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◆戦争原因
総記FAQ目次


(画像掲示板より引用)


 【link】

「kojii.net」■(2011/07/25)目的としての排外主義と,ツールとしての排外主義

奥山真司 in twitter(2012/11/23)
◆ ルボウの戦争の原因論を簡単にいうと,一般的なリアリストのいうような国際関係の変化によって起こるのではなくて,ユニット,あるいはアクターの内部から起こるというもの.
 セカンド・イメージ.
 ルボウのツキュディデス解釈によると,疫病で将軍ペリクレスが亡くなり,その結果として,アテネ社会が内部から崩壊.
 社会の規範やルールが失われた.
 その崩壊の先にピュロスの海戦があって,その後にメーロス島の事件につながる.
 社会秩序が崩壊すると,ホッブス的な国際関係につながるというもの.
https://mobile.twitter.com/masatheman/status/271957984744198144
https://mobile.twitter.com/masatheman/status/271956289523957761

「海国防衛ジャーナル」◆(2012/09/12)武力行使は危機管理の失敗

「ストパン」■(2009-07-21)[独り言]「故郷」は誰のものか?

「ダイヤモンド・オンライン」◆(2012/08/30)【橘玲の日々刻々】正義の本質は娯楽である

「地政学を英国で学んだ」◆(2011/12/12)進化心理学による「人類は戦争が好き?」論

「リアリズムと防衛を学ぶ」:戦争はなぜ起こるか5  『限定された平和』

『黄禍論とは何か その不安の正体』(ハインツ・ゴルヴィツァー著,中公文庫,2010.5)

『シビリアンの戦争 デモクラシーが攻撃的になるとき』(三浦瑠麗著,岩波書店,2012/10/19)

『世界の民族』全20巻(平凡社,1978.9)

 バックボーンになる資料.
 ブックオフで105円.
 価格破壊にもほどがある.
 世界の民族の伝統と現状(70年代後半〜)を,大量の写真とともに詳しく紹介.
 全20巻だが,20巻目は索引と人類の未来についてなので,19巻買いそろえれば十分かも.

------------軍事板,2010/12/25(土)

 【質問】
 戦争の原因は何か?

 【回答】
 総論として,その問いに答えるのは,学者にも不可能.
 ただ一説によれば,突き詰めて言えば,恐怖・名誉・利益の3つになるという.
 以下引用.

 戦争にもいろいろとあるのですが,個々の戦争(wars)についてはいろんな原因を挙げられますが,すべての戦争(war)の原因となると,「これだ!」と答えられる学者はいないそうです.

 まあそれなりに学界でもいろいろな意見があって,たとえば

1,人間の本性(human nature)から説明しようとするもの

2,国際関係の状態が引き起こすという,「構造(International Structure)」から説明しようとするもの

3,人間の相互理解の足りなさ(misperception)から説明しようとするもの.

4,国家の性質(the nature of states)から説明しようとするもの

などなど,様々なアプローチがあるようです.それでも基本的に「これこそが戦争の原因だ!」と呼べるものはないそうです.

「地政学を英国で学ぶ」

 国際関係論でリアリズムと呼ばれるもっともメジャーな学派が,「戦争の原因とはなにか?」という質問を追求してきた,ということはここで何回も書いているので,みなさんにもそろそろおなじみだと思います.

 この質問に対する回答なんですが,リアリズムの学者たちは「人間性にある」とか「国家の性質にある」とか「国際システムの構造だ」という説明を繰り返してきたのはすでに述べました.
 ところが今から二千年ほど前に,すでに決定的とも呼べる回答をしていた人物がおります.
 それがギリシャのツキディデス(Thucydides)です.英語読みだと「トゥーサイ ディディス」ということで非常に発音しにくい(苦笑
 彼によると,戦争の原因(というか,あらゆる争いの元凶)というのはズバリ三つに集約されます.それは,

1,恐怖 (fear)
2,名誉/面子 (honor)
3,利益 (interest)

ということです.

 〔略〕

 この三つのどれが正しいのか?といえば,答えは「全部」,ということになります.

 もちろん陰謀説などを唱える人は(3)の「利益」がすべてだ!というようなとらえかたをしがちですが,世の中それがすべてだ,とは言い切れない部分もどうしても出てきます.

 たとえば,この場合は支配層の(2)「恐怖」という部分にも注目しなければなりません.

 リアリストはどうかというと,この三つの要素の中では(1)の「恐怖」と(2)の「名誉」という要素を重視しがちですね.

 私はこのツキディデスの三要素を戦略学のクラスで習ったのですが,たしかにこの三要素は,国家関係のみならず,個人的な人間関係など,すべてのことにもよく当てはまるような気がします.
 昔のギリシャ人はスゴイ.

