c

「WW2別館」トップ・ページへ

「軍事板常見問題&良レス回収機構」准トップ・ページへ   サイト・マップへ

◆◆◆◆◆小銃
<◆◆◆◆歩兵装備
<◆◆◆装備
<◆◆陸戦 目次
<◆太平洋・インド洋方面 目次
<第2次世界大戦FAQ


 【link】

『小銃射撃』(大日本射撃協会編,アルス,1944)

 このアルス文化叢書は,「日本の城」とか「雲」とか「アイヌの生活文化 」とか,写真を中心にした現代にも売っていそうなポケットブックのシリーズですが,この昭和19年発行の一冊は,その名も「小銃射撃」.

 かねがね,ドイツやアメリカなどの軍隊マニュアルに比べて,日本軍の教本は図版が極端に少なく,あっても簡単な線画ぐらいで,むしろ学校教練の教科書の方が写真を多用している傾向が在ると思っていましたが,今回の本は民間用で,更に判り易く軍用小銃射撃を解説していて,「やはり!」と思わされました.

 何と言っても…
 百聞は一見にしかず,なので以下写真をご覧下さい.
faq110516rf.jpg
faq110516rf2.jpg
faq110516rf3.jpg
faq110516rf4.jpg
faq110516rf5.jpg
faq110516rf6.jpg
faq110516rf7.jpg
faq110516rf8.jpg

 何よりも嬉しかったのは,ほとんど当時写真のない,スコープ付き狙撃銃写真が合った事!
 これだけでも大収穫でした.
faq110516rf9.jpg

 いやー,戦争末期にいやだからこそ,こんな本を書店売りしていたかと思うと,まだまだ戦中書籍の面白さは奥が深そうです.

 参考までに昭和12年発行の,「学校教練必携」前編(術科之部)の同様な射撃術ページをご紹介.
 こちらの方が詳しいですが,読み易さは断然,前者の「小銃射撃」ですね.
faq110516rf10.jpg
faq110516rf11.jpg

 ちなみにこのアルス文化叢書は,他にも軍事色濃厚な本を数冊出しているので,それも今後攻めて行きたい所.
 また楽しみが増えました(笑)

――――――よしぞう maro' in mixi,2007/11/25/06:20

 【質問】
 最近復刊した兵頭二十八『有坂銃』ってどうですか?
 著者は毀誉褒貶の激しい人ですが.

 【回答】
 役に立つ情報はなくて,明らかな誤りもあり.
 有坂の功績も過誤も摘出できてない.
 自分の思い入れだけでなんか語っちゃってるだけって感じ.
……ってのが旧版読んでの感想だったな.

 30年式と38式の両小銃が,ボルトアッセンブリーで互換性があるなんてデタラメは直してあるのかね?
 それ以前にダメな本で,データとしても役に立たないから,買う価値はないと思う.

軍事板,2009/12/23(水)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 日本の小銃の弾丸の製造量が知りたいです.

 【回答】
 戦前(昭和14年度)の生産数.

*三八式歩兵銃実包   3億2,633万発
*同空包   5,185万発  
*三八式歩兵銃狭窄射撃実包   1,186万発
*二六年式拳銃実包   129万発
*十四年式拳銃実包   318万発
*三年式機関砲(実包/空包)   2,933万発
*十一年式軽機関砲実包/空包)   2,818万発

 昭和二十年度の調達計画によると,
*九九式普通実包   7,700万発
*九九式普通実包(鉄薬莢)   2億6,000万発
*同空包   1,400万発
*十四年式拳銃実包   2,120万発
*九二式普通実包(鉄薬莢)   4,000万発

名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE : 軍事板,2005/12/11(日)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 旧軍の小銃は一丁一丁手作りで量産に不向きだったといいますが,小銃弾の生産体制はどうだったんでしょうか?

 【回答】
 ほぼ,陸軍兵器廠の第一陸軍造兵廠第1製造所で一手に作られていましたが,関東大震災後に九州小倉に陸軍造兵廠の分工場が作られ,こちらでも銃弾が製造されています.
 一般に造兵廠自体は,最先端の生産設備を導入し,その技術は高いものでしたが,量産技術は余り高いものとは言えず(それでも,民間に比べれば遙かに高い),戦時中も,前線からの要求を満たすことはありませんでした.

眠い人 ◆gQikaJHtf2 in 軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 日本陸軍式の小銃の射撃の構え詳しく教えて下さい.

