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◆極左テロ
<テロリズムFAQ目次


(画像引用元・画像掲示板,引用元の引用元は「マル共連」である模様)
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過激派 闘争
国電同時多発ゲリラ事件 - 1985三里塚成田闘争 岩山大鉄塔強制撤去 - 1977
三里塚成田闘争 測量クイ打ち阻止闘争 - 1967
自由民主党本部放火襲撃事件 - 1984
「警察庁」:セクト色を隠しながら労組,大衆団体への介入を強める過激派
『死刑確定中』(大道寺将司著,太田出版,1997.12)
市民運動・社会運動イエローページ(極左系組織も網羅)
「ぼやきくっくり」::立川反戦ビラ事件「市民団体」が逆転有罪
トゥパク・アマルー革命運動(MRTA)
東アジア反日武装戦線に関するよもやま情報のホームページ
「ブログ旗旗」(極左ではないので念のため)
『レッド』1(山本直樹作,講談社,2007.9)
ホント毎回やりきれないです.
山本の画風が,より,やりきれなさを増しています.
連合赤軍の話ですが,登場人物を仮名にしているだけで,ほとんどノンフィクション.
(by 水上攝堤)
【質問】
これ↓,当然なの?
----------------
〔略〕
たとえばソレルは『暴力論』で暴力について,ブルジョワジーの行使する暴力と,プロレタリアートの行使する暴力とを区分しましたが,内容の当否はさておき,そういう考え方は左翼であればむしろ当然だと思います.
中核派だって,それは同様.
ここに書き込んでいる人たちは,その点にまったく無理解ですね.
馬鹿が実に多い.
相手の主張も踏まえずに議論なんてしたってしょうがないんだけどね.
希流 in mixi
----------------
【回答】
革命のための暴力は肯定ということですね.
革命の過程で亡くなる人と,「戦争」で亡くなる人の命は等価では無い,と.
ごちそうさまでした.
LUV
希流さんの書き込みによって,左翼は唯の暴力集団であることが判明しました.
ありがとうございます.
>相手の主張も踏まえずに議論なんてしたってしょうがないんだけどね.
法律守れよ(笑) 馬鹿はどっちだ(笑)
便所カレー
一言でいえば
「左翼は暴力を積極的に行使する集団である」
ということですかね.
付け加えて言うならば,それは中核派に限らない,と.
ゆきかぜまる
左翼にとって「当然」だとして,それが何なんでしょうか.
そんなこと知ってようが知らなかろうが,結論は一緒じゃないんですか?
「左翼は目的が手段を正当化しても良いと考えてるから,そうしても良い」
とか言うわけではないですよね.
怒羅衛門(どらえもん)
つ〜かね.
どれほどご立派な「理想」とやらを掲げようと,法律…世の中のルールを守れん奴は「無法者」「ならず者」と言う.
そ〜ゆ〜輩が世間様から信用されたり支持される事は絶対ありえない.
以上.
平作
【質問】
内ゲバって何?
【回答】
ぶっちゃけ,セクト間の殺し合い.
警察庁公式サイトの説明によれば,以下の通り.
「内ゲバ」とは「内部のゲバルト(ドイツ語で暴力の意味)」で,それぞれ自派の正当性を主張して引き起こされてきました.
昭和36年ころから,主として全学連の主導権争いをめぐり,集団で旗竿,角材等を使用して殴り合う形で始まり,当初は,学生の集団同士が大学内で衝突するという形態でした.それが次第にエスカレートし,学生のみならず,労働者活動家も加わり,武器も鉄パイプや斧等となり,攻撃対象をあらかじめ選定して自宅や路上で襲うなど,殺害を企図して計画的に行われるようになりました.
革マル派は,中核派と革労協の両派との間でそれぞれ凶悪な「内ゲバ」を繰り返していましたが,この状態の決着を一挙に図ろうとし,50年3月に中核派書記長を,52年2月には革労協書記長をそれぞれ「内ゲバ」で殺害しました.
しかし,そのためかえって両派の強力な反撃を受けることになり,泥沼化することとなりました.
まあ,どんな理由を付けようと,殺人は殺人.
【質問】
内ゲバは現在でも存在しているのか?
【回答】
公安庁の白書によれば,現在も存在しているという.
同書には,近年起きた,以下のような事例が記載されている.
中核派の組織内部では,長期投獄者や逃亡者に対する指導部の対応に不満を持つ元非公然活動家グループと指導部との対立が表面化した.
こうしたなか,12月,埼玉県春日部市内において元政治局員が,また,東京都中野区内において元中核派活動家が,それぞれ中核派活動家とみられる数人の者により襲撃され重傷を負う事件が発生した.
ま,過激派組織が落ち目になると内ゲバを起こし易くなるのは,古今東西共通する模様.
【質問】
極左組織はなぜ,内ゲバを行うことに抵抗感が低いのか?
【回答】
立花隆が中核派と革マル派との殺し合いについて解説しているところによれば,
両派ともに,相手の党派は反革命という悪魔に見を売り渡した革命派≠ニみなし,革命のためには,相手の党派の完全な解体が必須条件であるという認識を持っている.
だからこそ,相手を殺せる
のだという.
また同書によれば,殺しへの心理的障壁を除く他の3つの要素
(1)恐怖心
相手を殺らなければ自分が殺られる,という恐怖心.
および,抜けるに抜けられないという,自分の党派からの心理的圧迫感.
(2)殺し合うことで蓄積される怨恨
(3)実利
もし両派の抗争が,一方が他方を解体するという形で終われば,勝ち残ったほうが,極左最大の全国組織となれるというメリット
も,揃っているという.
詳しくは立花隆著『中核vs革マル』上巻(講談社文庫,1983/1/15),p.37-39を参照されたし.
【質問】
戦後,極左勢力はどの程度,教育界に浸透していたのか?
【回答】
以下の記述から推察されるところによると,少なくとも高等教育の現場においてはほぼ完全に牛耳られていたようだ.
かつて名門校の名を欲しい侭にした名門東京都立ナンバースクールへの痛切なるメッセージから本書(林望著『帰らぬ日遠い昔』)ははじまる.
「日比谷,西,戸山,新宿といったような学校は,毎年東大ならびに早慶入試の上位を独占して当たるべからざる勢いだった.開成だの武蔵だの,というような学校はこの名門都立高校軍団の前には,いまだまったく敵ではなかった」
「それでも,普通に真面目に中学の勉強をしていれば,ちゃんと入ることが出来た.それが証拠に,私は中学時代,受験塾などに通ったことがなかったのである」
このあたりは私の経験とも全く符合するし,完全に同意できる.
ではなぜ名門都立高校は凋落させられ,私立全盛の今日の状況になったのか.
それは言わずと知れたオビトラオなる阿呆とそれに連なる日本共産党・日本社会党・日教組連中による「都立高校改革・日比谷高校潰し」が実行されたからである.
このあたりの経緯は同じく名門新宿高校出身の奥氏が書いた「むかしがあった」にも詳しく書いてあるが,要するに都立名門高校をこのまま放置しておくと,日本の全ての人間は一握りのエリート頭脳労働者と多くの単純労働者に分類され,古典的な意味での階級社会のようなものが実現してしまうから,これを壊し富士山型から八ヶ岳型に都立高校を変えようというものだった.
しかし,この結果「狭き門をますます(ほとんど絶望的に)狭くし,それがいかにゆゆしき受験戦争を生んだか,そして年端も行かない子供たちをまで苦しめることとなったか,当時の愚かな改革者たちは,よく思いを致してもらいたい」
と温厚な林望氏をして,罵詈讒謗をはかせるまでに東京都立高校をめぐる環境はズタズタとなり,結果として受験には恐ろしくお金がかかるようになってしまったのである.
四方田犬彦の「ハイスクール1968」によると当時の東京教育大附属駒場高校は日本共産党の支配下にあったとなっているが,戸山も民青の天下だったそうだ.
奴らによれば
「自民党反動政府は直ちに小選挙区制による政治の大政翼賛会化を果たし,数年後には徴兵制が復活し,日本もベトナム戦争に参戦し...と果てしなく暗い未来が私達を待ちかまえている」
というような駄法螺を当時から吹きまくっていたが
「実際のところ,彼らの言う通りにはならなかったことは,いまや歴然たる目前の事実である」
と林氏を嘆息させている.
林氏はノンポリで四方田は全共闘かぶれだったが,どうやら皮膚感覚での政治センスでは林氏の方が遙かに上だったことがこれでわかる.
また都立高校改革,学校群制度が導入されるまで名門都立高校は事実上の4年生で東大を目指す浪人生向けに補習授業がただ同然で行なわれていたことも本書では出てくる.
しかしこれも狂信的な「平等真理教」の信者たちによって,あっさりと潰され,
「その後の高校生たちは莫大な授業料を必要とする街の予備校に通うことを余儀なくされた」
と,ここでも林氏は嘆息しているのである.
〔略〕
サヨクが行なった教育改革がいかに愚劣なものだったかを思い出させるのに,本書は絶好の資料となっている.
塩津計 in 「bk1」,2006/12/17 21:53:02
〔略〕
以前,東京大学の苅谷剛彦教授と話したことがあるが,彼曰く
「昔も今も,文部科学省の最大の使命は教育を闘争の場として悪用する日教組からいかに教育を守るかということだった.
