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(画像掲示板より引用)


 【link】

Anti-Aircraft Artillery Bibliography

「帰ってきた真実日記 ?」: 「バブルで勝つ」軍用機生産

●書籍

『Gunner: An Illustrated History of World War II Aircraft Turrets And Gun Positions』

 旋回銃座だけそろえた写真集なのですが,ドイツとアメリカの銃座は精密ですね.
 各銃座一枚ずつ程度なので,もう少し見てみたい気がします.
 写真はややムード重視ですが,それでも普段わからない部分のドアップで楽しめます.

 一方,日本のは,NASM一式陸攻の胴体前半部分だけでした.

-----------------軍事板,2011/11/12(土)

『あっと驚く飛行機の話 新しい視線で眺めるWW2』(飯山幸伸著,光人社NF文庫,2008.5)

 飛行機や人物などの知られざるエピソードで綴られた航空物語.
 戦略爆撃機B-17のマイナーな派生型,第二次大戦中に使われたロケットや複葉機など,様々なエピソードがあります.
 〔略〕
 「零戦とそっくりな戦闘機」のほか,
日本やドイツで使われた斜め銃の話(第4章)
第二次大戦中に使用された旧式機や複葉機,旅客機の話(第6~8章)
エドガー・シュミュード(第9章)やリヒャルト・フォークト(第10章)
など,様々な話が記されており,面白く読める一冊です.

―――グンジ in mixi,2008年05月11日16:52

『異形機入門 究極の機体徹底研究』(飯山幸伸著,光人社NF文庫,2004.6)

 変形機や先尾翼機,双子エンジン装備機や滑空機など,様々な異形機を纏めた一冊.
 本書には日本の震電やドイツのドルニエDo335プファイル,アメリカのチャンスヴォートV-173フライングパンケーキ等のメジャーな機体から,マニアックな機体までを集めて解説しています.
〔略〕
面白い一冊です.

――――――グンジ in mixi,2008年09月15日17:52

『現存欧州大戦機アーカイブ』(藤森篤著,枻出版社,2012.3)

『レーダーの歴史 英独暗夜の死闘』(辻俊彦著,芸立出版,2012/3/30)

 レーダー黎明の頃から,第2次世界大戦での英国とドイツの激闘を中心に,レーダーと言う機器から見た技術史を追ったもの.

 残念ながら,参考にしたのは英語文献が主なので,ドイツのレーダーについては通り一遍しか触れられていない(作者もそれは認めている)が,挿図などは非常に判りやすいものとなっている.
 気になったのは,デファイントが爆撃機になっていた事位かな…
 確かにあの形態では,爆撃機に類別されても仕様が無いが.

 因みに,作者は日本生まれだけど,カナダに渡って,重電メーカーの現地法人でチーフ・エンジニアを務めた人なので,技術的なバックボーンは十分だと思われ.
 ただ,カナダ航空保存協会所属の人なのだから,宗主国の軍用機であるデファイント位(以下略…なのは,英国面に落ちた者の僻みか.

 なお,日本のレーダーについても,1章を割いているものの,こちらはちょっと皮相的なので,逸話的なものを求める読者には,余り参考にならないかも知れない.

------------眠い人 ◆gQikaJHtf2 in 軍事板,2012/05/05(土)

 【質問】
 「帰ってきた真実日記」というサイトで,「木製機は寿命が短い」という記載を見つけたのですが,WW2の時点での木製・金属製飛行機の寿命って,各々どんくらいなんですか?
 開戦時にあった飛行機の寿命は,1945年の終戦まで持たなかったんでしょうか?

 【回答】
 木製機の寿命は,手入れと管理によりけり.
 ソ連のような,朝昼,夏冬の寒暖の差,湿度の差が激しいところでは,合板は早急に劣化します.
 日本だって,合板を外に出しておけば,数年でグズグズになりますよね.
 アレと同じです.
 腐朽や接着剤の劣化などが原因です.

 逆にソ連とは違って,湿度が少なく,気候の安定した土地なら,長持ちします.
 ガレージや博物館の倉庫のようなところに入れておくなら,相当長持ちします.
 博物館で管理された,WW1時の木製戦闘機の一部は,現在でも飛行可能です.
 これは手入れと管理がいいからです.

 金属戦闘機も同じです.
 手入れと管理次第です.
 木製よりは管理しやすいでしょうが,アルミ合金の一部は,酸化などにより経年劣化しますので,くわしく「何年は大丈夫」というのは算出できません.

 反対に,第二次大戦中,あるイギリスの将校は,車でも洗うように,自分の愛機の木製機に毎日水をかけて洗っていたため,半年程度で機体にガタが出てしまった,なんて話も聞いたことがあります.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 開戦時に存在したI-16やバッファローみたいな旧世代機が,1945年まで飛び続けたことはないと思いますが,旧式になった飛行機はその後どうなったんでしょうか?
 使えてもスクラップにしちゃうんでしょうか?

 【回答】
 まずは軍用機として,第三国に輸出したり,払い下げたり.
 お国の事情によってはまだ使える国もあるってことですね.
 民間に払い下げってのもありますけど.
 有名どこではテキサンとか.

 タイ空軍のBF2C
http://members.tripod.com/peterlewisdesign/thaimuseum/hawk3.htm
 1949年まで現役とあります.

 グアテマラ空軍P-26ら
http://www.laahs.com/artman/publish/article_44.shtml

 自軍で使い続けるならば,旧式機は後方の,敵があまり来ないと予測されるところへ配置換えしたり,新人の教育用に回したりします.

 日本の96艦戦や97戦は,一線を退いた後は,その多くが高等練習機に転用されました.
 イギリスのグラディエーターは,半数が輸出されました.
 戦争開始後は,より緩やかな戦場(地中海やイギリス北部,北大西洋など)に,配備されました.
 その後,一線から引き上げられた後は,練習機や連絡機等の,雑多な任務をこなしました.
 I-16は,空対空戦闘に使用された後,ロケット弾や20mm機銃を装備しての対地攻撃を行いました.

 また,変わった例として,ロックやデファイアントの一部は,地上銃座に転用され,基地防空の一部を担いました.

 その他,旧式化した機材は,大半は破棄.必要分の機体は,新しい機上機材のテストヘッド,練習機,連絡機,標的曳航機など,雑多な任務をこなした後,破棄というのが通例です.

 そこまで使いまわす例は稀ですが,ここまで使いまわすと,部品の欠乏や減耗で,一定の稼働状態を維持できなくなります,普通は.

 ちなみに,寿命もパーツも残っている場合ですが,それでも破棄は珍しくありません.
 たとえば,スピットのファイヤの最後期生産型の一部は,総飛行時間20時間程度で,スクラップや博物館送りになったものがありました.

軍事板
青文字:加筆改修部分

I-16
(画像掲示板より引用)


 【質問】
 現存する第2次大戦機のうち,おそらく飛べるのだけで200機以上はあるそうですが,エンジン関係の保守部品が飢枯している,なんて話はないんですか?

 それにしても,スミソニアンでエンジン内まで防錆コートされて保存される紫電改と比べると,疾風は不運だね.
 あとは朽ち果てるのみ,か.

 【回答】
 RRマーリンやアメリカ製の星型エンジンだったら,大抵の部品は新品で流通してるよ.
 マスタングなんかは機体のほうも,新品胴体なんてのもあったりするしね.
 他の機種も機体のほうは,職人が何とかしてくれるから問題はないみたい.
 もちろんそれなりのお金は掛かるけどね.

