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◆◆中国軍関連
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2005 China Military Power Report(2005/7/19,米国防省発表)
Chinese Defence Today(英語)
┗Chinese Defence Todayの掲示板
Chinese Military Power Report Addresses U.S. Concerns(中共から見た米軍動向)
「Global Security」:China Military Guide
Military Matchups PRC vs. ROC(リンク切れ?)
「United Defence」:中華人民共和国(中国軍戦力,1998年,日本語)
「朝目新聞」●関係ないAAに三国志の台詞を喋らせるスレ (of SLPY)
解放軍報(中華人民共和国人民解放軍機関紙) 中国語版/英語版
金竜鉄馬-博la軍事博客報(軍事関連記事を扱ったBlogウォッチサイト)
軍武狂人夢
(現在工事中にて閲覧不能.⇒Internet Archiveのキャッシュ.
最初は表示されないのでエンコードを繁体字(Big5)に変更すること)
「新浪網」:新浪軍事(掲示板の利用者多し)
「図解世界を揺るがす中国の軍事力」(宇佐美暁編,東洋経済新報社,2006.9,新刊ということで一応紹介)
「中国人民解放軍」(講談社選書メチエ 矢吹晋著,1996)
竜虎網・軍事 我軍装備(リンク切れ?)
軍事板その他
●軍事雑誌サイト(バックナンバーの記事が掲載されたものもある)
●動画リンク
「ワレYouTube発見セリ」:Chinese People’s Liberation Army Marine Corps - 中国人民解解放軍海軍陸戦隊
「ワレYouTube発見セリ」:RED STORM COMIN' (人民解放軍)
「ワレYouTube発見セリ」:THE "596":
CHINA'S FIRST ATOMIC BOMB
>…狂ってる
「ワレYouTube発見セリ」:THE FIRST CHINESE HYDROGEN BOMB
「 ワレYouTube発見セリ」:中國海軍陸戰隊演習 China’s PLA Marine Corps
「 ワレYouTube発見セリ」:中國女子特警隊 China’s Special Police Woman
◆◆◆戦史
【質問】
中国の王朝名が多すぎて覚えきれません.どうしたらいいですか?
【回答】
歌に乗せて覚えるのが楽.
殷周秦漢
三国晋南(北朝)
隋唐五代(十国)
宋元明清
中華民国(中華人民)共和国
夏殷周春秋戦国秦前漢新後漢三国晋南北朝隋唐
五代十国宋元明清中華民国中華人民共和国
殷周 東周 春秋戦国 秦 前漢 新 後漢
ア ル プ ス 一万尺 こ やり の 上で
魏 蜀 呉 西晋 東晋 宋 斉 梁 陳 隋(南朝)
ア ル ペン 踊 り を さ ぁ お ど
り ましょ
五胡十六 北魏 東魏 西魏 北斉 北周(北朝)
ラーラ ラ ラ ララ ララ ラーラ ララ
ラララ
隋 唐 五代十国 宋 金 南宋 元 明 清
ラーラ ラ ラララ ラ ラ ラーラ ラ ラ
ラ

画像引用元:「海月の時間」
【質問】
殷や周の時代の武将が,戦いの最中使ったことになっている幻術の正体って,何なんでしょう? 催眠術の類ですかね?
【回答】
当時の社会は,当たり前ながら非常に宗教色が強い.
国王や将軍といった人々は,同時に部族の神官でもあり,彼らにとっての戦争とは,現実の世界で人々が闘争するのみならず,神々の世界で互いの部族の神同士が争う,一種の宗教的儀式に近いものだった.
もちろん,当時の人間だってホモサピエンスでしかないし,神様なんて実在する証拠は(今と同じく)ない.
しかし,あくまで当時の人々は,常識以前の問題で神々と奇跡を信じていたし,君主の神聖性も信じていたので,そういう意味で,彼らの現実認識が現実以外のものを見せてしまった,ということはありえるかも.
【質問】
孫ピンの兵法書と孫武の兵法書(孫子の兵法)との,それぞれの特徴や差異などあったら教えてください。
【回答】
簡単に比較すると
孫武
「兵は神速を尊ぶ」「兵は詭道なり」など,精錬された言葉で軍事の基本を簡潔に表す
孫ピン
「防塁が出来る前に敵に攻められたらまずマキビシをまき、馬車や盾で仮の防塁をたて、長槍兵、短槍兵、剣兵、弓兵の順に並べて・・・」
など,かなり具体的で実戦的に書かれてる。
また、孫武と違って迷信的なことも書かれてるのも大きな差異。
さらっと流し読みした感じでは、風水や五行説に基づいた兵の運用を書いた書物、という感じ。
現代日本人が読んでも理解できない部分は多いかも。
もっとも、その書物が書かれた時代の人間は、そういった事象に行動を左右されていたのは確かなのだから、無意味なものだったとは思わないけど。(現代でも、占いとかそういうものに行動を左右される人間は多いけどね。)
しかも,現存してるものは1つ(銀雀山の)しかなく、保存状態も良いとは言えない為、虫食い状態で肝心な所が分からない。
徳間書店から出てるから読んで見てください。

【質問】
春秋戦国時代や漢の時代の攻城戦について,漫画とかで見ると
「完全に包囲してる」
とか書いておきながら,包囲中に簡単に外交使節を他国に送ったりしてます.
一体,あの頃の攻城戦はどんなものだったんですか?
【回答】
包囲,といっても城の外周をぐるりと取り巻くようなことはしない.
せいぜいで,城門前に各部隊を配して交通を遮断.部隊間を哨戒するというのが普通.
強襲する場合も,城門からそんなに離れた場所を攻めるわけじゃない.
城門を乗り越えるための攻城装備や衝車,投石器といった城壁の破壊兵器を駆使して,城内に何とか兵の一団を送り込み,城門を中から奪取して開け,本隊を呼び込むというのが普通の攻め方.
まあ,特殊な攻め方としてはトンネルを掘って,中に兵を送り込もうとしたり,城壁をそこへ落とし込もうとしたり……あとは水攻めに火攻め……
それと,中世までの中国や欧州,中東で,「城」といった場合,たいていは,「都城」であって,都市一個を丸ごと囲ったもの.
現存する日本の城だって,ほとんどは天守閣だけが残っているせいでちっぽけに思えるが,実は城下町の中心市街地のほとんどを丸抱えで囲っていた.
そういった都城をぐるりと,本当の意味で水も漏らさぬように囲い込むのは,中世までの兵隊の動員規模を考えれば,かなり困難.
まあ,城(都市)の規模にもよるけどね.
包囲中

【質問】
秦が中国初の統一王朝とか言いますが,なんで統一できたの?
【回答】
秦=プロイセンとイメージすれば分かり易いな.
現在「ドイツ」とイメージされる国を作ったのがプロイセンであるように,現在想起される「中国」という範囲を作ったのが秦.
国のあり方も成立の仕方,全国の「統一」の経緯も良く似てる.
両国とももともと非中国,非ドイツでほとんど外国.
まっとうな中国人ドイツ人とは扱われず,よくて中央の文化地から離れた辺境の野蛮人.
プロイセンの軍国ぶりとそれを支える軍隊と国家システムは有名だが,秦も国家体制を整備していく過程では富国強兵が主軸.
人口増加促進,取った首の数で出世が決まる等,プロイセン張りの富国強兵政策を取って強大化した.
ただでさえ蛮地に入植した状態で,王族自体が西戎出身じゃないかという説があるぐらいで,自民族や軍隊の構成員が,異民族の蛮族出身者である所に,この半文明の野蛮な民族が完全に文明化されず,もとの荒々しさ,野性が温存された状態であるため,軍隊も精強で戦争に強い.
国の政策もそれに拍車をかけた.
プロイセンは厳格な法秩序や体制重視,峻厳な社会体制で知られるが,秦もそれに劣らず「体制」バリバリの国家権力がものすごかった,
人民にとっては重苦しく,しんどい国だった.
これら「半スラブの野蛮人」「半西戎」が次々にドイツ諸国,中国の諸国を併合していき,それによって逆に中国化,ドイツ化されていき,固有の言語や文化も喪失していったのも似ている.
【質問】
陳勝・呉広の乱はなぜ大きな叛乱となったんですか?
【回答】
当時,秦では労役の召集期限に遅れたら理由に関わらず死刑,というめちゃくちゃ過酷な体制をとっていた.
陳勝と呉広の率いていた部隊は目的地への途上,水害に遭って,期日に間に合わないことが確実となった.
二人は「どうせ殺されるなら,戦ってやる」ということで部隊を率いて反乱を起こした.
それに,陳王の部隊は元六国の民で,元から秦に忠誠も誓ってなければ,秦軍として登用されていたわけでもない.
それに当時は,国家に対する忠誠心で戦うという概念がほとんどなくて,基本的に直属の将軍に従うという私兵の集まりに近い集団だった.
陳王も,自分個人への忠誠心を高めるため,いろいろ小細工をしている.
【質問】
「三舎を避く」って何?
【回答】
晋の文公が,城僕の戦いの前に軍を三舎(90里)後退させたという故事からできた言葉.
晋の文公は亡命中に楚の成王に厚遇され,その返礼として,中原で相対した場合に軍を90里後退(三舎を避け)させるという約束をしていた.
現在では相手を一目置く,敬遠するという場合に用いられる.
出典は『春秋左氏伝』.
【質問】
古代中国の墨家はあらゆる分野の最新の技術と科学を研究し,依頼があれば誰にでも無償で軍事の指導を行っていたと言われていますが,無償で軍事指導をしていて,どうやって研究費を捻出していたんでしょうか?
【回答】
墨家の開祖墨子が工匠であることに象徴されるように,元々墨家は職能氏族の集団(ギルド)をベースとしてできたもの.「墨」が指す本来意味は建築,築城の専門集団と言われてる.「墨」は大工が持つ墨壷(墨糸で線を引くもの)から来ている.
活動の根源は宗教の例にもれず,信徒等からの寄進・布施が主体だが,質素を旨とする教義形態から,それ程大きな予算は必要ではなかった.
また,特徴として特に農工業分野での技術指導を行うことで,
信徒の経済的な底上げ→信徒と寄進増
のスパイラルができていた.
墨家はかなり広大な本拠地(名称失念)を持ち,そこで自給自足していた.
戦闘部隊から,農耕,薬品,動物や虫を操る専門家までがいたそうな.
初期の技術的優位性は主に各国・地域の技術を収集・応用することで,中期以降はこれに加えて信徒の優秀な子息を集め育成することによる.
それと,軍事指導は防衛戦・策に限定されていた.
但し,末期には兼愛・非攻を実現する為には強力な中央集権体制による統一が必要,として教義を変更し,奏・漢帝國の成立に協力する.
漫画の「墨攻」は,この中期末〜末期初を描いてる.
軍事板
なお,漫画の「墨攻」ですが,あれはもともと酒見賢一氏の同名の小説の漫画化です.
そんで小説版からして作者の創作てんこもり(なにしろかの「後宮小説」の作者ですから)な上に,漫画版はさらに脚色が加えられているので,この作品の名前をあげるのはどうかなあと思ったり.
いや,抜群に面白いのでぜひ読んでもらいたくはあるのですけれども.
唯野 in mixi支隊
【質問】
曹操が暗記するほど読んだといわれる書は孫子ですか?
【回答】
Yes。
しかし暗記なんてレベルじゃない。完璧に理解した上で、孫子の完成度をぐーんと高めたのが曹操。
現在テキストとして用いられる孫子は、大抵の場合、曹操が孫子に注釈をほどこした「魏武注孫子」。
そんなわけで、
「そもそも孫子を著したのは曹操なんじゃねぇの?」
なんていう人までいたりする。
ま、さすがにそりゃないだろうけどね。
【質問】
軍師という熟語は諸葛亮の軍師中朗将からというのは本当ですか?