だから文部行政の中心課題は戦後ずっと教育とはかけ離れた政治闘争だったのである.
これが日本の教育を不幸にした」
と嘆いていた.
〔略〕
塩津計 in 『bk1』,2007/05/01/18:34:57
〔略〕
日教組は北朝鮮を礼賛した.
なぜ日教組,高教祖が北朝鮮を礼賛したかといえば,日本社会党が朝鮮労働党と「友党」の関係にあったからである.
なぜ北朝鮮と日本社会党が接近したかというと,日本社会党はソ連からも中国からも相手にされず,のけ者にされていたからで(ソ連共産党,中国共産党とも,日本における前衛党は日本共産党というスタンスだった),そうしたなかで,朝鮮労働党のみが日本社会党をパートナーに選んだからなのだ.
(詳しくは原彬久『戦後史の中の日本社会党 その理想主義とは何であったのか』,あるいは別冊宝島『社会党に騙された』参照のこと)
今でも,まだこうした流れを汲む「狂師」たちは残存しているが,幸いにしてその社会的影響力は大幅に後退し(見る影も無い),
〔略〕
塩津計 in 『bk1』,2007/05/01/18:34:57
してみると,「都立高校改革」なるものは,一種の「教育テロ」のようなものである.
何かを「善」と信じるのは,そいつの勝手だが,それを実行するのはせめて「実験」して「成功」した後にしてほしいものである.
>皮膚感覚での政治センス
これが欠如すると,政治はすべからくテロのようなろくでもない代物になってしまうので,要注意.
昭和26年11月,高校の運動会に現れた,「再軍備反対」の仮装行列

【質問】
日教組ってもはや政治勢力としての影響力や,教育現場での影響力ってほとんどないのでは?
【回答】
彼らが日教組かどうかは知らないけど,いかにも左翼に毒されてる教師はぜんぜん滅びてないよ.
仕事柄たまに高校を訪問するけど,全然授業聞いてない生徒たちに対して,でかい声で人民闘争史観の歴史を教え込もうとする阿呆社会科教師(聞いてない生徒たち,偉い!).
県警のブラックリストに載ってるような住所不定の隠れ過激派が,職員室で非組合員の教諭に陰湿ないじめ,等々.
おまけに,日本の未来をになう十代の子供たちを人質にとってるわけだし.
【関連リンク】
「e-Station 日本教員組合ホームページ」:「カデナ米軍基地」と「1あたり量」その2(日教組の「F-15がマッハ2.5で2時間飛行したら〜」っていうアレ)
【質問】
シージャック事件で犯人撃った警察狙撃手が,後で裁判にかけられたと聞く.
詳細不明.
知ってたら情報求む.
【回答】
広島のぷりんす号シージャック事件(1970/5/12)ですね.
武装した犯人を,大阪府警警務部所属の隊員が狙撃にて犯人を射殺して,事件は解決しましたが,その後,狙撃した警官は告発され,裁判沙汰になりました.
罪状は特別公務員凌虐致死だったと記憶しています.
裁判の結果は,警官のとった行動は人質の人命尊重の為の正当防衛であり,適法であるということで無罪になった筈です.
以上,当時の左翼勢力が,どのように治安維持を妨害したかの一例として紹介.
この影響で,警察では射撃命令をなかなか出さなくなり,そのためにあさま山荘事件では無闇に死傷者を増やした,という見方もある.
【質問】
三里塚第1次土地収用強制代執行事件とは?
【回答】
1971年2月,政府の土地収用強制代執行に対し,農民が抵抗した事件.
立花隆によれば,農民側は地下壕を1ヶ月かけて30本近く掘って,迷路状の地下壕網を作り上げ,その出口6ヶ所には小屋を建て,周囲に杭を張り巡らし,その外側には濠を掘って糞尿を入れておくという砦を築いていたという.
代執行の日には,決死隊が立ち木に登って自分の体を鎖で木に縛り付けるという戦法を用いたという.
また,火炎瓶は一升瓶で作られ,一発でブルドーザーが炎上する威力があった,と立花は述べている.
紛争は3週間続き,逮捕者400名.重軽傷者1000名(うち,重傷41名),
詳しくは立花隆著『中核vs革マル』上巻(講談社文庫,1983/1/15),p.178-179を参照されたし.
立花もこの地下壕網をヴェトナム戦争のヴェトコンの戦法に喩えているが,ヴェトナム戦争の影響は明らかだろう.
【質問】
三里塚農民放送塔撤去事件とは?
【回答】
1971年7月,放送塔強制撤去に伴って起きた紛争.
立花隆によれば,ダイナマイトが機動隊先導者に投げつけられるほどエスカレートし,建設機械何台かが火炎瓶により炎上.
また,空港工事請負の建設会社の工事事務所,飯場など数ヶ所が焼き打ちされ,5日間で逮捕者292名,負傷者500人超.
詳しくは立花隆著『中核vs革マル』上巻(講談社文庫,1983/1/15),p.179を参照されたし.
【質問】
第2次強制代執行(1971年9月)時の空港反対農民側の戦術は?
【回答】
立花隆によれば,強制代執行の対象となった駒井野と天浪には,それぞれ地下壕と砦が築かれたという.
駒井野砦は60m四方で,鉄筋コンクリート造り.周りには濠.
周囲には火炎瓶投擲用の櫓(やぐら)が10建てられ,加えて20m余の鉄塔も作られていたという.
天浪砦は30m四方.鉄筋コンクリートではなかったが,2mの城壁があったという.
詳しくは立花隆著『中核vs革マル』上巻(講談社文庫,1983/1/15),p.180-181を参照されたし.
【質問】
『中学生社会主義者同盟』事件とは?
【回答】
1972/6/23,『中学生社会主義者同盟』を名乗る中学生3人が,東京板橋区の郵便局郵便局に強盗に入ったものの,手口の稚拙さから失敗,取り押さえられて警察に引き渡された事件.
以下引用.
■中学生が郵便局襲う
◆板橋 過激派装うメモ持って
二十三日,東京で「過激派」を名乗る中学生三人が郵便局に強盗に押入って失敗,二人がつかまり,岡山では青森から鹿児島にかけて列車内でスリや万引きをしていた少年が逮捕された.
午後四時十分ごろ,東京板橋区幸町三七の二,板橋幸町特定郵便局=白岩今朝二局長(五二)=に白のポロシャツ,坊主頭の少年が入ってきて,同局長妻の窓口係,白岩ミツエさん(五〇)に「局の前で会ったおじさんに頼まれた」とメモ用紙を渡した.
メモには「いまそちらに行った男は過激派です.もし金を要求することがあれば,われわれの張り込みに気づかぬよう外へ出してください.赤軍関係なので爆弾を持っているからご注意.板橋署,高田洋」とあり,ミツエさんはびっくりして板橋署へ一一〇番した.
そのすぐあと,黒コート,白マスク,サングラスの少年二人が「四十万円出せ,革命の資金に」と書いたメモを窓口にいた局員の橋本松四郎さん(三八)に渡し,橋本さんが断ると,一人が持っていた黒い布製カバンをあけて「爆弾と焼い弾を持っているゾ」とおどした.
すきを見てミツエさんが非常ベルを鳴らすと,二人はあわてて外へ逃出した.たまたま通りかかった近所の中華料理店店員,今井忠雄さんらが自転車で追かけ,二百bほど離れた路地に追込み,つかまえて板橋署員に引渡した.
つかまった少年二人は同区内の同じ中学二年生A(一四)B(一三).調べに対し「夏休みの遊びの金欲しさに,仲間三人で計画した」と自供.同署は,メモを置いて立去った少年も同容疑で補導する.
少年Aは農政評論家(四二)の長男で五人家族.少年Bは私大用務員(五九)の二男で,盗みで補導されたことがあることなどから,同署では「赤軍派を名乗っているが,思想的な背後関係はない」とみている.
昭和47年6月24日(土)毎日新聞朝刊社会面
過激中学生を仕立てるまでの教育と進歩的父母の後ろだて
「革命運動に40万円必要だ」と東京・板橋の特定郵便局に押し入った『中学生社会主義者同盟』を自称する少年強盗団のリーダーは,父親が進歩的ジャーナリスト,母親が高校の教師であった・・・.
6月二十三日の午後四時すぎ,東京・板橋の幸町特定郵便局に飛び込んできた『中学社会主義者同盟』の”ちびっ子ギャング”どもも,確たる政治目標や革命の現実的な見通しを全く持っていない点では,かの連合赤軍とほとんど変わらない.
違いがあると知れば,せいぜい前者が中学生,後者が大学生(一部高校生),ということぐらいだ.
〔略〕
幸町特定郵便局には,まず「背広を着た人からこれを渡すように頼まれた」といって,大村権太郎(13)=仮名が小さな紙切れを持って入ってきた.
たまたまカウンター前の土間を掃除していた白岩今朝二局長の妻ミツエ夫人がそれを受け取ると,中には,
「局長殿,いまそちらに入った男は,過激派としてねらっていた人物です.もし,金を要求する様な事があれば,我々の張り込みに気付かれない様に外に出して下さい.赤軍派関係の者と見られるので,爆弾を持っている可能性が有ります.十分注意して下さい.非常連絡の必要はありません.板橋署高田洋」(原文のまま)
と,エンピツでメモされていた.
