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◆◆ペレストレイカ以降 Peresztrojka
◆戦史
<ロシアFAQ 目次
「Togetter」◆(2011/05/18) @torii_h 氏の抄訳による,IAEA報告書「チェルノブイリ事故の環境への影響とその除去」2006年
「Togetter」◆(2011/09/26)「今のチェルノブイリ周辺の健康な新生児は15%」山本太郎が関西テレビ“たかじん胸いっぱい”に出演(動画)
> これ調べてたんだが,ベラルーシの記録を見る限り汚染地域でも95%近くは健康な新生児が生まれてるような…
http://bilininfojp.blogspot.com/2011/09/blog-post_19.html
> 事故後に変化してはいるが,汚染の酷い地域の記録で健康な新生児96%→93%で,しかもソ連崩壊を挟んでるので他の要因もある.
> ただ少なくとも,15%だけが健康というデータではない.
> 国連が入って調査したチェルノブイリ周辺地域でも,先天性奇形の上昇は認められていない.
国連科学委員会報告2008 チェルノブイリ事故の放射線の健康影響について[PDF]
――――――極東板,2011/09/28(水)
「Togetter」◆(2012/12/19)チェルノブイリ事故の健康被害が誇張されているとするロシアからの声
「VOR」◆(2012/03/03)チェルノブイリ原発 新たな石棺の設置作業開始
「VOR」◆(2012/04/26)チェルノブイリ原発事故から26年
「VOR」◆(2012/08/15)チェルノブイリと立ち入り禁止区域の一部は人間が住める状態にある―ウクライナの専門家
「VOR」◆(2012/11/28)チェルノブイリ原発で新たなシェルター建設
「愛・蔵太の気になるメモ」■(2012-07-28)[原発]誤訳です→「今も苦痛を…」200万人が被害,チェルノブイリ原発事故 ウクライナ大統領,国民向けに演説
池田香代子 in twitter(2012/03/09)
「チェルノブイリハート」で最も驚くのは,脳性マヒの子達のシーンです.
これは難産での酸素不足など様々な原因で起こりますが,放射線とはおよそ無関係.
なのに,四肢の障害が「絵になる」からでしょうか,延々と映す.
あの子達の多くは,知能に障害はありません.
撮影時,あの子達がどう思っていたか,胸が痛む.
「カラパイア」◆(2014/06/18) チェルノブイリ原子力発電所事故に関しての25の真実
「放医研」◆尿中セシウムによる膀胱がんの発生について[PDF]
いわゆる「チェルノブイリ膀胱炎」への放射線医学総合研究所の否定的見解
『調査報告 チェルノブイリ被害の全貌』(アレクセイ・V.ヤブロコフ他著,岩波書店,2013/4/27)
【質問】
ペレストロイカって何?
Mi az a peresztrojka?
【回答】
ペレストレイカ перестройкаとは,ソ連において1985年から立ち上げられた,政治体制の改革運動の名称.
A peresztrojka (oroszul: перестройка) a Szovjetunióban 1985-ben elindított
gazdasági-társadalmi reformcsomag neve.
80年代初頭にソ連経済が行詰り,西側に大きく遅れをとったという危機意識から,同年のゴルバチョフ・ソ連共産党書記長就任により始められた.
ゴルバチョフは,社会主義体制の枠内での改革を志向し,人民代議員大会の創設(1988年),協同組合や請負制の導入など政治と経済における改革を中心とした.
軍事面では,経済改革のためにコスト削減が図られた.
まず1986年,アフ【ガ】ーニスタン派兵の縮小を決定し,1988年には同国から完全撤退した.
1987年末には,アメリカとの間で中距離核戦力全廃条約を締結.
中ソ国境での緊張緩和も進め,1989年5月には,ゴルバチョフは中国を訪問した.
たが,モスクワ市書記エリツィンなどの急進派は不十分だと批判し,保守派の党幹部や軍上層部は危機感を抱いて反対した.
そして,物資の不足により高まる国民の不満を背景に,社会主義体制そのものの放棄と,連邦制の崩壊につながった.
なお,「ぺれすとれイカ?」と書くと,何かのセリフっぽくなってしまうので注意.
【参考ページ】
横手慎二『現代ロシア政治入門』(慶応義塾大学出版会,2005),p.33-36
https://kotobank.jp/word/ペレストロイカ
http://www.y-history.net/appendix/wh1702-006.html
mixi, 2016.10.20
【質問】
wikipediaによれば,チェルノブイリ原発事故の原因は,以下だとされているのですが……?
――――――
チェルノブイリ原子力発電所事故 - Wikipedia
事故の経緯 [編集]
1986年4月25日に,4号炉は定期保守のためにシャットダウンすることが予定されていた.
