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◆◆◆戦艦
<◆◆装備(艦種別)
◆海事関連
アジア・太平洋方面 目次
<第2次大戦FAQ


 【link】

『戦艦大和設計と建造』(松本喜太郎著,ダイヤモンド社,2006.11)

『戦艦大和』(平間洋一編,講談社,2003.5)

『大和型戦艦(3D CGシリーズ)』(松野正樹他制作,双葉社,2007.1)


 【質問】
 例えば戦艦大和等がその主砲を撃った時,砲声はすさまじいものでしょうが,その砲声は,艦内ではどの程度聞こえるものでしょうか?
 主砲や艦橋の中にいる人が聴覚障害になったりしますか?(密閉された砲塔や艦橋にいる場合)
 また,艦底部の機関室辺りまでも砲声ははっきり聞こえるものでしょうか?

 【回答】
 音は,艦内にさえいれば大したことはなかったようです.

 大和,武蔵の元乗組員による回想では……

 主砲発車前にデッキにブザーが鳴ります.
 これによって露天の配置にいる乗組員は艦内に待避し,爆音と爆風を避けます.
 しかし,ブザーが鳴るというのは,主砲の発砲が指揮所による統制下にある場合のみで,武蔵が主砲指揮所をやられ,各砲がめいめい勝手に発砲したことがありました.当然,ブザーは鳴らなかった.
 そのときデッキにいた乗組員は,あるものは鼓膜が破れ,爆風でなぎ倒され,最悪吹き飛ばされて海中に落ちた者もいたそうです.
 音のすさまじさよりも,爆風による被害が大きかった.即座に主砲発砲を停止しました.

 これを逆に言えば,艦内にいればこれらの被害には遭わなかった,ということでしょう.
 ただし,艦橋などの開口部の多い配置の場合,何らかの対策をしなければならないでしょうが,これについては寡聞にして分かりません.
 戦艦長門の実例では,艦橋トップに露天状態で人がいた場合,どうなるか実験したことがあります(将校による志願).
 このときは着ていたカッパが爆風で引きちぎれましたが,鼓膜などは大丈夫でした.もう二度と同じ事はしなかったようですが.

 音より,問題は爆風だったようです.以下は『戦艦入門』(光人社刊,佐藤和正著)よりの引用.
「戦艦の巨大な主砲を発砲すると,砲口から伝わる爆風は想像以上のものである.
 もし物陰にかくれていないで直接この爆風を体に受けると内蔵はおしつぶされ,体は空中にふきとばされて即死するほどである.
(中略)
 爆風の威力はたとえば,人間の意識が一時もうろうとなるときは,一平方cmあたり1.16kgの圧力がかかった場合である.
 ところが,46cm砲一門を発射したときの圧力は5m離れたところで一平方cmあたり10kgの圧力がかかる.三連装で斉射すると20kgになる.
 これでは人間はおろか,カッターや飛行機など,艦上に搭載されたものは全て破壊されて,あとかもなく飛び散ってしまう.
 爆風の圧力に対して,人間が耐えられるのは,一平方cmにかかる圧力が0.5kg以下の場合である.
 この数値にたっする距離まで避難していれば無事だが,46cm砲の単装発射でさえ,砲口から50m離れていなければならない.三連装の一斉射撃では77.5mを要する.
 つまり「大和」型戦艦の艦上では,爆風が全艦を覆い,これから逃げる場所はないということになる」

戦艦「アイオワ」の主砲斉射 海面に大きく広がる爆風圧に注意


 【質問】
 日本の戦艦について質問です.
 長門級,扶桑級,伊瀬級,金剛級に共通してみられる副砲ですが,WW2において廃止等の検討がされていたのでしょうか?
 また,防御上問題とならなかったのでしょうか?

 【回答】
 伊勢,日向に関しては,航空戦艦への改装時に構造物追加の代償重量として,副砲が全部撤去されています.
 同様に,扶桑,山城についても,航空戦艦に改造が検討された際,副砲撤去が考えられていました.

 防禦に関しては特に問題にはされませんでした,
 金剛なんかだと寧ろ副砲の撤去は攻撃力の低下に繋がると言うことで,検討されませんでした.
(平時が続いて,戦艦の改装が行われれば,代償重量の点で副砲の撤去が進んだかも知れませんが)

眠い人 ◆gQikaJHtf2

 なお,ケースメイト式に限らず(もちろん砲塔式の方が防御上は有利)副砲の防御と言うのは結構難しい .
 各国戦艦の副砲配置と弾庫の位置なんかを見てみれば結構面白いぞ.

現存する,「陸奥」副砲付け根 撮影:ベタ藤原


 【質問】
 当時の戦艦の対地攻撃能力は,空母と比べてどの程度だったのか?

 【回答】
 アイオワ級の16in用HC榴弾の炸薬量は500ポンド徹甲爆弾の炸薬量と変わりません.GP(汎用)爆弾の方だと,もっと多いでしょう.
 全弾射耗したってエセックス級の艦載機の2派と同じです.
 陸に16in徹甲弾でしか,貫通できない防御陣地でも構築されてれば別ですが,その場合でも重爆の高高度爆撃で問題無いでしょう.

軍事板


 【質問】
 何でドイツの戦艦には魚雷発射管がついてるに,日本の戦艦には付いてないの?

 【回答】
 ついてたよ.日本海軍では役に立たないから廃止した.
 米戦艦と巨砲でドツキあうための艦に,危険な爆発物の固まりをヴァイタルパート外に大量搭載するのは超弩級的な阿呆だと思わん?

 酸素魚雷なら「届くことは届く」が,戦艦主砲の砲戦距離で使用したら,命中はほとんど期待出来んのは明らか.
 魚雷は高いんだ.家が数軒建つ.

 艦艇とは,艦隊の中で果たす役割があって,その能力が規定される.
 単艦で出撃するなんて考えないのが,まともな海軍の考え方.


 【質問】
 金剛級戦艦の近代改装時に他の同型艦は簡単に穴があくのに,イギリスで建造された金剛だけが頑丈で,なかなか穴があかなかったという話を聞きましたが,この頑丈さの違いは鋳造と溶接の違いでしょうか? あるいは金剛だけ特殊鋼を使用していたんでしょうか?

 【回答】
 この話題はたまに聞きますが,ソースつきの明確な答えは出ていないような….

 そもそも比叡は呉廠,霧島は佐廠で2次改装をしており,工具そのものが金剛・榛名を改装した横廠とまったく違いますし,当然金剛と榛名に使用したドリルは交換してあります.
 船体の素材だけでなく,機械・工具の品質差も疑う余地はありますね.

 ただ,鉄鋼の生産技術が,今と違って格段に低かったのは事実です.
 転炉,電気炉を用いた製造と平炉を用いた製造の違いとか,不純物の除去が上手くいかないとか….
 例えば,日本製鋼所室蘭製鉄所で生産した大型鋼塊(110t乃至80t)の内,使用に耐えうるモノは,28本中,わずか5本という状態でした.

 とりあえず,日本製鋼所設立にはヴィッカースとかアームストロングが大株主として進出していたのですが,彼の国から招聘した技師にも,成績不良なのがいる訳で,結果的に技術移転はしたものの,余り質が良くないと言う状況にありました.
 基本的には同じモノを製造しているはずなのですがね.

(鷂 ◆Kr61cmWkkQ & 眠い人 ◆gQikaJHtf2)

 俺が知ってるのは吉田俊夫(笑)の著作.
 金剛級4隻の大改装の時,国内で建造された比叡,榛名,霧島と違い,英国で建造された金剛は鋼材の質が強靭でドリルが通りにくかった,という話.
 それにしたって「ドリルを全く受け付けなかった!」的な話じゃないし,
 そもそも「軒並み折れた」なんて表現をしていたら,ドリルのキリ先なんざいずれ折れてしまう.所詮消耗品だしな(笑)

 【質問】
 つーか日本艦はハイテン.ドイツ艦はクロモリ.
 この差はかなりあるんじゃないか?
 ハイテンとクロモリでは防御力が段違いだし.

 【回答】
 ところが全然違わなかった,というよりドイツの装甲の質は特に優秀ではなかった.
 戦後の英米の調査結果では英米よりも劣っていたんだわ.