 部品的にヤバいのはRRグリフォンと,シーフューリー用のブリストル・セントーラスだってさ.
 シーフューリーの多くがR3350にエンジンを換装しているのは,部品がもうほとんどないのが理由らしい.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 航空機工場での工員のモチベーションを高めるための工夫には,どんなものがあったのでしょうか?

 【回答】
 第二次世界大戦中,グラマン社のモットーは 『皆が満足する職場なら,よい製品が出来る』 だったそうな.
 で,その為に何をやったかと云うと 『会社全体が家族』 と云う,日本のどっかの町工場のような雰囲気を出す事と,仕事自体は単調なんで従業員の気分転換に気を使い,
・リクリエーション施設の設置.
・車が故障したら,従業員の為に迎えの車がやってくる.
・託児所完備.
・感謝祭には七面鳥を支給.
・ランチタイムには講師を呼んで,各種講演会を実施.
と云うことをやっていたそうな……

 対する日本はというと……
・大詔奉戴日に乾燥バナナが配給されたが,中に虫が居た.
・学徒勤労報国隊の宿舎は,12畳に10人が寝るという状態.
・工廠まで,雨や雪になるとぬかるむ道を一時間余り歩いて出勤.

 ここら辺が国力の差なのか…… (w`;  

ベタ藤原 in mixi


 【質問】
 ハインケル Heinkel He3 って何?

 【回答】
1) ハインケル HE3のことなら,1923年に,スウェーデン海軍が,性能に不満のあったLVG C.VI 練習機の代替として購入した,エルンスト・ハインケル設計の3座単葉練習機です.
 スウェーデンの航空機製造会社,スヴェンスカ Svenska において2機が組み立てられましたが,この会社はハインケルの指導の下にありました.
 この2機は,スウェーデンのHa:gerna:sにある飛行学校において,1927年まで使用されました.
 その後1機がスクラップとして払い下げられたが,修復されて民間において使用され,1929.1.2,Sandby O:stergo:tland において遭難し,乗員乗客共に死亡しました.
 
Engine: Siemens Sh 6 (140 hp).
Length: 7,20 m
Span:12,10 m
MTOW 1.000 kg
Max. speed: 150 km/h.

2) それはもしかして,ハインケル He111を誤訳したものではありませんか?

 【参考ページ】
http://www.avrosys.nu/aircraft/MFV/066-he3/66HE3.htm
http://en.wikipedia.org/wiki/Heinkel_HE_3
http://sv.wikipedia.org/wiki/Heinkel_HE_3

写真
(こちらより引用)

カラーイラスト
(こちらより引用)

【ぐんじさんぎょう】,2013/06/09 20:00
を加筆改修


 【質問 kérdés】
 ハインケルHE-8って何?
Mi az Heinkel HE-8?

 【回答 válasz】
 ハインケルHE-8は,1920年代後半にドイツで製作された水上偵察機.
A Heinkel HE-8 1920-as évek végén Németországban gyártott felderítő vízirepülőgép volt.
 スウェーデン海軍でのHE-5の成功に触発されたデンマーク海軍の発注により開発されたもので,デンマーク海軍では輸入及び「Orlogsværftet(海軍工廠) HM.II」としてライセンス生産することを望んでいた.
 1940年のドイツの侵攻時,22機がデンマーク海軍にて現役にあり,その後,1機がルフトヴァッフェで試験機として用いられ,残りは予備役保管となった.

 なお,HE-8のうちの1機はパッカード3A-2500エンジンを搭載し,HE-31と称されている.

 【参考ページ Referencia Oldal】
https://live.warthunder.com/post/578306/en/
http://flymuseum.dk/fly/22-historie/forsvarets-fly-for-1940/260-heinkel-he8-h-m-ii
https://forum.valka.cz/topic/view/68709/Heinkel-HE-8 ※図1~3引用元

ハインケルHE-8
faq180408he.jpg
faq180408he2.jpg
faq180408he3.jpg

mixi, 2018.4.9


 【質問】
 パンダー Pander E 練習機について教えてください.

 【回答】
 1926年に初飛行した,オランダの Nederlandse Fabriek van Vliegtuigen H. Pander & Zonen (パンダー&ゾネン航空機工場)製の複座機で,同社のパンダーD型の後継機.
 脚は左右車輪間隔を広く取り,胴体から下げたV字形斜め支柱が下翼と結合する点で,脚柱を装着した.
 主翼は一葉半,木製骨格に羽布張りであり,上下翼とも半片持ち翼で張線は無し.
 胴体は木製骨格に金属板と羽布張り.
 EC型ではチェコスロバキア製ワルター空冷5気筒エンジン(60hp)を搭載し,最高時速140km.
 翼面積17.7m^2,総重量600kg.
 ロッテルダム航空クラブ(RAC)や国立航空学校(NLS)などで採用され,17機が生産された.

 【参考ページ】
佐貫亦男「飛行機のスタイリング」,『航空ファン』1995年4月号,p.158
http://en.wikipedia.org/wiki/Pander_E
http://1000aircraftphotos.com/Contributions/Visschedijk/9724.htm

三面図
RACにおけるパンダーEC型2号機
(こちらより引用)

【ぐんじさんぎょう】, 2013/04/15 20:10
を加筆改修


 【質問】
 第二次大戦時の航空機の外板を見ると,結構ボコボコしてるんですけど,同じ機種でもボコボコ加減はかなりちがうのでしょうか?
 また,P51Dの層流翼は全機磨いたようにツルツルなんでしょうか?

 【回答】
 私が勤人の当時に同じ職場の年輩の方が,戦時中に府中工場で働いてました.で,飛行機マニアでした.
 私が科学博物館でゼロを見て,機体のボコボコについて聞きましたところ,工場出たてであんなもんだと言ってました.
 工場ではアールのキツイとこだけ機械で,あとは手作業で女子の勤労動員が機体にジュラルミンを,リベット打ちしてたと言ってました.

 その人は8月15日,平和島で米軍の水上偵察機の撃墜を目撃していて,まだあそこに沈んでると言ってましたよ.

軍事板

 超音速の戦闘機はさすがにツルツルだけど(突起部から衝撃波が発生する),今でも民間機は結構デコボコしてるよ.
 つーかジャンボとかでもロールアウト直後からベタベタ補修パッチが貼ってある.

軍事板


 【質問】
 WW2で使われたエンジンのマーリン,ダブルワスプ,デュプレックスサイクロンやドイツ製の航空エンジンは,どのようなレアメタルを使ってましたか?

 【回答】
 その頃のエンジンの資料がなかったので,一世代前のエンジンになりますが.

P&Wツインワスプ.
 クランク軸は鍛造合金鋼製.
 排気弁にナトリウムを封入し,排気弁はステライト(コバルト,クロム,タングステンの合金)で溶着しています.

Wright ホワールウィンド.
 クランク軸は特殊合金鋼製.補機台はマグネシウム合金.
 排気弁にナトリウムを封入し,排気弁はステライト(コバルト,クロム,タングステンの合金)で溶着しています.

Allison V1710.
 排気弁と弁座部はステライト(コバルト,クロム,タングステンの合金)で溶着.
 弁の蓋とエンジン後方の後蓋はマグネシウム製で,接合棒とクランク軸がクロム・ニッケル・モリブデン鋼の鍛造品.

BMW9.
 接合棒がニッケル・クロム鋼製,クランク軸がニッケル・クロム・タングステン鋼製.
 クランク函はマグネシウム合金の鋳物.

Hispano-Suiza 12X
 排気弁はニッケル・タングステン鋼製.
 過給器の筐体は,エレクトロン(マグネシウム85パーセント以上,アルミニウム・亜鉛・カドミウム・マンガン
の合金).