この時を利用して,外部電源喪失時に4号炉のタービン発電機によって,原子炉の安全システム(特に冷却水ポンプ)に十分な給電を行うことができるかどうかについての試験を行うことが決められた.
具体的には,4号炉の出力を利用してタービンを回した後にこれを4号炉から切り離し,その際にタービン自体が慣性力で回り続けることによって,どれだけの発電出力を得られるかという試験であった.
この試験に際しては,原子炉の出力は標準出力の3.2ギガワットから,より安全な低い出力である700メガワットまで減らす計画になっていた.
実験を行うために,実験予定日の前日から運転員は,炉の出力を予定通りの700メガワットに落として実験開始に備えていた.
しかし,中央の出力司令所からの給電指令が長時間にわたり延期されたために,当初の予定時刻を過ぎても実験を開始できなかった.
その間に,原子炉の内部では中性子を吸収する性質が強いキセノンがどんどん溜まっていき,キセノンオーバーライド状態になって出力が自然に低下し始めた.
運転員は低下した出力を無理に補うため,挿入されていた制御棒を抜かざるをえず,出力が下がっては抜き,下がっては抜きを繰り返すことによって,延びに延びた実験開始の時点では,炉の自動制御棒の殆どが抜かれていたといわれている.
これにより,炉内の出力分布は,まるでフタコブラクダのコブのように,本来核分裂反応が一番活発に行われているはずの中央部で低調で,上下の部分に大きなピークが出現する状態となっていた.
事故を引き起こした実験は,このような状態から開始された.
まず,上記のキセノンによる中性子吸収効果によって,制御棒を目一杯まで引き出していた状態から,実験に適した更に低い出力状態へ移行するために,制御棒が挿入された.
しかしその瞬間,炉の出力は予定外の30メガワットまで低下した[2].
この出力レベルは安全規則が許す限界に近かったにもかかわらず,現場の指揮者は原子炉を停止せずに実験を強行する事を決めた.
しかも下がりすぎた出力を補うために,本来の実験手順・要項の一部を省略し出力を200メガワットとすることに決めた.
その結果,過剰となっていたキセノン-135の中性子吸収を克服するために,安全規則で許されるよりやや多くの制御棒が,炉から引き抜かれてしまうことになった.
――――――
【回答】
残念ながら全て間違い・誤解の固まりです.
wikiの「キセノンオーバーライド」の,誤った記述による誤解の典型例.
原子炉物理を専門とする人間は,キセノンのbuild
upや蓄積・消滅,出力安定性を言っても,オーバーライドという言葉は使わない.
そもそもキセノンが何故中性子にとって毒物であるのか.その効果が何時まで続くのか,生成・消滅がどのようにして起きるのか,全く理解されていないようです.
最も酷い誤解がこの部分.
キセノンがガス状に核燃料に溜まっており,炉心温度が上昇すればガスが抜けるかの如き記載は,あまりの酷さに絶句.
原子炉物理の基礎(10)原子炉の反応度変化 に詳しい解説があります.
それを理解するには(1)-(10)まで読む必要がありますが.
ただ,これらの内容は原子力系大学3年生が,1年間掛けて習う内容です.
定性的なお話は出来ますが,それだけでは誤解を解くのが至難なのが難点.
定性的には
(1) 問題となるキセノンは,核燃料の中に蓄積する設計になっており,燃料被覆管の中へだだ漏れになっているわけではないこと.
(2) キセノンの生成・消滅は,核分裂生成物の壊変と中性子の吸収のバランスで起こること
(3) (2)で述べたように,放射能の壊変と中性子の吸収のバランスが関係するため,それら変動は数時間以上続くのオーダーでゆっくり起こるが,ある一定レベルで収束もすること.
(4) (3)で述べたように,数時間以上オーダーのゆっくりとした変動のため,チェルノブイリ事故のような急速かつ激しい反応度事故の主因にはなり得ないこと.
(5) チェルノブイリ事故でキセノンが取りざたされるのは,RBMK炉では低出力時の安全のため制御棒をある程度残して運転しなければならないが,表に現れたキセノンの影響を打ち消すために,制限以上に引き抜いた状態にしたこと.
(6) つまりチェルノブイリ事故でのキセノンの効果は,副因(制御棒を制限以上に引き抜いての低出力運転にした)であり,主因(低出力時の不安定性)ではないこと.wikiはその点極めて紛らわしい記載になっていること,と言えます.
低出力時におけるRBMK炉では,ボイド発生による正の反応度フィードバック効果が,燃料の負の効果よりも大きくなるのが最大の欠陥で,遅滞なく効いてしまう正の反応度係数が作用したのが原因です.
