意.

ほかにイギリス系だと,装甲砲艦が2隻造られてる.トンブリの同類.
中古で買ったのがWW1時のR級駆逐艦と掃海スループが1隻ずつ.
どっちも1950年代後半まで在籍して,駆逐艦のほうはいまでも船体は残ってるはず.

軍事板,2008/01/22(火)
青文字:加筆改修部分


** 【質問】
 【回答】

38 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/01/21(月) 09:47:43 ID:???
ww2当時のタイの装備

航空機

カーチス・ホークII(複葉固定脚)
カーチス・ホークIII(複葉引込脚)
カーチス・ホーク75N(P-36の輸出型,単葉固定脚)
マーチン138W(B-10の輸出型)
ヴォート・コルセア(複葉の2代目,ちなみに逆ガルのヤツは3代目)
97軽爆
97重爆
97戦
99高錬
1式戦「隼」
95水偵
零式3座水偵

AFV

ヴィッカース6t(通常のE型とF型車体のE後期型)
ヴィッカース6tベースの40mmポンポン砲搭載自走砲
モーリス・ヴィッカース装甲車
95式軽戦車

など.

39 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/01/21(月) 13:25:25 ID:???
資料によっちゃ,艦載用に96式小型水偵を持ってたという話もある.

軍事板,2008/01/21(月)
青文字:加筆改修部分


** 【質問】
 【回答】

50 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/01/22(火) 04:21:45 ID:???
各国主力ライフル
連合国
ポーランド:カラビネクwz.1898(モーゼルkar98)
ノルウェー:クラッグ・ヨルゲンセンM1894
デンマーク:クラッグ・ヨルゲンセンM1889
オランダ:マンリッヒャーM1895
ベルギー:モーゼルM1935
ギリシャ:マンリッヒャー・ショーナウアーM1903
ユーゴ:?
中国:?


51 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/01/22(火) 04:23:28 ID:???
枢軸国
ハンガリー:マンリッヒャーM31/35
ルーマニア:モーゼルM1924
スロバキア:プスカVz.24(モーゼルkar98)
フィンランド:モシン・ナガンM1928
ブルガリア:?

軍事板,2008/01/22(火)
青文字:加筆改修部分


** 【質問】
 【回答】

52 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/01/22(火) 05:44:23 ID:???
中国は,モーゼルKar98のライセンス型とか,日本の三八式じゃないだろうか.
大戦中には米式装備が増えたんだろうけど.

タイは,主力かどうかは別にして三八式の口径拡大型を使ったと聞く.

53 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/01/22(火) 13:03:57 ID:???
中国軍の小銃の口径はかなりの種類があったが中心となったのは
6.5mmと7.92mmの2種類が中心であった.6.5mmは主に三十式と三
八式であり,三八式は山西省で生産が行われた.

主力となったのはドイツに由来するマウザー系の小銃であり,ドイツか
らの輸入と共に,漢陽や広東,東北でのライセンス生産も行われる.

中国で生産されたのはM1888,M1904(6.8mm口径に変更したもの)
M1903(6.5mm口径),元年式歩槍(6.8mm.のち7.92mmに変更し元年
式7.92毫米歩槍と改称),M1898,チェコ式7.92mm小銃(張作霖政権
で生産,13年式7.9毫米歩槍と称する)等がある.

このほか内戦期には各国の小銃が中国に輸入される.

1934年,一応の再統一を果たした南京政府はマウザーM1924を軍の
主力小銃とすることを決定する.これは蒋介石の字をとって「中正式
歩槍」と命名され,各地でのライセンス生産も行われ国府軍の主力
小銃となる.

上記に加えて二次対戦開始後には米軍装備も次第に増えていくこと
になる.

軍事板,2008/01/22(火)
青文字:加筆改修部分


** 【質問】
 【回答】

65 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/02/25(月) 23:01:17 ID:???
転載
ブルガリアにナチス独軍戦車の「墓場」=マニア向け盗難が横行

【ウォデン(ブルガリア)AFP=時事】ブルガリア南東部の対トルコ国境近くに,
第二次大戦時のドイツ軍戦車などが地面に半ば埋まったまま残る「墓場」がある.
冷戦時代にブルガリアの共産主義政権が,
北大西洋条約機構(NATO)軍の侵攻に備えて「防衛線」を示すために埋めたもので,
忘れ去られた存在になっていた.しかし近年,マニアなどに売るため戦車の一部を持ち去る行為が横行.
そこでブルガリア軍はこのほど,埋もれた戦車の回収作戦に乗り出した.
≪写真はブルガリア南東部の対トルコ国境近くで地面に半分埋まったまま残るパンツァーW戦車≫
 首都ソフィアの軍事博物館によると,ブルガリアは第二次大戦中,
ナチスドイツからパンツァーW戦車97台,突撃砲と駆逐戦車計約100台を受け取っており,
埋められたのはこれらの一部.また,のちにソ連製T34戦車も埋められたという.
しかし,NATOに対抗していたワルシャワ条約機構が1991年に解体すると,
これらは忘れ去られた存在となった.
 だが,戦車備え付けの銃やハッチ,さらには砲塔を持ち去り,スクラップとして売る者たちが現れた.
2007年には「レアもの」とされる駆逐戦車1台が姿を消す事件があり,
忘れ去られていたこれら戦車に再び注目が集まった.同年12月には国防省が,
この駆逐戦車を外国の収集家に売ろうとしたドイツ人2人とブルガリア人1人が逮捕されたことを明らかにした.
収集家は百万単位のユーロで買い取る意向だったとされる.しかし戦車は見つかっておらず,
捜査当局はドイツに密輸されたものとみている.

 軍の戦車回収作戦は2月6日から開始され,これまでに12台を掘り出した.
回収された戦車の一部は軍事博物館で展示される見通しで,
博物館側は残りを収集家に売却するよう提案している.
ただし,回収された戦車はどれも一部を持ち去られる被害を受けているという.
≪2枚目の写真は回収されブルガリア南東部ヤンボルに運ばれた突撃砲戦車≫〔AFP=時事〕
ttp://news.livedoor.com/article/detail/3523896/

軍事板,2008/02/25(月)
青文字:加筆改修部分


** 【質問】
 【回答】

66 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/02/26(火) 00:41:45 ID:???
ポーランド:TK(国産),7TP(国産),ルノーR35(仏),ルノーFT17(仏)
      ビッカースMk.E(仏),wz.34(国産),wz.29(国産)
オランダ(本国):カーデンロイドMk.E(英),ランズベルクM36/38(スウェーデン)
オランダ(植民地):マーモン・ハリントン(米),ビッカースM1936(英),ビッカース水陸両用(英)
          クルップ装甲車(独),ストラウスラー装甲車(英?),M3ハーフトラック(米)
ベルギー:T15(英+国産),ルノーAMC35(仏),T13(英+国産)
ユーゴ:ルノーR35(仏),ルノーFT17(仏),ルノー・ケグレスM28(仏)
    シュコダT32(チェコ)
中国(国民党):CV33(伊),M4中戦車(米),M3軽戦車(米),T26(ソ)
        M3ハーフトラック(米)etc

67 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/02/26(火) 01:07:38 ID:???
第二次大戦「中」じゃないけど,こないだ読んだ本で,オランダがインドネシアで「三八式戦車」なるものを使ってたって残留日本兵の人が言ってたんだが,LT.vz.38の事かなやはり.

68 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/02/26(火) 01:22:35 ID:???
フィランド:ビッカースMk.E(英),W号戦車(独),V号突撃砲(独)
ルーマニア:シュコダR2(チェコ),シュコダR1(チェコ),35(t)戦車(チェコ→独)
      V号戦車(独),W号戦車(独),ルノーR35(独捕獲品),V号突撃砲(独)
      TACAM-R2(チェコ+国産),TACAM-T60(ソ+国産),パンター(ソ連捕獲品)
スロバキア:38(t)戦車(チェコ→独),35(t)戦車(チェコ→独),LT-40(チェコ)
      U号戦車(独),V号戦車(独),マーダーV(独),タトラvz.30(チェコ)
ブルガリア:38(t)戦車(チェコ→独),35(t)戦車(チェコ→独),CV33(伊)
      ビッカースMk.E(英),ルノーR35(独捕獲品),V号突撃砲(独),W号戦車(独)
      ヤークトパンター(ソ連捕獲品),ヘッツァー(ソ連捕獲品),パンター(ソ連捕獲品)
      sdkfz222/223(独)

69 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/02/26(火) 15:16:53 ID:???
>>68
フィンランド軍はロシア軍から捕獲した車両も
山ほど使っているね.
T26・T28・T34・T37・T38・T50・BT5・BT7・KV1・JSU152・・・
コムソモレッツ装甲牽引車は150両も使ってたとか.

71 : 小国AFV : 投稿日:2008/02/26(火) 20:02:47 ID:???
・ルーマニア
戦車
R2軽戦車(35t戦車):152輌(チェコスロバキアから購入)
R1軽戦車(AHW豆戦車):35輌(チェコスロバキアから購入)
ルノーR35軽戦車:75輌(フランスから購入+ドイツの捕獲品供与)
W号戦車:140輌(ドイツからの供与)
38(t)戦車:50輌(ドイツからの供与)
V号戦車:11輌(ドイツからの供与)
パンター中戦車:13輌(ルーマニア枢軸軍離脱後,ソ連が捕獲品を供与)

自走砲
V号突撃砲:114輌(ドイツからの供与)
TACAM-T60:34輌(ソ連から捕獲したT60軽戦車をルーマニアが独自改造)
TACAM-R2:20輌(R2軽戦車を改造)

76 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/02/26(火) 23:57:34 ID:???
>>71
自走砲化された数が,R2よりT60のほうが多いのに笑った.ソ連,鹵獲されすぎ.

>>75
オランダは蘭印軍の分は入ってないみたいだね.
マーモンヘリントン「ダッチマン」軽戦車とか,カーデンロイド水陸両用戦車とか持ってた.
ほかに現地改造らしい装甲車もいろいろあったみたいだ.
戦車の大部分は戦力化が間に合わずに梱包解く前に日本軍に鹵獲されて,
現地搬入すら間に合わなかった分は,たしか南米に売り飛ばされた.

78 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/02/27(水) 22:31:56 ID:???
>>76 スレ違いではあるが,フィンランドなんぞソ連からの鹵獲車両で初の戦車旅団組織してるしな.