R.R.マーリン
 排気弁にナトリウムを封入し,排気弁は燐青銅で,弁座にはクロムを利用したシルクロムを利用.
 吸入,排気の弁棒端にはステライト(コバルトを主成分とし,クロム25~32パーセント,タングステン4~25パーセント)合金製.
 クランク軸はニッケル・クロム鋼製.
 クランク軸受けは鉛青銅製.

Daimler Benz DB600
 気筒とクランク函がシルミン・ガンマ合金(シリコンとアルミの合金).
 クランク軸はニッケル・クロム・タングステン鋼製.

眠い人 ◆gQikaJHtf2 in 軍事板
青文字:加筆改修部分

http://www.pilotfriend.com/aero_engines/aero_eng_dvmt.htm
の「Material」の項によると,ベアリングには銀とともにインジウムが使用されて良い耐久性を得ていたようです.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 第二次大戦中に活躍した,欧米の航空機メーカーって今どうなってるの?

 【回答】
・スーパーマリン,アブロ
 1977年にスーパーマリン,ホーカーシドレー,アヴロ,ブリストル等が合併して,ブリティッスエアロスペース(BAe)
 1999年11月,BAEシステムズに改名.
BAE sys

・ボート
 まだあるみたい.
Vought Aircraft Industries, Inc.
その社史

・ノースアメリカン
 1967年,ロックウェルと合併して,ノースアメリカン・ロックウェル.
 1973年,ロックウェル・マニファクチュアリング社がノースアメリカン・ロックウェル社を合併して,ロックウェル・インターナショナル.
 1996年に航空宇宙・防衛部門をボーイングに売却.
 というわけで,現在はボーイングです.
 ちなみにロックウェルは,軍事部門をパージした後,モデムつくってます.
ボーイング
ボーイングのサイト内にあるノースアメリカンの社史

・リパブリック
 1972年にフェアチャイルドと合併して,フェアチャイルドリパブリック
 1990年にグラマンに買収される.といか,フェアチャイルドが軍需部門を売却したと思われる.
 1994年,ノースロップと合併してノースロップグラマン.
 したがって現在はノースロップグラマンです.多分.

 航空産業は離合集散が激しすぎる上,部門売却が多いから,この会社は今のどことかは一概には言えないかもしれません.

参考
世界軍需企業一覧

・メッサーシュミット
 戦後合併してメッサーシュミット・ベルコウ・ブローム(MBB)になって,ヘリとか作ってませんでした?
 確かにそれ以前は,かわいい車作ってましたね.
 で,MBB+ダイムラーベンツでダイムラーベンツエアロスペース,更に親会社のベンツがクライスラーと合併したので,ダイムラークライスラーエアロスペース(DASA)に改称.
 …と思ってたら,2000年にアエロスパシアルとCASAと合併して,EADS(ヨーロピアン・アエロノーティック・ディフェンス・アンド・スペース)って会社になってたのね…
名前長すぎ(笑

軍事板,2001/06/15(金)
青文字:加筆改修部分


◆◆◆防空


 【質問】
 WWⅡに関しての質問です.
 前線の陸軍基地などで,敵の航空奇襲を防ぐためにどのような対策が採られていたのでしょうか?
 例えば映画などで(アフリカ戦線)戦車の放列が敵機に奇襲されたするのを見かけますが,移動式レーダー(車載)などは開発されていなかったのでしょうか?

 【回答】
 1940年には車載レーダー(といってもトラック4台で運用するものですが)がすでに配備されていました.
http://en.wikipedia.org/wiki/SCR-270_radar
 同サイトに書いてありますが,ハワイのSCR-270は真珠湾攻撃の日本機編隊を捉え,早期警戒の役割を果たしました.
 ただし,その警告は活かされなかったというわけ.

 もう少し古くには,ドイツが1938年に車載のWurzburgレーダーを配備し,対空用に使用しています.
 波長が短いため,有効距離は40キロ程度でした.
 そこで有効距離が160kmに達する,Freyaレーダーと組み合わせて使用されたりしました.
 Freyaは車載というわけにはいきませんが,それでも移動可能なシステムでした.

 対する英国が,ドイツ機の空襲に対する早期警戒に用いたCH(Chain Home)レーダーは,鉄塔が並ぶ類の固定施設群で,有効距離は長いものの,車載等は不可能でした.
 ただ,用途が本土防衛であることを考えると,車載の必要もなかったでしょう.

 結局,国土をカバーするレーダー網を運用できたのは英の方であり,野蛮ではあるが有効な兵器となりました.

軍事板


 【質問】
 WWIIのころの地上用防空レーダーは
・要所要所に複数設置する
・広範囲に,点々と設置する
のどちらが主流だったのでしょうか?

 【回答】
 ドイツの場合は,広範囲に点々と設置しています.
 後,レーダーだけではなく,従来の聴音機,照空灯を上手く組み合わせて,ノルウェーからスイス国境に渡るカムフーバー・ラインを形成し,英国の夜間空襲に対抗しました.

 ちなみに,当時のドイツ軍の遠距離操作レーダーは有効距離200km,近距離精密レーダーは60km,機上捜索レーダーが3~4kmです.

 日本の場合は,要所に設置する傾向があり,御前崎とか室戸岬など,米軍機が来るであろう地区に重点的に配備されています.

 英国の場合は,戦前からレーダー基地を設置していっています.
 これを,ChainHomeと呼び,1940年の段階で,ブリテン島南部から東部に掛けて,長距離対空捜索レーダーが26基で,探知距離はドイツと同じく,200km程度.
 これに低空目標捜索レーダー(探知距離80km程度)が加わり,補完します.

眠い人 ◆gQikaJHtf2 :軍事板,2005/12/23(金)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 第2次大戦中,空対空ロケットはどれくらい普及していたんでしょうか?
 ペイロードが許せば必ず搭載するような代物だったのか,対空バズーカのような変り種だったのかが知りたいです.

 【回答】
 第2次大戦当時だと,ロケット弾はほとんどが空対地,空対艦で,空対空のものはごく少ない.

 一番使ってるのが,第2次大戦末期のドイツ本土防空部隊.
 地上用の重い21cmロケット弾を積み,重爆撃機の編隊めがけて発射.
 直撃させるのは難しいが,編隊が崩れて攻撃がかけやすくなる.

 あと,有効だったのがジェット戦闘機Me262用のR4Mロケット弾.
 これは小型のを一斉発射するもので,米軍の重爆撃機に深刻な被害を与えた.
 ただし無誘導ロケットは,戦闘機など軽快に機動する敵に当てるのは難しい.

 これ以外にも,ソ連軍(対地用だけど,一応爆撃機に対しても撃てる),日本海軍でも空対空ロケット弾を使っている.

軍事板,2009/07/01(水)
青文字:加筆改修部分


◆◆◆その他の機材


 【質問】
 第二次大戦中,輸送グライダーが多用された主な理由は何ですか?

 【回答】
 重要な戦略物資を使用する必要が無く,動力系が無いので,かなり簡単に作れ,しかも安く,数を揃えやすい.
 また,輸送機1機で数機を曳航できるので,輸送効率が良い.
 反面,降着にある程度の広さを要すること,また回収が困難で再使用が難しいことから,Helicopterが実用化されると廃れていってます.

眠い人 ◆gQikaJHtf2 in 軍事板


 【質問 kérdés】
 カナディア DC-4M / C-4 とは?

 【回答 válasz】
 カナデア社でライセンス生産されたダグラスDC-4です.