【回答】
いいえ.
中国では、周の文王が呂尚を師に立て、子の武王のときついに殷を滅ぼしたことが『史記』+に見えるように,古くから軍師にあたる者が存在しました。
ある程度効力のある官職として文献に始めて出てくるのは魏志の武帝紀の中にある
「三年春正月、公許に還り、初めて軍師祭酒を置く。」
のくだりかと思われますが、光武帝の時代、隗囂が反乱を起こした際に部下を「軍師」に任命してるということがあったようなので、単純に一番最初というとこっちになるのかな?^^

【質問】
三国志には,劉備玄徳が田舎の農家で人肉を食べる生々しいシーンが出てくるけど,中国で人肉食はありえたことなの?
【回答】
「三国志演儀」は創作,脚色てんこ盛りで資料には成り得ない.
中国では昔から三国志は人気のある話で,数多くの「三国物語」と言える話があり,曹操を主人公にした物,孫権を主人公にした物,劉備を主人公にした物と様.
どの話も主人公の敵は悪逆非道な人として書かれ,敵の人格をおとしめるエピソードも数多くある.
劉備の人肉食のエピソードは,そのネガティブ・キャンペーンの一つと思われる.
しかし正史三国志,魏志ゾウコウ伝(字が出ない)には,袁紹に攻められた軍閥の主・ゾウコウが篭城のさなか,最後に自分の愛妾を殺して肉を入れた粥を作って配り,感激した兵士達は全滅するまで戦ったという記述がある.
また,マンガの「蒼天航路」には,董卓が反逆者の目をくりぬいたり腕をぶっちぎったりして,さらに釜茹でにして余興とし,列席者は恐怖に青ざめるが,董卓だけは一人平然と煮えた人肉を食う!……というシーンがあるが,これと全く同じ記述が正史の董卓伝に登場する.
初期の「蒼天」は,こういう正史ネタが細かくちりばめられてあって感心したもんだなぁ.
さらに,「魏志」の太祖武帝紀(曹操の伝記)なんかを通読すると,
「なんたらの何年に飢饉が発生し,人が人を食い合った.」
「ひどいありさまで,人が人を食い合い…」
とかサラっと出てきたりする.
正確な引用は出来ない…ちくまから出てる三国志・魏志(1)だが,ダンボール箱の底に埋まってるだろうから掘り起こせない(°∀°)
もちろん飢饉のときに人肉食が流行るのはその他の世界の地域でも似たようなものだろうが,中国の場合は前述のゾウコウ伝に限らず,晋の文公に介子推が腿の肉を裂いて献じた話とか,敵を辱めるためにそいつの死体を料理する,漢の彭越の話とかあって,「嫌悪すべきもの」とは限らず「忠誠や愛情を示すポジティブなもの」として描かれることも多いのは否めない.
16世紀に著された有名な漢方の研究誌「本草綱目」では,人間の各所の肉のみならず,髪の毛や排泄物や精液に至るまで,その薬用としての利用方法・効能が書き記されている.
薬用以外だったら「両脚羊」というものが,宋の「ケイ肋編」(だったかな? また漢字が出ないが,鶏に似た字)という本
http://www.aozora.gr.jp/cards/000372/files/4270_14876.html
に,食材として登場する.
昔,立ち読みした本に同じ出典でその製法まで記してあってウボァーって思った事がある.
農村で女性を捕まえたり買ったりして,手足頭を切り落として腹を割いて,内臓全部出して塩をすり込んで干すんだったか.
で,そこには結びとして
經傳詩文によつて,支那人の長所美點を會得するのも勿論必要であるが,同時にその反對の方面をも,一應心得置くべきことと思ふ.
食人肉風習の存在は,支那人に取つては餘り名譽のことではない.
されど儼然たる事實は,到底之を掩蔽することを許さぬ.
支那人の一面に,かかる風習の存在せしことを承知し置くのも亦,支那人を理會するに無用であるまいと思ふ.
と,書かれている.
それから,これはもう最近の話になっちゃうが,文化大革命では「反革命分子」「資本家」「階級の敵」をリンチし,八つ裂きにして肉やら臓器やらを民衆が我先にとつかみとり,家に持ち帰って食ったとか,そのような指摘が中国人自身からされていたりする.
ソースは「食人宴席」(鄭義著,)
著者は天安門事件で指名手配されたバリバリの民主化運動家,訳者は大陸大嫌いの台湾人・黄文雄なので,いささかバイアスがかかっているかもしれんが,しかし,記述としては,西洋人や日本人の支那旅行記に散見される,
「死刑のあと,死刑執行人や見物人の間で人肉の売買が始まる」
というヤツと一致しており,まるきりガセネタと言い切れない面がある.
平時から市場に人肉が並んでいる様子
http://hk.geocities.com/ennet369/
(グロ注意)
中国の人肉食は,普遍的とまでは言いきれないものの,他地域の文明と比べてハードルが低いのは明らか.
それを決定付ける,たったひとつの究極的な証拠,などというものはないが(というか不可能だ),しかしそれを裏付ける膨大な史料や証言には事欠かない.
武帝紀の該当部分,抜き出しますね.
「この年(興平4年=西暦194年),穀物は一石五十余万銭に高騰し,人間同士が食い合うほどだった.そこで軍吏や兵士の新たな募集を取りやめた」
この光景を目の当たりにしたあと,曹操は屯田を推し進めていくようですね.
次にゾウコウ伝.
()は私の入れた分で,[]は本文中の挿入です.ちなみに筑摩書房の世界古典全集版です.
「袁紹はゾウ洪の手紙を読み,降伏の意が無いことを知ると,兵を増強して激しく攻め立てた.
城中では料米が底を突き,(中略:内容は城中の一致団結振り)最初はまだ鼠を掘り出し,[獣の]筋や角を煮て食べていたが,後にはもはや食べられるものはまったくなくなってしまった.
主簿が,内むきの台所に米三斗(漢代の斗は今の升に近い:約5.4リットル)があるから,半分に分けて少しずつ粥を作りたいと言上した.
ゾウ洪はためいきをついて,
『わしだけがこれを食べてなんとする』
といい,薄い粥を作り,みんなに分けてすすらせ,自分の愛妾を殺して将兵達に食べさせた.
将兵達はみな涙を流して,顔を上げられるものも無かった.
男女七,八千人が枕をならべて死亡したが,離反したものは一人も無かった」
さらに董卓なのですが,董卓自身が人肉を食う,と言うのは蒼天航路のほうだけで,正史にはありませんでした.おそらくレス主の方が言うのは
「かつてビ(眉+おおざと,董卓の本拠地)に出かけ砦を巡察することになり,公卿以下そろって横門の外において送別の宴をもよおした.
董卓はあらかじめ幔幕を張って準備しておき,酒宴となると,反乱した北地郡の降伏者数百人を中へ引き入れ,席上,まずその舌を切ってから,手足を切ったり,眼をくりぬいたり,大鍋で煮たりした.
まだ死にきれない者が,杯やテーブルの間を倒れて転げまわり,集まった人々がみな慄然としてさじや箸を取り落としても,董卓は平然として飲み食いを続けていた」
というシーンをアレンジした,「蒼天航路」の宴席のシーンだと思われます.
私,この漫画読んだのですが,人を食っていたか失念してしまいました.なんにせよ,「漫画の話」です.
んで,個人的に興味深いのは曹操の幕僚グループ,程イク(日の下に立)の話.
「『世語』にいう.
そのむかし,太祖(曹操)が食料に欠乏したとき,程イクはその出身の県を略奪し,3日分の糧食を提供したが,人間の乾肉をかなりまぜた.
その結果,朝廷における人望を失った.
だから官位は公にまで上らなかったのである」
世語は,註にに引かれた野史の中では比較的成立年代が古いようですので,比較的当時に近い時代,人肉を食料とすることは余りよい印象をもたれていなかった,すくなくとも公卿のすることでは無いと思われていたことの証左になると思います.
その他,王忠は飢饉のときに人をたべたことを,曹丕が馬の鞍に髑髏を下げてからかったと言うエピソードがあります.
黒木竜 in mixi支隊
【質問】
土木の変って北京版「ウィーン包囲」って感じでですか? 教科書見てて,そんな感じがしたんですけど.
【回答】
土木の変の方が遥かにやばい。
ウィーン包囲の時は、神聖ローマ帝国軍は健在だったし、皇帝はオスマンに捕まってたわけじゃなかった。
だから、普通に粘って援軍を待って、退却に追い込むことができた。
だが土木の変では、明軍主力壊滅、皇帝はオイラト
Oirat 軍に捕まり、北京防衛軍は、乏しい兵力、皇帝が敵中にあるという状況で,オイラトの大軍の包囲に耐えなければいけなかった。
援軍の当ても無く、あまりの状況の厳しさに北京放棄論まで出たほど。
強引に新しい皇帝を立てて、包囲を耐え抜いた北京防衛軍の頑張りが無ければ、明はオイラトに宋並みの屈辱外交を強いられる羽目になってたかも知れん。
Emperor Yingzong, who was taken prisoner
by Yexian, chief of the invading Oirat tribe.
【質問】
この時代でも騎馬民族の脅威が凄かったんだなぁ。
明・清時代では重火器はなかったんでしょうかね?
あっても てつはう ぐらいとか?
【回答】
明は爆弾も火器も豊富に装備していた。
もちろん銃も。明軍の銃は、火縄銃よりも扱いづらい代物だけどな。
そんな先進的な軍隊50万が土木堡でオイラト騎兵に殲滅されたのは、事実上の総司令官だった王振が、敵を見ただけでビビって全軍退却を命令するような奴だったから。
全軍逃げ腰なら、どんなに装備が良くても勝負にならん。
北京防衛軍の場合は指揮官が優秀、士気も旺盛だったんで、火器を有効に生かせた。
【質問】
万里の長城は本当に無用の長物だったのか?
【回答】
長城は,援軍を呼び出す&時間稼ぎが主な目的。
また,侵入自体を防ぐよりも、侵入後の敵を本国と分断し、戦い易くする効果が大きい。
確かに,騎馬民族は簡単な壁ぐらいなら壊せるし、明代の立派な長城でさえ,壊すことは無理でも壁に登るスロープを作る程度のことはできる。土を掘って壁際にどんどん積んで固めりゃいいだけなんだから。
ただ、工事に時間をくわれて、その間に反撃の態勢を整えられる。
特に、長城の南に侵入する時より、帰りが危険。あちこち転戦してると,来るときに確保した侵入ポイントに戻れるとは限らない。そうなると、逃げるに逃げられず、工事をしている間に全滅する危険もある。
ただ,やってきた援軍が弱かったらどうにもならない。
土木の変の敗北は,呼び出されてきた援軍がアホの英宗だったからで、長城がどうこうという問題ではない
The Great Wall, China's premier tourist attraction.

【質問】
少年マガジンで連載してた「中華一番」に出てくるリー提督の「提督」という役職は,清の軍隊と関係あるんでしょうか? 序列的にはかなりの高官になるんでしょうか?
【回答】
ていとく0【提督】
(1)艦隊の総司令官.また,海軍の将官.
(2)中国の官名.武官の最高位.清代では総督の下で一省の軍政をつかさどり,緑営を指揮した.提督軍務総兵官.
(3)全体を統括しとりしまること.
「雷王は十二万人を―し/経国美談(竜渓)」
某所のweb辞書(三省堂の国語辞典)による.
普通,提督というと(1)だが,お前の質問の場合は(2)になるだろう.
軍事板
【質問】
義和団の乱(1899)に際して出兵した8カ国の中にオーストリアやイタリアが含まれてますが、この国々も中国に権益があったんでしょうか?
