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 【Link】

Achtung Panzer!(独軍軍用車両,英語)

「D.B.E. ミニ型」:ナチスドイツ・ティーガーUの手動クランクエンジン始動

「Military Photos」:The Tiger tank

「OSINTSUM」◆(2010.2.26)ベトナムでパンターが使用されたという話関連

Panzernet

Panzer World (ドイツ軍戦車)

Technical Virtue (独軍試作/実験車両,英語)

The heavy German military bikes with sidecar from 1940-45

『シュトラハヴィッツ機甲戦闘団 “泥まみれの虎”の戦場写真集』(マイケル・H.プルット著,大日本絵画,2009.1)

『図説ティーガー重戦車パーフェクトバイブル』(野木惠一著,学研,2006.4)

『図説パンター中戦車パーフェクトバイブル』(野木惠一著,学研,2007.2)

『戦場のドイツIV号戦車』(マルクス・ツェルナー著,大日本絵画,2007.5)

『戦場のドイツIII号戦車』(マルクス・ツェルナー著,大日本絵画,2007.5)

『ドイツ国防軍の対戦車砲1939〜1945』(マクシム・コロミーエツ著,大日本絵画,2009.10)

『ドイツ戦車戦場写真集』(広田厚司著,光人社,2006.10)

『パンター戦車戦場写真集』(広田厚司著,光人社,2009.5)

『捕獲戦車』(ヴァルター・J.シュピールベルガー著,大日本絵画,2008.8)


 【質問】
SD.kfz.251)
   ↑
 これは何て読むのでしょうか?
 人に話すときは,いつも「ちょっとかっこいいいドイツ軍の装甲車」と言っているのですが.

 【回答】
 Sonderkraftfahrzeug.
 正確にはSonder(特別な)Kraftfahrzeug(自動車,車両)で特殊車両,特殊用途車両などと訳される.
 ドイツ語では複数の単語からなる名詞は分けずに一綴りにする慣習があるのでSonderkraftfahrzeugと長ったらしくなる.
 SonDer Kraft Fahr Zeug と単語を分解して辞書引くと,意味が分かる.
 略号の場合はSd.Kfzと途中で点が入る.
 発音はゾンダークラフトファールツォイク.
 略号はエスデーカーエフツェットでもエスディーケーエフゼットでもスダコフツでもお好きなように・

軍事板


 【質問】
 ドイツのAFVその他の兵器についている名前で「ストゥーム」「ヤークト」「パンター(パンテル)」というのは 日本語ではどういった意味ですか?

 【回答】
 シュトゥルム(Sturm)は英語でStorm,つまり嵐のこと.
 軍事では突撃の意味に使います.突撃銃はSturmgewehrというわけです.

 ヤークトはJagdで,狩猟のこと.軍事分野では「駆逐」とも訳されます.ヤークトティーガーは英語ではhunting Tigerと訳されます.
 なお,Tigerはドイツ語読みではティーガなので,ヤークトタイガーというのはフォルクスワーゲン同様,独英混ぜ読み.ヤークトティーガかハンティングタイガーか,フォルクスヴァーゲンかヴォルクスワーゲンか,どっちかにせーやと言いたいとこですが,
 これはすでに慣用日本語になってしまっているので,カタカナ表記している時点で話はおしまい.

 パンターはPantherで,豹のこと.英語でも同じですね.

 以下,簡単に羅列すると,

Panzer Kampf Wagen:戦車
(Panzer:装甲)
(Kampf:戦闘)
(Wagen:車両)

Jagd Flugzeug:戦闘機
(Jagd:駆逐)
(Flugzeug:飛行機)
<直訳:駆逐機>

Kampf Flugzeug:爆撃機
(Kampf:戦闘)
(Flugzeug:飛行機)
(直訳:戦闘機)

Panzerは鎧の意味でこの場合は戦車.

Faustは拳(英語ではfist)

 Schreckは恐怖,怖ろしい物,の意味です.
 ただし,Schreckと英語のshockはやや意味合いが違います.
 shockは衝撃であり,物理的な衝撃や熱衝撃にも使う言葉ですが, Schreckは心理的な恐怖に限ります.英語で近い物だとfrightになるでしょう.
 なお,パンツァーシュレック(戦車脅し)は俗称で,パンツァービュクセ(buchseは筒とか銃の意)が正式な名称.

 自分で調べる方法ですが,まずWikipediaをカタカナで引いて元のドイツ語のつづりを知り,さしあたり
http://babelfish.altavista.com/tr
で「Translate a block of text」の欄にその単語を入れ(必要に応じて単語を切って),下の「Select from and to languages」で German to Englishを選択してTranslateボタンを押す.
 出てきた英語を辞書引く,というとこでしょうか.


 【質問】
 ドイツ軍は捕獲したイギリスやアメリカ戦車をソ連戦車と同様に自軍に編入して,使用したんでしょうか?
 M4やM26ならまだしも,やられ役のイギリス戦車が役に立ったんでしょうか?

 【回答】
 使用した.

 「ジャーマンタンクス」には,英軍からの鹵獲使用車両として以下が紹介されてる.
・Mk.II歩兵戦車マチルダ(独軍呼称:歩兵戦車Mk.II 748(e))
・同上改造の5cm自走砲
・Mk.III歩兵戦車バレンタイン(同:歩兵戦車Mk.III 749(e))
・Mk.IV軽戦車(同:軽戦車Mk.IV 736(e))改造の10.5cm自走砲
・ブレンガンキャリア/ユニバーサルキャリア改造の自走砲いろいろ

 とにかくドイツ軍の装甲車両は不足してたので,戦車なら,フランス軍から鹵獲した第一次世界大戦時のルノーFTまで使ってる.
 さすがに第一線部隊では使えない代物でも,鉄道警備や訓練,警察などに配備したり,改造して自走砲に仕立て上げたり,トーチカにしたりと,とにかく使う.

 ただ,英軍相手の場合,鹵獲チャンスがあまりなかったので,使用数は少なめかと.
 フランス侵攻作戦のときに接収できた集積物資が中心のようだ.
 あとは北アフリカ.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 ドイツ軍は第2次大戦中,フランス軍車輌を改造したのも使っていましたが,そういうのの修理改造もフランスのメーカーで行ったほうが何かと都合がいいと思うのですが,実際はどうだったんですか?
 それともサボタージュを嫌ってドイツ国内の工場でしてましたか?

 【回答】
 フランスのメーカーもフランス人も使ってる.
 サボタージュは多かったけど,それに構っていられないくらい余裕が無かった.

軍事板

鹵獲車改造自走対戦車砲


◆◆◆◆◆支援車輛


 【質問】
 WW2ドイツ軍の使っていたオートバイは,どんなもの?

 【回答】
 ドイツ軍は戦車のスピードに同調できる偵察部隊の足としてオートバイを多用しました.
 BMW,ツェンダップ,NSU,DKWなどのメーカーのものが使われましたが,最初から軍用として開発されたオートバイは少なく,民需用をそのまま利用したか,シールドや機関銃を改造して取り付けたものが,最初は使われました.
 そんな中,最初から軍用として開発されたBMW R75は,サイドカーをつけて重用されました.

 【参考ページ】
http://homepage3.nifty.com/fwkh5241/page030.html
http://www.sideriver.com/motorcycle/vintage/vintage-03-05.html
http://iinamotto.com/plamo_gallery/german_color.html
http://www.toytank.net/tank/sidecar.htm
http://hidden-and-dangerous2.zoo.co.jp/briefing_vehicle.html

【ぐんじさんぎょう】,2009/12/22 23:00
に加筆

ドイツ軍が使用したオートバイ各種



(一部ウソ)
(画像掲示板より引用)


 【質問】
 旧ドイツ陸軍の車両について質問.
 後輪はキャタピラで前輪はそのままのトラックやバイクがありますが,前輪だけで舵をとっているのですか?
(ハンドルを切ると,キャタピラ速度が左右で変わる?)

 【回答】
 ドイツの半装軌車両(トラック形もバイク形も.ちなみにバイク型のは「ケッテンクラート」と呼ぶ)はみんな前輪を動かす他に履帯の回転数に左右差をつけることでステアリングを切った.

 じゃあ前輪いらないじゃん,と言われそうだが,前輪がないと小回りが効かない上,「速度を落とさずに曲がれない」ので,前輪がないと不便.
 あと,半装軌車の後輪・・・というか履帯は小さいから,前輪がないと乗り越えられる段差や障害物に制約が大きくなる.
だからその意味でも前輪が必要だった.

 ケッテンクラートは前輪がない(外してるのか壊れたのかは不明)けど普通に走ってる写真があります.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 前に101掲示板でWW2のドイツ軍のハーフトラックに88mmつんだ,無理ある対空車両の写真を見かけたのですが,あれは制式車両なんでしょうか?
 それとも現地改修なんでしょうか?

 【回答】
http://fhsw.or.tp/html/n_files/july_2007.html
とか見れ.
 それまでの対空車両が非装甲なのが問題になったので,対空戦車作ろうとしたけど,その間のつなぎ役として,操縦席を装甲版で覆ったハーフトラックに,8.8cm載せたのが作られたんだよ.

◆iqK7ZoWK2. in 軍事板
青文字:加筆改修部分

 こちらはwikiの記述なので注意
http://ja.wikipedia.org/wiki/Sd_Kfz_8

軍事板
青文字:加筆改修部分

 上の1番目のサイトやwikipediaでは,8.8cm18式高射砲搭載 12t牽引車(8.8cm FlaK18(Sfl) auf Zugkraftwagen 12t)は,Sd.Kfz.8 の後部に88mm FlaK 18 を搭載した自走砲で,1939年に10両が製作された,としている.
 一方,
http://db103rheingold.main.jp/hitorigoto.html
によれば,18輌が生産されたという.

 wikipediaによれば,生産車輛は第8重戦車駆逐大隊に配備され,1939年の対ポーランド戦,1940年のフランス戦に投入されたという.



http://fhsw.or.tp/html/n_files/july_2007.htmlより


 【質問】
 ドイツ軍での馬車の使用状況は?

 【回答】
 馬車に関して言えば、WW2当時のドイツ歩兵師団は1940年以降は補給トラックに変わって、全面的に馬車輸送に変わっています.
 一個師団あたり1200台の馬車が割り当てられています.
 補給部隊以外に,歩兵一個小隊(約三十名)に二頭立て馬車一台で装備・弾薬・食料・被服などです.
 規定数は完全に満たされてはいないようです.

 当時の写真で補給馬車のデザインを見ますと、最初は軍用仕様ですが西欧州の民間の馬車が多く、戦争中盤辺りからは東欧製の民間用が増えてます.
 前者は箱形、後者は逆台形のデザインしてますね.
 馬車も馬も決定的に不足してますね.

(一等自営業 ◆JYO8gZHKO.)


 【質問】
 ドイツ軍のキューベルワーゲンの給油シーンで悩んでいます.
 ガソリン・タンクがボンネット下にある,と本で読んだのですが,後ろのエンジンまでパイプかなにかでわざわざ給油しているということでしょうか?
 それとも,ボンネット下のはただの予備タンクみたいなものなのでしょうか?
 あと,どうしても給油口の場所が分りません.

 【回答】

 上記写真はインターメカニカ製レプリカだが,オリジナルも同様に写真左側ワイパーの真下,スペアタイヤ左端やや上の円筒状突起が給油口.
 エンジン火災時の引火を防ぐ為,燃料タンクはエンジンからなるべく離れた位置に置き,長いパイプを引き回すのが常道.

 まあ,ふつーの乗用車でも,「後部のタンクから前のエンジンまでわざわざ給油」してる訳だが.
 分からんのなら,ぼかしてさらっと書いときゃいいだけの話でわ?
 いちいち手順を事細かに書いても,作者の自己満足にしかならんと思うよ.


 【質問】
 ポルシェタイガーやエレファントって駆動系と機動性がメタメタなイメージがありますが,同じ車体のベルゲタイガーって実際約に立ったのでしょうか?
 なんか二重遭難確実に思えるのですが‥

 【回答】
 戦車回収車は極力,回収する戦車と同一の車体を使わないと,統一した部隊行動ができない.
 なので元車体の性能にかかわらず,同一車台のバリエーションにする必要がある.

 また,極端に重たい重戦車は,重戦車の車体を流用した車両でなければ牽引ができない.
 ティーゲルTを牽引するにはティーゲルでなければ,特大のハーフトラックが三重連になる必要があった.

 なお,戦車回収車の重要な任務に,「自分が犠牲になって戦車の共食い整備に貢献する」というのがある.
 その面からしてもフェルディナンドやエレファントを装備した部隊にはティーガーP車体の戦車回収車が必要になる.

 あとついでだが「ベルゲティーガー」と書くと,普通は砲塔から砲を外したティーガーTに,前線部隊が適当に作ったパイプクレーンを搭載した,自走爆薬運搬車の支援用車両の事を指す.
 フェルディナンドの戦闘室部分がなく,機銃塔と回収機材を載せた車両は,「ティーガー(P)戦車回収車」と呼ぶので注意.

Bergepanther


 【質問】
 クーゲルパンツァーって何?

 【回答】
 Kugelpanzer,つまり直訳すると“球戦車”ってまんまです(^^;
 Wikiでも曰く偵察用だとか,曰く日本軍に発注されていたとか満州で捕獲諸説ありますが,実際はどうなのか謎…
http://en.wikipedia.org/wiki/Kugelpanzer

 でもクビンカ戦車博物館に現物があるのは紛れも無い事実で,なかなかロマンを感じる逸品です.

ゾンネンキンダーさんの独クーゲルパンツァー(右)と戦中ドイツ国内に作られた防空塔(左)

 クビンカ博物館の写真でこの丸い物体を見た時,まさかこんなジオラマを作る御仁が現れようとは,誰が想像出来たでしょう!?
 自然芝が生えたエコなジオラマベースも新世紀に相応しい表現方法ではありませんか.

 因に実車は,もっとベラボーな形状(笑

http://www.odkrywca-online.pl/forum_pics/picsforum5/17.jpg

よしぞうmaro' in mixi,2007年05月23日02:01
〜05月25日 02:53


 【質問】
 クルップ・プロッツェ Krupp Protze 6輪軽トラックって何?

 【回答】
 クルップL2H143をベースに開発され,第2次大戦前半,兵員や物資の輸送,軽砲の牽引など幅広い用途に使われたドイツ軍の6輪トラックです.
 戦間期,大不況と厳しいベルサイユ条約下でロクな装備を持てなかったドイツ軍では,一定の条件を満たす民間車両を積極的に取り入れ,軍用として生産していました.
 L2H143はコンパクトな空冷水平対向4気筒エンジンを搭載して,低く視界の良いボンネットを実現していましたが,これの車体を一部改良し,空冷式水平対向4気筒ガソリンエンジンを60馬力に強化.
 前進4段と後進1段の変速機つきで最高速度70km/hを発揮しました.
 後輪はダブルウィッシュボーンの独立サスペンションを備え,優れた走破性を有していました.

 兵員輸送車タイプのKfz.70は車体後部にベンチシート付きの荷台を装備.
 大戦勃発前の1933年頃から 1942年まで生産され,各部隊に配備されました.

 また,3.7cm対戦車砲など火砲の牽引に使用された軽砲牽引型Kfz.69は,定員は6名で,車体後部の両側には弾薬収納庫が装備されていました.
 各師団の対戦車砲大隊に標準配備されたクルップ プロッツェは,対ポーランド戦やフランス戦,バルカンやロシア戦線など,大戦前期の各戦線で幅広く使用されました.

 他に以下のヴァリエーションがありました.

Kfz.19 - 電話通信車輌
Kfz.21 - 幕僚車輌
Kfz.68 - Radio mast carrier
Kfz.81 - 2連2cm対空砲牽引車
Kfz.83 - 60cm対空探照燈車 8kw発電機も備える
SdKfz.247 - 装甲兵員輸送車.生産数20.

 時には荷台に対空砲や対戦車砲を載せ,自走砲としても使われました.

 1942年,より量産を意識した統一型車輌を生産する為,本車は生産中止となりますが,後々まで長くドイツ自動車化師団で使用されました.

重量 2450 kg
全長 5.10 m
全幅 1.93 m
全高 1.96 m
燃料容量 110リットル
実用後続距離 360km(路外)〜450 km(路上)

総生産数 約7000

 【参考ページ】
http://hirolanx.blog60.fc2.com/blog-entry-43.html
http://item.rakuten.co.jp/tenshodo/861mt763/
http://www.tamiya.com/japan/products/32534krupp_protze/index.htm
http://www.tamiya.com/japan/products/35259krupp/index.htm
http://www.amazon.co.jp/review/R1W9UGNITZJ353/ref=cm_cr_rdp_perm
http://en.wikipedia.org/wiki/Krupp_Protze
http://www.autogallery.org.ru/m/kruppp70.htm
http://www.toadmanstankpictures.com/krupp.htm
http://ss-bass.oops.jp/krupp.html
http://www.plusmodel.cz/gallery/134/index_en.php
http://www.achtungpanzer.com/votw/protze.htm
http://www.autogallery.org.ru/m/krupppr.htm

兵員輸送車タイプ Kfz.70

http://en.wikipedia.org/wiki/File:Kfz70.jpg

砲牽引車タイプ Kfz.69

http://www.olive-drab.com/idphoto/id_photos_krupp.php3

対戦車自走砲型

画像掲示板「101 free way」(なまんだぶ…)より

【ぐんじさんぎょう】,2009/5/12 22:30
に加筆


 【質問】
 ゴリアテってリモコン地雷?