 【回答】
●立射:
 頭は垂直に保て.照準したら,床尾板の位置を,肩と頬につけ固定する.
 この際,あまり肩を上げ下げすると,照準が狂うばかりか,かえって身体を疲れさせる.
 また,銃を構えたとき,右手を緩めたり,床尾板の位置を動かさないこと.
 両足は肩の幅くらいに開き,右肘は凡そ肩の高さに,左肘はなるべく垂直におろした形がよいが,これに拘って,あまり垂直に位置すると,肩が張って銃を構えたときに困難になる.
 各自,体格によって位置を考えること.
 構えたら銃は目標に向けること.

●膝射:
 頭の位置は自然に,臑と肘の突出部を合わせ,状態を真っ直ぐ保つため左足,及び左手の位置を前後して疲れを極力抑える.
 しかし,掌は銃床に必ず密着していること.
 銃把はしっかり握り,人差し指の第二節あるいは第一節根を引き金に掛けること.
 右肘の位置は大体肩の高さに保つことが望ましい.
 左肘と左臑は,なるべく垂直に保つことが望ましいが,あまり無理をすると,肩が張って上体のバランスが崩れるので要注意.
 肩の方向(位置)は場合によって動かしても良い.

●伏射:
 左肘の位置は,肩に無理な負担が掛からぬように,両肘の間隔は,各自の体格によって異なっても,凡そ肩幅に等しい位置が理想的で,銃を構えたとき,あまり窮屈にならぬように少し前の方へ置く.
 また,上体の重みが両肘に均等にかかる位置に置くこと.

眠い人 ◆gQikaJHtf2 :軍事板,2005/12/16(金)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
「アメリカ軍は日本軍の狙撃兵に苦戦したので,戦後に狙撃銃の開発に力を入れた」
と書かれている本を見たのですが,そんなに日本軍の狙撃兵は凄かったのでしょうか?
 日本軍狙撃兵に関する本を見たことがないので,気になるのですが,ホントなのでしょうか?

 【回答】
 狙撃銃の開発ではなく,スナイパーの育成に力を入れたということはあります.
 それですら,ベトナム戦争が始まってからのことです.

 伝統的に平時の軍隊は予算が削減されるので,真っ先にやられるのがスナイパー部隊でした.
 WW1中に組織された部隊も,終戦と同時に解隊.
 WW2の最中に改めて編成し,終戦とともに解隊.
 朝鮮でまた再編して解隊.
 ベトナムで再編成という歴史を歩んでいます.
 恒久的なスナイパー部隊ができたのは,ベトナム戦争からなので,狙撃銃の開発に力を入れたというのは,ちょっと語弊があるでしょう.

 名前は忘れましたが,昔からスナイパーに使われているライフルは,レミントンの物で,海兵隊ではベトナム戦争中に使われたモデルを,現在でも使用していると,TVでやってました.
 開発が進んだのは,むしろスコープの方でしょう.
 あとは12.7mmの,対車輌用のスナイパーライフルです.

 日本の狙撃兵が特に凄かったかどうかは分かりませんが,南洋のジャングルという戦場であれば,スナイパーはかなり効果的であったのでしょう.

軍事板,2001/07/03(火)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 フェデロフの自動小銃が日本軍には見向きされなかったのは何で?
 弾丸の在庫が切れたくらいだったら,買うか自前で作ればいいと思うのですが.

 【回答】
 シベリア出兵でガチに殴りあった奴から,弾買うのって非現実的だと思うけど.

軍事板
青文字:加筆改修部分

 元々鹵獲した弾薬を使い切ったら廃棄する予定だった事と,当時としては低威力の弾薬は主流足りえない,と判断したからです.
 これは終戦後に同じような試行錯誤をアメリカが辿った様に,威力と携帯性とが相反する性能要素です.

三等自営業 ◆LiXVy0DO8s in 軍事板
青文字:加筆改修部分

 また,当時の戦術としては近距離なら短機関銃で事足りるし,遠距離なら軽機のバックアップがあればいいと思われていた.
 先の大戦で生まれた浸透戦術も,まだ模索段階で,その真ん中くらいの突撃銃は中途半端な存在として扱われた.

 後,この開発者のフェデロフは反革命的な言動が目立つ人で,投獄された事があることも悪影響があるかと.
 飛行機でも確か開発者が反革命的云々で投獄されて,陽の目を見なかった奴があったと記憶してる.

 ※ ベルクマン短機関銃が第一次大戦で使用されてるね.
 短機関銃+スコップの組み合わせの効果は脅威だったが,その時の攻勢が失敗だった為,ドイツでは省みられなかった.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 何故日本は太平洋戦争でも,明治時代の銃が制式小銃(失笑)なのですか?
 そして何故通用したの?

 【回答】
 1942年以降のアメリカ以外,どこも,多少は改良されてるが,同じ時代の小銃ですが.