 装甲(鋼鈑の質)と言ったって圧力やら衝撃やら色々な要素がからんで,単純じゃないんだよ.
 中口径(8インチクラス)には最適でも大口径には最適ではない鋼材もあるし,
 相手側の砲弾の種類や弾着角でも変わってきたりする.

 英米の調査が絶対に正しいとも思わないが,大口径砲用の装甲だと英のが一番だったはず.
 米のある調査では自分のヤツが最高としてるのもあったように思うが,
 中には中口径用として日本の装甲が最高値を示した資料もあった.
 いずれにしても,WW2の主要国でそれほど大きな差はないというのが結論.

金剛級4隻


 【質問】
 金剛級は老齢艦だったけど,ちゃんと使えたの?

 【回答】
 霧島は,開戦時にはもうボロボロで,艦底なんか海水がにじみだしていてサビだらけ,サビの層がごっそり剥離する状態だったらしい.
 坂井三郎氏の本で読んだんだけど.水兵として乗っていた時の体験だそうです.

軍事板


 【質問】
 扶桑,山城は失敗作だそうですが,その理由はなんなのでしょうか?

 【回答】
 戦艦入門(光人者NF文庫)という本によると,

・主砲一斉発射の際,爆風によって艦の構造物に大きなダメージが出る.
・第三砲塔と第四砲塔の間に缶室があり,缶が分断され出力発揮に支障が出る.
(実はよくわかっていないが,要するに第四砲塔を挟んでボイラーが2カ所にあるって事で良いのだろうか?)
・装甲弱い.
・速力(当時としてさえも)遅い.

だそうです.

 三つ目には「さらに決定的だったのは」と頭につき,
四つ目には「その上重大な欠陥として」と頭についています.

 2つめについては,凄く簡単に記すと下記のようになる.
=:主砲
■:機関
‖:煙突
□:その他

     □
  ==□=‖=□==
□□□□□■■□□□□□

 で,被弾したら危険だから装甲を施さなきゃいけないんだけど,それが全長の6割にもなるから重過ぎる.
 仕方ないから装甲厚を削るしかないと.
 しかも,船体設計も基が金剛級を参考にしたものだから,全幅が狭く,巡洋戦艦じゃないから全長は金剛級より短く,機関スペースは全然取れず,速力は遅い.
 狭い船体に主砲塔がギチギチに詰め込んでいるから,発射時に被害が出る…
……と,設計の段階で全然駄目ポな船だったと言う事.
 就航当時から主な任務が練習戦艦だったり,柱島艦隊旗艦と囁かれたりと,思いっきり駄作扱い.


 【質問】
 幻の捕鯨戦艦出撃について教えてください.

 【回答】
<オーストラリア>野党が日本の捕鯨監視で軍隊派遣を主張
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=340695&media_id=2

 今月24日の豪州総選挙では野党が勝ちそうです.
 そこで豪州海軍に対抗する為,日本は戦艦長門の復帰を検討すべきだと思います.

■戦標船南氷洋を行く 日の丸捕鯨船団の戦い 第一章

[quote]

 ちょうどその時,横浜の浅野ドックで修理中の捕鯨船の隣に,スリップウェイのついた軍艦がいる,という情報が持ち込まれた.
 それは都合がいい,何とかしてそいつを借りられないだろうか,ということになり,早速第二復員省(元海軍省)の軍務第三課に話を持ち込んだ.
「鯨を取るから軍艦を貸して貰いたい」
との申し出は,戦争中は元よりおそらく大日本帝国海軍始まって以来のことであり,請われた方は突拍子もない話に驚いたことであろう.

 しかし,
「よし,何でも貸してやる」
と示されたリストを見て,申し出た方も仰天した.なんと第一行目に
『バトルシップ・ナガト,三万三〇〇〇トン,八万馬力,ダメージ〔損傷あり〕』
と記されていた.
 年明けて昭和21年(1946)1月のことである.

[/quote]

 この時,結局は一等輸送艦が使われました.
 このように我が国の捕鯨軍艦の歴史は由緒あるものです.
 なれば捕鯨船に5インチ砲を積む事くらい造作も有りません.
 長門なら16インチです.

 なぁに,捕鯨砲と言い張れば何とかなるでしょう.

JSF in mixi,2007年11月21日01:43

捕鯨戦艦「長門」
某漁業会社のロゴが確認できる

(確認できません)

一等自営……じゃなくて一等輸送艦


 【質問】
 なぜ戦艦や試験艦に陸奥などという運の悪い名前をつけるのでしょうか?

・完成を主張した所為で,米英海軍の戦艦の数が増えた.
・弾薬庫の爆発事故で駄目になった.
・放射能漏れを起こした.

 【回答】
 戦艦「陸奥」は「長門」と対比させるため(それぞれ本州の両端に有る国名),
 原子力船「むつ」は母港のあるむつ市の名前を取ったに過ぎない.

 大日本帝国時代なら,「陸奥」に不幸な前歴はない
(あの後も大日本帝国海軍が続いてたら,不吉な名前として避けられるようになったかも).

 戦後の「むつ」は民間船だからね.

 ただ,今後は軍艦であれ民間船であれ,「むつ(陸奥)」の名は忌み名になるかも.
 東北新幹線八戸青森線が出来たとき,新しい新幹線名を公募したら,「むつ」が上位に入ったけど,「縁起悪い」ってことで候補から外したってエピソードもあるし.

軍事板


 【質問】
 アイオワ級は砲戦時の命中率が悪いと聞いたのですが,何が原因なのでしょうか?
 レーダーとかがあるから結構良さそうな気がするのですが.

 【回答】
 船体の幅の不足とツイン・スケグとに起因する.

 アイオワ級はツイン・スケグという独特の艦尾水中構造を持ち,スクリューや舵の防御において他海軍より優れていた.
 ただしツイン・スケグにより高速運転時,謎の振動問題が発生した.戦争末期にこの問題はある程度解決されたが,「ある程度」にすぎない.
 その証拠に,戦後この構造は全く採用されていない.

 水上砲戦の場合,船体の異常振動はたとえスタビライザー装備のアイオワ級でも致命的で,これでは弾は当たらない.
 この異常振動が発生するのが大体30ノット以上で,それ以下で航行すれば問題ないが,大和級とかを相手にする場合はノコノコやられに行くようなもの.
 まぁ,実際にそんな状況になる前にさっさと逃げるだろうけど.

 次に船体の幅が33mと16in砲のプラットホームとして不足気味.
 それなのに砲の口径を50口径に延長したものだから船体の砲戦時における動揺は益々酷くなった.


◆◆◆◆八八艦隊


 【質問】
 八八艦隊が実現していたら,どうなっていたか?

 【回答】
 国家財政が破綻していただろう.

 八八艦隊の維持費は国家予算の4割程度と考えられていました.

 山田朗「軍備拡張の近代史」(吉川弘文館,1997/6/1)によれば,
「国家予算(一般会計)に占める海軍予算の割合は,1918年度以降20%を突破し,21年度には31.6%に達した.
 国家予算(一般会計)に占める軍事費の割合も,海軍予算増加によって押し上げられ,
1918年度 36.2%
1919年度 45.8%
1920年度 47.8%
1921年度 49.0%
に達し,国家財政のほぼ半分を占めるに至った.

 なお,シベリア出兵関係費用は,一般会計とは別の臨時軍事費特別会計から支出されている」(p.81-82,抜粋要約)

 これは,月収30万円の人が無理してフェラーリを買うようなもので,喜び勇んで買ったはいいけど,月々12万円のローンの支払いがあり,動かそうものならガス代やメンテ代が掛かるので,折角買った車は車庫の置物状態.
 当然,その他の衣食住費は大幅に削らないと生活していけず,築20年の木造1Kに住み,食事は安売りで買ってきたカップラーメンかもやし炒め,時々お金が足りなくなったら消費者金融へ.

 こういう知人がいますが,八八艦隊完成の暁には日本もこんな状態になったのでしょうね(苦笑).

(牛馬 ◆DIABLObufE in 模型板他)

 兒童百科大辭典(1937年版)第十巻国防編に長門と陸奥の建造費が掲載されていました.