>>77 しかし侵攻してきたイタリア軍を追い出し,逆にアルバニアの過半を制している.
ライフ第二次大戦史に載っていた当時の記者によれば

「ギリシア軍は世界最低だが
 イタリア軍はそもそも軍隊じゃない」

72 : 小国AFV : 投稿日:2008/02/26(火) 20:13:47 ID:???
・ブルガリア
戦車,自走砲
W号戦車:97輌(ドイツからの供与)
ルノーR35軽戦車:40輌(フランス降伏後,ドイツの捕獲品から供与)
35(t)戦車:36輌(ドイツからの供与)
CV33軽戦車:14輌(イタリアから購入)
38(t)戦車:10輌(ドイツからの供与)
ビッカースMk.E軽戦車:8輌(イギリスから購入)
V号突撃砲:55輌(ドイツからの供与)
ヘッツァー:4輌(ソ連側に寝返った後,ドイツから捕獲した車両を供与)
パンター中戦車:15輌(ソ連側に寝返った後,ドイツから捕獲した車両を供与)

装甲車
sdkfz222/223:20輌(ドイツからの供与)

・スロバキア
戦車,自走砲
38(t)戦車:74輌(ドイツからの供与)
35(t)戦車:52輌(旧チェコスロバキア軍から引継ぎ)
LT40軽戦車:21輌(国産)
U号戦車:16輌(ドイツから供与)
V号戦車:5輌(ドイツから供与)
マーダーV自走砲:18輌(ドイツから供与)

装甲車
タトラOA vz.30:10輌(旧チェコスロバキア軍から引継ぎ)

73 : 小国AFV : 投稿日:2008/02/26(火) 20:28:22 ID:???
・フィンランド
戦車,自走砲
ビッカースMk.E軽戦車:13輌(イギリスから購入)
W号戦車:15輌(ドイツからの供与)
V号突撃砲:59輌(ドイツからの供与)
T37軽戦車:30輌(ソ連軍捕獲品)
T38軽戦車:?輌(ソ連軍捕獲品)
T26軽戦車:100輌(ソ連軍捕獲品)
T28中戦車:5輌(ソ連軍捕獲品)
BT中戦車:8輌(ソ連軍捕獲品)
T34中戦車:11輌(ソ連軍捕獲品)
KV重戦車:2輌(ソ連軍捕獲品)
JSU152自走砲:2輌(ソ連軍捕獲品)

装甲車
BA20/FAI:20輌(ソ連軍捕獲品)
BA10:10輌(ソ連軍捕獲品)

74 : 小国AFV : 投稿日:2008/02/26(火) 20:37:19 ID:???
・フィンランド
戦車,自走砲
ビッカースMk.E軽戦車:13輌(イギリスから購入)
W号戦車:15輌(ドイツからの供与)
V号突撃砲:59輌(ドイツからの供与)
T37軽戦車:30輌(ソ連軍捕獲品)
T38軽戦車:?輌(ソ連軍捕獲品)
T26軽戦車:100輌(ソ連軍捕獲品)
T28中戦車:5輌(ソ連軍捕獲品)
BT中戦車:8輌(ソ連軍捕獲品)
T34中戦車:11輌(ソ連軍捕獲品)
KV重戦車:2輌(ソ連軍捕獲品)
JSU152自走砲:2輌(ソ連軍捕獲品)
BT42自走砲:18輌(ソ連軍BT中戦車をフィンランドが独自に改造)

装甲車
BA20/FAI:20輌(ソ連軍捕獲品)
BA10:10輌(ソ連軍捕獲品)

75 : 小国AFV : 投稿日:2008/02/26(火) 20:41:33 ID:???
・ポーランド
戦車
TK豆戦車:580輌(国産)
7TP軽戦車:130輌(英ビッカースMk.Eの改良生産型)
ビッカースMk.E軽戦車:38輌(イギリスから購入)
ルノーFT17軽戦車:170輌(フランスから購入)
ルノーR35軽戦車:50輌(フランスから購入)

装甲車
wz.28/34:90輌(国産)
wz.29:8輌(国産)

・ベルギー
戦車,自走砲
T15軽戦車:42輌(英ビッカース軽戦車の車体+国産砲塔)
ルノーAMC35軽戦車:12輌(フランスから購入)
T13自走砲:210輌(英ビッカース軽戦車の足回りを利用したトラクターから改造)

・オランダ
戦車,装甲車
カーデンロイドMk.W豆戦車:5輌(イギリスから購入)
ランズベルクM36/38装甲車:24輌(スウェーデンから購入)

・ユーゴスラビア
戦車
ルノーR35軽戦車:54輌(フランスから購入)
ルノーFT17&ルノー・ケグレスM28:48輌(フランスから購入)
S-T豆戦車:8輌(旧チェコスロバキアから購入)

・デンマーク,ノルウェー,ギリシャ
AFVなし

77 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/02/27(水) 05:39:13 ID:???
ギリシャってAFVなかったんか・・・

79 : 小国AFV 極東編 : 投稿日:2008/02/28(木) 17:46:41 ID:???
・オランダ植民地軍
戦車
マーモン・ハリントン軽戦車:25輌(アメリカから購入)
ビッカースM1936軽戦車:24輌(イギリスから購入)
カーデンロイドM1931軽戦車:2輌(イギリスから購入)

装甲車
アルビス・ストラウスラーAC3D:12輌(イギリスから購入)
M3スカウトカー:40輌(アメリカから購入)
クルップ装甲車:台数不明(ドイツから購入)
「オバーヴァルワーゲン」:台数不明(トラックを現地改造)

・中華民国
CV33軽戦車:100輌(イタリアから購入)
T26軽戦車:88輌(ソ連からの供与)
M3軽戦車:48輌(アメリカからの供与)
M4中戦車:35輌(アメリカからの供与)
カーデンロイドM1931軽戦車:29輌(イギリスから購入)
ビッカースMk.E軽戦車:20輌(イギリスから購入)
T号戦車:10輌(ドイツからの供与)

装甲車
M3スカウトカー:36輌(アメリカからの供与)
sdkfz.221/222:台数不明(ドイツからの供与)
BA-6:台数不明(ソ連からの供与)

80 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/02/29(金) 02:45:58 ID:???
カーデンロイドM1931が,いわゆるビッカース水陸両用戦車だな.
中国にいたのは,少なくとも1両が日本軍に鹵獲されてる.

ちなみに中国の戦車部隊は,ビルマ戦線で日本軍の戦車部隊とぶつかったことがあるようだ.

81 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/03/03(月) 01:56:13 ID:???
テスト

82 : 小国AFV その他 : 投稿日:2008/03/03(月) 08:37:48 ID:???
・ブラジル
戦車
M3軽戦車:200輌以上(アメリカからの供与)
M3中戦車:100輌(アメリカからの供与)
M4中戦車:台数不明(アメリカからの供与)
CV33軽戦車:台数不明(イタリアから購入)

装甲車
M8グレイハウンド:13輌(アメリカからの供与)
M3スカウトカー:台数不明(アメリカからの供与)
M2/3ハーフトラック:台数不明(アメリカからの供与)

・タイ
戦車,装甲車
ビッカースMk.E軽戦車:10輌(イギリスから購入)
95式軽戦車:数輌(日本からの供与)
モーリス=ビッカース装甲車:6輌(イギリスから購入)
ポムポム砲搭載自走砲:数輌(ビッカースMk.Eを改造)

・モンゴル
不明

・ルクセンブルク
AFVなし

83 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/03/03(月) 12:04:47 ID:???
>68,71

ルーマニアのルノーR35は41両がフランスからの正規輸入品,34両がポーランドからの亡命・接収品でドイツからの鹵獲品供与はなし.

85 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/03/04(火) 17:25:48 ID:???
補足

・ブルガリア
III号突撃砲はドイツから供与のほかに,おそらく後にソ連からも若干供与.
IV号駆逐戦車:ソ連から供与

・スロバキア
LT-40:正確にはチェコ製でスロバキア製ではない.元リトアニア向けを購入.

・ポーランド
ビッカースMk.Eはもともと全部双砲塔型,後に22両を単砲塔型に改装.

・中華民国
中国のカルロ・ベローチェはCV33でなくCV35
T-26は1933年型
M3軽戦車はM3A3
M4中戦車はM4A4
ビッカースMk.Eは全て単砲塔型,うち4両は無線機バスル付き.
Sd.Kfz.221/222のほか223もあり.初期生産型.

118 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/04/06(日) 19:42:28 ID:???
WW2期の中小国AFV
・ギリシア
ルノーFT,ルノーNC,フィアット3000,CV33/35(WW2で捕獲)
・エストニア
ルノーFT,TKS
・ラトビア
カーデンロイドM1936:18両
ルノーFT,フィアット3000
・リトアニア
カーデンロイドM1933:18両
カーデンロイドM1936:18両
LTL軽戦車(チェコ製TNH戦車の輸出仕様):21両
・アルゼンチン
カーデンロイドM1934:12両
ナヒュール中戦車(国産車):16両
M4中戦車

ソースは『世界の戦車』(大日本絵画)
但しWW1の戦車は除いた.

軍事板,2008/02/26(火)
青文字:加筆改修部分


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84 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/03/03(月) 12:48:07 ID:???
>>82
ブラジルも結構数を揃えていたんだね.
という事は,常に競っているアルゼンチンとチリも
ある程度の戦力を持っていたのかな.

137 : ウーゴ ◆eaYqa3SeLE : 投稿日:2008/05/22(木) 21:57:03 ID:???
>>84
チリは1943年に対枢軸断交したんでブラジルと同様に合衆国から色々もらって
多少装備の近代化を達成できましたが,
アルゼンチンは親枢軸派が大戦中の1940年から1945年まで心情的親枢軸派が
終始一貫して権力を握り続け,合衆国から経済制裁とか受けてたので連合軍装備で軍拡なんてことはできず,
また,ブラジル,チリが軍拡を進める中で相対的に弱くなるアルゼンチンの国防力を嘆いた統一将校団のクーデターが
1943年に成功し,これが後のペロン政権成立のための大きなきっかけとなったため,
ペロン政権は自主国防達成のためのありとあらゆる努力をして,
重工業育てたり反米政策採ってみたりするものの結果的に失敗します.

138 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/05/27(火) 14:03:32 ID:???
ペロンはそんなに反米ではないよ
確かにイタリア・ファシズム影響下にあった統一将校団の一人で43年の軍事政権
時は国家労働局長で労働組合組織化,社会保障政策拡充に尽力し,労働者の広範
な支持を受け,警戒した軍部に逮捕されるが,労働者の大規模デモで釈放され民
政移管時に労働党首として当選
執政は労働者支持下に輸入代替工業をさらに成長させ,それによる保護貿易は行
うが,排米的ではない
ただ今まで外国資本下にあった鉄道,港湾施設を国有化した
しかし戦後,欧米が立ち直り輸入代替工業も頭打ちになり,天候不順による農牧
畜生産低迷による外貨収入減
そして何よりもエバ夫人の聖人化と離婚法でバチカンの怒りを買って退陣した
ポピュリストの中ではペロンは割りと長期政権を維持した方だと思えるが

139 : ウーゴ ◆eaYqa3SeLE [] 投稿日:2008/06/02(月) 14:44:07 ID:UHuUbTF8 [1/1回]
大体において間違ってませんが(反米的でない,が,ポピュリストとして長期政権に繋がるのが少しわかりませんが),一点だけ.
そもそもぺロンは統一将校団内のタカ派で,
戦時中の合衆国による対ア経済制裁がぺロンの任期半ばまで続いたのは,ぺロンの合衆国への挑発的な言動によるところが大きく,
また,大統領選挙時の演説のように(面白いんで興味あったら調べてみて下さい),
基本的にぺロンが大統領になったのは,自主外交=反米英を掲げていたからでした.
そしてその結果が任期中の米州機構脱退な訳です.
(何故この措置が反米的なのかは,当時の米州機構がグアテマラのアルベンス政権崩壊の際にどのような役割を果たしたかを考えればわかると思います)

さらに,第一次五ヵ年計画が失敗した後は,石油開発その他のために,
「屈辱的」な条件で合衆国資本を導入しますが,これが支持基盤の労働者の失望を招いたという点も見逃せません.

ということで,反米=自主外交を体現していたために政権基盤を強化していたぺロンを
「そんなに反米的ではない」と見るのには,同意しかねますが,
あなたには筋がありそうなんで,松下洋先生が1987年頃に書いていたペロニズムの研究書を読まれることをお薦めします.

軍事板,2008/05/22(木)
青文字:加筆改修部分


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134 : 名無し三等兵[] 投稿日:2008/05/19(月) 02:51:08 ID:fle/EUll [1/1回]
クロアチア独立国は対ソ戦に派兵してないの?