「地政学を英国で学ぶ」,2005-07-10 09:19

 ただし,本記事における例証部分は,時系列上,正確ではないように思われるため,割愛しました.

 それはさておき,上記3要素とはなじむところの少ない「友情・努力・勝利」に過度に毒されていて,現実とマンガの区別がなかなかつけられない人には,軍事は向かないのかもしれません(笑)
 例えば,誰とは言いませんが,某ゴーマニズム漫画家とか(笑)


 【質問】
 「ナショナリズム」とは何なのか?

 【回答】
 いろいろな答えがあり,一概には言えないが,それぞれが想像するものが,共同体になったものとあらわすこともできる.

 例えば,民族の共通性がナショナリズムの元という見方もあるが,アメリカは他民族国家にもかかわらず,ひとつのネーションを確立している.
 言語的な共通性とも言われるが,スイスでは,言語的に多様な人たちが,一つのネーションを形成している.
 また,イスラエルやパキスタンのように,宗教的な同一性が,ネーションを形作る場合もある.

 これについて,ナイ教授は以下のように述べている.

--------------------------------------------------------
 何であれ,共通の一体感を保持する人間集団が自らをネーションだと言っているとすれば,その一体感の源泉は多様でありうる,ということになりそうである.
 フランスの思想家エルンスト・ルナン(Ernest Runan)が言っているように,
「ネーションの根本要素は,すべての個人が多くのことを共有しているということである.
 しかし彼らは,多くのことを忘れ去ってもいなければならない」
のである.

 ネーションはまた「想像の共同体」(Imagined communities)とも呼ばれる.
 というのも,それは人々が互いに知り合うには大きすぎるからであり,想像が大きな役割を占めるからである.
--------------------------------------------------------

 ナショナリズムという概念の複雑さは,それが単なる「記述的」な用語ではなく,時には「規範」でもあるからである.

 以下,ナイ教授の文章を引用.

--------------------------------------------------------
 ある単語が記述的であるとともに規範的でもある時,権力闘争に使われる政治的な用語となる.
 ナショナリズムは,近代世界において国家の正当性の決定的な源泉ともなった.
 したがって,ネーションであることの主張は,強力な〔政治〕手段となる.
 自らがネーションであるということを他の人々に受け入れさせることができた集団は,自らの民族的権利を主張することが可能であり,これを彼らの敵に対する武器として使用することができるのである.
 たとえば1970年代において,アラブの国々は,国連総会において働きかけ,シオニズムを人種差別主義だと規定する決議を通すことに成功した.
 アラブ諸国の意図は,イスラエルを自らネーションと呼ぶ正当性を奪うことになった.
 人種差別主義というレッテルを貼られるのは悪いに決まっているのに対し,ナショナリズムと呼ばれるのは,一般的にはよいことである.
 すなわち,イスラエルはネーションではないと議論するということは,言葉を武器として使っていることになるのである.
--------------------------------------------------------

 ただ,このアラブの主張には,問題がある.
 宗教は,ネーションを形成する基礎となりうるからだ.
 宗教的基盤は,その宗派に属さないマイノリティにとって,ネーションから外れ,一体感を阻害はする,
 イスラエルの関しては,ユダヤ教徒よりも,イスラム教徒の方が,ネーションを阻害する要因となるだろうし,パキスタンでは,ヒンズー教徒がそれに当たるだろう.

 もっとも,ネーションの基盤を宗教に置いたとしても,この国家が人種差別を行っているということにはならない.

 ゆえに,国連総会では1991年に,この決議を無効にした.

 以上を纏めると,

・ナショナリズムにはさまざまな基盤がある.

・近代において,ナショナリズムは,強力な政治的手段になった.

・宗教の違いは直接的に「人種差別」にはならない.

ということである.

 詳しくは,ジョゼフ・S・ナイ教授『国際紛争』(有斐閣,2005.4),第6章を参照されたし.

ますたーあじあ in mixi

「ロシア政治経済ジャーナル」★北野,ロシア人に襲撃される(選挙前にお読みください)

 本当に民族主義者は頭悪いなぁ・・・

 私はね,ガムサフルディアやサーカシビリのような人間が,我が国の国家元首になることだけには,断固反対するよ.
 民族主義が招いた災いは繰り返してはいけない.

 まぁ,佐藤氏も述べているように,
「ナショナリズムというのは,二流のエリートが一流にのし上がるための登竜門なんです.
 自分は愛国者だと名乗るには,何の試験も資格もいらない.
 ただ過激な主張をするだけでいいんですから」
とあるので,ゾロゾロと同じような主張する人間が出てくるのが仕方がないですね,ハァ

――――――
348.民族主義者が生む悪夢-孤立するキルギス-
 家内の親族が放った冷たい一言が脳裏にこびりついて離れません.
『民族主義者なんて所詮現実を知らない無教養な連中だよ.
 現実を知るマトモな連中がこの国を見捨てた時,この国はジャングルと同じになるだろうね』
――――――

CRS@空挺軍 in mixi,2010年07月13日00:08


 【質問】
 そもそも「ナショナリズム」に,学問的検証に耐えうる確固とした定義はあるのでしょうか?