一瞬,ミツエ夫人があわてると,大村はそそくさと外へ立ち去り,入れ替わりにノッポとチビの二人連れがはいって来た.
ノッポは玉置文蔵(13)=仮名,チビは早瀬務(14)=仮名.
二人とも黒のレーンコートをはおり,縁なしのサングラスと大きなガーゼのマスクで顔を隠し,手には白の手袋をはめ,玉置は黒のボストンバッグ,早瀬もやはり黒のカバンをさげていた.
一見.中学生には見えない.
そして居合わせた局員の橋本松四郎さんに早瀬がすばやく,「革命のための資金として使うのだが,四十万円出せ」と書いたメモを差し出し,「革命のためだ,早く出せ」と,小声でささやいた.
橋本さんが「そんな金はない」と答えると,早瀬は自分の持っているカバンを指して,「この中には爆弾と焼夷弾がはいっている」とすごんで見せた.
しかし,その間のカウンターの中に入っていたミツエ夫人が隣の家に繋がっている非常ベルを押したのだ.
隣の自動車修理工場ではさっそく110番したが,郵便局の方ではもう一つ別の非常ブザーを鳴らした.
この音に驚いた二人組はあわてて逃げ出し,その気配を察知した自動車修理工場の主人はオートバイで追いかけ,郵便局の橋本さんはハダシで「強盗だ」といいながらあとから走った.
それを聞いたやはり近所の中華料理店の主人,長谷川清さんも自転車に乗ってすっ飛んだ.
長谷川さんはいう.
「途中で,もう一人そば屋のオヤジも加わって追いかけたんだが,よこの庭に入った事がわかったので,私たちもそこに入り,私は小さい方のヤツ(早瀬のこと)を捕まえたんです.
そしたら,カバンからナイフを取り出したりしてねえ.
“ふざけるな”とどなったら,“すみません,冗談です”といって,ナイフをカバンに戻してしまいました.
“何やったんだ”と聞くと,“何にもしませんよ.そんなことどうだっていいでしょ.警察に行って談判するから,手を放して下さい.逃げやしませんから・・・”といっていました.
確かに手を放しても逃げる事はなかったけど,ちょうどパトカーが来て,もう一人(玉置のこと)と一緒に乗せられていきました」
二人ともいかにもあどけない顔をしていたために,捕まえたほうが返って拍子抜けもし,可哀想な気持ちになってしまった.
「彼等を暖かく迎えましょう」
板橋署防犯課少年係の話によると,この“ちびっ子ギャング団”は,三人の他にもう一人いて,この少年は幸町特定郵便局の外で見張りをしていたという.そして,首謀者はいちばんチビの早瀬であった.
彼は,今年の三月二十七日に,彼の通っている中学に『中学社会主義者同盟』という“革命組織”を結成し,自らその「武装闘争委員会幹部会議長件突撃隊委員長」の地位についた.
参加した同盟員は総勢十五人.略称を『中社同』とした.ところが,およそ早瀬以外には“思想”や“理論”をもっているものは一人もなく,彼の独裁的な組織に近い.
『中社同』の機構は,もっぱら中国共産党から学んだらしく,軍団組織も内部に持っていて,彼はそのボスでもあった.
早瀬は『中国共産党政権機構図』といったようなパンプレットを持っていたり,マルクス主義系統の本も結構読んでいたらしい.
六月二十三日の幸町特定郵便局への押し入り騒ぎは『中社同』の第一回行動だったそうだ.
最初に大村が持っていったメモは,むろん早瀬の書いたものだが,彼と一緒に強盗を働こうとした玉置は,いちおう『中社同』の政治闘争委員長のポストにいる.
組織はそれぞれのメンバーが勝手に横の連絡をとれないような仕組みにしてあり,裏切者は制裁を受けることになっていた.
実際は,ウイスキーに胃腸薬を入れた液体を,彼等には“総括用のクスリ”と呼びそれを裏切り者には飲ませるという規則を作ったのだ.
“総括”なる言葉は連合赤軍をマネたものには違いないが,彼らは,もし幸町特定郵便局で四十万円の金を手に入れたら,北海道にキャンプし,革命のための訓練や学習を積み重ねる予定だったともいう.
警察は目下のところ,彼等の背後に大きな組織はなく,「イタズラ」「遊び」のたぐいだと受け取り,取調べの続行は決めながらも,逮捕したその日に両親や学校の担任を呼んでいっしょに帰宅させた.
翌日,彼らの中学では,ふだん校庭で行われる朝礼が体育館に変わった.
集まった生徒たちの前で,教頭さんは涙ながらに,今回の事件の説明を行い,
「今度やった人たちを,みんなは決して変な目で見ないでほしい.彼らを暖かく迎えましょう」
と語った.
事実,学校は,まるでハレモノにでもさわるような調子で彼らをやさしく静かに扱い,その事後処理に当たっている.
理想的な共働き家庭・・・
中学の先生たちが,最も驚いているのは,どうやら首謀者が早瀬だったという点にあるらしい.
この少年は頭もよく,それに何よりも,彼の両親がとものマルクス主義者で,進歩的な知識人と呼ばれる階級に属しているからだ.
父親(四三)は師範学校を出て,かつてはある革新政党の一員として公然と活躍し,いまは農業関係のジャーナリズムで編集責任者を勤め,米価問題などが世間の注目を集める時は決まってマスコミにも顔を出す.
母親(四〇)も東京のある一流女子大学を卒業し,目下,某私立女子高校の社会科の教師.早瀬には小学校六年の妹が一人と,父方の祖母もいる.
小学校時代,彼を受け持ったことのある先生がいった.
「立派な家庭の子なんですよ.両親が共働きですから,どちらかというとおばあちゃん子のような面もありましたが,だいじな父兄会の時は必ずお母さんが来られる.
あの子も両親が自慢らしく,私に“僕のお母さんは○○女子大を出たんだ”というので,私が“ほう,えらいもんね”というと,“そうだよ,何かわからないことがあったら,うちのお母さんに聞きに来るといい”という.
お父さんがジャーナリストをしていることも自慢だったらしく,学校新聞の委員に立候補して,新聞をつくっていました.
早瀬は,小学校のころから作文がうまく,「怪盗アルセーヌ・ルパンは,悪人とされているが,あれは決して悪人ではない」という“見解”を文集に発表して,父兄たちをびっくりさせたりしている.かと思うと,学芸会では落語を一席やって,みんなを笑わせたりもする.
早瀬をよく知っている同じ中学のPTAの母親は,しきりに首をひねりながらこう語る.
「あの子の家の親子関係は,私たちと違ってインテリ一家でしょ.社会の出来事なんかについて,子供とよく話し合うとお母さんがおっしゃってましたよ.それも,べつにしいて話し合うんじゃなくて,子供から質問があると,子供が納得のいくまでお父さんとお母さんも応じるんですって.なかなか出来ないことですわ.
あのお母さんは,自分が教育者だからって,かえって教育ママ的ではないのね.“小学校は読み書きを習えばよい.中学では体を鍛える.勉強は高校へ行ってからでいい”といつもいってらっしゃるもの.
小学校のころ,あの子にピアノを習わせていたらしいけど,あの子がいやになったことで,いまはやめて,今度はギターを習わせていますね.
つまり,子供の希望をみんな聞いてやってらっしゃるのよ.
まあ両親が共働きだから,多少“カギっ子”的一面はあるかもしれないけど,両親もそのことを意識していらっしゃるのか,日曜なんかはよく子供と遊園地なんかへ出かけるし,白馬(長野県)に別荘をお持ちで,冬休みは一家でスキー,夏は避暑ね.ああやって日頃の子供たちとの関係を十分に埋めておられる.
共働きの家庭としては,理想的なものじゃないかしら.
今度のような事件をどうしてあの子が起こしたのか,その原因が私たちにはますますわからなくなるのよ」
今回の事件を新聞が書きたてると,早瀬の両親は板橋署にどなりこんだ.「警察が子供の家庭環境にまで記者に公表したのは越権だ」というわけである.
子供に対して,自主性とか,“社会的な意識の目ざめ”とかいわば革新派特有の期待を持つこの両親は,おそらく,常に自己の正当な権利を主張する“社会正義派”に違いない.
しかし,(主観的)正義が必ずしも善でなく,不正義が必ずしても悪ではないという,ものの善悪を弁別する両親の世界から自らを問うてみたことがあるかどうか.
〔略〕
『週刊新潮』 昭和47年7月8日号,p.44
毎日新聞の記事では思想性がないかのように書かれているが,週刊新潮の記事を信頼するならば――けっこうトバシもあるが――『中国共産党政権機構図』といったようなパンプレットを持っていたり,マルクス主義系統の本を読んでいたらしい点から考えると,そういった思想にかぶれていたことは明白.
まあ,ウルトラマンをカッコいいと思った,頭の少し足りないガキが,自分もウルトラマンになったつもりで2階の窓から飛び出し,両手両足骨折するようなものか.
しかも,
>つまり,子供の希望をみんな聞いてやってらっしゃるのよ.
とか,
> 今回の事件を新聞が書きたてると,早瀬の両親は板橋署にどなりこんだ.