 【回答】
 あれは工兵の使う無人爆弾運搬車だよ.
 防御陣地の掩体や鉄条網ぶっ壊したり敵のこもってる家屋を爆破したり.自走地雷ではなく自走地雷原清掃したり.
 前線からはけっこう好評で,後継車輌も開発生産されてますよ.

軍事板

 余談ですが,放置されていたゴリアテをアメリカ軍が上に乗っ遊んだりしました(笑)
 他にも見つけ興味本位でいじくり回していたところ,野次馬が大勢集まってきて無理矢理分解しようとしたとたん・・・・ドカーンと爆発しましたとさ.

「わぁい♪」


CRS in 「軍事板常見問題 mixi支隊」


 【質問】
 WW2のドイツは,列車で戦車運ぶのに,どうやって積み降ろししてたの?
 軽戦車ならともかく,虎とか吊れるクレーンとかあったの?
 それとも,鉄板みたいなの使って貨車に自力で載ってたの?

 【回答】
 鉄板というか,プラットホームの無いところでも下車できるよう,設置式のランプ(斜路)がある.

 あと,ティーガークラスの重戦車装備した部隊が鉄道で移動する時は,当然整備部隊も一緒に移動してくる.
 降車する先の駅のインフラが不十分な場合は,そうした部隊の機材だけを先に降ろし,それを使って荷降ろし作業を行った.

 ティーガー.レベルになると1両貨車から降ろすだけでもエライ大変で,しかも降ろした後に履帯履き替えさせたり外した部品つけ直したりといった作業が待っていたため,重労働のきわみだったが.

軍事板
青文字:加筆改修部分

 クレーンもランプもないときは土嚢とか積んで坂作って,その坂を戦車に登らせた.

◆iqK7ZoWK2. in 軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 列車砲「ドーラ」について教えてください.

 【回答】
 ドーラ(口径800ミリ)はクリミア半島のセバストポリ要塞砲撃のために作られました.

 あまりのでかさに,基部の車両が線路を四つ使う.
 撃つところにレールをまず引いて,それから組み立てる.
 レールがあれば何処でも行けるっていう,列車砲のメリットなし.
 そのかわり,化け物じみた攻撃力を誇る…….

軍事板

 なお,ドーラは複々線ではなく複線です.
 線路が2本で,レールは4本.

 しかし写真を見ると,メンテナンス作業の懸架装置用に,さらにオーバーゲージの線路(つまりレール2本),
 それと,運搬用か何かに1本線路を敷いている模様(下写真).
 セヴァストポリじゃなくてドイツ国内での写真かもしれませんが,
 ですので,複々線というのも間違っちゃいないのかも.


 明示的に複線であると説明できるソースとしては以下のものがあるかと.
 複線にまたがったドーラを牽引するために開発された専用機関車,D311AおよびBです.
http://www.aopt91.dsl.pipex.com/railgun/Content/Railwayguns/German/Oil-Electric%20Engines-DORA.html

 普通にパワーのある機関車をどっかから見繕ってくればいいのに,たった2輌の「専用機関車」を「開発」ってアボガドバナナかと.
 しかもなんか,P虎と同じ駆動方式っぽいし.

 ちなみに,もはや笑いしか出てこない自走式ドーラ計画についてはこちら.
http://members.tripod.com/~fingolfen/superheavy/p1500.html

Tono in 「軍事板常見問題 mixi支隊」

 ドイツを見てると,「馬鹿と天才は紙一重」って言葉が妙に説得力を持ってしまうから困る.

椋鳥 in 「軍事板常見問題 mixi支隊」


CRS in 「軍事板常見問題 mixi支隊」


 【質問】
 「グスタフ」「ドーラ」の諸元を教えてください.

 【回答】
重量:1,350トン
全長:47.3 m
砲身長:32.48 m (L/40.6)
全幅:7.1 m
高さ:11.6 m
人員
砲操作:少将以下,1420名
支援要員:4000人以上
組み立て作業に250名(約3日間),
列車軌道の敷設に2,500名(3〜6週間).
防空用に2個高射砲大隊が随伴.

口径:800 mm
俯仰角:0〜60
発射速度:
1発/30から45分
1日14発
初速:820 m/s (HE); 720 m/s (AP)
最大射程:48 km (HE); 38 km (AP)
榴弾
弾体重量:4,800kg
弾頭重量:700kg
初速:820m/s
最大射程距離:48km
徹甲弾
弾体重量:7,100kg
弾頭重量:250kg
初速:720m/s
最大射程距離:38km
動力機関 691kw蒸気機関×2
 台車は大型の貨車を4台(台車8台)使用し,レールは複線(4本)が必要であった.

 【参考ページ】
http://ho-to-.hp.infoseek.co.jp/dora.html
http://2nd.geocities.jp/japchin2002/dora.html
http://hexagon.inri.client.jp/floorB1F_hss/b1fha650.html
http://m3i.nobody.jp/military/gustavmenu.html

 【関連リンク】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm847875

【ぐんじさんぎょう】,2009/4/28 21:00
に加筆

砲弾比較



 【質問】
 ドイツの高速列車について教えてください.

 【回答】
 1917年,ドイツでは交通科学協会と言う団体が設立され,この団体が各種の高速軌道系交通機関の提唱を行います.
 当初は,懸架方式でプロペラ推進,時速300〜500km/hを目指した空中弾丸列車なんかを夢想しますが,流石に,1929年には遂にこの夢想的な構想を諦めて,通常のレール上を走る高速列車になりました.
 但し,駆動はオットー社製航空機用600馬力エンジンを後部に置き,木製4枚プロペラを回して推進する方式(ぉ.

 1930年には「シーネンツェッペリン Schienenzeppelin」と名付けられた車輌が完成します.
 この車体は鉛筆のような形で,流体力学を取り入れて整形され,軽量化のためにアルミニウムを多用したものです.
 この車輌は,1930年9月23日にハノーヴァー〜セイル間の線路で加速試験を行ったところ,スタートから66秒の985m走行で100km/h到達.
 その日最高速度は,182km/hに達し,翌年6月21日のベルリン〜ハンブルク間のドルシェニッツ周辺で,瞬間最高256km/h,10km定点距離の平均が230km/hという記録を叩き出しました.
 その後も,この車輌のテストは続けられますが,プロペラ推進方式の単車運転は非効率かつ危険な為,1936年にプロジェクトは遂に解散してしまいました.

 一方,第一次大戦時点のドイツの鉄道は,Prussiaを主軸としながら,Bayern,Sachsenなど9つの邦有鉄道が分立していました.
 戦後,この鉄道のうち,Alsace-Lorraine鉄道はFranceに引き渡されてしまい,1920年に残り8つの鉄道はドイツ連邦鉄道公社(DRG)に統合され,1937年に効率化の為,ドイツ国有鉄道(DR)として完全に国有化されます.
 この立ち上がりからDRGは,各邦の様々な車輌200種を引継ぎ,そのうちの程度の良いのは,各国に賠償として引き渡すことになり,残ったのは程度の悪い,老朽化車輌ばかり.
 この経験で,機関車の規格化,部品の共有化などを行って,運転,保守,点検を合理化することになりました.
 例えば,1925年の01型機関車は,1937年までに231輛作られています.

 1930年代に入ると,自動車の発達,航空機の発展もあり,鉄道が危機に晒されることになります.
 それに危機感を抱いたDRGは,1931年に2輛連接構造のディーゼル電気推進動車をWUMAG社に発注しました.
 これは車輌を高速で走らせ,スピードで航空機と自動車に対抗しようとしたもので,車体は,ツェッペリン社の風洞を使って何度も実験が繰返されました.
 2輛の全長44.75m,幅3m,自重91.3t,1,2等77名の乗客が乗った車体を,マイバッハ12気筒410馬力ディーゼル2基で発電機を回すことで引っ張り,最高速度160km/hで走らせる性能が要求されました.
 この車輌はベルリン〜ハンブルク間286kmを2時間18分,表定速度124km/hで走ることを目的にしていました.
 途中の停車時間とか徐行区間を考えると,時速160km/h程度の最高速度はどうしても必要になります.
 「フリーゲンダー・バンブルガー(空飛ぶハンブルク人)」と命名されたこの列車は,1932年に完成後に試運転を重ね,1933年5月15日から,ハンブルク〜ベルリンの本運転を開始しました.
 2両編成でありますが,乗客の荷物はバゲージルームで預かり,動き出すと,職員が飲み物とスナックを配る.
 更に車輌中央にバーが設けられ,飲み物と軽食をサービスする豪華仕様(但し,車内の内装はニスを塗った板張りだったりしますが)でした.

 こうした高速列車を運転する為,DRGは各地の路線に手を加え,既存路線のカーブで急なものは緩やかに変更し,ポイントで不要なものは取り外し,運転士が信号を見落としたり間違えても,自動的に停止する装置まで備えていました.
 こういった措置は,ドイツ主要幹線のうち,約2600kmに投資が行われました.
 ドイツと言えば,自動車道路のアウトバーンが有名ですが,こうした投資も結構行われた訳です.

 この「フリーゲンダー・バンブルガー」は当初1編成しか無かった上,新機軸を採用した為に,初期故障が頻発し,指定列車の80%しか運転できませんでした.
 その場合の代替列車は,蒸気機関車の客車列車だったりします.

 さらにDRGは,「空飛ぶハンブルグ人」を拡張するために,WUMAG社に13編成26輛の改良型を発注します.
 相変わらずディーゼルエンジンは信頼性が無くて,良く故障を起こしたりしていたのですが,時はHitler政権の時代,「ドイツの技術は世界一いぃ〜〜〜」を具現するためのツールとして,一気に投入された訳です.
 勿論,その裏では,整備員は徹夜でエンジンを交換したり,保守点検をしたりと言う涙ぐましい努力をしている訳ですが.
 路線も当初のハンブルグ〜ベルリンだけではなく,
1935年7月からベルリン〜ケルン,
8月からベルリン〜フランクフルト,
10月からハンブルク〜ケルン,
1936年5月にはベルリン〜シュツットガルト
と就航路線を拡張し,このうち,ベルリン〜ケルンの途中では平均速度133.6km/hに達しています.

 ちなみに,日本の場合は,国鉄のつばめが60km/h止まり,阪和電鉄(今のJR阪和線)のくろしおが81.7km/hですから,どれだけ隔絶していたことか….

 こうしてネットワークを拡大した高速ディーゼル動車のハンブルガータイプの列車の唯一の欠点が,定員の少なさです.
 其処で,輸送人員を多くして139名を運べるように,3輛連接の車輌が製作されました.
 ただ,未だ技術開発のまっただ中でしたので,4編成のうち2編成はハンブルガーと同じくディーゼル電気式,残りは液圧式ディーゼル動車となっています.
 これらはライプティヒタイプと呼ばれ,ベルリン〜ステッティン,ベルリン〜ケーニヒスベルク,ベルリン〜ブレスラウという東方向け特急での運行を予定していました.
 ただ,前二者の路線は規格の異なるポーランドを通ることから断念され,最後のブレスラウ線のみ路線網に組込まれました.
 1938年には連接構造を止めて,3輛連結構造となり,全長は延びますが,定員は同じとして,1輛は定員30名の食堂車とし,残り2輛は102名のコンパートメント車となったケルンタイプが14編成製作されて主力となります.

 このほか,試作でクロッケンベルクタイプが1編成作られます.
 これはベルリン〜ケルンで最高時速195km/h,ベルリン〜ハンブルクの平均時速200km/h,最高時速215km/hと新幹線並の速度を誇っています.

 これの掉尾を飾るのは,1939年に作られたベルリンタイプで,2編成が製作されました.
 これは4両編成となり,座席車に126名,食堂車29名と言う豪華版でしたが,第二次大戦勃発で,営業運転されることはありませんでした.

 これらのディーゼル動車による高速特急ネットワークは,アウトバーンと共に,ドイツの陸上交通の屋台骨を支えるものとなりますが,意外なことに,これらの路線はベルリンから各方面に出るものではなく,ヴィルヘルムスハーフェン,ブレーメン,ハンブルクなどの北海沿岸都市,ミュンスター,エッセン,ドルトムント,ケルンなどのライン左岸,マインツ,フランクフルト,カールスルーエ,バーゼルと言ったラインラント,ミュンヘン,ニュルンベルグと言った南ドイツに張り巡らされており,東方へは,僅かにベルリンからブレスラウ,ポーゼンに向かう路線と,ドレスデンに向かう路線しかありません.
 ケーニヒスベルクの飛び地は勿論,ロストクの様なバルト海沿岸にも行ってません.
 こちら方面はポーランド回廊を通らなければならないと言う面がありますが.
 なお,こうした路線は何れも非電化路線ですが,ミュンヘン〜シュツットガルト間は電化路線で,高速電車が走っていました.
 また,このほかにベルリン〜ドレスデン間はディーゼル動車ではなく蒸気機関車牽引の列車による高速列車だったりします.
 ちなみに,Hitlerは鉄道電化の対象として,ベルリン〜ミュンヘンとベルリン〜シレジアを計画していました.
 前者は兎も角,後者は東方植民という政策から見ても興味深いものがあります.

さて,1933年に空飛ぶハンブルク人を作ったカッセルのHenschelですが,ふと気がついた.
「我が国には石油資源が無いじゃないか…」
 じゃあと言うので原点回帰,高性能蒸気機関車と軽量客車の組合せで,実現しようじゃないの,と言うことで,動輪直径2.3m(ちなみに,C57やC62は1.75m),1600馬力,軸配置2-C-2のタンク機関車,DB61を製作しました.
 この機関車の性能は,最高速度175km/h,1〜1000mで150km/hに達する高加速性能を備えており,前進後進が同じ性能だったので,終点で方向転換する必要がありませんでした.
 客車は,アルミなどを多用した流線型客車の4輛固定編成です.

 試作車は,カッセル市内のHenschel工場から路面電車の軌道を走行し,市内の広場で市民にお披露目して歓声を浴び,DRGのカッセル駅でDRGに引き渡されました.
 試験中の試作車は,1935年に折からニュルンベルクで開催されたドイツ鉄道100年記念祭で,Hitlerが運転台に乗るという栄誉も授けられました.
 1936年5月から,愈,ベルリン〜ドレスデンの特急として一日2往復,表定速度106km/hで運行が開始されています.
 残念ながら,この機関車の量産は実現せず,改良型の2号機は第二次大戦勃発により,遂に特急牽引は実現しませんでした.

 これは長距離を走るのに適していなかったからで,大型高速蒸気機関車として,新たにBorsichが参画し,Henschelと競争試作で開発が進められました.
 1935年3月5日に試作車DB05001が引き渡され,各種試験に供されました.
 061と共に,ニュルンベルクのドイツ鉄道100年記念祭の主役としてHitler始め多くの党幹部に絶賛され,1936年には側頭部にHakenkreuz,炭水車には五輪マークが描かれています.
 この機関車は3輛が製造され,1936年5月11日には05002号機が,客車3両を牽引し,ベルリン〜ハンブルクの区間で200.4km/hを達成します.
 後に,最初の2輛がベルリン〜ハンブルク特急として,表定速度118km/hで走り抜けました.
 つまり,直線を150km/hで,必要なら175km/hで走ったと言うことになります.
 ちなみに,3号機は運転室の視界を良くするため,ボイラーと運転室の配置を逆転しました.
 投炭については,この車輌だけ,粉炭としてこれを自動給炭機から満遍なく投炭口に送り込む構造としていました.
 このユニークな機構も,1944年になると粉炭の供給が絶たれ,結局,機関車は一回転して流線型カバーを外し,自動給炭機も外して普通の機関車になってしまいました.

 このほか,ドイツの高速蒸気機関車は,Kruppで作られたDB06が2輛作られますが,これらの高速機は概して少数生産で終わってしまってます.

 こうした国威発揚用蒸気機関車とは別に,普通の輸送には従来からの01型,03型を高速用に改造する計画が立てられ,1939年に01-10型,1940年には03-10型が登場します.
 これらは大戦中にも関わらず,01-10型が55輛,03-10型が60輛生産され,ドイツの高速交通網を維持していました.
 このうち,1輛だけは,フランスのブガッティが夢想した8気筒蒸気機関を搭載した試作車です.
 普通,蒸気機関車は2気筒,精々が3気筒ですが,これは第2,第4動輪をV型2気筒の蒸気機関で,これがそれぞれ両側の動輪を動かすので8気筒.
 これまた,Henschelの技術陣が開発したもので,1941年6月13日にDRGに引き渡されました.
 この列車は,最高速度175km/hを発揮し,牽引力も優れて,主にベルリン〜ハンブルクの重量列車を牽引していました.
 しかし,無情にも1944年の英軍によるハンブルク空襲で被弾し,放置されてしまいます.
 ところが,ドイツ降伏後に米軍が接収して本国に持ち帰り,分解したり,テストをしたりしています.

 日本の飛行機は結構テストをしてみたり,戦車もアバディーンなんかで展示したりしているのに,鉄道車輌のテストとか持ち帰りが無いのは,それだけ鉄道後進国だったからでしょうかね.

 余談ですが,戦後には「原子力列車」というトンデモ計画が.
 西ドイツではV200型ディーゼル機関車を2両連結にしたもの,米国ではGEが計画したC-C型2輛連結型大陸横断用ガスタービン電気機関車を改造したもの,
 西ドイツのクラウス・マッファイは,自重190t,リアクター重量22tの機関車を設計しますが,更に精査した結果,リアクターを鉄筋コンクリートと純正の鉛で遮蔽すると,それだけで100〜200tになり,Naziが計画していた巨大列車構想の様な軌間3mでないと,とても搭載できない事が判明して断念します.