 最近,アフガーンに関する文献を読んでいるうちに,どうも安易に民族主義という言葉が使われているのではないか?という疑問を持ちまして.

<民族主義という言葉の安易な濫用ではないか?と考える理由>

(1) 当方の知る限り,これまで全く文献には出てこない,「パシュトゥン民族主義」という言葉が,2008年になって急に現れている

(2) パシュトゥンはキルザイとドゥラニの2大部族に分かれ,それぞれがさらに小さな部族集団に分かれていて,政治的動向はその部族集団によって異なってくるのに,パシュトゥン民族主義と簡単に一括りにしてよいものかどうなのか

 その事例の一つは某医師の著作なので,無視していいレベルのものですが,もう一例は南西・中央アジア地域研究者の著作であって,無視できないレベルのものでして.

ちょっと質問 - Hatena Recon.

 【回答】
●学問的理解
 「nation」や「nationalism」とは何なのか,について,学問的に「確固な定義」は今のところありません.
 大まかに合意ができているようには見えるのですが,細部をつつくと微妙に違っていたりします.

 有名なnationの定義としては,B・アンダーソン(Benedict Anderson)が1983年に発表した

――――――
 [……]国民とはイメージとして心に描かれた想像の政治共同体である――そしてそれは,本来的に限定され,かつ主権的なもの〔最高の意思決定主体〕として想像されると.

 国民は〔イメージとして心の中に〕想像されたものである.
 というのは,いかに小さな国民であろうと,これを構成する人々は,その大多数の同胞を知ることも,会うことも,あるいはかれらについて聞くこともなく,それでいてなお,ひとりひとりの心の中には,共同の聖餐のイメージが生きているからである.[……]

 国民は,限られたものとして想像される.[……]
 いかなる救世主的ナショナリストといえども,かつて歴史の一時代にキリスト教徒がキリスト者だけの惑星を夢見ることができたようには,すべての人類が自分たちの国民に参加する日を夢見ることはない.

 国民は主権的なものとして想像される.[……]

 そして最後に,国民は一つの共同体として想像される.
 なぜなら,国民のなかにたとえ現実には不平等と搾取があるにせよ,国民は,常に,水平的な深い同志愛として心に思い描かれるからである.[……]

――――――ベネディクト・アンダーソン(白石隆,白石さや訳)『[定本]想像の共同体――ナショナリズムの起源と流行』書籍工房早山,2007,pp.24-26.
 傍点を太字に直し,脚注・ルビを省略した.

 というものがあります.

 nationalismの定義としては,E・ゲルナー(Ernest Gellner)が同じく1983年に唱えた

――――――
 ナショナリズムとは,第一義的には,政治的な単位と民族的な単位とが一致しなければならないと主張する一つの政治的原理である.

――――――アーネスト・ゲルナー(加藤節監訳)『民族とナショナリズム』岩波書店,2000,p.1

というものが,おそらくもっとも有名で,広範に受け入れられているものでしょう.

 しかしこれらの定義が広範に受け入れられているとはいっても,やはりnationは多義的な語で,その厳密な定義というのは,少なくとも現状ではなされているとは言いがたいものがあります.
 これはnationalismも然りです.
 結局,
「nationとは何か?」
という問いには,
「みずからをnationであると考えている集団」
というトートロジーで答えるほかありません.

 また,nationの起源についても議論があります.
 先に挙げたアンダーソンやゲルナーなど多くの研究者は,nationやnationalismを近代になって形成されたものと見なします(近代主義).
 しかし,nationが古来から連綿として続いているという,ナショナリストの幻想(本源主義)を考慮しないにしても,その形成の基盤が近世や前近代に置かれるという議論(反近代主義)なども出されています※3.

 しかしながら,ではnationやnationalismとは学術的に意味を成さない語なのか,というとそうではありません.
 ナショナリズム研究はひとつの学問的領域として確立され,歴史学や社会学などの様々な分野が絡み合いながら
「nationとは何か」
「nationalismとは何か」
が論じられています.
 近現代史を論じる上で,nationalismについての知識は欠かせません.

 ……と,ここまでが「学問のセカイ」での一般論です.