また、北京議定書(1091)のとき、ベルギー・オランダ・スペインが加わってるんですが、なんでですか?
【回答】
オーストリアはドイツと共に青島に権益を持ち、イタリアも上海などの共同租界に権益を持っています。
ちなみに、第一次大戦の日本軍による青島攻撃では、オーストリア・ハンガリー二重帝国海軍の巡洋艦が最後まで抗戦していますし、第二次大戦まで、イタリアは軍艦を中国に駐留させており、あまつさえ河川用砲艦を保有していました。
また、ベルギー、オーストリアなどは宣教師による布教活動の自由を清朝に認めさせていますし、鉄道敷設権も有していたはずです。
「北京燃ゆ――義和団事変とモリソン」(ウッドハウス・暎子著・東洋経済新報社・1989年)によれば,
(1900年)6月20日午後4時,最期通牒の時間切れに始まった義和団・清軍の砲撃は翌朝まで休みなく続いた.
(中略)
オース トリア館は1日ももたなかった.
一両日の激しい砲撃に参ったオーストリア兵は,海軍中佐フォン・トーマンの指揮の下,さっさとフランス館に退却した.
(この)オーストリア館の早期放棄を正当化する充分な説明はなかった.
トーマンの弱腰は続き,彼はイタリアにも勧めて一緒にフランス館に入った.
(中略)
先に,トーマンは,自分の中佐という兵位の高いことを理由に,自ら篭城軍総指揮官を任じていたが,この失策のため,総指揮権は各国公使の総意のもとに(イギリス公使) マクドナルドに譲られることになった.
(p.105-106)
このトーマン中佐は7月7日に砲撃のために戦死した.
(p.128)
「義和団事件」,「北清事変」などと呼ばれているこの事件については,直後にかなりの日記や体験談,回顧録などが出版されたようですが,なにしろ百年も前の話になっているので,捜すに苦労するのは間違いないです.
【質問】
孫文の後継者と言われた汪兆銘が,現実には蒋介石に取って代わられたのは何故?
【回答】
自前の軍隊を持っていなかったから.支那では自分の軍隊を持って初めて一人前の政治家.
汪兆銘は完全な文人だったので,乱世ではそれが仇となった.
対する蒋介石は,黄埔軍官学校の頃からの国民党の軍事部門の生え抜き.
この差は大きい.
汪兆銘は,自前の軍隊を持たない故に,あちこちを転々として最終的には日本の力に頼らざるを得なかった.
もっとも,蒋介石は国民党のテロ組織である『藍衣社』を使って政敵の暗殺を度々行い,ファシスト独裁を行なったってのもあるが.
重慶からの脱出の際にも,汪兆銘は暗殺されかかっている.
二人は,ソ連のスターリンとトロツキーの関係と似たようなものと思ってよい.
【質問】
中華民国建国後,地方軍閥が割拠したのは何故でしょうか?
【回答】
軍閥政府が割拠した最大の原因は孫文が作り出したといってよいでしょう.
いいか悪いかは別として,国民党との政治的取引によって中華民国の大総統となった袁世凱は,帝政をしき,強力な権力の基で列強に対抗しようとします.
ところが孫文はこれに反発,第三革命を起こし,これを阻みました.
日本の大隈重信も中国の強大化を懸念し,孫文を支援.
結局,清王朝の間に郷勇等を作り,力をつけていた豪族らが軍閥を起こし,列強が非常に介入しやすい土壌を整えましたとさ.
めでたしめでたし.
現在は「桑マン」として活躍中の袁世凱

【質問】
中国の軍閥はどのように隆盛し,どのように没落したのか?
【回答】
今日は,軍事専門古書店「軍学堂」が主催する軍事学セミナーを受講しに,横浜まで行ってきました.
だいたい,月に一度のペースで行われており,案内は毎回届いているのですが,所沢から横浜までは遠いですので,体力的,その他の都合が良い時でないと,なかなか受講できなません.幸い今日は天気も良く,風邪も全快したので,横浜まで足を延ばしてみる事にしました.
一般的に中国の「軍閥」と言うと,山賊の頭領的な捉え方をされていると思うのですが,その実態は清朝末期の「新建陸軍(新軍)」(西洋式陸軍)で正式な教育を受けたエリート軍人達が,地方に赴任した折りに中央のコントロールが効かなく成った連中であり,また,明治後期から大正中期までの日本は,中国の士官学校へ多くの教官を赴任させ,また多くの中国軍人を日本へ留学させており(福島安正陸軍大将が中心になって推し進めたらしいです),その「人脈」から多くの貴重な情報を得る事ができた事,さらには,その「情報分析」が日露戦争の勝利に大きく貢献した事など,結構耳新しい事を拝聴できました.
ところが昭和初期に成り,教官の派遣を止め,留学生の受け入れも滞り,そのネットワークが消滅してしまった事により,必要な新しい情報を得られなくなり,日本は古い情報を基に大陸に介入し,結果的に泥沼にはまり込んでしまったとの事.
背景には「中国は変わる筈が無い」と言う「驕り」に近い感覚と,「情報」に対する軽視が昭和初期の日本(陸)軍内に有った事が挙げられるみたいです.
中国の軍閥そのものは,対日戦の過程で国民党軍と共産党軍に吸収されて消滅してしまうのですが,中央集権国家を形成するにあたって,通らざるを得ない過程ではなかったかと思います(日本,ドイツ,イタリアなんかも同様でしたし).
もっとも中国人民解放軍は,ケ小平が大規模に軍制改革を行う近年まで,各軍管区ごとに独立性を持ち,「軍閥的色彩」をある程度は残していましたが….
この教訓を今に生かすとしたら,脅威に感じるのなら(感じればこそ?)交流を絶ってはいけませんね.
「情報は人なり」ですから,どんな形であれ繋がりを持っておけば,何らかのルートで情報は入って来るものです.
問題は,得た情報を如何に料理するかが,一番難しそうですけどね.
ともあれ,受講料,交通費合わせて¥3,500の価値は十分有ったと思います.
いやぁ,久々に軍ヲタ分を補給したってところですかね.
新所沢の三等兵◆Uk in mixi, 2008年03月23日03:00
【質問】
国共内戦の時、国民党にアメリカはそこそこ支援していたのに、負けた原因はなんですか?
【回答】
その支援にも係わらず,敗戦直前まで日本にボコボコにやられていたから、蒋介石の能力を疑問視する声がアメリカから上がっていたのと,戦争が終わって援助が減らされた為。
それだけでなく国府軍の内部でも,彼に対する不満が噴出していた。
彼の国内での政治生命はある意味,アメリカからの援助で繋がれていた節があった。
その間隙を共産党に突かれた。彼らは国共合作と言いつつ大戦中は前線は国府軍に任せ、農村を中心に支持基盤を作り上げ、力を蓄え、他の軍閥への切り崩し工作を進めていった。
他にもソ連からの支援等、様々な要素が重なり、国府軍は台湾へと追いやられていった。
共産党が土地改革などの飴をぶら下げて、民衆の支持を取り付けていったのに対し、国民党側はインフレ抑制の失敗や、官僚の腐敗により、民衆の離反を招いたよう。
また,国民党の支持母体は資本家や地主層。
でも、日本軍によって東部の資本家は全滅状態。
農民は土地改革を進める共産党に支持して,地主を追い立てる。
しかも国民党の役人や軍人は腐敗しきっている。
これでは勝てんよ。
【質問】
中国共産党は戦後の国共内戦を日本軍の装備で戦ったと聞きました.
これはどうやって入手したのでしょうか?
【回答】
入手方法としては時期によって変化しています.
1:戦前〜戦時中ですが日本軍が物資調達に阿片を利用しているのに目を付けて,阿片を栽培し,それを中古武器とバーター取引して,これを使用.
2:戦後,北支,満州で武装解除された日本軍の装備を接収したものを使用.
3:内戦の後半は満州の接収したの兵器工廠の生産が軌道に乗ってきて,ここで生産した兵器を使用.
なお,第一項は中共的には無かった事になっています.
【質問】
中華民国滅亡後,蒋介石に従っていた軍閥の指導者たちはどうなったのでしょう?
部下ごと共産党に投降し,地方の重職を得たりしたのでしょうか?
そしてその後,呉三桂よろしく粛清されたりあるいは北朝鮮への義勇軍に志願させられて使いつぶされたりとか.それとも命からがら台湾に逃亡したのでしょうか?
【回答】
兵力90万人のうち,40万人が寝返りましたから,幾人かは要職に就いたものもいたでしょうが,
大抵の場合は,1950年からの朝鮮戦争で中国援朝義勇軍として磨り潰されています.
また,生き残ったものも,1950年代終わりから60年代末に掛けての大躍進とか文化大革命によって,粛清されています.
台湾に逃れ得たものは,上級職が主です.
現地軍の場合は,雲南を経てビルマに亡命し,数万人が其処を拠点に中国に対するゲリラ戦を実施していますが,1950年代にビルマ政府が国連に提訴,1953〜54年にかけて,6500人が台湾に引き揚げられ,1961年には更に4500人が引揚げました.
しかし,奥地で自活を続けた段希文将軍麾下の部隊は,そのタイ北部近辺を実行支配し続け,その部隊が資金源としていた芥子栽培が問題になり,1970年代からタイ政府の討伐を受けることになります.
但し,タイ側にも残留国民党政府軍が参加していて,彼らはその地方の自警部隊としてタイ政府から認められるものもありました.
また,香港にも吊頚嶺(首つり村)と言う一角があり,この地域に2万の国民党軍残党が住んでいました.
1956年に3日間の暴動を起こし,1960年代には台湾にだいぶ吸収されました.
一部の住民は香港返還後,別のマンションにかたまっているようです.
眠い人 ◆gQikaJHtf2 in 軍事板
【質問】
中印紛争とは?
【回答】
チベット仏教の指導者で、中国からのチベットの独立運動を唱えていたダライ・ラマが1959年にインドへ亡命。
この事件によって中国とインドの関係は一気に悪化した。
事件以降、中国・インド国境では小規模な小競り合いが頻発するようになっていたが、1962年10月、中国軍がインドの主張する国境線を越えて、インド軍への攻撃を開始。
この中印紛争は中国の圧倒的勝利のもとに終わり、中国はチベットへと通じる幹線道路を含む地域を占拠.
その実効支配は現在も続いている。
http://www.mirai-city.org/ithink/kokusai/indiahis.html
浅井信雄によれば,以下のような意図が中国にはあったという.
中国の意図は,中国による併合を嫌って59年に脱出した,チベットの指導者ダライ・ラマダライ・ラマ14世の亡命を受け入れたインドに対する報復の他,ちょうど中ソ・イデオロギー対立が激化していた背景も無視できない.
非同盟を叫びつつ対ソ傾斜を深めるネール外交に打撃を与え,同時に,ソ連が共産中国と非共産インドのどちらを選ぶかの踏絵を迫ったものと解釈されている.
戦火が収まってみれば,中国に突き出た形のカシミール東部を,スパッと中国に削り取られていた.
インドの消沈ぶりを目撃したパキスタンは,俄かに元気付き,65年の第2次印パ戦争に発展するが,結果として事態は全く変わらなかった.