眠い人 ◆gQikaJHtf2 in mixi

 余談だが,ドイツの鉄道は以下のような余波も生んでいる.

 私はドイツで生まれた地政学における鉄道の役割について少し調べたことがあるので,これが体感できて感慨深いものがありました.
 一八七〇年に起こった普仏戦争ではドイツの列車システム存在が欠かせませんでしたし,なんといっても地政学の祖であるマッキンダーは,このドイツの列車システムに驚いて地政学の理論を思いついたようなものですから・・・.

「地政学を英国で学ぶ」,2005-04-24-02:47

ドイツの高速列車;「空飛ぶモンティ・パイソン」……じゃなかった,「空飛ぶハンブルク人」


同量産型


同発展型


「シーネン・ツェッペリン」





(うそ)

眠い人 ◆gQikaJHtf2 in 「軍事板常見問題 mixi支隊」


 【質問】
 ドイツの列車は電化はされていなかったのですか?

 【回答】
 戦前の場合は,発電の方法と言っても,水力発電と石炭火力発電くらいしか無かったりする訳で.
 従って,電力を供給できる地区は山に近く,水力発電所が沢山あって,商業電力供給に余裕のある地域か,工業化を進めている地域に限られていたりします.

 なので,ドイツの場合は平野部よりは,山岳地帯に近いBayern地方での電化が先ず行われ,最初にMunich〜Stuttgartが電化されました.
 Hitlerは,Berlin〜Leipzig〜Saarfelt〜Nuremberg〜Munichの電化を国策として進めると共に,Silesia地方の電化も進めています.
 後者は,東方政策の関係で,戦前は元より,戦時中も勧められていました.

 Bayern地方では,電化の歴史が長い為,電車による高速化も容易に行われ,平均速度100km/hの流線型電車が3編成,Berchtesgaden〜Munich〜StuttgartとMunich〜Stuttgartの路線に充当されました.

 で,Hitlerが進めた鉄道電化計画は,Munich〜Nurembergがまず完成し,1935年に400tの客車を牽引して160km/hで突っ走る電気機関車牽引の特急電車が就役しました.
 しかし,結局戦前には電化工事は軍事輸送オンリーとなり,華やかな特急列車は運行が中止されてしまいます.

 ちなみに,1939年1月にドイツ国鉄の鉄道車輌総てには,鷲の紋章を正面と側面に付ける命令を下しています.
 初期には厳めしいアクセントとして行われたのですが,そんな手入れをする暇もない軍事輸送の連続で車輌は酷使されていきます.
 1940年には流線型車輌の外板部に傷みが見られるようになり,保守点検については簡易化するために動輪を覆っていたスカートが車輪半分くらい削られていきます.
 1942年には動輪の3分の2,1944年には動輪総てが露出する状況になりました.
 また,1944年には缶の側面以外の流線型を構成していたケーシングは総て剥がされました.
 連合軍の爆撃を受けたりするものも増え,車輌にとっては不遇の時代です.
 操車場の爆撃は特にMunichに多く,何輛もの電気機関車がそこで被災しています.

 どの国もなかなか戦時中は受難の時代だったようです.

眠い人 ◆gQikaJHtf2 in mixi


◆◆◆◆◆ Kettenkraad

 【質問】
 ケッテンクラートの前輪は、何のためにあるの?

 【回答】
 *速度を落とさずに進行方向を変える
 *旋回半径を小さくする
 為にある.


 【質問】
 ケッテンクラートの名前の意味って何ですか?

 【回答】

Ketten:チェーン,キャタピラ
Kraftrad(オートバイ)

 直訳すると「履帯付オートバイ」となります.

(名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE)

 というわけで,漢字熟語で「帯二輪」という訳はどだ?


 【質問】
 ケッテンクラートのステアリングって,ハンドルを切ると,前タイヤも一緒に動くのでしょうか?
 写真を見る限り,下のスイングアームがボディに直結されてるように見えて,ハンドルだけしか動かないように見えるのですが・・・

 【回答】
 動くよん.
 ケッテンクラートの操行機構は,ハンドルを廻すと左右の履帯がトランスミッションを介して操行され(戦車と同じ),同時に前輪もバイクや自転車の様に動く.
 この二重構造で旋回半径を小さくできた.
 なので前輪がなくても操行できる.

 ちなみにこれはハーフトラックと同じ機構.
 ドイツのハーフトラックはアメリカのハーフトラックと違い,履帯と前輪でそれぞれ操行する(アメリカのハーフトラックは操行されるのは前輪だけ).

 確かドイツ式を「デマーグ式」アメリカ型を「ケグレス式」といい,ケグレス式は元々フランスの会社の開発したものだった・・・と思うがこの辺曖昧.勘弁.

ドイツ軍のハーフ・トラック


◆◆◆◆◆◆シュビムワーゲン

 【質問】
 シュビムワーゲンって何?

 【回答】
 シュビムワーゲン Schwimmwagen は,第2次世界大戦中にドイツ軍が使用した四輪駆動の水陸両用車輌です.
 1941年にキューベルワーゲンの車台をベースに開発され(128型),その改良型(166型)が1942年から生産されました.
 15,000台以上と,大戦中に最も多く生産された軍用水陸両用車輌であり,偵察や連絡に広く使われました.

 【参考ページ】
http://www.eonet.ne.jp/~gozu/model/Gallery/Schwimmwagen/Schwimmwagen.htm
http://www.tamiya.com/japan/products/32506swagen/index.htm
http://lautan.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/schwimmwagen_e3d2.html

【ぐんじさんぎょう】,2008/12/19 00:30

 改造超人シュビビンマンが乗っている車では無い.

新所沢の三等兵 in mixi,2008年12月18日 00:10

 欲しい・・・・・
 ガキの頃,ドイツ陸軍兵士の格好でキューベル乗るのが夢だった.
 キューベルよりは,シュビムだな.
 だが,シュビムよりクラウンの買い替えが先だし・・・・
 シュビムなんて買えないが,88も欲しい・・・・

 2002年現在,日本にはシュビムは3台(?)で,キューベルは10台は存在するようです.
 シュビムをアニメーターが,オ○ツカさんの紹介で買ったと言う話を聞いたことあります.
 キューベルはJ隊員が(国内で)150万で買ってレストアしたようです.
 ケッテンクラートも3台はあるはず.

 公道走れるキューベルは,カナダのメーカーが400万で販売してます.
 サムズで所有しており,レストア中の実車よりいい!とのこと.
 購入は半年待ち.
 2年前コロンビアでこのキューベルが走ってるのを目撃.
 プラ製のボディーはアメリカのメーカーが販売してます.
 VWに装着するんでしょう.

一等自営業 ◆kawD31MU in 軍事板
青文字:加筆改修部分

42 名前: 名無し三等兵 投稿日: 02/02/02 11:44

 一体,どうゆう幼年期を過ごしてきたんだ(笑)


43 名前: 名無し三等兵 投稿日: 02/02/02 11:48

 ガキの頃は,将来,8トンハーフトラックで88ミリ砲を牽引したかった.


軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 シュビムの日本語資料ってなんかいい本ないですか?
 ご存知の方オシエテ!

 【回答】
 大手町の日本自動車工業会の図書館などにも,いくつか関連書がありますが,日本語の本で役に立つのは,同人誌「MVJ」五号のシュビムワーゲン・レストア・レポートです.
 ちなみに洋書 "VOLKSWAGENS OF THE WEHRMACHT"――Schiffer Military Historyというシリーズの一冊――はシュビムに限らず,軍用に設計された全てのVWに関する写真を中心にした資料本なので,かなり重宝します.
 後は予備知識としては,ネコ・パブリッシングの「VW大辞典」も押さえておくとよいのではないかと.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 シュビムワーゲンのヴァリエーションを教えてください.

 【回答】
 開発ナンバー一覧によると
128 シュヴィムファーストバージョン
129 同・スペシャルバージョン
138 同・タイプB
166 同・生産バージョン
となっとります.
 タイプBだけはまったく想像つきません.
 この開発ナンバーは,ごく小規模なマイナーチェンジまで管理しているようなので,多分写真を見てもほとんど見分けが付かないのではないかと.
 たとえば,タイプ278という奴はギアボックスだけ違うらしいです.

 シュヴィム初期型(ホイルベースの長い奴)には,128と129のふたつの形式があるんですが,128の方は本格的に写真が少ないみたいですな.
 ヒトラーが視察してる写真はかなりいじってあるので,これが恐らく129と思われますが,こいつはちゃんとした 生産型よりも戦闘車両っぽい感じですな(藁
 右のシートが完全にガナーシートになってたり.
 こっちはかなり枚数があるようです.

軍事板
青文字:加筆改修部分

 このページにシュビムの変遷が出てるよ.
http://www.schwimmwagen.myweb.nl/photo1.htm (リンク切れ)

 これ見てると,「遠すぎた橋」でアーンエム橋の上を走ってたキューベルって,この「FIRST PROTOTYPE」かもしれんね(笑)

シュビム好き in 軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 シュビムとキューベルとビートルはどういう相互関係にあるんでしょうか?
 ビートルの軍用派生型がキューベルで,そのまた水陸両用型がシュビム,でいいのかな?

 【回答】
 内部機構に関しては「ほぼ同じ」です.
 民生用のtype60を基本として,軍用にチューンされた82,92や87(キューベル)はシャーシの作りも似たようなものですが,128,166(シュビム)はそもそもシャーシがありません.
 あれはボディがフロートになっている,特殊な車なので,製作していた工場も,他のタイプとはまったくの別ラインでした.

 おかげで1944年に工場が空襲されると,ボディの打ち出しに手間のかかるシュビムは,新規のラインを作ってもらえず,すでに工作されストックされていた部品分以上には生産されなかった,と物の本――タイトルは"VOLKSWAGENS OF THE WEHRMACHT"で,Schiffer Military Historyというシリーズの一冊です.洋書――には書いてあります.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 シュビムワーゲンではスクリュー回転時は,車輪は止まってるのかな?
 以前,彫りの深いタイヤの推進力を利用・・・という解説を読んだことがあるけど,どうなんしょ?

 【回答】
 水上走行時の推進力は確か「スクリューのみ」です.
 推進力に関しては,タイヤの回転を外輪のように使って,というのはちょっと信じがたい.
 というのも,実際水上走行の写真を見ると,車輪が完全に水没しています.
 これでは推進力が出ないでしょう?

 シュビムのボディーのお尻の部分には,スクリュー側からの軸が嵌るように「穴が開いている」ように見える丸い部分がありますね.

 ギアをニュートラル位置にすると,エンジンから,ここに回転力が伝えられ,ここに嵌ったスクリューが回転するという仕掛けです.

 座礁した際は,タイヤは接地してるので,4駆のシュビムなら,このまま脱出できるのだと思われます.

 そういえば,キューベルにも4駆バージョン VW128ってのがありましたね.

軍事板
青文字:加筆改修部分

 あとね,ビルジ排出用の穴(パイプ)が側面にあったような・・・・

一等自営業 ◆kawD31MU in 軍事板
青文字:加筆改修部分

<水中乗り入れマニュアル>

 4駆,1速で岸から,タイヤが接地しなくなるまで水中に乗り入れて,浮いたらアイドリング位置にギアを変換.
 スクリューを水中に下ろすと,車体後部とスクリューの軸がかみ合うんだとさ.

 なんだか欲しくなってきたぞ!

 あ,文献は,
http://www.schwimmwagen.myweb.nl/hand2.htm
の自動翻訳ね

 誤訳あったら,どなたか訂正してちょー

シュビム好き in 軍事板
青文字:加筆改修部分


◆◆◆◆◆戦闘車輛


 【質問】
 T-34等ヘッツアー程度で十分だろうし,コストはパンターの半分も無いかも知れぬだろうか(某研究者)

 【回答】
 ヘッツアーは視界が悪い.特に右側の視界は「無し」
だから指揮車が将棋の駒みたいに動かしてやるか,チームで綿密に連絡を取らないと,まともに動くことすらできない.
 戦車の代わりなどもってのほか.数発撃ったら陣地転換する移動対戦車砲として見たほうが良い.

 実はドイツの現地指揮官にも某研みたいに考えるのが多くて,視界が利かないのにのろのろ前進させた挙句,周りの状況がわからないままアボーンというパターンが多かったらしい.

 それと駆逐戦車は戦車のように使おうとすると頻繁に信地旋回せねばならないため,すぐにトランスミッションがいかれてしまうそうだ.よって戦車の代わりは無理.

(軍事板)

 モーターブーフの「軽駆逐戦車」に書いてあった,ヘッツァー運用の教訓をうろ覚えで書いてみると,

1.ヘッツァーは戦車じゃない. 突破攻撃の先頭に使うべからず
2.かならず集中運用すべし.視界が狭く,砲の可動範囲が狭いので,互いに死角を補う必要あり
3.待ち伏せ攻撃を多用すべし

だったはず.
 とにかく「装甲がついて,自分でかろうじて動き回れる対戦車砲」にすぎないので.重量過多で速度も遅く,戦車代わりにはならないってこと.
 これはドイツでも日本でも同じ.
 視界の悪い森林部だと,よけいに他の部隊との連携が重要になってくるだろう.

 【質問】
 まあ軽量な15トンのヘッツアー等でも信地旋回がトランスミッションをいかれさせるのかだが,砲も一応横には少し動けただろうか(某研究者)
 【回答】
 オスプレイ見ると,左が5度で右が11度.砲身がオフセットしているので,常に右側に車重がかかりぎみ.
普段からバランス悪く無茶しているもん無理させたら,壊れるでしょうね.
 ヘッツァーは防御兵器と割り切って,消耗前提に大量生産するもんでしょうなあ.
 なお,最初の要求は左右15度.(実現しなかった)

 エンサイクロ ジャーマンタンク開いて,他のちょっと見ると,
ヤクパンが左右13度
ヤクティーで左右10度
割合実戦評判がよかった気がするフェルディナント/エレファントが28度

 やっぱりこれメインで戦闘するのは・・・ちょっと・・・

(軍事板)

ヘッツァー


 【質問】
 ドイツ軍の主要戦車の生産数は?

 【回答】

生産時期     3号J60LMN  4号GHJ パンター ティーガーT 虎U 3突G+4突+4駆F+/70+4駆A
1942/01〜06   1067輌    238                       188
1942/07〜12    653     642           ↓           514
1943/01〜06    913     1277    842    ↓           1349
1943/07〜12           1736   1000    ↓           1886
1944/01〜06           1763   1200   1354      ↓   3030
1944/07〜12           1362   2100            ↓   3835
1945/01〜05            435    853           489   1543 

 WEBで調査統計,一部推測も含みますが…

軍事板


(画像掲示板より引用)


 【質問】
 第二次世界大戦でドイツは戦車の生産量が少なかったのですが,占領地やドイツ本国内に工場を建てる,若しくは他のメーカーの工場を使うなど,生産ラインを増やす努力はしなかったのでしょうか?
 史料見ていると,戦車にしても何にしても,車種毎にメーカー単独で作っているような感じで,効率悪くて仕方が無いような気がします.
 平時ならばそれでいいでしょうが,戦時の国家体制で何でこんなに非効率的なんでしょうか?

 ソ連にしてもアメリカにしても,大量生産するにあたって,もっと効率良くやっていると思うのですが.
 資源とかお金とか,フランスその他を占領したときに,がっぽり稼げなかったんでしょうか?

 【回答】
 してるよ.4号はF型-F2型からクルップの他にフォマーグ,ニーベルゲンファルゲが受注してるし,5号はMAN,ダイムラー,MNH,ヘンシェルで生産してる.
 戦車が足りないので駆逐戦車や突撃砲でごまかしてるのに,ソレ用のシャーシを生産してる設備(4号を作ってる工場)を潰して5号用に切り替えたら馬鹿みたいじゃないか.

 また,プラダやスコダって何処の会社だか知ってるか? 今ある設備で38(t),マルダー3,ヘッツァーが造れるのに,設備を3号や5号に切り替えたら勿体無いだろう.

 ソ連の場合は,民生品も含めてほかの装備をレンドリースに頼り,自国の工場は全て戦車への傾斜生産をすることができた.
 しかしドイツじゃ,デマーグはハーフトラックを作る必要があったし,オペルはトラックを作らなきゃならなかった.
 戦車だけあっても戦争はできん.

 しかもソ連は,工作機械自体も輸入できる.ドイツはその生産も自前.

 もちろんシュペーアが軍需相になるまで,独逸の兵器生産体制って必ずしも合理的じゃなかったし,国家総動員体制にもなってなかった.
 それでもドイツの戦車生産量は,国力からしたら決っして少なくない.
 鹵獲品や旧式の車体再利用したり,それなりの努力してあの結果.
 技術にこだわる国民性のせいもあるが,やはり最後は国力差.

 また,おっしゃるような統一をした場合,競争試作がなくなって性能が落ちるだろう.明らかな無駄を許容しつつ競争を煽るのが資本主義のシステムなので.

 アメリカのマスプロダクトは,資本の規模が違うので,比較はしないほうがよろしいかと.