英:リー・エンフィールド 1895〜
独:Kar98k 1935〜 (Gewehr 98 1898〜 の派生型)
仏:ルベルM1886 1986〜 ベルティエM1916 1916〜 MAS36 1936〜 (三種混用)
米:スプリングフィールドM1903 1903〜 M1ガーランド1936〜 (本格運用は1942〜)

軍事板,2010/08/16(月)
青文字:加筆改修部分

 銃弾の性能は,この100年,殆ど進歩していませんし,自動火器の基本的なメカニズムも100年前にほぼ完成しています.
 明治時代の設計である三八式小銃も,その弾薬の設計思想は紆余曲折を経て,現代小銃の理想的な弾薬として考えられて居ます.

 ついでに人間のやることも,この4000年,ちっとも進歩していませんから.
 ご自分の視点で言うと(失笑)どころの騒ぎではありませんね.

三等自営業 ◆LiXVy0DO8s in 軍事板,2010/08/16(月)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 他の列強国がいずれも8mm弱の小銃を装備していたのに,日本の三八式歩兵銃は何で,6.5mmなんて小口径を採用したのでしょうか?

 【回答】
 三十式歩兵銃の以前に用いられていた村田式連発銃は口径八ミリでした.
 しかしこの銃は弾倉がチューブ式で再装填に手間がかかったために,砲兵大佐有坂成章が中心になってモーゼル銃に範をとって開発されたのが,三十式歩兵銃(改良型が三八式歩兵銃)です.
 このとき6mm/6.5mm/7mmの各口径の弾薬がテストされましたが,最も良い成績を収めたのが6.5mm小銃だったために6.5mm弾薬が採用されました.
 またこの時,砲兵会議議員だった井口省吾大佐は「残酷な殺傷は人道にそむき,敵兵の戦闘力を奪えばそれで十分」と主張したことも6.5mm弾薬の後押しになっています.

 ところが,日露戦争で彼我の負傷兵の回復度に差がつき,ロシア兵のほうが回復が早い(6.5mm弾の破壊力が低い)ことが明らかになってしまいました.
 そこで7.7mm弾の研究が始まりましたが,機関銃の発達により歩兵の遠距離射撃が減ったと判断されたのと,携帯弾薬の増加の必要から6.5mm弾が継続して使用されたのです.

 三八式の6.5mm弾は,2000m離れた軍馬を撃ち殺せるほどの威力があり,対人戦闘なら威力は十分でした.
 しかし,車両が発達し戦場に多数登場するようになると,6.5mmでは軽いため,パンチ力に欠けると思われるようになりました.
 そのため7.7mmに移行しようとしましたが結局,戦争後期の混乱に拍車をかけるだけだったと言えるでしょう.

名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE他


 【質問】
 三八式歩兵銃って,かなり質が悪いと言うのがよくTVとかで言われてますが,どのくらい悪いものなのですか?

 【回答】
 質が落ちたと言われるのは,戦時生産の九九式小銃の事だと思われ.

 三八式の短所
・長い:湿度や温度の変化で銃身が曲がりやすい.しかしこれは,別に日本に限った事じゃない.

・古い:これは何処も一緒.同時代のモーゼルやモシンナガンはもっと古い.

・他国の7.62mm〜7.92mmに比べて口径が小さい.:威力と命中精度の影響が出る

・完全な統一規格じゃない:一丁ずつ職人が仕上げる銃だから,精度に大きなムラが出て,生産性にも影響が出る.九九式小銃では完全に統一規格になる

 長所
・工業技術が未熟な日本でも生産できるように,当時でも単純な構造だったモシンナガンより更に単純な構造になっている.

・当たりを引くととんでもない精度が出る.まあ運次第.

 【参考サイト】
 http://taka25th.cathand.com/newpage224.htm

(画像掲示板より引用)


 【質問】
 三八式歩兵銃は名銃か否か,軍板の皆さんのご意見を頂戴したいです.
 亡くなった祖父(逓信省から無線兵に.一発も実戦で撃たず)が酷評していたので.
 とにかく重くて長くて扱いにくいと.
 祖父の体格は身長162センチの中肉中背.当時の日本人としては標準に近いかと思います.

 【回答】
 明治の設計の銃なので,工場での大量生産に向いていないなどの問題を除けば名銃です.
 他国の小銃と比べても特段重いということはなく,口径は小さく比較的長銃身ですが,それを改善した九九式短小銃より,兵の中には命中精度の高さから,三八式を好む評価も少なくありませんでした.
 極々一部のとても良く出来たヤツは,欧州の狩猟家に愛用されていたりもしますよ.
(職人お手製なので,稀にそういうのが出来た)

 当時の日本人男性の平均体格からすれば,着剣した三八式は長くて重いものであったかも(160cm/4.1kg).
 ただ,旧軍は銃剣突撃の白兵戦を主眼に据えていましたから,長くなるのは仕方ありません.
 もっとも,銃剣突撃が半ば無意味化されかかってる時代になっても,そのまんま使い続けてたのは大きなマイナスでしたが.