136 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/05/21(水) 01:00:38 ID:???
>>134 クロアチア独立国
1941年独ソ開戦時にクロアチア義勇兵による第369歩兵連隊を編成,
第100猟兵師団に配属されて1942年スターリングラード戦にて全滅.

1943年に再編成した第369歩兵連隊を基幹にしてドイツ-クロアチア人混成の
第369歩兵師団が編成されたがソ連からすぐにユーゴスラビアの対パルチザン戦に
転用.同様に第373歩兵師団や1944年に第392歩兵師団も編成されパルチザンと戦っていた.

軍事板,2008/05/21(水)
青文字:加筆改修部分


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158 : 名無し三等兵[] 投稿日:2008/07/19(土) 21:24:00 ID:XCeLeHVB [1/1回]
ユーゴのパルチザンってどんな装備だったの?

159 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/07/22(火) 14:52:14 ID:???
>158

初期はおそらく王国軍の残り物兵器(ただしこっちは多分「敵」のチェトニクのほうが主),
あとはドイツ軍やウスタシからの鹵獲,後期は連合国側からの支援,特にイギリスが中心のはず.
戦車部隊もあって,M3A3軽を供与されて使っているほか,
M3A3に鹵獲の20mm4連装や75mmPak40を積んだ即席自走砲,
ドイツ軍からの鹵獲フランス戦車(ソミュアやオチキス),
ソミュアに6ポンド砲を無理矢理積み込んだ変わり種も.

160 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/07/27(日) 01:24:33 ID:???
M3は使いやすい軽戦車だから,ユーゴでも
評判は良かったんだろうね.

軍事板,2008/07/22(火)
青文字:加筆改修部分


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162 : 名無し三等兵[] 投稿日:2008/08/08(金) 02:09:25 ID:74LCBesO [1/1回]
クロアチア軍の末期はどんな感じ?

チトーのユーコ゛何軍かに降伏したの?

163 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/08/12(火) 06:58:24 ID:???
>>162
1944年11月にクロアチア陸軍とウスタシャ陸軍が合併しクロアチア軍として
ドイツ軍と共に追いすがるチトーパルチザンやブルガリア軍と戦い,その間に
多数の死傷者を出しながらも1945年5月1日にはザグレフ地区に駐屯していた.
5月6日に多数の指揮官達が逃亡する中,20万の兵士と市民がスベロニアを
経てオーストリアのブライブルグに進出した英軍に降伏しようとしたが,当然に
押し戻されて,結局はチトーパルチザン軍に降伏した.

混乱の中で約2万人が脱出に成功したが,残りははるか何百キロも離れたバナト
地区の収容所への「償いの行進」をさせられ,射殺,及び虐待により約10万名
もの命が落とされた.

軍事板,2008/08/12(火)
青文字:加筆改修部分


** 【質問】
 【回答】
169 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/08/17(日) 15:51:29 ID:???
中国の軍閥ってどんな装備だったの?
戦車はなかったにしろ野砲くらいは持ってたよね?

170 : 暫編第一軍 : 投稿日:2008/08/17(日) 20:00:18 ID:???
>>169
 時期と部隊によります.
 有力軍閥は日本などから輸入した兵器に加えて自身でもある程度の製造能力を持ちコピー品を生産していたものまであります.
 東北軍などは満州事変前まではかなり有力で,野山砲だけでなく少数ながら戦車や装甲車も保有していたようです.
 閻錫山系山西軍も一時は砲兵10個団体制を号していました.(実際は9個団)

 国民党軍の基本編制でも抗日戦争での損失が大きかった1939年頃の一時期を除き各師は6〜12門程度の砲兵営を持つことになっていますし,充足率の悪い筈の地方軍である閻錫山系の暫編第48師も1944年には山砲連を持っています.
 反面1942年頃の韓復系西北軍の第29師の持つ火砲は迫撃砲12門に止まっています.

171 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/08/17(日) 20:17:41 ID:???
東北軍閥はルノーFTを若干持ってたのが鹵獲されてるね.
巡洋艦を含む艦隊や航空部隊も保有してた.

172 : 暫編第一軍 : 投稿日:2008/08/17(日) 23:27:21 ID:???
 東北軍はルノーFTを30輌以上輸入しているようですね.
 北伐戦争にも使用されて損害も出していますが,1933年の時点まで張学良がルノーFTを少なくとも2輌保有していたことがわかっています.

173 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/08/18(月) 14:20:16 ID:???
南の方の軍閥はどうなってたの?雲南派とか桂系とか
新桂系は中華民国の次位に力持ってて独自の空軍と海軍持ってたと聞いたが,
どんな装備だったん?

174 : 暫編第一軍 : 投稿日:2008/08/19(火) 20:17:41 ID:???
>>173
 個々の装備というか兵器の種類についてはなかなかわかりませんね.
 時期が進むほど国民党中央軍と同種の兵器を装備する傾向があると思いますが.

175 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/08/19(火) 20:22:00 ID:???
 そういえば,wwU直後に国民党中央軍が龍雲系雲南軍からフランス製戦車4輌を接収した記録があります.
 具体的な車種は不明です.

184 : 暫編第一軍 : 投稿日:2008/08/20(水) 00:26:16 ID:???
 >>175も名無しになっていますが私でした.失礼.

 第200師は>>180氏も詳しく述べられていますが,中国側資料で補足してみます.
 この師はドイツ軍事顧問の影響下で編成され,その編制は
 戦車団2,機械化歩兵団1,砲兵団,技術補充団,捜索営,歩兵砲営,工兵営,補充営,特務営,通信営,輜重営
 などから成ります.但し砲兵団は野戦砲兵ではなく戦車防御砲(対戦車砲)です.
 各戦車団は各3営,各営は各3連と補給連,迫撃砲連,偵察排その他から成り,各戦車連はビッカース6t戦車或いはT26戦車7輌とL3戦車5〜6輌の混成.
 初陣は台児荘戦ですが,このときは砲兵団(戦車防御砲)のみが参戦しました.
 1938年5月の蘭封作戦には第1150団の戦車1個営(実際には1個連と1個排)を基幹に第1149団の戦車1個連,特務営の機銃排と工兵排,捜索営の1個排で突撃第一縦隊を編成して作戦.

 その後ソ連軍事顧問の参加により第200師は1938年11月から機械化歩兵師に改編されることとなります.
 この時同時に他の2個師も機械化歩兵師に改編され,新編第11軍の指揮下に機械化歩兵師3個と装甲兵団が編入されます.
 新編第11軍装甲兵団は戦車営4個と特務連から成り,各営は戦車連3と補給連1.
 つまり新編第11軍は戦車営4個に支援された機械化歩兵師3個の機械化軍となったわけです.
 翌1939年8月以降,新編第11軍は第5軍へと改称され,南寧作戦に投入されます.
 同作戦での損害は大きなものだったようですが,幸いにして損傷戦車の多くは回収修理されました.
 この時の補充としてフランスより37o砲搭載戦車25輌を輸入していますが形式は不明.台湾の研究者,王立本氏はR35ではないかと推定されています.

 

176 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/08/19(火) 20:42:33 ID:???
中国にはフランス戦車はFT17とNCしか入ってないだろ,
って思って調べてみたらAMR35も輸出されてるのな.

177 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/08/19(火) 21:06:48 ID:???
ビルマ方面で中国軍のAMR35が確認されてるから,AMR35の可能性が高いかね?

178 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/08/19(火) 21:30:30 ID:???
1942年にビルマのトングーで撮影されたルノーR35らしい軽戦車
http://cache.gettyimages.com/xc/50620490.jpg

第200師がビルマに行っているので,その辺の装備かも.

181 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/08/19(火) 22:34:31 ID:???
>>178
画像が見れないけど,ルノーZBじゃないでしょうか?
ルノーAMR35系列ですが,足回りはルノーR35と同じ構成だったと思います.
12両が中国から発注され,うち若干は無事に輸出されているようです.

179 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/08/19(火) 21:32:36 ID:???
ルノーR35の対中輸出記録はなかたような

180 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/08/19(火) 22:25:33 ID:???
第200師は機械化師団.南京戦後にソ連の支援で編成.
英Wikipediaによると,1938年編制は戦車連隊*2,装甲車連隊,自動車化歩兵連隊,砲兵連隊
T-26*約70両とBA-6など約50両を主力に,伊CV-35*約20両,SdKfz221など若干を装備.
日本側の南寧作戦頃に戦線参加し,戦車の大半を失う大打撃を受ける.

自動車化歩兵師団(歩兵連隊*3)として再建.残存AFVは軍直轄にしたうえで協同.
1942年に英軍支援のためにビルマに進出.トングー付近の戦闘で撃破される.
帰国中に師団長戦死,重装備の大半を失い壊滅.

後に米式装備で再々建される.

183 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/08/19(火) 23:15:07 ID:???
>>180
結構な装甲兵力だなぁ.
どんな運用したら,その装備で凹られるのかわからんが.

182 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/08/19(火) 22:46:31 ID:???
http://www.timelifepictures.com/source/search/details_pop.aspx?iid=50620490&cdi=0

185 : 暫編第一軍 : 投稿日:2008/08/20(水) 01:08:08 ID:???
 もっとも別資料ではビルマ防衛戦でUE小戦車を装備していたこともわかっており,25輌の補充戦車の少なくとも一部がこれであった可能性もあります.
 いずれにしても南寧を巡る一連の会戦で中国側は日本側の制空権に悩まされておりこれが敗因の1つと思われます.
 
 第5軍装甲兵団は南寧を巡る戦いの前に第3,第4営を抽出されて後にこれらは装甲兵第2団となり,残った2個営に南寧作戦後新編成の1個営を加え1940年8月,装甲兵第1団となっていました.
 第5軍は1942年のビルマ防衛戦にも参戦.装甲兵第1団からはその2個営が投入され,敗退後に残存していたのは46輌に過ぎませんでした.

186 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/08/20(水) 01:47:28 ID:???
なるほど,中国側資料を見ると,どこでも結構打撃は受けつつも生き残ってるんですね
本家6t戦車は上海辺りで全滅したのかと思ってました
戦車師団から歩兵師団への改編も,いままでは再建時に貧乏編制になったのかと思ってたけど,
1個師団だけの集中装備から,軍レベルでの機械化運用への拡大再編という性格なのか

188 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/08/20(水) 02:31:04 ID:???
1936年に,中華民国がルノーZB偵察戦車12両を発注したときに,ルノーUEも10両発注してる.
1940年までに細々と到着したようで,ビルマ防衛戦に顔を出したUEはこれかもしれない.

189 : 暫編第一軍 : 投稿日:2008/08/20(水) 19:08:11 ID:???
>>188
 なるほど.そんな前から輸入されているとしたらUE機銃戦車がビルマに出ていて当然ですね.
 補充された25輌がR35であってもおかしくないかも知れません.

 国民党軍は大変物持ちが良く,大戦末期に再び装甲師を編成する際にもT26が主力となっており,一部の車輌は国共内戦の後に台湾で解役されています.

192 : 暫編第一軍 : 投稿日:2008/08/23(土) 00:46:03 ID:???
 ビルマ防衛戦で再び大打撃を受けた機械化部隊の第5軍ですが,その隷下部隊のうち新編第22師は英印軍と共にインドに退却し後に美械師
(米式装備師団)となって新編第30師,新編第38師と共に駐印軍を構成することとなります.駐印軍では1944年に米国製戦車を装備した戦車営
7個を編成.各営は本部連,戦車連3,補給連,砲兵連,各戦車連は連部,戦車排3で各排は5輌,連部は2輌の戦車を装備していると思われます.
 編成当時は第1,第2営のみが装備充足,第3,第4営が装備不充分,第5,第6,第7営は固定装備無しの状態でしたが次第に充実.
 初期にはM3A3軽戦車やM3A1偵察車,M3A1ハーフトラックを供与されましたが,後に少数のM4中戦車も装備しました.これら駐印軍の戦車営がビルマ奪回作戦で活躍したことは有名でしょう.