 【質問】
 ナチの機甲師団において,開発されたばかりのパンサーやタイガーなどは,国防軍よりSSに優先的に配備されたと何かにありました.
 実際そうだったんですか? チョビヒゲは国防軍嫌いだったんですか?
 また,国防軍の兵は
「んだよ!SSのヤツらばっか優遇されやがってよ…ふざけんじゃねーよコノヤロウ!!」
とか言ってたんでしょーか?

 【回答】
 パンターで編成された戦車大隊に関して,国防軍よりSSの方が編成が恵まれたのは事実.
 SSの第1〜第3装甲師団にパンター大隊が編成されたのは1943年9月ですが, 国防軍のほとんどのパンター大隊の編成が完了したのは1944年に入ってから.
 他のSS装甲師団(第5・9・10・12)も1944年早々にはパンターが配備されており,優先して装備されたといっても良いでしょう.
 しかも,SSのパンター大隊は各師団に固定して配備されたのに対し,国防軍のパンター大隊は師団から切り離されて独立運用される場合もしばしばでした.

 ティーガーの運用に関しても,1942年中に編成された国防軍の第501〜503の三個独立重戦車大隊に次いで1942年11月には3個重戦車中隊(SS第1〜第3装甲師団に配属)が編成されており,優先装備といってもいい状態だと思えます.

名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE

 ただし近年,
「国防軍とSSとの配備状況に関しては,必ずしもSSが優先されていたとは言えない」
との見解が出てきておりますので,ご参考までに挙げておきます.

 Niklas Zetterlingの『Normandy 1944』によれば,1943年5月〜1944年8月までのパンターのデリバリーを見ると,
SSには736両,
国防軍には3104両
が引き渡されており,SSを7個装甲師団,国防軍を25個装甲師団として,一個師団あたりの引渡し数両は,
SSが106両,
国防軍が124両
となります.

 この一個師団あたり平均という考え方が現場実態を正確に反映しているとは断言できないものの,SSの優先度が高いという通説を補強するものでないことは留意すべきと思われます.

 ちなみに,Thomas Jentzの『Die Deutshce Panzertruppe』で同時期の各部隊の戦車の配備状況を見てみると
43年8月
・SS第2戦車連隊第1大隊:パンター71両
・第23戦車連隊第2大隊:パンター96両

43年11月
・第1装甲師団:IV号95両,パンター76両,他24両
・第25装甲師団:IV号93両,他8両
・LSSAH:IV号95両,パンター96両,他9両

44年5月31日稼動戦車数
・13Pz:IV−3両
・3Pz:IV−19両
・23Pz:IV−10両,V−52両
・24Pz:IV−40両,StuG−16両
・GD :IV−14両,V−55両,VI−20両
・3.SS-Pz:IV−28両,VI−8両
・14Pz:IV−35両,StuG−3両
・5.SS-Pz:IV−27両,V−78両,StuG−21両

Hawkeye in 「軍事板常見問題 mixi支隊」


 【質問】
 なんでドイツは駆逐戦車なんて代物を作ったの? 素直に戦車だけ作っていたほうが,効率いいような気がするんだけど.
 砲塔が回らないんだから機敏性が失われるわけで,多少の生産性のメリットと製造費の低下以外に何かメリットがあるの? 特に,戦術的に何かメリットがあるのか著しく疑問.

 【回答】
 戦車を作るのが間に合わなかった事と,第一戦を離れざるをえなくなった車体の再利用と言った面が有ります.攻撃力不足の為,二戦級に落ちた車体を改造し,ワン・ランク上の砲を搭載すれば,運用方法によって第一戦で使用出来ますから.
 また,工場によっては,X号,Y号戦車が製造出来ないラインも有りますから,そのような工場には,旧式の車体で済む駆逐戦車や突撃砲を製造させていた訳です.
 質問の中にあるような意見は,ドイツの戦車の生産建て直しと,戦車兵の育成を監督した,装甲兵総監であるハインツ・グデーリアン上級大将も申し述べていますが,上記のような前線での兵力不足と生産現場の事情の両面から,やむをえないということですね.
 グデーリアン自身も,歩兵部隊の対戦車火力の補充のために,ヘッツァーの生産を促進せざるを得ませんでしたし.

 ちなみに,ソ連もアメリカも,駆逐戦車は製造していますし,イギリスのファイァフライも駆逐戦車的な存在です.


 【質問】
 駆逐戦車の存在意義は数合わせですか?

 【回答】
 ナチスドイツの駆逐戦車なら,あれは突撃砲を対戦車用途に用いたら高い戦果をあげたこと,砲塔式じゃない分より大きな砲が載せられる,といったメリットが評価されたから.

 砲塔が要らない分,生産が容易なので,爆撃により生産力の低下したドイツでは,戦車の代用として戦車部隊に配備されていた.

 が,本来はそのように用いられる装備ではない.

 WW2のドイツの場合.
敵の戦車(主にT34やKV1だが)の重装甲に対して,37mm程度の対戦車砲では力不足.

対戦車砲大型化.

大型化すると当然重くなり,運搬が難しいので車両に乗せる(対戦車自走砲の誕生:マルダーとか)

装甲が薄い.そこで敵戦車の反撃に耐えられる装甲を自走砲に与えてみた.

駆逐戦車になってしまった…

 なので,数合わせというよりは対戦車砲の自走化の結果.
 ただ,戦車不足の穴埋めに使われたこともあったが,本来は戦車のように前に出て行って撃ちあう兵器ではない.
 対戦車砲のような待ち伏せ兵器.

◆3VNnrlzJ9Q

 欠点としては
・砲塔がないので側面からの攻撃に即応できないなど,運用の柔軟性が低い.
・砲塔がないので,目標ごとに小刻みに車体の方向を変えなければならず,変速機やエンジンなどに負担がかかる.
・車体にくらべて長砲身かつ重い重量の主砲を搭載しているので,移動時にあちこちつっかえたり主砲の懸架が磨耗しやすい.
といった点が挙げられる.

 ティーガー・エースのカリウスは,大戦末期にヤークトティーガーに乗ってるけど,回顧録で非常に厳しい評価をしてるね.


 【質問】
 V号戦車における5cm60口径砲の搭載に関して,ヒトラーの意向が強く働いたそうですが,このヒトラーの判断は妥当なものだったのでしょうか?

 【回答】
 独ソ戦でどうなったか考えれば明らか.
 もし3.7cm砲搭載の戦車として設計されていたら,V号戦車はほとんど対戦車戦闘が行えず,独ソ戦は事実上IV号戦車のみで戦うことになったはず.
 可能な限り大口径・長砲身の砲を搭載させようとした,ヒトラーの判断は間違っていない.

 フランス戦役で37mm砲での限界が見え,50mm砲への換装の際に,歩兵が使ってる50mm砲との共用を考えて,そこで妥協してしまった陸軍が間違っていた.
 60口径にいきなり変更しても早晩限界が見えるわけだが,それでも42口径よりはマシだったで有ろうと考えられる.

軍事板


 【質問】
 三号戦車には24口径75mm砲をつんだものがありますが,48口径75mm砲は積めなかったのでしょうか?
 三号の砲塔の大きさや容積は四号の物と比較しても,大して違わないのですが・・・.ターレットリング径だって同じだと思います.

 【回答】
 ターレットリングを改修して4号の砲塔を載せるだけなら,III号K型指揮戦車で実現していますが,搭載砲は5cm60口径砲でした.
 これは指揮戦車であるため,大型の7.5cmよりも容積を食わない5cmが好まれたという事情もあるのでしょう.

 話を戻して,通常の戦車としてなぜ長砲身7.5cmが積まれなかったかといえば,重量バランスが崩れるの一言ですね.
 戦闘室の容積も問題になりますが,7.5cmにした場合全体の重量配分がフロントヘビーになりすぎます.
 そうなってくるとサスペンションの改修も必要になりますし,場合によっては駆動系の(特にミッション)の改修も必要になります.
 反論として
「III/IV車体を作ろうとしてしてたのだから,それをIII号に持ってくれば」
といわれるかも知れませんが,主力戦車としては既にV号が控えているわけですので,今更なIII号にリソースを裂くわけありませんよね?

<´♯`> ◆MANSEY3Mcc

 三号は50ミリ60口径砲の搭載までしか考えてなかったはず.
 対戦車能力の低下から急遽HEATを使えるN型が生まれた.

 で,旋回砲塔の48口径75ミリ砲を載せても重量過多になるのは明白.
 しかもバランスが極めて悪くなる.
 当然,装甲も減らす必要が出てくる.
 同じようにパンテルの70口径75ミリ砲をW号に載せる計画もあったが,バランスが悪すぎて結局失敗している.


 【質問】
 WW2でドイツが潜水戦車?を作ったと聞いたのですが,実際に使用されたのでしょうか?

 【回答】
 それは3号戦車を改造したもので,バルバロッサ作戦の初期の渡河の際に使われました.

 本来は英本土上陸作戦で使われる予定でした.
 海岸の手前で船から降ろし,上陸できるようになっていたので,水深15メートルは潜水能力がありました.

 ちなみにこれが3号潜水戦車
 右が英本土上陸作戦用に開発されたタイプで,フロート付のチューブを水面まで伸ばして吸気を行う.
 左はバルバロッサ作戦で渡河用に改造されたタイプで,吸気はパイプで行う.
 主砲の砲口はキャップで塞ぎ,上陸後に圧縮空気を吹き込んで吹き飛ばした.

軍事板


 【質問】
 1号戦車って何?

 【回答】
 1号戦車 Panzerkampfwagen I はドイツが第一次世界大戦後,農機具のふりをして初めて量産した戦車である.
 訓練および生産技術の習得のための軽量・簡易な軽戦車として開発されたが,本来の実戦用戦車であるIII号戦車,IV号戦車の数が揃わず,ドイツ軍の主だった戦場すべてに,こんな小さな訓練用戦車までもが,かり出される羽目に.
 ただ,やはり7.92mm機関銃2丁の武装や貧弱な装甲では,数も質も優れていたソビエト戦車に対抗するのは無理で,1941年中には第一線を退いていったようである.

 【参考ページ】
http://homepage3.nifty.com/sweeper/panzer/germany/1mt.htm
http://iinamotto.com/plamo_gallery/german2/op70.html
http://www.toytank.net/tank/1-f.html
http://german.www2-weapons.com/tank/xn--1-ieuqesa7416bq1rvn5eua.html
http://wiki.fdiary.net/ww2/?%A3%B1%B9%E6%C0%EF%BC%D6

【ぐんじさんぎょう】,2009/7/20 21:00
に加筆

 戦時中の児童向け軍事雑誌『機械化』16号(昭和17年3月号)より
 挿し絵も豊富ですが,国産戦車だと色々と秘匿に差し障るからか,戦車の構造解説は独I号戦車,潜水艦はUボートといった具合.
 その分,中々凝っています.
 やっぱりこの時代の情報収集力は馬鹿には出来ませんねー.

よしぞうmaro' in mixi,2007年06月28日02:19

 技の……
 ごめんなさい,言ってみたくなったんです.

鉄底海峡 in mixi,2009年07月19日 23:15


 【質問】
 ゲーム「FPS」で戦車に乗ってて気になったんですが,当初三号戦車は戦車を撃破する,四号戦車は火力支援をするという目的で設計されたと聞きました
 もともと三号,四号各々の車体は各々の役目に適当した作りになっていたのですか?
 後に三号戦車に7.5cm短砲身を乗せたり,四号戦車7.5cm長砲身を乗せたのは,その必要があってのことですが,当初の意図に反するような装備や運用で,なにかしら不都合があった,ということはないのでしょうか?

 【回答】
>当初三号戦車は戦車を撃破する

 これはちょっと違うと思う.V号戦車に求められたのは機動力を生かした敵戦線の突破・攪乱で,対戦車戦闘は二の次.
 そもそも当初V号戦車は3.7cm砲を戦車砲として搭載しており,5cm砲搭載型のG型が生産されたのは1940年に入ってから.
 3.7cm砲搭載決定時,ターレットリングを広く取っておく配慮がなされたため,5cm砲の搭載が比較的容易にできた.

名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE,改

 この配慮は,グデーリアンと兵器局との妥協の産物です.
 当時,周辺国は3.7cm砲以上の砲を搭載しており,グデーリアン以下戦車士官達は5cm砲を要求しました.
 しかし,装備に責任を負っていた兵器局は控えめで,砲兵監督官による歩兵はすべて大量生産されている3.7cm砲保有している,という後押しもあって,対装甲弾薬・兵器の標準化が明らかに望ましいと主張しました.
 戦車仕官VS兵器局の激しい議論の末に,賢明な妥協が成立しました.
 戦車士官は3.7cm砲を受け入れるが,将来5cm砲の搭載出来るようにターレットリングを広くとる設計にしたのです

 詳しくは,「III号中戦車1936−1944(オスプレイ・ミリタリー・シリーズ世界の戦車イラストレイテッド)」(ブライアン・ペレット著)のP4を参照してください.

CRS in 「軍事板常見問題 mixi支隊」


 【質問】
 V号戦車とW号戦車の共通化車台がありますが,これをベースに実戦化したのはフンメルとナースホルンだけだったと思います.あと試作の自走砲があったかな?
 それでですね,この車台を使った,自走砲形式でない通常の戦車型の計画というのはなかったのでしょうか?

 【回答】
 漠然とした計画はあったが検討レベルでしかない.
 元々,主力戦車をX号戦車(パンテル)に切り替え,主力としては使われなくなるであろうV/W号戦車の「戦車以外の装甲車台として」の活用プランなので,通常の戦車を開発する必要性はない.

 一応計画案としては,W号戦車の砲塔/エンジンをそのまま流用し,傾斜面を多用して装甲厚を強化した車体に組み合わせた物が提示されてます.
 転輪は6組でリーフスプリングを使用,ギヤボックスや起動輪はV号戦車のものを使用していました.
 44年3月にクルップ社と試作の契約にまではこぎつけてますが,W号戦車ラングの開発を優先するため,計画は中止されています.

(名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE)


 【質問】
 ドイツの3号突撃砲って,どうしてヤークトパンターや4号駆逐戦車みたいに,正面装甲をもっと単純に一枚板の傾斜板にしなかったんでしょうか?

 【回答】
 突撃砲は先に砲を選定して,適当な車台(歩兵に随伴可能な装甲車輌)として,3号戦車の車台を選んだ.
 その後,フランス戦の苦戦を受けて長砲身化の検討が始まり,実際に長砲身化が行われた後は,代用戦車としてのニーズが発生する.
 当時,3号からパンターの生産転換や4号の増産(3号に変わって主力になった)が捗らず,3号突撃砲は大掛かりなマイナーチェンジなどする暇も無く,とにかく増産しなければならなくなった.

 4号駆逐戦車・パンターは前面装甲に砲をマウントする砲架を考案した後に開発した.
 そんだけ.それだけの話.

軍事板
青文字:加筆改修部分



 【質問】
 III号も,砲をもっと前の位置にマウントできたら,ヤークトパンターや4号駆逐戦車みたいに,正面装甲を一枚板の傾斜板で覆うことができたでしょうか?

 【回答】
 不可能.

 突撃砲の戦闘室は上に挙げた通り,24口径砲を基準に設計され,42口径超えた後の長砲身砲ではギリギリ.
 旋回角度の小さい砲の照準のために,車体の旋回も多用する.
 3号の足回りは振動が中々収まらない欠点があり,あれ以上フロントヘビーにしたら,ピッチングの収まりの悪さは実用の限界を超えるだろう.
(と言うか3号戦車の長砲身型でも,まずいレベルに達していた.)

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 ブルガリアで盗まれたIII号突撃砲って何?

 【回答】
 記事ではパンサーとなってますけど,実際は三号突撃砲です.

ブルガリアで戦車泥棒逮捕,陸軍将校も関与(AFP,2007/12/26)

 2台はいずれもドイツ製の「マイバッハ T-3(Maybach T-3)」戦車で,第2次大戦以後,ブルガリア南東部のトルコとの国境付近で地中に半分埋まった状態で残されていた.

[/quote]
各国陸軍関連資料 -- ブルガリア

 各車両のブルガリア軍呼称一覧などというものまであり,III号突撃砲,IV号戦車が,それぞれ「マイバッハT-III」「マイバッハT-IV」と呼ばれていたことも判る(なぜ?).

[/quote]

 何故に「マイバッハ」?

JSF in 「軍事板常見問題 mixi支隊」

 マイバッハ製エンジンじゃなかったでしたっけ?
 これらの戦車って.

眠い人 ◆gQikaJHtf2 in 「軍事板常見問題 mixi支隊」

 確かに,両方ともマイバッハ・エンジンのようですね.

鉄底海峡 in 「軍事板常見問題 mixi支隊」

 盗難されるくらいなら,国が発掘してオークションすれば外貨も稼げるし.
 っていうか一石二鳥?

ちくお in 「軍事板常見問題 mixi支隊」

 そうそう.フィンランド軍も III 号突撃砲 G 型 (だったもの) をオークションにかけたことがあるし.

井上@Kojii.net in 「軍事板常見問題 mixi支隊」

 ちなみにIII号突撃砲とは,III号戦車の車体を流用して作られた,歩兵を直接支援するための自走砲.
 簡単に言えば「自分で動ける大砲」.

 1936/6/15,ダイムラー・ベンツが開発命令を受領.
 そのときに,「人間の身長を超えないこと」という条件が出されていたため,砲塔をとっぱらった形になった.
 車高1.8m.
(ただし後のG型は,車長用キューポラをつけたので2.16mとなった)

 1940年から量産開始.
 初期のモデルは,短砲身の75mm榴弾砲を搭載していたが,難敵T-34に対峙することになったせいで,1942年春頃から75mm長砲身砲に変更されている.
 コスト・パフォーマンスに優れた同車は,ドイツ軍の戦車不足を補うため,約10500両(派生型を含む)も生産された.