(浅井信雄「アジア情勢を読む地図」,新潮文庫,2001/12/1,P.86)
【質問】
中ソの武力衝突である「ダマンスキー島事件」(あるいは「珍宝島事件」)について詳しい方、ご教授願います。
【回答】
この辺に関しては、未だ研究が緒に就いたばかりですので、もう少し待たないと,きちんとしたものは出てこないでしょう。
石井明氏の著作
・「珍宝島事件に関する一考察」(『二〇世紀アジアの国際関係』第一巻/原書房:1995)、
・「珍宝島事件−現地考察に基づく再考察」(『歴史の対位法』/東京大学出版会:1998年)
が比較的詳しく論述されているのではないでしょうか。
一般国際法原則での河川の国境線引きは、主要航路で引くことになります。
ただ、河に中州や小島が点在する際、それが何所の岸に近い流れを主要航路とするかで、線引きが変わってしまいます。
イラン・イラク戦争の原因もシャトルアラブ川の河川国境線の修正に端を発していました。
元々は、ロシアと清国との条約交渉の経緯の中で、国境線の標柱を何所に設定するか、両国との間で丁々発止のやりとりが行なわれていました。
1964年に決裂した中ソ国境交渉の際、フルシチョフはウスリー河にも河川の主要航路に国境線を置くことを認めており、この時点で妥結すれば、珍宝島は中国側に帰属しているはずでした。
しかし、ウスリー河、アムール河の合流点のハバロフスクに位置するボリショイ・ウスリースク島とタラバーロフ島を、国際法の「例外」として領有すべくソ連が固執したことで、交渉が決裂します。
これ以降、中ソの国境地帯は無法地帯となり、前哨戦とも言える各種の国境紛争が頻発します。
ちなみに、この国境線上にある島嶼は約320もあったりします。
特に珍宝島近辺では饒河県のザリヴノイ島、ステパノフスキー島、ザルビンスキー島、マクスン島、ストロジェヴォイ島、少し河を下ったウティヌイ島、新興洞島、シェレメチエフスキー島が主要な係争地で、このうち、1967年12月末から68年1月初頭に掛けて,珍宝島事件の前哨戦となる小競り合いが、ザリヴノイ島で行なわれました。
これら8つの島のうち、5島はソ連の実効支配地、3島が中国の支配地でしたが、中国の支配地へはソ連の警備艇が出没し、中国漁民の活動を妨害していました。
こうした中、中国では文化大革命が起き、ナショナリズムが勃興します。
当然、こうした動きは国境線上に多大な影響を及ぼすことになります。
1969年3月2日、ソ連が実効支配していた主要航路を越えた所にある、ダマンスキー島(珍宝島)に、人民解放軍が突如上陸を開始します。
また、国境未確定地域の島嶼にも、明確にソ連側の支配地と中国指導部が見なしていた島嶼を除いた所に侵攻が開始されました。
殆どの地点でソ連軍は人民解放軍を撃退しましたが、珍宝島に関しては、人民解放軍の防戦が功を奏し、これは17日の停戦まで維持されます。
紛争集結までの双方の死者は約100名とされています。
ちなみに、珍宝島支配についてはソ連では巧妙に隠され、日本でもダマンスキー島から人民解放軍は撤退していると長い間、信じられてきました。
以後、珍宝島に関しては、中国の実効支配が行なわれ、1991年の国境交渉によって、その地位が確定しています。
(眠い人 ◆gQikaJHtf2)
【質問】
「文化大革命」によって死亡した主要人物を教えられたし.
【回答】
これについては『歴史群像No.88』,「文化大革命 紅い大地に吹き荒れた仁義なき権力闘争」(山崎雅弘)
が,文化大革命を現段階で入手可能な資料を用いて,「百花斉放,百家争鳴」政策から「上海組」の逮捕までを解説しています.
読んでて思ったのは,毛沢東て恩知らずだなぁ,と.
名前が挙がってるだけで,
・政治的手腕に優れ,また軍の将官からの信頼も厚い劉少奇
林彪一派と江青支配下の「医療服従専案」により軟禁状態におかれ,飼い殺しの挙句に「肺炎」で死亡.
・南昌蜂起以来,毛沢東に従ってきた賀龍
「走資派」の烙印を押されて隔離収容.
飢え(一日の食事が小さな器の水二杯と小さな饅頭二個.原の足しにする為,反省調書の紙を丸めて飲んだとか)と糖尿病(「医療服従専案」は治療として「ブドウ糖を毎日注射」したそうです)で苦しみながら死亡.
・国共内戦や日中戦争,朝鮮戦争を戦ってきた闘将ホウ徳カイ
「大躍進政策」の際に既に失脚してたが,紅衛兵の暴力と直腸癌で半身不随にされ,窓を新聞紙で塞がれた部屋に監禁.
介護も無いまま放置され死亡.
……と悲惨な最期になっています.はぁ.
ところで江青の写真を見て,田中真×子に似てるなぁ,と思ったのは余談.
グンジ in mixi,2008年03月23日14:35
【質問】
天安門事件のとき,市民側死者300名に対して人民解放軍も50〜100名ほどの幅で死者出してるのは何で?
【回答】
あの頃PLAは,三八軍や二七軍といった精鋭とされる集団軍でも装甲化が進んでおらず,兵の輸送は無蓋トラックに頼るのが一般的たから,
特に市街地においての移動中を狙われると,市民の火炎瓶攻撃に抵抗できなかったんだよ.
また,血の日曜日事件の前日までは,ケ小平は平和的解決を期待しており,戒厳軍には発砲が厳禁とされていた事から,治安部隊の被害は急速に拡大した.
この辺,プラハの春と経緯がよく似てる.
【質問】
天安門事件直後に天皇を訪中させた中国の狙いは?
【回答】
このご訪問は国際社会におけるシナの印象を良くするべく,シナが絵を書き,協力者に実現させたものといわれています.
当時の中共当局者も回顧録で明らかにしてますが,このご訪問でシナは絶体絶命のピンチを切り抜け,国際社会に復帰できました.
わが皇室が世界に与える,比肩するものなき影響の多大さを改めて思います.
ご立派な皇室とは対照的に,国政は実にお粗末です.
通常であれば「この代価に●●をしろ」と要求するのが外交ですが,その後のシナを見ていると,一層わが国に対して強硬になっただけで,とてもそんな取引ができたとは思えません.
何の成果をもたらすこともなく,陛下のご訪シを無にしています.
〔略〕
陛下ご訪シ時の当事者はいま現在も国家中枢部におり,われわれの血と涙の結晶「税金」でのうのうと日々を送ってます.
これはいったいどういうことなんでしょうかね?
いずれにせよ,陛下まで利用するような愚かな真似を繰り返させないようにするべく国民にできる対処法は,そういう人をそういう立場に置かせないことです.
【質問】
偽師団事件とは?
【回答】
1個師団規模の大規模な偽軍隊が駐屯地までこしらえて存在していたことが,90年代半ばに発覚した事件.
地元の警察も役場でも偽とは気づかず,部隊長は名士として公の集まりにも出席していたという.
税金を使って公社まで設立して完全に事業化しており,なんと正規のルートで武装まで配給されていた.
その為装備品はすべて本物で,格安で射撃場を貸し出しており,日本からの射撃ツアー客も大量に訪れていたという.
これほどは規模も大きくはないが,偽軍隊事件は珍しくなかったらしい.
例えば,中国での尋ね人には,こんなものがあった.
「○○村××辻に戦車を乗り捨てた兵士に告ぐ.
早く取りにきて下さい.皆困ってます.
○○村役場」
解説)どうやら,演習途中で人民の財産である戦車を置き去りにした兵士が居たらしい.
また,中国の新聞のこんな記事を紹介してくれた友人が居た.どうやら頻繁にあることらしい.
「兵器の遺棄相次ぐ
○月×日
人民解放軍の1部隊が■村の付近を通過したときのこと,
現場に一台のトラックが乗り捨てられているを同村の村人が発見した.
ただちに警察に届けたが,所属部隊がわからず大変困っている」
【質問】
偽兵馬俑事件とは?
【回答】
ドイツ人美術学生が,西安の兵馬俑の一つになりすまし,警察に見つかるまでの数分間,まばたきもせず,そのままじっと立っていた珍事件.
彼は杭州に送還されたという.
ドイツ人美術学生,西安の兵馬俑に扮するも御用
[北京 17日 ロイター] 中国の杭州でパフォーマンスアートを学んでいたドイツ人の美術学生が,世界遺産に登録されている西安の兵馬俑(へいばよう)のある場所に侵入し,兵士の1人に扮(ふん)したものの,すぐに警察に捕まった.
この男性(26)は16日午後,約2000体の兵馬俑が保管されているくぼみに侵入.自作の軍服を着用し,持参した台の上に立った.
中国の新華社によると,警察に見つかるまでの数分間,まばたきもせず,そのままじっと立っていたという.
この男性は,軍服を没収され,杭州に送還された.
パフォーマンスのつもりだったようだが,ハズしたね……
【珍説】
昨日中国で起きた地震はアメリカの攻撃の可能性が高い.昨日だけで28回もの地震があった.
そして地震の震源地は31.099°N, 103.279°Eであり,グーグルアースで見ると三峡ダムのすぐ左隣だとわかる.
偶然にしては無理がある.新潟地震で見つかったプラズマ映像が中国でも発見されれば,真実は明らかになる.
http://earthquake.usgs.gov/eqcenter/recenteqsww/Quakes/us2008ryan.php
ロシア議会の証言によると,アメリカとソ連は1970年代に地震兵器を使用しないという調停を結んでいる.
http://www.bariumblues.com/haarp_geophysical_weapon.htm
しかし毎日世界各地で震度5以上の地震が平均12回程起きている.全てが自然現象だとはいい難い.
また,先日日本に接近した大型の台風についても,アメリカの脅しである可能性が高いという情報も入っている.
親友が精神病になり,犯罪者へと陥るのを見るのは悲しいが,今のアメリカはそういう状況である.
中国,ロシア,日本など各国が,至急に国連でアメリカの地震兵器,天気兵器,生物兵器,餓死政策について取り上げ,全世界の世論を動員し,アメリカの異常行動を止めなければならない.
【事実】
その地震兵器とやらの巨大なエネルギーは,どうやって発生させているというのでしょうかね(笑)
「無理がある」「言いがたい」などという,フルフォード個人の印象に過ぎない,証拠にもならない「傍証」はもうおなかいっぱいですので,まず地震兵器が物理的に,現代の技術で可能なことを説明してください.
▼
――――――
中国地震:四川省でM7.8,死者1万人に迫る
(前略)
>台湾の中正大学地震研究所は「今回の地震はユーラシア・プレートとインド・プレートが衝突して起きたもので,長崎型原爆252個分のエネルギーが放出された」との見方を示した.
(後略)
――――――
原爆252個分というのはエネルギー量としては,人工的に発生させるのはそう困難な数字とは言えません.
15キロトン×252=3.8メガトンですから.
人類が産み出した最大の核弾頭は50メガトン超えてますしね.
ただしこの巨大なエネルギーを,「震源地」で発生させる必要があります.
加えて,現代の観測技術は爆発(核を含む)と地震の震動を厳密に区別することが可能です.
皮肉にもその技術発展を促したのは,冷戦時代に繰り返し行われた核実験ですけどね.
ついでに.
[[ツァーリ・ボンバ]]
M7.0に相当する巨大なエネルギーを「地震計で観測した」,人類史上最大の核爆弾(50メガトン).
地震波(地球を3周)どころか空中「衝撃波」を日本の測候所でも観測したという,まさに地球を揺るがした大爆発.
地下核実験かと思ってたら,空中投下したのね・・・
地震の発生エネルギーは,logE=4.8+1.5Mで近似的に求められます.
E=エネルギー(J),M=マグニチュードで代入します.
今回,M=7.8ということで計算すると,3.16*10^16Jになります.
TNT火薬1kgで約4.2*10^6J,長崎型原爆で22ktとした場合,340個分に相当します.おおむね近似してますね.
ちなみに合計で7.5Mtであり,トライデントUがW88核弾頭(475kt)を最大14発つんだ場合の投射力が6.65Mtなんで,おおむね同等となります.