 また,三八式は当時の小銃の中ではKar98と同等と,比較的軽い部類に入り,ロシアのM1891,イギリスのリー・エンフィールドなどの方が幾分重くなっています.

 そして銃というのは軽くすればするだけ,射撃時の反動でぶれ,命中精度が落ちてしまいます.
 理想的な精度を持たせるには最低限これだけという重量があるので,無策に軽くすればいいというわけにはまいりません.

 弾の設計に現代のような工夫がなかった時代,「威力」は弾の重さと速度(の自乗)で決まりました.
 そして有効射程も弾の重さと速度(厳密には初速と「弾の重さ÷弾の前方投影面積」で決まります.
 累常数が違いますので,威力と有効射程の調整余地はありますが,反動を含めた実用性を考えますと,余地は限られます.
 貫通力も威力のうちに数え出すと,有効射程と威力はほとんど比例してしまいます.
 そもそも「有効射程」の定義は「威力」込みです.
 「日本人の体格に合わせて」軽く(=威力を低く)短くしたら,列国の軍隊と戦った時に不利になってしまいます.
 戦車がそうであったように,他国の軍隊と他国の土地で戦うことを考えると,自国民の体格に合わせることを第一にはしてられない,というのは止むを得ません.

 それでも基本的な方針として,小口径(軽弾重)高速で行くか,大口径(重弾重)低速で行くかという選択はあり, 前者の方が銃の重量を節約しやすく,反動も比較的マシになります.
 三十八式は前者の選択をしており,十分に最適化の工夫はされています.
 6.5mm弾薬は反動が少ないために,全自動射撃を行うアサルトライフルにも使用できると言われており,あれ以上威力を落としたら,当時の比較的距離のある戦闘では役に立たなくなったでしょう.

 ちなみにどこの国の軍隊でも,身体がでかいアメリカ軍でも,装備,特に常時手に持ち肩にかけてる銃を,「重い」と不平垂れない兵隊はいません.
 人間とはそういうものです.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 大東亜戦争で日本軍が使っていた三八式歩兵銃の性能は,他国のと比べてどうなんですか?

 【回答】
 手動連発式のボルトアクションライフルとしては標準的なもの.
 ただ,工業技術力の限界から安定した品質のものを量産できてなかった,という問題があったが.

 あの当時,自動連発式の歩兵用火器を広く装備できてたのはアメリカくらい.
 それは当時の戦闘形態では,小火器で弾幕張る必要性がさほど認識されていなかったこと,当時の兵站では多量の弾薬消費を支えきれなかったことなどの事情があり,アメリカが単に例外.
 日本も含めて,弾薬の生産と補給体制が,莫大な弾薬消費を支えられるような国はアメリカくらいしかなかった.

 ソビエトは「とりあえず撃ちまくるだけなら訓練をほとんどしなくていい」という理由で,イギリスは「緒戦の敗退で大量に装備をなくしたから」という理由で,機関短銃を歩兵用の火器として大量生産して装備したが,これらは拳銃弾を使うので威力・射程共に劣っている為,単純に比較できない.

 まぁ日本は機関短銃の全面導入という面では他国に激しく遅れてたが・・・.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 旧日本軍が使用してた38式小銃って,当時はどれくらいの評価だったのでしょうか?
 例えばベトナム戦争ではM16より,敵兵が持ってたAK47を米兵が使ってたり,イラクでも同様の事が起きてるそうですが,米兵からも評価が高かったりしたのでしょうか?

 【回答】
 ベースの三〇年式が,ロシアの小銃を性能面で上回っていて,日露戦勝の要因とされ,開発者の名をとってアリサカライフルと呼ばれ有名になったほどで,それに改良を加え,実用性を高めた三八式の評価も高かった.

 高初速で反動の少なく,小銃を使用する競技には使用禁止とされるなど命中精度が高く,優秀な小銃ではあるが,口径が6.5mmということで殺傷能力が比較的低く,また構造上量産に向いていなかった.
 それらを改善したのが後に更新された九九式小銃だが,これは戦後にキングオブボルトアクションと評価された例もあるように,乱造の不良品でなければボルトアクションとしてはかなりの代物となった.

 ただし下手に敵を殺すより負傷させたほうが効果的なことと,口径が増えたことで反動も増し,命中精度が落ちたことで,兵の間では三八式の方を好む声も少なくなかった.