 第2次大戦後もシリア(チェコが輸出)が第3中東戦争まで使い続けたという.

 【関連リンク】
『III号突撃砲短砲身型』(ヒラリー・ドイル&トム・イェンツ著,大日本絵画,2000.8)
『III号突撃砲長砲身型&IV号突撃砲』(ヒラリー・ドイル&トム・イェンツ著,大日本絵画,2002.10)


 【質問】
 4号戦車って何?

 【回答】
 第2次大戦全期間のドイツ軍戦車の主力を務めた中型戦車です.
 1939年に4号D型が本格登場.
 ソ連軍の強力な戦車を前にして,改良を繰り返しながら,終戦まで生産が続けられ,8101両が生産されました.

【ぐんじさんぎょう】,2008/5/13 21:00

4号戦車


 【質問】
 第2次世界大戦中にドイツが作った戦車の中で,攻撃力や防御力,機動力だけでなく,生産性や信頼性,発展性,戦略的な機動力なども含めると,最も優れた戦車は,パンターでもティーガーでもなく4号戦車になる,ということでよいのでしょうか?

 【回答】
・機動性
 非独立懸架方式のサスペンション,グランドクリアランスの少なさ,非力なエンジンのために機動性は低い.
 4号はエンジンルームの中に,砲塔旋回用の補助エンジンか,航続距離延伸用の燃料タンクを追加装備しており,主エンジンは小さめになっており,出力重量比やカタログ上の最高速度はティーガーとさして変わらない.
 巡航が継続出来る時間はおそらく4号の方が長いので,行軍を続ければ4号側が有利になるケースも多いと思われる.

・生産性
 凝った部分は無いものの,生産メーカーは中規模なメーカーが選ばれたので,生産はさほど大規模では無い.
(これは生産性とは違う次元の話だけれど)
 4号は開発段階で3号とのコンポーネントの共通化をした結果,そうした部分の生産は効率が良いと言えなくも無い.
 逆に,3号と主エンジンを共通化した結果として補助エンジンが必要になるなどの弊害も発生している.

・信頼性
 殊更にアニマルタンクより良いとすれば,重量が過大では無いことから機械的信頼性が幾分高いこと,潜水装備を考慮しなかったために,燃料火災の可能性が低いことなどがある.
(当時のドイツの技術力では,燃料配管から燃料が極僅かに漏れ出る不具合を解消出来なかった.
 ・・・アメリカ以外は大抵そうだったと言います・・・ガソリンエンジン車は漏れた燃料がエンジンルームに充満し,やがて爆発的な火災を起こすことがあった訳だが,特にアニマルタンクは開発段階で潜水装備を必須と考えたことから,エンジンと 冷却用のエアトンネルの配置に無理があり,気化燃料がこもりやすい傾向があったようだ.)

・発展性
 全備重量がドイツ国内の橋梁の荷重限界に納まるように設計されたため,車体前方の最終減速器収容スペースが不足気味で,H型以降は重量が増やせない状況にあった.
 また,車体上部の構造物と干渉すると言う理由で砲塔の大型化が出来ず,前面装甲の強化も限界を迎えた.
 砲塔も24口径砲に合わせて設計されており,長砲身化して主砲のブリーチが長くなった後は,撃ち空薬莢が戦車長の足を直撃する事故に悩まされた.
(装填作業の邪魔になる防護プレートを追加して事故を防いだ.)
 そもそも長砲身砲に換装出来た理由は,砲塔リング径に余裕を持たせていたことと,非独立懸架方式のサスペンションが,発砲時の反動増加に対処しやすかったからであり,砲塔の容積や車体構造的には全く発展性を意識していなかったと言える.
(M4も同じだけどね)

・戦略的な機動力
 上に挙げた通り,不整地走破性能は低めで潜水装備は持たず,H型ではドイツ国内の橋梁の限界も超えている.

 ちなみに,戦車の場合,重量を出力で割り算して出力重量比を出すと,履帯の重量も計算に入ってしまう.
 幅の広い履帯を装備した戦車と,幅の狭い履帯を装備した戦車の出力重量比を単純比較すると,ソ連の泥濘期や,厳冬期(の路外)の性能を見誤るので注意のこと.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 4号戦車の後期型の形式の判別方法教えて!

 【回答】
*予備転輪ラックの形状の違い
*操縦室前面の操縦手用双眼ペリスコープの穴の存在
*戦闘室側面のクラッペが存在する
*シュルツェンが無い(1943年5月以降の装備)

砲塔のクラッペが省略されている,また車体の前面装甲が追加されていない
⇒1942年10月〜1943年1月の間に生産されたG型

名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE

*上部支持転輪が4個ある→×J型
*操縦席前面装甲が一枚板→×H型初期生産型,×G型最後期生産型
G型.
 操縦席上部の穴二つが43年1月以前の生産車の特長.

G型の生産は42年3月からで42年7月までF型として発注された形式を流用.
(これを俗にF2型と呼んだが後にG型に統一した.)
 5月から新規発注のG型が生産される.
 増加装甲はG型の特徴では無い.
 また予備転輪ラックはF2後期から見られるとされているが,これは事実上G型の仕様を取り入れた結果と思われるので,42年5月〜43年1月の間の生産車.

 なお,
>砲塔のクラッペが一部省略されている→×F2〜G型
と言われることがあるが,砲塔のクラッペはラストインファーストアウトの関係で,時期を特定する特長になりえないことが知られている.
かつてF2型とされた形式の後期には存在しないと言われ,G型に存在するものがあったとする資料がある.

 逆に言えば装甲強化なしでクラッペの無いのもあれば,装甲強化ありでクラッペのあるのも存在する.
 装甲強化がされていないが,クラッペも無いF2型が存在するとすれば,42年5月以降のG型新規発注後から,それが存在しておかしくないと言うことになる.

 何れにしても,かつてF2とG型の識別点は装甲強化の有無と誤認されていた時代に誤ってつけられたキャプションもあるだろうから不明確と言うしかない.


 【質問】
 4号突撃砲の存在意義って何ですか?
 性能も3突と殆ど変わらないのなら,4号の車台はブルムベアやラング等に使う方がよかったのでは無いでしょうか?

 【回答】
 現場にはV号突撃砲が絶賛されていたから.
 また,突撃砲はとにかく安かったのと,特別な技術や部品がなくても生産できたから.
 ブルムベアは砲の基部にボールマウントが必要だし,対戦車戦闘が出来ない(実際には対戦車戦闘でかなりの戦果を挙げてるけど).
 W号駆逐戦車は足回りと車体下部しか使い廻せない(車体上部は専用のものがいる)し,75mm長砲身砲をパンターと奪い合うことになるので生産効率が悪かった.

 突撃砲なら戦闘室載せるだけだからね.
 とはいえ「そこまでして必要か?」という気はする.
 それは確か.


 【質問】
 ドイツの戦車の形式番号について質問です.
 ティーガー重戦車は,T型の後期型が”E”型なのにティーガーU型がティーガー”B”型だったり,パンター戦車の形式番号が前期型から順にD,A,G,F型だったりと,アルファベット順になってないのは何故なのですか? 欺瞞目的ですか?

 【回答】
 欺瞞説と,パンターの形式番号に関しては,最初がD型ですが,メーカーの図面上でA〜Cの区分けがされていたとの説もあります.
 VK3002(MAN)の初期20両がA型(後にD1),試作のみのB型,計画のみのC型だそうです.
 D1を改修したのがD2で両車の特徴を持つのが生産型のD型だそうです.
 この後E型が予定されてたのですが,欺瞞のため名称を変更A型となったそうです.

 元ネタは懐かしの戦マガ別冊シュトュルム&ドランク「パンター」です.


 【質問】
 第二次大戦中に大々的使われた,ドイツの突撃砲と対戦車自走砲について質問です.
 搭載されている砲そのものは車体に固定されて,砲手の操作は仰角と俯角しかできないので,左右の砲操作の代わりに操縦手がキャタピラをこまめに動かして照準したと思うのですが,その場合,操縦席のペリスコープやスリットに大まかな照準用目盛りみたいのはあったのでしょうか?

 砲手が操縦手に向かって
「もうちょい右,少し行き過ぎたので左」
とか戦闘中に言っていると,非常にまどろっこしいと感じたので.
 それと,エンジンやギアの消耗も戦車や装甲車と比べて早かったのでしょうか?

 【回答】
 操縦手のペリスコープに目盛があったりはしない.
 ほんのちょっとだけど,砲は左右にも動かせる.
 なので,大雑把な方向を操縦手に合わせてもらえば,後は砲手がなんとか出来ます.

 ただ,突撃砲や駆逐戦車の場合は,操縦手と砲手の連携がとても重要で,砲手と操縦主に指示を出す車長の能力もまた重要だった.
 突撃砲や駆逐戦車に乗ってエースになった車長は皆,操縦手が一番重要なポジションだと語っている.

 ドイツの突撃砲や駆逐戦車は,やはり普通の戦車に比べるとトランス・ミッションの痛みが早く, 特に戦争後期の車両は全面装甲が厚くてフロント・ヘビーな為,トランス・ミッションや前部転輪にかなりの負担が掛かったらしい.履帯が外れる事も戦車に比べると多かったそうな.

 ヤークトパンターについての英軍の調査資料では
「通常のパンター戦車に比べ,トランス・ミッションの寿命が半分しかない」
と記載されている.

3号突撃砲

(画像掲示板より引用,出典不明)


 【質問】
 ドイツ戦車が中盤以降,徹底してアウトレンジ戦法を多用するようになった理由は?

 【回答】
 もともとドイツの優れた光学照準装置に,T−34ショックで搭載された強力な火砲の性能が追いついたため.
 遠距離まで狙える照準装置と,遠距離でも敵戦車を破壊可能な火砲の組み合わせが実現したのだ.
 一般にドイツの戦車砲は,同時期の連合国に比べて1000〜2000m以上の有効射程の優位を終戦まで保ち続けた.
 連合国戦車の倍,あるいはそれ以上である.
 砲の性能だけなら連合国にも17ポンド砲や122mm砲など威力的に互角かそれ以上の砲はあったが,照準器については最後までドイツが優位を保ったため,アウトレンジが可能になったのだな.

 開発中だったパンターUは,軍艦の測距儀と同じ仕組みのステレオ式照準装置を採用することが決定しており,さらなるアウトレンジも可能になる予定だった.

(軍事板)



 【質問】
 終始,相手をアウトレンジできたんなら,何故負けたん? 航空優勢を失った西部戦線ではなく,東部戦線で.
 【回答】
 そりゃ当然,アウトレンジで射ちまくっても間に合わないほどの数の差でもみつぶされた.
 例え半分アウトレンジで殺られても,残る半分のソ連戦車が有効射程にドイツ戦車をおさめれば,後は数の暴力がモノをいったのだよ.

 2000mのアウトレンジができても,その2000mを5分程度で詰められるからね.
 蛇行や急停止といった戦術機動を加味しても10分はかかるまい.
 その間に何両撃破できる? てことだな.

(軍事板)



 【質問】
 では,照準の精度でのアウトレンジなど,大したアドバンテージじゃないんじゃ?

 【回答】
 大したアドバンテージだと思うが.

 射ち合いになるまでに2〜3輌撃破したら,30輌の部隊だと100輌近くを撃破し,さらに乱戦になって・・・
 で,独戦車30輌の損害でソ戦車100輌以上撃破ということになる.
 しかし,それでも数の差を埋められないくらいの戦力差があったわけだな.

 四十三年の冬以降,砲兵所属の突撃砲を加えても,独ソで1:3ぐらい差が無いか?

 1:2の戦力比なら時に突破され,時に撃退する.キルレシオでは常に優勢だったかもしれない.
 1:3なら一進一退.

 だが,消耗戦は少数精鋭のドイツ側に不利.
 後送された故障車両が戻ってくるまでの間隔は次第に増えて行き,また新規投入される車両の数は日々減って行く.

 そして1:5で押し込まれたら,砲戦距離が倍あっても…….

(軍事板)


 【質問】
 ドイツ戦車の,照準器により照準可能な最大距離は?

 【回答】
 「ジャーマンタンクス」(大日本絵画)を基礎資料に.

1号戦車A/B型並び
2号戦車A/B型が有効射程最大800m.
2号戦車C型,38(t)戦車などが1200m.
3号戦車(3.7cm砲)や4号戦車短砲身型が2000m,
4号戦車の場合は任務上の要請もあり,間接6500mの照準機能も併せ持っています.

3号戦車(5cm砲)が3000m.
 この辺りから射程が伸び始めました.
4号F2型が徹甲弾(以下AP)で2500m,成形炸薬弾(以下HE)で3300m.
48口径砲を装備した4号H型などでAP3000m,HE4000m.
パンターも同じくAP3000m,HE4000m.
ティーガーTはAP,HE共に4000m(+間接射撃8000m).
そしてティーガーUでは双眼式(AP4000m+HE4000m)と単眼式(AP3000m+HE5000m)を併せ持つに至ります.

 確かにドイツ戦車は3〜4000m遠方で,命中弾を出せる環境を備えていますね.
 もちろん,そのような大遠距離でも敵戦車を撃破可能な主砲が登場して,初めて有効に使えるシロモノになったということでしょう.

 まあ,各種砲のデータ見ても,大戦中盤以降,少なくとも2000mからはガンガン射ちまくることを想定していますね.
 実際にクルスクでティーガーが距離2000超で射撃開始したとか,2000m以遠で射ちまくった戦例はいくつもあります.

 対するソ連の場合,T−34/76の例ですが,距離500mで双方完全停止(ありえねぇ)で命中率約80%というデータが残ってます.
 WW2全戦車の対戦車射撃平均命中率は8%という話ですからね・・・
 射撃速度はT−34/76が2〜3発/分,4号戦車が6〜8発/分という感じ.

ゆうか ◆9a1boPv5wk in FAQ BBS
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 ドイツの戦車について質問させて下さい.
 四号戦車の短砲身と長砲身のものでは,使う砲弾は違うのでしょうか?
 また四号戦車長砲身も,2つの種類があるようですが,これも使用する砲弾は別になってしまうのでしょうか.
 それと,タイガー戦車のT型とキングタイガーでは,同じ88ミリ砲でも使用する砲弾は別なのでしょうか?
 このタイガー戦車の88ミリ砲の砲弾は,有名な88対空砲と砲弾は同じものが使えるのでしょうか?
 複数質問ですみません.よろしくお願いします.

 【回答】
 短砲身と長砲身では砲弾の薬莢のサイズが異なります.PAK7.5cmも違うんですね.
 同様に8,8pの戦車用・FLAK・PAKも違います.
 専用弾のほうが砲の性能を引き出せるから,というのが,その理由.

─8,8pPzgr,patr.39kw,k36使用─
8.8pkwk36 L/56 (ティーガー1)
8,8pFlak18/36

─8,8ppzgr,patr,39/-1Flak41使用─
8,8pFlak41 
 
─8,8ppzgr,patr,39/43kw.k43使用─
8.8pkwk43 L/71(ティーガーU,ヤクトパンター,エレファント)
8.8pPak43/41
8,8pPak43 L/71

8,8pPzgr,patr.39kw,k36
全長873o 薬莢570o  砲弾338o  全重量10.2kg

8,8ppzgr,patr,39/-1Flak41
全長115.8o 薬莢885.1o 砲弾338o  全重量10,2kg

8,8ppzgr,patr,39/43kw.k43
全長1125,4o 薬莢822.1o 砲弾303.3o 全重量10.16kg

(一等自営業 ◆JYO8gZHKO.他)

エレファント


 【質問】
 WWUドイツ軍戦車の主砲が,マウスやラーテみたいなのは別として,88oで頭打ちになってるのはなぜですか?
 ティーガーと比べてティーガーUは車体も大型化してるし,より大口径砲を積む余裕はあるような気がするのですが.ソ連軍戦車なんか100oクラスの主砲積んでますし.

 【回答】
 実際に製造されなかっただけで,計画案としては幾つかあります.
 例えば,1942年に生産が企画されたVk70.01ローヴェ重戦車は,車体重量約70トン,70口径の10.5cm砲の搭載が予定されました.
また,その後企画されたEシリーズ戦車(E-100)でも15cm,もしくは17.4cm砲の搭載が計画されました.

 ソ連の100mm戦車砲D-10にしたところで,大戦中はSU-100に積まれただけで,旋回砲塔の戦車に搭載する計画は試作どまりです.
 ターレットリンク径や砲の後座量など考えると,そう簡単に大口径砲への換装は出来る物ではないです.

(名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE)


 【質問】
 WWの西部戦線では,ヤーボ対策にMG34をキューポラに搭載している独戦車の写真をよく見ますが,役に立ったんでしょうか?

 【回答】
 いや,戦車に対空機銃って基本だから.
 今の戦車にも付いてるから.
 あれは対空機銃と言っても,地上目標への掃射にも使う.
 どっちにしろ乗員,特に車長は日常的に車外に身を乗り出すわけで,自由になる機銃があと便利.
 機銃の値段なんて戦車の値段に比べたらタダみたいなもんだ.

 で,本題に入るとMG34機銃は,発射速度が非常に高く,対空機関銃として十分な能力があったが,このころの連合軍戦闘機は防弾装備がしっかりしていて7.92mmでは命中しても被害を与えられないことが多かった.
 それでも嫌がらせには十分意味がある.