●一般的理解

 一般における「ナショナリズム」という語は,やはり濫用されているきらいがあるのではないか,という感を禁じ得ません.
 また,用語そのものについての誤解も多々みられます,
(小林よしのりの,聞きかじりの一知半解と言うしかないnation理解はその典型)
 これはたとえば,「ヘイトスピーチ」や「民族浄化」といった語についても感じることです.
 このような濫用・誤用について,おそらく学問は止める手段を持たないでしょう.

 そもそも一般的理解と学問的理解の差ということで考えると,一般的な理解としてはnationというものは,歴史の古いものであるかに見えるが,歴史家の目にはそれが新しいものに見える,というアンダーソンの示したずれが存在します※4.
 多くの国々では「ナショナリスト歴史家」という存在が,自国の歴史学に本源主義的な色彩を付与しようとしています.

●「パシュトゥン民族主義」について

 申し訳ないのですが,僕は南西アジアに疎く,さらにはその語が,どのような文脈の中で,どのようなキャリアの研究者によって発せられたかがわからないので,何とも言えませんが,いくつか可能性を考えてみました.

 1.諸部族に分かれたパシュトゥンを統合するための主義主張

 id:Mikaguraさんへの返答で,この可能性は低いと見積もっておられるようでしたが※5,そもそも基本的にはどのnationも,成立する前は程度の差こそあれバラバラなものです.

 たとえば,アルバニアは北部のゲグと南部のトスクという,用いる言語も大幅に異なるふたつの集団に分かれ,さらにその中で幾つもの部族が相争う状態にあったのですが,19世紀には近隣のセルビア,ギリシアでのナショナリズムの高まりとともに民族主義が昂揚し,それらの国々による分割を拒否し,一定の自治を求める運動であるプリズレン連盟(Lidhja e Prizrenit)が結成されるなどしています※6.
 しかし現実には,20世紀になっても同国では部族主義が跋扈していました.
 たとえば,戦間期に同国の首相や大統領を歴任した後,国王として即位したA・ゾグ(Ahmet Bej Zogu)は,有力な氏族長の家系の出身です※7.

 このように,実際には分裂している民族のあいだで,纏まることを求める運動,あるいは纏まりを前提とした運動が出てきているのなら,それは「民族主義」と呼んでも差し支えないのではないでしょうか.

 2.実態は個々の部族のアイデンティティなどに基づいた運動の総称

 これも可能性としては有り得ます.
 本題ではないので大雑把に纏めておく,程度の位置づけであれば,ひょっとしたらこのような語が使用されることもあるのかもしれません.

 3.その研究者はあまりパシュトゥンには詳しくない

 地域研究といっても,実際に研究者が精通できる言語の数にも限りがありますから,そのひとの本来のフィールドではないのかもしれません.
 たとえば,東京大学の柴宜弘教授は,バルカン史の泰斗として有名ですが,彼の本来の専門は旧ユーゴスラヴィア地域であり,おそらく彼はアルバニア語やルーマニア語,ギリシア語には通じていません.
 けれど彼は,バルカン史に関する概説書を執筆するなど,世間ではバルカン研究者として認知されています.
 なので,英語などメジャー言語の文献に頼って,少し不正確なことを書いてしまった可能性も――非常に低いですが――あります.

(※12/20追記)

 以下のブログで,「パシュトゥン民族主義」についての文献が紹介されています.
 僕の推測よりも,この件に関しては,そちらを見ていただいた方が有益かと思います.
パシュトゥーニスタン問題についてメモ - Skipjack and the Sea of Stories

●文献案内

 最後に,nationやnationalismについて知る上で参考になる書籍を紹介させていただきます.
 既にご存じでしたらすみません.

概説書
塩川伸明『民族とネイション――ナショナリズムという難問』岩波新書,2008

大澤真幸,姜尚中編『ナショナリズム論・入門』有斐閣アルマ,2009

(↑手っ取り早い概説だけなら,この2冊で十分.学史もカヴァーされておりオススメ)