ただし,仮に地震を越す場合,これを地下10kmに埋める必要があり,また核が放出するのは単純な熱的エネルギーであって,それを地震の震動に変換するには莫大なロスが生じると思います.
古歩道氏(ベンジャミン・フルフォード氏の,2ちゃんねるでのあだ名)も,オウム真理教みたいなことを言い出すようになってしまったか.
今から13年前,オウム真理教は
「阪神淡路大震災が地震兵器で起きた」
と言って地震兵器の研究をしていたね.
そもそも,ニコラ・テスラというマッドサイエンティストが地震兵器を言い出したのがきっかけらしいのだが.
【関連リンク】
【中国・大地震】「地震は米国の地球物理兵器によるものだ」ネット上にデマ氾濫
▲
◆◆◆陸軍
【質問】
四川省の戦略的価値は?
【回答】
四川省は始皇帝の時代から,地政学の要衝だ.
中国のハートランドといってもいい.
四川盆地は大穀倉地帯で,一億人が自給できるとも言われている.
しかもチョークポイントが,長安と揚子江だけで,ここを押さえるだけで外部との交易を独占できる,
歴代の王朝は,ここを抑えることで中国を統一した.
蒋介石も毛沢東も,この地に逃げ込んでから反撃を開始した.
【質問】
孫大発とは?
【回答】
孫大発(Sun Dafa)は1945年生まれ.安徽省出身.
元瀋陽軍区政治部主任,
元16集団軍政治委員.
総後勤部政治委員.
2007年7月,上将昇進.
【質問】
人民軍の最新戦車,90II式の詳細のわかる方、いらっしゃいますか?
at
【回答】
中国の3世代戦車96式(輸出型は90式U)の性能は
125mm×39発 初速1760mで命中率は71%
最高速度62km(32kmまで10秒で加速可能) エンジンは英パーキンス製1200hp
その他 自動装填装置 対NBC装置 暗視装置 あり
Type90IIで正しいと思います。
個人的な感想を言えば、T85-III の新規設計版といったところで、目新しいところは何一つないですね。
FCS 等は輸入すれば、それなりのモノは手に入るでしょう。
ですが、 砲塔や車体の大きさに比して車体重量がありすぎます。
これから考えると、装甲自体は鋼板を主体としたモノであると考えられ、よって防御能力はかなり低い…と言わざるをえないです。
ついでに言えば、あの砲塔の小ささは同時に,ロシアのTシリーズと同様の給弾機構を持つと考えられるため、防御力の低さ以上にシステム自体の生存性自体かなり低く設計されてると思ったほうが良いです。被弾即死です(もともとがロシアのパクリだが)。
それなりの高い工業水準があるならば、全てがそこそこに出るようにデザインを振っても、それなりの力を発揮しますが、それほどでもない国が背伸びをして万能型のデザインをすると、全ての性能がそれほどでもないという結果を生む悪いデザインの見本のようなものです。
確かにType80に比べれば良くはなったとは思いますが、Type85IIIに比すれば逆に改悪の感があります。
火力については,日本の74式用の105mm APFSDS弾と同等レベルと見て良いのでは?と思っていますよ。これは弾芯が鉄もしくは程度の低いタングステン合金であったらの話。
中国はタングステンの輸出国ですが,合金化技術はちょっと…ですので。
合金化した程度が低いタングステン合金を用いたAPFSDF弾は,炭化タングステンもしくはタングステン105mmAP
弾にも劣ります (こっちは 焼き固めれば良いだけですので製造が楽)。
HEATで比較した場合は、、、どっちも抜けちゃうでしょう(^_^;)。
どちらが被害が少ないかは…どっちもどっちって感じですね。
どちらかといえば意欲策という評価に落ち着くでしょう。
まぁ、Type90IIに関して言えば、生産性が悪そうですので,それほど大量に投入されそうにはないのが唯一の救いです(T85IIIも同様)
中国戦車各種
【質問】
90II戦車は避弾経避の砲塔だし.これなら陸自の90式は勝てますね.74式だとどうですか?
まあ,陸自が戦うことは当分ないだろうけど.
【回答】
74式との比較ですか…
うーん,普通に考えれば90IIの方が防御力は上ではないかと思いますね.
設計年度が74式とは違いすぎます.対象脅威ですらも,です.
首差リードってところでしょうかね.
火力については74式用の105mm APFSDS弾と同等レベルと見て良いのでは?と思っていますよ.
これは弾芯が鉄もしくは程度の低いタングステン合金であったらの話.
中国はタングステンの輸出国ですが,合金化技術はちょっと…ですので.
合金化した程度が低いタングステン合金を用いたAPFSDF弾は,炭化タングステンもしくはタングステン105mmAP
弾にも劣ります (こっちは焼き固めれば良いだけですので製造が楽).
HEATで比較した場合は,,,どっちも抜けちゃうでしょう(^_^;).
どちらが被害が少ないかは…どっちもどっちって感じですね.
まぁ,Type90IIに関して言えば,生産性が悪そうですので,それほど大量に投入されそうにはないのが唯一の救いです(T85IIIも同様)
【質問】
中国って戦車に限っては何で国産にこだわってるんでしょうか?
戦闘機や艦艇はライセンスか購入なのに.
【回答】
艦艇も戦闘機も,国産にしようと努力はしてますよ.戦闘機であれば,FC-1とか.
技術と経験の足りなさで,まだまだキャッチアップできてはいませんが.
中国(に限った話ではないが)は,国防の基盤となる兵器は極力国内で開発・生産を行うようにしています.
自国で開発できないないし開発費が高価で割に合わない・手っ取り早く技術を導入したい等の理由から,
どちらかというとやむを得ずライセンス生産を選択選択しているのです.
戦車であれ 政治的ひも付きでなく,技術移転が行われ,適価であれば(あと輸出に対する縛りとか),T-80UD等のライセンス生産も有り得ない話ではないでしょう.
(自国戦車への技術導入の方が有りそうだが)
また,戦車は基本形態が昔から固まってるので,曲がりなりにも形にしやすいのもあるかと.
逆に言えば,アンコの出来は形では判断しにくい面もあります.
◆◆◆空軍
◆◆◆戦略ミサイル軍
【質問】
人民解放軍第2砲兵とは?
【回答】
中国の核兵器開発・管理を担当する戦略軍で。
発射手段(発射プラットフォームという)であるミサイルを有するため、戦術
面でもその機能を果たしている。
1974年に中央軍事委員会(中国軍事の最高意思決定機関)隷下に入り、陸
軍、海軍、空軍に次ぐ4つめの軍種として誕生.
現在、司令部は北京郊外の青河にあるといわれている。
司令部は政治部、後勤部、装備部、参謀部からなっており、それぞれの長は少将が務めている。
司令官は靖志遠上将(党中央委員、中央軍事委員会委員)で、隷下の実働部隊には師団級の6部隊がある。
駐屯地と部隊番号は以下のとおり。
●遼寧省瀋陽(96101部隊)、
第1師団(第51基地) 遼寧省瀋陽に駐屯。
隷下に3個ミサイル旅団があり、配備されているのはすべて中距離弾道ミサイ
ル。
旅団隷下の4個連隊の装備は、 3個ミサイル連隊はDF‐21(射程1800キロ)、DF−3(射程300
0キロ)で、朝鮮半島、日本、沖縄が標的。
残りの1個連隊はDF−21S(射程1500キロ)で、北朝鮮国境から北に
80キロほどの街・通化に集中して配備されている。
配下にある部隊は,
・810ミサイル旅団(96113部隊)
・移動式ミサイル旅団(96117部隊)
・名前が不明の旅団(96111部隊)
●江西省黄山(96151部隊)、
第2師団(第52基地)
江西省黄山市に駐屯する第2砲兵最重要の部隊。96151部隊と呼ばれる。
隷下に2〜3個ミサイル旅団があり、815旅団(楽平 配備ミサイル:DF
−15[射程600km])はもっとも有名である。
最新兵装備が配備されている。
815旅団は戦時には福建省にある発射拠点に急行し、台湾全土を射程に入れ
る。
ミサイルを移動させるために,駐屯地から展開地点まで線路が使用される。
【編成旅団】
807ミサイル旅団(96161部隊)
811ミサイル旅団(96163部隊)
名前が不明の旅団(96164部隊)
815ミサイル旅団(96165部隊)
817ミサイル旅団(96167部隊)
移動発射旅団(96169部隊)
名前が不明の旅団(部隊名も不明)
●雲南省昆明 (96201部隊)、
第3師団(第53基地)
雲南省昆明に駐屯し、96201部隊と呼ばれる。3個旅団で編成。
1972年1月21日に、昆明の北約50キロにあるTienweiにSSM関連施
設があることが確認、昆明の南西約10キロのところにもミサイル複合施設が
確認された。
96年には米偵察衛星が,昆明のミサイル実験施設で行なわれた大規模な「DF−3」発射実験をモニターした。
98年初頭の作戦では、「DF−3」展開地域のひとつであった。
隷下の1個旅団は楚雄(昆明の西約100キロ)にあり,装備は「DF−21s」.
もうひとつは建水(昆明市南方)にある。
いずれもインド・東南アジアなど複数の対象に照準をあわせている。
【編成旅団】
802ミサイル旅団(96211部隊)
808ミサイル旅団(96213部隊)
名前が不明の旅団(96215部隊)
●河南省洛陽(96251部隊)、
第4師団(第54基地) 河南省洛陽に駐屯し,96251部隊と呼ばれる.
4個旅団,1個連隊で編成.
隷下の1個旅団は射程12000キロのICBM(大陸間弾道弾)「DF−5」
を保有.米欧に照準をあわせている.
【編成旅団】
801ミサイル旅団(96261部隊)
804ミサイル旅団(96263部隊)
813ミサイル旅団(96265部隊)
名前が不明の旅団(96275部隊)
1個連隊(80744部隊)
●湖南省懐化(9630 1部隊)、
第5師団(第55基地)
湖南省懐化に駐屯し、96301部隊と呼ばれる。
3個旅団で編成。
第4師団に続きICBM(大陸間弾道弾)が2番目に配備された部隊。
隷下の2個旅団は懐化南方の「通道」近くに駐屯している。
【編成旅団】
803ミサイル旅団(96311部隊)
805ミサイル旅団(96313部隊)
名前が不明の旅団(96315部隊)
●青海省西寧(96351部隊)
第6師団(第56基地)
青海省西寧に駐屯し、96351部隊と呼ばれる。
3個旅団で編成。
1個実験連隊が大同周辺に集中して駐屯している。
DF−21(CSS−5 射程1800キロ)が配備されており、旧ソ連各国、
インドを射程に収めている。
【編成旅団】
809ミサイル旅団(96361部隊)
812ミサイル旅団(96363部隊)
名前が不明の旅団(不明)
【参考文献】
「中国の核・ミサイル・宇宙戦力」 茅原 郁生 蒼蒼社
事典的価値を持つ内容。通読すると中国軍の目指す戦略方針が見えてくる。
巻末にある情報源リストも優れている。
【質問】
中国の核戦力の現状は?
【回答】
米国防情報庁(DIA)によれば,現状は以下のようです.
大陸間弾道弾(ICBM):45基
潜水艦発射型弾道弾(SLBM):12基
短射程弾道ミサイル(SRBM):約100基
なお,2020年までにICBMが220基,SLBMが44基,SRBMは約200基に増強予定.
04年に「元」級潜水艦の存在を公表.南部の工場で製造中.
潜水艦基地は,浙江省東海岸,海南島,楡林などにある.
空軍では
湖北省 当陽空軍基地
H-6戦略爆撃機
浙江省 建橋空軍基地
強撃級50機,超音速攻撃機70機(いずれも核搭載可能)
などが確認されている.