といった記述を見るに,バカ親に育てられた,自我肥大したワガママ息子だった可能性が高く,人格形成に問題があった模様.
週刊新潮は,記事の最後に,
息子は今度の強盗事件を引き起こした動機について,「現在の義務教育を打破するために体を張った」と,社会的な正義感だけを主張した.
そのために他人を傷つけたことがいかに卑劣だったかは,この際,両親たちの口から自らを省みつつ教え込むべきだろう.
と書いているが,全く同感.
> “ふざけるな”とどなったら,“すみません,冗談です”といって,ナイフをカバンに戻してしまいました.
といった点にも,甘やかされて育った「坊や」ならではのヘタレっぷりがよく出ていて,興味深い.
( ´U`) 事件のあった郵便局に行ってきました.
郵便局でも知っている人は少なく,隣の寺田オートサービスのお爺さんがかろうじて,「板橋二中」の生徒がやった,と覚えていたぐらいです.
くだんの郵便局の局長さんも林少年を捕まえたという中華料理屋「精華」のご主人も亡くなられていました.
もう三五年前のことだから..._〆(´U` )
ちなみに,寺山修司の「林少年論」読んでると少年Hのヘタレぶりがよく分かります.
読みたい人はどこかで寺山修司の著作で読んだ方がいいでしょう.
寺山修司が最後に酷いことを言っているので笑えます(笑)
さて,一説によれば,この早瀬少年(仮名)こそ,後の林信吾であるという.
まず,清谷信一公式サイト『魁!清谷防衛経済研究所 ブログ分室』の中の記事,「樺美智子の死は「悲劇」か?」において,清谷が
>立場や感情の問題ですはないでしょうか.
あとは見方の問題でしょう.冷たく聞こえるかもしれませんが,祭りと革命に死人は付き物です.だからある程度の死人がでても仕方ない,それがぼくの見方です.
猪瀬さんも林信吾も学生運動してましたが.別にそれがを問題にすることもありません
(林信吾にいたっては14歳の時に革命資金調達のため郵便局強盗を計画,逮捕されました.これおは〔原文ママ〕寺山修司や猪瀬さんもエッセーで書いてます).
現に今も右から左までつきあいは広いですし,ブログを見れば分かるように右でも左でも正しいことは正しいと評価しているつもりです.
学生運動に参加したあるパーセンテージの当時の若者は真剣だったでしょう.
キヨタニ
2005/09/02 13:33
と書いている事実がある.
清谷は,林と何冊かの共著書を出している.
第2に,上述の寺山修司の「林少年論」に対し,林信吾が「これはウソである.彼は自分で取材などしていない」などとクレームをつけている.
寺山修司「走る大論文」に,それは収録されている.
仮に別人だとしたら,どうしてウソだと言えるのか? 取材などしていないと分かるのか? また,どうして別人のためにクレームをつけるのか?
以上により,早瀬少年が後の林信吾である可能性は,極めて高いと言えるだろう.
革命ごっこは,ゲームの中だけにしましょう

【質問】
中原一襲撃事件とは?
【回答】
1977/2/11,革労協書記局長で解放派筆頭総務委員「中原一」こと笠原正義が,茨城県取手駅付近で革マル派に襲われた事件.
笠原は乗車中,他の乗用車に挟み撃ちされ,その車から降りてきた6名に鉄パイプでメッタ打ちにされた.
彼は翌12日,頭蓋骨骨折で死亡.
事件後,革命マル派は「革命的鉄槌を下した」とする犯行声明を出した.
本事件は,革労協vs革マル派の全面抗争のきっかけとなったという.
【質問】
成田空港管制塔占拠事件とは?
【回答】
1978/3/26,第四インター,戦旗・荒派,プロ青同の15人が,開港直前の成田空港管制塔を占拠,破壊行為を行った事件.
テロリストは排水溝から空港内に潜入.
「横堀要塞」などでの陽動作戦に機動隊が引きつけられている隙に,管制塔に突入,占拠した.
管制官たちは管制塔屋上へ避難.
テロリストは破壊行為を行った後,抵抗せずに機動隊員に逮捕された.
他に陽動部隊など168名逮捕.
実行犯15人と計画立案者の和多田粂夫,共産同戦旗派の首謀者とされた佐藤一郎,行動隊リーダーの前田道彦に実刑.
当時の警察の活動を観るに,
・排水溝に入る際,7名が捕捉されたにも関わらず,なぜ残りの15人の潜入を察知できなかったのか?
・15名がマンホールから空港内道路へと這い出した際,警察官数名に発見され,拳銃を突き付けられたにも関わらず,なぜ警察官は彼らを捕捉,または阻止できなかったのか?
という疑問が残る.
なお,犯人たちは空港公団から損害賠償1億300万円(延滞利息含む)を請求されたが,インターネットを主な媒体にした「1億円カンパ運動」によって195/11/11に完済した.
【質問】
アジアの共産系テロ組織の現状は?
【回答】
松井茂〔軍事・外交評論家〕によれば,
「共産系の代表的なものに
NPA(フィリピン新人民軍),
CPT(タイ共産党),
旧ビルマの赤旗および白旗共産党ゲリラ
などがあった.
このうち,8000人を擁し,1996年以降,武装闘争を激化させているNPAを除いて,他は勢力を大幅に低下させている」
という.
(「21世紀のグレート・ゲーム」,光人社文庫,2002/1/18,p.156)
【質問】
共産党毛沢東主義派の,インドでの活動ぶりは?
【回答】
共産党毛沢東主義派といえば,ネパールの反政府武装勢力としても有名ですが,インドでも活発に活動しています.
2月28日のロイターによれば,2月23日木曜日,インドのChhattisgarh州
Darmaguraで,毛沢東主義派の仕掛けた地雷により,反毛沢東主義派の集会に出席した一団のうち55名が死亡,20名以上が怪我をしたそうです.
ブッシュ大統領の訪印前日に行なわれたこのテロですが,毛沢東主義派が単独で実施したテロとしてはここ3ケ月で最大の被害となりました.
「毛沢東主義派の勢力は侮りがたい」との印象をインド政府に与えるのが目的のようですが,インドのテロ専門家は
「カシミールのイスラム原理主義過激派より彼らのほうが危険だ」
「ニューデリーの中央政府は毛沢東主義派を無視しているが,これは誤りだ.毛沢東主義派はインドにある602の管轄区域のうち165の地域で活動しており,その影響は広がっている.
経済成長はテロ対策にはならない.
より近代化された最新装備の警察が立ち向かわなければならない」
と主張しています.
昨年に同州政府の首班となった,ヒンズー系のBharatiya
Janata党は,地元の反毛沢東主義派勢力に資金・武器援助をしています.
事件が発生したDarmaguraは,州都Raipulから南に300キロにある都市で,毛沢東主義派の拠点として知られています.
インド共産党毛沢東主義派は,少なくとも全土29州のうち9州で活動しており,昨年来武装闘争を激化させています.
国内には約9300名の武装構成員がおり,作戦に従事しているそうです.
なお,インド共産党毛沢東主義派はネパール共産党毛沢東主義派と連繋しています.
【質問】
在ペルー日本大使公邸占拠事件とは?
【回答】
1996/12/17,ペルーの首都リマの日本大使公邸において開催されていた,天皇誕生日を祝うレセプションの会場に,MRTA(トゥパク・アマル革命運動)のテロリスト集団が乱入,占拠した事件.
公邸内の人質は徐々に解放されるが,最終的には日本人24人を含む72人が,人質として拘束されたままとなっていた.
解放された人質の情報により,犯人側のリーダーはネストル・セルパ・カルトリニという人物だと判明.
彼は,獄中にあるMRTA最高指導者ビクトル・ポライと話すことを要求し,それに応じて徐々に人質を解放すると宣言.人質を小出しに解放することで,各種要求を受け入れさせようという戦術に出る.
MRTAと人質解放のための保証人委員会との間で,2月中旬から対話が行われ,さらにMRTAのキューバ亡命要求に対応するために,フジモリ大統領が3月3日似急遽キューバを訪問するなど,平和的解決の道を模索しているかのような日々が続いた.
しかし,ペルー政府は同時に,水面下で公邸突入による武力解決の準備を着々と進める.
3/12の第10回目を最後に,対話は停止する.MRTAがペルー当局に対して疑念を持ち,交渉を拒否したからだった.
ペルー政府は疑惑を否定.
だが実際には,MRTAが突入したのと同じ隣家から,公邸の下に広範囲に渡り,トンネルを掘り進めていた.
太い1本を台所の下に向けて掘り,さらに何本かの視線を張り巡らせ,数分で公邸内に突入できるようにした.全長は100m,深さは3m〜7mに及んだ.
トンネルを掘る際の工事音を目立たなくさせるため,ペルー当局は連日のように,巨大スピーカーから大音量で公邸内に向けて軍歌を流し続けた.
この作戦行動は,ペルーにある古代遺跡の名前から「チャビン・デ・ワンタル
Chavin de Huantar 作戦」と命名されていた.同遺跡は,地底に張り巡らされた洞窟が特徴である.
なお,邸内の様子,犯人グループの情報等は,潜入したTV局員により,詳細に判明していた.
1997/4/22 15:17,フジモリ大統領は公邸突入を指示.