 このころの独軍戦車には車体後部に対空銃架を増設したものがあり,これこそ真のヤーボ対策だな.

モッティ ◆uSDglizB3o in 軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 2人用砲塔のせいもあって,ソ連戦車の見張り能力がかなり低かったことは,カリウスも言ってるし.
 カタログ的なスペックはともかく,戦場でのT34/76の戦闘力がW号戦車を大きく上回ってたとは思えないなあ.

 ソ連軍は大勝したノモンハンでも日本軍を上回る損害を出してたわけだし,個々の戦車戦でソ連戦車がドイツ戦車を圧倒したってことはないんじゃないの?
(むしろキルレシオなんかだと,かなりドイツのほうがいい数字っぽい)

 【回答】
 4号戦車が長砲身砲を搭載するようになるまでは,少々の見張り能力や戦車兵の技量では補えないほど,絶望的な性能差があった.

 独ソ戦初期には一両のT34がドイツ軍戦線を突破して,15km後方にまで入り込むとか,一両のKVがドイツ軍の一個機甲師団の進撃を数日に渡って阻止するとか,そういうエピソードがあるくらいで.

 また,1941年10月のモスクワ前面のムツェンスクの戦いでは,カツコフ率いるソ連軍の一個機甲旅団がグデーリアン率いる,一個装甲軍にT34の不整地走行性を生かした待ち伏せ戦闘で苦しめたこともある.
 このときの戦いでは,キルレシオでソ連側がドイツ側に対してかなり優位に立っていた.

(軍事板)


 【質問】
 ブルムベアーはどの程度活躍したのでしょうか?
 その他,歩兵からの評判など,知っている方,よろしくお願いします.

 【回答】
 周知のとおり,ブルムベアはスターリングラードの教訓から建築物を容易に破壊できる,歩兵支援用の重突撃砲です.
 当初クルスク戦のために急遽生産された60両で第216突撃戦車大隊が編成され,クルスク戦とサボロジュ防衛戦で奮闘しています.
 この結果を受けて改良型が再生産され,これをもってさらに3個の突撃戦車大隊が編成され,東部・西部両戦線とイタリアに配備されています.

 歩兵支援という任務の性格から派手な戦記が残っているわけではないようですが,堅固な装甲と,15cm榴弾砲の-8〜30度という大きな俯仰角と威力を生かし,特に山がちなイタリア戦線ではかなり活躍したようです.

軍事板

ブルムベア

(うそ)

X by mailform


 【質問】
 独ソ戦でT―34の存在を知る前以前から,「五号戦車」に当たる戦車(三号戦車の後継ということになるのでしょうか?)」は開発されていたのでしょうか?

 【回答】
 とりあえず,3・4号の後継として20tクラスの中戦車(VK20.01)が開発されていた.
http://www.geocities.com/Area51/Capsule/2930/pzpanther/pzpanther-einleitung.html
http://combat1.cool.ne.jp/5GOUD.htm

 で,これではT-34に優越出来ないってことで30t級戦車の開発が指示され,後の5号戦車となる.
 「T-34ショック」が無ければ,この20t級中戦車が5号になってたかもね.


 【質問】
 今でもティーゲル,パンテルと表記する書籍は有るんだよね.
 これはドイツ語の方言による違い
 ヒットレル→ヒットラー→ヒトラー,なんてのもあったな.

 【回答】
 声楽家の知り合いから,戦車とは全く無関係な雑談の折に聞いたんだが,戦前madeのドイツ語ではer音は巻き舌「エル」で発音していたが,ヒトラー政権が進めた発音明瞭化運動の結果,延ばす「アー」になったそうな.
 今ではアー発音が一般的だが,「歌が作られた時のドイツ語発音」にこだわる先生の場合,エル発音しなけりゃならんので,その辺の見極めが大変だと笑ってた.

 そこで戦車について聞いたんだが,戦中発音ならティーゲル,パンテルだろうだと.

 ただし戦時中のドイツ軍歌を聞く限り,巻き舌はほとんど無いようだけど.
(プロ歌手の独唱のような場合を除いて)

例えば,有名どころではPanzereliedでPanzerをパンツェルとは発音してない.

Es braust unser Panzer im Sturmwind dahin.
エス ブラウスト ウンザー パンツァー イム シュトゥルムヴィント ダヒン

 Deutsche Wochenschauや総統大本営発表なんかをよく聞いてみればTiger,Pantherの当時の発音が分かると思うが.

 因みに,結構クセは強いが,やはりPanzerはパンツァーと聞こえる.



994 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日: 2008/12/05(金) 23:55:38 ID:???

 それでヒトラーをヒットレルって表記する事があるんだな.


973 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日: 2008/12/04(木) 22:25:52 ID:???

 佐藤大輔,小林源文で軍事に入った俺は今でも,ティーゲル,パンテルです.


979 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日: 2008/12/05(金) 04:36:57 ID:???

ティグレ
パンテーラ


980 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日: 2008/12/05(金) 06:25:45 ID:???

チィーグラ
パーンチェラ


981 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日: 2008/12/05(金) 07:01:14 ID:???
ティアグラ
パンターニ


軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 個人的にティーゲルは好きな戦車ですが,総合的にはパンターの方が「優れた兵器」と思えてなりません.
 実際,当時のナチスではどのような見解だったのでしょうか?

 【回答】
 ティーゲルTはその戦闘能力の高さが絶賛されたが,現場では「重くて大きくて整備が面倒ですぐ壊れる」と不評だったし,軍需関係者には「1両作るのに金と資材と手間がかかり過ぎる」とやっぱり不評だった.

 パンターは生産コストは安かった(ティーゲルと比べればの話だが)が,初期型はやたら故障する上に新機軸が多くて取り扱いが面倒で現場にも不評だった.


 【質問】
 現在までで一番大きな戦車を作ったのはナチ・スドイツですか?

 【回答】
 そう.
 実際に作られたものだとナチスドイツのマウス(重量188トン)が一番みたい.

 サイズだけなら,▼第1次世界大戦時にドイツで開発されたK戦車の方が大きい.
 マウスが全長10.09m・全幅3.67mなのに対しK戦車は全長12.97m・全幅6.09m.
 ただし重量はマウス188トンに対しK戦車148トン.

http://schafe.s246.xrea.com/combat/data/K-WAGEN.htm

 第2次大戦に限れば,▲E-100の方が10.3X4.5mなので,マウス(マオス)の9.1X3.7mよりも微妙に大きい.
 マウスと違って足回りまで完成してないので,正確な全高がわからないが,設計図等見る限りではマウスよりは背は低かったと思われる.
 似たようなもんだが.

▼ K戦車は製作途中で終戦となったので,実際に作られたものならマウスが最大(E-100も未完成)ということで正しい.

 E-100は車体部分だけ完成.
 このくらいまでは出来ていた.

http://www.panzerworld.net/pictures/00101.jpg


http://homepage3.nifty.com/tompei/E-100-1.jpg

 2枚目の写真は移送用のトレーラーに載っているところ.
 この後イギリスが本国に持ち帰って研究したが,結局スクラップにしてしまったらしい.
 勿体無い・・・.
 もしかしたらボービントンの演習場の片隅に転がってる,かもしれないけど.

軍事板
マジックテープ in FAQ BBS(黄文字部分)


 【質問】
 超重戦車マウスについて質問します
 なぜマウスの副砲は36.5口径75mm砲という,今までの兵器体系になかった大砲を搭載しているんでしょうか?
 砲弾は48口径と同一のものなんでしょうが、なぜ48口径を搭載しなかったんでしょうか?

 【回答】
 当初マウスの副砲には、24口径7.5cm戦車砲が予定されていましたが、検討の結果、砲身が短いため発射時の硝煙が直接車体の冷却空気の吸気口に届いてしまうことが分かりました.
 そのためにクルップ社が,新たに砲身の長い36.5口径の7.5cm戦車砲を開発しました.

 新開発と言っても、24口径7.5cm戦車砲の砲身を延長し、スペースを稼ぐために駐退器の配置を変更したもののようです.

(名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE)


 【質問】
 ドイツの自走砲の「バッフェントレーガー」ってどんな車両ですか?

 【回答】
 ヴァッフェントレーガー = 武装運搬車
 元々は備砲を車載・地上設置両方で使える自走砲として開発開始.
 メーカー試案が重量過大・構造複雑・費用超過だったため仕様変更,備砲の地上使用を廃止、簡易な自走砲とする.
 44年の仕様では軽(8.8cmPak or 10.5cm leFH)、中(12.8cmPak or 15cm sFH)の2種を6社に開発依頼 .
 軽タイプはアルデルト(38(t)の足回りを改造)、ラインメタル(38(t)の足回りを流用)、シュタイア(RSOの足回りを流用)3社が8cmPak搭載タイプ試作車輌を製作.
 44年8月アルデルト案採用、先行量産車が出来た所で終戦.
 中タイプはクルップがヘッツァーの台車から10.5cm砲を搭載した試作車を作成したが、問題ありで計画中止 .

 「ヴァッフェントレーガー」でイメージ・サーチすると、ガレージ・キット完成品画像が引っかかる.


 【質問】
 ドイツが計画していたラーテについて質問です.
 ラーテは戦艦3連砲の真ん中を抜いた2連砲を搭載するということ以外,具体的な形状は考えられていなかったのでしょうか?

 【回答】
 (奇想兵器好きとしては)残念な事に,ペーパープランの兵器であった為,具体的な図面などが無く,情報の掲載元によって形状が大分違うようです.

 英語で良ければ,下記リンク等が参考になるかと思います.
http://strangevehicles.greyfalcon.us/Landkreuzer%20P1000%20Ratte.htm
http://www.downloadmunkey.net/pt/2007/11/military-tuesday-p1000-ratte-super-heavy-tank/

支隊の人 ◆M6R0eWkIpk in 軍事板
青文字:加筆改修部分

 大きさ等はwikipedia等にものってるから,あと注意するポイントは・・・

 8門のFlakのうち4門はquad mount(4連)
 あと,副砲(?)の128mm対戦車砲が,メインの砲塔に付属してついてるか,後ろ側に第2砲塔としてつくかで,意見が分かれてるらしいです.

 あと重要だと思うのが,履帯が片側3条ずつだったらしいことでしょうか.
 車幅の実に半分がクローラで占められることになると,主砲は回転砲塔でいけるのかという疑問がわきます.
 デカいとはいえ,兵装が多いので,車体内部のレイアウトに結構左右される気がします.

 私だったら,戦車設計に詳しい専門家の人に聞きにいくかな.
 どっかの大学の先生みたいな人だったら高確率で話聞いてくれる気がします.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 ドイツに無反動砲を二門搭載した車両がありましたが,それの名前と開発された目的を教えてください.

 【回答】
 佐藤大輔著『レッドサンブラッククロスVol.2 迫撃の鉄十字』(中央公論新社,2001.6)に登場するW号無反動砲戦車B型“ツヴォドラッヘベア”の元ネタとなった歩兵支援用装甲戦闘車輌の事だと思います.

 以下,引用.

 第2次世界大戦初期からドイツ軍の主力戦車として活躍した4号戦車はバリエーションの多いことでも有名だが,その車台(C型)をベースに開発を予定していた車輌に,ロケット発射器と無反動砲搭載型の4号戦車がある.
 (中略)
 C型の車体の上に43型7.5cm無反動砲(7.5cmRfk43)2門,103型3cm機関砲(Mk103)1門を装備する砲塔を搭載.
 7,5cmRfk43はクルップ社が開発した一連の無反動砲の1つで,ガス噴射方式によって発射時の反動をなくすタイプで,生産数はごくわずかだった.
(坂本明著『ドイツ軍兵器&戦闘マニュアル』,グリーンアロー出版社,2000.1,P164)

名無し九等兵 in FAQ BBS

 余談だが,大戦末期には,ルッチャー(Panzerkleinzerstorer"Rutscher")という連装駆逐戦車も開発されていた.
http://www.panzer-modell.de/specials/pz1_contest/pz1_contest.htm
の下の方に,ガレージ・キットの模型写真がある.
 シュピールベルガーの「軽駆逐戦車」(大日本絵画,1996.4)に載っていたのを図書館で読んだだけなのでうろ覚えだが,大体以下のような仕様だったと思う.
 名前のとおり対戦車車両として開発されていたが,搭載を予定していたのは無反動砲ではなくて高/低圧砲(口径等は失念).
 薬莢の装薬と弾体の間に低圧室という空間があり,燃焼ガスは整流板でこの低圧室に導かれる構造になっている.
 そのため弾体は穏やかに押し出される形となるので,反動を緩やかにすることができた.
 また,砲身の肉厚を薄くして砲身の軽量化が期待できるので,小型の車体に二門搭載することができるはずだった.
 実際にはモックアップまでしか開発は進んでいない.

 さらに,ボルクヴァルト弾薬輸送車BIVにパンツァーシュレック六基を搭載した対戦車車両も開発されており,こちらはベルリン戦などに投入された.


 【質問】
 第2次大戦期ドイツ軍戦車兵の裾の短いダブルの上着についてですが,裾が短いのは分かるのですが,前閉じがダブルになっているのはなぜでしょうか?
 歩兵は上着前閉じがシングルです.
 戦車だとシングルよりダブルの方が良いと言うことだと思うのですが,どういった点が良いのでしょうか?

 【回答】
 合わせの部分で車内の装備に引っかからないようにするため.
 ボタンも隠しボタンにするなど車内での運動性を確保できるようにデザインされています.

名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE in 軍事板
青文字:加筆改修部分

 panzer jacketでぐぐって見ると,戦車兵にふさわしい制服を考えていたグデーリアンが,ダブルのスキージャケットを見て「これだ!」と決めたという話が出てくる.
 おっさんミーハーすぎと言いたくなる話だが,あの美女キャラを戦車にたとえたティーガーフィーベルを出版させてるって例があるからなあ.

 まあ,ボタンやポケットが前にないから,ハッチの乗降の邪魔にならないという理由もあるだろうが.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 なぜ旧ドイツ軍は戦車用ヘルメットを用意しなかったのでしょうか?

 【回答】
 ドイツ戦車兵は当初,ラバースポンジで作られた保護帽のうえに大き目の保護ベレーを着用するように規定されていました.
 しかし,このベレーは大型で嵩張り,また無線のヘッドセットを装着するには不便なものでした.
 このため,前線では通常の野戦帽を着用するケースも多く,1941年1月15日付の指令によって着用が中止されました.
 ただし,一部の車両では引き続き着用した例があるようです.

 その代わり,戦車の内側にウレタン緩衝材がびっしり貼り付けて乗員を保護しました.

 また,一時戦車兵用にヘルメットが支給されたことがありましたが,物資不足のため,43年には支給が中止されています.

(名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE他)


 【質問】
 ビットマンが強かったのは何でだぜ?

 【回答】
 周囲の警戒を怠らなかったから,と言われている.

 もっともビットマンは,ドイツの戦車エースの中ではそんなに撃破数の多い方ではない.
 かのヴィレルボカージュの大戦果は
「ドイツ軍の後背を突いたはずなのに,何でこんなところで一方的に攻撃されるんだ?」
というイギリス軍のパニックによるところが大きい.

 だが,この時イギリス側は最初にビットマンが攻撃した時点で,ドイツ側が「少なくとも一個中隊以上」いたと誤認していたという証言もあり,突撃砲でソビエト軍の戦車を多数しとめた時も「一発撃っては移動してさも包囲されたかのように思わせる」戦法で勝利を得た事から考えると,「自分1台しかいないのに何十両もいるように敵に思わせる」センスのある人だったのかも.

月夜に獣人化したビットマン

変身前のビットマン


◆◆◆◆◆ティーガー戦車

 【質問】
 タイガー戦車は何故比較的早期に開発できたのか?

 【回答】
 大戦後期に登場した独タイガー戦車の開発は実は戦前の30年代後半から起源をとることができます.
 その時の設計思想は重要塞を突撃攻撃するための重戦車という位置付けでした.
 この設計思想自体はやや的外れなものですが、ドイツのすごいところは,ソ連戦車に対抗するために、この開発しかけてた車台を借用して新規開発した砲塔を組み合わせ、戦況に即した重戦車を開発してしまったところです.

 時代の先読みは正確にはできないけれども、早め早めの開発計画と現場からのフィードバックがあれば,適切な開発が可能であるという好例だと思います.

(軍事板)


 【質問】
 ポルシェ・ティーガーは,ガソリンエンジンを二基積んで,それで発電機回してその電気でモーター回して……という複雑な構造をとっていますが,設計した人はどういうメリットがあると考えてたんですか?
 それと,片方のエンジンが壊れた場合,もう片方のエンジンで発電を行って,戦車を走らせることはできますか?

 【回答】
 内燃機関直結発電の電動式にすれば,変速機がなくても車両を走せることができる.
 WWUの頃は,まだ自動変速機の技術が未発達だったので,変速機は複雑なギアのカタマリで,そしてとても重かった.
 ギアを入れるのも繋ぐのも熟練の技術が必要で,そして体力が必要だった.
 また,エンジンが後ろにあっても変速機を後ろに置くと,操作レバーが長くなり過ぎて,人力ではギアチェンジが更に大仕事に.
(でも動力補助機構をつけたら更に複雑にそして重くなる)
 さらに,後ろのエンジンから前部の変速機へと動力を伝える動力シャフトは,パワーをロスし構造の複雑化も招いた.