【参考】
「人民解放軍空軍の戦闘序列」
【質問】
人民解放軍第2砲兵誕生までの経緯は?
【回答】
1957年:地対地ミサイル訓練グループが誕生(規模600名)
1958年:中央軍事委員会に戦略ミサイル検討委員会ができる
1959年6月:中央軍事委員会が2個戦略ミサイル大隊編成を決定。同時に訓練グループの解体を決定
1960年3月18日:初の戦略ミサイル部隊2個大隊が設立。
1963年10月3日:人民解放軍が初のミサイル発射実験を行う
1964年6月:短距離弾道ミサイル(中国名DF−1)発射実験に成功
1966年6月6日:周恩来の指導のもと、第2砲兵が編成される。当時周は
戦略核ミサイルの担当をしており、ミサイル部隊と治安部隊を合併させる形で
第2砲兵は誕生した。命名も周が行なった。
1966年7月1日:第2砲兵司令部が開設される
1974年:これまでの総参謀部から中央軍事委員会隷下となり、4番目の軍
として独立
1984年:第2砲兵が公式に軍務につく
1984年10月1日:建国35周年式典にて、はじめて第2砲兵が公に姿を
あらわす
【質問】
第2砲兵の規模は?
【回答】
総数は9万人規模といわれているが、実際は各軍区からの出
稼ぎ隊員も含め、20万人規模というのが通説。
隷下の実動6個師団は駐屯地の人民解放軍各軍区(北京、瀋陽、済南、南京、
広州、貴州、蘭州)に所属している。
各師団には平均で10000のミサイル があるといわれている。
当然の話ではあるが、配備されるミサイルのタイプに
よって兵力に変動が出てくる場合がある。
師団は2〜3個ミサイル攻撃旅団(旅団長・大佐)、訓練部隊、核弾頭整備部
隊、連隊規模の対化学防護、通信、教育、保安、気象部隊と特殊部隊で編成さ
れている。
旅団は4個ミサイル攻撃連隊を隷下に置き、ミサイルのタイプごとに編成され
ている。
これにより、ミサイルの整備と専門家の育成を容易にしている。
90年代の第2砲兵には少なくとも旅団が13個あり、90年代の終わりには
17個に増えている。
これは、「DF−5」(核搭載型ICBM)および、
「M−9」「M−11」(いずれも台湾向け通常型ミサイル)の配備によるも
のである。
各師団は青河にある第2砲兵司令部直轄であるが、各軍区からの支援も受ける。
特に注意すべきなのが師団司令部である。
ミサイルという兵器の特性かもしれないが、師団司令部は一般的な野戦師団司令部というよりも、ひとつのミサイル基地運営者とでも言ったほうがいい存在
である。
そのためか、師団の独立性は高いようで、各司令部は各基地で第2砲兵司令部の代行機能を果たしているともいえる。
各軍区との柔軟な関係もそこに理由が あるのかもしれない。
【質問】
中国のICBM保有数は?
【回答】
中国は現在,ICBM「東風(DF)31型」(射程=推定8000キロ・メートル)を約30基保有しているとされ,米国のミサイル防衛(MD)に対抗するため,多弾頭化などの研究を進めている.
また,これを潜水艦発射型に改良した「巨浪(JL)2型」の開発も進めている.
中国のSLBMの発射実験は2001年,および2005/6/16に確認されている.
後者の実験では,青島沖の原子力潜水艦から発射され,数千キロ・メートル離れた同国内陸部の砂漠地域に着弾した模様.
なお,以上は2005/6/17付,読売新聞からデータ取得.
1.ICBM(大陸間弾道ミサイル):米国,豪州,カナダ,欧州が標的
計46基(射程は12000km,8000km,4750kmなど)
2.IRBM(中距離弾道ミサイル):わが国本土,沖縄,インドが標的
計35基(射程は2800km,1800km)
3.SRBM(短距離弾道ミサイル):台湾,南西諸島が標的
計725基(射程は600km,300km)
4.SLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル):
本土が崩壊しても,最後の一発を敵に打ち込むための残存核兵力.
米が標的
搭載可能原潜は1隻のみで,12基搭載可能.昨年発射実験に成功.
また,2006/3/13に,台湾国防部(国防省)が発表したところによれば,
・SRBMの数が784基に増えている(おき軍事データでは05年末で725基)
・CSS-7(東風11,同改:射程600キロ以下)の配備は500基以上,4個旅団
・CSS-6(東風15:射程600〜800キロ)の配備は225基以上,2個旅団
・爆弾命中のバラツキを示すCEP(狙った弾の半数が入る範囲円)の半径が,600メートルから50メートルまで向上した.(これはどうなんでしょうか?)
・基地は江西省楽平,福建省などにある.(楽平の旅団司令部の航空写真を公開しています)
さらに,米国防総省が発表した「2006年中国の軍事力」によれば,中国の弾道弾戦力は以下のようになっているようだ
保有ミサイル 発射基数/ミサイル数 射程
CSS-4 ICBM 20/20 8460+km
CSS-3 ICBM 10〜14/20〜24 5470+km
CSS-2 IRBM 6〜10/14〜18 2790+km
CSS-5 MRBM Mod1/2 34〜38/19〜50 1770+km
JL-1 SLBM 10〜14/10〜14 1770+km
CSS-6 SRBM 70〜80/273〜315 600km
CSS-7 SRBM 100〜120/433〜475 300km
JL-2 SLBM 開発中 8000+km
DF-31 ICBM 開発中 7250+km
DF-31AICBM 開発中 11270+km
また同資料によれば,中国のSRBMは年100基の割合で増加しているという.
ただ,CSS-6のCEPは250〜300mと良く無いという.
【参考サイト】
Military Power of the People’s Republic
of China 2006 (米国防総省が5月に発行)
中国の弾道弾戦力(China’s Missile Forces)
【質問】
中国の核ミサイルは確実に米国に届きますか?
【回答】
すでに配備されているDF-5,DF-5Aの射程は12000〜13000kmと言われており,中国のどこから撃つかにも依りますが,米本土に十分届くはずです.
しかし,確実にということになるとミサイルの信頼性が問われますから,まあ常識的に50%より上で90%より下,ぐらいに考えるべきでしょう.
さらに迎撃されないか,ということになってくると話は複雑になります.
まあ,今のところ米の弾道ミサイル防衛は緒に就いたばかりですから,それやこれやで5発も撃てば,1発くらいは「確実に」着弾しそうです.これ以上は憶測,妄想になるのでここまで.
軍事板
ただし,以下のような見解もある.
中共は,今年の年内から来年末までに,短射程のものはアラスカを,長射程のものは全米を射程に収める大陸間弾道弾の東風(DongFeng)31を60基配備すると報じられています.
東風31は,射程6,000〜1万1,000kmで,中共の大陸間弾道弾としては,初めて米本土に到達できるだけでなく,初めての固体燃料を使用した弾道弾であって即時発射ができ,しかも,初めての移動式の弾道弾であり,固定サイロからではなくトレーラーや貨車から発車できるので,容易に米国によって捕捉できず,先制的に破壊することが困難である,という画期的なものです
(東京新聞,2006/7/11.7月12日アクセス).
中共は,現在,まともな反撃用の(原子力潜水艦に搭載された)第二撃核戦力を持っていませんが,仮に持った暁には,旧ソ連同様,全面的な対米核抑止力(相互確証破壊=MAD)を持つことになります.
いずれにせよ,中共の核によって米本土が脅かされることになった以上,米国の日本に対する核抑止力の信頼性が,理論上,これまでより低下することは必至です.
もっとも上記文章に関しては,ソースが日本の一般紙であるため,軍事記事の信頼度は比較的低いと考えられるので,その点には留意されたし.
【質問】
中国のICBMの中で,日本に届くほどの射程があって一番性能がいいのは,どれくらいの命中精度なんでしょうか?
【回答】
*東風(Dongfeng)5型 DF-5(NATOコード
CSS-4)
射程:13,000〜15,000Km
弾頭威力:2Mt
CEP(半数命中半径):500〜3.500m
*東風41型 DF-41(CSS-X-10)(注:現在開発中)
射程:12,000Km
弾頭威力:0.35〜1.0 MTの単弾頭もしくは50〜100
KTの複数弾頭(3〜6個?)
CEP:700〜800m
なお,CEPとは発射・投下された兵器の半数が着弾する円形の範囲を,目標からの距離(半径)で表したもの.
軍事板
ただ,ICBMを撃ち込むには日本は近すぎるので,実際に日本攻撃に用いられるのはCSS-2
IRBM,及びCSS-5 MRBMだろう.
CSS-6では精々尖閣諸島辺りまでしか届かない.
【質問】
中国はまだ日本に核ミサイルの照準を合わせているのでしょうか?
【回答】
中国は未だ日本へ核ミサイルを向けているという公式宣言を撤回してない.
ちなみにロシアは,1997年6月の日露首脳会談で当時のエリツィン大統領が,戦略核ミサイルの日本への照準を解除すると発言した.
軍事板
傍証だが,こんな話もある.
中国の核ミサイルが狙う日本の二十五都市
志方俊之
趙雲山という中国本土出身の若手戦略研究家が注目すべき書物を出した.
書名は『中国のミサイルとその戦略』といい,そのなかで中国の対日ミサイル攻撃のシミュレーションが示されている.
この本のように,
「中国は核ミサイルをどのような事態に至ったときに使うか」
「使うとすれば,どのような様相になるか」
といった点を具体的に記述したものは少ない.
中国の核戦力と米国の対応の双方をじつによく研究している.
彼が描くシナリオは日本の安全 保障を考えるうえで大いに参考になるが,つぎのようなドキッとす
る個所もある.
「中央軍事委員会は,第二砲兵部隊の一個ミサイル旅団と二個ミサイル大隊に対し日本の二十五の大都市に核ミサイルを発射することを命じた」
【質問】
中国の核兵器に反撃されるかもしれないリスクを犯してまで,アメリカは日本や台湾を支援してくれるのでしょうか?
とてもそうは思えないんですけど.
【回答】
なるほど,中国の『対日核戦略』は大成功してるね.
戦略核兵器は「恫喝」するために存在している,
このレスを読んでみると, みなさん恫喝されまくり状態みたいだ.
私も「米国の侠気」なんて全然信じてないけど,中国の核恫喝は笑える.
なぜなら,逆に中国こそ,米国の核恫喝にビビりまくっているから.完全に.だから,
毛沢東は「核兵器は張り子の虎」と虚勢を張りながらも,極貧の時代に「ズボンも履かずに」核兵器開発に国力を傾けた.
核恫喝の恐怖を心底から理解している中国は,日本相手ぐらいには核を使用しない,せいぜい恐喝のネタに使うだけ.(これがまた上手!)
万一,虎の子の核戦力を実際に使うとすれば,徹底的に追いつめられて,やむを得ず「核大国」に,乾坤一擲の勝負に出るときだけ.
全核戦力を,その一国に集中して使用するだろう.
日本や台湾相手じゃ,リスクが大きいわ,もったいないわ・・(^^;)
核攻撃なら,むしろ北鮮のほうが怖い.
【質問】
中国の核ミサイル開発の現状は?
【回答】
近年,大きな進展が見られるようになったという.
以下引用.
中国の核兵器開発は,短・中距離弾道ミサイル(SRBM,MRBM)から長距離弾道ミサイル(LRBM)へと射程を延ばし,80年代前半までには,性能に疑問は残るが,メガトン級核弾頭をアメリカに運べる大陸間弾道ミサイル(ICBM)を開発するまでに至った.
もっとも,その間にアメリカのミサイル技術は遥か先を行き,コンピュータやGPS(全地球測位システム)衛星の導入で,ピンポイントで目標を正確に爆撃できるミサイルへと進化を遂げた.