 Avro Tudor
の失敗の御陰でBOACは旅客や貨物が運べる機体であれば,何でも掻き集めて運航しないと路線が維持出来ないという危機に陥りました.
 QantasやSouth Africa Airlinesと言った英連邦諸国は躊躇無く米国製の旅客機を購入したのですが,航空先進国の英国は米国製の旅客機を購入することに躊躇いがありました.

 そんな中,英連邦諸国でTudorの購入をしなかったカナダから救いの手が差し伸べられました.

 とは言え,それは米国製旅客機の魔改造バージョンだったりするのですが….
 この機体も,Tudorと同じく1943年に考案されたものです.
 ただ,飛行機会社では無く,ユーザーであるTrans Canada Airlinesの首席技術者であるJ.T.Bayinと言う人物の発想です.
 彼は自社の路線に1番合う機体を考えていましたが,英国とは異なり,柔軟な考え方を持って居ました.

 彼の発想は,新規に開発するのでは無く,既に実績のある機体を改造する事で,安く,自社に合った機体を導入しようとしました.
 そのモデルになったのが,既に米国で開発され,第2次世界大戦中に軍用輸送機として相当数が生産されていたDouglas DC-4です.
 しかし,その空冷星形エンジンは燃費が悪く,震動も多いものでしたから,旅客機としては余り好ましくないと考え,その代わりに,自国でも生産し,震動の少ない液冷V12気筒のR.R.マーリンエンジンを装備する事を選びました.

 この考えはカナダ空軍からも支持を受け,1945年8月から早速Canadairで試作が始まりました.
 試作機は1946年7月20日に初飛行を行い,先ず空軍に納入されました.
 この初期型はDC-4M-1と呼ばれ,6機が生産されて空軍から一時的にTrans Canada Airlinesに引き渡され,大戦中に疲弊した機体の代替に充てられました.
 但し初期型は与圧式の客室が装備されておらず,居住性が余り良くありませんでした.

 カナダ空軍ではその後,返還された機体をVIP輸送を主任務とする第412輸送飛行隊で利用し,首相や総督と言ったVIP輸送に充当したほか,朝鮮戦争では,本国との連絡飛行を599回行い,3,178トンの貨物と13,000名の将兵を無事故で運んでいます.
 1967年からは第426輸送飛行隊に転属し,国内基地間輸送に充てられて,1970年早々に退役しています.

 民間型としては,1946年8月にDC-4M-2と呼ばれる最終試作型が初飛行します.
 これにはDC-4に無かった与圧式客室が装備されており,近代旅客機としての体裁が整いました.
 また,更なる騒音低減を狙い,Trans Canada Airlinesの技術者はエンジンの排気管を改造して6~8デシベルの騒音低下に成功しました.

 この機体は,Trans Canada Airlinesから20機,空軍から17機の発注を受け,その生産が始まり,名称はCanadair C-4となって,1948年4月からTrans Canada Airlinesの各路線に投入を始めました.
 Trans Canada Airlinesでは1954年にSuper Constellationに代替を開始するまで,米国とカナダを結ぶ国際線や欧州便で活躍しました.

 この成功を見て,ライバル会社であるCanadian Pacific Airlinesが1949年春に4機の引渡しを受けましたが,更に多くの機体を採用したのが他ならぬBOACです.
 Tudorが失敗に終わり,代わりの機体を探していたBOACは,カナダでまともな輸送機が生産されていることを知って,1948年7月にこの機体の採用を決めて22機を発注しました.

 BOACではArgonautと名付けられ,Aで始まる機体名をそれぞれ宛がわれて,1949年11月までに全機が納入されます.
 この機体が引き渡されて初めて,BOACでは主要路線機材の近代化が完成した訳です.
 因みに,BOACでは本家Rolls-Royceの支援を得て,エンジン騒音の更なる低下を図るべく,改造キットを開発して取り付けました.
 これにより,騒音レベルが5~8デジベル低下したばかりで無く,馬力が1基当り38馬力向上し,速度は10km/h,航続距離も4%程向上しています.

 この機体で有名なエピソードとして,Atlantaと名付けられた機体が,1952年2月1日,エジンバラ公とエリザベス王女を乗せてケニアへ飛行します.
 2人は英連邦諸国を巡るツアーを行う予定でした.
 しかし,国王ジョージ6世の急逝を受けて,2月6日に新女王となったエリザベス2世を乗せてロンドンにとって返したのも同じ機体でした.

 因みに,BOACでは1958年まで主力機として活躍し,1960年に退役が完了しました.
 その後,これらの機体はBritish Midland AirwaysやOverseas Aviationなどの中小航空会社に売却され,チャーター輸送や貨物機に改造されて更に長く活躍を続けています.
 最後に飛行したのは実に1975年6月19日の事です.

 変わり種として,1950年にCanadair C-5と呼ばれる機体が1機だけ試作されました.
 これは機首を伸ばし,DC-6の様にして,エンジンも空冷星形のR-2800エンジンに換装したものです.
 これも第412輸送飛行隊に引き渡され,17年間に渡りVIP輸送に従事しました.
 その後は,練習機となり,最後は米国に売却されています.

眠い人 Álmos ember ◆gQikaJHtf2 : 2019/03/15 23:50


 【質問 kérdés】
 アブロ・リンカーンをカナダでも生産することになった経緯は?

 【回答 válasz】
 Australiaと言えば,孤立した大陸です.
 連合国の一員として対日戦争を戦っている時には,ニューギニアやその周辺島嶼に展開した中距離爆撃機であるB-25やBeaufort,Beaufighterが重宝されましたが,戦線が縮小して本土に近付く頃には,長距離を飛行出来る爆撃機が必要となります.
 この任務,最初は米国製のLiberatorが充当され,250機余が米国から供与されましたが,後継機は国産化出来る機材と言う事で,宗主国である英国製の機材から選定され,丁度生産が開始されたAvro Lincolnに白羽の矢が立ちました.

 空軍ではA73と名付けたLincoln Mk.30を1943年に85機を発注し,GAFにて国産化を図ります.
 最初の5機は,英国から送られた部品を組み立てるノックダウン生産でしたが,1946年11月に初飛行した6号機からは完全国産化されました.

 引き渡された機体はLiberatorの代わりに配備され,1949年3月以降第1,2,10スコードロンが編成されました.
 その後,31~34号機,36~40号機,42~46号機はレーダーや無線機が更新され,長距離爆撃機として運用されます.

 この結果を受けて48号機は更に改造され,機首部を延長してロングノーズとなり,海上哨戒機M.R.Mk.31としての任務が付与されました.
 此の点,同じLincolnから徹底的に改造して哨戒機とした英国と南アフリカのShackletonと違います.
 この改造を受けたのは48号機の他,28号機,55号機,57号機から73号機までの20機で1953年9月からGAFにて改造が開始されました.

 その他のLincolnは,15号機が航法練習機として,14号機と18号機は乗降用梯子と座席を取り付けてVIP輸送機に転用されています.

 1953年,Lincolnの爆撃機としての任務は,後継機であるCanberraの導入により代替され,1950年代末には爆撃任務から完全に始めます.
 けれども第10海上哨戒スコードロンに所属しているM.R.31は,1961年6月にNeptuneの導入でやっと代替が為されました.

 1946年から1961年までの間で失われた機体は11号機,16号機,40号機と64号機の4機,この他9機のLincolnが英国空軍から試験的に引き渡され運用されています.

眠い人 Álmos ember ◆gQikaJHtf2 : 2019/03/17 22:50


 【質問】
 WW2の航空機で潜水中の潜水艦を攻撃出来たんでしょうか?