 以上のような欠点を電動戦車は解消できると思われていた訳.

 実際には,内燃機関に加えて発電機とモーターというものが加わった分,整備が面倒になり,しかも過大な加重がかかる戦車では,相互の動力伝達が不具合を起こしまくって故障続出,走らせるだけでも一苦労,という大失敗に終わった.

 尚,エンジンは片方だけでも両方の発電機を回せるが,その構造がさらに機構の複雑化を招いた上に,実際はエンジン一つの出力ではマトモに走れるだけの電力を発電させる事が出来なかった.
 現場では片方のエンジンが壊れた時は,相互連結を切って片方のエンジン+発電機だけ動かし,無理矢理片側の発電機の配線を両方のモーターに繋いで動かしたそうな.
 もちろん電力不足で「摺り足のようにしか走らない」し,エンジンと発電機に過負荷がかかって,すぐにもう片方のエンジンと発電機も壊れたそうだが.


 【質問】
 Codename: Panzers, Phase Twoと言う多少古いww2RTSゲームをプレイしているのですが,有名なナチスドイツのティーガ戦車を鹵獲してウハウハだったんですが,砲等の旋回が大変遅くとても使い難いです.(スペックは良い)
 実車でも砲塔旋回は遅かったんですか?

 【回答】
 手動の場合,後ろ振り向くのに30秒.
 動力使える場合は一周するのに20秒前後.
 まあ,場合によっては文字通り死ぬほど遅い,と感じるだろうな.

 ティーガーは高いスペックを活用して活躍した反面,ドイツ軍における評価は,旋回速度の話に限らずすこぶる低かった.
 重すぎる重量で,たいていの橋は渡る事ができず,代わりに潜水渡河装置はついているが信頼性が無かった.
 車輪の着脱が困難で鉄道輸送にも時間がかかり,懸架装置も脆すぎ,それらの様々な改修にも関わらず評価は低いままだった.

 強力ではあるが,運用する側からすれば活用できる局面が限られる使い難い兵器ということ.

 あれが活躍を始めてる時点で,ドイツは負けてるんだよな…
 本来のドイツのドクトリンから考えれば,ティーガーなんて足の遅い戦車使えない.

軍事板
青文字:加筆改修部分

ティーガー戦車


 【質問】
 タイガーU型のポルシェ砲塔って何年ぐらいまで前線に出ていたんですか?

 【回答】
 終戦直前まで活躍しています.
 第507重戦車大隊が1945年3月にゼンネラーガーで再編成の際に受領したティーガーUの中にポルシェ砲塔のものが混じっていたらしく、4月初旬に燃料切れで放棄後破壊されたポルシェティーガーの写真が残されています.
 また、第508重戦車大隊が1945年3月にパーダーボーン戦闘団から"かすめとった"ティーガーU3輌のうち1輌はポルシェ砲塔付きでした.

(名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE)


 【質問】
 パンテルの75_はティーゲルの88_よりも装甲貫徹力で勝っていたと聞きましたが,それなら何故ティーゲルに75_を搭載しなかったんでしょうか?

 【回答】
 そういうアイディアもあった.
 実際ティーゲルのヘンシェル社案ではパンターのものによく似た砲塔に75mmゲルリッヒ砲――超硬弾頭を使用した,砲口に行けば行くほど内径が細くなっている砲.砲身内圧を無理やり上げて初速を増し,威力を増やす――を搭載する予定だった.

 ティーゲルTは重戦車として陣地攻撃に使うことが想定されていたので,最終的には榴弾の威力を考慮して88mm砲が採用された.

 で,実際パンターと同じ75mm砲に換装する案もあったが,パンターの生産に支障が出るので没った.

 つまり,「遠距離は88のが強いし,新型のパンテルに積む物をわざわざティーゲルに回すのもアホらしい」ということ

 また,75mm砲は砲弾が軽いため,一定以上の距離だと貫通力が88mm砲以下になる.

 さらに,開発年度が75mm砲はタイガーの実戦投入以後.


 【質問】
 ティーガーTの砲塔正面から傾斜した上面装甲が確認できますが,25mmしか無い筈なので,曲射弾道で上面装甲に直撃されるとかなり危険ではないのでしょうか?

 【回答】
 実際に東部戦線ではソ連軍の重榴弾砲(150mm以上)に上部装甲を貫通される事態が発生しています.
 このため,44年3月以降の生産分では砲塔の天井の装甲を厚さ40mmに変更しています.
 ただ,命中する確率としては,それほど高いものではないと思います.

名無し軍曹◆Sgt/Z4fqbE


 【質問】
 タイガー戦車の操縦席の巨大なハンドルは,どういう仕組みで作動して居たのでしょうか?
 戦車ですから,普通の車のハンドルとは違う構造だと思ってます.
 ハンドルの形をしたシフトレバーだと教えて貰いましたが,今一つ理解でしませんでした.
 どうか御教授宜しく御願い致します.

 【回答】
 当時のドイツ戦車のハンドルは曲がろうとする側に切る角度によって,内側の起動輪を減速させる.
 つまり,ハンドルの操作で内側と外側の起動輪の回転が変化して車体が旋回する.

 以下の2種類がある.
1.ダブルラディアス方式
  大曲率用クラッチ→小曲率用クラッチの順に2種類のクラッチをスムーズに切り替える.
  要するに,ハンドルを切る角度で,
   1)大きな半径の旋回のために片側の起動輪の回転を少し落とす
   2)小さな半径の旋回のために起動輪の回転を大きく落とす
  と言う感じで切り替えが出来る.

2.シングルラディアス方式
  直進用より小曲率用のクラッチ→ブレーキの順に作動する.
  要するに,ハンドルを切る角度で,
   1)大きな半径の旋回のために片側の起動輪の回転を少し落とす
   2)ブレーキで片側の起動輪を止めてしまう.
  と言う感じで切り替えが出来る.

 ティーガーは1.パンターは2で,1の方が圧倒的に操作が楽だが構造が複雑になる.

 とは言え,ティーガー1は極初期の20台を除き,右側のキャタピラを左側にも履かせている.
 シングルピンで方向性のあるキャタピラなので,長距離を直進すると微妙に針路がブレたそうで,実はひたすら真っ直ぐ走ることが出来なかったりする.


 【質問】
 ティーガーIのSマインの装備位置がわかる画像はありませんか?

 【回答】
 初期型の車体上面の発射器のことだとすると….
http://www.fprado.com/armorsite/Tiger1-2002-Picz/GD-Tiger1.jpg
http://www.worldwar2aces.com/tiger-tank/tiger-tank-images/tiger-tank-03.jpg
 発射器は左側に三ヶ所,右側に二ヶ所.
 上段,車体左側では操縦手用ハッチの真横と砲塔ピストルポートの左横に確認できます.
 車体後部の角にもあるはずなんですが,これは基部だけ?

 下段,車体右側には砲塔バイザーブロックの右横と車体最後部の角に確認できます.

名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE


 【質問】
 第二次世界大戦中,ドイツ軍の四号戦車乗りがティーガーに車種転換したことはありましたか?

 【回答】
 多くのティーガー重戦車大隊は既存の戦車連隊から兵員を抽出して編成されていますので,当然四号戦車からティーガーに機種転換した戦車乗りも多かったでしょう.
 例として挙げると,第506重戦車大隊は第9装甲師団第33戦車連隊第V大隊を基幹として編成されています.

名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE


 【質問】
 最強のタイガー戦車長は?
 ビットマン…カリウス…知られざる虎戦士を教えてくらはい.

 【回答】
 クルト・クニスペル曹長でしょうね.
 503重戦車大隊に所属していたクニスペル曹長の戦車撃破数は160両以上と言われています.言うまでもなくこれはビットマンやカリウスより多い数字です.
 しかし,騎士十字賞を受賞していないためか,その戦歴はよく分りません.
 手元でクニスペル曹長を取り上げた資料は大日本絵画の「重戦車大隊記録集T:陸軍編」くらいですが,終戦まじかの1945年4月29日にヴォスティッツ近郊の防御戦で戦死した事ぐらいしか載ってません.

名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE

 戦車撃破スコア第1位は第503重戦車大隊のクルト・クニスペル(168両)
 カリウスは150両以上で3位.
 ヴィットマンは138両で5位
 その他はここを参照
http://www.alanhamby.com/aces.html


 【質問】
 イタリア戦線で,タイガー戦車とアメリカ駆逐艦が撃ち合ったとの記述をPanzerという雑誌で読んだ事があるんですが,双方でどの程度の損害がでたんでしょうか?

 【回答】
 1943年,シチリア島に上陸した連合軍に対し,ドイツ軍は即座に反撃に出た.
 ティーゲル戦車を中核とした大隊規模の戦車部隊は,橋頭堡にあと一歩という所まで迫ったが,指揮官のパットン将軍は,支援の巡洋艦と駆逐艦に味方を巻き添えにするのを覚悟で支援砲撃を要請.
 戦史に珍しい戦車と軍艦の撃ち合いが行われた.

 ティーゲルが如何に強力でも12.7cmと15cmのつるべ撃ちには敵う筈もなく,ドイツ軍側はほぼ全滅.
 連合軍艦隊は数隻が小破しただけだった.


 【質問】
 マーケット・ガーデン作戦とアルデンヌ攻勢,ベルリン攻防戦にティーガーTは参加していましたか?
 もし参加していたならば,部隊名などもよろしくお願いします.

 【回答】
 マーケット・ガーデン作戦とアルデンヌ攻勢の両方にティーガーTで参加した,ユニークな部隊が存在します.

 重戦車中隊「フンメル」は第W軍管区直轄の警戒部隊として1944年7月にパーダーボルンで編成され,9月にアーンエムへの出動命令が出されました.
 同中隊は第10SS装甲師団「フルンツベルク Frundsberg (ハプスブルク家の戦士)」に配属され,ここで英軍空挺部隊と戦闘を繰り広げています.
 11月に中隊長フンメル大尉を失った中隊は,12月に第506重戦車大隊に編入され,第4中隊とされました.
 大隊は直後にバストーニュ方面の戦闘に投入されて多数の損害を被っています.
 その後,中隊は第506重戦車大隊への配属を解かれ,再び独立中隊として終戦まで戦いました.

 ベルリン攻防戦では,ブランデンブルグ門の前で撃破されたミュンヘベルグ戦車大隊のティーガーTが有名.

名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE

 余談だが,2006/8/12付のフランクフルター・アルゲマイネ紙上で,SS隊員だったことを告白した,作家のギュンター・グラスは,この第10SS装甲師団所属.
 もしかしてタイガーをその目で見ているかもしれない.


 【質問】
 第二次大戦時に日本のドイツ在住の大使が,参考兵器としてタイガー1号を購入しまししたが,買ったのはいいが結局,日本には送る手段が無かったと聞きました.
 この購入したタイガーはその後,どうなったんでしょうか?
 あと,他に購入したドイツ兵器にはどの様な物があったんでしょうか?

 【回答】
 日本が購入したティーガーE型は,1943年9月にヘンシェル社に日本への発送命令が出されて,10月にケーニヒスボルンの陸軍機甲兵站部から日本に送る準備が始められました.
 10月7日に日本に対して請求書が送られ,この時の価格は645,000マルクとなっています.
 10月末には日本への発送が整いボルドー経由で送り出されましたが,戦況の悪化により,しばらくそこで待機を命じられました.
 1944年2月28日にはヘンシェル社は日本からの代金の振込みを確認したのですが,最終的に9月21日付の通知書により日本へ引き渡されないことが決定し,ドイツ陸軍が貸与という形で使用できることになりました.
 出荷を断念したティーガーは1944年1月にSS101重戦車大隊に,車体番号”455”として引き渡されています.

 なお,出荷の候補としてはパンター戦車も上がっていました.
 ヘンシェル社には日本でのライセンス生産をにらんで組み立て説明図を日本に送るよう要請があり,これに答えてマイクロフィルムに納めた説明図2組が作られました.
 しかし,結局日本に送られることは無く,現物は終戦時に米軍に接収されています.

名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE


 【質問】
 10年ぐらい前に『モデルグラフィック』という雑誌で宮崎駿が,
「王虎より軽虎だ!」
ということでタイガー1型を軽量化するという企画がありました.

・88mmはそのまま
・足回りには手をつけない
・前面を傾斜装甲に
・砲塔をパンターF型の小型砲塔にする

「これで1トンは軽くなる!」
と自画自賛していましたが,発想としては間違っていないんでしょうか?

 【回答】
 「ティーガー」レベルの品質の戦車になると,1tの軽量化が本当に実用化出来れば,信頼性はアップします.

 はっきり言ってしまえば,基礎設計段階で主砲の換装(それに伴う砲塔の換装・車体幅の増加,結果として大幅な重量増加)と言う大幅な設計変更をしていながら,ヒットラーの誕生日を基準に無理なスケジュールで開発を急いだと言う事情があり,他の重戦車より遥かに重量軽減の効果が出る戦車と言えます.
(重量の軽減がそのまま稼働率の向上に繋がるかと思います.)

 また,パンターFの小砲塔は砲塔前方を絞り込み,横幅の広い防盾を豚鼻型に改めることで重量を換えずに装甲を強化しています.
 あれは小砲塔と言いつつ,意外と中央付近の横幅は広いので,砲塔内のスペースは犠牲になっていないと考えられます.
 あの砲塔に88mm砲(ただし71口径)の搭載も検討事項としていたようです.

 ただ,あれは所詮パンターの砲塔ですので,側面・後面の防御力は大幅に低下します(傾斜装甲ですが.)
 要は単純に砲塔の装甲を減じて重量を軽減すると言うのであれば,別に砲塔の形式など変えずとも,各部の装甲を減じてしまえば良いことになります.

 さらに,ティーガーは前面を傾斜装甲にすることは出来ません.
 同車に採用された操向装置は大きなスペースを必要とするため,車体前方は絞り込めません.
(逆に言うと,パンターは車体前方を鋭角にすべく,より単純なシングルラディアス方式の操向装置を採用しています.)
 車体前方を傾斜させるには操向装置の改設計が必要です.
 と言っても,そうしたコンポーネントはパンター2とティーガー2用に,いずれ開発されるんですけど.

 ぶっちゃけると彼のプランは,
「それならパンター2を実用化してしまった方が良いでしょう」
と言うレベルです.
 生産ライン転換の空白期間などと考え合わせると,結局は史実どおり,パンターのマイナーチェンジとティーガー2の開発,E-50・E-75の開発と言う選択肢の方が正しいと言えるでしょう.

 やってることは間抜けに見えても,実はあれしかやり様が無かった.
 それについては4号戦車の改造プランを募集した時の宮崎駿は理解していたはずだけどなあ.
 全読者作品が陳腐な妄想のレベルで,宮崎氏はどれもこれも酷評していた.

 それこそ当時,まともな読者の間でも
「あんな馬鹿企画応募する奴いるんだなあ」
って嘲笑と,こうなることは判っているのに何で募集するのかな?って雑誌批判が飛び交ってたけど.
(「僕の考えた…」とか,「あえて延命改良…」は模型雑誌にはよくある企画だけどね)

 結局は
「そんなことが本当に出来るなら,それこそドイツ人だってやっている.
 出来ないからやってないのであって,妄想の翼広げる前にドイツ人がやらなかった理由調べた方が良い」
っちゅうことですよ.

540 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日: 2008/04/19(土) 15:00:10 ID:???

 結局は独ソ戦なんぞやらないのが一番合理的.

軍事板


 【質問】
 ティーガーUなんていう馬鹿げたものを作るくらいなら,そのリソースを全部五号駆逐戦車生産にでも回したほうがよかったのでは?

 【回答】
 いや.当時のあの国はあれしか選択肢ないんだよ.

 リソースを何かに集中させて,特定の兵器を大増産するような工業力は無い.
 各社が今ある設備で作れる物を作るしか無い.

 あと,5号駆逐戦車も結局信頼性の低い車輌だし.
 一つ言えるのはシングルラディアス方式の操向装置でブレーキを多用しながら旋回させる時に,変速機に多大な負荷をかけている操縦兵が多かったとされる.

軍事板


 【質問】
 本物のタイガー戦車と映画のものとの外見上の違いを教えてください.

 【回答】
 「よくできたティーガー」であるT−34改造タイガー(プライベートライアンとかに出てきたやつ)との識別点は以下の通り.

*車体と砲塔の横幅(改造タイガーはスリム)
*砲塔の位置(改造タイガーは砲塔がかなり前にある)
*履帯の形状(改造タイガーはT−34のままかT−54の履帯履いてる)
*最前部の起動輪に「歯」があるか(改造タイガーには「歯」がない)
*排気煙の色(改造タイガーはディーゼルエンジンなので,排気が黒い)

 他にも識別点はあるが,これが一番わかるポイント.

 あとこのページも参考にどうぞ.
「スタジオじぱんぐ 映画の中の戦車」


◆◆◆◆◆パンター戦車

 【質問】
 パンター戦車のコストは高いのか?安いのか?

 【回答】
 パンターは意外と低コスト.4号の1・5倍,ヘッツァーの2倍程度でしかない.車体規模や性能を考えれば,コスト・パフォーマンスに優れているといえる.

 武装や装備品は当時のいずれもドイツ軍の標準品と言えるもの(パンター専用品ってのは殆ど無い).
 装甲は,出来るだけ安く上げろとクルップに命じ,実際にティーガIより重量当たりの単価はかなり安く上がった.
 ミッション系のトラブルは装甲を増した結果の重量増大で負荷が増えた為(強度不足).これも標準品を使いたかった為.