 よくアメリカの自動小銃と比べて叩かれることがあるが,当時の小銃というのはドイツもソ連もイタリアもイギリスも,もっと古い19世紀の設計の小銃を使っていたわけで,自動小銃を兵に行き渡らせていたのはアメリカだけと言う事を考えれば,そこまで悪し様に言われるほどのものでもない.
 WW2当時としても,小銃としてはそれなりのものだった.
 銃器マニアや研究者方面には,現在もそこそこ評価を受けている銃だ.

 それ以降の小銃の進歩によって,連合軍側の装備に性能面で差を付けられていったが.

 まあ現代の評価では,どちらかというと使用弾薬の方の評価によって,38式本体も評価がされているという面も大きい.

軍事板,2008/12/11(木)
青文字:加筆改修部分

 米軍の場合,潤沢に武器弾薬が供給されたので,鹵獲兵器を大々的に使う事はなかった.
 兵士が拳銃や軍刀を集めたのは戦力としてより土産として.
 アリサカライフルは反動が少なく扱いやすい,発砲炎や音が小さく見つかりにくいといったメリットはあったが,わざわざ米製の兵器を捨てて使うほどのものとはとられてなかった.少なくとも一般的には.

 鹵獲されたアリサカライフルは,やはり土産としてそれなりの数が本国にわたり,狩猟用などに活用されたという.
 まあ独製火器も優秀な割には,大々的に鹵獲使用されなかったわけで,こんなものではないかと.
 チェッコ機銃やAKの耐久性ぐらいのアドバンテージがあれば,兵器体系に組み込まれたりするけどさ.

モッティ ◆uSDglizB3o in 軍事板,2008/12/11(木)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 日米両軍の小銃,M1ガーランドと38式とを比較すると,どんな優劣がありましたか?

 【回答】
 ガーランドは,WW2当時としては先進的なシステムを持った優秀な自動火器であり,現在でも生産・販売が続けられています.
 一方38式は,昭和16年にすでに生産が停止された(異説もあり)旧式な手動式の銃で,パーツの互換性も十分でなく,威力の面でもガーランドに劣っています.
 38式と比べての,ガーランドの不利な点といえば,せいぜい,途中で追加の装弾ができないことと,射撃後にクリップが飛ぶことくらいでは?

 当時の現場の兵隊さんの話を読んでも,自動火器を羨ましがる記述は多くありますが,38式の方が優れているなんていう記述は,ついぞ見たことがありません.
 また,日本はM1ガーランドのコピーを行っていますが,これはガーランドが38式以上に優れた兵器であることの証拠になるでしょう.

 そもそも,日露戦争後すぐの明治生まれの銃と,その30年もあとに生まれた銃を比較すること自体,ナンセンスでありますが.

極東の名無し三等兵◆5cYGBbCsjQ in FAQ BBS

 そういえば皇軍はトグルアクション型の自動小銃も試作していたなぁ…
http://www.carbinesforcollectors.com/pedersen.html

ウィナ・ツァハル in FAQ BBS


 【質問】
 三八式歩兵銃の有効射程が2500mだそうなのですが,現代アサルトライフルの有効射程が600mとかなのに,5.56と6.5mmの違いを考えたとしても長すぎませんか?

 【回答】
 まず,両者の有効射程の概念が,微妙に異なる為に,このような差がある訳ですが.
 三八式歩兵銃の有効射程は,狙撃銃として運用したり,小隊単位での制圧射撃で有効な弾幕を張れる,最大の距離としての「有効射程」です.
 一方,現代自動小銃の場合,確実に狙って当てられる距離を持って「有効射程」とします.
 ですから,5.56mm弾で有効な弾幕を張れる距離はおよそ最大1000mとなり,三八式実包の狙って当てられる距離は1500m程度で,実質的な性能差はこのようになっています.

三等自営業 ◆LiXVy0DO8s in 軍事板,2009/07/02(木)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
無線が「銃の御紋章を消せ」…終戦を実感
2010年8月15日19時56分配信 産経新聞


 ソースが産経とか言っちゃだめなんだが,菊の御紋章を前線部隊が武装解除前に削るというのはありだったのかな?

2010年08月16日 06:54,ゆずこせう

 【回答】
 長門艦首の御紋章を外して燃やした,と「軍艦長門の生涯」にあったような.
 運用長か内務長の独断だったとのおぼろげな記憶.
 木製の金箔張りなんだけど,接収前に夜陰に紛れて燃やそうとしても,なかなか燃えなかったとかなんとか.