 【回答】
 潜望鏡深度くらいまでだと,ロケット弾攻撃で外殻に穴をあけ沈める事が可能です.
 それより深いと,探知が困難になります.
 日本の「東海」はこの点でけっこう先進的で,潜航中の潜水艦を磁気探知機で精密測定し(逆に言えば探知範囲が狭い)爆雷攻撃を行う事が可能でした.
(少なくとも「丸」なんかの手記だと上手く沈めたように書いていた)

 しかし当時においては,潜水艦は所詮可潜艦で,昼間天候がよくて潜航深度が比較的浅い場合,空からでも水中を航行する艦影を確認することができました.
 そこでASWとしては,浮上航行中やシュノーケル航行中をレーダーで探知し攻撃するのが主流でした.
 Uボートなんかでは水上航行中に敵機を発見,あわてて潜航したけど上記のような形で位置がモロバレになり爆雷攻撃で撃沈された艦もけっこう多かったようです.

 この点で日本は,米英に大きく能力で劣っていました.

軍事板


 【質問】
 大戦直前当時と現在とでは航空機の更新ペースが違うわけで.メーカーも多数あり,雷撃機なんかはやたらと新型が出てたわけですが,戦闘機はともかく,当時は輸送機などの後方機種はそんなに更新頻度高かったっけ?

 【回答】
 輸送機はそんなに高くないだろ.
 それどころか,お古の爆撃機を輸送機に流用した例が結構あったような.

Ju52/3mが1932年初飛行
⇒終戦まで主力

DC-3 1935年12月初飛行
⇒DC-4 1942年初飛行

カリーニンK-5 1929年初飛行
⇒ダコタスキー 1940年ライセンス取得

 英国なんか駄作爆撃機を流用したパターンばかりで,そのせいで英国が一番,輸送機の機種更新頻度が高いみたいだね.

 ちなみにJu52/3mは,戦後もフランスやスペインで生産されて使われたよね.

軍事板


 【質問】
 もし太平洋戦争時にヘリが生まれていたら,一体どうなっていましたか?

 【回答】
 ヘリが生まれたのは戦争中です.
 アメリカのシコルスキーによる実験,ドイツのドラケン,コリブリなど.
 仮にもしごく初期に生まれたとしても大勢に影響はないでしょう.
 初期のヘリはエンジンの出力不足が原因で,現在のような大々的な使用には至っていませんから.
 せいぜい砲兵観測,哨戒任務,傷病者輸送,限定された兵員輸送に細々と使われたぐらいで終わったでしょう.
 最悪のケースだと珍しいオモチャぐらいの扱いで終わる可能性もあり得ます.

 現代レベルかそれに近いヘリを製造できる工業基盤が例えばドイツなりにあったとしたら,歴史は我々が知るものとは別物であったでしょう.
 ヘリというメカニズムを実現する技術力や工業力は,それ専用のものではなく,いろいろと応用ができる者ですから.
 まあ数百年前から世界史を大改変しなければ,そういった状況は発生し得ませんので,歴史が変わるのは当たり前なんですが.

軍事板


◆◆◆メカニズム


 【質問】
 現在の技術でレシプロ戦闘機を作った場合,第2次大戦時の戦闘機の性能を上回れるものは作れるのでしょうか?
(ノリとしては二式大艇→US-1みたいな)
 「音速の壁」がある以上は,WW2後期のレシプロ戦闘機(FF6や疾風)は完成形のように思えるのですが.

 【回答】
 当時のレシプロ戦闘機は水平飛行では音速の壁には達していません.700km/hを少し超えたくらいです.
 今の技術で作れば800km/h程度は出せます.
 また,パワーウエイトも高くできるので加速もよくなりますし,スラットやフラップによる旋回性能の向上も行われています.
 最新の技術を投入すれば,当時の戦闘機を圧倒することでしょう.

 加藤寛一郎が『ゼロの伝説』というタイトルで,現代技術の粋を使って零戦を作ったらどうなる?という本を書いてます.
 主題は自主開発国産の問題の本なのですが(笑)
 一読されては如何かと.

軍事板


 【質問】
 先の大戦での水上機は,日本が世界最先端を行っていたとのことですが,なんで他国は水上機の開発に本気で取り組まなかったんですか?

 【回答】
 その必要性が,限りなく低かったため.

欧州各国:
 そもそも水上戦闘がほとんど起こらなかったので,必要性が薄かった.
 日本や太平洋諸島じゃ滑走路が,面積や数の面で作りにくかったのに比べ,欧州じゃ基本的に陸続きなので,わざわざ水上機を磨きあげて行く必要性が低かった.

アメリカ:機械化されているので飛行場がすぐに建設可能.なのでどうしても水上機が必要なとき以外,必要性が薄かった.

技術面:
 フロートの部分が空気抵抗になり,陸上機等と比べ性能の面で限界が見えたから.

 日本は,飛行場建設は人力に頼るため,かなり時間がかかる.
 しかし,戦線は常に広がっていく.
 なので,飛行場の無いところでも運用できる簡便な水上機に,大きな需要が存在したため,本気で取り組んだ.

 つまり水上戦闘機にしろ,雷撃可能な二式飛行艇にしろ,戦力・機械力に乏しい日本の苦肉の策.
 十分な戦力と,すぐに飛行場が作れる機械力があるなら,水上機は偵察や哨戒,救難くらいしか出番が無い代物.

 もちろん日本以外でも,艦載機など他に手段が無い場合は本気で取り組んだ.
 水上戦闘機も,スピットファイアにフロートキットを装備したものがあったが,実戦運用する前に想定戦場のノルウェーがドイツに占領されたりして,必要性が無くなった結果,陸上機に戻されたり.
 捜索・救難・連絡用なんかの水上機は,用途が用途なもんで,いろんな国で結構マジメに作られたが,逆に救難用途メインの水上機や飛行艇なんて日本には無い.

 スピードレーサーは水上機全盛だった時代もあった.
 陸上機優勢になる1930年代後半までは,こと最高速に関しては水上機でシノギを削っていた.
http://www.google.co.jp/search?q=Macchi+M.C.72

 少なくともガチで開発していた国は存在した.
 国情によって必要なものを必要なだけ必要な性能で作ってただけで,別に他国がマジメじゃなかったわけじゃないのよ.

軍事板
青文字:加筆改修部分

シュナイダー杯で優勝したときのドゥーリトルと,乗機「カーティス・レーサー」
(画像掲示板より引用)


 【質問】
 モスキートとソ連の木製機は,技術的には同格
 モスキートが主要強度部材に木材を使ってるのに対し,ソ連機は外翼や胴体後部等,負荷の小さい部分が主だし,木材にPh樹脂含浸なんてやってる時点で軽さが失われてるようだけど.

 【回答】
木製機のメリット
 金属の節約や表面の平滑化

木製機のデメリット
 耐候性や機体寿命に劣り平時の長期運用には向かない
 重い

 このあたりのメリットとデメリットは英ソの木金混合機で共通.

>モスキートが主要強度部材に木材を

 ソ連機にもいろいろある.
 初期のLa5やLaGG3は,負荷のかかる場所にも木材を使ってる.
 翼桁とか翼の付け根とか.
 il-2も初期のものは,木材で翼を造っている.

>木材にPh樹脂含浸なんてやってる時点で軽さが失われてるし

 これも,英ソの木金混合機に共通した話.
 モスキートも,フェノールやカゼインなどの接着剤を使って,木材に強度を与えている.
 木製構造が金属より重量を喰うのは,東西共通.
 ただしモスキートの場合は高性能なエンジン,優れた空力学的形状のおかげで,同期の機体より高速が得られ大活躍につながった.
 LaGG3の場合は良いエンジンがないから,重さに振り回されてパイロットが苦労してる.
 後に高出力のエンジンに換装して,La5に化けたけど.