 初期の企画段階での新機構は殆どが没になってる.

 では,ステレオ式測距儀や赤外線暗視装置といったものの存在はどうだったか?
 ステレオ式測距儀はF型で量産されていない.
 また赤外線暗視装置は末期のパンターG型に装備された事で有名だが,なにもパンター用に開発されたわけじゃない.
 装置自体は1936年より兵器局第6課が指揮を取ってAEG社と協同で開発にあたり,1943年にはマルダーIIに装着して試験をしている代物.
 これが実用段階になって主力戦車であるパンターに装備されただけの事.

 天然ガスと酸素を用いたトーチによる焼き入れでの表面硬化と,装甲厚に従って高・低周波の電流を流して表面硬化処理を行う高周波表面硬化法の2つの採用は,ニッケル・タングステン・モリブデン等が超希少金属であったドイツでは「ニッケルを一切使わない装甲板」として量産化の為の大命題だった.
 もしニッケルをふんだんに使えるなら,ドイツ兵器技術者の苦労は相当に軽減されていただろう.
 また,溶接方法(装甲を一部切り欠いた噛み合わせ構造など)は,強度の確保と溶接時間の短縮の一石二鳥によりパンターの生産性の向上に大きく貢献している.

 自動消火装置は,他のティーガー系列の独戦車にも付いているが,「凝った」装備と呼ぶほどのもんじゃない.極めて単純な機構の装置.ただ幸か不幸かG型以前のパンターでは必需品だったが.

 ダブル・トーションバーや挟込式転輪配置だけが,パンターの中で唯一凝った設計と言える.

 なお,値段はPanzer Worldによると:

2号 49−52
3号 103
3号突撃砲 82
4号 115ー125
5号 117
6号 299
虎U 321
シャーマン 100くらい

単位は1000Reichmark.1Reichmark=0.4-0.5ドル

官給品扱いの武装とエンジン,変速機,無線装備を除いた素の状態でのパンターの車両価格は117,100ライヒマルクで,三号戦車が96,163ライヒマルク,四号戦車が103,462ライヒマルク,ティーガーIが250,800ライヒマルクで,実際に官給品を載せればこの差は開くけど,上で挙がってる「凝った設計」のダブル・トーションバーや挟込式転輪を採用しながら,車体自体は極めて安価な事が分かるだろう.

(軍事板)

低コストを追求してみました


 【質問】
 ドイツ戦車に関する資料で,パンターのトーションバー・サスペンションの構造が4号戦車に比べて複雑などと書いてあるのを見かけるのですが(最近では「ドイツ戦車パーフェクトバイブル2」学研),そもそもトーションバーの利点は単純な構造で信頼性が高い事にあるんじゃないでしょうか?

 【回答】
 たしかにコイルやダンパーを使わないんで仕組みは単純ではありますが,本当に単純な構造なら,なんでヤクトティーガーで縦型トーションバー使ったボギー方式のサスを試したの?つう話になります.
 車体の箱に穴開けてサスをボルト止めすれば済むボギー方式と比べて,トーションバーは車体下部を貫通しているわけですから製造の際の工作にも手間がかかるのは当然です.
 もしトーションバーにひびが入ったら,左右の転輪外して抜き変えないといけないわけで….

(名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE)


 【質問】
 パンター量産のためにW号戦車を生産中止にしようという動きがあったという話を聞いたのですが,本当でしょうか?

 【回答】
 本当です.
 軍需大臣アルベルト・シュペーアは戦車生産の一元化のため,ヒトラーを説得してW号戦車を生産中止にし、工場を駆逐戦車の製造に切り替えることをもくろんでしました.

 これを聞いた機甲兵総監ハインツ・グデーリアン将軍が
「パンター戦車の生産はまだ軌道に乗っておらず、W号戦車を生産中止にすれば,前線に送られる戦車はティーガー戦車だけになってしまう」
としてこれに反対しました.
 こうして,グデーリアン将軍の意見が通る形でW号戦車は終戦まで生産が続けられました.

名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE


 【質問】
「4号戦車の後継として期待されたパンター戦車だったが,結局ドイツは最後まで4号戦車を作り続けた.
 これはパンター戦車に,兵器にとって重要である量産性について深刻な欠陥があったからだ.」
というふうな話を何かの本で読んだのですが, 具体的にはどんな欠陥があってシャーマン戦車のように大量生産ができなかったのでしょうか?

 【回答】
 まず,4号を作り続けたと言う点についてだが,4号は他車種の車台に生産転換され,4号戦車そのものが大増産されていた訳ではない.
 他方で,38(t)の車台をベースに再設計した4号戦車・突撃砲用の車台を元に,4号戦車の生産も継続する検討もされてはいた.

 根本的に勘違いしてはいけないことだが,ドイツは第二次世界大戦前,ベルサイユ条約の賠償による経済的な苦境を経ていて,工業後進国だった.
 5ヶ年計画で工業化を果たし,レンドリースを受けた工作機械でさらに生産力を増したソ連や,元々自動車大国だったアメリカとは比較にならない.

 もう一つ,当時のドイツには,第一次世界大戦は戦時下の経済難にあえいで,結果的に敗戦したと言う意識が強く,イギリスやソ連との開戦に到っても,戦時体制に移行して兵器を大増産しようと言う決断を避け続けた.
 結果として,開戦前の時点で,大重量の戦車を生産出来る工場とそうでない工場の差は,大戦中期以降も相変わらずで,国家が民間企業の設備投資に手を貸したり,国営工廠を増強するようなことはしておらず,結果的に
「4号戦車クラスの戦車しか作れない会社は,大戦末期まで4号系の戦車しか作れない」
と言う状況が続いている.

 戦時体制を施行した後も,元々の工業力の低さから,状況は同じと言えた.
 ・既存の兵器に大掛かりな設計変更を行うと,兵器の生産数を落とさずに生産転換することが出来ない.
 ・同様の理由で,ある兵器を作っている工場が,別種の兵器に生産転換するには,酷く時間をかけてしまう. 
 アメリカのように技術者を養成しながら新工場を作ってしまうような体制では無かった.
(アメリカは戦後,軍需産業の維持や縮小に苦労している.)
 ・4号戦車は元々少数生産の支援戦車・指揮戦車として開発された上に,ドイツ国内の橋梁の荷重限界内の重量で設計されるなど,凝った部分が少なく,比較的工業力の低い工場でも生産が出来た.
 ちなみに,この生産にあたった企業の工業力の低さは,大戦中期,4号戦車の増産が決まった時に予定通りに増産が進まない原因になった.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 WW2のドイツのパンター戦車は,ソ連のT-34の影響を受けて開発されたそうですけど,足回りはティーガーと良く似たタイプですよね?
 T-34は転輪を大きくして,キャタピラの幅を広く取って,接地圧を下げる事で泥地でも動けるようになっていたと思うのですが,パンターはどうしてそうならなかったのでしょうか?
 車重が10t位違ってたと思うので,パンターにも有効な方法だと思うのですが・・・

 【回答】
 大直径転輪を使うという発想は一緒なんですが,枚数を増やして履帯全体の平均接地圧だけでなく,転輪一個あたりの最大接地圧を下げるというのがドイツ技術者の思想だったようです.
 パンターの前身である20トン級中戦車VK2001計画では,すでにオーバーラップ転輪が検討されていて,パンターの試作案でT-34のコピーといわれたダイムラーベンツ社のVK3002(DB)でも,足回りはT-34と違って8個の転輪を互い違い二列に並べて配置しています.

名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE in 軍事板
青文字:加筆改修部分

 もともと泥濘地ってのは,冬に地面が凍るところにできやすい.
 つまりソ連ではおなじみの地形というか,泥濘地でスタックしてたら戦争が始まらなかったわけ.

 車体の幅が一定の時に,履帯,転輪の幅を拡げたら当然車内はやたらに狭くなる.
 装甲厚さ確保+重量軽減のために,ただでさえ狭い戦車内での作業性を考えると,「ここまで履帯の幅取らなくても」と,「最適化」した設計になるのは自然な流れ.

 ただ,西ヨーロッパならそれが確かに最適であり,性能を発揮してくれるが,泥濘地まで出張って戦争始めると,最適でないことに気付かされる.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 千鳥転輪ってメリットあんの?

 【回答】
 抵抗の少ない大直径転輪を用いつつ,重量を(前後に)分散できます.

 大径転輪は高速走行に適しているが,サスの間隔が長いために振動が起きる.

 小転輪を並べると,サスの間隔が短くて乗り心地はよい.
 また,転輪が小さい分,転輪の数が多くなり,サスペンションの数が多くなるので,地面の凹凸にきめ細かくサスペンションが追従するので車体に揺れが少なくなる.
 が,大型転輪よりも小型転輪は高速走行に向かない.
 何故なら,同じ速度で回転する小型転輪と大型転輪では,大型転輪の方が距離が稼げる → 速度が出しやすいからだ.

 と言うわけで,両方をイイトコ取りしたんですな.

 トーションバーが重量に耐えられないので苦肉の作で作ったとか言う説もあるが,ケッテンクラートにまで採用してるのを見ると,余程性能に惚れこんだんでしょう.

 懲りすぎと言われればそれまでよん.

(軍事板)


 【質問】
 千鳥転輪と挟み込み転輪との違いは?

 【回答】
 この2つは間違われることが多いので注意.

千鳥= −_−_−

挟み込み= −_−_−
        −_−_−
        − − −

 ティーガーは3枚組み転輪なので,一番内側の転輪を交換するには,9枚の転輪を外す必要があります.

(軍事板)


 【質問】
 パンターD型の前期型と後期型はどう違うの?

 【回答】
 パンターD型は1943年7月以降,いわゆる後期型に生産が切り替わっています.
 その内容は,
*簡略化のためにヘッドライトを二つから一つに省略
*車長キューポラ上に対空機関銃を取り付けられるリングマウントが追加
*転輪をリムボルトを追加して16個から24個にした強化型に変更
*砲防盾上の双眼鏡式照準機用の穴に雨除けを追加
*履帯を改良し,ハの字型の滑り止めを追加

 また,シュルツェンの追加は5月から,ツィンメリットコーティングは9月から行われています.
 発煙弾投射機の廃止は,5月に行われた野戦試験で小火器による誘爆が問題になったためです.
 転輪の補強もこの時期から検討されています.生産簡略化の検討も同様と思われ.
 下二つはクルスク戦の戦訓による改良です.(9月生産分に実施)

名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE


 【質問】
 パンターの車体に4号(H型以降?)の砲塔を載せた車両の画像を見かけたのですが,これは一体どういった車両なのでしょうか?

 【回答】
http://www-d0.fnal.gov/~turcot/Armour/pz4.htm
の真ん中辺に,4号戦車H型の砲塔を載せたパンターD型についての記述がある.

――――――
"Interesting conversion was Ausf D1 (some sources state that it was an early model Bergepanther)
fitted with bolted on PzKpfw IV Ausf H's turret (that could not be traversed), which served as a
command tank of schwere Heeres Panzerjager Abteilung 653 on the Eastern Front in early/mid of 1944. "
――――――

 要約すると,パンターD型もしくはベルゲパンターの車体に4号戦車の砲塔を乗せた車両が,指揮戦車として1944年頃に第653重戦車駆逐大隊に配属されていた,とある.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 三野正洋の[戦車対戦車」(朝日ソノラマ文庫,1995.12)に,フランスは戦後にパンターを 自軍の戦車に採用したとありましたが,あの繊細な戦車を 使いこなせたんでしょうか?

 【回答】
 別に6号戦車ほど酷いものではありませんでしたから.
 それに,部品なども潤沢にありましたし.

 仏印に持ってくるとか持っていかないと言う話もありましたね.
 余談ながら,戦後のFrance空軍の主力戦闘機は,P-39QやYak-3よりも,Fw-190Aの方が多かったりします…国産化もしていますからね.

 また,4号戦車なら,戦後の東欧諸国で引き続き使用され,それらは退役したら中東,特にSyriaで使用され,Israelと戦闘を繰り広げています.

 仏印のパンターは,ソ連の重戦車対策で極少数(1両?)持っていったものの,まともに稼動できず,結局実戦には参加していないようです.

 そういえば,戦後のワルシャワ動乱かプラハの春あたりの映像で,虎を見たという話を読んだことがあるけれど.

眠い人◆gQikaJHtf2

http://jp.youtube.com/watch?v=XQRnLBQsdkw
の2分48秒目.
 パンターがパリの警備に駆りだされる様子.
 1961年4月,アルジェリアで起きたクーデター未遂事件,「将軍達の反乱」の一コマです.

全裸黄金 ◆d8Xqc/vVP2 in 軍事板
青文字:加筆改修部分

戦後,おふらんすにて使われた,パンター改造クレーン車


◆◆◆◆◆メカニズム

 【質問】
 バスケット砲塔の存在理由が分からんのだが・・・

 【回答】
 砲塔バスケットは,砲塔と一緒に回るプラットホームが付いてるか付いてないか.
 バスケットが付いてないと,砲塔が回ると自分も回らなきゃならん.
 装弾も大変.
 バスケットは,そこに足乗せて一緒に回れる.

(軍事板)


 【質問】
 ソ連にできて,なぜドイツに鋳造型砲塔の戦車を作れなかったのか?

 【回答】
 鋳造技術に関しては,ソ連・・というか他国の方が一歩リードしていた.
 ドイツの鋳造部品って,大きくてもせいぜいマウスの防楯ぐらいが限界.
 米・仏・英はいずれも車体や砲塔など,かなり大がかりな部品まで成形できてる.

(軍事板)


 【質問】
 パンツァーフロントをプレイしたのですが,ドイツ軍の戦車でキューポラのスリットの目の前に棒があるのですが,あれは何の為にあるんですか?

 【回答】
 便宜的に間接照準器などと言ったりしますが.要するに戦車長が目標を前方に捉えるための装置です.
 本当はM4シャーマンなどにも付いている場合がありますが,シャーマンの物は簡単な距離測定器を兼ねています.

 ドイツ戦車の場合,照準手が照準器以外の方法で外部を視察することを,余り重視していなかったようで.照準手は照準器に敵を捉える前に,戦車長に教えてもらった目標を自分も見つけて,照準器の中に納まるように砲塔を回さなければならない.
 で,間接照準器を兼ねた,視界の広い潜望鏡を照準手用に一個設けるのが一般的です

 何故かドイツは中々その発想に到らず,開けると危険な装甲シャッター式の窓(一応,防弾ガラスは入っている)や,使い勝手の悪い複眼式照準器(索敵用の広角望遠鏡と照準器が並列で付いている)を使用しており,逆に戦車長が照準手を誘導するのに必要な器具をつけたと言うことでしょう.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 ドイツ軍は,傾斜装甲等の利点を学ばなかったんでしょうか?

 【回答】
 傾斜装甲の利点そのものは十分に理解してるんじゃないか?
 完全な垂直装甲になってるのは側面くらいじゃんか!

 ではなぜ徹底した傾斜装甲を取り入れなかったかっつうと,
・戦車の整備性が悪くなる.
・車内容積が減少する
ことをデメリットととして捕らえた.

 また,大きく重い一枚物の装甲板を使って組み立てることが出来る工場が殆ど無かった.

 おおざっぱにはこの3点かな.

<^♯^> ◆MANSEY3Mcc


 【質問】
 ドイツ戦車に三号,四号戦車がありましたが,それらは対戦車銃対策にシュルツェンを装備していました.
 後にソ連軍の成形炸薬弾対策に目的が変わったそうですが,この板は実際に何かの役立ったのでしょうか?ソ連には成形炸薬弾が無かったと聞きますが・・・.
 無くても良かったような気がします.

 【回答】
 貴兄は空間装甲というものをご存知ないかな?
 対戦車銃の銃弾がシュルツェン(1次装甲)を貫徹する際に,運動エネルギーを奪われれば,車体(2次装甲)の貫通は防ぎえるのだよ.
 後,ソ連の対戦車銃はドイツ戦車の装甲の弱い部分,例えばクラッペなどを狙って射撃してくるので,側面を均一な装甲板でカバーしてしまえば弱点が判りにくくなる.


 【質問】
 ツィメリットコーティングって何ですか?

 【回答】
 磁性吸着爆雷対策.
 磁性吸着爆雷というのは歩兵が対戦車攻撃に用いる成型爆薬で磁石で装甲に密着するようになっていた.
 戦車の表面にコーティングし,さらに表面を凸凹に成型することで磁石が吸着しにくくなるようにした.
 材質については以下にあるとおりコンクリートではない.

軍事板

 ツィメリット(Zimmerit)とはメーカー(Zimmer)にちなむ名称.
 主成分.おがくず・ポリビニル・黄土・硫化亜鉛・硫化バリウムなど.
 戦車メーカーはツィンマー社からドラム缶にで送られてくるペーストを2層に分けて車体に塗布.
 1層目はそのままで.丸一日乾燥させた後,2層目は有機溶剤を加え柔らかくして塗布し,ガスランプで強制的に乾燥.ガスランプ未使用の場合乾燥に1週間強かかった.
 色は黄土色っぽかった.
 英軍は異様に興味を持っていたらしく,戦後ドイツの工場を調査,100tくらい接収し調査した.

模型板

 あと,主にドイツというか,ドイツ以外,吸着地雷を持ってなかったので,ドイツも自軍の戦車にツィンメリットコーティングを戦中にはしなくなったような…

ちくお in 「軍事板常見問題 mixi支隊」


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