 同じくビルマ防衛線で敗退した第200師と第96師は中国へ退却して再編されます.この時南寧作戦時に隷下にあった栄誉第1師は当時第8軍に異動しており,隷下に加わっていた第96師が機械化されていたかは不明です.
 新編第22師がインドへ退却した穴は新編第39師,後に交代で第49師を編入して埋められますがこれらも機械化されていたかは疑問です.しかし第5軍の各師は戦争末期までに美械化されます.
 第200師はビルマ奪回作戦に参戦しますがこの時には第5軍の隷下を離れており栄誉第2師が編入され,同じく装甲兵第1団もまた1944年後半には同軍を離れて改編.


195 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/08/24(日) 16:59:39 ID:???
>>192-193
面白いですね.
感謝です.

193 : 暫編第一軍 : 投稿日:2008/08/23(土) 00:48:42 ID:???
 1944年3月頃,国民党軍は新たな装甲師を編成します.これが第48師で,第5軍直轄部隊から兵力を抽出して編成され,装甲部隊は
装甲兵第1団を改編したものです.
 その編制は機械化歩兵団2,戦車団1,捜索団,工兵営,輜重営,砲兵営,通信営などからなりますが,戦争初期に装甲師であった第200師
の編制とは戦車と機械化歩兵の比率が逆転しています.
 戦車団の編制装備は基本的には従来のそれと変更はないとされ,装備戦車は相変わらずソ連製,フランス製,イタリア製の旧式戦車です.
もっとも戦車特にL3やUE等の機銃戦車はビルマ防衛線での損失が大きく,戦闘に投入された第48師の各戦車連はT26軽戦車6輌からなる
2個排編制だったともいいます.
 当時米国製戦車は駐印軍のみの装備でしたが,捜索団は米国製M3A1偵察車約36輌を残存のドイツ製車輌などとともに装備しています.
 第48師は日本軍の一号作戦に対して分割使用され,衡陽の解囲を目指した第46軍の新編第19師を戦車第3営の加強排(T26戦車6輌)が支援,1
1月からは貴州の防衛に戦車第2営が投入され第4戦区の指揮下で第60師団と交戦し活躍したとされます.(日本側資料とのすり合わせは未だしていませんが)
 また分遣された1個連はビルマ方面に投入されましたが道路事情のため撤収を余儀なくされました.
 その後第48師は戦闘に投入されることは無く,1945年7月に戦車団は再び装甲兵第1団に改編されて同師の編制より離脱.機械化歩兵団は昆明機場守備隊に改編されました.



196 : 暫編第一軍 : 投稿日:2008/08/25(月) 22:27:07 ID:???
ちょっとだけ訂正.
>機械化歩兵団は昆明機場守備隊に改編されました.

 雲南機場守備隊でした.お詫びして訂正します.


197 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/09/05(金) 01:48:37 ID:???
中国の軍閥ってどの程度日中戦争に参加してたの?
結構本気で戦ってた感じ?それとも戦争終結後を見越して消極的だったの?

199 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/09/05(金) 17:18:27 ID:???
>>197
ソビエトと国境紛争起こして,こっぴどく負けたりしてるね.

198 : 名無し三等兵[] 投稿日:2008/09/05(金) 06:56:24 ID:PYX7xb3d [1/1回]
一旦上げようか

200 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/09/05(金) 18:13:00 ID:???
それは満州事変前だろ.
日本が満州事変を起こした一因でもあろうか.

201 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/09/05(金) 20:49:40 ID:???
それこそ「軍閥によりけり」じゃないのか>本気度

202 : 暫編第一軍 : 投稿日:2008/09/05(金) 21:45:54 ID:???
 支那事変頃には軍閥といってもそれ以前のような独立勢力ではなく,国民党政権に参加する旧軍閥という位置づけでその軍隊も国民党軍の編制に組み込まれています.
 未だ国民党中央が完全に意のままに動かせるというまでには至っていませんが,基本的な作戦計画や会戦指導は国民党軍中央の指揮に従っているとは言えますね.
 勿論状況によりある程度の加減は前線の部隊のほうで行われていたことでしょう.
 例えば閻錫山軍などは当初抗日戦争にかなりの戦力を投入し大打撃も受けていますが,共産軍の侵食を受けるようになってからは対日積極作戦を諦め対中共戦に傾注した節があります.
 まあ中共側に言わせれば積極抗日を放棄したから侵食したのだと言うことでしょうが.

 各会戦に参加した兵団の系列はかなり調べられるので時間のあるときに幾つかピックアップして調査するのも面白そうです.

203 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/09/07(日) 02:01:47 ID:???
共産党も国民党軍に組み込まれていたの?

204 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/09/07(日) 03:14:50 ID:???
八路

205 : 暫編第一軍 : 投稿日:2008/09/13(土) 21:57:18 ID:???
 共産軍も1937年8月22日以降,国民政府軍事委員会の公布により国府軍に組み込まれました.
 有名な第八路軍は旧紅軍の各部隊を合編し3個師を編成.各師の番号は国民党軍と連番です.国民党軍はこの八路軍に対し毎月60万元の軍費を支給するようになります.
 当時国民党軍の軍費は1個師20万元ですから妥当な額でしょう.しかし兵器弾薬の補給は少なかったとされます.
 共産軍内部では国民党軍の改編を完全に受け入れ肩を並べて戦おうという派と,紅軍の組織を維持し国民党軍とは一線を引こうという派が存在しましたが結局その中間で落ち着き,名目上改編を受け入れ内部では党の支配を完全に維持しています.
 
 第八路軍は国民党軍時委員会の命令で直ぐに第十八集団軍に改称されますが,共産軍自身は八路軍と自称し続け現在でもその名のほうが有名です.
 第十八集団軍は第二戦区の閻錫山の指揮下に入れられ大原会戦に参加.平型関の戦いで活躍したことは皆さん聞いたことがあると思います.(戦果の多寡は別として)
 娘子関では国民党軍を救援し,1938年2月の大原奪回作戦では東路軍司令に朱徳が任命され,一部国民軍系の部隊も指揮下において戦うなどしています.
 その後北支方面の国民党軍が大打撃を受けて敗退すると共産軍は独自性を発揮し国民党軍軍事委員会の命令に無い行動も多々採るようになっていきます.
 新四軍の事件以降は国共関係が悪化し軍費の支給も取りやめとなり,時に両軍が小競り合いを起こすことさえ出てきますが名目上は国府軍の指揮下にあり続け抗日戦勝利の日を迎えます.

軍事板,2008/08/17(日)
青文字:加筆改修部分


** 【質問】
 【回答】

211 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/10/10(金) 04:45:18 ID:???
スレ見て日中戦争期の中国軍閥に興味が出たんですけど日本語で軍閥について詳しく書いてある本ってあります?

212 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/10/10(金) 05:06:36 ID:???
>>211
四川軍閥については↓がおすすめ
ttp://www.junkudo.co.jp/detail2.jsp?ID=0107941321
かなり高いので私は図書館の相互貸借で読んだが,民国
時期全般の四川軍閥の状況について知る事ができる.

日中戦争期の地方軍閥の動向については↓でも見る事が出来る.
ttp://www.keio-up.co.jp/np/detail_contents.do?goods_id=1063
ttp://www.keio-up.co.jp/np/detail_contents.do;jsessionid=5E3BD34C3B7629D855577A73264176A5?goods_id=1042
充実した内容でおすすめ

217 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/10/16(木) 00:52:21 ID:???
>>212
日中戦争だけに限らなければ

黄仁宇「蒋介石―マクロヒストリー史観から読む蒋介石日記」(東方書店/1997)
ジェローム・チェン「軍紳政権」(岩波書店/1984)
塚本元「中国における国家建設の試み」(東京大学出版会/1994)
フィル・ビリングズリ「匪賊-近代中国の辺境と中央」(筑摩書房/1994)
岸田五郎「張学良はなぜ西安事変に走ったか」(中公新書)
渋谷 由里「馬賊で見る「満洲」―張作霖のあゆんだ道」(講談社メチエ)
保坂正康「蒋介石」(文藝春秋)

などもあります.
黄仁宇氏は,国民政府軍の士官からアメリカで歴史学者になったという
異色の人物で,当時の軍隊事情をよく知った上での記述は貴重です.

真ん中の3つは,中国軍閥やそれをめぐる問題を考えるには良い本なの
ですが,いずれも絶版です(マーケットプレイスに出ているのもあるよう
ですが).

下3つはそれほど値の張らないもので,絶版ではないものとして取り上
げてみました.

218 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/10/19(日) 00:59:41 ID:???
>>217 その辺の本なら,福本勝清『中国革命を駆け抜けたアウトローたち』(中公新書)が手軽にまとまってて抜群に面白いと思うがどうよ.

216 : 暫編第一軍 : 投稿日:2008/10/13(月) 21:51:23 ID:???
 中国軍関係については中国語の資料を翻訳ソフトと辞書を使って要部だけ読むというやり方なので,日本語資料はそれほどお勧めはないんです.

 強いて言えば有名どころで

 「中国紅軍史」 河出書房新社
 「中国八路軍・新四軍史」 同
 「国共内戦史」 三州書房
 「満州国軍」 蘭星会
 「初期の満州国軍に関する資料」 不二出版
 「満州国軍の現況」 同
 「北支の治安戦(1)(2)」 戦史叢書 朝雲新聞社
 
 などでしょうか.
 

 

220 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/10/20(月) 08:41:47 ID:???
軍閥について何も知らない俺はどれから読むのがいいの?
入門書を教えて欲しいっす

222 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/10/22(水) 23:17:00 ID:???
>>220
1冊で概括できる本としては,オスプレイ社がまさしくこの時代の軍閥
などに関する本を出しているのだが,今のところ翻訳はされていない.

Chinese Civil War Armies 1911-49
http://www.ospreypublishing.com/store/Chinese-Civil-War-Armies-1911%E2%80%9349_9781855326651/

221 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/10/22(水) 23:14:36 ID:???
中華民国の軍閥に関して,概括的に知るには,上記の著作の中では
古典的作品ではあるが ジェローム・チェン「軍紳政権」(岩波書店/19
84) が最も適しているのではないかと思う.

調べてみると,アマゾンのマーケットプレイスに何点か出品されていた.
http://www.amazon.co.jp/%E8%BB%8D%E7%B4%B3%E6%94%BF%E6%A8%A9%E2%80%95%E8%BB%8D%E9%96%A5%E6%94%AF%E9%85%8D%E4%B8%8B%E3%81%AE%E4%B8%AD%E5%9B%BD-%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%B3/dp/4000004328

ただし,「軍閥」勢力が「活躍」していた北京政府期(1912〜1928)まで
の描写が中心で,国民政府の成立後,日中戦争からWW2期のことに
関しては別の本を見る必要がある.

手がかりとしては,
渋谷 由里「馬賊で見る「満洲」―張作霖のあゆんだ道」(講談社メチエ)
福本勝清『中国革命を駆け抜けたアウトローたち』(中公新書)
などから手を付けて行かれてはいかがでしょうか.

軍閥を含めた中華民国という時代状況を知るには,こちらの本がコンパク
トかつ要点をつかんで当時の状況を纏めている.

ロイド・イーストマン「中国の社会」(平凡社・1994年)

例によってこの本も絶版だが,ネットで検索してみると,ある程度古書で出回
っている模様.