墓 ◆OYxT9PNEKpHC in 軍事板,2010/04/25(日)
青文字:加筆改修部分

モスキートの優れた空力学的形状の証(あか)し
主翼を大破しても帰還できたモスキート
(画像掲示板より引用)


 【質問】
 WW2の頃,モスキート爆撃機以外に木製飛行機って作られてたんですか?

 【回答】
 ドイツなら,He‐219「ウーフー」にコンペで負けたTa-154「モスキート」夜間戦闘機とか,He-162「ザラマンダー」国民戦闘機.Ba349ナッター使い捨て戦闘機,V1など.
 どちらも機体の一部に木材(合板)を使用という形ですが.

 イタリアにはAmbrosiniSAI107/207/403という一連の木製戦闘機があり,戦後も,その原型になったSAI7から発展した尾輪式ジェット戦闘機を作って,最終型では超音速を狙っていました.

 フランスは,BlochがMB700という機体を試作し,Caudronが木製レーサーから発展したC.714を製作しています.
 これは,イタリア製エンジンを積んでRenaultが生産するC.R.760~780に発展する予定でした.
 C.714は90機製作されたうち,50機がFinlandに輸出されますが,44機が途中で喪われています.
 残った機体は,対独戦で亡命Poland軍部隊GCI/45で用いられ,Bf-109を3機,Do-17を1機撃墜し,損害ゼロという記録を持っています.

 アメリカでも名前は失念しましたが,金属の不足に備えて試作したけど,結局杞憂だったことがわかって採用されなかった木製戦闘機があります.

 ソ連では,大戦中に量産された単座戦闘機はみな全木製か,主翼のみ金属製でした.LaGG3,La5など.
 全金属製になるのはYaK-9D以降.

 日本では,立川が中島四式戦闘機「疾風」を木製化したキ106を試作して,王子製紙と呉羽紡績に製作する予定でしたが,強度不足で思い切った旋回が出来ず,増加試作か訓練用に留めています.
 この機体は,黒江少佐が最後に乗った機体でした.

 九九式艦上爆撃機を木製化する計画もあり,「明星」という名前まで与えられましたが,計画は失敗して,「明星」は練習機として用いられました.

 他にキ-115「剣」特攻機というのがありますが,これは車輪は離陸後に切り離して再使用など,語るだけで悲しくなってくる代物.

 日本以外の国は長年蓄積した木製機の製造技術を継承,戦力化できたのに,日本はさっさと捨ててしまっていたのが,木製機計画上の致命傷となりました.

 また,木金混合構造or主翼面のみ木製(秋水,シュトルヒなど),計画のみ(蒼空輸送飛行艇など),などをふくめると,膨大な数になります.
 他には,例えばフィンランドはF2Aバッファローを木製化してライセンス生産していたはずです.
 あと,グライダーは,どこの国も木製構造のものが多かったです.

 戦後ならChance VoughtのF6Uの構造部材にメタライトというのを使っています.
 これは,アルミニウムでバルサ材をサンドイッチしたもので,F4Uから用いられていました.

 戦後の80年代,フィリピン空軍のF-8は腐食したマグネシウム合金の外板をベニア板に置き換え飛行していた,という例もあります.

 要するに,一言で言うと木製機は腐るほどあったのです
(ちなみに実際に機体の一部が腐って問題になったこともありました)

眠い人◆gQikaJHtf2(青文字)他 in 軍事板


 【質問】
 大戦中の戦闘機で脱出する際に,操縦士が尾翼にぶつかって困った事がよくあったそうですが,脱出の際にキャノピーや震電のプロペラのように尾翼を吹き飛ばす事は出来なかったのですか?
 それとも実際に行っていたのでしょうか?

 【回答】
 炎上して一刻も早く脱出したいのにキャノピーが開かないなんて事も多かった.
 スピットファイアの乗降ドアに脱出時の破壊用の斧があるのは有名な話.
 爆撃機や攻撃機だと,狭い脱出口から全員が脱出するのは不可能で,大概は機体の道連れになった.
(これは今の大型機も,パイ,コパイ以外は同様の扱い)

 それに比べりゃ,脱出してから機体に当たる事を心配して対策するのはバランスを欠くと思うが…
 主翼上を外翼側に走れ,とか,背面飛行から脱出しろ,とかの対策はあったが,緊急時のパイの実施度合いと実効があったかは不明.

 また,脱出するような安定性が失われた状態もしくは,維持できないと予測される状況で尾翼を吹き飛ばすと,脱出するまもなく操縦不能になり,脱出不能になる可能性が高くなる.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 第二次大戦中の戦闘機や爆撃機などで空中で脱出する場合は,自分で機から飛び降りていたのでしょうか?
 それとも今のように座席が飛んで脱出していたんでしょうか?

 【回答】
 基本的に自力で脱出する.
 大戦機で射出座席を装備したのはドイツの夜間戦闘機He219ウーフーなど少数.

 大型の爆撃機ならスカイダイビングみたいに機乗口から飛び降りればいいだけの話.
 伝説的な駄作機のポールトン=ボール・デファイアントなんかは,後部銃座の射手は背面飛行状態で銃座の天井をはずさないと脱出できない構造だったりしたが.

 戦闘機のようなものは,背面飛行のような形にもっていったりして,自分で操縦席から飛び降りていた.
 しかしその際には尾翼に当たる危険があって,ドイツ空軍の撃墜王マルセイユ大尉なんかもそれで落命してる.
 また,きりもみ状態だと,見当識の喪失や,回転によって生じるGにより,脱出できない状態になることもしばしばだった.
 さらには衣服がコックピット内の部品にひっかかったり,パラシュートを早く開きすぎて機体にからまりもろともに墜落なんてこともあった.
 こういう問題を解消して安全に脱出するため,エジェクションシートが開発された.

軍事板


 【質問】
 今の軽飛行機のパイロットって,WW2のレシプロ機を飛ばせっていわれたら飛ばせるんでしょうか?
 着陸が非常に難しそうな気がするんですが.

 【回答】
 着陸どころか離陸も難しいでしょう.
 前が見えないし,横風が強いと尾輪式は回されます.
 着陸は主車輪を付けてから機速を落として尾部を落とせばなんとかなるでしょうが,上を向くと滑走中に前が見えなくなるのですから,結構違和感があるでしょうね.

 なお,上記の理由で,個人向けの軽飛行機からは尾輪式がほとんど絶滅しました.
 事故を起こして怪我をされると「欠陥機」として多額の賠償金をとられるからです.
 大戦機どころか,現代の尾輪式の軽飛行機だって簡単には飛ばせません.(危険過ぎる)
 トライシクルギア(ギアのレイアウトが三輪車式)の機体しか飛ばしたことのない人間には,誰もテールドラッガー(尾輪式)の機体を貸してはくれません.
 借りようとすると,その前に教官付きでかなり練習させられます.

 過去には尾輪式の経験の少ないパイロットによる相当数の事故がありました.
 離着陸にはかなりの緊張を強いられ,機体によっては着陸時に主輪を着地させてから機速を落として尾部を降ろすという一般的なやり方をすると,凶悪な挙動をする物もあり,そのような機体の場合は3輪を同時に着地させる(3点着陸)というようなテクを使う必要もあったり,機体デザインが悪く重心が前過ぎる物だと尾部が着いた後でさえもブレーキを早めにかけるとつんのめることもあり,とにかく大変.