 長門は57,832,250円,陸奥は50,545,456円だそうです.
 50銭銀貨の直径を2.3cmとして,戦艦長門の建造費を鉄道線路に並べてみると,鹿児島から鹿児島本線,山陽本線,東海道本線で東京を過ぎ,東北本線で本州を突き抜け,更に津軽海峡を通って,札幌近くにまで達する,とか.

 建造費も高いのですが,戦艦の年間維持費は,年間300〜400万円に達するそうです.
 八八艦隊なんぞ作ってたら,維持費だけで破産ですね.

眠い人 ◆gQikaJHtf2 in mixi 支隊


 【質問】
 八八艦隊計画は財政上,明らかに無理があるのに,なぜ通ったのでしょうか?

 【回答】
 計画が始まった当初,日本は大戦景気の末期にあった.
 大戦が始まる前と比べて国家予算が倍に増え,この調子で増えれば確かに計画は可能だった.
 しかし好景気は終わり,反動恐慌によってその目論見は脆くも崩れ去った.
 この辺りは,バブル期の福祉予算の大判振る舞いで,現在財政赤字に苦しんでいるのと同じ.

 また,計画が始まる前の日本海軍は,新旧の艦艇が混在していて戦力的にも非常にバランスが悪く,英米の建艦競争もあってある種危機的な状況にあった.
 これを一新する為に建てられた計画なので,建艦競争を抜きにしても続ける必要があった.

 ただ,加藤海相も
「燃料,施設の面で艦隊の維持は困難」
と漏らしているので,海軍としては建造中のものが出来れば良いと考えていた節がある.


 【質問】
 八八艦隊計画で旧式戦艦はどういう扱いになる予定だったのでしょうか?

 【回答】
 ワシントン条約が無くても
薩摩,摂津等準ド級戦艦は海防艦籍,
三笠,敷島等の前ド級戦艦は概ね実史通りに廃棄,練習艦へ変更
の方向でした.
 ただ,扶桑級や金剛級等のド級以降の戦艦群は維持の方向でした.

 ですので,八八艦隊計画は実質八八・四四艦隊計画です.


◆◆◆◆大和型

 【質問】
 戦艦大和は大蔵省すらも欺いて作られたと聞いたのですが,建造費は別の物で請求されたのでしょうか?

 【回答】
 表向きは三万五千トンの戦艦を建造するのに必要な予算を要求し,不足分は陽炎型駆逐艦三隻と伊号潜水艦一隻を建造する架空の予算で補いました.

 「第3次補充計画」案の議会への提出の際,実際には排水量6万4000tが予定されていた大和型戦艦は,「4万t級」(建造費1億3384万7000円)と説明された.
 これは,議会を通じて大和型戦艦の規模が漏れないように,という海軍当局の工作だった.
 しかし,「4万t級」としてしまうと十分な予算が確保できないので,実際には建造しない駆逐艦2隻・潜水艦1隻を余分に予算計上し,大和型2隻の不足分を補った.
 大和型戦艦の実際の建造予算は,1億5238万1500円だった(「海軍軍戦備(1)」,p.544).

 大正時代の建艦競争時代には,国家予算約15億円に対して主力艦1隻(長門型)約3000万円だったから,主力艦は国家予算の50分の1だったが,大和型戦艦は国家予算約27億円に対して,1隻約1億5000万円であるから,18分の1に当たる.

(山田朗「軍備拡張の近代史」,吉川弘文館,1997/6/1,p.179)

 松本喜太郎は「大蔵省もごまかす」と書いていますが,福井静夫は,大蔵大臣,次官,主計局長,主計課長などには知らせていたとしてます.

建造中の「大和」


 【珍説】
〔戦艦大和について〕さらに言えば,これはまぁ,結果論になってしまうかも知れないが,巨大戦艦の建造自体が,戦略的失敗だったのである.

林信吾著『反戦軍事学』(朝日新聞社,2006/12/30),p.95

 【事実】
 まさしくこれは後付けの理論で,論評するに値しません.
 むしろ日本帝国海軍は,他の海軍強国に先駆けて戦艦の建造を中止し,航空母艦を中心とする海軍戦力構造の大転換を始めています.

日本・・・戦艦「武蔵」 1942年8月5日竣工
米国・・・戦艦「ウィスコンシン」 1944年7月1日竣工
英国・・・戦艦「ヴァンガード」 1946年8月9日竣工
仏国・・・戦艦「ジャン・バール」 1956年5月1日竣工
伊国・・・戦艦「ローマ」 1942年6月14日竣工
独国・・・戦艦「ティルピッツ」 1941年2月25日竣工

 以上が,各国が最後に作った戦艦の竣工日です.
 驚くべき事に,イギリスとフランスは戦後になってからも戦艦を完成させています.
 アメリカも戦艦「アイオワ」級の5番艦「イリノイ」,6番艦「ケンタッキー」を建造中止にしたものの,4番艦「ウィスコンシン」まで造りあげています.
 ドイツとイタリアは日本よりも早く建造を止めていますが,ドイツは空母への転換ではなく,潜水艦の建造を優先する為,イタリアも同様に空母への転換の為ではなく,1943年には降伏しているので戦艦建造どころでは無かった為(「ローマ」の同型艦「インペロ」に至っては鋼材不足の為に建造中止)です.

 日本は太平洋戦争開始(1941年12月8日)と同時にマル四計画の戦艦,110号艦「信濃」と111号艦の建造中止を決定しています.
 これは,戦争が始まった以上,既存艦の修理を優先する為で,もし「信濃」の完成(1945〜1946年頃を予定)まで戦争が長引いていたら,どうせ日本に勝ち目は無い為,建造を続ける意味が無いからです.
 また,開戦前の11月の時点で,マル五計画の戦艦(改大和級1隻と新型51cm砲搭載戦艦2隻)について建造優先順位が大幅に下げられた上に,建造一時見合わせが通達されており,ミッドウェー海戦後の1942年6月30日に改マル五計画が策定され,戦艦建造計画は無くなり,空母20隻の建造を決定する事になります.

 これらの日本の動きに対し,アメリカは戦争が始まってからも戦艦の建造を続けています.
 既に工事が進んでいたサウス・ダコタ級は,そのまま戦艦として完成させるのが当然としても,アイオワ級は建造中止するなり空母に改装するなり選択肢があった筈です.
 完成した戦艦アイオワ級4隻の内,まともな海戦に参加できたのは「アイオワ」と「ニュージャージー」だけで,「ミズーリ」と「ウィスコンシン」は硫黄島や沖縄への対地砲撃ぐらいしか出番はありませんでした.
 「イリノイ」の建造中止決定は太平洋戦争終結の3日前,「ケンタッキー」は戦争初期に建造休止,その後再開,休止,再開を繰り返した挙句,最終的な建造中止は1950年のことでした.

 戦艦よりも航空機の方が強い,ということが証明されたのは1941年12月10日に行われたマレー沖海戦で,日本海軍陸上攻撃機がイギリス戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と巡洋戦艦「レパルス」を撃沈した事によるものです.
 真珠湾奇襲は港で身動きの取れない艦を狙ったものであり,空母の大量集中運用という新戦術の効果を知らしめたものの,洋上で戦闘行動中の戦艦に対し航空攻撃が通用するのか,まだ証明されていませんでした.
 しかしマレー沖海戦でイギリス海軍の戦艦,特に新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」が為す術なく撃沈されてしまった事は各国に衝撃を与え,イギリス首相チャーチルに至っては戦後の回顧録で「戦争中これほどショックを受けたことはなかった」事を明かしています.

 つまりそれまで,戦艦に対する航空機優位は証明されていませんでした.
 航空攻撃が通用するのではないか,通用するどころか戦艦はもう不要なのではないかとする「推測」は,それよりも以前から唱えられてはいましたが,実戦での「証明」が無かった為に,何処の国も戦艦の建造を止めて空母を優先するという大胆な試みを行いませんでした.
 「推測」が正しければ,一方的な戦果を手にする事ができるでしょう,
 しかし間違っていたら? 航空攻撃が戦艦に通用しなかったら?
 その場で決戦を挑んでいたら,逆にこちらが為す術なく負けてしまいます.
 だから,1941年12月10日以前に建造を開始した戦艦に対し,「建造そのものが戦略的失敗」とするのは後世から見た結果論に過ぎません.
 それまで戦艦の建造は当たり前の事だったのですから.