15:23,公邸内で爆音,白煙が発生し,部隊突入開始.突入部隊がしかけたのはプラスティック爆弾4kg.公邸1階ホールの下に仕掛けられたこの爆弾により,テロリスト数名が死亡.
ペルーの国家警察特殊部隊(DINOES)は対テロ戦闘経験豊富で,士気も高い.
一方,ネストル・セルパは全く油断しており,襲撃の瞬間には,仲間と共に公邸内のホールで,布のボールを使ってサッカーを楽しんでいた最中だった.
彼は,爆発と同時に突入してきた特殊部隊の機銃掃射に遭い,階段の途中で絶命.
スタン・グレネードも使用され,一瞬にしてテロリストの戦闘能力は奪われた.
作戦開始から僅か15分ほどで,公邸内は制圧され,15:26から人質達の脱出が開始.
16:00過ぎには突入部隊は全館掌握,屋上のMRTAの旗を引き摺り下ろした.
テロリスト側は全員死亡,一方,人質は1人,突入部隊は2名が死亡した.
以上,ソースは「世界の特殊部隊」(宝島社,2005/3/1),p.96-97.
ただし,迂闊に信用していいソースではなさそうなので,複数文献と比較検討されたし.
【質問】
「トゥパク・アマル革命運動」って何?
【回答】
Movimiento Revolucionario Tupac Amaru /
Tupac Amaru Revolutionary Movement (MRTA)は,ペルーの極左テロ組織.
1983年頃,創立.
爆破,誘拐,待ち伏せ,暗殺等の事件に多数関与.
しかし,ほとんどのメンバーが刑務所に入れられたことにより,活動は鈍化.
1996年12月,MRTAメンバー14人が,リマの日本大使公邸を襲撃し,何百人も人質にして立て篭もる事件を起こしたが,1997年4月に政府軍特殊部隊が突入,人質を一人を除いて全員救出.
以後,目立ったテロは起こしていない.
瀕死の組織.
【質問】
日本の極左組織は現在,どのような場で勧誘活動を行っているの?
【回答】
一見,それとは関係なさそうな場を隠れ蓑として,勧誘を行っている模様.
まず,公安調査庁の述べるところによれば,イラク戦争反対運動を隠れ蓑としていた例があるという.
ただし,昨今の不祥事などから判断するに,公安調査庁の調査能力には疑問符もつく.
また,大学のサークル活動に偽装してオルグすることもあるという.
まるでどこかの新興宗教団体のようだ(笑)が,まあ,カルト性という点ではどちらも大差ないとも言える.
たとえば2007年には,アキハバラ解放デモというイベントに,中核派が関与していた疑いがある.
中核派にデモのやり方を教わったことを,当の主催者自身が認めている.
以下引用.
中核派によるデモ指南というのは,確かに私は最初に革命的非モテ同盟のバレンタイン粉砕デモ等を企画する際に彼らにノウハウを聞きました.
まず,デモをやるにはどこに届け出れば良いのか,公園はどう借りたらいいのか,横断幕はどう作ったらいいのか,トラメガはどんなのを買えばいいのか,そういったノウハウの部分です.
これはたまたま私の近くでデモをやっているのが中核派だった,というだけです.
2007年07月05日02:13 furukatsu
中核派は時々,学内や学校周辺でデモをやっていて,大学でいつでも会えるからです.
労組執行部とかに個人的な知りあいが居ないというのもあります.
あと,うちの大学の事情というのを汲んでもらうと,学友会や文連(サークルの連合組織)の交流会とかには普通に中核派の人間が居て,彼らと一般の学生が一緒に呑んで話しているのが当たり前という環境だったりします.
法政大学のその辺の事情は他の大学と大きく違うかもしれませんね.
2007年07月06日02:41,furukatsu
(いや,近くにいたからといって,テロ組織に声をかけたりは普通はしないんじゃ……)
その上で,同氏は
>なお,今回のアキハバラ解放デモでは私の確認した限り中核の人間は来てませんでした.
2007年07月05日02:13 furukatsu
と明言しているが,これは非常に疑わしい.
他ならぬ同デモ企画側の幹部の1人Shuu-chanが,その言動をどう見ても中核派シンパだからである.
詳しくは,以下のブログを参照されたし.
http://blog.livedoor.jp/mumur/archives/50010699.html
http://multi.nadenade.com/shinichi/0166
この点を問いただされると,主催者氏は
しゅうちゃんですが,彼は古くからの知りあいです.
いわゆる極左(過激派)ではないですよ.
とはいえ,彼らにシンパシーを感じて,かつネットで発言する保守的な人に憎悪を抱いているという部分は否定出来ません.
まぁ,私も彼の発言は感情的過ぎてついていけない部分も多いのですが…
いわゆるネットサヨクという感じでしょうか.エキセントリックな.
2007年07月05日02:13 furukatsu
との回答.
(強調部分は編者.それを普通はシンパと呼ぶんだが……)
また,
>そもそも,「自分は中核です」と中核派メンバー全員が名乗るわけではないことを失念している.
という指摘に対しては,
もちろん,私の知らない中核派の人間が入っていた可能性はありますので「私の確認した限り」と留保を入れました.
ただし,少なくとも私やスタッフの目の届く限りでは,明らかな中核派の宣伝をしているような人は居ませんでした.
もちろん個人的に交友を作って一本釣りをしている可能性は否定出来ませんが.
2007年07月06日01:22 furukatsu
という返事.
しかもデモをするに当たって,「このデモは中核派の指南を受けています」と情報公開してもいない.
それどころか,主催者自身,第三者から見れば深いレベルで中核派に関与している模様.
詳しくは
http://d.hatena.ne.jp/plummet/20070821
を参照されたし.
いくら当人には思想性がないからといって,これではとても中立の立場とは…….
結局のところ,極左問題に鈍感な主催者を抱込んで,極左シンパがデモを利用した気配濃厚.
これほど鈍感であれば,shuu-chan以外の極左シンパがいたとしても気付かないだろうし,一方,高齢化に苦慮している極左組織が,このような「若者のリクルートの場」を見過ごすと考えるほうが不自然.
この点について,以下のように指摘する声もある.
>勧誘されたとはいえ自分の意志でセクトに入ろうというのはとめられませんし
貴方の行動は,その勧誘の機会を増やしている.
過激派への利敵行為と取られても仕方が無い.
理解していますか?
2007年06月30日12:20 JSF
http://mixi.jp/view_bbs.pl?page=29&comm_id=2252007&id=20230627
上記コミュにおいて「鷲尾拓」が,私の事を「キモい軍事オタ」という風に嘲りました.
古澤氏によって削除されているので〔記憶に頼らざるをえないため,〕細部は違うかもしれません.
630デモは「オタクによるオタクのためのデモ」でした.
故にデモの賛同者は,他人のことを「キモオタ」呼ばわりする筈が無いのです.
それなのに,デモの趣旨すら理解していないのに,賛同者だと自称する過激派シンパ(鷲尾拓)がこのコミュニティ内に居た事こそが,このデモの問題性を示しています.
〔略〕
オタクの解放を訴えた630デモを賛同側が,「キモオタ」と言って他人を蔑むだなんて,おかしいとは思いませんか? 自己矛盾です.
ここから分かる点があります.
"鷲尾拓"という人物はデモの賛同者を装っているが,実際にはそうではない.
この人物は以前から中核派擁護など,極左的な人間であることは知れ渡っています.
つまり,このデモを政治的に利用しようとしている存在であると思われます.
つまり"鷲尾拓"という人物の存在自体が,このデモの危険性を物語っています.
違うと言うのでしたら,「オタクの権利を訴える」「オタクの解放」を叫ぶデモの賛同者が,他人に対しキモオタ呼ばわりする異常性について説明して下さい.
2007年07月17日07:37,JSF
さらにまた,アキハバラ解放デモ関係者の中に,同人誌詐欺を唆す人物が居るらしいことも発覚.
「怒頭流のオッスオッス日記」:アキハバラ解放デモ関係者に同人誌詐欺を唆す人物が居る模様
「オタクとの連帯」を口では唱えているが,口だけだった人もいたわけで…….
なお,本論からは外れるが,このデモについては,以下のコメントが的確にその本質を言い表していよう.
2007年07月05日00:33 JSF
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=20224668&comm_id=542
>106: 耳の人
>いろいろ主張はあれどアキバは好きって人を集めてデモをやったはずなのに,
>秋葉原コミュでは全く賛同者がいないって時点で何かおかしいと思わないんですかね.
-----
真に悲しきかな.
written by トロツキイ(うそ)
【後日談】
●状況その壱.

●状況その弐
http://d.hatena.ne.jp/plummet/20070723/1185236588
古澤氏は私と内通したと見なされ,失脚した模様です.
この状況に陥る前に,私が古澤氏に宛てた事前警告メールの内容を一部抜粋.
「第二に,もし貴方が追い出された場合,貴方の居た組織は過激派シンパに乗っ取られたと見なせます.
これにより我々は全く容赦の無い批判を浴びせる事が可能となります」
組織的な自殺行為を行ったことに気付いていない彼らは,あまりにも惨めです.
●状況その参
http://d.hatena.ne.jp/plummet/20070723/p1
デモ自体への中核派の参加がほぼ確定.