2010年08月16日 12:43,ぴぴ

 コレクターの手に渡っている銃の多くが,菊紋に○の打刻をして菊紋じゃないようにしたり,削ったりしたのが大半で,菊紋が残っているのは高く取引されているという話を聞いたことが.
 引き取ったアメリカ軍がやってないとしたら,接収前の部隊しかないですね.

2010年08月16日 13:15,クローム・ツァハル

以上,「軍事板常見問題 mixi別館」より
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 旧軍の38式歩兵銃はほぼ職人の手作りだったため精度の高いものがあり,それらが今現在でも狩猟用に使われていると聞きましたが,今でもその38式用の保守部品などは作られているのでしょうか?
 また,いくら当初の精度が高くとも,使用の経過で部品が摩耗し,また部品を交換する事で精度が落ちてしまわないのでしょうか?
 さらに,今現在において,現代の狩猟用小銃と比べてわざわざ38式を使うメリットは存在しているのでしょうか?

 【回答】
 38式歩兵銃の威力は,鹿などの中型の獣に対して適当な威力を持ち,また反動も小さい為に扱い易く,狩猟用として人気が有りました.
 なのでごく最近まで6.5mmJAP弾が製造されていました.
 部品に関しては,破損した場合にはガンショーなどで現物を確保して部品取りするか,ワンオフで製造するしかなく,また部品取りする場合でもガンスミスによりフィッティングが必要でした.

 弾薬の威力としては前出の通り,扱い易く適切な威力で,何よりその弾道性能は現代でも良好な部類です.

 余談ですが,各国の次期主力小銃の弾薬の候補として6.5mm〜6.8mm口径の弾薬が上がっており,ある意味で先見性のあった設計であった,とも言えます.

三等自営業 ◆LiXVy0DO8s in 軍事板
青文字:加筆改修部分

 まあ,「先見性」云々はジョークでしょうが.


 【質問】
 99式小銃は,どの程度いきわたってたでしょうか?
 一部の師団しか行き渡らずに,38式装備の部隊と前線で混在して,弾薬補給に混乱をきたしたと聞いてるが.

 【回答】
 九九式小銃の量産は太平洋戦争開戦とほぼ同時期の昭和16年頃に立ち上がり,昭和17年以降は年間50万丁〜100万丁規模の量産が行われています.
 九九式の量産開始と前後して三八式歩兵銃の生産はディスコンになっています.
 例えば昭和18年の1年間だけで,三八式の生涯生産数を越える数の九九式が生産されており,太平洋戦争中に使用されたのは圧倒的に九九式の方が多いのです.

 三八式から九九式への転換は基本的に師団単位で実施されており,例えば関東軍を引き抜いて南方へ投入する際に転換したり,師団の再編成に同期して転換したりと,陸軍補給廠としても異口径の小銃が混在しないよう,一応の配慮はしていたようです.

 しかしながら,昭和18年以降は海上輸送そのものが途絶するという事態が頻発するようになり,南方の島々では,九九式を受領することなく玉砕してしまった師団も少なからずありました.

 小銃の口径を変更するという決断を,開戦とほぼ同時期に着手したために,現場での転換作業はかなり混乱しましたが,それでもまだ機関銃に比べれば小銃はマシな方なのです.
 九九式実包を使用する九九式軽機関銃の量産は,九九式小銃ほどスムーズには立ち上がっていませんし,一式重機関銃に至っては量産すらされていません.
 その結果,最前線では小銃(九九式実包,7.7mmリムレス,弱装弾),軽機(三八式実包,6.5mm),重機(九二式実包,7.7mmセミリムド,強装弾)の間で使用する実包が異なる……という,何と形容してよいのか分からないような事態も現出したわけです.

軍事板,2005/08/21(日)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 九九式歩兵銃は三八式の単なるボア・アップ版と考えてよいのでしょうか?

 【回答】
 九九式は,三八式に比べ,口径増大に伴う所要の改修と,製造の簡易化に主眼が置かれています.
 口径以外の変化としては,
・全長が1276ミリから1118ミリに
・照準具が対空射撃可能なものに
・折りたたみ式の単脚が付く
なんてのが主なところです.


 【質問】
 九九式小銃の実包(実弾)って,九九式軽機関銃や九二式重機関銃と互換だったのでしょうか?

 【回答】
 九九式に使用するために開発された実包は二種類あり,九二式普通実包は,セミリム付で13.2g.
 これは主に九二式重機関銃に使用されていますが,九九式小銃,九九式軽機関銃では使用不可能です.
 九九式普通実包はリム無しでこれより軽く,11.8g.
 この弾薬は九九式小銃,九九式軽機関銃は基より,九二式重機関銃でも使用可能でした.