 そして,その後の各国の戦艦建造に対する動きを見る限り,日本帝国海軍は戦艦の建造を早期に止め,空母への転換を図っており,むしろアメリカの方がダラダラと戦艦建造を続け,イギリスとフランスのように戦後になってからも戦艦を完成させている有様を見ると,何故,戦艦「大和」だけが叩かれるのか分かりません.
 大和が叩かれるならアイオワ級も叩かれねばならず,ヴァンガードやジャン・バールに至っては問題外の筈です.

 林信吾氏はイギリスに詳しいという触れ込みの筈なのに,戦艦「ヴァンガード」の存在を知らなかったのでしょうか?

 ところで,『反戦軍事学』の第二部/中級編(p70〜p120)の〔略〕その二「海軍の基礎知識」で,その部分の内容の大半が戦艦の話となっています.
 戦艦大和と大艦巨砲主義.果たして今や使われなくなった兵器の説明を詳しく行って,反戦平和派にとって何の意味があるのか疑問です.
 そのような事をするくらいなら現在使われてる海上の主力兵器,航空母艦の説明をした方が勉強になるのに,何故,時代遅れな戦艦の話をしたのでしょうか.

 それは東部戦線氏の行った書評で,その意図が解説されている通りです.

『イージス艦をけなしている部分がありますが,その直前に長々と旧海軍の戦艦大和の悪口を書いてある.大和のイメージをイージス艦にダブらせて,イージス艦が無能であることを感覚的に印象付けようとする姑息な手口としか言いようがありません』

 「反戦軍事学」の著者・林信吾氏は,その三「イージス艦vs.テポドン」でイージス艦を役立たずな高価な兵器と印象付ける為の布石として,その二「海軍の基礎知識」を用意したのです.

<以下,コメント欄>

 『虚構戦記研究読本 兵器・戦略編』(北村賢志著,光人社,1999.8)に同じこと書いてたなぁ.すなわち,

「大艦巨砲主義批判は結果論に過ぎない.
 大和級が海戦後に完成したといっても,マレー沖海戦時に大和は公試中で,武蔵も1年前に進水しているのだから,そのまま完成させるしかない.
 海戦時期にしても,瑞鶴の完成時期を睨んで決定されているのだから,航空兵力軽視との批判はあたらない.
 そもそも,海のものとも山のものとも知れない航空戦力に,自国の命運をかけるのはリスクが大きすぎる.各国の建艦状況がしめすように,むしろ日本が先頭を切って航空兵力への切り替えを進めている等々.」

 えー,これ,初版が1999年8月27日なんですね.
 ホホ〜イ語氏は,7年も前に論破されてることをネタに本を書いて,「オレはプロだ」と御高説をたれてるわけで,うーん,笑うしかないってこのことか(笑).

Posted by 名無しT72神信者 at 2007年03月30日 00:51


 マレー沖海戦の勝利自体,かなり運の良い結果だったりします.
 日本軍は護衛戦闘機を付けずに陸上攻撃機を出撃させていますが,イギリス極東艦隊に付けられる筈だった護衛戦闘機隊(オーストラリア軍のF2Aバッファロー戦闘機)の発進が遅れ,戦場に到着したのは戦闘終了後.
 もし間に合っていたら護衛のない陸攻隊は駆逐されている筈で,イギリス極東艦隊が健在だったなら,その後の日本陸軍の作戦に大きな影響を与えていた可能性があります.

 また,イギリス極東艦隊には本来,空母「インドミタブル」が合流する予定でしたが,開戦前の11月にジャマイカ沖で座礁し,修理の為に間に合わなかった事も大きいです.
 もしインドミタブルが居たら,上空直援の戦闘機が確実に居るわけですから,日本軍は戦闘機を陸攻隊の護衛に付けてやらないと,攻撃は確実に失敗します.

Posted by JSF at 2007年03月30日 02:39


 大和・武蔵と同じ時期に起工・就役した戦艦って日英米に限っても
         起工   就役
KG5世 37/1/1 -40/12/11
POW 37/1/1 -41/3/31
ノースカロライナ 37/10/27-41/4/9
ワシントン 38/6/14 -41/5/15
DOY        37/5/5 -41/11/14
大和 37/11/4 -41/12/26
サウスダコタ 39/7/5 -42/3/20
インディアナ 39/11/20-42/4/30
マサチューセッツ 39/7/20 -42/5/12
アンソン 37/7/20 -42/6/22
武蔵 38/3/29 -42/8/5
アラバマ 40/2/1 -42/8/16
ハウ 37/6/1 -42/8/29
アイオワ 40/6/27 -43/2/22
ニュージャージー 40/9/16 -43/5/23
ウィスコンシン 41/1/25 -44/4/16
ミズーリ 40/6/12 -44/6/11

 こんだけの数があるんすけどね.
 就役時期もさることながら戦略語るなら,起工時期見れば全く妥当だと思うんですけど.

Posted by 名無しT72神信者 at 2007年03月30日 03:50


 そもそも戦艦が航空機より弱い,というのは40年代初頭の一時的な現象です.
 大戦中盤以降,対空火力を激増させて急速に対抗能力を整備した戦艦を葬るには結局,戦艦の建造にかかったのと同程度のリソースを投入して整備した航空戦力が必要になるのです.
 戦艦と航空機の力関係を決定づけたのは,投入リソース量よりも汎用性・冗長性の差なんですよ.
 戦艦に出来ることの大半は航空機にも出来,戦艦に出来ない数多くのことを航空機が出来るという使い勝手の差が,それ以上の戦艦増強の意味を失わせ,航空戦力整備の流れが決定づけられたのです.

Posted by 名無しT72神信者 at 2007年03月30日 14:17


 上で書いた『虚構戦記(以下ry)』を読み直していたら,ドレッドノート以降の戦艦で当初期待されたほどの活躍をした戦艦はないとの記述がある.
 その理由として
・『戦艦』という兵器が極めて高価で,その建造は時間が掛かる国家的大事業になった.
・単なる海軍戦力の次元を離れて,国威・国力と国際的地位を示すものとなった.
 (ワシントン・ロンドン両軍縮条約で分かるとおり,現在の核兵器なみに国際政治を左右する要素になってしまった)
・国内的にも,主力戦艦は海軍を象徴する存在となり,その損失は国民全体に同様をあたえかねなかった.
・結果,どの国も戦艦を失うことを恐れた.

 つまり,WW2期の戦艦には,単なる「軍事」面だけではなく,「政治」的な要素もあったと指摘されている.

 こうなると,巨大戦艦の建造は,百歩譲って軍事的には無用の長物であっても,政治的には極めて重要な意味を持つわけで,政治と戦争が密接に結びついている以上,「無用の長物」「時代遅れ」という指摘は,やはりちょっと違うと思わざるをえない.

Posted by 名無しT72神信者 at 2007年03月30日 16:00


 2chで書き込んだやつだけど

●WW2前後の新戦艦建造数(基準排水量)
日2隻128000トン
米10隻390000トン(アラスカ級含めると12隻448000トン)
英6隻228135トン
独4隻147000トン
仏4隻134306トン
伊3隻(d数よくわからん)

●日米開戦時空母保有数
日10隻203750トン
英10隻181275トン
米9隻173636トン
仏1隻22146トン

 驚くべき事に,開戦時世界の空母の3分の1が日本海軍所属だった訳だ.
 これは覚えておいていい.

Posted by 名無しT72神信者 at 2007年03月31日 18:50


 というか,○3計画の時点で空母の数で負けるから優秀商船を徴用した特設空母の研究を始めてるわけで.

○4計画の時の建造方針は
「主力艦勢力の維持を主眼とし戦艦二隻を建造す」
「航空母艦勢力を重視し一隻を増勢す」
「乙級巡洋艦は編成上必要最小限度の兵力維持の為代艦を補充す」

同計画の航空兵力に関する方針は
「海上航空兵力の外基地航空兵力の画期的充実を期すること最も緊要なるを以て陸上航空隊を増設す」

ですぜ.
 艦船で増勢されているのは空母1隻の他は駆逐艦と潜水艦です.
 日本海軍の構想を無視して船の数を数えても意味ないんです.