●状況その四
http://d.hatena.ne.jp/neodada/20070724/1185283396
において,整備兵氏のコメントにより,古澤の粛清が確定.
JSF by mail
●状況その伍
中核派関与疑惑を指摘し続けてきたブログに対し,「〆ちゃえ」と考え,偵察のための写真撮影を試みるも,情報漏れにより阻止さる.
スケール微少だけどテロ未遂までやらかすとは…….
「object」 コミケ襲撃犯は第一日目の段階で既に現行犯で確保,事態は既に解決済み
「まとめwiki」: 6・30アキハバラ解放デモ主催によるコミケ・テロ まとめ
データ関連ミラー
「寄星座」: まとめてミラー
●状況そのZ
アキバへのお節介でしかない上記状況を見て,思い起こした画像.

【余談】
鹿砦社発行の月刊誌『紙の爆弾』10月号
http://www.rokusaisha.com/0test/kikan/book-bakudan1.html
の記事「BOMB級?BAKA級?『紙爆』的“B級”NEWS◎」(86〜87頁の87頁)の中で,アキバ解放デモのことを湯ノ本箱根ってペンネームの人が書いている.
その内容は,魔王さんたち批判派のことをアンチデモブロガーって批判するものだけど,
最後の方で
「次号以降では自宅訪問も含めて報告していく」
って変なことを書いているよ.
紙の爆弾て次の号が出るのが10月6日だか8日くらいみたいだけど,これってペドヤンの言ってたあれかなあ?
>10月以降,まとめて整理して晒し者にする予定ではいますので.
なんかそんな気がする.
【関連サイト】
世界の中心で左右をヲチするノケモノ:[炎上観察記:アキハバラ解放編]
他に,SNSでも非公開コミュニティを駆使して勧誘活動しているのではないかと疑わせるフシがあるが未確認.
【質問】
過激派はどうすれば見分けることができるのか?
【回答】
「岡山県警」:過激派の実態
というページによれば,よく観察すれば,以下のような不審な点を見出せるという.
以下引用.
非公然活動家は,巧妙に善良な市民を装っていますが,よく注意して見ると
○ 他人に室内を見せたがらない
○ 部屋の出入りの際,周囲を異常に気にしている
○ 単身又は夫婦だけのはずなのに頻繁に多数の者が出入りしている
などといった不自然な行動が見られます.
ただし私見では,
>他人に室内を見せたがらない
というのは割に普遍的なものではないかと愚考するが.
また,主観に大きく左右されがちな点でも,有効性にやや疑問が残る.
【質問】
第4インターとは?
【回答】
正式名称「第4インターナショナル日本支部」.
1957年に黒田寛一,太田竜,内田英世の3人で発足したトロツキズム組織.
立花隆によれば,
・武装闘争方針は誤りであったとする,共産党の「6全協決議」
・ソ連のスターリン批判
・ハンガリー動乱
の三重ショックにより,既存の共産党に失望した彼らによって結成された,トロツキーを再評価する新左翼組織.
革マル派や中核派などのルーツが,この組織なのだそうな.
1957年1月には彼らを中心に「日本トロキツキスト連盟」が結成.
同年暮れ,同組織は「日本革命的共産主義者同盟」(革共同)と改称.
しかし,純粋トロツキストを自称する太田竜と,トロツキズムは批判的に摂取すべきとする黒田寛一とが対立.
1958年7月に太田一派は革共同から脱退し,「関東トロツキスト連盟」を組織.
後に「日本トロツキスト同志会」「第4インターナショナル日本委員会」(まぎらわしいなあ,おい)などと改称.
社会党への加入戦術を展開したり,アイヌ開放運動に力を入れたりしながら,「4トロ」とか「純トロ」とか呼ばれて現在も存続している.
まあ,好きにやってれば?という感じ.
詳しくは立花隆著『中核vs革マル』上巻(講談社文庫,1983/1/15),p.49-59を参照されたし.
【質問】
黒田寛一とは?
【回答】
1927年生まれ.
革マル派の教祖=D
立花隆によれば,府中市にある大病院,黒田外科が実家.
父親は医師会長や市の助役を勤めたこともある名士.
黒田は旧制東京高校(のちの東大教養学部)理乙中退.昭和18年末に腎臓病と皮膚結核により,通学できなくなったため.
昭和29年にはほとんど失明.
そのため,秘書に本を読ませて勉強するということを続けている.
中核派との抗争激化で襲撃の恐れが出てくるまでは,実家の裏庭にある離れでマルクス主義研究に没頭し,外に出ることはほとんどなかった.
彼の妹によれば,食事をいっしょにしたことも一度もないという.
革マル派での講演会でも,黒田本人は姿を現さず,黒田の声のテープを流すだけ.まるでどこかの新興宗教のごとし.
詳しくは立花隆著『中核vs革マル』上巻(講談社文庫,1983/1/15),p.54-57を参照されたし.
【質問】
なぜ中核派と革マル派の分裂が起こったのか?
【回答】
立花隆によれば,その上部組織である革共同全国委員会が分裂したため.
地区党の建設という問題と,労働運動における戦術とを巡る対立が,その原因.
労働者組織である産別委員会をあくまで組織の中心に据えておくべきだと考えたのが黒田寛一.
地区党組織を中心に据える形で,党組織を組織し直し,産別委員会もそれにしたがって再編成されるべきと主張したのが本多延嘉.
また,他党派に指導されている労働運動は,いかに戦闘的だろうと革命には役立たないから,すべからくこれを批判すべしとしたのが黒田寛一.
戦闘的労働運動とは手を組み,その中で他党派より革共同が正しい路線だと宣伝し,労働者を獲得すべしとしたのが本多延嘉.
ぶっちゃけ,分裂するほどの大問題とは思えないのだが.ていうか本末転倒?
このとき,政治局内部では黒田が少数派だったため,黒田が分派して外へ出ることになった.
しかし学生層では黒田派が多数派で,たとえば,東京都内では本多派の学生活動家の数は分裂直後,18人しか残らなかったという.
労働者組織では多くが中核派に残ったが,動労や国鉄委員会,全逓委員会などは主に革マル派に移ったという.
詳しくは立花隆著『中核vs革マル』上巻(講談社文庫,1983/1/15),p.91-97を参照されたし.
◆◆革マル派関連
【質問】
「ワセダ全学連」とは?
【回答】
立花隆によれば,ブントの遺産を継承する形で,マル学同経由で革マル派が全学連を継承したものの,民青や新興セクトの伸張によって退潮していた革マル派に対し,他セクトから呼ばれた揶揄の言葉.
「全学連といっても名ばかりで,拠点校の早大だけでやっている全学連ではないか」
という意味.
反代々木系最大セクトとして出発した革マル派が,いつのまにかそのように最小レベルに低落したのは,65〜66年には
・私大の学費値上げ問題
・日韓条約
・反戦青年委員会結成
・3派全学連結成
によって学生運動は高揚期にあり,個々の大衆闘争に組織を賭けることは論外とする立場の革マル派には,人気が集まらなかったためだという.
詳しくは立花隆著『中核vs革マル』上巻(講談社文庫,1983/1/15),p.107-111を参照されたし.
【質問】
革マル派はどのように内ゲバ殺人を自己正当化しているのか?
【回答】
立花隆によれば,彼らに言わせると彼らのテロは「教育的措置」であり,
「己の肉体的痛みを噛み締めながら,己の犯した誤りを,悪業を,ベッドの中で反省する機会を与えてやるということですよ」(前川委員長のNET・TVインタビュー)
との主張.
そのテロでの死者については,手当ての遅れ,医療ミス,余病の併発,正規戦における当然の死といった理由により,革マル派には責任はないのだという.
詳しくは立花隆著『中核vs革マル』上巻(講談社文庫,1983/1/15),p.31を参照されたし.
説得力皆無.
▼ また,同書p.169-175が革マル派の文書『革命的暴力とは何か?』を引いて述べるところによれば,革マル派は
>革命組織である以上,反革命分子に対しては革命のために鉄槌を下すことについては,
>いささかも逡巡しない.
ただしそれは,
>その革命性・思想性が真のマルクス・レーニン主義でつらぬかれているかぎりにおいて
と,限定しているという.
彼らの理屈では,「真のマルクス・レーニン主義でつらぬかれている」組織は革マル派だけなのだから,要するに
「革マル派だけは暴力を振るってよろしい.他の組織はダメ!」
という内容を,屁理屈で飾っているに過ぎない.
立花も以下のように,この屁理屈を批判している.
[quote]
自分の殺人(あるいは暴力)は倫理的だが,自分が殺されること(あるいは暴力をふるわれること)は倫理的ではないと叫ぶ人間は,いかなる意味においても倫理的ではない.
[/quote]
▲
【質問】
「革マル体操」とは?
【回答】
立花隆によれば,機動隊の来ない学校構内で,革マル派はゲバ棒や竹ざおを振り回して示威行動をすることがよくあったが,これを他派があざけって呼んだ呼び名.
他派の機動隊との正面衝突を,革マル派は「それ自体に意味を見出す行動左翼集団」と批判し,街頭行動では革マル派は,機動隊がやってくると,ろくに投石もせずに逃げ散ったため,そのようにあざけられたという.