223 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/10/22(水) 23:20:25 ID:???
軍事色は薄めだが,大東亜戦争になってからの中華民国については笹川裕史/奥村哲「銃後の中国社会」もいいですな.

224 : 名無し三等兵[] 投稿日:2008/10/28(火) 22:24:32 ID:J895Td++ [1/1回]
ブルガリアの戦車発掘の続報はないですか・・・
売れたのかな?

225 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/10/29(水) 20:06:42 ID:???
>>233
>笹川裕史/奥村哲「銃後の中国社会」

確かに.

中国の戦時下の動員体制が,中国の国民に与えた影響について
これだけ明らかにした著書が出版された意義は大きい.

ここ数年来,中国や台湾での日中戦争〜二次大戦期の史料公開
が進んできているので,今まで明らかでなかった状況が一次史料
を使って分析出来るようになってきており,このような著作がさらに
出版される事を期待する.

ちなみに

「1949年前後の中国」
ttp://d.hatena.ne.jp/asin/4762927791/duoyudehua-22
で「銃後の中国社会」の続編というべき,戦後の四川の中国共産党
による食料徴発体制の確立に関する論考が掲載されている.

軍事板,2008/10/10(金)
青文字:加筆改修部分


** 【質問】
 【回答】

242 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/12/19(金) 01:00:39 ID:???
ブルガリアもユニークな存在だよな
バルカン戦争ではギリシャ,セルビアと組んでトルコと戦ったが
主力同士の戦いはブルガリアだけがやり
ギリシャとセルビアはその間にマケドニアの殆どを分割
それでもブルガリアの取った領土が多いと敗戦国トルコと何の関係もなかったルーマニアまでギリシャ,セルビア側について袋叩きにされ

第一次世界大戦ではオーストリアがドイツが止めるのも聞かずに犬猿の中のブルガリアとルーマニアを同盟側に引き込もうとして見事に失敗
怒ったルーマニアが連合国側として参戦
ブルガリアも最初は良かったが,結局じり貧で敗戦国

二十世紀前半のブルガリアの歴史は哀れ過ぎる

軍事板,2008/12/19(金)
青文字:加筆改修部分


** 【質問】
 【回答】
246 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/12/29(月) 22:47:17 ID:???
◎大戦期のスロヘ゛ニアの軍事組織・警察部隊の変遷@
▼部隊編成までの略史
1941年4月:ユーコ゛スラヒ゛アのDrava州(スロヘ゛ニア)知事のカトリック・スロヘ゛ニア人民党のDr Marko Natlacenは
独立スロヘ゛ニア国家委員会を組織し,スロヘ゛ニア駐留の旧ユーコ゛軍を武装解除し
スロヘ゛ニア軍団(Slovenska Legija)として再編成するが,枢軸国に独立は認められず
スロヘ゛ニア軍団は伊軍補助部隊として吸収された

1941年4〜5月:旧ユーコ゛スラヒ゛ア・Drava州(スロヘ゛ニア)は枢軸国に分割された
西スロヘ゛ニアのLjubljana県→伊のフィウメ県に編入
中央スロヘ゛ニアのCarinthia県→独のケルンテン州と上クライン州に分割編入
中央スロヘ゛ニアのStyria県→独の下シュタイエルマルク州に編入
東スロヘ゛ニアのPrekmurje県→ハンカ゛リーに編入

247 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/12/29(月) 23:14:09 ID:???
◎大戦期のスロヘ゛ニアの軍事組織・警察部隊の変遷A
▼軍事組織の編成
1941年5月:旧ユーコ゛軍少佐Karlo Novakはスロヘ゛ニア・チェトニック分遣隊を組織(性格的には反共親枢軸)

1942年3月:非合法化されたスロヘ゛ニア諸政党は各々武装組織を編成した
・戦前の「カトリック行動運動」は10000人で前衛大学学生防衛団(Strazari)と戦闘学生団(Borci)を組織
政治組織としてスロヘ゛ニア国民同盟を結成
・自由主義者と社会主義者の政党配下にあった1000人の学生組織(Sokol)はSokol軍団(Sokol Legija)を組織
・小政党群も1000人の国家軍団(Narodna Legije)を組織

これら諸武装組織は1942年9月に義勇反共民兵組織(MVAC)に吸収された

248 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/12/29(月) 23:34:37 ID:???
うわあ・・・小勢力が群雄割拠ですか.
こういうのは,まとまらないんですよね・・・


249 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/12/29(月) 23:54:12 ID:???
◎大戦期のスロヘ゛ニアの軍事組織・警察部隊の変遷B
※義勇反共民兵組織(MVAC)@
1942年5月:伊は編入された西スロヘ゛ニアでMVACの前身となる郷土防衛隊(Vaske Straze)を組織
別称白衛軍(Bela Garda)

同月:Novak少佐のスロヘ゛ニア・チェトニック分遣隊640名を編入し,彼等は「死の軍団(Legija Smrti)」と自称した

1942年8月6日:伊はErnest Peterlin少佐指揮下にMVACを編成,兵力は1000人

1942年11月1日:Ljubljanaの治安維持のため,210名のMVAC・Ljubljana保安警備隊を新編
しかし過激な行動により1943年1月に解隊

1942年12月:MVAC兵力4500人に拡大,41個中隊,71駐屯地

1943年2月:MVACは新たに機動緊急追撃隊(3個大隊11個中隊)を新編
第1大隊(Vrnika):主に旧スロヘ゛ニア・チェトニック
第2大隊(Gorjanci):旧スロヘ゛ニア軍団,旧Sokol軍団
第3大隊(Mokronog):旧スロヘ゛ニア軍団,旧Sokol軍団

250 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/12/30(火) 00:18:55 ID:???
◎大戦期のスロヘ゛ニアの軍事組織・警察部隊の変遷C
※義勇反共民兵組織(MVAC)A
1943年2月:伊軍・MVAC混成特殊大隊(Posebni bataljon)4個大隊新編

1943年7月:MVAC、兵力6000人に拡大,107駐屯地

同月:スロヘ゛ニア国民同盟は将来の連合軍の上陸を予想しMVAC所属の19個大隊でスロヘ゛ニア国家軍(Slovenska Narodna Vojska)を組織しようとしたが
計画倒れで実現せず

1943年9月:Albin大尉により旧スロヘ゛ニア・チェトニック60個部隊とMVAC1600個部隊でチェトニック・スロヘ゛ニア軍を組織
第1Triglav山岳兵旅団
第2Krim山岳兵旅団

1943年9月8日:伊が降伏し,ハ°ルチサ゛ンがスロヘ゛ニアに総攻撃を仕掛けてきた
攻撃目標は
Turjak城を守る「死の軍団」とKocevjeを守る青色防衛隊
しかしMVACは死守し,ハ°ルチサ゛ンを撃退した

251 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/12/30(火) 00:58:29 ID:???
◎大戦期のスロヘ゛ニアの軍事組織・警察部隊の変遷D
※スロヘ゛ニア防衛軍団(Slovenska Domobranska Legija)→スロヘ゛ニア国防軍(Slovensko Domobranstvo)
1943年9月10日:独軍,伊占領下のLjubljana県を接収し北東伊・アト゛リア海地域に編入

1943年9月24日:旧ユーコ゛軍少将Leon Rupnik,スロヘ゛ニア防衛軍団を編成
2000名の旧MVAC部隊員で3個大隊編成(第1〜3大隊)

1943年9月30日:独,スロヘ゛ニア防衛軍団をスロヘ゛ニア国防軍に改編
Rupnik少将は名目的な最高司令官となり,完全に独警察統制下に入った
実質的指揮はFranc Krener大佐が取った
歩兵63個中隊(1〜7、11〜29、31〜48、51〜56、61〜63、65〜67、71、72、111〜115)
第1〜43中隊→地方守備隊
第44〜115中隊→大隊編成部隊
他に工兵,通信,衛生,業務各1個中隊
砲兵4個中隊
5個装甲列車隊(各隊1両の装甲列車)

1943年10月:第1〜5大隊を編成(内,第4大隊は訓練大隊)

252 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/12/30(火) 01:26:58 ID:???
◎大戦期のスロヘ゛ニアの軍事組織・警察部隊の変遷E
※スロヘ゛ニア国防軍
1943年12月:徴兵により兵力10500名に増加,改編
第1〜7戦闘団(Bojna Skupina)
g
第1〜2訓練団

1944年2月25日:改編
第1訓練団(旧第1戦闘団)
第2鉄道警護団(第4、5戦闘団)
第3作戦戦闘団(旧第2、6、7戦闘団:Kriz突撃大隊,Novo Mesto防衛隊を含む)

1944年5月16日:兵力12000名に増加,改編
4個作戦地域を新設し,各地域に1個突撃大隊を配属
N(北方)作戦地域―第1突撃大隊
W(西方)作戦地域―第2突撃大隊
M(中央)作戦地域―第3突撃大隊(45年3月解隊)
O(東方)作戦地域―第4突撃大隊

1944年8月:第5突撃大隊を新編

1945年3月:第6突撃大隊を新編

1945年3月28日:改称
第1突撃大隊→存続
第2突撃大隊→第5突撃大隊
第4突撃大隊→第2突撃大隊
第5突撃大隊→第6突撃大隊
第6突撃大隊→第10突撃大隊
第12突撃大隊を新編

253 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/12/30(火) 01:35:35 ID:???
すみません,明日仕事なので今日はこれで打ち止めにします
警察部隊編がまだありますが,また後日upします

このソースは前スレに書き込ませて頂いたクロアチア軍編同様
高橋氏の著書「ラスト・カンフ°フ〜」のフ゛ルカ゛リア軍,ルーマニア軍の章と出典は同じです

254 : 名無し三等兵 : 投稿日:2008/12/30(火) 21:31:37 ID:???
乙でした.

255 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/01/03(土) 21:49:58 ID:???
◎大戦期のスロヘ゛ニアの軍事組織・警察部隊F
▼警察部隊の編成
1942年 独に編入されたStyria県に居住していた国防軍の徴兵域外の民族ト゛イツ人105000人を警察任務のSA防衛隊に召集
→下シュタイエルマルク防衛連隊(第1、5機動大隊)
同じく独に編入されたCarinthia県に居住するスロヘ゛ニア人もSA防衛隊に召集
一部は自衛団(Selbstschutz)の小隊群に編入

【注意】上記のようにスロヘ゛ニア人に対するナチスの対応は民族ト゛イツ人と同等である
また非ケ゛ルマン系のフィンラント゛人やワルーン人がケ゛ルマン民族並、エストニア人、ラトヒ゛ア人、クロアチア人が準ト゛イツ人並に扱われるなど
ナチスの各民族に対する対応は画一的でない

1942年5月〜秋 独憲兵司令部下に7個部隊編成

1942年7月 独及びハンカ゛リー,スロヘ゛ニア占領区域での徴兵開始

256 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/01/03(土) 22:44:16 ID:???
◎大戦期のスロヘ゛ニアの軍事組織・警察部隊G
1942年11月2日〜43年4月20日:いくつかの郷土防衛隊、旧ユーコ゛スラヒ゛ア軍Dravski連隊所属の元憲兵
それに志願者とチトー・ハ°ルチサ゛ンの脱走兵から下記の機動反ケ゛リラ部隊(Protibande)5個部隊を編成
・Martin
・Ludvig
・Frip
・Stefan
・Lux