Posted by 名無しT72神信者 at 2007年04月03日 20:41

以上,「週刊オブイェクト」,2007年03月29日付より
(加筆および文章の順番の入れ替えあり)

 【珍説】
 私はたしかに『反戦軍事学』の中で,
「結果論になってしまうかも知れないが,巨大戦艦の建造自体が,戦略的失敗だったのである」
と書きました.
 結果論,との批判があり得ることは,著者が一番よく承知しているわけです.
 ただ,政治と同様,軍事も結果責任であるわけですから,戦略的失敗だった,との評価に誤りはありません.

 ところが,どうでしょう.間抜けのマオー君は,ここに噛みついてきました.
「まさに後付けの論理で,論評に価しない」
と言いながら,その後,各国の戦艦建造のウンチクを並べ始めたのです.
 私の論理をなぞっただけで,これがどうして『反戦軍事学』批判になり得たと思うのでしょうか.

イケメン作家@本人 in 社会学板

 【事実】
 1941年12月8日まで大艦巨砲主義は紛れも無く世界の常識だった.
 JSF氏はその点を指摘しているだけ.

蘇るベルナドッド隊長 in 社会学板

 【珍説】
 私がヴァンガードを知らないらしい,などと,どこから思いついたのか,理解に苦しみます.

イケメン作家@本人 in 社会学板

 【事実】
 貴方が「反戦軍事学」の中でヴァンガード(が,大和より遥かに後の1941年10月に起工された事)に触れなかったから.
 知ってて言及しなかったのなら,やはり貴方の理論構築は「為にする」モノでしかない.

蘇るベルナドッド隊長 in 社会学板

 【反論】
 ヘクター・C・バイウォーターという英国人の作家が,1925年に出版した「THE GREAT PACIFIC WAR」 という小説があります.
 邦訳は,ワニノベルズから『太平洋大海戦』,コスミック文庫から『太平洋大戦争』というタイトルにて,それぞれ出版されております.
 その中に,こんな一節があります.
「航空機は,運動性と兵器搭載能力が格段に進歩しない限り,これを決戦兵力として投入するのは,無謀だといわなければならない.
(訳注・この本が出版された数年後,1930年代になると,航空機の性能は飛躍的に向上した.
 このため晩年のバイウォーターは,この部分の記述について『訂正の必要があるかも知れぬ』
と語っていた)」
 ご賢察の通り,この「訳注」を書いたのが,私です.翻訳は清谷信一と共同で為しました.
 このワニノベルズ版は,1994年10月に発売されております.
 JSFがひけらかして見せた,戦艦に関する知識など,私は13年も前に活字にしていたわけです.

イケメン作家@本人 in 社会学板

 【再反論】
 ああ,ならばやはり貴方は,「為にする」論理展開をしていたのですね?
 これで林信吾が人間のクズであることが証明されました.
 もっともここは2chですから,あくまで「自称:林信吾」でしかありませんけどね.

蘇るベルナドッド隊長 in 社会学板

 【珍説】
 私が英国に在住していたのは,1983年から10年間で,そのことは著者略歴に明記してあります.
 1960年にスクラップにされた戦艦と,いかなる接点があり得ると考えたのでしょうか.

イケメン作家@本人 in 社会学板

 【事実】
 では,太平洋戦争の時に存在しなかった男が戦艦大和の事を語る事すらナンセンスですな.
 ほぅら,自爆した.

 かび臭い中年左翼は,部屋に引きこもって布団かぶって,自棄酒でも煽ってるのがお似合いですYO!

社会学板


 【質問】
 戦艦大和は建造を秘密にされていたの?

 【回答】
 あんな巨大ものの存在を秘密に出来るはずはありません。

 実際、呉の住宅街(山の手)から艤装岸壁で艤装中の大和を見ることが出来ました。
 その年に刊行されたジェーン年鑑にも,「日本の新型戦艦」という記事があります。

 海軍の欺瞞工作は存在を欺瞞するのではなく、スペックを欺瞞するためのものです.

軍事板

 大和建造時は,ドッグの上に上屋を設けて周囲をトタン板で覆い,クレーンの上から網を簾のようにつるして海上から見えないように,更に防諜対策も強化されました.

 それでも,1936年4月に港内撮影禁止の咎で,検挙が数名出ていることを地方紙が報じていますから,何か建造しているのは一般市民に分かっていたと思います.
 また,呉線の急行列車に憲兵が,周辺の山々に特別憲兵隊が配置されています.

 1936年5月には,防諜の重要性に関する講演会の開催,海軍,憲兵隊,呉警察,市役所,郵便局,呉検事局による軍事防諜団が結成されています.
 1937年には,住民に呼びかけ,小学校から防諜団を結成したり,芸妓も花園防諜団を結成して市民総出で,防諜に関する啓蒙活動を行っていました.

 こうした活動をしているので,「工廠で不沈戦艦を造っている」とか,「とてつもない戦艦を建造している」と言う噂は市民レベルにも浸透していますが,前記のような防諜活動の徹底によって,自分たちはどこまで口にして良いのか,どこから口にするとやばいのか,と言う規範が出来ており,建造しているぞ,以上の話は余所でしない様になっています.

眠い人 ◆gQikaJHtf2

 呉付近に列車が通りかかると,よろい戸を閉めさせられる.
 ドックの手前に視界を遮断する様,わざとデカイ建物建てたり.
 当然工員には箝口令.

 存在そのものは秘密じゃありませんでした.
 瀬戸内海の漁師達や呉市民などは良く知っています.
(艤装中の大和は呉市街から丸見えでした)
 積極的な報道が無かったので,他の地方の一般市民は知らなかったようです.

 海軍が行ったのは,存在の秘匿ではなくスペックの秘匿(排水量を小さくしたり,主砲の口径を40pと誤魔化したり)です.

秘密を守るため,バナナに偽装している「大和」


 【質問】
 ここによると大和の防御はアイオワに比べてだいぶ劣ってたようですが,そこらへん当時の海軍のお偉いさんたちは意識していたんでしょうか?

 【回答】
 その辺は,戦後だから分かる事だからなぁ.
 当時の日本海軍関係者が,自軍の戦艦がアメリカの戦艦に対して防御で劣っているとは考えていなかったと思うよ.もちろん無敵だとも考えてなかったとは思うけど.

 ただ
「集中防御方式が良いのか,それとも満遍なく防御したほうが良いのか」
とか
「集中防御方式を採用するには進水対策が肝心だが,その辺は大丈夫なのか?」
といった点は,大和型の建造時には散々議論されてるよ.
 決定的な根拠が無いまま集中防御方式に決まっちゃった,という感は否めないけど・・・.

 あともっと言うなら,魚雷が10本も命中したら当時のどんな戦艦でも沈む.
 一度に10本が命中したわけではないけれど,大和や武蔵が,10本以上魚雷が命中して即座に沈まなかった事の方が,戦艦としては異常なほどの防御力.

 むしろ,両艦ともあれだけの爆弾と魚雷を食らいながら,ギリギリまで戦闘を続けてたところから考えると,設計時の想定以上に防御力は高かったと考えていい.


 【質問】
 戦艦大和は装甲が厚いのに,魚雷を弾き返せなかったんでしょうか?

 【回答】
 信管の感度によっては弾ける可能性も無くは無い.
 そもそも水雷防御ってのは,装甲で弾くのではなく,衝撃を如何に減らすかって物だから,装甲厚とかはあんま関係ない.
 大和型だと,バルジを設けて燃料を入れといて衝撃を低減する方法,
 米新型戦艦であれば,幾らか層を設けて防水剤を入れるとか.
 もちろん,被雷後の戦闘能力維持ってのも重要.

 ちなみに言えば,大和型の舷側装甲が艦底まで届いているのは水中弾対策.
 米新型戦艦も水中弾対策で艦底付近まで装甲が配置されている.

 更に言えば,大和型は敵の魚雷の炸薬量200kgとして炸薬300kgに対応するように設計された.
 ちなみに44年より配備されていた航空魚雷Mark21は炸薬量159 kg,トルペックスだからTNT換算で1.5倍の240kg程度.
 同じく44年より配備された潜水艦用のMark16の炸薬量は428kg,これもトルペックスだから(つД`)


 【質問】
 当時,集中防御方式を採用してるのって大和型だけ?