最も大きな誤解は,「正の反応度フィードバック効果」が遅滞なく即座に効いて対処不能になるのか,ゆっくりとした変化で十分に対応可能なのか.
その作用時間の概念が,全くもって欠落していること.
我々専門従事者には自明でも難解になるため,ほとんどの解説にはこの時間の概念・説明がないが故に,誤解を招くのです.
減速材・冷却材の区別・安定性の理解には間違いはありません.
へぼ担当 in twitter,2010/8/14
【質問】
チェルノブイリ原発事故の際,水蒸気爆発をどのようにして食い止めたのか?
【回答】
金曜日の深夜.技師や作業員たちは,「この仕事を終えれば休める!」と意気軒昂だった.
実験は暴走という結果を生み,休みは潰れた.
災厄.炉心融解,メルトダウン.
炉心直下には,核反応を制御するための冷却水プールがあった.
メルトダウンが進めば,そのプールの水で水蒸気爆発が起きるだろう.
どうしたか?
3人の男たちが 汚染された水の中を泳いでいって,プールの栓を抜いた.
彼らのことは誰も知らない.
アンドレイ・アナネンコ
ヴァレリイ・ベズパロフ
ポリス・バラノフ
彼らは,ひどい事故が「よりひどい事故」になることを防いだ.
ヨーロッパ全域が「死の森」になることを防いだ3人.
彼らのその後は,あえて語らない.
VIP板,2008/09/10(水)
青文字:加筆改修部分
【質問】
チェルノブイリ原子力発電所で石棺を作る作業に,ソ連兵が借り出されましたが,その際,
「アフ【ガ】ーニスタンで2年間」
か
「チェルノブイリで2分間ガレキ撤去」
を兵士に選ばせたそうですが,兵士的にはどちらが割に合うんでしょうか?
【回答】
何するか分かっているなら,アフ【ガ】ーニスタンに行くほうがマシじゃねえのかな.
何しろチェルノブイリでは防護服もマスクも無で,原子炉の爆発現場を処理するんだから.
Wikipediaでは,
・アフガニスタン侵攻時のソ連軍兵士の戦死者数
1986年1333人
1987年1215人
1988年759人
1989年53人
一方,チェルノブイリでは事故発生直後,原発作業員や消防士の他に,事故処理のために多数の軍人や労働者がソ連各地から投入された.
これらをリクヴィダートルという.
事故直後は,原発付近で決死隊的な住民誘導,発電所の消化・清掃,「石棺」の建設作業,などに携わった.
全体で60 万人~80 万人が参加し,うち20
万人は放射線の強い1986~87 年に参加.
具体的な死亡者数は不明な点が多いが,これまで把握されている死者から推定すると,20年間で数万人が死んでいても不思議ではない.
なにしろ放射能防護服どころか,簡単なマスクやヨウ素剤の事前投与,汚染除去用のシャワールーム,放射線から隔離された休憩室や着替えの服,きちんとした事前の指示や安全教育があるか,そういったレベルすら怪しかったのだから.
唯一豊富にあったのはウオッカだけ,という話も.
どんな作業をやったかについては,以下引用.
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/GN/GN9206.html
[quote]
しかしこの頃,現場では難題が持ち上がっていた.
地上の除染はかなり進行し,石棺の建設もぼちぼち屋根を乗せる段階に入っていたが,3号炉の屋上と排気塔のプラットフォームには,事故当時のまま原子炉の破片が散らばっていたのである.
石棺の屋根が出来上がる前に,それらを集めて石棺の中に投げ入れねばならなかった.
そこの放射線量は500~800レントゲン/時に達していた.
初めに,ソ連製や日本製のロボットが投入されたが,全く役に立たなかった.
現場にはパイプが走っていたり段差があった上,強い放射線でロボットのエレクトロニクスが壊れたという.
作業を遅らせるわけには行かなかった.
チェルノブイリ事故処理政府委員会は結局,人海戦術による除染,すなわち兵隊を「バイオロボット」として投入することを決定した.
まず偵察隊により放射線量の測定が行われ,さらに上空から写真をとったりして調べた結果,屋上に散らばっている破片の量は140~150トンと判明した.
建設中の5,6号炉建屋を用い,ダミーの黒鉛や燃料棒片を用いてモックアップ訓練が行われた.
被曝線量のめやすは20レントゲンとされた.
現場の線量を500レントゲン/時とすると,2.4分の作業時間である.
兵隊たちが身に付けた装備の重さは20~25kgにもなった.
1人当りのノルマは,黒鉛で50kgか燃料片で10~15kgとされた.