E・J・ホブズボーム(浜林他訳)『ナショナリズムの歴史と現在』大月書店,2001

大澤真幸編『ナショナリズム論の名著50』平凡社,2002

理論書
ベネディクト・アンダーソン(白石他訳)『[定本]想像の共同体――ナショナリズムの起源と流行』書籍工房早山,2007

アーネスト・ゲルナー(加藤節監訳)『民族とナショナリズム』岩波書店,2000

小坂井敏晶『民族という虚構』東京大学出版会,2002

エリ・ケドゥーリー(小林他訳)『ナショナリズム』学文社,2000

アントニー・D・スミス(巣山他訳)『ネイションとエスニシティ――歴史社会学的考察』名古屋大学出版会,1999

ケーススタディ
パトリック・J・ギアリ(鈴木他訳)『ネイションという神話――ヨーロッパ諸国家の中世的起源』白水社,2008

石田信一『ダルマチアにおける国民統合過程の研究』刀水書房,2004

福田宏『身体の国民化――多極化するチェコ社会と体操運動』北海道大学出版会,2006

藤澤房俊『大理石の祖国――近代イタリアの国民形成』筑摩書房,1997

田中克彦『言語からみた民族と国家』岩波現代文庫,2001

イ・ヨンスク『「国語」という思想――近代日本の言語認識』岩波書店,1996

吉澤誠一郎『愛国主義の創成――ナショナリズムから近代中国をみる』岩波書店,2003

トンチャイ・ウィニッチャクン(石井米雄訳)『地図がつくったタイ――国民国家誕生の歴史』明石書店,2003

※3:cf. 佐藤成基「ナショナリズムの理論史」大澤真幸,姜尚中編『ナショナリズム論・入門』有斐閣アルマ,2009,pp.39-62.

※4:もっとも,C・ギアツ(Clifford Geertz)のように,原初主義に与する研究者もいないわけではない.また,nationではないがnationの母体になった集団「エトニ(ethnie)」の存在を主張するA・スミス(Anthony D. Smith)のような例もある.スミスの論については以前に書いた.
cf. ナショナリズムにおける本質主義批判のために――エトニ,あるいは,ネイションの基盤となるものについて - Danas je lep dan..

 だが大澤真幸は,彼の議論を簡単に棄却するのではなく,彼の論を「反転」させて近代主義に基づくnation理解のために用いるべきなのだと言う.
cf. 大澤真幸「アントニー・D・スミス『ネーションのエスニックな諸起源』」大澤編『ナショナリズム論の名著50』平凡社,2002,pp.296-313.
(※10/20追記) ギアツの立場について,彼を原初主義者であると捉えるのは誤りとする見解もある.
cf. ギアーツへの弁護(メモ) - Living, Loving, Thinking.

※5:縞汎主義 - Hatena Recon..

※6:cf. プリズレン連盟 - Wikipedia,
タヤル・ザヴァラニ「アルバニアのナショナリズム」P・F・シュガー,I・J・レデラー編(東欧史研究会訳)『東欧のナショナリズム』刀水書房,1981,pp.423-462.

※7:cf. ゾグー1世 - Wikipedia

「ストパン」■(2009-10-18)[ナショナリズム]「ナショナリズム」に確固とした定義はあるか?


 【質問】
 「故郷権」って何?

 【回答】
 だいぶ前にコメント欄で非国民さんに教えていただいた※1概念が,ドイツの東方領土をめぐる本を読んでいたら出てきたので,エントリにしてみる.
 僕は国際法学には,自慢ではないがまったくの無知なので,「それ既出www」「周回遅れwww」とかだったら実に申し訳ない.

 以前,これについては似たような主張のエントリを何本か書いた.
それを決める権利は,われわれにはない - Danas je lep dan.
「故郷」は誰のものか?- Danas je lep dan.
1%を切り捨てるのなら,それなりの節度を - Danas je lep dan

 戦後ドイツは,ポーランドにオーデル=ナイセ線以東の広大な領土を割譲した※2
 その土地に住んでいたドイツ人たちは,「追放(Vertreibung)」――要するに民族浄化――された.

 追放されたドイツ人たちは,「故郷権」「故郷への権利(das Recht auf die Heimat)」を主張して,既成事実を認めようとする試みに抗っていくことになる.
 彼らの持ち出したこの概念は,普遍的なものとされ,そして実際コソヴォへの派兵の際には,民族浄化=「追放」と見なされ,国家の指導者からこの概念が飛び出してきた.

 ひとは誰も,自らの故郷から引き離されることはない.
 それを強いることは許されない.
 ――それがたとえ,侵略者の末裔であろうとも.
 かつての「東ドイツ」は,追放されたドイツ人にとっての故郷であるだけでなく,ポーランド人にとっても故郷なのだ.
 パレスチナの地が,追放されたアラブ人にとってだけでなく,入植したユダヤ人にとっても故郷であるように.

 これは,実際にその侵略の痛みを味わっているひとたちからは,理不尽な論と言われるかもしれない.
「それでは侵略したもの勝ちではないか!」
と.
 だが,一旦その論理を認めてしまったら,われわれは他者を追放する免罪符を,ひとつ手に入れることになってしまう.
 われわれは時計の針を,どこまで巻き戻すべきなのか?
 その論理が,5年前や50年前ではなく,500年前の「侵略」に適用された時,われわれは戦慄すべき世界に生きることになるだろう.

 今現在,侵略の被害を被っている人びとは救われるべきだ.
 だがそれは,侵略者を「追い出す」ことによってではない.
 ふたつの故郷権の間の地道な摺り合わせ以外に,採るべき道はない.