 7.7mm実包は,92式と97式,99式,4式の4種類があります(普通実包の場合).
 92式重機は,3種すべての弾薬が使用できますが,それ以外の7.7ミリ銃は,99式と4式しか使用できません.

 92式重機で,92式実包以外を使用すると,若干性能が低下します.
 他の2種の弾薬は,装薬が減らされているためです.

軍事板

 九七式は,九七式車載重機関銃用のものです.
 九七式車載重機関銃は,試作時は九二式実包(セミリムド)を使ったのですが,第4次試作品の時点で,第3次試作品より弾倉機能が不良だった物を当時,完成していたリムレスの物で試したところ,良好な成績を示したので,九二式を無起縁に変えた実包をこの銃用としたそうです.
 銃自体も無起縁に適合させたので,半起縁の九二式は使えなくなったようです.
 つまり,昭和十二年の時点で九二式実包とは別に九七式実包が存在します.
 詳しくは,佐山二郎著「小銃拳銃機関銃入門 日本の小火器徹底研究」(光人社NF文庫,2000.9),p.360〜362,405〜406等参照してください.
 余談ですが,同書によれば九九式実包の薬莢と雷管は九七式と同じだそうです.

 他の本でもこの名前は出てきます.
 ただし,九二式実包でもリムレスなものが存在するようですので,もしかするといつの間にか名称が無くなって,実質的に九二式を置き換えたのかもしれません(謎)

 もっとも,オリジナル7.7mm弾で実射している(どうも欧米互換品だと横転弾がでるそうで)Peterさんは,九二式のセミリムドを加工してリムレスにして撃ったことはあるけど,無起縁九二式の存在は気づかなかったそうです.
 本人,反動,気にならないそうで(アメリカ人),鈍いからといってます.
(しかし,ネット上の他の記述に比較すると無事に使えてるのも凄いかも,掲示板上の日本語での会話なので,全てを伝えてきていない可能性もあり)

 なお,アメリカでもオリジナルの薬莢に合う雷管が入手出来ないため,薬莢の再利用は出来ないようです.

 ただ,ネットの掲示板でお話ししながら得た知識ですので公式な物ではありませんが,「しゅんじ」さんの所の掲示板
http://6202.teacup.com/shuntachi/bbs
で,以前,Peterさんという,日本製小銃をコレクションして実射しているという方(仲間を含めて,コレクションの一部は津野瀬氏の本の写真にも使われているとか)の話では,槓桿操作を手早く(勢いよく)行えば大丈夫と書かれてました.
 また,内部を一カ所?削れば使える(けどやらない)とも書いています.

部外者 in FAQ BBS

▼ 旧軍の7.7mm弾の件で九七式と九二式の関係についてですが,こういうキャッシュをみつけました.

 アジア歴史資料センターにあるそうです.
・九二式重機関銃外1点弾薬中改正の件 【 レファレンスコード 】 C01001857200

部外者 in FAQ BBS


 【質問】
 戦争末期の九九式小銃の精度は,どの程度だったか?

 【回答】
 戦後,それを再使用した自衛隊の検査によれば,まともに動くものは殆どなかったとか.

◇   ◇   ◇

 先日,光文社NF文庫に「幻の自動小銃」という本が収録されたので,早速買って読んでいます.
 戦時中の九九式小銃製造の話から,旧陸軍のピターゼン自動小銃を基にした自動小銃の開発,ガーランドを基にした旧海軍向け自動小銃(ぉぃ)の試作と言った話から説き起こし,その技術と経験を生かし,尚かつ各国の技術を基に,自衛隊最初の自動小銃である六四式自動小銃を開発していくお話です.

 警察予備隊から自衛隊になるまで,米国のM1自動小銃を供与されたのと共に,韓国に渡して,「こんなんいらん!」と突き返された旧陸軍の九九式小銃改悪版なんてのを当時の自衛隊員は使っていた訳で.
 試作銃や平時では非常に精巧に作られていた九九式小銃も,数が必要とされる戦争末期の日本では,兎に角一発弾が出れば良い,一丁でも余分に欲しい,と言う軍部からの要請の下,どんどん機構が簡略化され,どんどん精度が悪くなり,更に空襲などによる物資不足やベテラン工員の不足からどんどん工作も悪くなっていく有様.

 それが大量に余ったから,朝鮮戦争で小銃が必要となった米軍は,その九九式小銃に目を付け,米軍の弾薬が使えるように改造して,韓国軍に供与した訳です.

 元々,日本の弾薬は米国のそれよりも威力が小さかったのに,この改造のお陰で,バランスが崩れてしまい,5発撃てば肩が反動で腫れると言う恐ろしい銃になってしまいました.
 これでは恐ろしくて使えないと,韓国軍は米軍に返還し,それが回り回って自衛隊に再供与されました.