9月19日より作業が始まった.
バイオロボットには,35才以上の頑健で精神的にもしっかりした兵隊から志願者が選ばれたという.
チェルノブイリを描いた映画に,この作業の様子が出てくるので,記憶にある方も多いであろう.
兵士たちがシャベルを使って,破片を投げ降ろしているシーンである.
作業の様子をテレビカメラでモニターし,ストップウオッチで時間を測り,時間になるとサイレンで知らせた.
何人のバイオロボットが動員されたかは定かでないが,1人50kgのノルマで総量150トンとすると,3000人ということになる.
平均被曝線量は,12~20レムであったという.
10月1日,屋上の除染が終了し,兵隊たちは,戦いの勝利の証として排気塔の上にソ連国旗を掲げた.
しかし,この旗は,それを見て驚いた上司の命令によって,すぐに地上から撃ち落とされた
[/quote]
そんで,被曝でなにが一番やばいかって言うと,体に直接放射線が当たる一時被曝よりも,放射性同位体を体の中に取り込んで起こる二次被曝のほう.
厳重に粉塵を吸い込まないようマスクやら口元にタオルを覆うかして,現地の飲食物を取らないようにすれば大丈夫だが…….
事実,石棺をつくる作業に携わった労働者は放射線の危険など一切知らされず,長期間普段着のまま作業をして放射線障害で亡くなってる.
正確な死者数は公式には発表されてないんだったかな?
この辺はうろ覚えなんだが,数千とか数万人規模だったかと.
●要約
私も基本的に現解説に同意.
ただ,「チェルノブイリで2分間ガレキ撤去」でも,その内容によって早期死亡率や急性放射線障害等の有無が大きく異なるため,早々簡単には比較できない.
ただ,「チェルノブイリで2分間ガレキ撤去」の当時の実際の記録映像を見る限り,簡単に言っても以下の大きな問題点がある.
1. 作業服に大きな問題がある.
防護服とのことで20kg弱の鉛のエプロンは有ったが,あれでは無いよりかはマシ,と言う程度.放射線を完全に遮蔽できる物ではないし,顔や手足は全面マスクをした程度で,無防備に近い.
そもそも,放射能(放射線)防護に用いる個人用被服(装備)は,余程特殊な場合で効果が期待できる物でない限り,人体内部に放射性物質を取り込む内部被曝を防止するための物で,外部に飛び交う放射線から被曝する外部被曝を防止できるわけではない.
2. 放射線被曝量(以下,単純に被曝もしくは被曝量とする)の管理が信用できない.
どうやらフィルムバッチやポケット線量計などの直接測定ではなく(ただし映像を見る限り有るべき所にないと言う程度であり,文献などでの明確な裏付けはない),「時間管理」という緊急時とはいえ,かなり問題のある手法である.
おまけにホットスポットの存在を考えると,大変危険.
そのため,目安値が有り,平均値も出されているが,どこまで信用できるかは疑問.
以上より,「チェルノブイリで2分間ガレキ撤去」ではその場で急性放射線障害を起こさなかっただけマシであり,後々の障害(ガンの発生リスクなど)の恐怖に死ぬまでおびえることを考えると,「アフ【ガ】ーニスタンで2年間」の方がまだマシと考える.
ただし,現在の日本に於いて,同じような状況となった場合――考えたくもないが,覚悟し備えはしている――の装備において,同様の処理を行う場合,注意点さえ厳守すれば,被曝量は問題のないレベルに抑えることが出来るため,評価は逆転する.
●解説
まず,緊急時作業として,現在どれくらいの被曝量が許容されているのか理解していないと,全くもってその深刻さが分からなくなるため,まずはその紹介から.
分かりやすい例として,ICRP(国際放射線防護委員会)新勧告と現勧告から
ICRP新勧告案(2006.6)の特徴
「2006年新勧告案(第2次ドラフト)」では
(213)職業上被ばくし,緊急時の状況に関与する作業者は特殊な条件に従うべき人命救助を含む救助作業を行う最初の対応者については,他の者に対する便益が救助者のリスクを明らかに上回る場合に限り,基本的に拘束値は勧告されないそれ以外に、重大な傷害または破局的状態の進展の防止を伴う救助作業については,約1000mSv(旧単位では100rem)以下,理想的には100mSv(同10rem)以下に維持する
多くの人々がこうむる傷害または多量の線量を防止する救助活動については100mSv(同10rem)以下に維持する復旧活動については,通常の職業線量限度を適用
「1990年勧告*1」(現在の日本の法令規制値のベースとなった物)では
(225)事故の制御と即時かつ緊急の救済作業における被ばく線量は,人命救助を例外として約0.5Sv(同50rem)を超える実効線量とならないようにすべき
皮膚の等価線量は,人命救助を除き,約5Sv(同500rem)を超えることは許されるべきでない
緊急事態がいったん制御されたならば、救助作業における被ばくは,職業被ばくの一部として扱われるべき
とりあえず,難しい事を抜きにすると,このような破局的事故の場合,新勧告案では約1000mSv(旧単位では100rem),現勧告案では約500mSv(旧単位では50rem)が最大限界という事になる.