1943年11月12日:伊降伏後、独占領下となった北東イタリア3県(戦前からの伊領含む)のスロヘ゛ニア人により
スロヘ゛ニア国家保安軍団(Slovenski Narodni Varnosti Zbou:SNVZ)を組織
総司令官はAnton Kokalj大佐
しかし志願者は僅かだったので多くの兵員は北アフリカで伊軍捕虜になっていていた旧ユーコ゛スラヒ゛ア軍の残兵や徴兵でまかなったが
最大兵力時でも2000人を越えることはなかった
SNVZは16個中隊からなり、3群に分けられた
・Postojna群(Trieste県)
・Gorica群(Gorizia県)
・Ilirska Bistrica Idria群(Rijeka県)
以上以外にTrieste予備司令部があった

264 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/01/04(日) 19:38:06 ID:???
>>256
パルチザンからの脱走兵は意外だな

257 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/01/03(土) 23:04:38 ID:???
◎大戦期のスロヘ゛ニアの軍事組織・警察部隊H
1944年1月:上クライン州に独第13、14、25、28警察連隊を配備
スロヘ゛ニア人1000名で国土防衛隊を組織(SNVZと別組織)
∴1945年5月の時点の兵力は2600名
46駐屯地 他に1個機動突撃中隊
ケ゛シュタホ°のErich Dichtlにより
名目的司令官としてSlavko Krekが据えられた
次代はFranc Erpic
実質的指揮はKranjが取った

1944年初頭:また別組織として黒手隊(Crna)を組織
1000人近いハ°ルチサ゛ンとハ°ルチサ゛ンを支援する市民を拷問して殺害した

258 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/01/03(土) 23:49:14 ID:???
◎大戦期のスロヘ゛ニアの軍事組織・警察部隊I
1944年3月:SNVZに都市警察(Policija)を設立

1944年10月:SNVZ16個中隊を4個大隊からなる第1スロヘ゛ニア沿岸突撃連隊に改編

1945年1月:SNVZ司令官Kokalj戦死
SS少佐Georg Michalsenが指揮代行

1945年2月:SNVZに村落警察(Orzniski Zbor)を設立

1945年初頭?:SNVZに予備警護隊(Rezavna Dezelna Brama)を設立
Sinkovec少佐指揮下で鉄道保安業務を補助

1945年4月:SNVZ司令官にJanko Debeljak少佐が就任

1945年5月時点のスロヘ゛ニア警察部隊編成
・Ljubljanska師団―スロヘ゛ニア国土防衛隊
・Gorenjska師団―下クライン国土防衛隊
・Primorska師団―SNVZ
警察部隊総司令官はKrener少佐
部隊名は「師団」だが,当然ながら実際の兵力規模は連隊より小さかったと思われる

1945年5月3日
Primorska主力→Gorizia付近に進出してきた英第8軍に投降
LjubljanskaとGorenjskaは南オーストリアへ撤退したが、連合軍によりチトーに引き渡され
強制収容所に収容後、虐殺された

軍事板,2008/12/29(月)
青文字:加筆改修部分


** 【質問】
 【回答】

267 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/01/06(火) 22:24:40 ID:???
ラトヒ゛ア義勇軍団「LATVIAN LEGION」という本をたまに和訳しながら読んでいるのだが
武装SS第15擲弾兵師団と武装SS第19擲弾兵師団ではかなり練度に差があるみたいですね
後者は師団編成は後になりますが,元はレットラントSS義勇兵旅団で
既に42年7月に後に同旅団第1大隊となるレットラント第21警察大隊が
レニンク゛ラート゛包囲陣南西端の重要地点Urilsk〜Ligovski運河の防衛に投入され見事に任を果たすのですが

268 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/01/06(火) 22:45:58 ID:???
>>267について参考までに
╋部隊別騎士十字章受賞者数
〇武装SS第15擲弾兵師団
第32擲弾兵連隊 1名
計 1名

〇武装SS第19擲弾兵師団
(第2レットラント義勇兵旅団時代 1名)
第42擲弾兵連隊 3名
第43擲弾兵連隊 2名
第44擲弾兵連隊 2名
第19軽擲弾兵大隊 1名
第19師団訓練学校 1名
計 9+1名


╋部隊別黄金ト゛イツ十字章受賞者(騎士十字章受賞者を除く)
〇武装SS第15擲弾兵師団
第33擲弾兵連隊 1名
計 1名

〇武装SS第19擲弾兵師団
第42擲弾兵連隊 4名
第43擲弾兵連隊 3名
第44擲弾兵連隊 3名
第19軽擲弾兵大隊 1名
計 11名

軍事板,2009/01/06(火)
青文字:加筆改修部分


** 【質問】
 【回答】

288 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/02/13(金) 17:19:34 ID:???
ルーマニア軍の戦死者は異常に多い.
何故だろう?


292 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/02/14(土) 23:39:53 ID:???
>>288
それはルーマニア第4軍全体の損害では?

オデッサ攻略戦に参加したのはルーマニア第3軍団の歩兵4個師団と機甲1個戦闘団のみだよ
ルーマニア第4軍12個師団16万人の約3分の1だから5万弱の兵力と見ていいだろう

対するソ連軍はオデッサに8万6000で対海軍艦艇用の大口径沿岸砲を有していた

もしドイツ軍がさらに突撃工兵2個大隊と突撃砲大隊を増援してくれたらもっと楽な展開になっただろう

軍事板,2009/02/14(土)
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 【回答】

324 : ギブミーモリタポ ◆yoOjLET6cE : 投稿日:2009/04/05(日) 18:59:24 ID:???
ベルギー海軍は,WW1後に廃止されてました.沿岸警備は陸軍管轄下.

おそらく最大艦は漁業保護艦「ジンニア(Zinnia,百日草)」でしょう.
WW1時の英軍フラワー級スループ「ジニア」の後身で,排水量1200トン.
ただし武装は大幅に軽減されてて,機銃少数だけであったようです.
http://cgi.ebay.com.sg/1940s-PC-Belgium-Sloop-Zinnia_W0QQitemZ160109140039QQihZ006QQcategoryZ921QQcmdZViewItem
ドイツ軍に鹵獲され大改装,「バーバラ(Barbara)」として使用され,戦後に返還されてます.
WW2後には艦名を「ヤン・ブレイデル(Jan Breydel)」と改めました.

ほかにWW1型のドイツ水雷艇2隻も,漁業保護艇に改装して使ってました.
やはりドイツ軍に接収されますが,うち1隻は1943年に老朽化で除籍されてます.
あとは帆走練習艦(1200トン)くらい.

国際情勢が怪しくなってくると,1939年9月に海軍が復活しました.
アントワープ,ブリュッヘ,オステンドに3個の水上部隊が編成されてます.(>>322参照)
紙上兵力は600名強でしたが,実数は1940年春でも充足率1/3程度だったようです.

主力艦と呼ぶべきは,大戦勃発時には王室ヨット「アルテヴェルデ(Artevelde)」を建造中で,
王室ヨットといっても,実態は1600トン・30ノット弱・4インチ砲*4+機雷120個の高速敷設艦です.
未完成のままドイツ軍に接収されて,1943年に「K4」の名で就役.これも戦後に返還されてます.

亡命海軍は英軍からコルベット2隻,機動掃海艇9隻の供与を受けてます.

軍事板,2009/04/05(日)
青文字:加筆改修部分


** 【質問】
 【回答】

394 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/11/14(土) 10:17:50 ID:???
スペイン内乱〜第2次世界大戦期の中小国の兵器生産企業と国産兵器一覧
《オランダ》
〈フォッカー社〉
D.]]Tフォッケル戦闘機→フィンランドへ輸出
D.]]V戦闘機
G.I.A戦闘爆撃機
C.V.E攻撃機→デンマーク,ノルウェー,イタリア,ハンガリー,フィンランド,スウェーデン,スイスに輸出
T.5攻撃機→大戦勃発後,ドイツ本土のワールハーベン空港を爆撃し,独空軍機30機を撃破した
〈ファンダーン社〉
M39装輪装甲車

《ベルギー》
〈アビオン・フェアリー社〉
フォックスMk.YC複葉複座戦闘機

《ユーゴスラビア》
〈イカルス社〉
IK―2戦闘機→クロアチア独立国空軍で使用
〈ロゴジャルスキー社〉
IK―Z戦闘機

401 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/11/14(土) 21:48:44 ID:???
>>394追加
《スウェーデン》
〈ランツベルク社〉
L―60軽戦車
Strv m40軽戦車
Strv m42中戦車

407 : 名無し三等兵 [] 投稿日:2009/11/17(火) 22:10:25 ID:EUbLg7UT [1/1回]
>>401
>《南アフリカ》 南アフリカ装甲偵察車

マーモン・ハリントン装甲車のこと?

408 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/11/17(火) 23:28:23 ID:???
>>407
MkUからその会社の四輪駆動システムを使ってたんでそう呼ばれてたみたいだけど,
MkTは4駆でなく,MkWFは他社の4駆システム積んでるんで,全部をそう呼ぶのは違うんじゃなかろうか.

416 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/11/19(木) 00:06:26 ID:???
>>394
アルゼンチンを忘れないで下さいな
《アルゼンチン》
ナヒュール中戦車→アルゼンチン陸軍が使用

あとポーランドって「中小国」かな?

432 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/12/16(水) 02:54:45 ID:???
>>394〜の追加と訂正

《オランダ》
〈フォッカー社〉
D.XXI戦闘機→フィンランドのほかデンマークにも輸出.本国でも使用.

ほかに
フォッカーC.X
フォッカーT.VIII など多種.
〈コールホーフェン社〉
FK-51→スペイン内乱で共和国軍に輸出.本国でも使用.
FK-56→開戦時生産が始まったばかり.少数使用?
FK-58戦闘機→フランスに輸出.

《ベルギー》
〈SABCA〉
ルナールR31→パラソル翼の偵察機.
〈ファミユルー製作所〉
ヴィッカース・ユーティリティー・トラクター→ライセンス生産.本国で使用,およびオランダ東インドに輸出.
T-13自走砲→英ヴィッカース社車体に自国製47mm砲搭載.T-13B3は車体もライセンス生産?

436 : 394 : 投稿日:2009/12/17(木) 20:41:14 ID:???
>>432-434
修正サンクス

395 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/11/14(土) 10:53:00 ID:???
《チェコスロバキア》
〈アビア社〉
B―534複葉戦闘機→ギリシャ,ユーゴスラビアに輸出,スロバキア空軍,ブルガリア空軍で使用
S―231複葉戦闘機→スペイン共和国政府に輸出
S―328複葉攻撃機→スロバキア空軍,ブルガリア空軍で使用
〈アエロ社〉
A―100複葉攻撃機
Ab―101複葉攻撃機→スペイン共和国政府で使用〈タトラ社〉
OAvs.30装輪装甲車→スロバキア陸軍で使用
〈CKD/スコダ社〉
LT―34軽戦車
LT―40軽戦車
LTvs.35軽戦車→ドイツ陸軍で使用
LTvs.38軽戦車→ドイツ陸軍で使用
ヘッツァー駆逐戦車→大戦期に同社で開発,ドイツ陸軍で使用

《フィンランド》
〈VL社〉
ミルスキーU戦闘偵察機
メルケーモラーニ戦闘機→エンジンは捕獲したソ連製クリモフM105P
〈?社〉
BT―42支援戦車→車体はソ連製BT―7快速戦車,主砲はイギリス製4.5インチ砲
ランズヴェルクアンチU対空戦車
→車体はスウェーデン・ランズヴェルク社製L60軽戦車,砲はスウェーデン・ボフォース社製40o砲

396 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/11/14(土) 11:35:46 ID:???
《ルーマニア》
〈IAR社〉
IAR80戦闘機
IAR81戦闘爆撃機
JRS79B爆撃機→エンジンはドイツ製ユモ211系
〈プラガ社〉
R―1軽戦車
R―35/45軽戦車→車体はフランス製R―35軽戦車,砲はソ連製45o砲
〈レオニーダ社〉
TACAM・T―60対戦車自走砲
→車体はソ連製T―60軽戦車,砲はソ連製76.2o砲,装甲板はソ連製BT―7快速戦車のを流用
TACAM・R―2対戦車自走砲
→車体はチェコスロバキア製LTvs.35軽戦車(R―2軽戦車),砲はソ連製76.2o砲,装甲板はソ連戦車のを流用

397 : 名無し三等兵[] 投稿日:2009/11/14(土) 11:46:49 ID:3p7txmPU [1/1回]
《スペイン》
〈イスパノ社〉
ニューポール52複葉戦闘機→基本機体はフランス製NiD42
HA―1109―J1L→機体はドイツ製Bf109G―2,エンジンは国産HS12Z
HA―1112―M→機体はドイツ製Bf109G―2,エンジンはイギリス製マーリン500

398 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/11/14(土) 14:40:50 ID:???
スペインのVerdeja戦車があるね.
1型と2型,自走砲型.