一方の中国のミサイルは,飛んでいって爆発するだけのシロモノなので,中国にとっては新世代の高性能ミサイルの開発が,この20年の至上命題となっていたのである.
ところがここに来て,そのミサイル開発に大きな進展があったことを裏付ける証拠が揃ってきている.
00年に中国はGPS衛星「北斗」を3基打ち上げた.言うまでもなく軍事用であり,ICBMの複数の弾頭を正確に着弾させたり,潜水艦が自船の位置を確認してミサイルを発射するなどの用途が考えられる.
また,昨年,中国は有人宇宙飛行を成功させた.
日本人の多くは
「今さら何故初歩的な有人飛行を?」
と考えたようだが,宇宙開発と軍事開発が直結しているのは日本以外の国では当り前の常識で,中国のロケット技術の精度と信頼性が非常に高まっていることを示したといえる.
平松茂雄談話 from SAPIO 2004/3/24号,p.23-24
【質問】
「DF-31A」とは?
【回答】
「Technobahn」,2008/4/4 20:22付が,米核軍縮専門誌「armscontrolwonk.com」の報道をソースにして述べるところによれば,固定基地型大陸間弾道ミサイル.
移動式固体燃料大陸間弾道ミサイルとして開発されたDF-31の,射程距離を11200キロにまで伸ばした改良版とされる.
2008年4月,中国東部にある江蘇省の州都,南京市の西,600キロの郊外に実戦配備を完了し,中国は米国
中西部域まで核弾道ミサイルの射程圏内に納めたことになったという.
2008年4月に確認されたDF-31Aのミサイル・サイトとその関連施設の位置は
33°16'33.80"N 112° 20'06.49"E33°14'23.78"N
112°17'50.82"E33°12'46.96"N 112°18'55.43"E33°12'02.
03"N 112°18'49.17"E33°09'44.19"N
112°15'47.01"E33°11'48.95"N 112°18'38.92"E
の6箇所だと,同記事は述べている.
【質問】
中国は弾道弾防衛体制は準備しているのか?
【回答】
防衛網構築目指して迎撃ミサイルなどの開発が進められているという.
以下引用.
中国もMD体制を装備
中国が,米国のパトリオット・ミサイルと類似の迎撃ミサイルの試験発射に成功したと,人民解放軍の機関紙「解放軍報」が26日付で報じた.
同紙によると,北京のある空軍部隊は最近,西北地方の砂漠で,新型迎撃ミサイルを試験発射して,ターゲットを撃墜することに成功した.
試験発射は,レーダー指揮統制部で数千メートルの高さの高空偵察機やミサイルを探知し,電子撹乱装置をかいくぐって敵機とミサイルを追跡,迎撃するという手順で進められる.
中国軍は,今回の迎撃ミサイル発射の成功で,米国のミサイル防衛(MD)体制のようなミサイル防御網の構築に乗り出す計画だ.
これまで中国は,米国のMD体制の構築をめぐり,国際安保秩序をかく乱し,無分別な軍費競争を触発するとして非難してきたが,米国が韓半島を含む北東アジア地域に実戦配置を急いだことで,迎撃ミサイル研究開発に乗り出したものとみられる.
新型迎撃ミサイルの発射を担当したミサイル部隊長は,
「このような経緯で,迎撃ミサイル部隊が公式に発足することになった」とし,
「高空偵察機とミサイルだけでなく,低空で飛ぶターゲットも迎撃可能であり,命中率も大変高い」
と述べた.
一方,香港の「文匯報」は最近,中国のミサイル部隊が東部沿岸や砂漠などで,短時間でターゲットを迎撃する機動訓練をしたと伝えた.
【質問】
中国でのBC兵器の状況は?
【回答】
米国務省報告によれば,禁止条約加盟後も開発継続しているという.・
中国は,一九五〇年代から冷戦中にかけて生物兵器開発を進め,生物兵器禁止条約に加盟した一九八四年以降も開発を継続していたと分析.「現在も原料を入手していることを示す報告があり,なお生物兵器開発を中止するにいたっていない」と,警戒感を表明している.
中国については化学兵器開発も指摘されている.
中国は化学兵器禁止条約に基づいて成分,製造施設を廃棄したと説明しているものの,報告書は,中国は条約の枠内で「防衛的な研究を継続している」と認めていることに言及.断定するに十分な情報はないにせよ,化学兵器を製造する能力を依然として維持しており,施設についても完全に開示するにはいたっていない−との疑惑を指摘している.
【質問】
中国は濃縮ウランをどうやって調達しているの?
【回答】
推測だが,ロシア,カザフスタン,ニジェールなどからウランを輸入して,国内で濃縮している模様.
ウラン生産量世界第1位,第2位のカナダ,オーストラリアは,核兵器開発国にはウランを輸出しない方針であるため,これまで両国からは中国は輸入できていない.
しかし,2006年になって,オーストラリアは中国へ「平和利用目的に限って」輸出することを考え始めているという.
豪州議会の条約委員会は8日の段階でシナへのウラン輸出を「国益に合致」と判断.シナとの輸出協定批准を提言しました.
輸出条件は「平和利用目的に限る」となっており,これを検証するためには国際原子力機関(IAEA)の査察が不可欠です.
そのため同委員会は豪政府に対し,IAEAに対する資金援助等を求めています.
⇒豪州はカナダに次ぐ世界第二位のウラン輸出国で,埋蔵量は世界一とされています.
79年以降,18カ国との間で協定を結び,世界各地にウランを輸出しています.
シナとの間では,今年4月,訪豪したシナの温首相とハワード首相との間でウラン輸出協定が署名されています.
シナへのウラン輸出は「平和利用目的に合致する」そうです.
国際スタンダード・世界との対話路線との根幹にある胡散臭さ,嘘八百さがよく分かります.
そういうなかで自分の利益を確保するためには,
「国際社会はヤクザやギャングの世界と同じ」
という覚悟と認識を持ち,目に見える力を手にするしかありません.
このような泥臭いことをできるものだけが,独立をまっとうできます.
もっとも中国は,同国の電力関連学会が2007/5/26に公表したところによれば,電力供給の主力を石炭火力発電から原子力発電へ転換し,2030年までに100万キロ・ワット級原発を100基建設する予定であるというから,中国の言う「平和利用目的」がまったく説得力がないわけでもない.
が,「100%平和利用か?」と問われれば,殆ど誰も「そうだ」とは言わないだろう.
【質問】
四川省にはどのような核施設があるのか?
【回答】
http://www.nytimes.com/2008/05/16/world/asia/16nuke.html?ref=world&pagewanted=print
によれば,中共が四川省に核関連施設の建設を始めたのは1960年代.
廣元(Guangyuan)市の北西15マイルには,核弾頭用プルトニウムを生産する中心施設であるプラント821が,綿陽(Mianyang)市の郊外には中国物理工学アカデミー(Chinese
Academy of Engineering Physics)があり,ここにも研究用の小さな原子炉があるという.
同アカデミーは核兵器の研究・開発・評価を行っており,四川省内にいくつかの支所を持っているという.
同市西方,車で2時間行った所には,「急速爆発原子炉」(prompt-burst
reactor)を持つ施設があると報じられている.
同原子炉は,核爆発による最初の数ミリ秒における核分裂物資の発生をシミュレーションすることができるという.
さらに,同市北方の山中,山腹の巨大トンネル群の中には,核兵器貯蔵施設があると述べられている.
詳しくは太田述正コラム#2553(2008.5.17)を参照されたし.
また,
China: Earthquake buried 32 sources of radiation,
but overall situation is safe
という記事によれば,四川には商用原子力発電所は存在せず,
中国当局は32の施設で,四川大地震で埋没した核物質の30ヶ所分を回収したというが,その内容を一切明らかにしていないという.
フランスの核モニタリング機関によれば,四川には研究用原子炉のほか,核燃料製造所2と核爆弾製造所2があり,これらの全ての施設は震源地から60〜145キロメートルの範囲内に有る,と同記事は報じている.
以下引用.
――――――
According to a French nuclear watchdog, Sichuan province has several key nuclear sites, including a research reactor, two nuclear fuel production sites and two atomic weapons sites. All were 40 to 90 miles (60 to 145 kilometers) from the epicenter.
――――――
▼ さらに,地震後,前国家核安全局長で,環境保護部副部長の李幹傑が訪問したと報道された主な施設は,黄慈萍(物理学者,米国在住)=元中国核開発関係者=によれば以下の通りだという.
――――――
核工業の中国核動力研究設計院(通称909所):夾江県に位置する.
中国工程物理研究院(通称902所):中国核兵器研究基地.前身は西北核兵器研究設計院(国防第九研究院)であり,現在839核工業基地で研究開発を行っている.
楽山核分裂研究院(通称585所):前身は長春503所であり,楽山県に位置する.
821場:四川省広元県西北部にある.
白龍江核基地:核弾頭を生産し,中国最大の核反応炉を製造し,プルトニウムの主要生産メーカでもある.従業員は3万人.
221場:中国初めての核兵器研究基地である.1964年初めての原子爆弾を開発した.1968年,青海省から四川省錦陽の西南物理研究院に移動した.
525場:峨眉機器製造工場
814場:中国の三番目の原子力生産企業で,重水工場でもある.従業員は4万人.
816場:ばい陵核燃料部品工場.原子弾頭を製造.
857場:四川省江油市に位置する.中性子爆弾を製造.
四川宇宙開発技術研究院:中国宇宙開発科学技術集団公司に属し,宇宙開発製品の生産基地,兵器開発生産基地である.
総装備部中国空気動力発展と研究センター:本部は錦陽市に位置し,各研究所は安県の各地に分散している.
――――――「大紀元」日本語版,2008年5月28日
▲
【質問】
四川大地震で被害を受けたらしき「821プラント」は,どのような原子炉なのか?
以下のメール・マガジン内にある.「プルトニウム型燃料」の原子炉とは?
----(引用ここから)----
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」,平成20年(2008年)5月17日(土曜日)弐
〔略〕
プラントの暗号名は「821」と呼ばれ,密林を開拓して広大な土地に原子炉が立てられている(燃料はプルトニウム型).
〔略〕
----(引用ここまで)----
【回答】
「プルトニウム生産用原子炉」の誤りと判断するのが妥当.
821プラントはチェルノブイリ事故で悪名高きRBMK炉である可能性が高い.
RBMK炉の安全性には疑問が呈されており,米国当局者が地震に伴う「チェルノブイリ型の惨事」を懸念したこと自体は正しい.
***
この段階で米軍の偵察衛星がどのような情報をつかんでいるか,民間人である私個人には確かめるすべはない.
しかし,状況証拠として,核実験が予想される際などに展開するWC-135Wコンスタントフェニックスが展開しているとの情報もないため,現在(5/16)までのところ大規模な原子力・核兵器事故は検知されていない模様である.
また,日本国内の各原子力施設周辺に設置されている放射線を常時監視するモニタリングポスト
例:新潟県環境放射線監視テレメータシステム
http://www.k4.dion.ne.jp/~ngtl-rad/
でも特に異常値は観測されていない.
(注意:降雨により測定値が上がることがあるが,これは通常の挙動であり異常ではない.)
ここで気になる「821」プラントであるが,宮崎氏の情報では「燃料はプルトニウム型」とある.
しかし,原子力従事者にとって通常の思考形態からは,核兵器関連の原子炉では特別なものでない限り「燃料はプルトニウム型」というのは考えにくい.
そもそも,核兵器関連で生産するプルトニウムは,いわゆる「兵器級プルトニウム」と呼ばれるものである.
これは,ある特定の条件下で特別に作られる貴重品であり,それをわざわざ原子炉の核燃料に転用することは考えにくい.