ただ,これは最悪の状態を想定しているのであって,いくら破局的な場合でもこれ以上の被曝は許容できない(すなわち,これ以上では安全は保証できない./なお,1000mSvが一般には急性放射線障害(悪心,嘔吐など)の閾値とされている.
)という事に注意する必要がある.
詳しくは
被曝 - Wikipedia
を参照.
ただし,今中哲二氏の記述には直接の証言,測定値を引用している部分以外,基本的に過大な信用は禁物である.
なぜなら,反原子力の立場を取る氏が,被曝量をつり上げようという意図が満々であり,影響を過大に評価するための仮定を積み重ねているため,数量的には当てにならず,一次資料の部分のみを検討すべき事に注意が必要.
その上で,厳密には異なるが,おおざっぱには「1レントゲンの放射線被曝=1レム(rem)」となるので,読み解いてみると,
>被曝線量のめやすは20レントゲンとされた.
換算すると200mSvとなるため,上記のICRP勧告値(新1000mSv/現行500mSv)と比較して,それほど無謀な値とは言えない.
>平均被曝線量は,12~20レムであったという.
同じく換算すると120~200mSvとなるため,非常に大きな被曝量(ちなみに通常,私のような職業人の年間最大は50mSv,5年平均で20mSvだが,私自身の場合それより1~2桁以上低いのが普通)とは言えるが,上記のICRP勧告値(新1000mSv/現行500mSv)と比較して,それほど深刻な値とは言えない.
ただし,この「数値の計測,集計がまともであれば」との制限が付くが.
また,初期段階では25レントゲン(250mSv)の被曝基準が設定との情報だが,これもこの基準自体はさほど無謀な物ではない.
ただし,現地の放射能による汚染の程度は,照射された核燃料(つまり文字通り致命的な放射能の固まり)が飛び散っているため,当然一様ではないのは容易に想像が付く事.
本来なら放射線量の測定をして,特に危険な地域を特定すべきであるが,そのようなことをすれば,あっという間に大量の被曝をし,急性放射線障害を起こしてしまい,重要な技術を持つ測定員が失われてしまうのは必至.
そのため,やむを得ず
>作業の様子をテレビカメラでモニターし,ストップウオッチで時間を測り,時間になるとサイレンで知らせた.
との「時間管理」の手法がとられた.
よって,厳密な個々人の被曝量管理を行わない限り,これらの基準を容易に超えることがあるのは必然であり,その基準の4倍以上の放射線を浴びて,急性放射線障害(悪心,嘔吐など)が現れても全く不思議ではない.
また,今中哲二氏が知識としては理解できても,分析として根本的に理解できていない事は,
「放射能は時間とともに減衰する.」
と言う事.
「何を当たり前の事を」と思われるかも知れないが,チェルノブイリ事故の場合,運転中の原子炉が爆発したため,長期的に問題となる長い半減期の放射性物質以外に,短い半減期の放射性物質も大量に放出された事が指摘できる.
つまり,事故直後に最大値を迎え,その後,かなりの勢いで下降するということ.
(ただし,元々があまりにも高すぎるのは言うまでもないが)
すなわち,
「事故直後から,現地に着いて活動を始めたのが早ければ早いほど,同じ場所,同じ長さの同じ作業をしたとしても,被曝量は跳ね上がる.つまり,その平均値の議論にはあまり意味が無く,個々人の被曝量の分布,とくに急性放射線障害発生の閾値を超えたかどうか,が重要となる.」
と言う事になる.
そして,放射性物質による汚染が一様ではなく,局所的に高いところ(ホットスポット・今回は照射された核燃料も含むため文字通り致命的)もある事から,相当厳密な個々人の被曝量管理を行われていない限り,特に事故直後に現場に入った消防士や兵士などに,報道されるような急性・晩性の放射線障害が発生しても不思議ではない.
なお,この場合の被曝形態として,以下の2つが挙げられる.
<ちなみに一次/二次被曝と言う言葉は,「元々放射能の汚染のあるところなどで,直接,放射線を浴びたり,放射性物質が付着,もしくは内部取り込みをしてしまい被曝」/「本来は放射能の汚染などないはずところで,よそから持ち込まれた放射性物質で被曝」との意味合いの方に取られかねない(むしろ普通はこちら).そのため普通は使わずに,外部被曝/内部被曝というのが通常.