 SPDの政治家は言った.
 われわれは追放を拒否する――であれば,混住を受け入れなければならない,と.
 シュレージエンのドイツ人と同様に,ベルリンのトルコ人の故郷権も尊重されねばならない,と.
 世界はもう中世ではなく,個々の文化圏が孤立して生きていくことは不可能に近い.
 文化は保存されるべきだが,しかしそれが変容を被る可能性は大きい.
(無論,今われわれが「伝統」としているのも,変容と選択の上に築かれた文化であることは言うまでもない)
 国籍と故郷のズレも,当然に生じ得る.
 そのような場面で,国籍だけを一方的に重視する人間は,何のために人間に頭という部位が備わっているのかを思い出すべきだ.
 それは帽子を載っけるためだけの場所ではない.

 ……纏まりのない駄文になってしまったが.この権利が,「民族自決」といったスローガンよりも重視される世界を僕は望む.
 民族や国家のために,この権利が奪われることは絶対にあってはならないことだ.

※1:http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20090721/1248187438#c1249055997

※2:実際には,ドイツ連邦共和国が「割譲」したということを認めるのは統一する際なのだけれど.それ以前は正式には放棄していなかった.

「ストパン」■(2009-12-06)故郷権(Heimatrecht)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 結局,戦争とは為政者が起こすのではないか?

 【回答】
 重要な要因かもしれないが,充分とは言えないだろう.

イラク戦争や湾岸戦争の時は,サダム・フセインが重要な開戦要因となったし,キューバ危機では,ケネディとフルシチョフに最終決断権はあった.
 しかし,彼らがなぜ,そのような立場にあったかを説明するには,個人のレベルからだけでは説明できない.

 個人の特殊性ではなく,各人に共通する正確すなわち「人間性」にそれを求めることもできるが,それでは,なぜ特定の悪しき人間は戦争に走り,他の指導者はそうしないのかを説明できない.
 そうした理論は「過剰予測」と呼ばれるが,それはあまりに多くのものを説明してしまうため,根拠に乏しい.

 「過剰予測」に説得力を持たせるには,何らかの「区別」をつけなければ,説得力を持たない.

 ナイ教授に言わせると
「止まった時計の針は,一日に2度正確な時間を告げるが,それ以外には用をなさないものである」

 ケネス・ウォルツによると,戦争要因は「個人・国家・国際システム」に区別されており,互いに絡み合っているので,一つの要因だけでは判断することは不可能だろう.

ますたーあじあ in mixi


 【質問】
 戦争を起こすのは庶民じゃないよね?

 【回答】
 残念ながら近代社会では,庶民が直接戦争を起こすでないにせよ,庶民が戦争を支持し,その片棒を担ぐという事例が,後を絶ちません.
 一番有名なのがヒトラー政権誕生で,ヒトラー首班指名は政治的数合わせの結果であるにせよ,ナチスを議会第三党にのし上げた選挙民の責任は,否定しがたいものがあります.
 その前の第1次世界大戦にせよ,
>国民があまりに熱狂的に戦争を支持した結果,従来は常備軍同士の交戦で決着をつけるものが,国民の戦争遂行意志がなくなるまで戦うことになってしまった.
http://ww1.m78.com/honbun-2/the%20origin%20of%20the%20first%20world%20war.html
と指摘されています.
 現代でもユーゴ内戦は,セルビア民族主義者が偽りの脅威でセルビア人をたきつけた結果発生したものですし,ルワンダ大虐殺とそれによる内戦も,新聞や雑誌といった地域の活字メディアやラジオなどがフツ族住民に対し殺戮を煽った結果,発生したものです.
 こういう
国民+煽動→戦争
は,古くは米西戦争(ハースト新聞は悪名高いですね)にも見られますし,そもそも太平洋戦争前の日本でも,朝日新聞などが右翼と共に戦争を煽動していたことを忘れてはなりません.

in mixi,2012年11月07日 00:32

『ショーほど素敵な商売は無い』

ゆずこせう in mixi,2012年11月07日 00:45

 いや正に庶民の,計算に拠らないパッションでしょ.

出之(博倖) in mixi,2012年11月07日 03:14

 戦争は政治の延長であるというのがある.つまり まつり事で戦争するかどうかが決まる.
 古来から,領土の主権者=その体制(国)を守り・運命を共にする っつうのがあって,つい最近まで艦長/船長や機長等にその名残を見ることが出来た.
 民主化して参政権を持つ者が多く成っており,見え難いとは思うが,その原則は変化していない.
 民主主義は主権在民だ.
 極端な話だが,どこか他国が日本へ「5年後に北海道よこせ,そうでないと攻め込むぞ!」と言って来たところで,国勢選挙にて「北海道を譲り渡す党」が勝てば戦争は起こらない.