 【回答】
 日米の無条約期の新戦艦はおおかれ少なかれ「集中防御方式」を採用している.
 大和の集中防御範囲は53%程度だが,アイオワも60%余り,そんなに差はない.

軍事板


 【質問】
 大和の艦体前後の無防御区画が大きかったことは,欠点にならないの?

 【回答】
 これはまったくの誤解.
 大和の設計があえてそうしているのである.だからこそ,砲戦の防御に強いのだ.
 水線下以下の魚雷を多数受けた場合の欠点は生じるが,砲戦による決定的ダメージは,中央部のぶあつい装甲で確率を少なくする.
 設計思想を知らないか,無視した議論をする人は,それをあげつらうが,お門違い.

 そもそも,戦艦の設計にああした状況は想定されていない(多数の魚雷を受ける).
 これはアイオワも同じ.
 アイオワの設計はサウスダコタが元.ダコタはノースカロライナを受け継いでいる.その欠点は大戦中に指摘され,魚雷を受けたら相当の被害をこうむったはず.
 アイオワもダコタも魚雷を受けてないから欠点が露呈しなかっただけ.

 大和が沈んだことをもって露呈した欠点をあげつらっているのが,今の専門家(マニア).

「非装甲区画の水防区画の数が,艦の大きさの割に長門と大差ない」
と言う話も聞かれることがありますが,これは,誰かのタメにするような本の内容が元になって流布し,それが口々に言われているような気がします.
 ちなみに水防区画ですが,注排水区画(水防区画と同じ機能がある)を含めた数は大和のほうがはっきり多いですよ.
 艦の長さに対する数の比率も大きい.体積的には比率は同じくらいになるかもしれませんが,まあ,こんなことを比べても,意味はないでしょう.
 (1)長門を馬鹿にしてはいけません.長門の水中防御は少なくともノースカロライナと同等かもしかすると上だったかもしれない.
 (2)水中防御の思想は当時,砲戦に対するダメージが重視され,魚雷に対するものは必ずしも第一義とは言えなかった,ということを考慮すべき.
もっとも,この点は,サウスダコタ以後の米国は進んでいたかもしれない.
 (3)したがって,水中防御システムと大和アイオワの砲戦シミュレーションはある程度分けて考える必要がある.

 ちなみに大和の設計では,魚雷は3本まで受けることしか想定されていません.
 3本受けると戦線を離脱する.それが,水中防御の基本的考えとされていました.
 ですから,あのような多大な被害は設計想定の中になく,浸水の度合いが進んだのも当然といえましょう.
 それも欠点には違いありませんが,アイオワとの対戦を語るにおいては,一段控えさせるのがベターと思います.

 アイオワと大和の戦艦としての総合的な価値ということになれば,速力の問題や管制,水中防御(対魚雷)を含めたものとして,また別の議論になります.
 米国人のマニアで,なんとサウスダコタをアイオワよりも高く評価し,世界ナンバーワンに評価している人もいるくらいですから.

軍事板


 【質問】
 大和をアイオワと比較した場合,有利不利はどの点にあるのか?

 【回答】
 大和の主砲の口径は18インチでアイオワの口径は16インチ,是だけを比べると,大和が史上最強.
 ただし,砲身の長さは大和が45 アイオワ50と逆転する,
 次に運動性能であるが,
最高速度が大和27ノットに対しアイオワ33ノット,
出力排水量比(排水量1トンあたりに使える機関出力)大和2.3に対しアイオワ4.4
と大和が著しく低くなってしまう

 詳しくは三野正洋著「日本兵器の比較研究」を参照されたし.

 ちなみに,大和の94式「40サンチ」砲は口径46cm,45口径,初速780m・秒,弾重1470kg,最大射程41400m,発射間隔40秒
 アイオワMk716インチ砲は口径40.8センチ,50口径,初速762m・秒,弾重1224kg,最大射程38000m,発射間隔30秒

軍事板

 アイオワが優勢なのは

(1)命中率が高い

(2)発射速度(これは砲弾の速さ=初速とは違うよ=1分あたりの砲弾の発射数)で上.
 ただし,最大射程付近では弾丸飛翔時間が1分を越える.
 ゆえに中〜遠距離砲戦で弾着観測しながら戦うならば,公算射撃で修正を加えている間は,発射間隔の違いは問題とならない.
(着弾するまでの時間が装填速度より長くなる)

(3)レーダーがある

(4)ダメコンがいい

(5)船の速度が速い

という諸点.

 大和の優越している点は,

(1)砲弾重量,炸薬量(弾を撃つための炸薬と勘違いしている,バカなマニアがいるので注意)
 大和とアイオワの主砲では砲口エネルギーで1.25倍の開きがある(明確な威力差)

(2)装甲の厚さ

(3)大和は自艦の砲弾に対して30000−35000mで完全防御している.アイオワは自艦の砲弾に対しても完全防御域は無い.

 また,大和はバルジ内の重油タンクにより液層防御もほどこしている.

 【参照】
http://avse.bpe.agr.hokudai.ac.jp/~kohta/ship.html
http://www.epsnet.co.jp/~f4u/ansq/2/B1000243.html
http://www.epsnet.co.jp/~f4u/discussion/g0018.html
http://www.epsnet.co.jp/~f4u/discussion/g0020.html

軍事板 & JSF in FAQ BBS

 ※ 実際の運用面などから見れば,電子装備関連を除いて大和の優位は動かないんですけどね.
 その辺を詳細に説明しようとするととんでもなく労力がかかるし,またそこまで丁寧に説明しても普通は理解できないでしょう.

 ある意味,この手の比較論を悪い意味で流行らせたのは三野正洋氏です.
 一般人にもわかりやすい数字を使った比較は軍ヲタへの門戸を開放し,ミリタリー・ファンを増やす功績はありましたが,少しレベルの高い軍ヲタにとっては,あのテの比較論は数字の使い方を根本的に間違っているのがわかるはずです.
 まあそういう目で見れば,氏の著作は着眼点のユニークさに感心するところもあるし,結構面白い作品もありますけどね.
 あれで間違った理解をした方の目を覚まさせるのは,ちょっと労力が要ります(苦笑

ゆうか in FAQ BBS


 【質問】
 アイオワの主砲弾の初速が,大和に比べて遅いのは何故ですか?

 【回答】
 弾重のせいです.
 アメリカの新戦艦の砲弾は,コロラド級の16インチ砲弾1016kgに対して対して1225kg弾を使用して,3万m付近での大落角を狙っているのです.
 甲板装甲に対する貫徹力は,最大射程付近で最大になりますから,「当てられる距離」という事を考えると,弾重とライフリングのピッチで調整した方が,近距離でも長距離でも有利になります.

 ちなみに
長門は1020kg弾で785m/s,射程38400m.
アイオワは1225kg弾で762m/s,射程は38720m.
大和は1460kgで785m/s,射程は42030mです.

軍事板


 【質問】
 大和と武蔵の簡単な見分け方を教えてください.

 【回答】
 残されてる写真がどれも少ないので、写真丸暗記の方向で.

 改装後だと,
・舷側の副砲塔の撤去後に,高角砲を増設しているのが大和
・高角砲は増設せず,機銃を増設しているのが武蔵
という識別点があるんだけどねえ,
 改装前だと見分ける方法はほとんど無い

 武蔵は竣工直後に21号電探を装備しているけれど,大和は竣工後かなり経ってから装備しているので, 電探の無い写真はおそらく大和.

軍事板

▼>大和と武蔵の簡単な見分け方

 白いのがヤマトで,赤くて小さくて耳が垂れてるのがムサシ.
 白くて眼が欠けてるのは,ハヤテ…….
(高橋よしひろ『白い戦士ヤマト』より)

水上攝提 by mail ▲


 【質問】
「大和級の弱点は副砲塔で,ここを爆弾や砲弾が貫通すれば真下は弾薬庫でアボーン」
って話をよく聞きます.
 でも,弾薬庫があるのは防御甲板の下だから,その上でどんだけ爆発しようが大丈夫じゃねーの?って気がします.
 どうなんでしょう?