1.外部被曝:主にγ線の被曝が問題となる.
このような場合,常時,放射線の線量計(もしくはフィルムバッチなどの測定機器)を携帯していないと,正確な被曝量の評価ができなくなります.そのため,先述の値が本当に正しいのかどうか,よほどしっかりしていなければ疑いの目で見られる事となる.
なお,注意しなければならないのは,汚染現場を離れれば,確かに放射線量は減るはずだが,放射性物質が身体や衣類・靴に付着していた場合,そのまま被曝し続けるという事.
これは後述の内部被爆にも関連し,放射性物質による汚染を広げ,被害を拡大する事になるため,大変に重要となる.
また,兵隊たちが身に付けた装備の重さは20~25kgというが,この程度で全身を覆えるはずが無く,現在までにリリースされている事故当時の映像を見る限り,胴体部分程度しか防護できていない状況.この状況では「ないよりマシ(下手をすれば,かえって動きを阻害しかねないため逆効果)」としか言いようがない.
そもそも,「放射線防護服」というのは,後述の内部被爆を防ぐため,放射性物質を身体の中に取り込まないように,また汚染拡大を防ぐため,汚染の可能性のある衣服を管理すべき区域内にとどめるための物であり,外部被曝を抑えるのは非常に困難.
<もし,効果的に外部被曝(全身)を抑えようとするなら,その所要重量は100kgを軽く超えてしまうだろう.これではモビルスーツに乗るような物である.
すなわち,普段着のまま作業しても,管理すべき区域から外に出るときに脱ぎ捨ててしまえば,外部被曝という点ではほとんど差は無いと言える.
むしろ,住居等に戻る前に,作業の際に付着した放射性物質を中に持ち込んで汚染を広げないようにするため,また,作業服に付着した放射性物質からの被曝及び体内への取り込みを防ぐため,作業が終わり避難したらすぐに靴を履き替え,服を脱ぎ捨て,シャワーを浴びて汚染を持ち出さない事が何より重要となる.
ちなみに,このことは対NBC兵器対策でも全く同じ事が言えるわけでして.自衛隊の化学科や大都市の消防のごく一部ではシャワーなどの除染設備は備えているが,肝心の着替えはせいぜい自衛官分+αぐらいと愚考する.
国民保護計画などではこの点などのケアも必要となるはずだが,除染(服を脱ぎ捨て,シャワーを浴びさせる)は急を要するため,一時たりとも躊躇できない.すると,衣類や靴などをどこかで調達できるまで,除染のみ先に行い,その後は緊急処置として男女別に裸のまま,どこか体育館にでも収容しておくのだろうか?
2.内部被曝:全ての放射線が問題となるが,放射性物質そのものと放射性物質を取り込んだ位置により大きく左右される.
放射性物質を呼吸等で身体の中に取り込んでしまうと,放射性物質が減衰するか,排泄するまで,放射線を浴び続ける事となるため,放射線防護として最も気をつけ,防護の対象とする物.いわゆる活性炭フィルタの入ったマスクや,防護服を着る等は全てこのためと考えて構わない.
そのためには,厳重に粉塵を吸い込まないようマスクをする例がありますが,放射性物質には気体(ガス)状の物もあるため,最悪の場合,厳重な防護服とともに非常に重い空気ボンベを背負って作業する事となる.
<実際に配備されている物では約10kg以上のものばかり.訓練で装着したことがあるが,これで作業をするのは大変厳しく,また種類にもよるが,数十分しか持たないのが普通.
まあ,無防備に吸い込むより,タオルでも何でも構わないので,手持ちで用意できる物で厳重に鼻や口を覆うのは当然ですが,目の粘膜に付着したり,身体に付着してしまえば大量の水で洗い流さない限り,どうしようもないわけで.
「着替えとシャワー」が重要なのは,内部被曝の方がウェイトは高いのですが,先述の通り外部被曝でも重要な事は言うまでもない.
なお,内部被爆に関連してヨウ素剤の事前投与が良く取り上げられるが,これはヨウ素を集積しやすい甲状腺の防護を狙った物.原理はあらかじめ安定なヨウ素過多にしておき,放射性ヨウ素を取り込む余地がないようにしておくもの.
よって,放射性ヨウ素はガス状でもあり,その影響を受ける甲状腺は重要な器官であることから,内部被爆に対して重要な要因であることは変わりないが,あくまでもヨウ素剤の事前投与はこの放射性ヨウ素対策であって,他の放射性物質の内部取り込みには全く効果がないことには注意が必要.