へち in mixi,2012年11月07日 20:01

 ↑北海道を譲渡したら本州に着上陸されるかもよ?

出之(博倖) in mixi,2012年11月07日 22:09

 それが国民の決定なら,どうしようも無いですね.
 連帯責任の究極ですね.

唯野 in mixi,2012年11月08日 20:41

 ああ民主主義よ民主主義よ.

出之(博倖) in mixi,2012年11月08日 21:50


 【質問】
 宗教紛争が冷戦後,多発している根本的原因は?

 【回答】
 立山良司〔中東現代政治専門家〕は次のように述べている.

 個々の紛争の歴史や経緯を辿ってみると,宗教が決定的原因ではないことが分かります.
 宗教に起因しているかのように見える紛争も実は,民族やエスニック・グループといった,言語や文化,歴史などが異なる集団が,支配と被支配という垂直的関係を打ち破ろうとしたり,領土を含めた資源の配分を巡る対立が,武力衝突に発展しているケースが殆どです.

 冷戦構造は,こういった紛争が表面化することの妨げとなっていたのですが,東西対立の重石がなくなった結果,かえって90年代以降,紛争が多発し始めたのです.

 しかしもちろん,宗教色が全くないという紛争はありえませんし,その宗教色が強まると,対立が激化することも事実です.
 一つの要因は,宗教が信徒達の帰属意識をより強固にし,「我々」と「彼ら」という集団間の違いを,それぞれのメンバーにはっきり意識させることです.
 何かの原因で対立が生じた場合,宗教・宗派の違いは,「味方」と「敵」を区別する重要な指標になってしまいます.
 宗教が対立を激化させる,もう一つの要因は,イスラームが「神への絶対的帰依」を意味するように,宗教が信徒に完全な忠誠心やコミットメントを求めることです.
 「神の御名において」というフレーズは,人々の心を駆り立てる決定的な原動力になる場合が多く,それはまた,殉教や暴力といった,宗教が持つ側面に大いに関係しています.
 イスラームに限らず,殆どの宗教は殉教という概念を持っていますし,神の名において暴力を容認し,時には煽ってきたわけです.

 政治が,人々の支持を掻き立てて一つの方向に持っていくために,宗教的シンボルを利用している側面も,見落としてはなりません.
 戦前の日本は「神州」であり,戦死者は「英霊」としてまつられるという国家神道の世界でした.

 宗教が紛争を引き起こしているのではありません.
 ただ,宗教が対立を激化させているのは事実であり,当事者が宗教を利用しているというのが現実なのです.

( from 「『新しい戦争』を知るための60のQ&A」,新潮社,
2001/11/15, p.158-160,抜粋要約)


 【質問】
 世界的な文明の衝突というハンチントンの説によれば,各国は特定の宗教的コミュニティ,即ち,キリスト教の西側,正教のスラブ圏,イスラム世界等など,「文明的」コミュニティへの忠誠を基盤として安全保障政策を策定しており,
「文明間の紛争は,現在世界における紛争の進化の最新段階になるであろう」
と,ハンチントンは説いているが?

 【回答】
 「平和と世界安全保障に関する5大学研究プログラム」理事,Michael T. Klareによれば,必ずしもそればかりとは言えないという.

ボスニアやコソボの戦乱など裏付けとなるような出来事がある一方で,そうではない出来事も起きている.
 とりわけ注目に値するのが,「文明的」な忠誠心とは全く無関係に繰り広げられている資源獲得競争だ.

 例えばカスピ海では,アメリカが3つのイスラーム国家――アゼルバイジャン,トルクメニスタン,トルコ――と手を組み,キリスト教中心の2国――アルメニア,ロシア――と対峙している.
 資源の権益が,民族・宗教上の繋がりを凌駕する同様のパターンは,他の地域にも見ることができる.

という.

(「世界資源戦争」,廣済堂出版,2002/1/7, P.29)


 【質問】
 難民が国家間紛争の引き金になることはあるか?

 【回答】
 現実にしばしばある,と浅井信雄は述べる.
 以下,彼の文章から引用.

 難民は様々な形で,国家や国家関係や国際政治を揺り動かす力を秘める.
 例えばベルリンの壁を崩壊させたのは,難民の力であった.東ドイツからチェコスロバキアとオーストリア経由で難民が西ドイツへ流入し始めたため,東西ドイツを隔てるベルリンの壁が無意味になってしまったのだ.