詳しくは立花隆著『中核vs革マル』上巻(講談社文庫,1983/1/15),p.114-115を参照されたし.
まあ,あざけりたくなる気持ちは分かる.
【質問】
「アリバイ闘争」とは?
【回答】
立花隆によれば,革マル派のテロ活動を,他派が揶揄して言った言葉.
革マル派は,中核派などの派手な街頭行動を「ブラウン管左翼」と嘲笑していたが,東大安田講堂立て篭もり事件の際の敵前逃亡以後,新左翼の中で村八分に遭って,革マル派内部でも動揺したらしく,その結果,小人数でのヒット&ランのような,ごくささやかなテロをやるようになったという.
自衛隊の門の中に,火炎瓶を持って入る,アメリカ大使館に忍び込んで窓から垂れ幕を下げる等.
これらはデモンストレーションでしかなかったので,他派からは
「闘争の現場から逃げたわけではないことを示すためのアリバイ作り」
だと受け取られ,「アリバイ闘争」と揶揄されることになったという.
まあ,新左翼ではない人でも,そういう印象しか持たないだろうが.
詳しくは立花隆著『中核vs革マル』上巻(講談社文庫,1983/1/15),p.123-124を参照されたし.
【質問】
東大教養学部内ゲバ事件とは?
【回答】
1969/11/6〜11/17の12日間に渡る,社青同解放派と革マル派との闘い.
立花隆によれば,革マル派は反中核派という戦術では解放派と共闘することが多かったが,革マル王国の早大で,第1政経学部と文化団体連合会で勢力の強かった解放派を追い出せば,完全な「革マル天下」になるという状況になったことで,革マル派が解放派の一掃に乗り出したために発生した事件だという.
早大を追われた解放派の学生は,東大教養学部に逃げ込んで,その約150人が教職員会館に立て篭もり,これを追って早大からやってきた革マル派,250余人は第1本館に布陣して,激しい攻防戦を繰り返したという.
角材,鉄パイプ,小石,コンクリート塊などが武器として使われ,目が潰れ,鼻が砕け,頭が割れた学生が,毎日のように東大の保健センターに運び込まれた,と『ゲバ棒と青春』(毎日新聞社編,エール出版社)は記している.
詳しくは立花隆著『中核vs革マル』上巻(講談社文庫,1983/1/15),p.125-126を参照されたし.
ちなみに戦略シミュレーション・ゲームでは,同盟相手を裏切るのは,命運を左右する,決定的な勝利をモノにできる可能性がある瞬間に限られる.
さもないと以後,信頼を失って,同盟を組んでくれる相手がいなくなり,非常に不利な立場に置かれることになる.
たかだか早大1校を牛耳ることが,命運を左右するようなことだとはとうてい思えないのだが(笑)
【質問】
本多延嘉殺害事件とは?
【回答】
1975年3月,中核派書記長の本多延嘉(ほんだ・のぶよし)が,東川口の戸塚荘というアパートで撲殺された事件.
革マル派が記者会見を開いて「戦果」を誇らしげに語ることにより,犯行を認めている.
立花隆によれば,襲撃隊は7〜8人からなり,全員パンストで覆面をしていたという.
武器は鉄パイプ,手斧,ナタ.
頭部には鉄パイプによるものと思われる,メッタ打ちにされた傷が多数.
両方の側頭部には,手斧によるものと思われる,骨膜に達する深い割創があった.
詳しくは立花隆著『中核vs革マル』上巻(講談社文庫,1983/1/15),p.29を参照されたし.
【質問】
本多延嘉とは?
【回答】
中核派指導者.
立花隆によれば,1951年,川越高校在学中に共産党入党.
精力的な活動家で,早大文学部に入ってからは早大細胞の中心人物.
「早稲田大学新聞」編集長を長く務め,また,中核派機関紙「前進」は,その死までは本多の手で直接執筆,編集されていた.
1957年,黒田寛一の「弁証法研究会」に参加.
革共同結成時から,黒田の右腕として活動.
革共同全国委員会書記長.
当時は同議長の黒田と蜜月状態だったという.
詳しくは立花隆著『中核vs革マル』上巻(講談社文庫,1983/1/15),p.77を参照されたし.
【質問】
革マル派がデジタル警察無線を傍受している,という話は本当?
【回答】
ヒューミント・ハックならその可能性もあるが,革マル派自身の説明はオカルト臭のするものであり,信頼性に欠ける.
現時点では
「可能性はあるだろうが,50%を超えない範囲の可能性だろう」
と判断される.
***
まず革マル派自身は,当然ながら「できた」とし,以下のように説明している.
------ここから------
「革マル派はほんとうにデジタル警察無線を傍受できたのか」という疑心暗鬼に陥っている諸君の疑問に答える
日本革命的共産主義者同盟・革命的マルクス主義派
〔略〕
ところで,わが革マル派の主張にたいしマルクス主義技術論の追求という立場からの疑問や批判がまったく寄せられなかったことは,”残念”の一言に尽きる.
よせられた声の多くは,警察権力と敢然とたたかっているわれわれにたいする激励と,日本警察のデジタル無線を傍受・解読するための純技術的な観点からの疑問であった.
だがその大半ば,あえて不遜ないい方をさせていただければ,デジタル警察無線を傍受し解読する努力をしているにもかかわらず,その内実があまりにもみすぼらしいといわざるをえない.
その具体例について,いちいち紹介するつもりはない.
ここではさしあたり「警察無線のワッチにかけては第一線にいると自負」している本誌編集部のデジタル警察無線についての無常識ぶりあきらかにしておこう.
デジタル警察無線の交信内容についての無知
デジタル警察無線を傍受・解読することができていない無線マニア向けの月刊誌の編集者の”特権”といえばそれまでであるが,デジタル化した警察無線で交信される内容について,あまりにも無知だということである.
本誌編集部は,なぜか「アナログ時代に警察無線を聞いた人ならご存知の通り,一般の警察無線は駐車の苦情や,騒音,ケンカといった民事のゴタゴタが多い」と述べている.
デジタル警察無線の交信内容について,この程支の醒めた認識しか待ちあわせていない編集部に,警察無線を傍受するための技術を,われわれがあえて開陳する必要があるのか,という気がしないでもない.
たしかに,デジタル化されたとはいえ,署活系などの警察無線は,編集部が指摘するような交信内容が多いことは事実である.
だが警察権力は,傍受することが絶対不可能であると確信していたからこそ,マスコミや市民に絶対に秘匿しなければならない捜査内容や公安捜査内容を,デジタル化した警察無線を使って交信してきたのである.
それは厳然たる事実だ
(『噂の真相』7月号「権力の伏魔殿・警察庁を震憾させた,革マル派の警察無線傍受の衝撃度」参照).
それゆえに,わが革マル派がデジタル警察無線を傍受していたことを知った警察権力は,はじめは
「デジタル技術には絶対的な自信をもっている.解読できるとは,到底,思えない」
と虚勢をはっていたのであった.
ところがその虚偽性がわれわれ革マル派に暴きだされるや否や,一転して,
「(革マル派は)高度な専門的技術を駆使し,警察に対しても相当な調査活動をおこなっている」
という認識を,警察庁長官がみずからしめさざるをえなかった(五月十九日,全国都道府県の警備・公安担当課長合議).
国家権力の謀略攻撃と弾圧にたいして,われわれの生命と運動を守るために,なんとしてもデジタル化された警察無線を傍受しようという意志力.
この意志をつらぬく執着心と和に力.まさにそこに,マルクス主義の思想がつらぬかれているのだ(『革命的マルクス主義とは何か』黒田寛一昔 こぶし書房刊参照).
何のためにデジタル警察無線を傍受するのか
―この核心を抜かして警察無線の内容を披瀝したにすぎないのが編集部の主張ではないのか.
傍受は,警察無線機を「持ってきた」からなのか?
デジタル警察無線を傍受・解読することがいまなおできていないにもかかわらず,
「マニアの間では(傍受・解読が)進んでいた」
などということを,ことさら強調することが,はたしてどれだけの意味があるのか.
このような自慰行為にも等しい雑駁な論述にわれわれぱ対応しようとは思わない.
けれども,自分たちが警察無線を傍受し解読することができていないことをタナにあげて,あたかも,わが革マル派が警察無線を傍受するために,「MPR-100(警察無線槻)を一台どっかから持ってきた」などと編集部がかってに「推論」することを,われわれは看過するわけにはいかない.
それというのも,このような「推論」ならざる邪推をすることは,革命的マルクス主義の思想で武装した,われわれ革マル派の智力と技術力にたいする冒漬以外のなにものでもないからだ.
もちろん,われわれは,このような根拠のない「推論」にめくじらをたてて,本誌上で反省を求める,というお堅いことをいうつもりはない.
ただ,このような安易な邪推をすることが,デジタル警察無線を傍受し解読しようとしている多くの真面目な読者の意欲を疎外しているのだ,ということを自覚してもらいたい.
われわれ革マル派が,なぜこのような邪推に直対応するのかというならば,ほかでもなく,われわれが国家権力によるデッチあげ攻撃をさまざまなかたちで受けているからである.
神戸事件で逮捕された少年Aの「供述調書」を病院で盗みだしたかのようなデマキャンペーン.