で,話がかなり脱線したが,放射線障害で亡くなった人間というのは,正直なところどの程度になるのか,詳細なデータ等がないため見当が付かない.
ましてや,明らかなる急性放射線障害の症状ならともかく,ガンや白血病などは放射線被曝による物か,そうでないのかは症状からは一切分からない.そのため,正確な被曝量(特に作業当時の外部被曝線量<内部被爆は後からでも分析可能)が分からなければ,どうしようもない.
まあ,通常の死亡率と対象集団との死亡率を比較するぐらいしか方法がないが,これも結果論であって,相当数の死者が出なければ比較も何もあったものではないと愚考する.
これらの意味から疫学的調査が重要となるが,これもまたなかなかの難物.
ただでさえ大規模に追跡調査をするのが物理的に難しいのに,どこで線を引くかさえ議論になると言えば,その難しさを理解していただけるのでは.
以上,回答になっておりませんが,ご参考まで.
【関連リンク】
「カジ速 」:【おそロシア】チェルノブイリで放射線を食べる菌が見つかる.宇宙で育てて食料にすればコロニー時代へ
【関連動画】
ハイになってしまったチェルノブイリ事故作業員(うそ)
【質問】
チェルノブイリ原発事故の死の灰は,大都市には降らなかったのか?
【回答】
降らせなかった.
「Gigazine」,2007年04月23日付によれば,同事故では,10トン前後と推定される原子炉内の放射性物質が大気中に放出されたが,この放射性物質からモスクワなどの大都市を守るため,人工降雨弾を放射能雲に撃ち込んだという.
都市へ達する前に雨を降らせて,放射性粒子を雨と共に洗い流したという.
その結果,大都市は守られたものの,降雨をうけたベラルーシの大地は4000平方マイル(約1万平方km)にわたって犠牲になったという.
この降雨について,ベラルーシの人々に対しては注意喚起や警告が一切無かった,と同記事は述べている.
詳しくは同記事や,その原ソース
'How we made the Chernobyl rain' | International
News | News | Telegraph
を参照されたし.
【質問】
チェルノブイリ原発事故で使われた戦車改造車輛は,どんなものだったのか?
【回答】
ケーブルTVのドキュメンタリー関係のチャンネルでは,連日チェルノブイリ関係の番組が放映されていたのですが,その中で,戦車を改造した高放射線下作業車が画面に映っていました.
でも,良く見えなかったので,ネットで検索してみると見つかりました.
それが一枚目と二枚目の写真. ベースはT-55みたいです.
なんか,戦車も,変われば変われるものですなぁ…… (w`;
faq25g09.jpg
faq25g09b.jpg
(http://www.kiddofspeed.com/japanese/08.htmより引用)
ベタ藤原 in mixi,2006年04月29日
↓の写真は,そのキャプションによれば,『チェルノブイリ事故での事故後作業で使われた戦車』のようなんですが,一瞬KVかと思ったのですが,T-64ベースのようです.
KVのケツは全バリエーション共通でケツが丸っこいですが,この車輌はケツに垂直の個所がありますし,履帯もダブルピンタイプっぽく,転輪の間隔も詰まりすぎてますから,少なくともKVでは無いとは思います.
実はおいらも大戦中のソ連AFVは得意ですが,WW2以降はちょっぴり苦手で,断言する自信までは無いんですが,根拠としては以下の通りです.
車体後部が垂直で丸太を装備する金具が付いている
→T-44以降のソ連MBT
独特の転輪配置,ダブルピンタイプの履帯
→T-64/80系列
転輪の形
→T-64
戦後ソ連MBTに詳しい人の決定的解説求む!(^ω^;)
faq25g01b.jpg
(http://www.kiddofspeed.com/japanese/08.htmより引用)
すたりん in mixi 支隊
ちなみに,記念碑にされていたT-34を移動させることになり,
「さぁ,どうするべ?」
と皆が悩んでいたところ,昔T-34に乗っていた爺様の提案で自走させて移動させることになり,ちょっとした整備をしたら動き出してしまった,と言う話があります (w`;
日本製品とは逆方向で,恐るべしロシアの技術力!!
ベタ藤原 in mixi,2006年04月29日
寄せ集めのUralトラックのキャビンが何ともはや.
眠い人◆gQikaJHtf2,同コメント欄
まあ,元々戦車にはデフォで耐NBC戦能力が求められていましたからね.
特にソ連戦車は,NATO軍の戦術核の先制攻撃が十分考えられてたので,高放射線地域での行動能力も求められていた訳ですし,考えて見れば“適役”なのかも.