 遡って,チベット難民を受け入れたことが,中印戦争の一因となった.
 ポルトガル植民地の東チモールがインドネシアに併合されて生まれた難民が,同じポルトガル支配下のマカオに亡命する途中,ジャカルタに留まり,反スハルト運動に加わった.
 マレーシアはアチェ難民の処理に頭を悩ませている.
 スマトラ島アチェでは,独立を掲げて反乱を起こした自由アチェ運動とインドネシア軍との間で武力衝突に発展,90年代初頭に頂点に達する.
 戦火を逃れて数千人の住民が,マレーシアにボートで流れ着いた.それ以後も散発的な小競り合いが続いている.
 アチェの運動家に政治亡命を認めれば,マレーシア政府が分離運動を支援していると解釈されかねない.
 また,経済難民と政治難民の区別は全くつきにくい.
 さらに具体的に恐れられたのは,インドネシア政府が意図的に難民をマレーシアに送り出すことだ.マレーシアにとっての大量の難民は,国家は会の強力爆弾に匹敵するだろう.

 アジア最大・最強の難民爆弾は,1971年の第3次インド・パキスタン戦争を引き起こし,その結果,東パキスタンがバングラディシュとして独立した出来事である.
 西パキスタンは東パキスタンからの原料を加工して輸出するなど,かつての宗主国と植民地の経済関係にあったが,まさに植民地のように東パキスタン発展は阻害された.
 やがて東パキスタンの難民大河がインドに流れ出した.
 インドは難民流入阻止を名目に軍事行動を起こし,戦争に発展したのである.

(浅井信雄「アジア情勢を読む地図」,新潮文庫,
2001/12/1,P.166-167,抜粋要約)


 【質問】
 近世以降で借金抱えてる国が債権国に侵略目的で宣戦布告した例ってありますか?
 あ,第二次大戦は除いて.

 【回答】
 イラクのクウェート侵攻.

イラク   「うわ,やっべ! イランとだらだら戦争してたら,借金が雪だるま式に」
クウェート「はよ返せ」
イラク   「キチガイからお前らを守るために戦ってやったんだろ! 借金は棒引きにしる」
クウェート「小学生でもわかる嘘をつくな! さっさと返せ」
イラク   「ちくしょう,値段を上げるために原油の生産を絞らないと…」
クウェート「これぞビジネスチャンス! 市場拡大! じゃんじゃん売るぜ!」
イラク   「ぶち(何かが切れた音)」

イスラエル交通相 ◆3RWR.afkME in 世界史板

 なお,侵略先での略奪や身代金が時代遅れになったように,戦争賠償金が国家を潤す時代は終わっています.

 国連には「国連賠償委員会(UNCC)」なるものがあって,湾岸戦争の際にはイラクからクウェートへの賠償金500億ドル超が認められています.
 もちろん,大戦前のような賠償金に名を借りた戦利金ではなく,戦争で負った損害と戦費を補償するものなので,クウェートは儲かっていません.
(そもそも,まだ半分も支払われていない)

 国連加盟国が然るべき理由もなく戦争行為に及び,他の国連加盟国に対して損害を負わせたとしたら,当然ながら賠償責任が認められます.



(画像掲示板より引用)


 【質問】
 現代の戦争では,その当事国には必ず「大義名分」が必要なのでしょうか?

・わが国が侵略されているので,それに対する正当な反撃を行う
・A国で民衆が弾圧され,人権が侵されているので,人道上放置できず介入する

とか,必ず名目をつけて戦争をしていますが,

・わが国の経済状況が思わしくないので,貴国の富と労働力をいただく

なんて公言して戦争をするのは不可能ですかね?

 【回答】
 戦争を「仕掛ける」ときに,まず必要なのは「国内に向けた」大義名分.
 これが無いと,そもそも自分の国の軍隊が動かせない.

 だから「わが国の経済状況が思わしくないので,貴国の富と労働力をいただく」という,「利益の明示」はまず国内向けに必要となる.
 戦前の日本もそうだし,北朝鮮だってそう.
 なんでこんなのが通用するんだ?というようなものもあるけど,そこは国内事情なんで,国際政治のコンセンサスとはまた違った事情となる.

 中越紛争,通称「懲罰戦争」なんか,中国がベトナムに「懲罰を与える」という素っ頓狂理由で始まった.
 裏に解放改革派と人民軍守旧派との確執があってのことだけど,逆に言えばどうしても戦争やらなきゃならない事情ができてしまえば,大義名分はそれの合わせて作ればいいとも言える.

>・わが国の経済状況が思わしくないので,貴国の富と労働力をいただく

 現代だと,「平和に対する罪」などでアウト.
 戦争するのは可能だけど,その結果,国際社会の敵と認定されて,フルボッコにされるだけ.

 湾岸戦争なんかはまさしくこれが目的で,対外的に発表した大義名分はもっと尤もらしいことを言ってたけど,結局イラクはアメリカにふるぼっこにされたっけな.

モッティ ◆uSDglizB3o(黄文字部分)他 in 軍事板,2009/06/24(水)
青文字:加筆改修部分


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