 しかし,案の定此処でもクレーム続出.
 槓桿を押して閉鎖しただけで発射して掌を負傷したとか,安全装置を掛けていても引き金に触れると発射したとか,射撃中に銃身が割れたとか….

 そこで,1961年に500丁のそれを再検査することとなりました.
 結果,尾筒の合格数は僅かに2個.
 遊底,撃針,安全子の合格数ゼロ.
 撃針止バネの合格数37.
 組付け状態での合格,ゼロ.
 逆鈎の機能で合格したものは126….

 この報告を聞いた陸上自衛隊は,即刻,これらの小銃の射撃禁止措置を取り,スクラップにしたのだとか.

 戦中や戦後の工業史と言うのは,民間技術については,先日終了したプロジェクトXの様に,絵になるからか,良く取り上げられます.
 しかし,軍事技術というのは,この国の戦後の来し方の所為でしょうか,殆ど表に出ません.
 しかも,良かったことや誇れる技術については色々と取り上げられていますが,この本の様に,失敗したケースとか技術的思索の流れという面から述べた本というのは,最近でこそ,ぼつぼつ出てきていますが,未だ中々表に出ません.
 失敗例や試行錯誤の過程こそ,本質を見極める要諦ではないかなと思ってみるのですが….

 成功した話の方が語る方も心地良いんだろうなぁ.

眠い人◆gQikaJHtf2 in mixi


 【質問】
 太平洋戦争末期に日本軍部は,本土決戦にそなえて民間人に竹槍や毒矢を供給して米軍に対抗するつもりだった事は有名ですが,博物館等にあった火縄銃や,スナイドル銃等の骨董品を,本土決戦に備えて供給する計画はなかったんでしょうか?
 少なくとも,竹槍よりかははるかにましな気がするんですが?

 【回答】
 実際本土決戦に備えて火縄銃を持ち出そうとしたという話はある.

 また,マタギから村田銃を徴発して,旧式銃(火縄式)をあてがってもいる.
 しかも火薬の供給が絶たれた上に,上納する獲物の数は減らされなかった
 黒色火薬では射程距離が短くなるため,少しでも威力向上させるための火薬の製造に苦心したという話が残っている.

 ただ,スナイドル銃みたいなのは, 戦前に泰平組合が海外に売っ払ったから,それほど数が残ってなかったのかもしれん.
 泰平組合結成以前にも,いらない銃は結構中国なんかに密輸していたようだし.

 旧式銃以外では,軍が研究していた兵器に「国民簡易小銃」というのがあった.
 「藤田兵器研究所」で検索して,そこの「歩兵兵器研究部」の「小銃」っていうコンテンツの下の方を見てみよう. 悲しくなってくるぞ.


 【質問】
 じいちゃんが中国戦線に居た時,三八ではなくモーゼルM712?を装備していたと言っていたのですが,日本軍が支給した事はあったのでしょうか?
 モーゼルにとても詳しく,どうやら本当らしいのです.
 戦利品とも考えられるのですが・・・.

 【回答】
 鹵獲品を再配布で支給されたり,個人的に調達した例があります.
 全自動切り替え式のM712ではなく,C96等の半自動モデルが大半でした.

三等自営業 ◆LiXVy0DO8s

 中国軍(中華民国軍)はモーゼル拳銃を制式装備にして大量に導入していたので,日本軍は捕獲兵器として大量に入手した.
 戦利品を個人的に持ってる将兵もたくさんいたし,部隊によっては,集めさせた銃と弾薬を武器係に整備させたあと,改めて部隊の将兵に配備して装備させたりしている.

 付け加えると,中華民国の各軍閥はモーゼル・ミリタリーがいたくお気に入りで,勝手に自前の兵器工場でコピー生産したりしている(当然,無パテントの海賊版).
 特に元祖のモーゼルC96を,スペインのアストラ社がコピー生産してフルオート機能を追加したものが好まれて,これを各軍閥が自前の工場で大量に作って使用していた.

 で,海賊版がガンガン作られてるのが気に食わない(というか,大損害だよな)モーゼル社は,自社オリジナルでフルオート版を開発,中国市場に送りこ込んだ.

 モーゼル製の正規品だけでもセミオート型が10万丁以上(20万丁とも30万丁とも), フルオート型が11万丁余り中国に販売されていて,これに海賊版を含めると,それこそ天文学的な数のモーゼルミリタリーが中国大陸で使用されていたと見られる.

(画像掲示板より引用)


目次へ

「WW2別館」トップ・ページへ

「軍事板常見問題&良レス回収機構」准トップ・ページへ   サイト・マップへ