新所沢の三等兵◆Uk,同コメント欄
でも,ここまで改造されていたら,耐NBC戦能力もクソもないかも (w`;
番組中で,チェルノブイリで使われたトラックの話が出てたんですが,放射能から身を守るため,窓に鉛板を貼り付けていたそうで……
ベタ藤原,同コメント欄
>チェルノブイリで使われたトラック
実物を見たことがないのではっきりとは言えませんが,γ線に対してある程度有効な遮蔽を行うには,それなりの重量が必要となる訳で.鉛毛マットにしても小さいながらも腰をやられるかと思うほど重いのですよ.
窓に鉛板というのは,おそらく装甲車のようにごく一部を除き窓のようにしてみるだけで,鉛ガラス(黄色となるケースが大半です)を用意できるほど余裕はなかったと思われます.
ちなみに私なら放射性物質を取り込まないようにして,内部被曝を避けるのを最優先して,防護服と全面マスク(重たい空気ボンベ装備がベター)で活動するしかないでしょうね.鉛によるγ線への対処はできればベターですし,無いよりかはマシですが,期待するだけ無駄な気が.その点ではNBC装備が期待できる戦車や装甲車のたぐいは有利かと考えます.
へぼ担当 in mixi 支隊
>おそらく装甲車のようにごく一部を除き窓のようにしてみるだけで~
いや,トラックの側面の窓に鉛板を貼り付けていたんですよ.
で,前面ガラスはそのままでした…….これはマジで (w`;
実際の効果云々というよりは,無いよりはマシ程度のものだったようで……
ご指摘のように作業員は防護服を着て車を運転していたそうです.
ベタ藤原 in mixi 支隊
▼ 写真の車両はBAT-Mというものらしいです.
REAL-TANKS & Equipments
http://www66.tok2.com/home2/tankguy/index.html
のUSSR / Russiaに写真
http://www66.tok2.com/home2/tankguy/postww2/bat-m.html
がありました.
「BAT-M USSR」でググって1ページ目に出てきたサイトをgoogle翻訳すると,
「BATはトラクターブルドーザーは,AT - Tの船体の前にマウントされて,大きなブルドーザーブレード重いトラクターで構成されています」
と書いてあります.
なので,ベースはT-55ではなく,AT-T砲兵トラクターのようです.
Wikipediaに少しですが,解説がありました.
http://en.wikipedia.org/wiki/AT-T
私の書き込みは,回答されている方の文を否定するつもりはありませんので,できれば併記という形でお願いします.
H8 in FAQ BBS,2010/10/13(水) 2:32
青文字:加筆改修部分
▲
【質問】
「TRTR(・Д・;)」:チェルノブイリ原発に旅行で行ってきたけど何か質問ある?
の内容はどうでしょう?
【回答】
とりあえず,スレッドを立てた人には専門知識が全くないことがよく分かりました.
もし原子力関係専門の人間だったら,最低限でも大学3年生程度からやり直さなければならないレベル.
大学院生だったり,教職員だったら今すぐ辞めた方がよい,というのが評価ですね.
大体にして,旧単位だからなじみがないのでしょうが,レントゲン(R)とベクレル(Bq)を一緒に語る時点で,大学1年生からやり直してみるか?というところ
(正しくはBqではなく,C/kgが正解.
なじみの単位にするには,ある仮定を前提にGy,Svにするのが正).
それ以外は,同人誌(DVD)などでも手に入る情報ばかりで,新味が全くないところに絶望したところ.
まあ,
「1年間ほど核・原子力ブートキャンプに入隊してみるか?」
と言ったところであり,直していけばきりがないので放置,というところです.
へぼ担当,2009年12月04日 22:21
ありゃあ釣りスレじゃないですかね.
写真が一枚もないところでスレ立てなんざ,最近の2ちゃん事情を全然知らないか,意図的に無い状態で書いてるか.
bernoulli,2009年12月04日 23:44
その可能性は考えましたが
「中途半端に妙に正しい(そこに行かなければなかなか気がつかないような)こともある」
というのが困ったところで.
釣りでしたら本人が気がつかないまま,盛大に自爆するようなところがあるはずなのですが,その傾向は見受けられず(ただしレスの方は論外).
ずぶの素人が中途半端な資料を基に書いたのではない
(ただし,行ったことがないが,有る程度以上の知識を持った人間が,同人廃墟DVDなど巷間あふれる資料を継ぎ接ぎして作った可能性も否定できず),
と判断すべきところかと考えます.
まあ,だからこそ始末に困る訳なのですが.
へぼ担当,2009年12月05日 00:34
以上,軍事板常見問題 mixi別館」より
青文字:加筆改修部分
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