 そんな時,軽飛行機ではセスナ社が最初にトライシクルギア機を発売し,あまりの離着陸のお気楽さに爆発的に売れました.
 おかげでセスナは軽飛行機の代名詞にまでなりました.(記憶が正しければね)

軍事板

 少し補足.
 上記回答にあるとおり,テイルドラッガー(尾輪式)は空中では大して変わらないのですが,離着陸時の飛行特性が難しいのと,地上でのとりまわしの難しさから,前輪式しか乗ったことが無い人が飛ぶことは出来ません(これは水上機も同じ).
 逆にいえば,アメリカの場合ですが,軽飛行機の自家用機パイロットでも尾輪式の飛行機の訓練をうけて,エンドースメント(サイン)を貰っていれば飛べます.
 「Tailwheel Training」とか「 Tailwheel Transition」等のキーワードで適当に検索したら,その訓練について出てきます.
 だいたい7~20時間くらいの訓練で,時間だけをみると水上機への移行訓練と同じくらいの時間なので,難しさは同じくらいかと思いますが,水上機と違ってレーティング(車の免許でいう限定解除)はつきません.

 適当に検索した結果,
http://www.richstowell.com/dragger.htm
によると,

--------一部引用---------
What are some of the common problems pilots have transitioning to taildraggers?

The biggest problem can be summed up in three words: rudder, rudder, rudder. Too many pilots have grown accustomed to being reactive with their rudder inputs--waiting for the airplane to do something, then responding--or worse, actually bracing their legs against the rudder pedals, especially during landing. The key in a taildragger is to be proactive with the rudder. To be light, loose, but active on the rudder pedals all the way through the takeoff and all the way through the landing.
--------ここまで---------

 セスナなどの前輪機になれたパイロットにとって,ラダーの操作を前もってやることが一番難しいみたいですね.
 すいません,乗ったこと無いので実際のところは分からんです.
 アクロバット飛行の練習をする時には必要になるみたいですが.

 それと尾輪式の一番の問題は,グラウンドループによる地上での事故が多発したことです.
 こちらの解説が参考になるかと.
http://ksa.axisz.jp/RC56-94sikiEG.htm

 これらの問題を前輪式にする事で,離着陸が安易に,というか安全になりました.
 そこらへんの説明は,1944年にかかれて以来飛行機操縦のバイブルといわれる『スティック アンド ラダー』という本にも一章を割いて説明していますのでより詳しくはそちらを参照してください.

 なお,日本においてセスナを尾輪式(テールドラッガー)前輪式(トライサイクル)に改造した話が,このページの後半に載っています.
http://ksa.axisz.jp/a5301.htm

Fabius (KT) in 「軍事板常見問題 mixi支隊」


 【質問】
 第2次世界大戦のころの戦闘機って,なぜ後輪が小さくって頭が上向きなのでしょうか?
 最近の戦闘機はそんなことないですよね?

 【回答】
 大馬力の空冷星形発動機では前輪式はレイアウト的に難しいのです.
 尾輪式の方が合理的なんですよ.
 重心に関してはなんとでもなります.
(大戦中の単発戦闘機ではP-39以外にMe309(試作のみ)も前輪式ですが,うまくまとめてますよ)

 たとえばセスナのような機体は,高さの低い水平対向エンジンで,その後方に大きなキャビンがあるので,機首下面に前車輪の収納スペースを設けても,そう不連続なラインにはならないんです.
 しかしWW2の単発戦闘機ではそうはいきません.
 空気抵抗低減の為,胴体の幅も高さも先端のエンジンの断面積に合わせてギリギリまで削るのが常ですから,
 特に星形空冷エンジンの戦闘機ではスペースの余地がありません.

 構造重量も尾輪式の方が軽く済むし,空力を優先する戦闘機で機首に余計なスペースを設置するのはやはり無理があります.
 前輪式のメリットも捨てがたいですけどシミーの問題もあるし,手慣れた尾輪式で十分ってところでしょう.

 速度が上がれば機体は地面と水平になります,これは尾輪式も前車輪式も同じです.
(ちなみにペラの先端と地面のクリアランスは(水平状態で)当時の単発戦闘機では30cm程度がだいたい標準です)

 一方ジェット機で尾輪式は,排気が地面を叩くのでよろしくないのです.
 アスファルトの滑走路なら滑走路が溶けます^^;

軍事板

 それと,やはり重さでしょう.
 第二次大戦機の降着装置は,時速百数十キロで走行可能で,10メーター近い高さから落としても壊れない上,折り畳み可能に作らなければならないので,めちゃくちゃ重くなります.
 首輪・尾輪は主車輪にくらべて負荷が少ないとはいえ,長くて丈夫で折り畳み可能な首輪は,構造が簡単で短い尾輪に比べてどうしても重くなります.

 大戦中の大型機や大戦末期の単発機に前輪式が増えてくるのは,地上での視界に加えて,離陸時の加速性能の問題があるからでしょう.
 尾輪式ですと離陸開始時に主翼が斜めなため,尾輪があがって主翼がほぼ水平になるまでの主翼の空気抵抗が,前輪式に比べて相当大きくなります.
 加速に時間がかかれば,当然離陸性能,離陸距離が悪化します.

 そこで,パワーがあるので,前輪の重さはそれほど気にならないが,離陸滑走距離がのびるのはいやだなという,B29やダグラス・インベーダー,あるいは加速性に問題のある初期のジェット機などが,前輪式を採用したのでしょう.

天竺匿名 in 軍事板


 【質問】
 WW2の飛行機のエンジン用バッテリーって,どのようなものだったのでしょうか?
 鉛バッテリーですと姿勢変化で液漏れするでしょうし,当時,シールドなんてないでしょうから・・・
 乾電池やバッテリーレス?なんでしょうか?

 【回答】
 エンジンにBatteryというと,始動用のものを想定されているのかもしれませんが,例えば,日本の発動機は手動もしくは外部から駆動することでスタートさせるもので,電気を用いているわけではありません.
 また,英国のRollsRoyce発動機は,発動機横にエナーシャ棒を突っ込んでその回転で始動させたり,もしくは圧搾空気を各気筒に送って,ピストンを動かして駆動させる形になります.
 エンジンが動き出せば,ダイナモ発電機が駆動しますので,それで点火などの一連の作業を行うことが出来ます.
 末期の米国製大馬力発動機(R-3350)なんかでは,補助動力装置(自動車のエンジンみたいなもの)が搭載され,それを駆動することで点火を行っていますし,バッテリーも搭載されていたか,と.

 勿論,無電機などを動かすための電気系統を持っていますので,蓄電池は持っていますが,これは始動に使っているものではなく,プロペラの回転でダイナモを回して得た電気を貯める場合に用いたりもしています.

眠い人◆gQikaJHtf2,2006/11/01(水)



 【質問】
 横レスですが,当時のバッテリーは飛行姿勢の変化で液漏れをしない工夫がされていたんでしょうか?

 【回答】
 手元の資料に,Dagenite社(Rolls-Royce Silver Ghostなんかに搭載されていたバッテリーメーカー)の,1930年代後半の広告があるのですが,バッテリーにNon-AerobaticとAerobaticの2種類が掲載されています.
 Non-Aerobaticのほうは,普通の車に見られるような横置きで,上に液の補充口があるのですが,Aerobaticのほうは,密閉ケースに縦に置いて,底部に木の板があり,底板から金属棒を延ばし,延長線上に水平に金属棒を通してナットで固定して,密閉ケースの周囲を締め付けるようになっていますね.