警察無線をわれわれに傍受(本誌が主張するように傍受することはまったく違法ではない)されていたことへの報復としてかけられた,早大数役宅の電話盗聴なるデッチあげ容疑での指名手配攻撃.
(詳しくは,革マル派の機関誌「解放」を参照されたい。)
国家権力によって,このような不当な攻撃を受けていることから,われわれぱ,このような根拠のない「推論」に神経質にならざるをえないのである.革マル派が独自に開発した無線機の存在を警察庁が認める すでに周知のように,警察庁は,「革マル派は傍受のための無線機を独自につくり,デジタル無線が導入されて間もない昭和61年ごろから傍受をはじめていた」(五月二十七日,NHKのテレビ,ラジオニュース)と発表せざるをえなくなった.
では,われわれ革マル派が独白に開発したデジタル警察無線を傍受するための無線機とは,どのようなものかということについて簡単に紹介しておこう.
(1)4相PSKはFM検波で復調を
本誌7月号では「(PSK変調波は)FM復調をされてしまうと必要な位相成分が455kHzのフィルタによってメチャメチャ」になるとされている.
4相PSK変調は結果的には4値FM変調と等価になる.だから,4相PSK変調波を検波しても,その位相成分を残すことができる.
ただし,市販の受信機のばあいには,その検波特性(周波数帯域幅,Sカーブ特性,位相特性が悪いために,4相PSK変調波の検波ができない.
そこで今回は,受信機(IC-229)を改造するための回路図(図1)と,4値FM変調波を2進データに復調する回路図(図2)を掲載したので,参考にしていただきたい.
本誌7月号に掲載された編集部作成の「クロック信号を抽出するための回路」図は不完全なものである.
というわけは,4相PSK波を復調するまではまだ半分程度しか完成していないからだ.
これを,4相PSK変調の復調回路まで完成させるのには,さらに努力が必要だ.
われわれの設計した4値FM復調回路を製作するためには回路技術を必要としない.
これがわれわれ独自の回路である.
(2)3段構成の暗号方式を解析せよ!
本誌7月号では暗号方式をビットデータの「入れ替え」として,説明されている.
それは図3の「スクランブル回路」での処理に相当するものであると思われる(警察無線の暗号の仕組みについては図3参照).
ここでは,一つのバイトデータのビットの「入れ替え」方が,すべての39バイトのデータに一律同じようにかけられていると説明されている.
だがこれはハッキリいって間違いである.
警察無線では39バイトのそれぞれのバイトへの暗号のかけ方が同じではない.
したがってこの暗号処理の組み合わせ数は,「2の16乗」ではなく,その「2の16乗」の20乗という膨大な数になるのだ.
さらに,この暗号処理だけでなく第二段階(特殊な暗号),第三段階(312ビットの暗号コードを加える)の処理を,警察のデジタル無線データでおこなっているのである.
「解読は不可能だ」と警察権力が豪語していた理由もこの点にある.
(3)解読はマルクス主義技術論の把握から
デジタル警察無線を解読し傍受したわれわれ革マル派の技術と組織的闘いに驚嘆している読者諸君!
日本警察のデジタル警察無線の暗号を純技術的に解読しようとしてもこれは不可能なことは,本誌7月号の拙論でも述べたとおりである.
われわれが,警察のデジタル暗号を傍受し,解読することに成功したのは,この技術的実践に,マルクス主義技術論を適用したからにほかならない.
電気通信技術などの個別的な技術的知識だけでは絶対に,警察無線のデジタル暗号を解虎することなど不可能なのである.
わが革マル派の技術論や科学方法論は,マルクスのマルクス主義を継承した人間労働の独自性についての考察を基礎としている.
すなわち,人間労働の独自性は「合目的的な活動」という点にあり,「客観的法則性の認識→目的意識の形成→客観的世界への目的を実現する生産的実践」,このような「全過程の現象形態」が「合目的的な活動」なのである
(『社会の弁証法』黒田寛一著 こぶし書房刊P162参照).
われわれは,このような人間労働の本質的な構造をとらえることを基礎として,技術論や科学論を究明している.
そして,われわれは,マルクス主義労働論・技術論にのっとり,わが仲間の生命をおびやかし組織の破壊を狙う,国家権力内の反動分子の策動を未然に防ぐために,警察情報を秘匿するための手段であるデジタル警察無線の傍受・解読をおこなったのである.
日本の警察権力が,かれらの都合のよい情報だけを流して,それがあたかも現実そのものであるかのように宣伝し情報を操作していることに反対するという立場に立つこと―.これが警察無線のデジタル暗号を解読するための出発点なのである.
われわれは,警察権力の情報操作を許さないという目的を実現するために,警察無線の通信方式・暗号解析した.
決して暗号方式の解明それ自体がわれわれの目的ではない.
われわれは,<技術とは,生産的実践において客観的法則性を意識的に適用すること>と,技術を本質的に規定している.
また,対象的認識過程そのものの段階的深化の構造を「現象論―実俳論―本質論」として本質論的に解明する造を間いた武谷三段階論を,下向的認識過程の段階構造の理論化としてとらえ理論的に整理しているのである.
(黒田寛一考『ヘーゲルとマルクス』現代思潮社刊,『マルクス主義の形成の論理』こぶし書房刊P100の図参照,武谷三男著『弁証法の諸問題』勁草書房刊参照).
このような,技術論や認識論における理論的解明を基礎とし,それらをどしどし適用して,われわれは,技術的実践をおこなっているのである.
研究者やマニアらのそうそうたる「専門家」が,デジタル暗号を解読することができないなかで,われわれ革マル派だけが解読できたのは,革マル派の実践的唯物論というすぐれて実践的な理論的武器を適用したからにほかならない.
マルクス主義の思想を基礎とすること以外に現代科学や技術を分析することができないということが,警察無線の傍受・解読というわれわれの技術的実践のささやかな成果にも示されたのである.
------ここまで------
―――『ラジオライフ』 1998年8月号
すげえ自信に溢れた文章だが,当該誌掲載の技術面の追試は未実施.
ウィナ・ツァハル
北朝鮮の労働新聞みたいな文章ですね.これはあの世界特有のものなのでしょうか.
ゲッピー
>日本警察のデジタル警察無線の暗号を純技術的に解読しようとしても
>これは不可能なことは,本誌7月号の拙論でも述べたとおりである.
>われわれが,警察のデジタル暗号を傍受し,解読することに成功したのは,
>この技術的実践に,マルクス主義技術論を適用したからにほかならない.
オカルトの匂いがするぜ…!
zen
>人間労働の本質的な構造をとらえることを基礎として,
というところに,タネ明かしがあるのではないでしょうか.
東部戦線
要するに,警察から製造委託されてたメーカーやその下請けをねらって,何らかの手段で技術資料を盗み出したってところですかね.
たぶんディジタル信号に復調するまでは自力でできてて,ディジタル信号を復号化するために,暗号化アルゴリズムの資料をどっかから調達したんではと思います.
あるいは,ディジタル信号に復調した時点で「解読した」と豪語したかです.
IDA
まぁ,ソーシャルハックは立派なハックですからね.
そこを突かれるようじゃ全然駄目ですし.
ex
講演会に行ってきた方のレポがありました.
http://www.uranus.dti.ne.jp/~yuugeki/maru.htm
デジタル独特の「間引いた」音が聞こえるそうで.
カデンツァ
知り合いの知り合い(ぉ)から聞いた数年前の警察無線暗号のしくみ(所轄系除く)
・暗号化ソフト(?)を定期的に変更,ハード的に書き込み
・さらに定期的に暗号コードを変更(こちらは端末側から変更)
正直,ハード的に突破出来たとしても,定期的に変わる二つの暗号突破はかなり難しいかと思われ…
(不可能とは言わないけど…)
受信機や無線,パトカー盗難に(当然ながら)神経質になっていて,疑いがあると即,暗号コード変更し,数日後にはハード側も変更という手順だったはずです.
なので,定期的に変更される暗号のアルゴリズムをハックしないことには,一瞬だけ読み取れても…という事なのかと.
#あんまり複雑にしても前線の兵士が使いこなせないとアレだし(ぉ
#そんなのわかった上で,公安は生暖かい目で見てるのかも知れないが(笑)
#でもまぁ,知り合いの知り合いなので,ソースとしては「知り合いのCIA」と同じレベルなのかも知れません(笑)
ちくお
> ちくおさん
RL誌によれば,無線機が鹵獲された場合は,外部から信号を送ってROMを書き換えてしまうのだとか.
そうなると旧来のトランシーバというよりは,携帯電話のシークエンスと通じるものがありますね.
(例えば独立後のウィルコムは,遠隔で端末のROM書き換えができるようになっています)
ウィナ・ツァハル
以上,「軍事板常見問題 mixi支隊」より
◆◆成田空港問題
【質問】
いわゆる「成田闘争」に,外国からの支持はあったのか?
【回答】
中国の支持があった(笑)
以下引用.
[quote]
成田空港問題に関して中国は
「成田の戦いは日本を帝国主義から解放することだ.
日本は米帝主義を断固潰す」
とか,革命みたいなことを言っていた
[/quote]
―――森喜朗著『森喜朗 自民党と政権交代』(朝日新聞社,2007/10/30),p.55