あと,大英帝国傘下の国々が独自兵器をいろいろ作ってるのも,けったいなのがおる.

402 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/11/15(日) 23:04:43 ID:???
追加

《スウェーデン》
〈スカニア-バビス社〉
SKPF m/42装甲兵員輸送車

《カナダ》
〈モントリオール・ロコモーティブ社〉
ラム巡航戦車
セクストン自走砲
ラム・カンガルー装甲兵員輸送車
〈カナダGM社〉
オッター軽偵察車
〈不明〉
スキンク対空戦車
リンクス・スカウトカー

《オーストラリア》
センチネル巡航戦車

《南アフリカ》
南アフリカ装甲偵察車

《インド》
インド型装輪装甲キャリアー

403 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/11/16(月) 01:36:26 ID:???
>>402
オーストラリアには,CA-12なども加えてやって,いいんじゃないかな?

406 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/11/16(月) 20:29:18 ID:???
追加ー

《スウェーデン》
〈スカニア-バビス社〉
Stvr m/41 →チェコスロバキアTNH-Svのライセンス生産品
Sav m/43 →Stvr m/41の台車に105mm砲を搭載した突撃砲
〈オスカーシャムス・シップヤード〉
Stvr m/37 →チェコスロバキアAH-WSvをノックダウン生産
〈サーブ社〉
サーブ J21 戦闘/攻撃機 →エンジンはDB605B.推進式の為,射出座席搭載.
〈航空庁国立工場〉
FFVS J 22 戦闘機 →P&Wツインワスプを無断コピーして搭載.戦後にライセンス料支払い.

>>403 これか?
《オーストラリア》
〈コモンウェルス社〉
CA-12 ブーメラン 戦闘機

404 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/11/16(月) 02:21:37 ID:???
おお,資料出してくれた人おつ

405 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/11/16(月) 16:31:38 ID:???
これは次スレからはテンプレ入りだな

409 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/11/18(水) 03:42:18 ID:???
ちょ
ブーメラン戦闘機

410 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/11/18(水) 04:28:53 ID:???
ブーメラン戦隊

411 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/11/18(水) 07:00:19 ID:???
ブーメラン戦闘機は,秦郁彦の第二次大戦航空史話に出てきたな
・・・とおもって見返したら,前身のCA-3ウィラウェイの話だった.

ウィラウェイはテキサン練習機系の豪州ライセンス型で,755機生産.
固定機銃も持ってて,爆装可能な多用途機として配備され,一部では防空任務まで負っていた.
ラバウル空襲でも日本の機動部隊機と空戦になって,あっさりと6機を失った.しかたないわな.
そんでも,1942年末に零戦1機撃墜を記録しているそうな.実際はどうだったのかわからん.
ニューギニア戦線での直協任務には便利だったようだ.

オーストラリアが国産戦闘機を作ろうとしたときには,
このウィラウェイが,製造技術のある機体では一番戦闘機に近かったので,原型機に選定.
そんでもって単座化など所要の改設計をして完成したのが,CA-15ブーメランというわけ.
P&WのR1830ツインワスプ1200馬力で最高時速480km,武装は20mmが2門と7.7mmが4門.
1943年半ばから本格的な部隊配備が始まったものの,
この性能では第一線戦闘機としての出番はなく,ウィラウェイに代わって直協機として使用.
撃墜記録なし.えーウィラウェイだってゼロを撃墜してるのに,戦果ゼロだって.

419 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/11/19(木) 01:18:50 ID:???
《スイス》
〈EKW社〉
D27パラソル葉戦闘機
C35単葉半複座戦闘機
C36戦闘機
〈ドフルク社〉
D3801戦闘機
D3802戦闘機

433 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/12/16(水) 02:55:37 ID:???
《ユーゴスラビア》
〈ロゴジャルスキー社〉
IK―Z戦闘機 ……「IK-3」の間違いでは?
PVT→複葉の練習機
SIM-X IVH→双発双フロートの水上機
〈王立航空機工場〉
ドルニエDo17K→ライセンス生産

《チェコスロバキア》
〈アビア社〉
B-35→低翼単葉の試作戦闘機.
B-135→B-35の生産型.ドイツ占領下で作られ全機ブルガリアに輸出.
B-71→戦前ライセンスを取得して生産したツポレフSB-2.スロバキア空軍でも使用.ブルガリアにも輸出.

装甲車,戦車の年式は「vs.」ではなく「vz.」のはず.(OA vz.30,LT vz.35など)

《フィンランド》
〈VL社〉
フォッカーC.X
フォッカーD.XXI それぞれライセンス生産

ランズヴェルク・アンティII対空戦車は生産ではなく,砲はすでに輸入して持っていたので車体のみ輸入しただけ.車体はL60軽戦車とは別設計.

434 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/12/16(水) 02:57:37 ID:???
《ハンガリー》
〈MAVAG社〉
ヘシャーM戦闘機→読みは「ヘーヤ」では? ヘーヤIがイタリアからの輸入品でヘーヤIIがハンガリー製ノーム・ローン搭載のライセンス型のはずで,Mという形式名はあったっけ.

《ルーマニア》
〈IAR社〉
IAR80/81→機体後半のフレームはライセンス生産していたポーランドPZL P-24戦闘機の流用.
IAR37/38/39→単発複葉の軽爆・偵察機

軍事板,2009/11/14(土)
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412 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/11/18(水) 09:40:06 ID:???
スウェーデン,オランダは自前で軍艦作ってたような気がする

戦前ならオーストリアもダイムラー装甲車を自主開発して作ってたよね→後にイギリスで(ライセンス?)生産されるけど

エストニアやラトビアもハンガリー,ルーマニア以上のそこそこの工業力技術力あるから潜在的兵器開発能力はあったと思う
でも人口やその財政規模からしては他国製兵器を輸入した方が費用対効果考えれば妥当だろうね

417 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/11/19(木) 00:06:39 ID:???
>>412
イギリスでオーストロ・ダイムラーの装甲車を生産した事なんてあったか?どの装甲車?
イギリスのダイムラーと(自動車の世界では英語読みの「デイムラー」と表記する場合が多い)
オーストロ・ダイムラー,ドイツのダイムラー・ベンツはそれぞれ全く別の会社だぞ?
社名が同じダイムラーだからって混同してないか?

オーストロ・ダイムラーには設立したのがダイムラー・ベンツ創設者の一人ゴットリープで,
初代社長はゴットリープの息子パウルだというダイムラー・ベンツとのつながりがあるが,
製品はダイムラー・ベンツのライセンス生産ではなく開発設計から独自の物だ.

デイムラー(ダイムラー)はダイムラー・ベンツ船舶エンジンのライセンス生産権を購入した
イギリス企業で,初期にダイムラー・ベンツ設計エンジンを英連邦内限定製造販売していた以外に
ダイムラー・ベンツとの関係はなく,契約が切れた後は独自設計の製品しか作っていない.
ましてやオーストロ・ダイムラーと関係があった事は一度もないと思うんだが.

軍事板,2009/11/19(木)
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413 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/11/18(水) 12:45:31 ID:???
オランダの装甲車で変わった経歴のWilton-Fijenoord警察装甲車
ドイツのクルップ社が製造した車体をベースに,装甲板をかぶせて3両製造.
旋回銃塔と車体前後に機銃各1丁.傾斜装甲がなかなか素敵.

2両は蘭印の植民地軍に配備されるが,道路事情が悪く高温の現地には向かず,
ブラジルへ警察用に売却.武装は火炎放射器・催涙ガス噴霧器に換装される.

1両は本国に残されてオランダ軍が引き取るも,ドイツ軍のオランダ侵攻で鹵獲される.
警察部隊の装備に回されて,増強警察装甲小隊「ベルリン」に所属してベルリン市街戦に参加.
総統官邸の直衛として配置され,中庭の石畳上で撃破された.

なおクルップ社はほぼ同型の車両をドイツ警察向けにも製造した.
http://www.ecsbdefesa.com.br/arq/Art%2013.htm

3両目撃破状況全景http://forum.axishistory.com/download/file.php?id=61609
こっちにもちらっとhttp://forum.axishistory.com/download/file.php?id=61611

軍事板,2009/11/18(水)
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431 : 名無し三等兵 : 投稿日:2009/11/22(日) 19:40:33 ID:???
イタリア製カプロニCa310 : 当時の先端技術を導入した一線機.
ペルー16機,ノルウェー4機,ハンガリー36機,ユーゴスラビアが12機を購入.

ノルウェー:購入時
自国の軍部増強が大変な中でこんな新鋭機を売ってくれるだなんて!
しかも外貨じゃなくて塩鱈と交換でも良いとは… ありがとう,イタリア!
ノルウェー:導入後
塩鱈損した…

ハンガリー購入分は,40年に33機がにイタリアに戻された.

ユーゴスラビアは問題点を克服!?し,改修型Ca310bis,後継機Ca311を別途購入.
なにげに凄い.

軍事板,2009/11/22(日)
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 【回答】

438 : 名無し三等兵[age] 投稿日:2010/01/29(金) 06:07:13 ID:???
中小国じゃなくて大国だといえるかもしれないが,保守ネタに中国の話.

ノルマンディ上陸作戦に参加した中国国民党海軍士官の最後の生き残りが,
去年の11月に亡くなったそうだ.
1942年にイギリスに留学し,グリニッジ海軍大学で学び,
ノルマンディ時はイギリス海軍の護衛空母「サーチャー」に乗り組んでいたとのこと.
戦後は,共産党海軍に所属し,後には英語の語学教師として働いたそうだ.