 図にすると↓な感じの枠があり,これで□部分にバッテリーを入れている感じ.
 +            + 
 |   金属棒↓   |
 +-----------------+ ←頂部をボルトとナットで固定
 |             |
 |             |
 |             |
 | ← 金属棒     | ← 金属棒
 |             |
 |             |
 |             |
 ○           ○ ←ここで固定(フック引っかけ)
-+-----------------+--- ← 木の板

眠い人◆gQikaJHtf2,2006/11/01(水)


◆◆◆◆エンジン

 【質問】
 無学なのでたーぼとすーぱーちゃーじゃーのちがいがわかりません.
 おちえてくだちゃい.

 【回答】
 どっちも高空の薄い空気を圧縮してエンジンに供給する機構の事です(だから過給器ともいう)
 空気を圧縮するのにはタービンをブン回して,その勢いで空気を圧縮するのですが,そのタービンを動かす動力源の違いが,ターボとスーパーチャージャーの違いです(すげぇ大ざっぱですが・・・・・)
 ターボがエンジンの排気ガスの排出圧を利用しているのに対し,スーパーチャージャーはエンジンから少し動力をもらってタービンを回しているのです
(だから出力が機械式は減少する.出力を大体10%くらい喰うらしいですよ.(形式にもよるが))
 ターボは燃費は一気に悪くなるけど,出力ロスもない理想的なWW2の航空技術の核ともいえるハイテクです.

 だったらなんで全部ターボにしなかったかというと
◎でかくて重い(例P-47)
◎燃費が一気に悪くなる(例やっぱりP-47)
◎排気ガスの高温,高圧に耐えられる材料を作るのが難しい
(まともに作れたのはアメリカだけ,ドイツはとっくにジェットに移行)
というわけで,他の国はあんまり成功しなかったので,最後まで機械式の過給器を使ってました.

 あと日本の酸素噴射ですが,実験で上手くいったのに「被弾したときに爆発する」という意見が出て正式採用を見送った,と聞いたことがあります.
 特攻専用兵器はあれほど作ったのに,そんなことぐらいで中止するとは・・・(´д`)

mkp in 軍事板

 酸素噴射は,陸軍審査部のテストでは「効果あり」ですが,エンジンにすぐにガタが来るので「長く使ってはいけない」だそうですので,エンジン寿命(これは水メタ噴射もですが)の関係もあったのかもしれません.
(質的低下でただでさえエンジンの耐久性下がってますから)

軍事板


 【質問】
 ロールスロイス・マーリンとパッカード・マーリンってエンジンの特性とかに差はありますか?
 全く同じという訳にはいかなかったと思うのですが・・・

 【回答】
 図面を引き直し,地道に出力向上を行っています.

 最初に生産したMerlin24/25/66の各シリーズは,Merlin224/225/266としてそのまま生産されていますが,Merlin68は,英国製の60シリーズが離昇出力が1,315hpであるのに対し,1,400hpに,Merlin69では更に出力が向上して1,490hpになっています.

眠い人 ◆gQikaJHtf2 in 軍事板


 【質問】
 質問です.
      自重 馬力 速度
P‐51D  3,230 1,695 703
F8F.   3,210 2,100 678
疾風   2,698 1,800 624
Bf109G 2,670 1,800 621

 P-51より軽くてエンジン馬力のある機体が,どうしてP-51より遅いのでしょうか?

 【回答】
 理論上最高速度は
【出力(馬力)の3乗】÷(【機体前方投影面積】×【空気抵抗係数】×【大気密度】)
に比例する.

 一般的に空冷機は液冷機より前方投影面積,空気抵抗係数共に悪く(大きく),また,設計年次の新しい機種の方が空力理論の進歩により空気抵抗係数は小さい傾向がある.
 大柄な機種が小柄な機種より前方投影面積が大きいのは当然(大馬力エンジンを積み易いのと相反するが).

 大気密度は高度が高いほど小さいが,それに伴いエンジン出力も悪化する.
 出力悪化は過給機によって補う事が可能だが,過給機の性能・特性により,どれくらいの高度で最高速に達するかは機種によって異なる.
 最高速時の出力は,スペック上の最大出力とは異なるので,最大出力のみから最高速を類推する事はあまり意味が無い.

 なお,機体の空気抵抗は空冷・液冷だけでなく,翼断面や表面仕上げにも大きく左右される.後流抵抗や排気による導風とかも.
 エンジン性能はベンチテストで出したスペックで実際に航空機に搭載した状態で出せていない場合がある. 
 機体に搭載した状態での吸気・冷却等がカタログを作った時より条件が悪かったり,製品や燃料の品質が下がっている(日本・ドイツにありがち)とか.

 疾風は機体を軽量化するため,脚を短くして小径のプロペラを選んでいるが,F8Fは引き込み脚を2段式にして長い脚を実現している,と言った感じでプロペラの選択も異なる.
 プロペラそのものの性能も異なる.
 例えば日本は戦前のライセンス品からあまり進歩しなかったし,ドイツは軽合金の節約のため,効率悪化は覚悟の上で木製のブレードを使用している.

 また,高高度性能が高い機体は,空気の薄い高空でゆっくり加速していく方法でカタログの最高速度をやたら高くできる.
 逆に過給機の性能に難のあった日本機・ドイツ機は,高高度まで上がらずに速度測定を行っている場合がある.

 ふた昔前くらいに言われていた話だと,カタログを作る時に武装や無線機を外して,特に調子の良いエンジン・高質燃料を用い,工場の職人が丁寧に表面仕上げをした試作機を飛ばしているなんて話があって,あまり当てに出来ないなんて説もある.

軍事板,2005/12/22(木)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 黎明期のジェット機が翼にエンジンを吊るしているのは何故?
 その後の変遷を見る限り,爆撃機以外でその方式は見られないので,あまり適切な配置とは思えないのですが.

 【回答】
 簡単に書くのならば,エンジンの寿命が極端に短かった,の一言に尽きます.
 当時は冶金工学も余り発達していませんし,ドイツなんかでは代用耐熱金属でエンジンを作っていました.
 ですので,飛行時間10時間程度でエンジンが寿命となります.

 従って,胴体奥深くに仕舞い込むより,主翼下にぶら下げて,交換しやすくした訳で.
 ちなみに,胴体内に仕舞い込めるようになったのは,エンジン架から後半の胴体をボルト数本で外すことが出来るようになり,交換が容易になったのと,エンジン寿命が長くなったことが一つの要因です.

眠い人 ◆gQikaJHtf2 in 軍事板


 【質問】
 初期のジェット戦闘機が低速での加速が悪い理由を教えてください?

 【回答】
 初期のジェットエンジンはピュアジェットで,静止から音速くらいの速度域では大きく推力が変わりません.
 対してレシプロエンジン+恒速プロペラでは,基本的に速度に反比例して推力が低下します.
(更にプロペラ周速が音速に近づくと抵抗が急増する事により速度が制限される)
 つまりある速度を境に推力の大小が逆転し,低速ではレシプロ機が高速ではジェット機のほうが加速が良くなります.(似たようなクラスで比べると)
 それとスロットルレスポンスの悪さが相乗して,急旋回等で速度が低下したジェット機は,レシプロ機に対し加速性能上不利な状態になってしまったのです.

 ちなみに『航空情報』初期の,日本の航空技術者の回想を集めた通称青本だか緑本だかのどっちかに種子島時休氏の試算が載っていて,それによると高度1万m付近を時速850Kmで飛ぶMe262に搭載されたユモの発生推力は約500kg程度で,馬力換算では約2000馬力みたいな記述がありました.
 20年ぐらい前の出版ですし,回想自体は50年ぐらい前のもんですから,現代の目で検証してどのぐらい正確かはわかりませんが,根拠数式も解説図表も満載だから入手して読んでみては?

軍事板


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