 【回答】
 弾薬庫から砲塔までは砲弾や装薬を運ぶエレベーターがあるので,砲塔内に弾が飛びこんで炸裂すれば,爆風が弾薬庫にも吹き込みます.
 そのために,揚弾エレベーターには装甲シャッターがついてたりしますが.

 また,仮に主砲弾薬庫に爆風が飛び込む事は防げても,近くの区域で火災が起きる事は非常によろしくない.
 一応,大和の副砲の場合も防火シャッター等はありますが,火災が起きないに越した事は無い.

 ただ,
・大和級が被弾した時に副砲塔に敵弾が命中する可能性がどれくらいあるのか?
・それは他の弱点部分と比べて特に高い被弾可能性のある弱点なのか?

を考えると「ここをやられれば終わり」と言うほどの弱点ではないと思いますが.

 大和の副砲から弾薬庫に直接弾をぶっこむには直径2.5メートルの開口部にホールインワンしなきゃならない.
 コーミングアーマーも設けられているので,砲弾が直接弾薬庫に直接落ちる可能性は極めて低いといえる.
 火炎や破片の侵入にたいしては防火扉で防御ができる.
 そもそも砲弾や爆弾は,「航行中の艦から見て」垂直に落ちてくるものじゃないし‥

 可能性は零ではないが,これをありとするなら,たいてい戦艦にも「重大な弱点」があることになるし.
 一応,引渡し前に運用側から改正要求が出て,工期延長をして,改修してるのだけどね.
 副砲貫通,即,誘爆というのは無い………………筈(笑)


 【質問】
 戦艦大和の前部副砲のすぐ斜め後ろにある「でっぱり」は何なのでしょうか?
 甲板からにょきっと出ている箱型のモノのことです.

 【回答】
 これのこと(模型の写真だが)なら艦内通風装置の通風筒.
 ここから爆風や破片等が艦内に入ったら装甲がある意味がないので,装甲化された厳重な通風筒になっている.

 グリル部分が内側向いてるのは防御のため.

軍事板


 【質問】
 戦艦大和搭載の観測機は,砲撃戦においてどれだけ有効か?

 【回答】
 観測機問題で憶えておかなくてはいけないこと.
(1)航空機の介入無しを想定すると敵艦を発見してから観測機を射出することになる.
   観測機が全機スクランブル状態に置かれていたとしても敵艦との距離は既に4万程度にはなっている.
(2)観測機は3機一組を基本としていて充分な観測効果を出す為にはこれをクリアしなくてはならない.
(3)1機の観測機が観測位置に着くまで10分はかかる.
(4)大和型は最大7機を搭載でき6機搭載での運用が考えられていたが,通常同時運用が出来るのは4機である.
   残り2機は一部分解して格納庫内にあり,甲板にあげてきてから多少の組み立て等の作業が必要となる.
(5)零観の空戦力は我々日本ファンには定評があるが大型機撃墜の記録がある反面TBMに撃破されていたりと単純に制空権奪取を主張できない.
(6)44年後半になると米軍にもカーチスSCが登場し数百機単位で生産されている.強敵である.
(7)観測機の観測位置は必ずしも安全ではない.アッツでは対空砲で撃たれており、戦前の米演習でも対空砲は観測機の脅威であるとしている.
   反面対空砲の有効射程外から観測する方法もあるが、観測精度は低下するらしい.
(8)主砲の爆風や敵弾で破損する観測機は多く、砲戦開始後の射出は現実的ではない.
(9)観測機搭載の通信機は妨害電波を危惧されていた.
   実戦でも通信機の低性能や故障で交信不能や困難になる例も少なくなかった.
(10)観測機は天候に左右され易い.
 
 以上の理由から、我が艦隊の観測機が活躍する為には先に敵艦隊を空母等の偵察機で確認し,戦艦が視認するより先に最低3機の観測機を発進させ観測位置に着かせておく必要がある.
また出来得る限り敵観測機,中でも特にカーチスSCは戦闘機によって撃墜し零観での空中戦を避ける.例えOS2Uでも空戦に1分でも時間を取られれば任務の達成は困難となる.
 俺的には観測機の効果を当てにせず、大和はきちんと殴りあう覚悟を固めるべきだと思う.
 観測機は使えれば使うという位の心積もりでいた方がいい.最後は装甲と火力だよ.

辺見じゅんの「男たちの大和」によればサマール沖では,一応,観測機が射出されたが,初弾観測はできていない.
 とても砲戦開始に間に合うように射出はできない.射出してその場で観測できるわけじゃないから.
 米の煙幕展開後に1機射出したが,1斉射観測後に消息を絶ち,2機目は敵艦隊の進路を報告した後消息を絶った.
 実は2機ともアベンジャーに迎撃されて1機目は撃破,何とか生還.2機目も撃退されていた.共に地上基地に帰還.
 日本側記録ではグラマン戦闘機に迎撃されたとなっているが,米側記録ではアベンジャーが撃墜したとされている.
 恐らく迎撃したのは米側記録にあるアベンジャーで,日本側記録にあるように何とか生還したのだろう.
 他に長門も1機射出したが詳細は不明.
 一部資料では,撃墜された大和機乗員の救助云々という話もあるが,当時は撃墜されたと考えられていたと思われる.

(軍事板)


 【質問】
 大和,武蔵は実戦で観測機,偵察機をカタパルト射出した記録ってあるんですか?

 【回答】
 レイテ沖海戦(10/25のサマール沖海戦)で大和が観測機3機を射出している.

 以下,「戦史叢書 海軍捷号作戦,<2フィリピン沖海戦」から引用.

1番機(機長:今泉馨中尉)
 0814 敵艦隊の状況を確認するため発進 
 0820 「米空母1隻が大火災中」とを報告
 0821 「敵は南東方向に避退しつつあり」と報告
 0827 「米戦闘機の追撃を受け,触接が保てなくなった」と報告し,連絡途絶
 0850 「敵戦闘機の追躡を受けつつあり」と報告し,再び連絡途絶
 0930 「50海里圏内を捜索するも敵を見ず,我れ基地に向かう」と報告し,サンホセ基地に向かう

2番機(機長:安田親文兵曹長)
 0851 1番機の連絡が途絶したため発進
 0855 「敵見ゆ,味方主力よりの方位150度,空母2,巡洋艦3,進路南東」と報告
 0910 米戦闘機の追躡と攻撃を受け,被弾のため操縦不自由となる
 0930 「被弾のため操縦不自由,基地に向かう」と報告し,サンホセ基地へ向かう
 1240 サンホセ基地着

3番機(機長:内田中尉)大和搭載中の長門機
 1145 サマール島北東海面の敵艦隊捜索とその終了後レイテ湾偵察のため発進
    (サマール島北東海面に敵を発見せず,反転してレイテ湾に向かう)
 1230 「レイテ湾内に輸送船約30隻が在泊中」と報告後,敵の通信妨害により連絡途絶
    → 大和は1320に受信(その時は,すでにレイテ湾突入を中止して北方に向かっていた)
 1410 セブに着水,サンホセ基地に向かう

 ちなみに第1遊撃部隊はシブヤン海で空襲を受ける前に大和の3機を残して,搭載機を全てサンホセに移動させています.

軍事板

 なお,沖縄特攻の際にも

 七日黎明,大隈海峡を通過,西南進を続く.
 「大和」に常時搭載する零式水上偵察機六機のうち,呉にて五機を却したるも,残る一機はここに「カタパルト」により射出し鹿児島基地に退避せしむ,
 このまま推移せば,あたら海底行の悲運はのがれがたければなり.
 艦隊上空に味方直衛機なし.

と『戦艦大和の最期』にあります,
 作戦が発動した後なので,これも入れていいかと.

笹山 in FAQ BBS


 【質問】
 大和型戦艦の艦橋に装備されていた13mm機銃は,資料によって連装だったり4連装だったりしますが,どちらが正しいのでしょうか?

 【回答】
 一応,福井静夫氏が1944年7月14日に調査した時には,艦橋部に機銃掃射対抗用として,連装の13mm機銃が2基搭載されていました.
 増備されたとすれば,そこから菊水作戦の前に行なわれたことになりますが,13mm四連装機関銃は銃架重量が1200kgで,連装銃架の凡そ3倍になります.