ちなみに,ほかに23人が一緒に留学生として派遣されたが,みんな先に亡くなった.
2006年に,唯一生き残っていたこの人に,
フランス政府からレジオンドヌール勲章が贈られたと.
http://news.xinhuanet.com/english/2006-07/06/content_4799968.htm
http://www.telegraph.co.uk/news/obituaries/military-obituaries/naval-obituaries/6772504/Huang-Tingxin.html

軍事板,2010/01/29(金)
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 【回答】

441 : 名無し三等兵 : 投稿日:2010/01/30(土) 01:05:41 ID:???
マケドニアは大戦時はまだ独立してないよ
大戦時はブルガリアが東マケドニアを占領して
イタリアが西マケドニアを占領したが
鉱山の領有権でもめて42年8月に武力衝突まで発展する

その後はおそらくドイツが仲介に入っただろうが
当時のブルガリア,イタリア両国陸空軍の装備で戦ったならどうなるかというのには興味がわく

まだブルガリア軍がスコダ製軽戦車どまりでドイツ製の戦車,航空機がまだ導入されていない時期だから
イタリア軍といいとこ勝負だろう

442 : 名無し三等兵 : 投稿日:2010/01/31(日) 02:57:26 ID:???
42年8月時点での伊・ブルガリアの装備
《戦闘機》【伊】CR42,G50bis,C.200セリエXX,C.202セリエVI【ブルガリア】Bf109E-4
《戦闘爆撃機》【伊】CR42AS,C.200CB,RE2000セリエIII,RE2001CB
《攻撃機》【伊】Ca314
《急降下爆撃機》【伊】Ju-87B-2,Ju-87R-2【ブルガリア】Ju-87K-3
《爆撃機》【伊】S.79,BR20M,Z.1007bis,P108B
《装甲車》【伊】AB41
《軽戦車》【伊】L3/35FA,L3/38,L6/40【ブルガリア】T11(スコタ゛35t)
《中戦車》【伊】M13/40,M14/41
《突撃砲》【伊】M40,M41
《自走対戦車砲》【伊】L40
《自走高射砲》【伊】M41M
《火炎放射戦車》【伊】L3/35

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448 : 名無し三等兵 : 投稿日:2010/02/20(土) 21:24:34 ID:???
ブルガリア軍名称

L3/33       …… アンサルド・フィアット軽戦車
ヴィッカース6t  …… ヴィケルス戦車
シュコダT-11/Pz.Kpfw.35(t) …… シュコダT-11戦車
Pz.Kpfw.38(t)   …… プラガ戦車
ルノーR35     …… ルノー戦車
オチキスH38    …… ホチキス戦車
IV号戦車     …… マイバッハT-IV戦車
パンター     …… パンテラT-V戦車
セモベンテDa47/32 …… SPA戦車
40Mトゥラーン   …… ヴェンゲル戦車
III号突撃砲    …… マイバッハT-III突撃砲
IV号駆逐戦車   …… マイバッハT-IV突撃砲
ヘッツァー    …… プラガ突撃砲
Sd.Kfz.222    …… M-222装甲車
Sd.Kfz.223    …… M-223装甲車

出典
Kaloyan Matev, "Equipment and Armor in the Bulgarian Army - Armored Vehicles 1935 - 1945", Angela, Sofia 2000

軍事板,2010/02/20(土)
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451 : 名無し三等兵[] 投稿日:2010/03/15(月) 14:39:47 ID:4r77NfxA [1/1回]
モンゴル軍の装備知りたいけど資料があんまり無いね
空軍とかもソ連から補強されたみたいなのを読んだ記憶はあるんだけど

452 : 名無し三等兵 : 投稿日:2010/03/27(土) 19:53:11 ID:???
モンゴル軍ですか.
ノモンハン事件とか面白そうですけど,いかんせん資料がありませんね.

453 : 名無し三等兵 : 投稿日:2010/03/27(土) 22:18:19 ID:???
1921年秋,ソ連→モンゴル
小銃3,000丁,サーベル3,000本,回転式拳銃150丁,機関銃40丁,砲4門,航空機2機
装甲車1両,乗用車2台,貨物自動車2台,弾薬と借款供与

1933年
騎兵師団4個,独立輸送連隊,統合軍学校所持(他に地方軍もあり)
独立機甲連隊も編成終了(T-27豆戦車,BA-27装甲車各10両)
20年代初頭に供与されていたイジョーラ工場製フィアット,オースティン第3シリーズ
アームストロング・ウィートウォルト・フィアットといった装甲車も教習用として使用

1936年
BA-6とFAIをそれぞれ35両と15両,ZIS-6車台のタンク車が6台
修理車A型(ZIS-6車台)1台,修理車B型(GAZ-AA車台)5台供与

1939年春の編成
騎兵師団8個,装甲車旅団1個,輸送,工兵,航空の各部隊

騎兵師団編成定数
騎兵連隊2個(サーベル騎兵中隊2個,機関銃騎兵中隊1個),砲兵大隊1個
装甲車大隊1個(軽装甲車中隊,中装甲車中隊各1個),通信中隊1個,輸送中隊1個
師団学校(主に下士官層の教育が行われていた)の計1,591名

騎兵師団装備(すべての師団が下記の編成定数を満たしていたわけではない)
76o野砲1902年型4門,76o連隊砲1927年型4門,45o対戦車砲1932年型6門
7.62oマクシム機関銃42丁,7.62oDP機関銃44丁,小銃1,279丁,回転式拳銃180丁,軍刀1,060本
BA-6・BA-10装甲車計9両,FAI装甲車9両,ZIS-5トラック18台,GAZ-AAトラック4台
マクシム高射機関銃搭載型GAZ-AAトラック6台,ZIS-5水油供給車1台,ZIS-6タンク車1台,衛生バス2台
11AK無線装置1台,5AK無線装置1台,軽四輪車24台,弾薬箱42箱,野戦調理車17台,二輪車13台,軍馬1,723頭,駱駝198頭

(コロミーエツ著「ノモンハン戦車戦」より)

軍事板,2010/03/27(土)
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461 : 名無し三等兵 : 投稿日:2010/05/01(土) 00:44:51 ID:???
ルーマニアのR-35に45mm砲を積んだR-35/45軽戦車がどんな物なのか,
328で紹介されてたルーマニア軍サイトに見に行ってきた.

41年にソ連の45mm砲を沢山手に入れたから,手っ取り早く対戦車能力をupさせようと,
ドイツが1号戦車やR-35にオープントップで47mm砲積んだような形で乗っけたんだろうなと.
なんとなーく想像してたのが全然違った.

43年頭に,保有している37mm短砲身砲搭載R-35の近代化改修を計画.
小さな一人用砲塔に45mm砲を砲耳をかなり前方に突き出す形で収める(狭いので共軸機銃なし)事とし,
44年6月までに30台を改修して第2戦車連隊に配備.
のち,対独戦に投入され全損.

43年の時点でも45mmはしんどいんじゃないかと思うけれども,台車がR-35じゃなぁ…

軍事板,2010/05/01(土)
青文字:加筆改修部分


** 【質問】
 【回答】

510 : 名無し三等兵 : 投稿日:2010/09/24(金) 00:39:11 ID:???
>>509
確かにねえ.
ただ双砲塔型はあまり戦力として期待してなかったみたいだから,
双砲塔型は増加試作的な感じで,さっさと単砲塔型に統一しちゃう予定だったのでは?
実際は砲塔と砲の設計が遅れたけど.

ついでと言ってはなんだけど,『Polska 1939』(Wydawnictwo Militaria)に掲載されている
ポーランド軍機械化部隊の編制を載せておきます.

独立豆戦車中隊(1939年9月)
中隊司令部(TK-3またはTKSx1)
豆戦車小隊x2
司令部(TK-3またはTKSx1)
TK-3またはTKSx5
技術小隊

装備
TK-3またはTKSx13/トラックx5/戦車運搬車x2/その他スタッフカー,バイク,炊事具/兵員91名


7TP軽戦車大隊(1939年9月)
大隊司令部
7TP中隊×3
中隊本部(7TPx1)
7TP小隊(7TPx5)x3
管理中隊(C7Px3)

装備
7TPx49/C7Px3/トラックx25/戦車運搬車x4/その他スタッフカー,バイク,野戦炊事具/兵員462名

512 : 名無し三等兵 : 投稿日:2010/09/24(金) 00:44:50 ID:???
あー鬱だ死のう….

独立豆戦車中隊(1939年9月)
中隊司令部(TK-3またはTKSx1)
 豆戦車小隊x2
  司令部(TK-3またはTKSx1)
  TK-3またはTKSx5
 技術小隊

装備
TK-3またはTKSx13/トラックx5/戦車運搬車x2/その他スタッフカー,バイク,炊事具/兵員91名

第10自動車化騎兵旅団(1939年9月)
旅団司令部
 第24Ulan(槍騎兵)連隊
 第10乗馬ライフル連隊
 第16自動車化砲兵大隊
  野砲中隊(75mm砲x4)
  榴弾砲中隊(100mm砲x4)
 偵察大隊(TKSx4/TKFx9/37mm砲x3)
 自動車化工兵大隊
 自動車化対戦車大隊
 第71自動車化対空砲中隊
 通信中隊
 第551軽トラック縦隊
 装甲部隊
  第121軽戦車中隊(ヴィッカース6t戦車x16)
  第101偵察戦車中隊(TKSx15)

516 : 498 : 投稿日:2010/09/25(土) 22:13:48 ID:???
>>512,>>513にある戦車運搬車はタンクローリーの間違いでした.
重ねてお詫びします.


513 : 名無し三等兵 : 投稿日:2010/09/24(金) 00:47:15 ID:???
7TP軽戦車大隊(1939年9月)
大隊司令部
 7TP中隊×3
  中隊本部(7TPx1)
   7TP小隊(7TPx5)x3
 管理中隊(C7Px3)

装備
7TPx49/C7Px3/トラックx25/戦車運搬車x4/その他スタッフカー,バイク,野戦炊事具/兵員462名


度々重複して本当に申し訳ありません.

514 : 名無し三等兵 : 投稿日:2010/09/24(金) 00:48:03 ID:???
ワルシャワ装甲・自動車化旅団(1939年9月)
旅団司令部
 第1乗馬ライフル連隊
  騎兵大隊x4
  重火器大隊
  偵察大隊
 第2自動車化砲兵大隊
  野砲中隊(75mm砲x4)
  榴弾砲中隊(100mm砲x4)
 自動車化隊戦車大隊
 第71自動車化対空砲中隊
 第12軽戦車中隊(ヴィッカース6t戦車x16)
  軽戦車小隊x3
 偵察大隊(TKSx12)
 第11偵察中隊(TKSx13)
 通信中隊
 自動車化工兵大隊
 第一歩兵連隊
  歩兵大隊x4
  重火器大隊
  偵察大隊
 管理部隊

軍事板,2010/09/24(金)
青文字:加筆改修部分


** 【質問】
 【回答】

547 : 名無し三等兵 : 投稿日:2011/04/14(木) 07:06:19.08 ID:???
《南アフリカ》
南アフリカ装甲偵察車 これをもちっと詳しく

MkT:フォードの民生用4x2 3tローリーのシャーシを134インチに短縮+強化
ヴィッカース7.7mmを円筒形銃塔と車体左側面後部に各1丁搭載

MkU:MkTに米国マーモンヘリントン社製四輪駆動システム搭載
後期に接合をリベット→溶接,操縦室ドアを小型化して後方へ移動の改修
北アフリカ向けに銃塔へボウイズ対戦車ライフル+ブレン軽機,銃塔上前後に対空用ブレンとヴィッカース機銃搭載
南ア向け549輌,英軍向け338輌生産

MkV:ホイールベースを117.5インチに短縮,グリル前面開閉装甲を固定,八角形の新型銃塔
後期に前面装甲板をグリルのない平板に,後面ドアを大型両面開きから小型一枚へ等改修
41-42年に2630輌生産

MkW:シャーシ使用を止め,部品は装甲版にボルト止め.エンジンを後部に移動
新設計2人用砲塔に2ポンド砲,7.62mmM1919A4,砲塔上面に対空機関銃各種搭載
MkW F:マーモンヘリントン社の四駆システムが入手し辛いので,カナダ・フォードF60L 4x4 3tローリー用を搭載,エンジンは前方へ
MkW,MkW F合わせて2116輌生産,43年から配備

MkY:ドイツっぽい多角形の8x8台車に,クルセイダーっぽいソロバン玉6ポンド砲砲塔を搭載
試作2輌のみ

軍事板,2011/04/14(木)
青文字:加筆改修部分


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