<過去例としては核兵器削減条約から余剰となった,旧ソ連の解体核兵器から得られるプルトニウムをウラン
(天然ウランがメインだが,劣化ウランの場合もあり得る.少なくとも濃縮ウランではあり得ない)
で希釈して,通常の商業用原子力発電所で燃やす米ロシア版「プルサーマル」計画がある程度である.
これは,おなじみATOMICA(現在は改修中につきリンク切れ,キャッシュはこちら)の以下の情報と比較すると,その素性が明らかになると考える.
(参考:なお,同じ文献の中でロシアの解体核兵器由来プルトニウムの扱いについて
----
なお,余剰軍事用プルトニウム(34トン,ロシアのストックパイル全体の約4分の1に相当)の処分については,トムスク7にMOX燃料加工工場を建設し,バラコボ原子力発電所(VVER−1000×4基)に装荷・燃焼する計画である.
----
とふれられている)
----(抜粋引用開始ここから)----
5.2 プラント821のプルトニウム生産炉
プラント821は四川省広元(西安の西南西約350km,蘭州の南南東約430km)に位置しており,原子炉熱出力1000MWtのプルトニウム生産炉(天然ウラン燃料,軽水冷却黒鉛減速炉)が1974年頃から,軍事用再処理工場が1974年頃から操業していると推定されている.
----(抜粋引用開始ここまで)----
とのこと.
プルトニウム生産用として当該原子炉(原子炉熱出力)は,他に伝えられる同類のものに比較して若干大きめの感があるが,仮に発電を行っていれば電気出力は約300MWe(30万kW)となり,通常の商業用原子力発電所としては小ぶりの部類に入る.
ここで重要なのは,「天然ウラン燃料,軽水冷却黒鉛減速炉」(沸騰軽水冷却炉であるなら,旧ソ連からの技術導入の経緯からして,チェルノブイリ事故で悪名高きRBMK(黒鉛減速沸騰軽水圧力管型原子炉)の可能性が非常に高い)ということである.
詳細は省略するが,当該形式の原子炉はまさに旧ソ連の核兵器開発の段階で開発された原子炉そのものであり,その開発経緯からもプルトニウム生産炉として必要な要件を満たす.
また,当該形式の原子炉は他の形式のものに比べ,原子炉のスケールアップ(出力増加)設計・建設共に容易であり,プロトタイプの導入を行えば,以降,中国が独力でプルトニウム生産炉として建設するのに最適と言える.
そのため,上記ATOMICAの記述の信頼性は高く,信頼に足るものであり,宮崎氏の「燃料はプルトニウム型」の記載は,プルトニウム生産用原子炉の誤りと判断するのが妥当である.
一方,チェルノブイリ事故を挙げるまでもなく,RBMK炉の安全性には疑問が呈されており,ロシア以外の諸国の当該形式炉は閉鎖される流れにある.
そのため,当該原子炉自体の安全性は別問題としても,米国当局者が地震に伴う「チェルノブイリ型の惨事」を懸念したこと自体は正しいことと言える.
以上,公開文献のみで状況判断を行ったため,実際と本推測には異なる部分があり得ることは避けられない. しかし,原子力の一般常識に加え,公開文献をつなぎ合わせるだけでも,一通りつじつまの合う説明が出来ることから,当たらずしも遠からずと愚考する.
以上,ご参考まで.
へぼ担当 by mail
なお,これに関し,2008年5月20日付,日経BP(古森義久著述)は,ワシントンに拠点をおいて中国の軍事動向を研究する「国際評価戦略センター」のリチャード・フィッシャー
副所長の
「大地震の惨禍はもちろん第一には人道的な見地から対応しなければならないが,被害の中心となった四川省は従来から中国人民解放軍の最重要の基地や工場,研究所がある地域であり,私たち中国の軍事研究にかかわる専門家としては,この大地震が中国軍近代化にどう影響するかに真剣な関心がある」
「中国の核兵器関連施設というのはそれ自体,すべてが極秘にされる存在だから,それに対する地震の被害の有無というようなことは,重大機密扱いとなる.
米国側のその実態を探知しようとする試みも,そのこと自体が機密となる.
だから真相は簡単にはわからないのだといえる.表面に出た情報だけでの即断は禁物だろう.
それよりも私が推測するのは中国の核兵器の開発や製造にかかわる科学者,技術者などが大地震によって被害を受けたのではないかという可能性だ.
つまり核関連の人的要員への被害の可能性だ」
という言葉を伝えている.
【質問】
四川省大地震による核施設の損害に対処するため,空挺部隊が降下を強行して死傷者を出したという話が一部に伝えられているが,その話の信憑性は?
ヘリボーンすれば済む話では?
【回答】
「どのような原子力・核関連施設がどのように被災したか」にも依りますが,雑ぱくに言って以下のことが考慮されているかが鍵でしょう.
1.とりあえず航空偵察.出来れば上空でも構わないので,放射線量と空気中の塵の分析
少なくとも,これで「投入しても工夫次第で死なずに済む」ことを確認することは必須です.
私が指摘するまでもありませんが,空挺部隊はどこの軍隊でも精鋭のため,いくら人命を全く重視しない中国であっても,みすみす精鋭部隊から失う真似はしないものと.
もし,犠牲を厭わないのであっても,その場合「神風」以外の何物でもありませんので,やるなら他の部隊でしょうし,放射線量が大きくても落下傘降下しか方法がない場合は,せめて情報収集・偵察の小部隊に限定して損害を局限するのが,軍人として当たり前の判断でしょう.
2.ある程度以下の放射線量だった場合
米軍は例外としても,空挺部隊の装備ではγ線の影響から防護するのは,必要となる装備品の重量から言って不可能です.そのため,被曝線量の管理は厳密に行うとして,対NBC防護装備を着用の上で投入することとなります.
ただ,対NBC防護装備には技術以前の物理上の理由からから様々な限界があり,せいぜいα線やβ線の影響や内部被曝を防止できても,γ線ばかりは装甲車でも投入しない限り,全くのお手上げです.
さらに,活動(防護有効)時間や体力的な問題から,ある程度の時間で退避・退却するのが必須事項(休憩すればよいとか,その様な問題ではない)となりますが,「チェルノブイリ型の惨事」仮定では長距離移動(退避)が必須となるため,ヘリボーンでも行わない限り,あの状況では難しいものと考えます.
よって,1.の課題をクリアした後,2.となりますが,ヘリボーンや特殊な方法を使わない限り,「チェルノブイリ型の惨事」仮定における落下傘部隊投入は情報収集・偵察以外,「神風」の二の舞,統率の外道と評されても弁解のしようがないと考えます.
>ヘリボーン
私個人も一般ニュースやググってみる範囲でしか承知していませんが,中国人民解放軍の装備もさることながら,被災地及びその周辺がかなりの山地(3000m級はざらとのこと)や高地であることも影響しているものと考えます.
<中華人民共和国四川省(Sichuan Province,
China)成都(Chengdu)でも海抜500mとのこと.周囲はそれ以上の急峻な地方との情報です.
そのため,断定的なことは言えませんが,固定翼航空機からの落下傘降下があっても,ヘリボーン作戦は難しいのではないでしょうか.
以上,ご参考まで.
【質問】
四川大地震では,821工場はどんな被害を受けたのか?
【回答】
集めた情報を箇条書きで記します.
1.四川省広元市三推には1973年半ばに稼動を開始したプルトニウム製造施設「821工場」がある.(32°26'N
105°52'E)
【衛星写真】
1.今回の地震で同工場も被害を受けた.
1.三推には「核工業技術学校」「四川核工業」など核関連施設が集中している.
1.共同によれば,821工場の入口付近は軍と警察が封鎖しており,立ち入り禁止になっているらしい.
1.821工場はICBM「東風5号」等の核弾頭用のプルトニウムを製造する施設である.
1.821工場はIAEAには登録されていない
1.中共環境省は二十三日,今回の地震で五十個の放射性物質に関し問題が発生し,うち三十五個を回収したが十五個は行方不明と発表した.
その時点では「放射能洩れは起きていない」と強く主張している
1.一方,地震発生直後,821工場に対し千二百トンに及ぶコンクリートが運び込まれたとの情報が二十四日までに出ている.
821で発生した放射能洩れを封じ込める作業が行なわれていると推定される.
1.地震発生直後,温家宝が核の専門家と共にすぐ現地入りし,その後胡錦涛も速やかに現地入りしたのは,今回の地震が核施設にもたらす影響を受けてのものである.
⇒おそらく放射能洩れは起きているのでしょう.必死に隠しているようですが.
【質問】
『【軍事】大地震で軍事施設被災なら,中国の核ミサイル計画に影響も…米専門家[5/31]
』より.
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17 名前:名無しさん@九周年[] 投稿日:2008/05/31(土) 19:55:39 ID:F7cg2Nxp0
>16
この煙の量は滅茶苦茶多いような気がするけど
19 名前:名無しさん@九周年[sage] 投稿日:2008/05/31(土) 20:50:08 ID:sDjkGI900
ttp://sankei.jp.msn.com/affairs/disaster/080531/dst0805310323000-n1.htm
暗号名「プラント821」が一部破壊されたのではとの疑いもある.
これは中国の核弾頭製造の複合施設で,米国でいえば原爆が開発されたロスアラモス国立研究所に該当する.
つまり,中国の核兵器開発の中枢までが崩壊した可能性は否定できない.
(中略)
中国が詳しく語るはずもないので,米国はスパイ衛星などで慎重に被害状況を探っていると米紙が伝える.
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……とありますが,軍事施設の被災は本当でしょうか?
後,信頼性が低いとされる「大紀元」で,地下の核施設が爆発した云々の記事が2ch.ニュース速報掲示板で話題になってしますが,正直どうなんでしょうか?
百キロ四方が立ち入り禁止との話ですが,それなら成都あたりはキエフの時のように待避韓国〔原文ママ〕が出てもおかしくないと思いますし.
【回答】
再処理や原爆製造のための施設ではなく原子炉が被災したとして,遠目できわめて大ざっぱに判断するには,出火から間もない煙の色が重要な判断要素になる.
黒煙が立ちのぼっている場合は,新潟の時のように周辺機器からの出火なんで,まだ危険度は低い.
白煙(水蒸気)が大量かつ勢いよく噴出してるのは,放射能を帯びた冷却水配管がヤラレた事を示しているのでヤバい.
時間が経てば水蒸気はなくなるし,周辺火災も延焼すれば危険度は増すから,大ざっぱに,ね.
またチェルノブイリの時と同様に,原子炉が事故って放射性物質が放出されれば,中国がいくら隠そうとしても,周辺国の放射線モニターや気象観測機などで特有の物質が検出されるので,早い時期にバレる.
【質問】
青海省の核ミサイル基地は,どこにあるのか?
【回答】
Extensive Nuclear Missile Deployment Area
Discovered in Central China
By Hans M. Kristensen
によれば,中国の60余りの中距離核ミサイル発射場が,中国中部青海行政区のDelinghaとDa
Qaidam 地域に,このたび発見されたという.
以下引用.
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Analysis of new commercial satellite photos has identified an extensive deployment area with nearly 60 launch pads for medium-range nuclear ballistic missiles in Central China near Delingha and Da Qaidam.
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これについては,以下のブログがネタにしている.
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中国中部核ミサイル基地網
FASは,グーグルアースを利用して中国中部青海行政区のDelinghaとDa Qaidam地域に核ミサイル基地があるのことを発表した.
Delingha地域は,Delinghaの西約52Km,1000平方Kmに発射台38基が,
Da Qaidam Da地域は,Da Qaidam Zhenの西100 Km,1100平方Kmに発射台22基が
展開し,第812旅団司令部等関連施設が配備してある.
これらのDF−21ミサイルは,南ロシア及び北インド・ニューデリーを射程に収めている.
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