 突貫工事でも,これだけのものを搭載するのは架台から強度を考えないといけないので,あり得ないと思います.
 また,四連装銃架自体も,従来から装備していた艦はいずれも撤去されており,1944年には砲架そのものが残っていないか,地上用に転用されていた可能性が高いです.

眠い人 ◆gQikaJHtf2


 【質問】
 大和沖縄特攻時の武装を見て思ったんだが,ヤバイ対空砲の数だね.
 あの大量の対空砲は対空レーダー+FCSで運用されてなかったの?

 【回答】
 電探(レーダー)はあるけど,対空砲と連動はしていない.
 敵機自体は襲来の一時間以上前に探知してるけど.

 統制射撃自体は行なわれている.
 機銃射撃指揮装置が標的を捕捉すると,その旋回/俯仰角が電気的に検出され,電路を通じて各砲・銃座の指示装置の指針を動かす.
 砲・銃座の旋回手と射手はこの表示に従って旋回・俯仰を行なう.
 これによって,一基の指揮装置に対して機銃座数基を一群として,統制射撃を行なう事になっていた.
 しかし末期には指揮装置が不足し,沖縄特攻時の「大和」に増設された機銃座の大半は,無統制の状態だったらしい.

 更にいうなら,この統制装置は光学測距式なので,充分な数があっても,レーダーによるそれとは比べ物にならなかっただろう.

 当日,雲底がひくく視界が不良だった為,発見から射撃までの時間が短く,効率よい迎撃ができなかったというのもあるが.

特攻出撃直前の大和(米軍機撮影)


 【質問】
 大和には空調設備があったと聞いておりますが.現在と同じようなクーラーがついていたということでしょうか.
また冷蔵庫もあった(アイスが食べられた)と聞きますが,それも現在の冷蔵庫のようなものだったのでしょうか?

 【回答】
 暖房機能はありませんが,フレオン冷媒を用いた現在と同じような冷房設備がありました.
 作ったのは大阪金属工業(現在のダイキン工業)です.
 ちなみに,陸軍の○ゆ艇にも同じ機構のものが搭載されていました.

 冷蔵庫の方は確かアンモニア冷却のものだったかと記憶しています.

眠い人 ◆gQikaJHtf2


 【質問】
 武蔵はロケット弾を装備していたのでしょうか?

 【回答】
 「よく聞く話だが,証拠がなくて分からん」というのが正しいようだ.
 以下引用.

 捷一号作戦時の武蔵の中央兵装配置には諸説ありますが,噴進砲を搭載したという証言もあるのですが,開発時期や設置位置に疑問がある為,採用していません.

http://homepage1.nifty.com/watakan/yamato/research/musashi_variation.html

「武蔵ロケェェェェェット!」
「武蔵ビィーーーーム!」
「武蔵パァーーーーーンチ!」


 【質問】
 太平洋戦争中,何故,帝国海軍は大和型戦艦を積極的に前線で活躍させなかったのでしょうか?

 【回答】
 解除キターーーー.

 普通,戦艦に限らず,日本海軍の軍艦の運用は2隻単位です.
 大和の竣工から慣熟訓練,武蔵の竣工から慣熟までに可成りの間が空きます.
 でもって,慣熟してとりあえず2隻をまともに動かすことが出来るようになるまでに,既に制空権は取られています.
 更に,2隻を動かす燃料で,他の艦がどれだけ動かすことができるかを考えてみましょう.

 また,大和型は米国の新型戦艦に対応するもので,量より質を取った結果です.
 戦闘による損失は,そのバランスを崩すことになりますので,十分に有効な状況でない限り,大和型は投入出来ません.
 ……なんてことを考えていたら,ふと気がつくと,まともに投入できることが無いことに気がつくわけです.

眠い人 ◆gQikaJHtf2


 【質問】
「武蔵はある程度の浮力を持ったままゆっくり沈んだので,着底する前に海流に乗ったまま太平洋まで流れていったんでは無いか?」
という説は,どのくらい信用できるの?

 【回答】
 これ,何かの本に載って有名になりましたが,あり得ません.
 真っ直ぐに沈んだと言われていますが,浮力を失って水中に没した段階で,主砲の重みで船体はヒックリ返る筈ですから.
 その後,重い主砲が抜け落ちてキールの重みで船体は再び元に戻って,砲塔が抜け落ちた開口部から怒濤の如く海水が入って来て,海底へ一直線.
(要はビスマルクと同じ経過をたどる訳です)

軍事板

漂流中の「武蔵」艦内(想像図)


 【質問】
 ジャパニメーション「宇宙戦艦ヤマト」のおかげで,戦艦大和は世界的に有名なのでは?

軍事板

 【回答】
 それはない.
 そのアニメなら,海外では「アルゴ」と改名されているからだ.
 それだけじゃない.日本を連想させるものはすべて抹消を図られた上で放送されている.
 あれが本当の名前は「大和」で日本の戦艦だと知っているのは,海外じゃ一部のマニアだけだ.

 以下引用.

『スター・ブレイザーズ』はやはり日本の子供達が見ていた『ヤマト』とは相当違う.
 まず,ヤマトの船名は「アルゴ」に改名されている.『アルゴ探険隊の冒険』のアルゴだ.
 じゃあスター・ブレイザーズって何のこと? 聞かないでくれ.放送から25年も経った今でも僕はスター・ブレイザーズ(複数形)が何を指すのか分からない.

 他に大きく違うのはデスラー総統のキャラクターだ.
 敵ながら勇猛で紳士的な軍人だった総統はアメリカでは,『カリギュラ』のマルコム・マクダウェルのような退廃的ローマ貴族,手っ取り早く言えばオカマ言葉に吹替えられた.

 『ヤマト』を改変したグリフィン・バコール社は「改善」と表現している.
 1980年の米『スターログ』誌のインタビューでトム・グリフィンはこう言っている.
「我々は元の番組にあったバイオレンスを『改善』した.
 たとえば人間が死ぬ場面では,人間のように見えるがみんなロボットだと説明した」

 〔略〕

 『ヤマト』は船名をアルゴにされただけでなく,戦艦大和として太平洋戦争でアメリカ軍に轟沈されるフラッシュバックも完全にカットされた.
 『ヤマト』が日本でヒットした原因は,大日本帝国の象徴である戦艦大和に地球を救わせてナショナリズムを刺激したことだといわれる.
 それをアメリカ側は許さなかった.
 ナショナリズムは『ヤマト』の一要素に過ぎないのだが,グリフィン・バコールは日本と関連する描写を完全に消し去った.
 第13話の回想シーンで古代進の両親が敵の攻撃で死ぬ直前に,進と兄の守が寿司を食べるシーンは,巻寿司が画面に映っているのにセリフでは「チョコレート・ケーキ」と吹替えられた.
 沖田艦長がドクター佐渡と酒を酌み交わすシーンは「ミネラル・ウォーター」になった.
 その理由は色々ある.理由A,サケは日本の物だから.理由B,アメリカのテレビアニメでは誰も酒を飲んではいけないから.
 出撃前にアルコールを摂るなんてアメリカ人には考えられない.

 グリフィン達は単に外国のアニメをアメリカ版にしただけだろうが,彼らは無意識のうちに「アメリカはメルティング・ポット(るつぼ)」なのだという考えを押しつけている.
 つまりどんな国から来た移民も,もしアメリカに住んで働きたいなら,坩堝の中でドロドロに溶かされて民族文化や伝統を放棄し,「普通のアメリカ人」に同化しなければならないという考えだ.

 『スター・ブレイザーズ』の登場人物の名前は民族性を抹消されている.
 まず主役は古代進ではなく,「デレク・ワイルドスター」というルーク・スカイウォーカーよりはるかにアホな名前になっている.
 森雪は「ノヴァ」になった.『猿の惑星』の原始美女と同じく苗字はない.
 島大介は「マーク・ヴェンチャー」,沖田艦長は「キャプテン・アヴァタール」,真田さんは「サンダー」,ドクター佐渡は「セイン」と改名された.

パトリック・マシアス著『オタク・イン・USA』(太田出版,2006.9.9),p.92-95

 あの松本零士が,よく文句をつけに行かないもんだ.


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